つまんだ卵焼きを食べてみる。ほんのり甘くて、柔らかい。  
「うん。成功」  
 ルリは顔を綻ばせて喜んだ。そして残った卵焼きを小さな弁当箱に詰めていく。  
 弁当箱の中には先に入ったタコの形をしたウインナーや小さなハンバーグとそれを包み込むように配置された小切りの野菜が所狭しと並んでいて、バランスを取りながら卵焼きを詰めるのは難しかった。中央には丸い小さなおにぎりもある。  
「ちょっと作りすぎたかな」  
 ルリはちょっと困った顔をした。  
 自分で食べるのであればもう少し簡単でも構わなかった。事実、時間もないこともあり普段はあまり料理をしない。  
 ルリは料理用にまとめた髪を解いてエプロンを脱いだ。そしてもう一度自分の作った弁当を見る。  
 客観的にみるならば素晴らしい出来と言えよう。小さな弁当箱とあいまって女の子らしいかわいらしさもあった。だがルリの心は不安でいっぱいである。  
 ルリは弁当箱に蓋をして用意してあった水色のハンカチでくるむ。結んだところが少し弱い気もしたがそのままにした。  
 今は朝の6時。やっと空が晴れてきたころ。  
 普段なら寝ているか、仕事をしている時間にルリは起きていた。正確に言えば寝むれなかった。  
(今日は、絶対)  
 ルリは胸に手を当ててそう思った。誓いというにはわずかに弱い、不安の交じった言葉。  
 今日ルリはある男の子と会う約束をしていた。きっかけは落し物。ある町で無くしたライブキャスターを拾ってくれたことが始まりだった。  
 男の子は旅人だった。ポケモンマスターを目指して、各地のジムを巡るトレーナー。  
 強いのかはルリも知らない。それでもたまに会う時や連絡してくれた時に聞ける、男の子の話す冒険の話がルリはたまらなく好きだった。  
 だから彼を好きになったのだ。  
しかし「始まり」と言ってもそれはルリだけのことかもしれない、その男の子はルリのことを好きなのかもルリには分からない。  
 やめようと何度心で呟いただろう。今日ルリが男の子に伝えようとしている言葉は今の二人の関係を壊してしまいそうで彼女には不安でたまらなかった。  
 今のままでいい、今のままじゃだめだ。相反する言葉が心に渦を巻いて、ルリの決心を崩そうとする。  
ただ、「好き」と伝えることのむずかしさをルリは初めて知った。  
 
9時。男のことの約束の時間はもう少し先の半端な時間。ルリはやることのもなく、かといってじっとしていたくもない奇妙な気分でいた。  
うろうろと歩いたり、座って本を開いてみたり。たまに意味もなく自作の弁当を開けてみようともしてしまいそうにもなった。  
白いリボンのついたブラウスにピンクの上着。それに赤を基調としたチェックのスカート。それが今日の服装だった。  
良く言えば準備万端。悪く言えば急ぎすぎ。彼女は今からでも家を出れる。  
ルリは何となくテレビをつけた。普段は見るのではなく「映る」ことの多いそれを彼女  
はぼんやりと眺める。  
『今日のポケモン占いー』  
 テレビからそんな音が流れる、ルリの顔がピクリと動く。  
 ポケモン占いは誕生日や性別でいくつかのタイプに分けて占うものだ。実際にはタイプが足りなかったり、当たるとも言われないずさんなものだ。  
 だが、ルリはわらにもすがりたい気持ちだった。おそらく真面目に聞くものはほとんどいないだろうそれを食い入るようにみた。  
 
