Y:恋人は御曹司
――トクサネシティ ダイゴ宅
「・・・」
ダイゴが話し終わった。ユウキは何かに耐える様に全身をぷるぷるさせて居た。
「ユウキ君? どうしたの?」
「何処が少しですか! 官能小説読んでるかと思いましたわ! あー、身体の一部が痛いよ」
その様子が気になったダイゴが顔を覗き込むと、途端にユウキは大声で叫んだ。その影でいそいそとチンポジを直している辺り、相当に血が巡っている様だった。
「おや、そう? ……じゃあ、ちょっと休憩しようよ。僕も喉が渇いてね」
「お願いします」
少し、喋り疲れたのでダイゴは休憩を告げるとユウキもそれを了承。
「ビールで良いか〜い?」
「はーい!」
ダイゴは冷蔵庫を漁ると麦酒を取り出した。銘柄はオリオ○とサッ○ロ。住人の趣味だった。
――同刻 ミナモシティ デパート
ダイゴとユウキが男臭い薔薇色の空気を醸し出している中、もう一方の主役は百合色の芳しさの只中に居た。
留守番のダイゴに付き合ったユウキ。そして、その一方で買い物に出かけた婦女子達。
話の中心人物であるシンオウ元チャンピオン、現在はダイゴのパートナーとして家に同棲中のシロナ。そして、ユウキのパートナーであるスパッツとバンダナが目を引く女性、ハルカ。
トクサネからそう距離は無いホウエン本土の端のデパート。今は其処が彼女達の主戦場だった。
そんな二人は戦利品の山を小脇に置いて、屋外の喫煙所で休憩中だった。シロナの片手には煙草。もう片手には特盛のアイスクリーム。それに付き合うハルカの手にもアイスクリームと缶ビール。
昼間っから中々に不良だが、二人とも成人しているので咎める者は誰も居ない。
「じゃあ、シロナさんは遠距離恋愛が実って今こうしているんですね」
「そうねえ。実ったかどうかは判らないけど、お互い好き合った結果なのは確かね」
留守番組と同じく、女性陣も昔語りに華が咲いている。ダイゴは兎も角として、ハルカはシロナの来歴について殆ど知らない。だから、それを語ってくれるのはハルカとしては有り難かった。
「凄いロマンチック。遠距離は難しいって聞きますけど」
「人の心の距離は地理的な距離に比例するって理論があるのよね。だから、他人から見ればそうでしょうけど、実際あたしは楽しかったわ」
離れていればいる程に人の心は離れやすいモノだ。いざ逢おうと思えば、その為に消費される交通費と時間は馬鹿にならない。
だから、一度拗れればそれに消費する金と労力が惜しくなる。損得勘定が働いてしまうからだ。二人はその危険性を知っていたので、関係を拗れさせない様に細心の注意を払って遠距離恋愛を楽しんだのだ。
「へえ」
「最初は十日に一度程度。でも、それじゃ足りなくってどんどん増えて。その裡彼の方からも掛かって来て……最後は週三位にはなってわね」
最初はシロナの方からやや遠慮がちに連絡を取っていたが、直ぐにそれだけでは寂しいと気付いてその頻度が増える。そうすると向こうも声を聞きたいと言う欲求が湧いたのか、電話を掛けて来る様になった。
「……電話代、痛そうですね」
「痛かったわねそりゃ。でも、遠くても繋がってるって実感の対価だから、高いとは思わなかったな」
頻度に比例して増していく通信料金に一時頭を痛めていた事もあったが、それも必要経費と割り切れば何も感じ無くなった。今となっては良い思い出だった。
「そうやって、他愛無い話で笑って、悩みの相談に乗ったり乗られたり……一年何てあっという間だった。そしてまた夏が来たわ。因縁の季節がね」
「お二人にとっての出会いと再会。当然、逢ったんですよね」
そして、それを繰り返す裡にシロナの元にまた例の季節がやって来た。付き合い始めてから一年経過しての夏休みだった。
興味津々と言った感じに身を乗り出すハルカはその夏のイベントを是非聞きたい様だった。
「聞きたい? ハルカちゃん」
「お願いします!」
『来いやあああああああ――っっ!』
確認する様に尋ねるとハルカは頷く。訊く迄も無い事だった。
「そうね。じゃあ……」
ハルカの姿を確認すると、シロナは短くなった煙草を灰皿に放り込み、溶け始めたアイスクリームに舌を這わせる。
別に嬉々として話す様な内容では無かったが、シロナは続きをゆっくりと語り出した。
あの人は何時だって唐突な事を言い出すのよね。昔から変わらない。
でも、あたしはそれに振り回されるのは嫌いじゃないの。寧ろ、好きな方。
あの日もそうだった。……あたしに冒険をあっさり決意させたのよ。
