Z:通い夫のススメ  
 
 
――ミナモシティ デパート 屋外喫煙所  
「……ってな感じかな? あたしの話は♪」  
「・・・」  
 やたらと嬉しそう顔を綻ばせるシロナ。惚気るつもりは最初無かったが、話している裡にどうでも良くなったのだろう。そいつを聞かせられたハルカは砂でも吐きそうな気分になりながらボリボリと鼻頭を指で掻いた。  
「? ハルカちゃん? 何よ?」  
「えーっと、その……」  
 ハルカの難しい表情が気になったシロナが尋ねる。ハルカは唯の惚気話だけならば未だ許容出来たがそれで済まない話も語られた事に困惑している。その辺りは自重して欲しかったのだ。  
「周りには誰も居ないわ。それに聞きたいって言ったのは貴女よ?」  
「そうですけど……」  
 ハルカとしては聞いてて壁を殴りたくなった位には面白かったが、誰が聞き耳を立てているか判らない状況でそれを言うのは迂闊過ぎるとも思った。  
 だが、シロナはそんな事を気にしている素振りすらなかった。随分と男らしい態度に呆れながらも感心していると、自分の顔に水滴が落ちてきた事に気付いて空を見上げた。  
「……降って来たわね」  
「ええ」  
 厚い雲が空を覆っていて、遠くからはゴロゴロと雷鳴が轟く音が聞こえていた。  
 暦は八月。今の季節には頻繁にある夕立だった。  
「取り合えず、避難しますか」  
「ですね」  
 雨曝しになるのは堪らないので、女郎二匹は戦利品を急いで抱えると建物の中に逃げ込んだ。  
 
――同刻 ダイゴ宅 居間  
 
 繰り返す過ちにこの身を委ねたとしても〜♪  
 
 ダイゴのナビが鳴っている。着信音は判る人には判る曲。ダイゴは手にしていた缶ビールを置くと、直ぐにナビに手を伸ばし、電話に出る。  
――ピッ  
「あいあい。……ああ。こっち? 土砂降りだけど」  
 通話しながらトクサネの空模様を実況するダイゴ。天気はあいにくの雨。先程から降り始めた雨は雷を伴って弱まる気配を見せない。  
「了解。もっとゆっくりして来ても良いよ?」  
 相手方の天気も同様に雨らしい。帰還には時間が掛かると告げられてダイゴはこっちの事は気にするなと相方に伝える。  
「……え? 厭だって? 判った、健闘を祈るよ」  
 が、向こうはそう思ってはいないらしい。雨脚が弱まり次第、何とか帰る旨を告げて向こうは電話を切った。  
――ピッ ツー、ツー……  
「奥さん(仮)ですか?」  
「ああ。雨にやられて難儀してるってさ」  
 通話を聞いていたユウキは話していた相手が誰か判っている。一応、語尾に(仮)を付けては見たが、ダイゴは全く気にしている様子は無い。  
『シロナは僕の嫁』  
 ……とか本気で思っているのだろうか? だとしたら大した益荒男だ。それだけ、積み重ねてきた歴史や想いに自信があるに違いない。ユウキは感服した。  
「……で、何処迄話したっけ」  
「シロナさんが夏に来て、その途中迄です」  
 ユウキの考えを見通した様な表情でダイゴが聞いてくる。何時の間にやらこの男の話に夢中になっている自分を悔しく思いつつも、ユウキは言った。  
「ああ、そうだった。……じゃあ、どうする? 未だ聞く?」  
「知ってる癖に。……お願いしますよ」  
 変に焦らすのは野暮のやる事だと非難めいた視線で続きをせがむ。此処迄来たなら時間の許す限り聞いてやろうとユウキは思った。  
「だろうね」  
 最初からそんな反応は予想していたのだろう。未だ残っていた自分の缶ビールの中身を一息に呷り、ダイゴが続きを語り出す  
 
