[:残念なイケメン×残念な美人  
 
 
――マサゴタウン 研究所前  
「着いた。行き違いになってなければ良いけど」  
 コトブキの南に位置するナナカマド博士の城。室蘭中心部に位置する研究所にダイゴが辿り着いた時、夜ももう八時を回ろうかと言う頃だった。  
 マサゴはダイゴが今迄訪れた事が無い場所なので空を飛ぶが使えず、結局特急列車に飛び乗るしかなかったのだ。  
 外から見る限り、電気は付いているし人の気配もしている。ちらつく雪に悴む指先が逆に熱を孕む様に痛みを与えて来る。ダイゴはもうこれ以上寒い中をうろつくのは御免なので、半ば祈る気持ちで研究所の敷居を跨いだ。  
「頼も〜う!」  
「……はいはい、何か用ですか? こんな時間に」  
 そうして中に入り玄関で来客を告げると、白衣を着た草臥れた様子の若い研究員が奥からやって来た。  
「ナナカマド博士からの届け物です。それで……シロナさんは、いらっしゃいますか?」  
「シロナ? ……ああ、彼女なら居ますよ。どうぞ、入って下さい」  
 遥々ホウエンから持って来た小包を取り出して、ナナカマドのサインが入っているのを確認させると、男はダイゴを研究所の中に案内した。  
「……ふう」  
 矢張り、シロナは此処に居るらしい。一体どうなる事かと冷や冷やしたが、何とか目的は達成出来そうだ。男が入って行った部屋の前の廊下で溜め息を吐いていると、中から話し声が聞こえて来た。  
『お〜い、シロナさん』  
『何ですか。この状況、判るでしょう? 邪魔しないで』  
『そうもいかないの。君にお客だよ。外で待ってる』  
『はあ? 馬鹿言ってんじゃないです。第一こんな時間に』  
『良いから行きなさい。どうせ煮詰まってるんなら素直にリフレッシュだ』  
『……判りましたよ、ったく」  
 バタバタと慌しい足音が聞こえると直ぐに、やや乱暴にドアが開かれた。眉間に皺を寄せて機嫌が悪そうなシロナが中から出て来る。白衣は着ておらず、黒い上下の服を身に着けていて、それはダイゴが見た事の無い服装だった。  
「はああ……この糞忙しい時に何処の誰だってのよ」  
「あー、お邪魔だったかな」  
 ぶつくさと文句を言い、不機嫌さを隠そうとしないシロナを刺激しない様にダイゴは落ち着いた口調で話し掛ける。それに気を良くしたのか、シロナの刺々しい空気が少しだけ和らぐ。  
「邪魔って事は無いけどさ。今あたし修羅場ってるから、結構気が、立ってて……」  
「みたいだね。……ちゃんと寝れてる? 大分やつれてる感じが」  
 じっとシロナの顔を眺めると、拭い切れない疲れが滲んでいる印象を受けた。目の下には隈が出来ているし、顔色も良くない。最後に逢った時と大分印象が異なったのでダイゴも心配になってしまった。  
「・・・」  
「ん? 何? 僕の顔、何か付いてる?」  
 すると、シロナはダイゴの顔を見詰めて、そのまま固まってしまった。それがどうにも腑に落ちないのでダイゴはその旨を訊いてみる。  
「――あ」  
 漸く、シロナは現状を認識した。  
 嘘。……ああ、こりゃ駄目だ。堪えられない。ってか、何でこいつが此処に居るのよ。嬉しいじゃないのよこん畜生! ……以上。残念な美人ことシロナさんの心の声。  
「んなっ!?」  
「……っ! ぅ〜〜っっ!!」  
 がばっ。抱き付かれると同時に声にならない嗚咽を漏らし、シロナは泣き崩れた。相当に心労を溜めていた事が明白な振る舞いにダイゴも茶化していい場面では無いと思ったのだろう。  
 だから、シロナが落ち着くまでの間、暫く好きにさせてやった。  
 