惚気るつもりは無いけど、ほんと、我ながら厄介な男に惚れたもんよ。
ダイゴとシロナが結ばれて一年が経過していた。シロナは考古学の才能を開花させ、若いながらも考古学部のエースとして一目置かれていた。
キャンパス内での名声が高まるに連れ、色々な方面から彼女の引く手は数多となり、彼女の存在は一寸したアイドルの様だった。
背の高さと煙草臭さを除けばかなりハイスペックを誇るシロナは当然の様に異性にモテ始める。だが、既に心に決めた相手が存在する彼女は誘いの全てを断り続けた。
考古学部の姫君の恋のお相手は誰なのか? キャンパス内では多くの憶測が飛び交ったが本人が口外しないので、結局の所それは謎のままだった。
――シンオウ大 キャンパス内
『そいつは厄介だねえ。こっちにも同様の伝承はあるけど、手掛かりついてはさっぱりな状態さ。君が直接話を付けるしかないよ』
「そうなのよねえ。でもあの門番さん、頭が固いのよね。何を言っても梨の礫よ」
『神話の巨人、レジギガスか。材質が何で出来てるか非常に興味深いね』
「うん。でも現物を見れない事にはこれ以上の進展は難しいわね」
講堂裏手の人が寄り付かないであろう寂れた喫煙所。シロナは煙草を片手に電話中だった。お相手は彼女にとっての王子様である鋼の貴公子。内容は今現在手掛けている自分達の研究について。
気紛れにダイゴが始めた調査だったが、それが自分の興味に共通すると判ったシロナが協力を申し出て、共同研究の形と相成った。
シンオウ創世神話に登場する原初の巨人、レジギガス。その巨体に縄を括り付けて大陸を引張り、シンオウ本土を形作ったと言われるポケモン。
そして、その眷属である岩、氷、鉄の三種の巨人について。
距離が離れているに関わらず、シンオウ地方とホウエン地方には似通った民間伝承が散見出来る。
しかし、その巨人と思しき像が安置されているキッサキの神殿には容易に立ち入る事は出来ず、ホウエンの巨人達については何処に眠っているのかさえさっぱり判らないのが現状だった。
『今直ぐに如何こう出来る話じゃないか。気長にやろうよ』
「うん。あー、悔しいなあ。あそこに入れれば発見があるだろうにさあ」
考古学的、地質学的に非常に面白い題材ではあるが、難問が山積みで二人の研究は中々上手く進まなかった。
『処でさ、もう少しで夏休みだろ? 今年はどうしようか』
「そうねえ。今年は研究があるからあんまり遊んでられないけど、どうして?」
閑話休題。得られるモノはお互いに無いと判断したダイゴが話のベクトルを変える。今年の夏の予定について。
今迄話に上る事はあったが、仔細については全く決めていない。それをこのタイミングで振って来たダイゴにシロナはその意味を問う。
『いやさ、今年は僕、そっちに渡る用事が無いんだよ』
「え……逢えない、の?」
次いで語られたダイゴの言葉を聞いてしまったシロナはズンと胸が重くなってしまった。一昨年、昨年と続いて今年もシンオウで逢うと思っていたのにそうではない。再会を楽しみにしていたシロナは泣きそうな声を出していた。
『は? 逢うに決まってるでしょ。何の為の長期の休みなのさ』
しかし、矢張りダイゴは期待を裏切らない男である。楽しみにしていたのは彼も同様であり、若い身空で恋人と離れ離れが続くのは心と身体が悲鳴を上げる。だから、夏休み中は絶対にシロナと過ごすと彼は決めている。
「でも、シンオウには来ないのよね? 別荘は?」
『親父が今年こそは避暑に使うって意気込んでるんだよ。流石に面を合わせたくは……否、邪魔をするのは気が引けてね』
「……そう。社長さんが直接見に来るのね」
話を聞く限りではダイゴは父親と一緒に居たくは無いらしい。家族仲が悪いと言う話は聞いた事が無いので、休みの最中に迄顔を見たくはないのだろうとシロナは推測した。
『だから、それについては別の解決策用意してるよ。君の時間を僕にくれないか?』
「え、と……どういう事?」
今回のステージはシンオウではない。別の相応しい場所をダイゴは用意している。だが、察しの悪いシロナは未だ話が見えていない。
『鈍いな。君がホウエンに来ないかって事だよ。君の研究も別の角度で捗ると思うよ?』
「! あ、あたしが九州に渡るって言うの?」
今年は君が移動しろ。……それがダイゴの言う所の今回の夏休みの過ごし方。
それでやっと合点が行ったシロナは慌てて聞き返したが、ダイゴの返事は変わらない。
『そ。こっちにも考古学的に面白い史跡は多くある。飛行機代は負担するから、夏はこっちで過ごさない?』