 結果から言うと良くも悪くもない。だが、ルリには気になることがあった。  
「ラッキーカラーは黒……アンラッキーはピンク……」  
 ルリははっとしてピンクの上着を脱ぐ。  
「で、でも、黒なんて……」  
 持っていない。ルリは明るい色が好きだった。  
「あっ……そうだ」  
 なにか気が付いたルリはリビングを出て二階に向かった。二階にはいくつかの部屋がある。その中の一つはルリの部屋だが彼女の目的はそこではない。  
 両親の部屋。それが目的だった。  
 ルリは泥棒にでも入るようにおそるおそる部屋に入った。両親は今家にいない。  
「お母さん。ごめん」  
 ルリは母親のクローゼットを開けた。中にはハンガーがあり多くの洋服がかかっている。  
「これがいいかな」  
 いくつか服を物色してルリが手に取ったのは服ではない、少し厚めの黒のポンチョだった。ほかの服はどうしてもサイズが合わない、このポンチョにしてもルリには大きくて手が半分隠れてしまう。  
 ルリはポンチョを小脇に抱え、もう一度心の中で母親に謝ると部屋を出ようとした。  
「……」  
 いきなり足を止めたルリは片手をスカートの縁に当てを少し下した。中に履いている「ピンク」のパンツが見えた。  
「これぐらいなら……」  
 そうルリは呟いてみたものの、どうしても不安である。  
 ルリは部屋のドアを閉めてもう一度クローゼットの前に戻った。ドアを閉める必要はなかったがどこか後ろめたいルリの気持ちがそうさせたのだろう。  
 ルリはハンガーの下にある収納ケースを開けた。物は簡単に見つかった。黒のレースのついたパンツ。ルリは手に取ってみる。  
 唇をかむ。ぼんやりとした罪悪感がルリにはあった。  
 悪いこととは思えない、ただ借りるだけである。しかし、どこかでいけない気もする。  
 ルリは意を決したように立ち上がってスカートの中に手を入れた。まくり上げたスカートを押しのけてパンツに手をかけて脱ぐ。彼女の白い太ももとお尻が見えた。そして黒いパンツをはいた。  
 ルリは逃げ出したい気持ちだった。何となく悪いことをしたような気がするこの場所から離れようと思って収納ケースを閉めようとしたとき。「黒」のブラジャーが目に入った。  
 ヒグとルリは息をのむ。閉めようとした手を止めてそれを取り出す。  
「これ……」  
 彼女の声は何かに隠れるように小さい。  
「肩紐がない」  
 
 ルリの手に取ったブラジャーには肩紐がなかった。実のところルリはブラジャーをはめたことがなかった、だからスタンダードな形を飛ばした目の前の物に少し気おくれしてしまう。  
 ルリは何も言わずにブラウスをまくって下に来ていたキャミソールごと胸元まで押し上げた。膨らみかけの胸が見えたところで手が止まる。  
 やはりやめようかと弱気になった心が彼女の手をわずかに戻した。  
「べ、別に盗んだりしているわけじゃない……」  
 誰かに言い訳してルリは一気にブラウスを上げる。  
 くっきりとした鎖骨が彼女の肉付きの度合いを物語っていた。まだ余分なものも必要な肉もついていない。ほんのりと膨らんだ胸とピンク色の先端。  
 ルリは手を後ろに回してブラジャーを着けてみる。案外簡単につけることができたが問題は別にあった。大きい。できる限り閉めても隙間が空いてしまう。  
 ルリは手でブラジャーを抑えて考えた。よくよく考えれば必要なわけではない。上にキャミソールを着ているし、仮に邪魔ならトイレででも脱げるだろう。  
 ルリは近くにあったタオルを丸めて胸とブラジャーの隙間に入れてみた。  
 大丈夫。そうルリは思った。  
 
