]]T:嫁選びと婿選び
――トクサネシティ ダイゴ宅
「以上が事の顛末。大体判ったかな」
話し終えたダイゴは大きな溜め息を吐き、また真剣な眼差しをユウキに送る。
「……ええ。何て言うか、凄いタイトロープですね。ギリギリのバランスで、一歩間違えたら奈落に真っ逆さまでしたよ」
それに射抜く様な鋭さは見られない。只、その瞳は銀色の温かい輝きを放っている。そんなダイゴに対し、ユウキは正直な感想を口にする。あんな状況で再び手を取り合うとは普通は考えられない。
若し、あそこでダイゴがシロナを止めなければ彼女はこの世に居なかったと言う事になる。そんな壮絶な修羅場は他人事だとしても背筋が寒くなる様だった。
そして、ダイゴを赦したシロナの愛の深さには本当に脱帽する。それだけのモノをこの男は持っていると言う事なのだろうが、少なくとも自分には真似出来ない事だと純粋に感心した。
「それでも何とか渡り切ったさ。もう一回は絶対に無理。二度とは御免だよ」
「その二度目とやら来ない事を祈りますわ、ほんと」
「勿論だよ」
ダイゴもそれに付いては深く反省しているらしい。もう二度とそんな事態は起こさないし、シロナを傷付ける事はしないと心に誓っている様だった。
まあ、この男がそう言う以上、それは二度と起こらないのだろう。ユウキはダイゴに少しだけホッとした顔を覗かせると彼は自信たっぷりに笑った。
「処で、それからお二人が一緒に住む迄には問題とか無かったんですか?」
「んー、小さな問題は多かったけど、デカイトラブルは別に無かったよ?」
最後の生臭いやり取りに付いては何も言葉が無い。下半身の一部がパンパンで苦しいが、言ってはならないお約束と言う奴だ。それでも、二人の物語に付いては大体判った。
ユウキには聞きたい事が未だあった。復縁から今に至る迄の期間にあった事に付いてだ。ダイゴはそう言うが、ユウキとしてはそれで納得はしない。此処迄聞いたのだから序にそれも聞こうと思った。
「シロナさんがチャンプ辞めてからですよね? その辺のお話も少し聞きたいかな」
北の人間が南に移って来るのはかなり大変な事である筈だ。諸々の身辺整理やら諸事情の消化は口で言う程単純では無い。嘗てはジョウトに住んでいたユウキもこちらに越して来る時にそうだったのだ。だから聞きたかった。
「ああ、それは「ただいま〜」
ダイゴが口を開くと直ぐに玄関のドアが開く。呼び鈴がなった形跡は無い。同時に聞こえて来たのはダイゴの奥方のやや間延びした声だった。
「ああ、おかえり〜。……時間切れだな」
「残念ですけどね」
旦那の方も同じく間延びした返事をする。そうして、ユウキの方に向かってそう言うと、ユウキはやや残念そうに苦笑した。
「何? お酒飲んでたの? 昼真っからとは珍しいわね」
「まあ、話が進んでさ。で、雨は平気だったかい?」
「ええ、はい。ちょっと濡れた位で済みました」
抱えた買い物袋を整理しているシロナはテーブルに置かれている酒瓶とグラスに目が行った様で、それに付いて訊かれたダイゴは何でも無い様に返答する。
そして、ハルカに対して向こうの雨模様を尋ねるとハルカは特に大きな被害は無かったとダイゴに伝えた。
「流石にお腹空いたわ。買って来た食材はその袋ね」
「あー、もうこんな時間か。さっさと作っちゃうかな」
シロナがダイゴに買い物袋を手渡す。受け取ったダイゴは時計を確認すると今が夕方になっている事に気付いた。二人が外に出たのは正午だったのでかなり長い時間ユウキと喋っていた事になる。
ダイゴ自身としても腹が減っていたので、台所に掛けてあったエプロンの一つを手に取ると、着ていたスーツのジャケットとスカーフを脱ぎ、それに袖を通し始めた。
「料理はダイゴさん担当なんですね。シロナさんは作らないんですか?」
「え、うーん……作れるけど、ダイゴより明らかに美味しくないのよね」