「――」
夏の盛りは南の大地へ。己の知らない土地。新しい発見と知的好奇心の充足。
青い海。広い空。灼熱の太陽。隣を見ればマイダーリンの姿。抱き付くのも、キスを強請るのも、○○○○も思う侭。
……だって若いんだもの! この一年どれだけ溜め込んだと思ってるの? 寂しくて、逢いたくて、声を聞くだけで我慢して。それでもずっと独りで自分を慰めて。そんな惨めな生活ともやっとオサラバ! あたしとダイゴのめくるめく濃『以下検閲削除』
『シロナ? やっぱり無理そう?』
「行く行く! 行くに決まってる! こちとら逢えなくて気が狂いそうなんだから!」
急に黙ったシロナに不安を感じ、返答を催促したダイゴだったがその心配は無かった。きっかり0.3秒で即決し、シロナはダイゴの案を呑む旨を告げた。
『じゃあ、決まりな? ……っと、同僚が呼んでる。詳しい日時が決まったらそっちから連絡をくれよ。またな』
「おっけー! 任せといて!」
向こうで用事が入った様だ。ダイゴは話の続きを次回に持ち越す発言をし、シロナはそれに元気に答えて通話を終えた。
――ピッ ツー、ツー……
「……はあ。あたしもとうとうホウエンデビューかあ」
シロナは煙草を咥え、火を点す直前に独白する。
てっきりシンオウで逢うと思っていたらまさか自分がホウエンを尋ねる事になろうとは。
自分の意志でシンオウを出た事の無い田舎小娘に大きな決断を迫ってくれた遠方の恋人に感謝の念が湧いて来る。ブレイクスルーを果たす良い切欠を与えてくれたからだ
「でも……ふ、うふふ。楽しみだなあ」
そうして、煙草に着火してシロナはにやけた笑みを張り付かせた。
不安が無い訳ではないし、少し高いが旅費位は自分でどうにかする。だが、それ以上に今迄一年、電話越しでしか繋がりを得られなかった恋人と直接逢える事が嬉しい。
それ以外の何もかもが瑣事に成り下がる程、シロナは乙女回路が覚醒状態だった。
「今のが件の王子様かね?」
「ひゃあ!?」
背後から聞こえた男の声に吃驚したシロナは吸っていた煙草を取り落とした。そうして振り返ると其処には見知った人物が居た。
「な、なななななナナカマド博士!? ど、何処から涌いて……!」
眼光の鋭い老人だった。この人物こそ、ニッポン国の誇るポケモン研究の大権威ナナカマド博士。シロナの考古学、ポケモン研究の師匠であり、シンオウ大に於けるVIPである。
その手にはA4サイズの封筒が握られており、大学に何らかの用事があったのだと推察出来る。
「こら。人をボウフラの様に言うでない。……いや、盗み聞きする気は無かったが、君が余りにも楽しそうなのでつい、な」
「はあ、それは失礼を」
そんな御仁が人の訪れない喫煙所に姿を見せたのはシロナの顔を見に来たからに違いなかった。
厳つい外見に似合わず意外にも子供好きなこの男とシロナは彼女が幼い頃から今迄続く長い付き合いがある。故にシロナの軽口程度は、博士は容易く受け流せるのだ。
「君も青い春を謳歌している様で安心した。てっきり、研究以外に興味は無いモノと思い込んでおったが、杞憂だった様だ」
「あたしだって女です! 若さ故の過ちだ何て、博士にも言わせませんから!」
少しばかり穏やかな表情で博士は頷く。シロナは子供の頃から色恋沙汰には縁遠く、その手の浮付いた話を聞いた事が無かった。
しかし、そんな彼女が男を作ったと言う噂が聞こえて来ては興味をそそられると同時に安心感を博士は覚えた。シロナは華の女子大生。このまま枯らすには惜しいと常々思っていたのだ。
「そんな無粋はしない。……君は儂にとって孫娘も同然。今と言う刻を後悔せずに駆け抜けているなら、それ以上嬉しい事は無いよ」
「・・・」
別に博士は恋愛を咎める気など全く無い。だが、何故かシロナは博士に皮肉られていると感じた様だ。棘がある発言をするシロナを宥める様に博士が言うと、シロナは敵意を向けるのは間違いと思ったのか口を閉ざした。
「さて、ワシはもう行く。……偶にはマサゴの研究所にも顔を出してくれ」
「はい、判りました」
博士はもう少し喋りたかったが、シロナにその気が無いと気付き、早々に退散を決め込んだ。
最近はシロナも自分の研究で忙しいのでマサゴタウンの研究所には久しく顔を出していない。去り際に態々言うのは、案外博士も寂しいからだと勝手に思ったシロナは少しだけ顔を綻ばせて、博士の背中を見送った。
「……はあ、吃驚した」