「えっと、大丈夫じゃなさそうだな流石に」  
「何で……なんでアンタ此処に……」  
 涙と鼻水で着ているコートの前の一部がびしょ濡れになってしまった。だが、シロナが落ち着いたのなら安い物だとダイゴは思う事にした。シロナは泣き腫らした目のまま至極当たり前の疑問を投げて来たのでダイゴはそれに答える。  
「君の師匠からのオーダーさ。泣き暮らしてるからフォローしろって」  
「博士が?」  
「ああ。届け物も序に預かったけど」  
「そっか。そう、だったんだ」  
 自分が受けた博士からの依頼について、小脇に抱えた包みを指差してダイゴは簡単に説明してやった。すると、シロナは博士に気取られていた事に吃驚した様だった。  
「やっぱ、厭だったよな。連絡無しにこんな」  
「んな訳無いべよ! ……にしても人が悪いな博士。何もかも知ってたのね。頑張って耐えてたのに、馬鹿みたい」  
 連絡が取れなかったのも要因にあるが、それでも些か無礼な訪問である事には変わり無いのでダイゴが謝ると、シロナはそんな事はしなくて良いと首を横に振った。  
 そして、やや照れ臭そうに呟く。現状が師匠に筒抜けだった事について、彼女なりに思う事があったらしい。  
「ああ、実に馬鹿だな」  
「何よ」  
 そして、それについてはダイゴも同意見だったので遠慮無く頷くと、シロナは頬を膨らませた。  
「無理せず頼れって言ったろ。それで余計に泣いてたら涙が枯れちまうっての」  
「だって、それは」  
「言い訳は聞きたくない。面子とかプライドとか……もうそんなの気にする間柄じゃないだろうに」  
 好きでやっている事なのでシロナに対して怒るのはお門違いと言う奴だが、それでもダイゴは無理に強がっているシロナの姿が我慢ならない。  
 手の掛かる女は嫌いだが、恋仲だと言うのならそれを受容してこそ真の漢だ。その想いは曲げたくないのでダイゴは真剣な顔と言葉をシロナに送った。  
「ごめん、なさい」  
「良いよ、良いよ。こんなのは僕だって柄じゃ無いって思ってるからさ」  
 やっぱりシロナは叱られていると思ったのだろう。しゅんと項垂れてしまうが、そんな顔をして欲しくないダイゴは自分を引き合いに出して場を和ませようとした。  
「そんな事無いから!」  
「なっ! 随分きっぱり言い切るな」  
 だが、返って来たのは強い反発の声。寧ろ、笑い飛ばして欲しかったダイゴは予想外の反応に思わずシロナに聞き返してしまった。  
「あたしがそう思ってる。間違い、無い」  
「そ、そうかよ」  
 随分と独善的な考えだが、そんなに顔を真っ赤にして言われてしまえばダイゴとしてもそれで納得せざるを得ない。実は言われて満更でもないので、照れ隠しの様に赤くなった自分の頬を掻いた。  
 
「一寸待ってて。今日はもう上がるわ」  
「良いのか?」  
「うん。多分、続けても進展無いから」  
 これ以上込み入った話は此処では出来無い事だった。今日はもう撤収する旨を告げると、シロナは再び部屋に入って行った。  
「お待たせ。……それでさ」  
「ああ、何?」  
 そうして少し待っていると手荷物を抱えたシロナが出て来た。二人揃って研究所を出ると、シロナがダイゴに尋ねる。  
「今日の宿とかってどうしてるの?」  
「あー、それについてはその……未定だね」  
 今日のこの後の予定に付いてだった。今から飛行機に乗ったとしてもカントーから先には行けない事は見えていたので、てっきりダイゴは宿を手配しているものとシロナは思っていた。だが、違った。  
「何それ。もう宵の口過ぎてるわよ?」  
「うっせ。来るのに精一杯で宿迄手配出来なかったんだよ」  
「そっか。なら、仕方ないわね」  
「だろ?」  
 シロナに逢う事が第一だったのでその辺の事は準備不足だった。外は相変わらず雪が降っていて、今から宿を探して彷徨うのはダイゴとしても辛い所だ。そして、自分の彼氏にそんな真似をさせる程シロナだって冷たくは無い。  
「ならさ、泊まってく?」  
 一番良い解決策を持っていたので、シロナはそれを使う事にした。ダイゴの為、と言うよりは態々遠くから自分の為に来てくれたマイダーリンを容易く帰したくないと言う女の打算なのだが、それは言わぬが華と言う奴だった。  
「は? あ、いや……そいつは」  
「って言うか、泊 ま っ て け?」  
「――」  
 準備も無しに婦女子の部屋に転がり込むのはダイゴとしても抵抗がある。だからやんわりと断ろうとしたのだが、途中で言葉に詰まってしまった。  
 有無を言わせぬプレッシャーを纏い、選択を強制してくる笑顔のシロナの背後に人ならざる何かの影を見た気がしたダイゴは戦慄する。  
 これを断れば絶対に血を見る。最悪、命すら危ない。女の情念の恐ろしさの一端を見た気がしたダイゴは頷くしかなかった。  
「Yes,Your highness(仰せの儘に)」  
「やったあ♪ じゃあ、行こっ! ダイゴ♪」  
 自分でそうさせた癖に、シロナは実に嬉しそうな顔でダイゴの手を取る。そんなダイゴの顔は若干引き攣っていた。  
 