ライモンシティ。それはイッシュ地方でも有数の商業都市である。  
バトル施設やミュージカル果ては遊園地のようなものまであり、子供から大人まで楽しむことのできる場所である。  
 その入り口の前にルリは立っていた。  
 ようこそ。と書かれた看板に体を預けちらちらと街道の方を見たり、手にはめた時計を何度も確認している。片手には小さなバックを持っている。  
 針の流れがもどかしい。時計を確認するたびにルリは思った。少しずつしか進まない時計は何かの間違いではないかとすら思ってしまう。  
 だが逆に時計の針が「約束の時間」に近づくたびに心臓の音が大きくなっていくルリにはたまらなかった。告白に失敗するかもしれないそう考えるだけで辛い。  
「るーりーちゃーん」  
「わっ」  
 急に「彼」の声が聞こえた。ビクリと体を震わせたルリは急いであたりを見回す。  
「あ、あれ」  
 誰もいない。と思ったときルリは顔に風を感じた。  
 風を切る羽の音とともに巨体が降りてきた。フライゴン。若草色の光沢のある体をした大型ポケモン。その上から「よっと」という掛け声とともに少年が降りてきた。  
「ありがとう。ゴン太」  
 少年は自分より大きなフライゴンをニックネームで呼んで顔をなでてやる。ゴン太は気持ちよさそうに首を少年に近づけて甘えた。ひとしきり撫でてやると少年はゴン太をボールに入れた。  
 そして少年はルリの方を向く。  
 少年はハーフパンツにランニングウェアとスポーティーな格好をしていたが、頭に付けたサンバイザーからでたぼさぼさの髪がどこかだらしなさを感じさせる。  
「おまたせ」  
 少年は歯を見せて笑った。それはそれだけで彼へ行為を抱かせるほど屈託のない笑顔。  
「う、うん。わ、私も今来たところだから。キョウメイ君」  
 ルリは自分の顔が熱くなっていくのが分かった。  
 
   
「そのマントみたいなのかっこいいね」  
 キョウヘイが言った。ルリは少し考えてポンチョのことだとわかる。  
「あ、ありがと」  
 ルリさきほどからどうしても噛んでしまう。キョウヘイと一緒に歩いているそれだけで  
うれしくて仕方がない反面恥ずかしさを感じてしまう。  
 
ライモンシティは今日が休日のためか多くの人で賑わっていた。しかしルリは何を話せばいいのかわからない、彼女は知らず知らずに下を向いてしまった。  
 ぐうと音が鳴る。  
 ルリがキョウヘイを見ると彼ははにかんだような笑顔でルリを見返した。  
「お腹減ったね」  
 ぷっとルリは笑ってしまった。なんだが悩みすぎているのが馬鹿らしくなるくらいに彼といると心が軽くなる。そこでルリは思い至る。  
(そうだ、お弁当)  
「じゃ、じゃあ。あの公園で休みませんか」  
 ルリが言うとキョウヘイはいいよーと軽い感じで返した。  
 胸の鼓動が高まる。ルリは今朝のお弁当を作った時のことを必死に思い出した、何を作ったか、入れたか。全て覚えている。  
(変な味のするものはなかったはず)  
 味見もしっかりした。考える限りでも落ち度はない。  
 それでもルリには心配だった。一歩一歩自分の提案した公園に近づくほど、その気持ちは大きくなる。  
 ルリはキョウヘイをちらりと見て、体で隠しながら手に持った小ぶりのバックを開けた。  
「なんでー」  
「わっどうしたの」  
 急に大きな声を出したルリにキョウヘイは目を丸くした。ルリはそんなキョウヘイの様子に気が付かず、バックの中に手を入れて中をかき回す。  
 弁当が、ない。  
 今朝は確実にあった筈だった。そのためにわざわざ早朝に作ったのだ。  
「あっあ……」  
 ルリは思い出した。作った後料理台に置きっぱなしだった、つまり今も家にあるはずだ。それによく考えたら一人分しか作っていない、ルリは今朝から軽いこんらんをしていたことにも気が付いた。  
 
