Epilogue:イジワルなあなた〜嫉妬ダラケ〜
壮行会からそのままの足で、シロナはシンオウへは帰らずにトクサネのダイゴの家に転がり込んだ。結局、シロナは編入と言う選択はせず、アパートを引き払うだけに留めた。
彼女の研究テーマは考古学と言うよりは人文学的、民俗学的な傾向が強いので資料さえあれば何処ででも出来るテーマだった。
時に学者として、時に夫として。仕事片手間にシロナのサポートを行うダイゴの心は徐々にだが確実に癒されて行った。
そうして一年後。シンオウ大の修士課程を修了したシロナは、ダイゴと共にホウエン大の博士課程に進み、二人は地質学者と考古学者のコンビとして新生した。
ホウエン中の様々な遺跡、史跡を巡り、僅かな期間で小さな成果を上げ続けた二人は発掘業界ではそこそこ名の知られる存在となった。
バタバタ慌しい日々に忙殺されつつも、それでも二人は一心同体。そして数ヶ月が経過した或る時、彼等はとうとう大発見をした。それはユウキ達が二人を訪ねた少し後の事だった。
――八月下旬 空の柱 下層階
キナギ近海に存在する天に向かって延びる塔。レックウザの居城として有名な遺跡。
シロナが紐解いた古文書からこの塔には下にも空間が存在する事を突き止めたダイゴは構造学的、岩石学見地から隠された入り口を見事に発見する。
千年単位で人が踏み入っていない禁断の場所をたった二人だけで突き止めた。其処を調査していた時の事だった。
「うーん……うーん……!」
「ぶははははははっ! 大量大量!」
持って来た資料と睨めっこしながらシロナは唸っているが、ピッケルグレートで壁の亀裂を掘っているダイゴの顔は実に活き活きしていた。
「ねえ、何か見付けた?」
「あ〜? 売れそうな鉱物は大量に。半期分の学費は多分、余裕で稼げたよ」
採掘作業用のツナギを着ているダイゴの足元に積まれている鉱石の山、ヤマ、やま。大量の黄金石の塊に囲まれてダイゴの周囲は金色に染まっている。それ以外にもエルトライトやメランジェ鉱、ピュアクリスタル等が沢山散らばっている。
これ程のフィーバーは滅多に無いのか、ダイゴは嬉々とした顔でシロナに答えた。
「そうじゃなくてさ。もっとこう」
「お守りや塊系もかなり出てるよ。復元する気は無いけどさ」
「……どうもありがとう」
喜びは判るがシロナが期待しているのはそうじゃない。だが、またも的外れな答えが返って来てシロナは溜め息を吐いた。ご協力有難う御座いました。
炭鉱夫の成れの果ては現場主任であると専らの噂であるが、ダイゴはそのボーダーラインに居るに違いないとシロナは思ってしまう。兎に角、人外に進化しない程度には気を付けて欲しいと思うシロナだった。
「絶対何かあるわよねえ。じゃないと、封印なんてしないし」
もうダイゴの事は放置してシロナは改めて資料を見るが、目ぼしい情報は見付からない。一体この空間は何なのか、それだけでも解き明かしたいが、それは資料には書かれていないので自分で見付けるしかなかった。
「……良いや。あたしも掘ろっと」
資料を仕舞ったシロナはシンオウを出る際にトウガンから貰った特注のスコップを手に持って壁の亀裂に向かう。旦那がそうである様に嫁もまた今は炭鉱婦である。実際、今の彼女は山女と見紛う様な格好をしているのだ。
案外、シロナもダイゴの事を言える立場では無かった。
「――ん?」
新たなポイントを探して地下を彷徨って居る時、ダイゴは気になる場所を見付けた。一見花崗岩を積んだ行き止まりだが、崩れた箇所の向こうに別の色の壁が覗いている。其処に手を触れた時ダイゴは顔をニヤリとさせた。