 
 結末は知ってた。別れが来るってのは最初からお互い承知だった筈なのに。  
 でも、いざその時が来ればお互いにそいつを先延ばしにする。無駄だって判っててもね。  
 ……でも、重要だったのはその後さ。  
 彼女が泣いてるって判って、居ても立っても居られなくなったよ。  
 僕の柄じゃ無かったけどさ。  
 
 
 暦の上で夏はとうに終り、木々の葉が色を変える季節がやって来た。  
 九月の下旬。別れを翌日に控えながら、二人は裸で抱き合っていた。  
――ダイゴ宅 寝室  
「「・・・」」  
 言葉が出尽くした様に、お互いの喉を通過するモノは無かった。  
 ……別れが近付く度、零れる涙も拭う涙も量を増していく。そんな中にあって突然シロナは泣く事を止めた。一体どんな心境の変化だとダイゴは知りたい気分に駆られたが、興味本位で聞く事は憚られた。  
 シロナの気持ちを考えれば軽々しくは訊けないし、それ以前にダイゴも同じ気持ちを抱いていたからだ。  
「どうやったら一緒に暮らせるんだろうね」  
「……君はそうしたいの?」  
 ふとそんな事を呟くシロナにダイゴが訊く。期間限定の半同棲生活。熱いのは最初だけで飽きが来れば自然と冷めるものと踏んでいたダイゴだったが、シロナはそう感じてはいなかったらしい。  
「やっぱ、今の大学辞めて、こっちに編入するっきゃ無いかな」  
「止めときなよ、そいつはさ」  
 本気でそう考えているのならば非常に厄介な事だ。お互いの生活がそれぞれ別の土地にあるのだから、どうしたって別れなければならない時は来る。  
「どうして? やっぱ、迷惑」  
「それ以前だよ。君は自分の意思で今の大学選んだんだろ? なら、最後迄横道逸れずに貫きなよ」  
 ダイゴの持つ固い意志だ。  
 今の状態を維持する為に、何もかも捨てるのは間違いだし、捨てたら戻らない物も世の中多くある。シロナにそんな選択をして欲しくないダイゴは優しい口調で宥める様に囁いた。  
「……実にアンタらしいわね」  
「っ」  
 帰って来たのは感情が無い、低い声色。思わずダイゴが言葉に詰まる。何も滲まない筈のシロナの声だったが、ダイゴはその中に失望の感情を見た気がした。  
「それが辛いから言ってるのに、そう言われちゃ頑張らざるを得ないわよね。……あはは」  
「シロ、ナ」  
 乾いた笑いがダイゴの耳に届いた。それが耳に残るみたいで一刻も早く掻き消したかったが、ダイゴにはそれが出来ない。戸惑いながら彼女の名を呼ぶのが精一杯だった。  
「たったそれだけの事なのに、あたしには苦し過ぎるよ……」  
「……っ」  
 その声を通して、シロナの精神的な脆さがダイゴには具に見える様だった。この微温湯の生活を知った後にまた独りに戻るのは寂し過ぎる。だから、一緒に居たいと。  
 その手を掴んで束縛し、ダラダラと肉欲のみの生活を過ごせるのならば、直ぐにでもそうする所だ。だが、そんな真似は餓鬼の我侭と変わらないとダイゴは気付いている。  
 人並みに生きたいのなら、常識やら自制やら、遵守する物が多過ぎる。群れるのが嫌ならばそこからはみ出せば良いだけの話だが、そんな勇気も無い。  
「僕だって……俺だって……っ……」  
 だから、ダイゴは誰にも聞こえない様にごちる。  
 離れたくない気持ちだけは一緒だった。  
 