「……」  
「わーどうしたの。ルリちゃん」  
 いつの間にかルリの顔に涙が伝っていた。  
 
 嫌われた。公園のベンチに座ってルリは思った。  
キョウヘイの姿はない、彼は何か買いに行っていた。  
 ルリは唇を噛んでさっきまでのことを悔やんだ。いきなり泣いてしまったのだ、  
キョウヘイには何がなんだがわからなかったに違いない。それに、説明もできなかった。  
 バックを持った手に力が入る。  
(始まったばかりなのにっ)  
 これからキョウヘイと町を回ったとしても暗いものになってしまうだろう。そうさせたのは自分だと彼女は自分を責めた。  
(ごめんね、キョウヘイ君)  
 どうしても顔が上がらない下ばかりを見てしまう。キョウヘイと合流した時からそうだった。そう思っても悲しくなる。  
(これならいっそ、キョウヘイ君に謝って……中止し……勝手……)  
「ルリちゃん。これおいしいよっ」  
 いきなりキョウヘイはまんじゅうをルリに渡した。イカリまんじゅう。出来立てなのかほかほかしている。  
「えっ、えっ」  
 急なことでルリは反応が遅れてしまう、思わず「顔を上げると」キョウヘイの顔を見た。彼はルリの前に立ってニコニコと  
自分のイカリまんじゅうを頬張っている。  
 デリカシーがない、そういうものもいるだろう。だがルリはそんなキョウヘイを見て、笑ってしまった。  
 キョウヘイもニコリとルリに笑い返す。そしてルリの横に腰を下ろして、またイカリまんじゅうを食べた。  
 言葉はない、磊落に見えて実のところはキョウヘイもルリを心配しているのかもしれない。しかし、  
ルリにとってはキョウヘイがとても眩しかった。うだうだと悩んでいたことを忘れるほどに。  
 キョウヘイがおいしそうに食べるのを見て、ルリも手にもったまんじゅうをルリも食べた。口に甘さが広がる、ほど良い熱さの餡子がおいしかった。  
「あったかい」  
 キョウヘイはそんなルリの言葉に耳をピクリと動かした。  
 
 それから二人はいろんなところに行った。ライモンシティは広く「奥が深い」。ちょっと  
 
した路地裏にも店があり大通りにはそれに即した大きさの店がある。  
 ルリにとって夢のような時間だった。元々ルリは買い物をしたことがなかった、彼女の仕事は朝も夜もなく  
彼女を拘束したことも大きい。だからどんな店に行っても面白い。  
 小物屋、道具屋、道にある露店、ある意味女の子の定番な洋服屋さん。そして何よりも。  
「ルリちゃん。俺、ナマケモノ」  
 キョウヘイは店に置いてあったソファーの上でだらけた格好を取る。あまりにはまっている姿にルリは笑ってしまった。  
 キョウヘイは万事がこの調子でルリその都度笑顔にさせられた。  
 
 夜のとばりが下りた。  
 ライモンシティの街灯が明々とつき、店に並ぶライトが昼間より街をにぎやかにする。  
 ここからがこの街の時間と言っていい。だが、ルリとキョウヘイはまた昼間のベンチに座っていた。  
 公園の中は静かで、そこから見える通りは明るい。  
「たのしかった?」  
 キョウヘイはルリに言った。ルリは少し大げさに頷く。キョウヘイはやはりニコッと歯を見せて笑い。よかったといった。  
 ルリは今日が楽しかった。普段いかない場所に行って、知らない場所を回った。キョウヘイはいつもルリに微笑んでくれた。  
 だから言えなかった。  
 ルリは楽しさにつく枷のようだと自分の気持ちを思う。好き。あらためて言うまでもないほどルリは  
キョウヘイのことが好きだった。しかし、それは心の奥の宝物のような気持ち。  
 キョウヘイに「好き」と言う。ルリの中でその決心が鈍ってきている。  
 楽しければ楽しいほど、嬉しければ嬉しいほど失うことが怖い。「好き」と伝えた時に拒否されることが堪らなく恐ろしい。  
(いっそ、このままでも)  
「ルリちゃん」  
「は、はい」  
 いつもキョウヘイはルリの意表を突くタイミングで声をかける。息が合ってないのか、合わな過ぎて合っているのか。  
だが今回は少し重い声をキョウヘイは出した。  
「昼にさ、俺よくわかんなかったけど、その……泣いてたよね……。どういっていいかわからなくて、  
気の利いたこととかあの時は言えなかったけど。もしよかったら俺相談とかさ……乗るから」  
 キョウヘイの言葉を聞いたルリはいつの間にか自分のスカートのすそを握っていた。  
 