結局、火を点けた煙草は碌に吸わないまま無駄になった。かなり強面のナナカマドが背後から気配も無く忍び寄れば大抵の輩は吃驚する。
付き合いの長いシロナでさえ慣れない事は多いし、未だに謎の部分を博士は多く残している。
「こりゃ急いで予定立てないと」
ナナカマドについてシロナが思う事は今はもう無い。それ以上にやるべき事がシロナには山積みであった。
夏季休業迄は凡そ一月の猶予がある。それ迄に抱えている予定を整理し、旅行に必要な荷物を纏め、日程を決めて飛行機を取らなければならない。
そう考えると一月と言う期間は意外に短い。だが、そんな事位でシロナは怯んだりはしない。
「ふ、ふふふ……! 待ってなさいよ、マイダーリン♪」
後少し。もう少しで男旱を抜けられる。
生理後のムラムラする期間に連れ合いが遠くに居て逢えないと言う事態は切なさを超越し泣きそうになる。送られたダイゴのパンツをボロボロになる程酷使したのは己を持て余していた証拠だ。……そんな惨めな生活ともオサラバ出来る。
女盛りのシロナがそれに躍起になるのも仕方の無い話だった。
――凡そ一ヶ月後 シンオウ空港
そして、あっという間に時計は進み、一月が経過した。
シロナは早朝から出発ゲート前で待機していた。今日は夏季休業の前日でシロナは普通に講義があったのだが、それを無視して朝一番の飛行機に乗る為だ。
因みに出席に関しては友人に代返を頼んでいるので問題は無いが、余り褒められた事では無いのも確かだ。だが、それもシロナなりの気合の入れ方だと考えれば、或る意味仕方無い事と思えてくるから不思議だ。
そんな彼女の荷物はボストンバッグが一つだけ。但し、その中身はバッグの容量限界を超越する程にパンパン。研究資料やら着替え。対決に際し使用する小道具やらが満載だ。シロナはそれを小脇に抱えて、只黙って時が来るのを待っていた。
そうして、出発時刻がやって来て、飛行機内の座席に着き、独り言を漏らした。
「去らば、シンオウの大地」
次いで、テイクオフの瞬間。もう一言だけ呟いた。
「そして、ようこそ。新天地へ」
新たな世界、新たな自分が目の前に開けている様だ。自分と向き合う瞬間が大量にある事が旅の醍醐味の一つ。シロナは無意識的にそれを楽しんでいるみたいだった。
「ZZZ……」
離陸して二十分経たぬ裡にシロナは眠りに落ちた。前日は気が逸って中々寝付けなかった。その反動が現れた所為だった。
そうして、シロナの目が覚めた時、飛行機はランディング直前だった。
――カントー国際空港
「えっと……接続便は、こっち?」
先ずシロナは降り立った空港の広さに唖然とさせられた。彼女の道中は半分しか来ていないので、もう半分を行う為に別の飛行機に乗り継がなければならない。
「むうう……広過ぎて判んないよお」
だが、田舎小娘のお上りさんであるシロナにあるのは不安と戸惑いだけだ。通路の案内板を見ると言う事も思い付かず、ふらふらとした足取りであらぬ方向へ向かおうとした。
すると……
「Hey,where are you going?」
「――What?」
後方から掛かった誰かの声。否、誰かではない。シロナはその声の主を良く知っていた。そして振り返ると、シロナは嬉しさの余り泣きそうな顔になってしまった。
「This way. Come on, honey」
「Oh,w,what are you doing……Darling!」
彼女の王子様であるダイゴがこっちへ来いと合図を出していた。シロナは小走りに駆け寄るとダイゴの胸へダイブする。彼はしっかりと彼女の体を受け止めた。
「よ。Long time no seeってね。驚いた?」
「そりゃ驚くわよ! で、でも何で……」
何時もは電話越しにしか聞けない声。しかし、抱き締める温もりは本物で、息を吸えばやや煙草臭いダイゴの懐かしい匂いがシロナの肺を満たす。
「一刻も早く逢いたくてさ。態々来ちまった。……迷惑、だったかい?」
「そんな訳無い! ……嬉しいわよ、ダイゴ」
上目遣いで訊いて来るシロナにダイゴはそう答えた。北海道の彼女と合流する為に態々九州から関東に飛んでくるとは流石ダイゴである。シロナへの愛がそうさせたのか、それとも単に暇なだけなのかは判らなかった。
「……おっけ。色々と言いたい事はお互い山とあるんだろうけど、此処じゃ往来の邪魔だな。こっちだよ、付いて来なよ」
「うん」
この場合、ダイゴの真意はシロナにはどうでも良い事柄だった。逢えて嬉しいのは確かだし、道を知っている人間に出会えてホッとしている。シロナはダイゴに手を取られて空港の奥へと進んでいった。