――移動中 空の上  
 シロナの寝床に向かって二人は移動中。ダイゴはエアームド、シロナはトゲチックの背に乗っている。雪混じりの夜の空気が高速移動に際して体感温度を著しく下げ、体全体がしばれそうだった。  
「君の家ってコトブキだったか? 住所とか知らないんだよね僕」  
「そ。入学時から変わってない。詳しくは着いてから教えるから」  
 実は半分凍り付いていて手足の感覚が希薄になっているダイゴだが、それも少しの辛抱だと頑張って耐えている。流石に雪国育ちのシロナは平気な顔をしていた。  
 
 
――コトブキシティ アパート シロナの部屋  
「入って。散らかってるけど、あんまり気にしないでね」  
 そうして、やっと辿り着いたシロナの塒。前に聞いた通り大学にやや近い場所で、コトブキ市街の中心からは外れた場所にあるアパートの一室だ。  
 家賃、交通の便、治安……やや間取りは狭いが女の一人暮らしには十分だと言う理由でシロナはずっと住んでいるらしい。  
「ああ。それじゃお邪魔――」  
「ん? 何?」  
 ダイゴはそんなシロナのお宅を最初に訪問した誉れ高い殿方である。履いていた滑り止め付きの登山用のブーツを脱いで、中に足を踏み入れて……否、踏み入れる直前に部屋の惨状を見て絶句した。  
「本当に散らかってるね。これ、掃除した方が良くない?」  
「こっちの方が便利だからそうしてるのよ。探し物が手に届く処……に無い事も多々あるけど」  
 部屋は物で溢れかえっていた。ゴミ溜めと言える程酷くは無いが、実際埃は溜まっているし、移動する足場を見付けるのも中々困難な有様だ。一言で言うと、汚かった。  
 しかも、ベッドの枕の側に丸めてあるあの布製の物体は以前、シロナにあげた自分のトランクスではなかろうか……?  
 どうやら、ちゃんと『正しい』使い方をしてくれている様だった。  
「って言うか、脱いだ下着をそのままって女性としてどうかと思うけど」  
「え? やだ、欲しいの? 別に良いけど//////」  
 生活ゴミはきちんと出している様だが、それでも脱ぎ散らかしたパンツやブラが無造作に床に転がっていると言うのはだらしない印象を与えて来る。割とシロナは大雑把な部分があるので少しは覚悟していたが、完全にその上を行かれてしまった。  
 幾ら急な来客とは言え、その辺りの恥じらいは持って欲しいダイゴ。しかし、シロナにそんな言葉は効果が無いらしい。  
「要らない」  
「四文字で片付けないでよ……」  
 もうコメントするのも辛いのできっぱり言ってやる。だが、シロナはそれでは不満らしい。  
「腹減った」  
「それも四文字……ってお腹空いてる? 何か取る?」  
「こう言うイベントって彼女が料理を振舞ってくれたりするもんじゃないの?」  
「それは厭味? あたしの腕、知ってるでしょ? って言うか、冷蔵庫が空だから無理」  
 今度は思った事をそのまま言ってやったが、シロナは料理を作る気は無いらしい。  
 夏に一度作って貰ったが、その余りの食材の墓場っぷりにダイゴを以ってしても完食する事が敵わなかったヘルディッシュは未だ健在の様だ。最近台所を使った形跡が見られないのは、彼女がそれを気にしているからなのかも知れない。  
 だが、それはそれ。これはこれと言う奴だ。  
「……駄目女」  
「え? 何?」  
「別に」  
 ……何と無く判ってはいたけど、やっぱり残念な美人ってレベルじゃ無かったよ。せめて私生活のメリハリ位は付けていて欲しかった……って、僕に言われてりゃ世話無いか。  
 以上。残念なイケメンことツワブキ=ダイゴさんの心の声  
 
