人の出会いは往々にして皮肉なものである。
時間や場所、状況……TPOのみならず、その他一切の指定が出来ない。
その当事者達が初対面であった場合、彼等の間に存在する感情は好きでも嫌いでも無い。
どうでも良い。若しくは、知りたいと言う欲求のみである。
そうして、お互いを知る裡にそれ以外の感情が湧いてくる。相手を理解するが故に。距離が近くなる故に。
とある男女が居た。彼等は出会い、共感し、寄り添い、一方が拒絶し、それでももう一方が求め続け、最後には再び結び付いた。
二人の出会いからの歩みとその軌跡。その全てを記そう。
Prologue:ビギニング
――ホウエン地方
ニッポン国の南に位置する火の国。地方の一部は亜熱帯に属し、一年の大半が温暖な気候。場所によっては過ごし易く、また過ごし難い。
様々な固有種や色とりどりの草木が見る者の目を楽しませ、時には圧倒する。
その名には豊かな実りと良き縁が育まれる様にとの願いが籠められている。
……その南に位置する小さな島、トクサネ。
住民は然程多く無く、漁業が島の大きな収入源。目を引く物と言えば、近年造られた宇宙センター位なモノだ。
気象条件の関係でロケットを宇宙へ飛ばすのに良い環境だからと造られたロケット発射基地は今も定期的にロケットを打ち出し、宇宙への橋頭堡としての役割を果たしていた。
その一角に、とある男の棲家が在った。
――トクサネシティ ダイゴ宅
小さな家だった。コンクリート製の平屋。住人の趣味か、彼方此方に素人では価値が判らない色取り取りの石や何かの原石が仕舞われたガラス製のキャビネットが置かれている。
しかし、家の内部は片付いていて家主の几帳面さが見える様だった。
「――君達が」
この家の主である青年が口を開く。長身痩躯で整った顔立ち。身を引くであろう銀髪とそれと同じ銀色の瞳。稲妻のラインが入った特注スーツに赤いスカーフ。両腕に装着された金属製のバングル、右手の人差し指と薬指には指輪が嵌っていた。
「君達が尋ねて来るとはね」
ツワブキ=ダイゴ。ホウエン地方を牛耳るデボンコーポレーショングループの跡取り……つまりは御曹司。同時に、元ホウエンリーグチャンピオンでもある好青年。
しかし、その実態はストーンゲッター。石収集人と言う名の道楽人。
それが今の彼の世間での評価だ。
「済みませんでしたね、突然お邪魔して。迷惑でした?」
テーブル席に座るニット帽を被った青年……ユウキが済まなそうに頭を下げた。
「だったら家に上げてないさ。何分、人が尋ねてくるのは久し振りだったからね」
腕組みして、壁に背を凭れるダイゴ。一地方を代表する有名人にしては何とも寂しい話だとユウキは思った。
「そうなんですか? ダイゴさん、顔は広いと思ってたけれど」
「プライベートで仲が良い友人はそれ程多く無いんだよ。君もそうじゃないの?」
「まあ、確かに」
言われてみればそうだった。不定期にこちらから尋ねて行く事は多々あれど、ミシロの自宅に尋ねてくるのはミツル位の者だと言う事を今になって思い出す。
だが、それが寂しいかどうかは別の問題だ。ユウキとしてはそれで良かった。
「独りで居た時は、まあぼちぼち。……カゲツだろ? ミクリだろ? フヨウに、フウとランに……あ、後はゲンジさんか」
「じゃあ、今はそれがぱったりと?」
随分とビッグなネームが並んでいる。やはり、嘗ての鋼の貴公子は伊達では無い。だが、今は彼等の訪問回数は下火にある様だ。
「いや、ミクリ相変わらず来るね。ナギと一緒にさ。ゲンジさんは不定期で変わらないけど、それ以外は……最後に来たのって何時だっけ」
「あの双子……ご近所さんなのに寂しいですね」
現チャンピオンとヒマワキのジムリは同棲中らしい。昔付き合っていて、一度別れた後に復縁したとの噂を耳にはしたが、詳細は判らない。まあ、ダイゴとの付き合いが今も続いているならそれ以上問う事は無かった。
ドラゴンルーラーのゲンジに至っては本当に何も判らない。リーグ絡みの付き合いのかも知れないが、何を考えるにしても情報が足りなかった。
しかし、トクサネのジムリであるフウとランが遊びに来ないと言うのは他人の目だとしても寂しい事の様に思える。一度、二人にダイゴの事を尋ねた事があったが随分懐いている様な印象を受けたからだ。
「案外、気を遣ってくれてるのかもね」
「・・・」
ダイゴの言葉にユウキは目を細めた。
その原因が女にあると言う事が遠目でも判る。窓を飾るカーテンの柄、棚に置かれた小物のファンシーさ、さり気無く玄関に置かれている小さな花の鉢植え……
男は余り気にしないだろう部分に乙女心が満ちている気がする。
そして何よりも。自分の座るテーブルに置かれた写真立て。其処に見えるのはダイゴの姿と、その彼の腕に嬉しそうに抱き付く金髪の美女。
……先程、会った女。そんな彼女は自分の相棒を連れて買い物に行ってしまったが。
「やっぱり、気になるかい?」
ダイゴが問い質す様にユウキを見る。だが、威圧的な何かが含まれる視線ではない。
腕組みも崩してはいなかった。
「ええ。全部の情報を掴んでる訳じゃないから」
「だろうね」
猶予う事無く、ユウキが頷いた。件の女性については知っている。
元シンオウチャンプにして考古学者。最近はダイゴと組んで行動している様だが、何故その相手がダイゴなのかどうにも接点が見えない。ユウキは知りたい気持ちが満々だった。
「ま、良いか」
ダイゴは一寸だけ悩んだ素振りを見せるも、直ぐに頷く。
「え」
ユウキが言葉に詰まる。……そんなあっさりとしていて良いの?
「そんなに気になるなら喋るよ。第一君達は」
「俺達は?」
ダイゴが語ろうとするのは理由があっての事だった。そうでも無い限り、この鋼の男が本心を吐露する事は無いだろう。
「僕を負かして、尻を蹴っ飛ばした。あれで僕はもう一度彼女と向き合おうと決心したからね」
「・・・」
ユウキの脳裏にあの時の光景が過ぎる。流星の滝での激突。相棒のハルカと共に挑み、二対一で漸く倒せたこの男。
あの時吐いた言葉がフラグになっていたなぞ、考えもしなかった。
「一応、当事者だ。知って置く義務があると思うけど?」
「ですね」
まあ、過ぎ去った事象は今は良い。気になるのは彼と彼女について。彼等の物語に首を突っ込んだと言うのなら、聞いてやるのが世の情けと言う奴だ。
「じゃあ、聞きましょう。ダイゴさんとシロナさんの馴れ初め」
南と北のチャンピオンの出会い、そして其処から紡がれるストーリー。
人間に歴史あり。どうやってあんな上玉を口説き落としたのか、ユウキの胸は好奇心で一杯だった。
「長くなるよ。覚悟は良いかい?」
「言われずとも!」
『来いやあああああああ――っっ!』
ダイゴの忠告なぞ、とっくに折り込み済みだ。ユウキは銀髪の男の昔語りに耳を傾ける。
ダイゴは煙草を咥えると、ポツリポツリと語り出した。
第一印象は……そうだね。綺麗な娘だったよ。
可愛いじゃなくて、綺麗。背も高かったなあ。
一度切りだと思って御節介を焼いたけどさ……