話に出た通り、飯の用意はダイゴが行っているらしい。その背中から滲み出る主夫のオーラが何とも微笑ましいハルカはシロナに訪ねるが、そのシロナはと言うと、頬を掻いてバツの悪そうな顔をしていた。
「知っているかい? 飯マズ嫁は三種類に分けられる。
不器用な奴、味音痴な奴、好い加減な奴。シロナは――」
「まさか、全部!?」
「ハルカちゃん? そこはフォローして欲しいかも」
厳かに語られる三種類のエースの生き様。ダイゴもシロナもスタイルは限り無く傭兵だが、そんな話はこの場ではどうでも良い話だった。
エプロン姿のダイゴの言葉に思った事そのままを叫ぶハルカにシロナは顔を引き攣らせる。これでも昔よりは大分マシになったのだが、ゲル製造機である事は変わり無いのでハルカの言葉を否定する事は出来無かった。
「まあ、それは冗談として……ご飯、食べていくかい? 少し時間掛かるけど、作るよ?」
「え」
「ダイゴさんのお料理! 凄い気になるかも!」
実は冗談ではなく、飯マズ嫁を側に置いている時点で、食に関してダイゴは見る目無しである。気持ちが篭っているから味はどうでも良い……等とそんな甘い事を口にはしない。だからこそ、彼は嫁に食事を任せずに自分で台所に立っているのだ。
だが、それを言えばシロナが泣いてしまうのでダイゴは自分で振った癖にこれ以上その話題には触れない。
そして、ダイゴの言った言葉にユウキは言葉に詰まる。対してハルカは興味津々と言った感じに目を輝かせた。
「……いえ、残念ですが」
「え? ユウキ君!」
ユウキはその言葉に頷かない。本当に申し訳無さそうに断る。それにはハルカも口を出さざるを得なかった。折角、御馳走になる機会が巡ったのにこれを断れば不義理になると思ったのだ。
「? 遠慮ならしなくて良いけど」
「いえ、今日の宿の夕飯がもう出来上がってる頃なので、今回は」
「あ、忘れてた」
だが、それにはれっきとした理由が存在した。二人は今日は家に帰らずに宿を手配していた。其処で食事が出る以上、残念ながらダイゴのお誘いは断るしか無かったのだ。ハルカはその事をすっかり忘れていた様だった。
「あー……確かに無駄にするのは勿体無いか。じゃあ、次の機会があればその時はね」
「はい。じゃあ、俺達はもうこの辺で」
「そろそろお暇します」
それなら仕方が無いとダイゴは残念そうにしながらも、またの機会に腕を振るう事にした様だった。これ以上、長居する事は気が引けたのでユウキもハルカも帰る旨を告げると自分の荷物を纏め出す。
「ああ、判った。厭じゃなかったらまた来てくれよな」
「結構楽しかったわ。また遊びに来てね」
「はい、それじゃあ」「今度は別の機会に」
そうして、玄関から出て行く二人の背中をダイゴとシロナは見送る。
雨はすっかり上がり、西日が眩しい。東の空には虹の橋が掛かっている。
ユウキ達は二人に一礼するとオオスバメとペリッパーを召喚して北の方向へ向かって飛んで行った。
「……あの二人、仲良いよね」
「付き合ってるんだもの。良いに決まってるんじゃない?」
去っていった年下の友人達の姿が見えなくなる迄ダイゴはずっと空を眺めていた。
そうして、見えなくなったのを確認すると家の中に入りそう零す。それに対してシロナは当たり前の様に言う。ユウキ達にも過去から続く因縁があり、それが成就した末のカップルだと言う事を二人は知っていたが、詳細は不明だった。
「そうじゃないのも居るでしょ。実際、僕達はどうだろうねえ」
「今もこれからも良いコンビ。昔は一時期危なかったけど」
その言葉にダイゴは首を振る。付き合っているから愛し合っていると言うのは幻想に過ぎない。惰性や義務感、損得勘定や自己満足で付き合っている人間達がどれだけ多い事か。巷はそんな矮小な恋で溢れている。