「これ、ダンボールに入れて良い?」  
「良いわよ。……って、それは駄目! 今読んでる最中! 机に置いておいて」  
「その机に置き場所が……うーん」  
 何かパズルやってる気になってきた。平面的には勿論、立体的な配置にも些か苦しい程物の量が半端じゃない。その大半が書物なのだが、中には何に使うか判らない奇妙なオブジェや銅鐸のレプリカの様な物が混じっている。  
 それらが部屋の床の大部分を占領していて座るスペースすらない有様。割と几帳面な方なダイゴがこんな惨状の部屋を放って置ける筈も無かった。  
 だから、泊めて貰うせめてもの礼にと部屋を片付け始めるも、それは終わる気配を見せなかった。  
 あーだこーだしていると、シロナが注文した宅配ピザが届けられ、何とか座るスペースを確保したダイゴは其処に座って休憩する事にした。  
 
「それで、届け物って何なの?」  
「知らないよ。開けてみれば?」  
 シロナの興味はナナカマドから託された届け物に注がれている。ダイゴは中身に付いては貴重な物であると言う事しか聞かされていない。ナナカマドがシロナに逢わせる為の口実として用意した物であるに違いないと思っていたので興味は無かった。  
「・・・」  
「これは……笛か? 随分、古いな。材質は何かの骨? 大半が風化してるけど」  
 包装を破って中を確認したシロナは無言のまま、固まっていた。  
 ダイゴはシロナの様子が気になったので中を検める。入っていたのは古ぼけた笛だった。独特の形状をしていて少なくとも千年以上は前の物である事は間違い無い様だが、考古学は専門外なのでそれ以上の事は解らない。  
「まさか――」  
「え?」  
 シロナの呟きが聞こえたダイゴは彼女の顔を見る。その顔は少しだけ青かった。  
「ごめん、何でもない。……食べよ? 硬くなっちゃう」  
「? ああ」  
 其処で目が合ってしまった。これ以上は聞かれたくないのか、シロナは強制的に話を中断した。気にはなったが、態々訊く気も無いダイゴは言われた通りにピザの切れ端を口に運んだ。  
 
「ダイゴ、明日には帰っちゃうの?」  
「ああ。そのつもり……だったけどさ」  
 腹を満たし、一息吐いた所でシロナが突然訊いて来た。当初の目論見では一泊してそのまま帰る予定だったが、今のダイゴにはもうその気は無かった。  
「けど?」  
「片付けを半端なまま帰りたく無くなった。バッツリ片を付けて帰る事にしたばい」  
 ダイゴはそう言っているが、結局理由は何でも良かった。シロナの顔が未だに曇ったままなのに自分を優先して帰る事は憚れたのだ。  
「……そう。未だ居てくれるんだ。ありがと」  
「別に君の為じゃないさ」  
「知ってるよ、ふふ」  
 些かシロナを甘やかし過ぎとダイゴは思ったが、直ぐにその考えを忘れ去る。自分の都合でそうするだけだとシロナに言うと、彼女はその答えを知っていた様に微笑んだ。  
 
「で、僕は何処で寝れば良いんだろう」  
「はあ?」  
「はあ? って。布団敷けるスペース空いてないし。まさか立ったまま寝ろとは流石に言わないよね?」  
 もう日付が変わりそうな時刻だった。  
 眠気が襲って来ていたダイゴはシロナに尋ねるが、何故かそれにシロナは怪訝な顔をした。寝る以上は床で間違い無いだろうが、その場所が無いのだ。ではその空間を何処に確保するのかと言う話になってくる。  
 そして、その場所は既にあったのだ。  
「あたしの隣空いてるでしょうに」  
「……あ?」  
 ポンポン、とシロナが自分の寝台を掌で叩く。ダイゴはそれが何を意味しているのか判らなかったが、それが判ると一瞬顔を顰めた。  
 コッチニイラッシャイ。妖怪が舌なめずりして手招きしている様だった。  
「問題、ある?」  
「いや……まあ、良いか別に」  
 その厭そうな顔に気付いたシロナが悲しそうな顔をすると、罪悪感が湧いたのかダイゴは何も考えない事にした。どうせ今日はこのまま寝てしまうだけだし、疲れているので何もする気は起こらない。シロナの事は狸の置物だと思えば良いと、心を空にした。  
「抱き枕げっと〜♪ 温い温い♪」  
「冷たい……そして、呼吸が苦しい」  
 そうして、寝る準備を終えて狭いベッドに二人して横になるとシロナがダイゴに抱き付いて来る。末端冷え性なのか、シロナの手が裸の上半身に触れる度に凍えそうになるし、体が密着し過ぎていて息苦しい。  
「ほれほれ。お兄さんが好きなシロナさんのおっぱいですよ〜?」  
「……素直に寝かして」  
「ちえっ」  
 ぐいぐいとお乳が顔に押し付けられると、ダイゴは不機嫌そうに漏らす。その反応を見てダイゴが疲れていると判ったのだろう。シロナは残念そうに舌打ちし、事に及ぶのを諦めた様だった。  
 