「粘土質? 塗り固めて石を積んだって事か? ……なら」
自分の閃きを確かめる様に積まれた石畳に蹴りを入れると他とは明らかに違う反響音が返って来た。
「ビンゴ。空洞だ。なら、多分この奥に……!」
隠された空間がある。態々壁を設けて隠すに足る何かがあるに違いない。ダイゴはボールを取り出すとゲッター3を召喚した。
「メタグロス。頼むよ」
――ゴッ! ガラガラ……
メタグロスがバレットパンチを放つと石畳は粉砕され、瓦礫の奥に通路が姿を現す。メタグロスを戻しながら、ダイゴは懐中電灯を通路の向こうに当てる。
「さて、ご対面だ。何があるかなあ?」
見てみると通路は随分奥迄続いているらしく、懐中電灯の光が最奥迄は届かない。野良ポケモンが潜んでいそうな気配はしないが、何かがありそうな雰囲気はしていた。
「? 何かあったの〜?」
「ああ、こっちこっち。奥に行けそうだ」
音を聞き付けたシロナが大声でダイゴの事を呼ぶ。パートナーを置いて独りで行くのは気が引けるのでダイゴはシロナを呼び戻した。
「「――」」
通路の奥にあったのは広々とした空間。其処は石造りの祭壇だった。しかも、他の場所と比べて明らかに作りが違う。ダイゴもシロナも息を呑む。
「これは」
「どう見る? シロナ女史?」
考古学では自分の出る幕が無いダイゴは出しゃばる様子も無く、シロナに意見を聞く。適材適所の分業は二人で組んで行動する上での暗黙のルールだ。
「――資料で見た埋もれの塔と似た雰囲気ね」
「シント遺跡とも類似点がある様だよ。しかし、これだけ保存状態が良いってのは奇跡だな」
千年以上経っているとは思えない状態の良さには思わず嘆息する。壁画に使われている塗料や石像の形も作られた当時の状態を殆どそのまま残している。
壁面の特徴から直ぐにシロナはそれだと判った。ジョウトはタンバの外れにある古代遺跡。ホウエンとジョウトの文化が融合した陸海空を貫いていた塔とこの場所は似ている。
だが、それだけでは無い。ダイゴが前に訪れたシント遺跡とも細部が似ている。一体これが何を意味するのか、当然二人には未だ判らない。
「それよりも、さ」
「ああ」
二人がそれ以上に気になっているのは祭壇の上に置かれている丸い物体に付いて。こんな場所にひっそりと置かれていたのだ。非常に気になる。
「これは、一体」
「待った!」
シロナはそれに手を伸ばそうとして、その直前にダイゴが大声でそれを止めた。
「!」
ビクッと身体を強張らせてダイゴの方へ振り返る。ダイゴの顔は真剣そのもので、何かトラップの気配を警戒している様に周囲を見回している。
「迂闊に触らん方が良い」
「そうだけど」
今迄二人で何度かこう言った発見をして、トラップを発動させてしまった事が数回ある。落とし穴だったり槍襖だったり、はたまた弓矢だったりまあ色々だが、その度に傷は増えるし死に掛けた事もある。
だから、警戒し過ぎて悪い事は無い。……のだが、最早やっている事は完全に墓泥棒のトレジャーハンターのそれである。まあ、やっている本人達もそれにはきっと気付いている事だろう。
「これ、どっかで見た事無いか?」
「そう言えば、うん。ある様な。……何だっけ?」
取り合えず、危険な罠が仕掛けられている様子は無い。改めてダイゴがシロナに尋ねると、やはり彼女の方も見覚えがある様だ。だが、それの詳細が思い出せないので困った顔でダイゴに聞くと、彼は答えた。
「ほら、送り火山の」