無論、ユウキ達がそうだというつもりは無い。そして、自分達は違うよな? と確認するみたいにダイゴが尋ねるとシロナは一寸だけ笑って自信たっぷりに言う。その言葉にダイゴは安心した表情を浮かべた。
「……男女の愛なんてのは所詮、信頼関係の延長だからね」
「無償で与えられるもんじゃない。簒奪するもんでも無い。……そうよね?」
そうじゃないと言う奴も居るだろうが、少なくともダイゴ達はそう思っている。
絆の一つの形だとするならば、束ねて強くする事も、解いて切ってしまう事もどちらも可能だ。そして、それが当事者間の間にあるモノだと言うのなら、想いを重ねて共に育んでいく事が最も正しい愛の形だと二人は信じている。
「それに気付けただけ、喧嘩した甲斐はあったさ」
「もう一度は勘弁ですからね! 絶対によ!」
思い出したくない昔の話。あの擦れ違いが自分達に齎したものはそれ位だが、今になって思えば、あれがあったからこそ、自分達は自分の心相手に真摯に向き合う事が出来たのではないだろうか。
確かにシロナの言う通り、あんな修羅場は二度とはゴメンだ。だが、それを通過した価値は確かにあったとダイゴは迷い無く言えた。
それが無ければ、シロナを愛している何て台詞は一生言えないまま終っていただろうからだ。
「Venus,just now you and me♪ Just Fall`in NIGHT.I`m telling lie♪」
「ダイゴ〜お腹空いた〜」
「Cause,You are……はいはい、待っててね」
ダイゴのお気に入りのナンバー。そいつを口ずさみながら中華鍋とお玉を忙しなく動かしている。回鍋肉を作っているダイゴは炒めた肉をもう一度鍋に戻している最中でもう少しだけ時間が掛かりそうだった。
使っているのはホウエンでは中々手に入らないケンタロスの肉でシロナがデパートで買って来た物。凝り性であるダイゴが作る物は外れが粗無い事をシロナは知っている。
ソファーに座って旦那の背中を脚をパタパタさせながら眺めていると、一緒になって色々と良かったとつくづく思うシロナだった。
「お待ちどう、お客さん」
「うん、有難う。……あっ、そうだ忘れてた」
「え、まさか忘れ物?」
出来立て熱々の料理がテーブルに並べられる。ダイゴに礼を述べたシロナはふと大事な事を思い出す。エプロンを脱いでいる最中のダイゴが思ったままを口にする。それは正しかったが、物を置き忘れたと言う事では無かった。
「ん〜」
「うおっ……っ」
――ちゅう
シロナはダイゴの顔を両手で押さえると自分の唇をダイゴのそれに重ねる。お互いの煙草のほろ苦さが感じられるキス。恋人同士のそれではない、妻と夫が交わす愛の溢れる口付けだった。
「お帰りなさいとただいまのキス。えへへ♪」
「流石に、ユウキ君達の前では……恥かしいなこれは//////」
二人が何時もやっている事がシロナの言う忘れ物の正体だった。それをやったシロナは花の様な可憐な笑顔をダイゴへ向ける。それが可愛らしくて仕方が無いダイゴは顔を赤くしながらシロナに微笑を返した。
――ミナモシティ 民宿ミナモ
「色々聞いてて、結構あの人達も楽に今の状態になったんじゃないって、判ったよ」
「凄いよね。ダイゴさんの経験して来た過去もそうだけど、あれだけ一途に思えるシロナさんも」
今日の宿で二人は夕食の真っ最中だった。ハルカにとっては出戻りだが、それに付いては何も言わない。今は昼間に聞いたあの夫婦(仮)の話題を肴に盛り上がっている。
「何か、未だ未だ餓鬼だよな、俺等」
「そうかも。でもさ、真似る必要は無いでしょ。あたし達は、あたし達のやり方で良いよ」
どうせ只の阿呆ップルと思っていたのに、予想外に険しい山場を乗り越えていた事にユウキは自分達は白面だと思い知った様だった。だが、ハルカもそう思いつつも、それをなぞる事はしたくない。