「俺、こんなんでもいろんなところに行ってるし。ポケモンも結構知っているしさ」  
 ああ、とルリには自分の心に思う。  
「だから、本当になにかあるのだったら。俺協力できるから……」  
 キョウヘイの声から明るさが消ていた。  
「かんらんしゃっ」  
「へ」  
 ルリがいきなり立ち上がってキョウヘイに言った。  
「観覧車。乗ろう」  
 ルリは懇願するような声しかだせなかった。精一杯張り上げたつもりの二声目  
はまるで心に負けてしまいそうように小さかった。  
「う、うん」  
 それでもキョウヘイはうなずくしかない。  
 
 
足取り重くキョウヘイとルリは観覧車に向かう。  
(最低だっ)  
 歩きながらルリはきょう何度目だろう、自分の身勝手を呪った。  
 キョウヘイはずっとルリのことを心配してくれていた。それを感じさせることもなく明るく振舞ってくれていたのだ。  
(なのに私は ずっと自分のことばかり考えていた)  
 「好き」と伝えることから逃げていたのも自分が「今」を失うのが怖い、ただそれだけだったのだ。つまり彼に優しさに甘えていた。  
(伝えよう)  
 どうなっても構わない。拒絶されるとしても言わなければならない。  
中途半端な結末も彼女には選べる。何もしなければキョウヘイは変わらず友達として彼女に付き合ってくれるだろう。  
 だがそれは裏切りだとルリは思う。  
 自分のことしか考えない関係。嘘をつき続ける欺瞞。キョウヘイの優しさを肌で感じたルリには  
どうしてもそれだけはできない、いやしてはならない。  
 ルリは少しだけ顔を上げた。そこにはライモンシティのシンボルの巨大観覧車が見えた。  
 
 二人は向き合って座った。だが目を合わせない、なんとなく重い空気がゴンドラの中に立ち込める。  
「る、ルリちゃん。この観覧車おっきいよね」  
「うん」  
「一番上まで登ったら隣のシティとか見えるかもね、あはは」  
「うん」  
 ルリは話に適当な相槌をうってはいるがいつ告白するかで頭がいっぱいだった。しかし事情を知らないキョウヘイ  
にはルリの様子が怒っているように見える。  
 キョウヘイは少しずつ上がっていく窓の景色に目を移した。時折チラリとルリを見るが彼女は景色に興味を示さない。  
 数分で4分の1が過ぎた。だがキョウヘイにもルリにももっと長い時間に感じられた。  
「キョウヘイ君」  
「う、うん。なにルリちゃん」  
「そ、その聞いてほしいことがあるんだけど」  
「……わかった」  
 意を決して言おうとするルリをキョウヘイはじっと見つめた。  
 目が合う。  
「そそ、そのね。私、はその」  
「うん」  
 キョウヘイの目がルリには眩しく感じられた。なにか相談をされると身構えた真摯な姿勢がルリをひるませる。  
(ダメっ。こんなんじゃダメ)  
 両足に力を込め、ルリは勢いよく立ち上がって言う。  
「わたしっ、キョウヘイ君が……」  
 ぱち  
 へんな音が聞こえた。  
 ルリはキョウヘイを見る。キョウヘイもきょとんとしていた。  
「あれ」  
 ルリはお腹に違和感があった。ルリがポンチョをまくってあわてておなかに手を当てると  
変に膨らんでいた。下に来たブラウスを引っ張ってみるとボトリと何かが落ちる。  
 二枚のタオルと黒いブラジャーが床に転がった。  
「わっわ」  
「あぁあああ」  
 叫ぶ二人。  
「ル、ルリちゃん。は、はやくしまって。いや僕後ろ向いてるから、下着付け直して」  
「ち、ちがうよ。着てる、着てるよキャミを。ほ、ほら」  
 ルリはポンチョをまくってブラウスを「キャミソールごと」首筋までまくり上げる。  
「わああああああああああああああああああああああああああああああああ」  
「わああああああああああああああああああああああああああああああああ」  
 