「ああ! あの玉よ! でもこの玉、色は」
それでシロナは思い出した。紅色と藍色の二つの玉。それとこの玉は雰囲気が酷似している。しかもその色は緑色だ。
「此処は天の神の棲家。其処に、大地と海の神を律する玉と似た物がある。とすると……?」
「――」
その正体に付いては容易に推察出来る。存在しないと迄言われていたレックウザを律する能力を有した玉。その色から萌葱色の玉とでも呼称しようか。恐らく、それである可能性が高い。
「やっば。……ヤバイわ。あたし、震えが止まんないんだけど」
「ああ。僕もだよ。……やっちまったかもな」
若しそうだったとするのなら、もうそれは大発見と言うレベルではなく、ホウエン神話の通説を覆す可能性が出て来る。やや考古学的な特色が強い発見だが、それでも二人の博士号への道も一気に開けるだろう。
シロナもダイゴも唾を飲み込みながらガクガクブルブルと身体を震わせる。遂に、終に二人の共同作業が世の中で評価されそうなのだ。こうなっても不思議では無い。
「直ぐに! 直ぐに論文の用意! いや、違うわね。えっと……!」
「馬鹿! 研究室に連絡だ! 兎に角、人手が足らねえ。忙しくなるぞ……!」
嬉しさのベクトルが360°一回転し上手く頭が回らない。戯けた事を口走るシロナに突っ込みを入れながら、ダイゴはシロナの手を取ると外へ出る為に急いで道を引き返し始めた。
何時の日か報われる。そんな日々が訪れれば良いと思っていたが、半分ダイゴは諦めていた。
でもまさか、シロナと一緒にその日を拝むとは思っても見なかった。以前シロナが言った通り、良いコンビであるのは間違いないとダイゴは思ったのだった。
――一ホウエン大 講堂
発見から一ヶ月の調査期間を経て、二人は不完全ながらも論文を学会に提出した。
案の定、彼らの見付けた物はポケモン考古学的な大発見で、その発表会が開かれたが、其処には多数の報道陣が詰め掛ける。
彼らが発見した物よりは、発見した人物が目当てみたいな、一寸したお祭の様だった。
この発表会はホウエン大が設ける論文審査会とは別口で、これがそのまま博士号の認定には繋がらないが、それでも二人とって初めて与えられた桧舞台である。
ダイゴもシロナもかなり気合を入れてそれに臨んでいた。
「構造解析の結果、材質は翡翠。驚く程純度が高く、且つ真球に近い。現代科学を用いてもこれを再現するのは骨が折れる」
パワーポイントを操りながら、この一ヶ月で得たデータを簡潔に説明するダイゴ。機器分析による非破壊解析は彼の得意とする所だ
「送り火山の二つの玉と同じ技術が使われている可能性が高く、これが古代人のオーバーテクノロジーの産物だとするのなら、驚嘆の一言です。しかし、私達は全く別の見解を持っています」
そのデータを他の二つの玉の情報と統合した結果と自分達が導いた結論をシロナは指し示す。一瞬、ダイゴの方を見て、お互いに目配せするとシロナは言った。
「これらは人の手による物では無いという事です」
その些かぶっ飛んだ言葉に会場が俄かにざわめく。
「ホウエンの伝説に謳われる陸海空の神々。これら大自然の化身を制御する術が人間風情に作り出せるのか。答えは否。私達はこれらが彼等よりも上位の存在の手によるもの、と考えています」
様々な民間伝承や口伝を紐解いた結果、それらの玉が人間に作れない以上はそうとしか考えられないとダイゴもシロナも結論付けた。有体に言って、この世ならざる物。存在してはならないオーパーツ。あの玉はそう言った物体なのだ。