人生は人それぞれの歩幅がある。為らば、男女関係の形もそれぞれ違う。少なくとも殺し愛を行う様な修羅場を展開したくは無い。
あの二人はそうだったが、自分達は違うとハルカは強く思っている。
「ああ。正直ちょっと羨ましいけどさ」
「うん。そうだね」
それに付いてはユウキも同感である。それでも、やっぱりダイゴとシロナの間にある絆の強固さは同じカップルとして嫉妬の感情を禁じ得ない。ハルカだって実はそうだが、言ってもどうにもならない事だった。
「でもなあ、もう少し時間があるなら、話の続き聞きたかったな」
「ん? 例えば?」
ぐびっと焼酎のロックを呷ったユウキが口にしたのは最後に聞きそびれてしまった事に付いて。ハルカは自分のコップにビールを注ぎながら尋ねる。
「縁り戻してから今日迄さ。何だかんだで半年位間が空いてるじゃん。その空白に何があったのか気になってさ」
その後の後日談だ。あの場面で二人が帰って来なければ聞き出せていたのに実に惜しい場面だったのだ。根堀り葉掘り聞くのはあんまり良い事では無いが、気になるモノは気になるユウキだった。
「それ、あたし知ってる。トクサネから戻る間にシロナさんが教えてくれたわ」
「え? どんな内容さ?」
何と、ハルカはそれに付いては知っているらしい。ユウキはテーブルに身を乗り出すとハルカに詰め寄るみたいに顔を寄せる。
「ちょ、顔が近いったい! ユウキ君!」
「わ、悪い」
息が掛かる距離に近付かれ、少しは落ち着けとハルカが叫ぶとユウキはすごすごと引き下がる。そんなに聞きたいのかと半ば呆れたハルカだが、こうなってはもう仕方が無かった。
「こほん。内容はほんの少しだったけど、確か出だしはこんな感じだったかな。えーと……」
咳払いをすると、ハルカはその内容を思い出す様に喋り始める。なるべくシロナの声色に似せようと声のトーンをやや落として。
物騒な事もあったけど、お互いやっと元の鞘に納まったって感じね。
仲直りも済んで、お互いにこれからどうするか真剣に話し合ったわ。
簡単に行かないって思ったけど、実際驚く程すんなり決まって多少ビビったわ。
……あの危機を乗り越えたあたし達に隙は全く無かったのね。
だから、結婚前提で一緒に暮らして往く事も極自然な流れだった。
そう。二人で居る限り、あたし達が一番強くて凄いんだって、そう思えたから。
――コトブキシティ アパート シロナの部屋
あれから数週間経過。正月を終えた後もダイゴはシロナの部屋に居座っている。
今手掛けている翻訳の仕事を資料片手に片付けながら、研究レポートを纏めているシロナにダイゴは尋ね聞く。
今のリーグは開店休業状態。一般解放期間を過ぎているので、シロナの本分である学業に集中出来る期間だった。
「来年度はどうする? 君もチャンピオンじゃなくなるんだろ?」
今期でシロナは在位を終えるのでその後の進路について、パートナーに戻ったダイゴは訊いて置かねばならなかった。
「ん。先ずは卒業しなくちゃね。その後も研究続けようって思ってるけど」
「コースドクターか。……そうか」
カタカタとキーボードを入力しながらシロナが答える。
矢張り、君は考古学一心なのか。半ば予想していた答えにダイゴは用紙をプリンタにセットしながら落ち着いた顔で零した。
「ダイゴは? ……って言うか、ちゃんと卒業出切るんでしょうね?」
「心配御無用。何度かリテイク喰らったけど、論文提出は済んでる。マスターの内々定はもう貰ってるよ」
今度はシロナが訊く番だ。春にホウエンで社長から大学に顔を出していないと聞いてシロナは心配していた。しかしながら、二年生ともなると卒論以外は必修単位が無くなるのでダイゴは大学に姿を現す必要が無かった。
丁度、人目を避けたい時期だったのでダイゴは悠々と独自に研究を行っていた。そして、その集大成はもう大学側に受理されていて、今月末の発表会を越えれば彼は晴れてマスターの称号を手に入れる。