――空港 待合所
「席も隣同士なんだ。良かった」
「ああ、君、随分早くから席取ってただろ? だから、そいつが埋まる前に急遽僕もリザーブしてたって訳だ。準備良いだろ」
ダイゴの航空券を見ながらシロナが呟く。
シロナは一月も前に飛行機のチケットを取っていた。ダイゴは早い段階でそれを聞いていたので、シロナには内緒で隣の席を確保していたと言う訳だ。
「そうね。そのマメな処、あたしも見習いたいわ」
「真似して直ぐに出来るモンじゃない。君は君の生き方を貫きなよ」
「そう、だね。うん」
ダイゴのこの行動がマメなのかどうかは不明だが、シロナにはそう感じられたらしい。しかし、そんな部分を見習われてもくすぐったいダイゴはやや苦笑しながら言うと、シロナもそれもそうだと言った感じに頷く。
「さて」
返して貰った航空券をポケットに収め、時刻を確認するダイゴ。出発時刻迄はやや暫くある。雁首揃えて只待っているだけでは面白くないので、ダイゴは自分の荷物である小さめのショルダーバッグを漁ってある物を取り出し、シロナに問う。
「事前の打ち合わせ通り、アレは持って来てるよな?」
「勿論だけど、まさか」
少し前の話だ。ダイゴがシロナに或る物を勧め、シロナがそれをやり始めた。程無くしてシロナはそれにどっぷりと嵌るが、今回の旅行にはそれを持って来いとダイゴは彼女に打診していたのだ。
「ああ、そのまさか。……一狩り行こうぜ、お嬢さん」
ダイゴがシロナの眼前に突き付けた或る物。……PSP。暇潰しの手段は某狩りゲー。
「・・・」
「何さ?」
ダイゴの申し出に対し、シロナはどうにも乗り気ではないらしい。……と言うか、些か困った表情をしている。気になったダイゴが訊いてみる。
「このネタ……平気なの? 別ゲー持って来るなってゲーフ○に叱られない?」
「そんな事言われてもさあ。だって台本にはこうあるんだよ」
※余計な突っ込みはノーサンキュー。(作者)
「ちょっと! 問題発言よ、それ! ……了解。付き合えば良いんでしょ」
「最初からそうしてくれれば良かったのさ」
シロナはダイゴの申し出を渋々受け、自分の荷物から愛機を取り出すと、時間が来る迄表面上は仲良く狩りを楽しむ事にした。それしか選択肢は無かった。
――三十分強経過
「うぐぐぐ……何、これ。凄い屈辱なんだけど」
「悔しがるのは判るけど、悲しいけどこれ、プレイヤースキルの差なんだよね。……乗るよ。続きは上でね」
三つ程クエストこなすと機内案内が始まった。乗る人の列に並びたいダイゴはシロナにゲームの中断を申し出た。自力の差を見せ付けられたシロナは乗る迄の間、終始悔しそうにしていた。
――ホウエン カナズミ空港
「相変わらずあっちいなあ。君もそう思わん?」
空の上でも幾つかクエストをこなすと、そこはもう火の国だった。二人は空の玄関に足を踏み入れ、これを通過。ダイゴが車を預けた屋外の駐車場へと向かう。
ダイゴにとっては慣れ親しんだ土地。だが、体感温度がカントーとは三度以上違う様に感じられる。
シンオウ育ちのシロナにとってはかなり酷な環境と思しき夏のホウエン。ダイゴはその辺りをどう思うのか尋ねてみた。
「ああっ!? お、乙る乙る! こんなの無理だわよ!」
握ったPSPを離さないシロナは何かと格闘中だ。何と対峙しているのかは訊かないが、もう少し感心を払って欲しいダイゴは少しだけ寂しそうだった。
「……ま、頑張んなよ」
「――あ」
何を言っても無駄と判断したダイゴはさっさと先に行ってしまう事にした。シロナはそのダイゴの動きに気を取られたのだろう。操作を誤りベースキャンプへ送り返されてしまった。
「さて、今回は時間がたっぷりあるんだよな?」
「ええ。夏は全部こっちで過ごす予定よ。……二ヶ月、位?」
屋外の駐車場で荷物をトランクに放り込み、車に乗り込むとダイゴが尋ねた。シロナは助手席でシートベルトを締めながらそれに答えてやる。
「凄い気合の入れ様だな。家族への言い訳とか、スケジュール調整、大変だったんじゃないの?」
「色々制約は付いたけど、どうって事無いわ。今のあたしは愛に生きるって周りにはがっつり言って来たからね」
聞く限り、夏の全ての時間をシロナはホウエンで消費するらしい。研究で忙しいとか前に言っていたがそれはどうなったのだろうか。
……きっと愛と肉欲が学業を上回ったに違いない。だが、そいつは訊くだけ野暮なのでダイゴは黙っていた。