「創造神アルセウス、若しくはその眷属の手によるものでしょう。あの場所はジョウトの埋もれの塔に似た特徴を備えている。同時に、シンオウの槍の柱と似た特徴を持ったシント遺跡とも細部が似ている。
それらから推察するに、嘗て北と南の文化が交わった……否、元は一つだったと考えても言い過ぎでは無いかも知れない」
「あくまで可能性の話であり、これ以上は今後の調査結果次第でしょう。……私達からの発表は以上です。御静聴有難う御座いました」
其処から先は推論の領域を出ない話だった。はっきりさせるには調査期間が全く足りていない。しかし、二人は少ない今の調査結果からでもその推論が恐らく正しいと思っている。それを完全な論文として発表出来るのはもう少しだけ先の話だ。
最後迄堂々とした態度を崩さずに二人は発表を終えた。
「ツワブキ氏、シロナ女史。お疲れ様でした。では質疑に移ります」
そうして司会である学芸員が質疑応答の時間を告げると、二人には多数の質問が寄せられた。
――大学構内 喫煙所
「あー、疲れたわあ」
「お疲れ。中々決まってたよ?」
火の吐いた煙草を咥えて、うーんと伸びをするシロナ。同じく咥え煙草のダイゴがアイスコーヒーを両手に持って労いの言葉を掛ける。
自分はどうだか知らないが、隣で見ていてシロナがかなり凛々しかったのは間違い無い。ダイゴは素直にそれを褒めていた。
「こう言う大々的な発表って今迄無かったからさ。今も凄い緊張してるわ、ほら」
「あー……このまま卒倒しないようにね?」
喉が渇いていたのか受け取ったコーヒーを一気飲みしたシロナが自分の緊張具合を伝える為にダイゴの手を取って自分の胸へと導く。
ほんの少しお乳に触れたがそんな事でダイゴは動じない。もう発表が終って数十分経つが、シロナの心臓は未だ異常な位バクバクしていた。
「はいはい。貴方は落ち着いてるわね。心臓に毛でも生えてるのかしら」
「僕も同じだよ。……ね?」
随分冷静な切り返しに肝の据わり具合が半端じゃないとシロナは思ったが、実際そんな事は無い。同じ様にダイゴがシロナの手を胸に導くと、ダイゴの心臓もまたドクドク早いペースで脈打っていた。
「……良かった。貴方もあたしと同じ人間ね」
「そうだよ! 木石から生まれたんじゃないからね!?」
「ふふ。ごめーん♪」
何とも失礼な発言にダイゴは声のトーンを上げて叫ぶ。頼むから人間扱いしてくれと涙目の視線を向けられて、シロナは一寸だけ笑うと舌を出して謝った。
「あー、居た居た! スイマセ〜ン!」
「「?」」
そんな事をしていると突然誰かの声が声が聞こえて来て、その方向に二人の目が行く。
「隔週刊マンデーの者です! 是非、お二人を取材させて下さい!」
その腕に付けられた腕章から判断するに、どうやら雑誌記者らしい。ホウエンのローカル誌なのか、少なくともシロナは聞いた事の無い名前だった。
「「――」」
その名を耳にしてダイゴの銀の瞳に強い敵意が満ちる。恐らく、過去の捏造スキャンダルの時に酷い目に遭わされたに違いない。
だとするならば、それはシロナにとっても敵だ。金の瞳に同じく敵意を満たした。
「……パスしたいんだけど」
「態々騒ぎ立てる事でも無いわよね」
しかし、他の人間達の目があるので面と向かってそれを出す事は憚られた。二人は出来るだけ穏便に取材を断りたかったが、向こうも引き下がらなかった。
「まあ、そう仰らずに! お時間は取らせませんので是非!」
「「……うぜえ(うざい)」」