 混乱した二人がどたばたと暴れ、ゴンドラが揺れる。  
「違うの、違うの」  
 と顔を真っ赤にしてルリは叫ぶ。  
「わかった。わかったからこれ付けてええ」  
 と必要もないブラジャーを掴むキョウヘイ。  
 恥ずかしさからかルリの両目から大粒の涙が流れ出していた。何をやってもうまくいかない。そう考えると  
足の力もなえて、へたり込んでしまった。  
「うまぐ、うまぐいがないよおお」  
 ルリはもはや恥も外聞もなく泣き出してしまった。  
「ル、ルリちゃん」  
 鳴き声に気が付いたキョウヘイがあわててルリに駆け寄る。だがそれでもルリは泣き止まない。  
「いうっでぎめたのに、きめだのに」  
「ルリちゃん泣かないで大丈夫だから」  
「だいじょうぶじゃなよお。いや、もういやああ」  
 キョウヘイは必死にルリを落ち着かせようとするが。ルリは小さな子供のように泣き続ける。  
「ルリちゃん。俺を見て大丈夫だから」  
 キョウヘイはルリの肩を掴んでゆすった。キョウヘイはこちらを見てほしかった。  
 だからそれがトリガー。  
「ぎみがずきなの」  
 涙を溜めた目で。こもった声でルリは言った。  
「えっ」  
「わだしはきみがずきだから、おべんとーづくってわ、わすれて」  
 言葉が涙とともにあふれ出てくる。意識しているわけではない、まさに堰を切ったと言った方が良い。  
「ないじゃって、きびにめいわくがけて、いちにじじゅうめいわくかけて」  
「……」  
 キョウヘイは固まったままルリを見ていた。  
「だから、やなのもうかえりたい」  
 キョウヘイは少年である。どんなに旅をしても、どんなに戦っても精神的には子供。  
「うあぁあん」  
 だが彼は男だった。いくつだろうが変わらない男の約束。女を泣かしてはいけない。ましてや「好きな女の子」が泣いているときに、ほおっておけるわけがない。  
 キョウヘイはルリの体抱きしめた。  
 肩を抱いて少し頭を抱き込む形は慣れていない証拠。だが、キョウヘイにはどうでもよかった。  
 
「お、おれも。る、ルリちゃんのことが好きだ」  
「ふぇ……」  
 抱き着かれそして聞く言葉をルリは信じられなかった。  
「俺も、今日、いいたかった。好きって。でも楽しくて言えなかった。ルリちゃん断られるのが怖かったんだ……俺が馬鹿だった……」  
 絞り出すようにキョウヘイは言う。  
「ごめん、本当に……ごめん」  
「ほ、ぼんとう……」  
 ルリも涙でかすんだ声で聞き返す。キョウヘイは黙って頷く。  
「あ……」  
嬉しくて  
「ああああ……」  
 わけがわからなくて。  
「うあああん」  
 それでもルリはキョウヘイのことが好きだった。  
 ルリはキョウヘイを抱きキョウヘイはルリを抱く。お互いが離れないように身を寄せ合った。  
 