「そっか。じゃあ、卒業後は……まさか、デボンに就職?」
「いや。それは無いよ」
学業に付いては問題無し。後は卒業後の進路だが、凡そ在り得ないであろう事をシロナは口走るがやっぱりそれは在り得なかった。ダイゴはデボンに勤める気は更々無い様だ。
「えっと、今のそのお仕事で食べていく気?」
「うーん。それもどうかな。何と無くで始めた仕事だからね」
為らば今の執筆業で生計を立てるのだろうか。だが、その顔を見るにどうも余り長続きしそうな雰囲気では無かった。
ちゃんと手に職は付けている様だが、何と言うかそれが本来のダイゴの居場所じゃあないとシロナは思ってしまっていた。専門職の強い仕事だが、石を掘っていないダイゴはダイゴじゃないって失礼だが思ってしまう。
あの一件以来一緒に居る時間は増えたが、ダイゴはその間全く石を掘っていないのだ。まるでそれに向けていた情熱が冷めてしまった様に。
「実は、研究室に居てくれって打診は前からあったんだ。返事は出してないから、君が研究を続けるなら、僕も肖ろうかなってね」
無論、それはダイゴ本人も承知している事だ。逃避の言い訳に石を掘っていたが、それが無くなっても自分が石好きである事は決して変わらないのだ。今だって、その気持ちは心で燻っている。
其処に再び舞い戻れるのなら、直ぐにでもそうしたい。そして、その道は目の前に開かれている。専攻は違えどダイゴはシロナと同じ道を行きたかった。
「まあ、君はもう一年あるし、僕としては保留しても良いとも思ってる。それよりは君の為に時間を使いたいんだ。人前に出るのは未だ抵抗があるしね」
だが、ダイゴは未来に対して別のビジョンを持っていた。
多少はマシになったとは言え、ダイゴの負った傷は癒えていない。だから、今は急がずに恋人の側で心に休息を与えたい。
とことん自由に生きる。人としては当たり前の事。今のダイゴは柵から逃れて自由だった。
「それは有り難いけど……何かあたしの都合に付き合わせてない? ダイゴはダイゴのやりたい事して良いんだよ?」
「いや? 真面目にシロナのサポートに回るのも悪く無いって思ってるんだ。会社継ぐ気は今は未だ無いし、それなら君と一緒に発掘してた方が良いって」
そんなダイゴの言葉にシロナは作業の手を止めた。申し出は嬉しい。しかし、どうにもそれがダイゴ本来の意思を曲げてしまっている様でシロナは心苦しい。
だが、それはシロナの杞憂と言う奴だ。自分には石しかないとダイゴは知っているし、考古学者なのに地学的知識が明るくないシロナに自分の知識が必要である事も知っている。
ダイゴがそれを選択するのは半分は自分の、もう半分はシロナの為。だから、遠慮はして欲しくなかった。
「一緒、に?」
Together。一緒になって石を掘ろう。地面を掘り返そう。普通の女ならそんな事を言われても引くだけで終るのだろうが、やっぱりシロナは考古学者である。それが別の意味に聞こえて仕方が無い。
「ああ。一緒に、だ」
「そっか」
何時の間にか自分を見詰めている白銀の瞳。強い口調で言って来るダイゴにシロナは何だかプロポーズされた気になってしまい、ふっと目を背けた。
「……シロナと付き合って、駄目になりかけて、またこうやって仲直り出来てさ。やっぱり君と一緒に居たいんだって、漸く心から理解したんだ。だからそうする。自分の為にね」
その仕草の意味に気付いたダイゴは駄目押しを図る。女神を口説くにはこの機会を於いて他に無いと思った訳では無い。実際、それは下心が見えない純粋な本心からの言葉だった。
「あたしにだってダイゴが必要なの。御曹司って肩書きで見る人達とは違うよ? 男としての貴方が、あたしには必要。だから、貴方もあたしを必要としてくれるなら、嬉しいな」
真摯な思いを語られて、茶化す程シロナは空気を読まない女ではない。駄目押しに対ししっぺ返しで返したシロナの言葉もまた運命の王子様を想う澄んだ心内だった。