何とも涙ぐましい営業努力に拳を叩き付けたくなる。本当にうんざりした顔付きで渋々二人はそれに付き合ってやる事にする。気分は一気に最悪だが、これもお遊びだと割り切れば多少気持ちは楽だった。
「ふむふむ成る程! 北と南のチャンプの出会いはそうやって始まったんですか!」
「どうでも良いでしょ。何か話がズレて来てるわよ?」
時間は取らせないと言った癖にもう四半刻は取材と言う名の粗探しが続いている。もう不機嫌さを押さえ様ともしないシロナの顔は明らかにピクピク引き攣っている。消費される煙草の量も豪い事になっていた。
「それにしても流石はツワブキ氏! 美女と名高いシロナ女史を隣に迎えての今回の大発見! 彼女を攫う為に去年シンオウリーグに単身殴り込んだとの怪情報もありますが、本当ですか?」
「……ノーコメント」
って、逆だよそれ。別れる為に行ったんだよ。……まあ、結局そうなった様なもんだけどさ。
腐っても流石はブン屋。ゴシップになりそうな情報は押さえている様だ。だが、そんな恥になる様な発言をして失笑を買う真似はしたくない。もう好い加減にしてくれとダイゴは新たな煙草に火を点ける。
「所謂御曹司の実力と言う奴ですか!? 次は一体何で我々を驚かせてくれるのか!? ツワブキ氏! どうか一言お聞かせ下さい!」
「――」
その直前になって動きが止まった。そして、ダイゴの顔に苦悶が浮かぶ。
嗚呼、まただ。またそうやって記号扱い。もう聞き飽きたって言うのに、何時まで経っても終らない。……勘弁してくれよ。
ダイゴの心にまた闇が立ち込めそうになる。
「御曹司! お願いします!」
「――止めて」
それに黙って居られない女が居た。ずっと味方で居ると、あの時の言葉を果たす様に強い口調で記者を止めようとする。
「御ぞ「止めろって言ってるの!」
―― バシッ
それでも止まらないその言葉に対し、とうとう堪忍袋の尾が切れたのか、記者の手に在ったネタがびっしり書き込まれた手帳を叩き落とした。
「――シロナ?」
ダイゴ本人としてもシロナの行動には吃驚だ。心に湧いた闇の気配が一気に霧散する程に。
「アンタ等、何も判ってないわ」
普段は美しいシロナの顔。それが鬼の顔に変わっている。大切な者を傷付けられた、踏み躙られた事に対する正しい怒りが身体全体から滲んでいる。
「そうやって勝手に持ち上げて、持て囃して、何かあると直ぐに腫れ物扱うみたいな報道して……ダイゴはアンタ等の飯の種じゃないのよ!」
「・・・」
怒っている。シロナが自分の為に怒っている。それなのに自分はその影に隠れて黙ったままだ。
……それで良いのか? 本当に。
僕は……俺は……!
「それでどんだけ彼が傷付いたと思ってんの? ダイゴを人じゃなくて記号としてしか扱わないアンタ等に記事を書く資格は無いっ!」
もう二度と、傷付けさせない。あたしの夫の心を汚させない!
愛する男を守る為に身を挺するシロナは本当に良い女だった。
「あの……シロナ女史?」
どうやら、記者は不可侵領域に踏み入った事に気付いていない。突如憤怒の形相を呈したシロナに困惑している。
「そうだよな。そうだったな」
「ツワブ……ヒッ!?」
そして、とうとうダイゴが覚醒した。その顔を見た記者は自分の迂闊さを呪う。一寸だけ小便をちびってしまった。
「例の噂の時もお宅らに色々書かれた事を覚えてるよ。その謝罪すら未だに無いってのに、随分と恥知らずな真似だよな」
偽りの仮面を脱いだダイゴ。殺意しか読み取れない瞳。だが、それにも関わらずその声と表情は笑っている。
もう体面何て二の次だ。気に喰わない事にブチギレて何が悪い!