――翌日 カナズミ空港 待合ゲート  
「此処迄で良いわ。有難うね。送ってくれて」  
「……ああ」  
 一夜明けて、別れの日がやって来た。ダイゴはエアームドを使って、シロナを空港迄送ってやった。もう何回か通過した事だからと、お互いに普通の会話に始終しようとする。  
「さてっと、次に逢えるのは来年かしらね」  
 考える程に寂しさが募って動けなくなりそうだった。だから、シロナは心に蓋をする様に言葉を紡いだ。  
「それ迄、あたしが生きてれば良いけどね、あはは」  
 そうやって強がって、無理に笑ってみるがそう簡単に根付いた気持ちは取り除けない。だが、止まる事は許されないので、シロナは作り笑いを浮かべてダイゴに背を向ける。  
「じゃあ、そろそろ行くね。また逢「待てよシロナ」……え?」  
 ゲートを潜ろうと一歩踏み出した所でダイゴの声が響いて、それはシロナを振り向かせた。  
 
「流石にさ、そんな状態の君を送り出す訳にはいかないね」  
「な、何言ってるのよ。あたしがどうかした?」  
 真剣な顔付きと声色だった。だが、シロナには呼び止められる理由が浮かばなかったので困った様にダイゴの顔色を伺う。  
「……泣いてるじゃないか」  
「え――」  
 そうして語られた言葉にシロナは自分の指を頬に宛がって、涙の筋が伝っている事に漸く気付いた様だった。  
「や、やだ! ……ぁ」  
「無理しないでよ。……いや、違うな。我慢しないでくれよ」  
 慌ててそれを拭おうとしたシロナはダイゴに両腕で抱き締められた。胸から空気が抜けるような強い抱擁。ダイゴは辛そうな顔で搾り出すみたいに言う。  
「何、言って」  
「とぼけんな! 逢えない事が泣く程辛いんだろ!? 僕だって……出来るならさ」  
 言っている意味が解らなかったシロナはそう言うが、その言葉が気持ちをはぐらかしている様にダイゴには感じられたらしい。だからなのか、ダイゴは真摯な気持ちをぶつける様に叫び、また呟いた。  
「! ダイ、ゴ……?」  
「でも、現実はそういかないから。だから、辛いなら言ってくれ。何を犠牲にしても飛んで行くから。素直に頼ってくれよ」  
 ダイゴの様子がさも意外に映ったのか、シロナは少し戸惑っていた。中々心の内を晒さない彼がそんな事を言うのは恋人にも馴染みの無い事だった。  
 そして、ダイゴは止まらない。胸の熱さを相手方に伝えようと必死だった。  
「――」  
 そんな事を言われて嬉しくない訳が無い。シロナの涙が量を増す。  
「で、でも、そんな迷惑を、あなたに」  
 だが、彼女はそれを振り払う様に呟く。縋るのは簡単だが、それに甘えたくない。これ以上面倒臭い女だと思われたくないシロナの最後の意地だ。  
「! 馬鹿が!」  
「っ」  
 だが、そんな言葉でこの男の意志を曲げる事は叶わない。鼻先で怒鳴られたシロナは身体を小さく震わせる。  
「迷惑とか言うな! ……他ならぬ俺がそうしたいって言ってんだ。素直に頷いとけ」  
「ダイゴ……!」  
 その後に待っていたのは優しい抱擁。もうこれ以上堪えるのは無理だと悟ったシロナは白旗を掲げ、ダイゴの肩に顔を埋めて啜り泣きを始めた。  
「ほんと、格好悪いなああたし。アンタの前じゃ、どうにも女々しくなっちゃって」  
「女の子だろ? それが悪いとは思わないけど?」  
 もう少し強い涙腺が欲しかったと願ってみるも、生まれ付いての泣き虫はどうしようもない。ダイゴに元気を分けて貰った気がするシロナは泣きながらも、何とか笑う事が出来た。  
 そして、ダイゴはそんなシロナが少しだけ羨ましい。泣きたい時に素直に泣ける様な情緒はとっくの昔に彼の中では死に絶えていたからだ。  
「ありがと。でも、もう少しこっちで足掻いてみる事にするわ。どうしても無理ならその時は、ね?」  
「ああ。待ってるよ」  
 やっぱり、この男には敵わない。シロナはそう理解出来たのだろう。涙を拭って身体を離すと、シロナはそう言って改めて笑った。  
 最後位はやっぱり笑って別れたいと言う気持ちはダイゴも持っていた。何時もの作り笑いじゃない、自然な笑顔を湛えてダイゴは頷いた。  
――ちゅっ  
「またね! ダーリン!」  
「応! またなハニー!」  
 この度の逢瀬はこれにて終了。最後に一度だけ軽い口付けを交わすと、シロナはゲートを潜る。ダイゴはその背中を消える迄じっと見ていた。  
 