「なら、問題は無いな。じゃあ、最初に僕の家に招待するよ。遊ぶにしろ、研究するにしろ拠点は必要だよな」
空を飛んで行ければ楽なのだが、色々と見せたい場所もある事だし、ホウエンが始めてのシロナにそれを勧めるのは憚られる。ダイゴはエンジンを掛けると車を発進させる。
「ダイゴのお家……カナズミ?」
デボンのお膝元と言えばカナズミシティだ。だから、当然シロナはそう思った訳だが事情はやや異なる。
「いいや? トクサネだよ」
「トクサネ……と、トクサネぇ!?」
確かに、ダイゴの実家はカナズミに存在する。だが、それは父親の家でありダイゴ個人の家はトクサネシティにある。
それを聞いた時、シロナは最初聞き違いだと思った。だが、彼女の耳は正常だった。だから余計に吃驚した。
――トクサネシティ ダイゴ宅
「長い道程、ご苦労さん。狭い家だけど、上がってくれよ」
「お、お邪魔します」
朝一に出たって言うのに辺りはすっかり夜だった。ホウエン南の洋上に浮かぶ鉄砲伝来の地。種子島。只管南に向けて走り、船に乗って漸く辿り着いたのがこの場所だった。
「はあ〜……」
通された居間でシロナが疲労の滲む溜め息を漏らす。流石に疲れている様だ。
「暫く、此処が生活拠点だね。自分の家だと思ってくれよな」
ダイゴの言葉を聞き流しつつぐるっと家の中を見回すシロナ。そんなに広くは無いが、男一人が住むには十分な広さがある。
整理整頓が行き届いている居間の隅には化石やら宝石の原石やらが収められているキャビネットが置かれていた。数がそんなに多くないのは未だ収集の最中だからだろうか。石に余り興味が湧かないシロナはぼんやりとそれを眺めていた。
「このお家、借家なの?」
「いいや? 持ち家だよ?」
少し気になったのでシロナが尋ねてみる。こんな僻地に家があるのも驚きだが、同じ大学生であるダイゴが家を持っているとは思えなかったのだ。だが、ダイゴの答えはシロナの予想を上回るモノであった。
「嘘ぉ!? 建てたの!? ダイゴが!?」
「ああ、地価は凄い安いんだよ、此処。家の代金の方が高かった位さ」
驚いた事にこの家はダイゴの持ち家であるらしい。一体幾ら掛けたのかは判らないが、かなりの額が必要になった事は想像に難くない。
「さ、流石は御曹司」
「違う違う。自分で稼いだ金でだよ。親父の脛を齧った訳じゃないよ」
「そうなの?」
「高校時代は体力作り目的でずっとガテン系のバイトやってた。それの貯金と石集めで拾った宝石やら鉱物を売った金をプラスして土地の購入費用と家の頭金にした。
……未だローンが少し残ってるけど、直ぐに払い終えて見せるさ」
てっきりツワブキ社長辺りに金を出して貰ったものと思ったがその予想すらも外れた。思いの外、ダイゴはしっかりと自立した大人であるらしい。今迄知っていたダイゴのイメージがシロナの中で崩れていく様だった。
「……凄い。何て言うか、上手く言えないけど、凄いわ」
自分と一つしか違わない筈なのに、ダイゴが何時もより矢鱈と大人びて感じられて仕方が無い。純粋に感心したシロナは尊敬の眼差しでダイゴを見やる。
「はは、凄いのは良いからさ。長旅で疲れたろ? 一寸引っ掛けなよ」
「あ、うん。ありがとう」
自分の彼女に褒められるのがこっ恥ずかしいのか、頭をぼりぼり掻いて照れ臭そうにするダイゴ。これ以上褒め千切られるとくすぐったくて死ぬので、ダイゴはシロナの長旅をを労う為に冷蔵庫から缶ビールを取り出して手渡す。
丁度良い具合に喉が渇いていたシロナは受け取ると直ぐに封を開けてキンキンに冷えた中身を喉を鳴らして飲み干した。
――翌日
「ぅ、うーん……」
シロナが尿意を覚えて目を開けると、其処はベッドの中だった。昨晩は酒盛りをしていた記憶が少しだけあるが、其処から先の事は全く覚えていない。自分の格好が素っ裸である事に気付くが、ダイゴとナニをした記憶すら無い。
大方、酒に負けてダウンしてしまったのだろうとシロナは決め付けた
「ん〜……」
起き抜けのままの働かない頭で辺りを見回す。壁時計は朝の八時を指している。部屋の片隅にはやや大きめの箪笥と姿見。ドアの近くには作業机が置かれていて読みかけの科学雑誌が置かれていた。
そして、窓辺には額縁に入った自分の使用済みの下着がシロナを睨んでいる。前にダイゴに送ったもので間違いない。それを見ているとダイゴが何を考えているのか判らなくなるシロナだった。
「あれ、ダイゴ?」
それで思い出した様にシロナはダイゴの姿を探すが、自分の隣には寝ていた形跡はあるもののもぬけの殻。シロナは床に綺麗に畳まれていた服を拾い上げ、下着だけをつけて居間へのドアを開ける。