 
 次の日。ダイゴは半日を費やして宣言通りシロナの部屋の掃除を終えた。  
 翌日にはホウエンに帰る気だったので飛行機の切符も取り終えた。  
 物が無くなって寒々としたシロナの部屋。特にする事も無かったので昼間外に出た時に買ってきた酒を喰らってさっさと寝てしまう事にした。  
 未だ寝るには早い時間帯だったが、シロナも此処最近は根を詰め過ぎて疲れが取れないらしい。ダイゴが寝る事を決めるとシロナもまた自分の寝床に入り、その場所を昨日と同じく半分譲ってやった。  
 夏の間の爛れた時間が嘘みたいに二人の間に生臭い空気は存在しない。だがそれでも、互いがその存在を必要としているかの様に二人は抱き合っていた。  
 
「あの笛、結局何だったの?」  
「知りたいの?」  
「一寸はね。駄目なら構わないけど」  
 昨日もそうだが、今日もナニをする気は起こらない。だが、このまま素直に寝てしまうのも勿体無い気がしたので、ダイゴは気になっていた届け物に付いてシロナに訊いてみた。  
 シロナは言うのを戸惑っている感じなので、ダイゴは無理に訊く気は無かった。  
「両親のね、形見」  
「え……」  
「ずっと博士に預けっぱだったけど、このタイミングで返ってくるなんてね」  
 だが、少し待っているとシロナは話し始めた。最初に飛び出したフレーズでそれがかなりヘビーな内容である事がダイゴには知れた。  
「あたしのお父さんとお母さんも考古学者でね。妹が生まれて直ぐに死んじゃった」  
「えっと……事故か何か?」  
 大抵の事にはポーカーフェイスで対応出来るダイゴも、こう言った内容の話題にはどう対処す冪か判らない様だ。だから、正解だと思える様な受け答えを手探りで見付けるしかなかった。  
「さあ」  
「さあって……」  
 果たしてそれが正解だったのか否か。シロナの返事は何か他人事の様な響きを含んでいた。  
「あたしもあんま覚えてないのよね。って言うか、思い出したくない」  
「……アンタッチャブルな質問だったか」  
「良いのよ別に。隠す事でも無いし」  
 どうやらシロナにも色々と単純じゃない過去があるらしい。言うのが辛いならこれで終わりにしてくれても構わないとダイゴは思ったが、訊かれた以上はシロナも話すのを止めなかった。  
「……アルセウス、知ってる?」  
「創造神、だろ。……待て。じゃあ、まさかアレって」  
「そんな事も知ってるんだ。……天界の笛。本物か偽かは知らないけど、お父さんが死んでも放さなかったのがあの笛なのよ」  
 そして、シロナの口から出た言葉でダイゴはピンと来た。創造神に纏わる神話で笛に纏わるモノは幾つもある。曰く、資格ある者が吹けば、始まりの間へと通ずる路が現れる。ダイゴが知っているのはそんな逸話だった。  
 そして、恐らくあの笛がそうなのだろう。  
「両親が何考えてたのか、未だに判んない。創造神に会うんだって冬の真っ只中出てって、テンガン山で行方不明になって……槍の柱の近くで氷付けになって見つかったわ」  
 物の真贋は別にして、シロナの両親はその神話を信じていたらしい。  
 幼い子供二人を残して死地に赴くのは親としては間違っているのだろうが、学者としてはその行動原理は間違いじゃない。その知識欲と探求欲は賞賛に値される程だ。だが、結局彼等は代償に命を失った。  
「お父さん達が何を見たのか。命を賭けて迄求めたモノの価値はどれだけなのか。同じ道を辿ればそれが判るんじゃないかって、ね」  
「それが君が考古学を学ぶ理由?」  
「……なーんてね。馬鹿みたいにシリアスになる話じゃないってね。あたし自身、それに引き摺られたくないし」  
 ダイゴはシロナが考古学に懸ける想いの一端を見た気がした。死人に引き摺られていると言えばそれだけだが、それを決めて良いのは本人だけだ。少なくとも、シロナには気負いや衒いは見られない。  
「……無理、してないか?」  
「全然? ……ダイゴはどうなの? 会社を継ぎたくないのは判るけど、どうして地質学? お師匠さんの影響?」  
 おかしな箇所で強がるのはシロナの欠点だが、この問題に関してはその心配は要らないらしい。そうして、少しだけ安心すると今度はシロナが質問を返して来た。  
 