 
――数ヵ月後  
 季節は師走の上旬。新たな年の幕開けに向けて町行く人々は例外無く皆忙しそうだった。そして、それはダイゴもまた変わらない。  
 そんなある日、彼は不意に呼び出しを喰らった。呼び出した人間はオダマキ博士。ホウエン随一と呼ばれるポケモン研究家。  
 デボンコーポレーションが多額の出資を行っている事は知っていたが、ダイゴ自身、博士との接点は多くない。二年前の化石復元装置の折に少し顔を合わせた程度だった。  
 だが、会いたいと言っている相手を無碍にする程ダイゴも冷酷では無い。空は晴れ渡り、放射冷却で吐く息が凍る程寒い日だったが、それでもダイゴは早い時間からホウエンに於ける辺境の地、ミシロタウンを訪れていた。  
 
 
――ミシロタウン オダマキ研究所  
「やあやあ、ダイゴ君。態々ご足労申し訳無い」  
「い、いえ、それは構わないのですが」  
 出迎えてくれた博士は冬の寒い時期だと言うのにハーフパンツと半袖の姿だった。高校生位になる娘さんがいると言う話だが、随分と若い印象を抱かせてくれる。  
 しかし、どうもそれが年齢に対して落ち着きがない印象をも与えてきたのでダイゴは苦笑した。  
「ひょっとして緊張してるかい? そんな顔じゃ福が逃げる。もっとリラックスして」  
「はあ」  
 緊張していると勘違いした博士は肩の力を抜く様にダイゴに訴えるが、その原因が自分にあるとは思っていないらしい。無論、ダイゴは緊張などしていないので適当に話を受け流す。  
「こうして会うのも久し振りだね。……どうかね? 大学の研究の方は」  
「え、と……ぼちぼち、ですか」  
 とっとと本題に入って欲しいが今度は世間話が博士の口から飛び出す。今のダイゴは鉱物学と材質構造学を学んでいて、まあ順調に研究を重ねているが話が長くなるので詳細は話したくなかった。  
「? 何か要領を得ないね。ひょっとしてトラブルでも?」  
「いや別にそんな。……そ、それよりも、一体何の用事で僕を? 僕としては呼び出される理由がとんと浮かばないんですけど」  
「随分せっかちだな、君は。そんなんじゃ彼女に嫌われちゃうよ?」  
「・・・」  
 好い加減、察して欲しいダイゴはとうとう自分から呼び出された訳を訊いてみる。  
 しかし、博士はダイゴの心情を解する素振りすら見せない。マイペースなのは良いがそれに他人を巻き込まないで欲しいダイゴはこうも思った。  
 ……余計なお世話だ。尤も、流石に口には出さなかったが。  
「おっ、と。そんな怖い顔されたこっちとしても困るなあ」  
 どうやら顔に出てしまったらしい。慌ててダイゴは顔をポーカーフェイスに戻した。  
「白状すると、君に会いたいって人が居てね。君を呼んだのはその人なんだよ」  
「……博士以外で、ですか」  
「そう。会えばそれが誰か判ると思うよ。早速、準備は良いかな?」  
「――承知」  
 話しを聞いてみると、博士では無い誰かが面会を希望したとの事。しかも、博士はその相手の名前を勿体付ける様に言わない。  
 何だか面倒臭い話になりそうな予感を感じつつも、ダイゴは博士に頷き、研究所の応接室に案内された。  
 