自分の心に正直になったダイゴは怒りながらもとても清々しい気分だった。
「ダイゴ……っ、そうだよ! 怒って良いんだよ! 貴方にはそうする権利がある!」
怒っているのはシロナも一緒。だから、止める等と野暮な事をする気は無い。他人のタブーに触れればどうなるのか、思い知って貰う必要が生じていた。
「おう。もう俺は客寄せパンダで居る積もりはねえ。……近々、俺は貴様等を名誉毀損で訴える。そう責任者に伝えろ。……そして」
二人の怒りを買ってしまったこの記者はほとほと運が悪い。だが、二人が共通の滅ぼす冪敵と認識した以上、この記者のみならず出版社自体も吹き飛ぶ運命にあるだろう。
ダイゴは床に落ちていた記者の手帳を拾って突っ返すと、二人して言った。
「「失せろ」」
怒れる覇王と鬼姫。普通の人間が太刀打ち出来る相手ではなかった。
「ひいっ!? し、失礼しましたぁ〜!!」
ズボンの股間部分に染みを作った記者は殺されると思ったのだろう。床を這う様な情けない格好で逃げて行った。
「ふっ、ひゅ、ひ、ひひひひひひひ……!」
「ふっ、は……あっははははは! 中々爽快な逃げっぷりよねえ!」
その無様な逃げっぷりを見て暗い笑みをダイゴは顔に張り付かせる。お腹を抱えて笑うシロナとは対照的だが、愉快に思っている事だけは確かだった。
「ああ。だから見せてやるさ。あいつ等風に言うと『御曹司』の怒りって奴をな」
もう訴訟と言う名の戦争を始める事はダイゴの中では決定済みだった。それで何人の人間が消え去るのか、ダイゴは全く気にしない。今迄流した心の血の分だけの流血を望むだけ。ダイゴにとってのささやかな復讐だった。
「気、少しは晴れた?」
「ありがとよ。お前の御陰だ。また殻を破れた」
こんな程度で恨みが晴れる訳が無い事がシロナには判っている。それでもダイゴは晴れやかな顔で笑っているのだ。今のシロナにはそれだけで良かった。
そして、ダイゴは背中を押してくれたシロナに礼を言う。
「うんうん。男を生かすも殺すも女の器量よね」
「本当にその通りだよ」
時には守り、苦言を呈し、必要に応じてケツを蹴り上げて、男を立ててやる事。尻に敷く気は更々無い。惚れた男だから、シロナはそうするだけだ。例えそれが御節介だと思われようが、シロナはダイゴを愛している。それだけは変わらない事だ。
「……そして、女を咲かすも枯らすも、男の度量、か」
女は花に似る。放っておけば咲く花。それこそ、温室でしか育たない弱い花だってある。だが、どんな花にせよ、マメに水と肥料をやり、病気や強風から守ってやれば大輪の花を咲かせるであろう事は半ばお約束だ。
シロナと言う花を自分は咲かせられたのだろうか? ……案外、実は未だ蕾の段階なのかも知れない。
為らば、その時が来る迄ずっと愛を注ぎ続けようとダイゴは思ったのだった。
その後、別の出版社の取材を受けた二人はお互いに付いてこう述べている。
『今回は二人揃っていての発見だった。彼女が居なければ、そもそも在り得ない事だったよ。……どうやら僕は、何時の間にか幸運の女神を口説いていたらしい』
『知識とか閃きとか心の隙間とか、あたしに足りない部分を的確に埋めてくれる。もう離れる何て思い付きもしないわ。……きっと、彼はあたしの王子様なのね』
人の出会いは皮肉にして、その裏には往々にして奇なる縁あり。
台本は白紙。何も書かれていない。
途切れ掛けた因果を紡いだ女の妄執。
向き合う強さを手に入れた哀れな男。
新たに深みを増し、強固となった因果。
今後、二人の絆が途切れる事は無いだろう。
――全く、不器用な奴等だ。
――なあ
……なあに?
昔が随分懐かしいって思ってさ
そうね。それでもさ、あたし貴方が好きで良かったって思うわ
果報者だね、僕は。……ならいっそ、ほんとに結婚する?
馬鹿ね。こちとら、とっくに覚悟完了済みだってばさ!
――じゃあ、僕を婿にしてくれるかい? シロナ君?
――うん! あたし、貴方のお嫁さんになる! ダイゴさん♪
〜了〜