 何分立ったのか。何時間たったのか。ルリには分からなかった、ただキョウヘイの体かは暖かくてそこから聞こえる音が心地よかった。  
 ルリは顔を上げてキョウヘイをみた。彼もまたルリを見る。目がまたあった。  
 お互いがぼんやりとした目で相手の目を見る。  
 少しだけ近付きたいそう思ってルリはキョウヘイの肩に手をかける。軽く上るように力を  
彼女は力を入れ体を伸ばしキョウヘイに近付いた。  
 薄暗いゴンドラの中で二人は唇を合わせた。それは自然で意識しているわけではなく、  
ただそうしたかった。  
「あっ」  
「あ」  
 だから唇を離した後急にはずかしくなった。  
「ききき、キスしちゃたよ、きょキョウヘイ君」  
「うううん。いや大丈夫だよ、だだだだだだだ大丈夫」  
 二人は真っ赤になってあわてる。そしてキョウヘイがあることに気が付いた。  
「こ、ここ。上から見える」  
いつの間にか観覧車は頂点を過ぎてくだりに入っていた。だから一つ上のゴンドラからのぞけばキョウヘイとルリの姿が見えた。  
「えっええええ」  
 ルリはあわてる。  
「かっ隠れよう」  
 キョウヘイはルリを抱きかかえて、死角になった方の椅子に押し倒した。  
 
「あっ」  
 キョウヘイが気付いた時目の前にルリの顔があった。  
髪が靡けば届く距離にルリの両手を抑える形で椅子に彼女の体を押し付けている。  
「キョウヘイ君……」  
 ルリの甘い香りがする。  
 キョウヘイはすぐに離れることができない。体が離れなかった。  
「ルリちゃん」  
「う……?」  
 ルリはキョウヘイの問いかけに頷きで返した。  
「キス、してもいいかな。今度は、その、真面目に」  
 ルリは目を見開いてキョウヘイを見る。そしてわずかに顔を縦に振った。キョウヘイは顔を近づける。  
 二度目のキスは、少しだけ長かった。  
 二人は舌を入れることも知らず、愛撫することも知らない。只々体を寄せ合う、抑えているルリにキョウヘイ  
は自分の体を押し付けるようにする。  
 胸が当たった。  
 キョウヘイが体を押し付けたからか、ルリの下着が薄いからかそこに突起のような周りより固い場所があることがキョウヘイにはわかった。  
 無意識にキョウヘイは片手を離してルリの服の中に入れる。ルリは唇を合わせたままピクンと動いたが強く抵抗しなかった。  
 ブラウスの中を上がってキョウヘイはルリの胸を優しく掴む。柔らかくて、少年の手にはちょうど良い大きさ。  
 いたずらっぽくキョウヘイは乳首を撥ねてみる。ルリは何も言わずに体を震わせた。  
 唇を離す。キョウヘイは残った手をルリの腰に回して抑えた。もう一方の手はルリの胸を弄ぶ。  
 触ると下がり、つまむと動く。キョウヘイはそんなルリが動きすぎないように腰から押さえつけた。情事というよりいたずらの延長。子供の時間。  
 ゴンドラは二人を乗せて下がっていく。  
 
「あっあぶなかったね」  
 ルリはそう言った。  
「う、うん」  
 気恥ずかしそうにキョウヘイも返す。  
 結局彼らが「遊び」をやめたのはゴンドラが下がりきって、係員に扉を開けられる直前だった。  
 二人は俯いて歩く。耳は赤く。言葉はない。  
 だから手だけはしっかりと握っていた。それだけが彼らの変化の証し。  
 ふと、ルリが立ち止まった  
「ルリちゃん……」  
 彼女は口をパクパクさせて青ざめていた。  
 
 
「ぶら、じゃー……忘れてきた」  
「えっあれを」  
「どどどうしよ。あれ私のじゃなくてお母さんのなの」  
 あわてるルリにキョウヘイは言う。  
「とにかく戻ろう」  
 二人は手を合わせたまま来た道を走って戻る。ライモンシティの明かりが彼らを明るく照らしていた。  
 
 

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