――オダマキ研究所 応接室  
「! あな、たは!」  
 其処で待っていた人物にダイゴは少し面食らう。全く予想もしない相手だったのだ。  
「……君がダイゴ君かね?」  
「は、はい。ツワブキ=ダイゴです」  
「うむ。儂はナナカマド。弟子のシロナが世話になっている」  
 それはシロナの師匠だった。話は聞いていたが実際に会うのは初めて。聞いていた以上の強面にダイゴも少しだけうろたえ、身構えてしまった。  
「オダマキ博士……これは」  
「驚いたろ? オーキド博士を超えるニッポンのポケモン研究会のゴッドファーザーが君に面会を求めたんだ。……で、一体何をやらかしたんだい?」  
 ホームグランドのシンオウ以外でも大きな権力を持つこの御仁が何故自分に接触を求めたのか、ダイゴには解らない。  
「やらかしたって……身に覚えが無いですけど」  
「え、それは……それは何とも詰まらないないな」  
「おい……!」  
 オダマキ博士はダイゴが何か悪さをしたのだと勝手に思っていた様だ。しかし、ダイゴには当然記憶に無い事であり、それを正直に告げるとオダマキ博士は実に残念そうな顔した。  
 ……ふざけんなよ、おっさん。またダイゴの顔が怖い顔に変化しそうだった。  
「ゴホン! オダマキ君、若人を弄るのもその辺にしたまえ」  
「おっと。失礼しました」  
 話が進まないと判断したナナカマド博士は咳払いしてオダマキ博士を諌めると、オダマキ博士は悪びれる様子も無くそう言った。  
 