「もう、とっくにそうなってるよ、お互いに」
「そうだよね。……研究室、本当に移ろうかな。シンオウは粗方巡ったし」
「ホウエンで良かったら、招待するけど?」
まあ、そんなのは今更語らずとも二人は知っている事だ。だが、言葉は口に出さねば伝わらないのも確かな事だった。
大学に書類を提出する迄はあんまり時間が無い。此処で編入と言う選択を取ればシロナはシンオウを離れなければいけなくなる。友人や家族。故郷に置いて行かねばならないものは多過ぎる程だ。だが、そうしなければ欲しい男の全てが手に入る事もまた無い。
差し出されたダイゴの手を取るか否か。北に残るのか、南の新天地へ移るのか。シロナは自分で選ばねばならない。
「あの時の言葉、あたし本気にしてるんだけど、ダイゴは?」
「男に二言は無いよシロナ。それとも、敢てもう一度言うかい?」
ナギサのホテルでのやり取りを思い返したシロナはダイゴに訊く。ベッドの上での戯言だと言われればそれだけだが、それでもシロナはあの時に嫁さん確定だと言われた事が女としては嬉しかった。
それが嘘じゃない事を確認したいのだが、ダイゴは真面目な顔付きでそう言った。
「「・・・」」
胸の内を晒した二人は視線を絡ませる。黄金と白銀。対を成す輝きは月と太陽を象徴している様だ。そして、太陽が無ければ月は輝けない。火輪が月輪を照らし、その輝きが陽の当たらない暗い夜道を照らすのならばそれは……
「ダイゴ」
「ああ」
もう、シロナの腹は決まっている。後はそれを言うだけだった。
「あたしを本当に攫ってくれるなら、喜んで」
「上等だ。本当は婿養子が良いが、デボンに嫁いでも後悔するなよ?」
この身の全てを奪い去り、一生大事にしてくれるなら、それも構わない。そうするだけの気概や覚悟がダイゴにはあるのか? そいつは訊くだけ野暮だった。
「しないから!」
シロナは誇らしげに笑う。人生の舵を切り過ぎたとは思わない。何故なら、とっくにシロナはダイゴの物だったからだ。
「じゃあ、一つ約束してくれ」
「?」
もう後戻りは出来ない。だが、それが如何程のモノか。お互いに大事な者が手に入った。後は二人でその道を駆ければ良い。
ダイゴはシロナに頼み事をする。それにシロナは怪訝な表情をした。
「君はもう、僕の前以外で泣くな」
「何ですって?」
それはダイゴなりの覚悟の決め方だった。だが、シロナはその意味が判らないらしい。
「苦手意識は変わらずある。でも、君の涙を止めるのも拭うのも僕だけの役目かなって思ったのさ」
誰かの涙を穿って見てしまうのはダイゴに染み付いた悪癖だ。正直、見ているだけで殴りたく成る程だが、これからの事を考えるならばそれではいけない。だからダイゴはそれを克服したいし、そうしたかった。
「君の涙は僕が背負うよ。だから、委ねて欲しい」
泣き虫なシロナ。何時か旦那さんを名乗る以上は奥さんの脆い部分を守りたいと言うのは男としてはありがちなエゴだった。不器用な男の独占欲。しかし、ダイゴはそれが間違いだとは微塵も思わない。
「……ばか」
それに対するシロナの言葉はその一言に尽きる。
「馬〜鹿! やれるもんなら、やってみろっての!」
何を気障ったらしい事をほざいているんだと本当に小馬鹿にした台詞を吐くが、それでもシロナは幸せ一杯だった。その証拠に潤んだ瞳からは涙が零れそうだった。
「別に、嬉しくないんだからね?」
もう作業何てそっちのけでシロナがダイゴに抱き付く。ダイゴは抗う事はせずにしっかりとシロナの身体を抱き止める。
「判ってるよ。全部」
「ん♪」
そう。別にシロナは嬉しくは無い。『凄く』嬉しかった。だからダイゴはそれを知っている事を告げるとシロナは幸せの涙を零して未来の旦那様に眩む様な笑顔を向けた。
「もう、貴方しか見えない」