「まあ、半分はそうだな」  
「もう半分は?」  
 ダイゴは半分だけ頷いた。幼少時から磨いて来た石への想いと実績、そして師であるネムノキ博士からの教えと情熱が彼をその道へと誘ったのだ。だが、それは重要な要素ではあるが決して根幹では無い。  
「逃避、だな」  
「え」  
 そして、残り半分。その言葉が今のダイゴの根っ子の部分だった。  
 
「僕が唯一自分で選び取ったんだ。それに、僕は逃げてるんだ」  
 
「・・・」  
 良い言葉が浮かばない。一瞬だけ見たダイゴの瞳は死んだ魚の様に生気が無く、またハイライトが失われていた。それが何を意味するかシロナには皆目検討が付かなかった。  
「悪い。もう、寝るよ」  
「え、ええ。お休み」  
 ダイゴは話を打ち切り、背を向けてしまった。その広い筈の背中が今はどうにも小さく、頼り無く感じられる。何時もなら抱き付く所だが、他人を拒絶する様なオーラがダイゴの全身から出ていてシロナにもそれが出来ない。  
 ダイゴもシロナも結局、その日はお互いに背を向けて寝る事になった。  
 
――翌日  
「じゃあ、僕はそろそろ」  
「うん。気をつけてね。来てくれて、嬉しかった」  
 出発の朝、挨拶もそこそこにダイゴはシロナの部屋を出ようとした。シロナとしても今回は引き止める気も、泣く様な事もしない。態々来させた上にそんな真似をすれば自分の株が更に下がる事は請け合いだったからだ。  
「「・・・」」  
 だからこそ、気持ち良く別れる為に余計な気は起こさない。お互いにそれは判っている事だった。唯一つの問題を除けば、だ。  
「……って、本来ならこの台詞が出る筈なんだけどさ」  
「判ってる。判ってるわ。でもね?」  
 外に行く用意は既に済んでいる、だが、ダイゴは困惑したまま中々部屋から出ようとしない。シロナは複雑な表情を浮かべたまま、窓の外を指差した。  
「この天候じゃあ、どうしようもないわよ。ねっ?」  
「何だってんだよぉ、ったく!」   
 コトブキ方面の天候、大荒れ。猛吹雪の為飛行機が飛べません。  
 憤慨したダイゴは叫びを上げるが、シロナはそれを宥めながらも内心嬉しかった。もう一日。そう、もう一日だけ彼氏と一緒に居られるのだ。悪天候を恨む気は更々無かった。  
「諦めなさいな。お金も返ってくるだろうし。……それよりもさ」  
「ぞくっ」  
「もう一晩居てくれる?」  
 これだけの吹雪だ。全便欠航も有り得る話だし、外に出るのも辛い状況だ。密室に二人缶詰になる事は決定した様なモノなので、シロナは玄関に改めて鍵を掛けると熱っぽい視線と共にダイゴににじり寄る。  
「満喫にでも逃げるかな」  
「そりゃ無いべさお兄さん! 今日こそはしっぽりむふふと洒落込みましょうよ! ねっ!?」  
 此処はシロナを殴り倒してでも外に逃げる冪だろうか。だが、シロナの気持ちも考えればそんな手は使いたくない。だからと言って、このまま留まれば重労働を課せられるのは間違い無い。  
 『今日こそは』と明確に言っている辺り、相当気合を入れて搾り取ってくるのは目に見えている。……さあ、どうする?  
「あーもーあーもー。……好きにしてくれよ、とほほ」  
「わーい! 一名様ご案内〜♪」  
「むぎゅっ」  
 結局、それしか道は無かった。白旗を揚げる様にダイゴが両手を上げると、シロナがじゃれて来た。顔を乳で挟まれて息が苦しかったが、今日一日は我侭なお姫様の為に奉仕に徹する事をダイゴは渋々ながら決めた様だった。  
 