「それでだ、ダイゴ君。君を呼んだのは他でもない」  
「はあ」  
 漸く本題に入った。何かもう此処に至るだけで疲れたダイゴは気の無い返事で答える。  
「これをシロナに届けてやって欲しい」  
「は? な、何故僕が? って言うか、シロナ?」  
 ナナカマド博士は厳重に包装された小さな箱を取り出してダイゴにそう告げる。そんなのは冗談じゃないときっぱり断りたかったが、自分の恋人の名を聞いて少し心が揺れた。  
「適任者が君しか居ないからだ」  
「……どうにも、解せません。宅配じゃ駄目なんですか? 態々僕に名指しする意味も判りませんよ」  
「中身が業者に預けるのが憚られる貴重な物だと言う事だ。それなら、信用の置ける人間に任せたいのが人の性ではないかね?」  
 事情がどうにも不明瞭だ。幾ら届ける先がシロナだと言っても、理由も聞かされずにそれを受ける程ダイゴは御人好しじゃない。ナナカマド博士の言葉も説得力に欠けていた。  
「信用? ……ハッ。初対面の僕と貴方に信頼関係も糞も無いでしょう。適任者は探せば幾らでも居る筈。他を当たって下さい。何ならご自身で直接……」  
「それは無理だ。この後はイッシュに飛ばねばならないのでな」  
「それは僕には関わり無い話ですね」  
 本来北に居る筈のこの男が南にいる事自体がレアケースだ。自分で動けない理由が研究で忙しいからと言うのは理解出来る。しかし、信用が置ける人間……と言う言葉は些か荷物を届けさせる理由としては苦しい。  
 何か裏があるのは間違い無い。そう思うからこそダイゴは素直に頷かない。  
「むう、中々食い下がるな君は」  
「貴方の目からは敵意は感じられない。でも、何かを隠している気がする。進んで腹を割って話したいとは思いませんよ」  
 ナナカマド博士の言葉には事情をはぐらかそうとする意思が見える様だった。そして、何よりもその目。ダイゴはそれが気に喰わないのだ。  
「む」  
「・・・」  
 そうして、ダイゴとナナカマド博士は少しの視線で会話した。お互いを探りあう様な目線を交差させて、その様は半分睨み合いだった。  
「其処迄読んでいるなら遠慮は要らんな。……ダイゴ君」  
「?」  
 そして、先に折れたのはナナカマド博士の方。言おうとしなかった事情を語ろうと決めた様だった。  
「是非、シロナに逢ってやって欲しい」  
「……やっぱり」  
 その理由とやらはやはり、シロナとの接触。ダイゴは彼女の名前が出た時から、半ばこの答えは予想していた。  
「普通なら儂も此処迄御節介を焼かない。だが、アレを見てしまえばな」  
「アレって……シロナに、何が」  
 態々、届け物と言う名目を使ったのは、弟子に対する博士の照れ隠しなのかも知れない。  
 しかし、それをダシにしてでも逢って欲しいと言う事は、事態は逼迫しているのだろうか。シロナに一体何が起きたのか。ダイゴは嫌な予感しかしない。  
「別に。唯独りで泣いておっただけよ。……君の写真を握り締めてな」  
「っ!」  
 ナナカマド博士の言葉を聞いてダイゴの表情が一気に崩れた。  
「何時の、事ですか」  
「儂がシンオウを出る前だから……一週間前だな」  
「――」  
 努めて冷静な素振りで尋ねるが、ダイゴは内心かなり動揺している。そして、言葉を聞いて絶句した。  
「で、どうかね。受けてくれるかね?」  
「それは―― っ、受けざるを得ないでしょうね」  
 あの泣き虫なシロナの事だ。それ以前から泣いているに決まっている。辛いなら連絡をしろと言ったのに、無理して耐えて結果師匠に世話を焼かせるとは本当にどうしようもない。ダイゴは決断した。  
「おお! やってくれるか!」  
「シロナの事だって言うなら話は別ですよ。今からちょっくらカチコミかまします」  
 これ以上、自分の彼女が周りに迷惑を掛けるのは忍びない。泣かせている側の責任として一刻も早くシロナを泣き止ませる必要が生じている。それはダイゴにしか出来ない事だった。  
「へええ。君、見掛けに因らず熱かったんだね。随分意外だな」  
「そんなんじゃないですよ。僕は只、僕自身の誓いを履行するだけですから」  
 少し感心した様にオダマキ博士が見てくるが、ダイゴはそれを誇ったりはしない。その行動が半分、自己満足であると知っているからだ。それ以外に理由を付けるならば、それは彼が九州男児の端くれだからなのかも知れない。  
「うむ、ではしっかりと届けてくれ。貴重な代物である事は変わらないからな」  
「今のシンオウは雪国だ。滑らない様に履物には注意だよ。……頑張って」  
「それでは」  
 ダイゴは小包を受け取ると、挨拶もそこそこに足早に研究所を出て行った。今から飛行機に乗れば夕方にはシンオウに辿り着ける。急がねばならなかった。  
 
 
――カナズミ空港  
「シロナ……待ってろよ」  
 行楽シーズンからは外れているので飛行機はどの便も空席が目立っていた。窓口に万券を叩き付けてチケットをもぎ取ったダイゴはおっとり刀のまま飛行機に飛び乗った。  
 全ては愛故に。……等と言う言葉からは縁遠い位置にいるとダイゴは常々思っていたが、今の自分の行動を省みて、それが本当かどうか判らなくなりそうだった。  
 唯、シロナに逢いたいと言う心だけは真実だったが。  
 
――カントー国際空港  
「あ、しまった」  
 そして道中半分。中継地点に至ってダイゴは重要な事を思い出した。  
「シロナ、今何処に居るんだ?」  
 今現在の彼女の居場所が全く判らなかった。シロナのアパートの詳しい住所は聞いていないし、彼女が普段大学の外でトレーナー以外に何をやっているのかも聞かされていない。  
 付き合っている筈なのに色々とお互い知らない事があると気付かされるが、残念ながら何かと議論している余地はダイゴには無い。  
「……繋がりやしねえ」  
 兎に角、無駄足は踏みたくないのでシロナの携帯に電話してみるも繋がらない。未だナナカマド博士が居ると信じてオダマキ研究所にも電話してみたがそちらの方も繋がらなかった。  
「参ったねえ」  
 尋ね人を探して冬のシンオウを彷徨うのは非常に草臥れる事請け合いだ。だが、手掛かりが無い以上はそうしなければならない可能性は高い。シロナが電話に出てくれる事を祈りながらダイゴは接続便を待った。  
 