「ああ、おはようさん。飯は出来てるよ。顔を洗ってきなよ」
シロナの存在に気付いたダイゴは読んでいた新聞から目を放し、シロナに朝の挨拶をした。そして、テーブルに用意されている朝餉を指差した。
「ああ、悪いわね。そうさせて貰うわ」
初日からこんなだらけていて良いのかと内省するも、この微温湯に使っている様な緩い空気を気に入りつつあるシロナは結局ダイゴの厚意に甘える事にした。今は未だこれで良いと納得し、洗面所へと消えた。
「頂きます……」
「どうぞ」
本日の献立……焼き魚、おひたし、スクランブルエッグ、浅漬け、お吸い物。
ダイゴが作ってくれた簡単な朝御飯を前に手を合わせるシロナ。彼女は料理が苦手な為、例え簡単でもこうやって料理を作れる人間には純粋に憧れを抱く。
「! ……美味しいわね」
「そう? 普通だと思うけどね」
一口食べてみてこれはとシロナは思った様だ。単純な料理程美味く作るのは難しいが、ダイゴのそれは火の通しや水加減、味の濃さ等基本の部分が驚く程に正確だった。だから美味くない訳が無かった。
本人が注意しない限り男の料理は大雑把になりがちだが、ダイゴのこれはコクとキレが両立した至高の一品。それを作った本人は随分と控えめな態度だった。
「むぐむぐ……おふぁわり」
腹が減っていたのか、シロナは次々に朝飯を口に放り込んでいく。そうしてご飯粒をほっぺに貼り付けながら空になった茶碗をダイゴに差し出した。
「あいあい。洗濯物とかある? あるなら出しといてね」
「はーい」
茶碗に炊き立てご飯を山盛にしてやるダイゴ。主夫稼業が板に付いているのか、飯の後は洗濯に取り掛かる積もりの様だ。外は朝にも関わらずムカ付く位にかんかん照りだった。
シロナは茶碗を受け取ると間延びした返事をして食事を再開する。洗濯する物など、寝室に畳んで置いてある服と今着てる下着位しかなかった。
――数時間後 トクサネシティ 海岸
正午少し前。洗濯物を干し終えたダイゴは島を案内する為にシロナを連れて海岸に来ていた。肌を焼くお日様は時間と共に眩しさを増すが、海岸近くは潮風が吹いているので何とか過ごせる状態だった。
「海風が気持ち良いわねえ」
「何も無い場所だけど、来年位には賑やかになるんだろうな」
サンダルを脱いで砂浜を歩くと裸足の足裏が焼けた砂の所為で熱い。それを我慢しつつシロナは北では見られないエメラルド色の海面を眺めながら呟いた。
島の案内という名目でシロナを連れて来たは良いが、実際今のトクサネには海以外見る冪場所は存在しない。新名所と成り得るだろう場所は、矢張りあそこ位だろうか。ダイゴは海に背を向けて、丘の上に建設中の大規模な建物に視線を移す。
「あれ?」
「そ。宇宙センター。宇宙(そら)に懸ける想いの結晶って奴だね」
釣られてシロナも同じ物をやや仰ぎ見る。建設中の宇宙センターの薀蓄については旅行雑誌のコラムを見てシロナは知っていた。年内中に工事を終え、来年度を目処に施設を稼動させるらしい。
「航空宇宙学は畑違いだけど、何か浪漫があるわね」
「そうだね。僕達の生活が変わる訳じゃないけどさ」
鉄の塊を宇宙に上げる何てスケールが大き過ぎて地べたを這い回る自分には想像出来ない世界。だが、それでも何らかの浪漫を感じるのは、言葉では言えない衝動みたいな物が胸に湧いている所為だとシロナは思った。
宇宙では先端技術の研究が行われるのだろうが、それが目に見える形で陽の目を見るのは数十年と先の話だろう。変わりがあるとすれば、自分達の島が賑やかになる位な物だとダイゴは冷静な目で建設現場を眺めていた。
「おーい! あんちゃ〜ん!」
「お? よう」
風が弱くなり、体感温度が増したので遮蔽物の無い砂浜から離脱しようとした矢先、遠くから子供が声を張り上げながら走って来た。
この子供こそ、後にRSEで王者の印をくれる少年である。ダイゴは少年と知り合いなので、片手を上げて挨拶とした。
「何やってんのさ、この糞熱い中。泳いでる様には見えないし」
「うん? 散歩だよ、散歩」
少年はこの熱射病を誘発しそうな酷暑の中、ダイゴが何をしているのか気になったらしい。別に隠す理由は無いのでダイゴは答えてやった
「散歩ってあんちゃん、もう十分トクサネの人間だろ? 海岸に珍しい石何てそうは落ちてるモンじゃねえよ?」
「知ってるさ。だけど、今回は客人が居るんでね。その案内がてらさ」