 
――更に翌日  
 シロナの部屋で迎える三日目の朝。天候は晴れ。今度こそホウエンに帰れるとダイゴは歓喜していた。  
「……何だ、この感じ」  
 そう、確かに最初はしていた。だが、その時が来ていざ部屋を出ようとすると言い様の無い寂しさに駆られた。  
 夏の終わりにも味わった感覚。その時は仕方が無いと諦めていたが、今回はどうにもそれが後を引く様で気持ち悪かった。きっぱりすっぱりと気持ちに整理を付けて帰らにゃならんのに、それが出来ない。  
「ダイゴ?」  
 ベッドから起きてタオルケットで身体を隠したシロナが心配そうに見てくる。  
「そっか」  
 ダイゴはシロナを見て全部理解した。この感情こそがシロナを苛んでいたものだと気付いたのだ。  
「そりゃあ、泣きたくもなるか」  
 泣きたくなったら素直に言え。そんな事を言った自分だったが、それが酷く無責任な事の様に思えて腹立たしくなった。  
 シロナの痛みを正しく把握しない癖に何が頼れだ。決して軽々しく言えない筈なのに、そう言ってしまったのは矢張りそれが他人事だったからだろう。  
 だが、一端その正体を知ったのならば、その処理の仕方は容易に見える。  
 お互いに離れられない位に惹き合っている。だが、距離があって逢うのが難しい。一緒に住む事も今は出来ない。  
 それなら……  
「今回はこれにて。また、近い裡にね」  
「行ってらっしゃい。気を付けてね」  
 今度こそ、シロナの部屋をダイゴは出る。昨日十分にキスされたので、別れに際してのそれは無い。背中を見送る裸のシロナは三日前が嘘の様に晴れやかな顔だった。  
 
――飛行機内 雲の上  
「僕も同じ病気になるなんてなあ」  
 カントー行きの飛行機の中、ダイゴは自分が今恋を患っている事を痛感していた。逢えない事、触れ合えない事がこれ程辛いとは考えもしなかった。  
 だが、それはシロナも同じだと考えれば耐える事が出来た。  
「でも、今年はこのまま終わらねえ」  
 しかしだ。ダイゴは今回その気持ちを抑える事はしない。自分の好きにやって何が悪い。だから、ダイゴはそうするのだ。  
「最後のサプライズ、くれてやるからなシロナ……!」  
 ビッグサプライズを思い付いたダイゴはニヤリと笑った。  
 
――同刻 シンオウ大 教室  
「くしゅんっ!」  
「What? シロナ、Did you catch a cold?」  
「ぐす……I don`t know。何とかは風邪引かないもんよ」  
 講義が始まる少し前だった。ノートと教科書を広げていたシロナが突然くしゃみをする。隣に居たシロナの同期がその様を見て特に心配する素振りも無くそう言った。シロナも鼻を啜ってその言葉を気にしてない様に振舞う。  
「きっと、steadyが噂してるですヨ。背が高い銀髪のhandsomeなオニイサンネ」  
「なっ!? な、何で知って……!」  
 にんまりと笑う同期の言葉に途端にシロナが真っ赤になって慌てる。  
「やっぱりネ! 彼、ホウエンから来た言ってました。そうさせたシロナ、悪女だヨ」  
「だーかーらー! 何で知ってんのよ! ダリア!」  
 からかう同期……ダリア(後のルーレットゴッデス。現在は外国語学部に所属)にシロナが激しく詰め寄るが、ダイゴにシロナの居場所を教えたのは彼女なので知っていて当然だった。  
 だがダリアは性格が悪いのか、シロナの慌て振りを見てケラケラ笑うだけだった。  
 
 

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