――シンオウ空港  
「相変わらず繋がらないし。……仕方が無い」  
 時刻は夕方。日はとっくに暮れて、辺りは暗い。結局シロナが電話に出る事は無く、ダイゴはシンオウに辿り着いてしまった。  
 もうこうなったら可能性が高い場所を当たるしかないと決めたダイゴはボールをフォルダーから取り出して、開閉スイッチを押す。そして、召喚されたエアームドはダイゴを背に乗せると雪のちらつく夜空へと羽ばたいていった。  
「……僕は何やってるんだ? 何やって……」  
 冷静になって思い返すと自分が随分と馬鹿な事をやっている気がしてくる。だが、そう思っても来てしまった以上は最低でも預かった荷物を届けなければ帰る事が出来ない。  
 今は兎に角シロナの居場所を突き止める事が先決だ。  
 ダイゴは決路した。行き先はシンオウ大。シロナの学舎を尋ねれば何らかの情報が得られる可能性が高い。主人の指示を受けてエアームドが進路をコトブキ方面へと向けた。  
 
 
――シンオウ大学 ロビー  
 辿り着いたシンオウの最高学府。人影は疎らで学生とは殆ど擦れ違わない。  
 もう窓口が閉まる時間ギリギリだったのでダイゴは急いで学生課に向かい、話しを聞いてみる事にした。  
「あの、済みません」  
 部外者が在学生に用があると言ってもそうそう通るモノでは無いが、ダイゴも火急的用件なので無理を通させて貰う。余り期待しないで使ったが、ナナカマドの名前はやはり効果覿面だったらしい。全館放送でシロナを呼び出す事が出来た。  
 しかし、その本人がキャンパス内に居ないのではどれだけ呼び掛けても無駄だ。結局、シロナは姿を見せる事は無かった。  
「……にっちもさっちもいかんったい」  
 窓口は閉じてしまった。五里霧中の状態に陥り、ダイゴは途方に暮れる。電話も相変わらず繋がらなかった。  
「Hey! Wait a minutes」  
「え」  
 しかし、天はダイゴを見捨てない。彼に話し掛ける人間が一人。  
「私、知ってるネ。シロナのlocation」  
 女だった。英語交じりの片言の日本語。褐色の肌をし、シロナ以上の長身で、黒髪の何やら見た事の無い髪型をしている。此処の学生……なのだろうか。  
「シロナ、きっと研究所行ったヨ。今日、Fridayネ」  
「Laboratory? と言う事は、マサゴタウン?」  
 そう言えば、未だに博士の研究を手伝っていると言う話をシロナ本人が語っていた気がする。バイトなのかボランティアかは知らないが、貴重な情報であるのは確かだ。  
「Yeah.Probably」  
「! 助かったぜお姐ちゃん! Thanks for your help!」  
 話しを聞き、これならかなりの確率でシロナに逢えると確信したダイゴは礼もそこそこにキャンパスから出て行こうとする。しかし、シロナの友人と思しき学生(?)が興味深そうな視線を投げ掛けていたので、ダイゴは歩みを止めて振り返った。  
「オニイサン、シロナのsteadyデスカ?」  
「え……あー、どうだろ。所詮ホウエンから飛んで来る位の絆しか無いからねえ」  
 その目を見て、他意は無い純粋な興味本位の質問だとダイゴは解った。だが、真実を語るのはやや恥かしいので、かなり遠回しな言い方でダイゴは逃げる事にした。それを聞いた学生は少し考え込む様な素振りは見せたが、結局何も言わなかった。  
 
 
 

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