元はカナズミの人間のダイゴだが、家を手に入れて越してきて以来、彼はすっかりこの島の住人に受け入れられている。
当然、島に散策する価値があるものが無い事は島の人間なら誰だって知っている。潮流で運ばれたゴミの中からお宝を漁る方がよっぽど有意義な程に。だが、ダイゴが散歩に来たのは本当で、その理由である人物を少年に指し示す。
「客人って……おおっ!?」
「こんにちは」
ダイゴの隣の女性に目を遣り、少年は驚いた声を上げると共に目を丸くする。
その女性(まあ、シロナだが)は社交辞令的に顔に営業スマイルを浮かべて軽く会釈した。
「う、嘘だろ……! あの大誤算がこんな綺麗な姉ちゃんを連れてるなんて! 金で買ったのか!? それともエッチな事をして無理矢理……!」
「良し。喧嘩なら買うぞ。構えろや」
「じょ、冗談だよ、あんちゃん! 怒るなって!」
石好きの変人と名高いダイゴだが、この少年も例に漏れないらしい。しかし、後半の言葉は男として馬鹿にされた気がして看過出来ない。無論本気では無いが、少しばかり殺気を乗せたファイティングポーズを取ると少年は縮み上がった。
「あー……えっと、ま、まさかとは思うけど、姉ちゃんって、あんちゃんの?」
「そう。彼女って奴よ」
話の方向を逸らす為に少年はシロナに対し、思っている疑問をぶつけてみた。当然、シロナとしては憚る事は何も無いので正直に答えた。
「・・・」
「おい、どうした?」
その言葉を聞いた少年は絶句し、目を閉じたまま固まって動かなくなった。
「俺、あんちゃんを誤解してたよ。石にしか興味無いって思ってたのに、見えない処で色々やってたんだなあ」
「色々って何か人聞きが悪いね、そりゃ」
感慨深げに少年が漏らす。残念なイケメンだのストーンファッカーだのと呼ばれる事に耐性はあるが、流石のダイゴも無機物である石に欲情出来る程変態の道は極めていない。
だが、ダイゴは並の女には欲情は愚か目もくれない。そんな彼が熱を上げる稀有な女がシロナである。上玉で無い訳が無かった。
「そうねえ。イロイロ、よねえ。ダイゴ♪」
「ちょっ、君も煽るなよな」
話の中心人物がニシシ、と笑っている。因みに、イロイロとは子供には聞かせられないセクシャルに甘ったるくて生臭い出来事が選り取り見取りである。ダイゴも情操教育に悪い話はしたくなかった。
「邪魔して悪かったな。その姉ちゃんにトクサネをしっかり案内してやんなよ。じゃあな」
「ああ。またな」
「バイバイ」
少年の方もこれ以上絡むのは逢引の邪魔になると判ったらしい。撤退を決意すると言葉もそこそこに足早に去っていった。近い裡にどうせまた会う事になるだろうからダイゴにはそれ以上言う事は無い。対して、シロナは少年の背中に軽く手を振っていた。
「元気の良い子ね。御近所さん?」
「そう。偶に糞生意気で殴りたくなるけどね」
「あれ位の歳なら、それ位が丁度良いわね」
興味がある訳ではなかったが、何と無く聞いてみるとダイゴは答えてくれた。どうやら同じ町内会の子供らしく、越して来た当初から妙に絡まれている……懐かれているのでは無く絡まれているらしい。判った情報はそれだけだった。
「ねえ」
「何だい?」
散歩に戻って十数分後。後ろを歩くシロナが突然、シャツの裾を握って来た。何事かとダイゴは振り返る。
「ん……その、ね」
「何さ。勿体付けるなよ」
良く見ればシロナの頬が若干、赤く染まっている。だが、戸惑った様に言いたい用件を中々言わない。熱い中で歩みを止めたくないダイゴは早く言って欲しかった。
「あたし、あなたに甘えて良いのよね? ……その、こ、恋人として」
「・・・」
知らない土地である事を良い事に自分でもかなり戯けた事を口走ったとシロナは気付いたのだろう。それでも、二人が付き合っている事実は変わらないので、シロナは相方であるダイゴにどうしても確認を取って置きたかったらしい。
そいつを聞いたダイゴは一瞬、呆気に取られた。
「……ハッ」
「あ――」
正気に戻ると同時に笑いが込み上げる。俺の彼女はこんなに可愛いと認識させられたダイゴはシロナの手を取った。
タコだらけでゴツゴツした男の掌が自分の汗ばんだそれに触れた。たったそれだけの事なのにシロナは何故かドキドキしてしまった。
「今更、だろ? シロナ」
「そうだったわね、ダイゴ」
付き合って一年。思えばこうやって手を繋いで普通の恋人らしい逢引をした事すら無かった。だが、今から夏の終わり迄はそうする自由が許されている。
有り余る時間の中、二人の夏は始まったばかりだった。