今日の相手は女の子か。アンズは不敵に笑った。  
 アンズの目線の先にはあたふたとあっちに行ったりこっちに行ったりしている、一人の女の子が居た。白の帽子に水色の服、  
そして赤色のミニスカートが走るたびにひらひらと揺れている。名はリーフと言う。  
 奇妙な光景だと言っていい。その女の子は何もない空間で立ち止まっては引き返し、  
虚空に手を伸ばして何かをなぞるように手を上下させている。  
 アンズは笑いを抑えるのに必死だった。  
 
 ここはセキチクシティにあるジム。そしてアンズはここのジムリーダーだった。正確に言えば、正規のジムリーダーである彼女の父の代行をしている。  
 ジム内は何もない、一目見ただけでは数人のトレーナーがいるだけのだだっ広い空間である。  
 ジムの目的をリーダーの打倒だとすれば、一気に中央のアンズの元まで行ける。と多くのトレーナーが引っ掛かる。実はリフレクターを使った  
見えない迷路があり、ただ闇雲に進むだけならば。  
「ふぎゃ」  
 リーフは頭から見えない「壁」にぶつかった。  
 別に危険と言うほどでもない、やりようによってはなかなかに楽しい。  
それに中央にいるアンズには挑戦者が入り口を通ってきてからすべて見えている。一種の高みの見物だった。  
「……!」  
 だが今日の挑戦者は今までの相手とは毛並が違った。先ほどまで小さく笑っていたアンズだが  
リーフが門下生と戦う姿をみて笑いを収めた。  
 強いのである。年はアンズとそう変わらないだろう、だがその手持ちは強靭の一言である。  
ギャラドス、カメックス、ケンタウロスと一級のポケモンたちを駆使し門下生達をなぎ倒していく。  
 アンズは肌が粟立つのが分かった。久しぶりに手ごたえのある相手である。  
 早く来い。そうアンズは心で念じた。  
 
「……」  
 ツカツカとリーフが歩み寄ってくる。ここはアンズのエリア。リフレクターで区切られた戦いの場。リーフはたどり着いたのだ。  
「よく来たね、アタイはこのジムのジムリーダーアンズ。さあ、やろうか」  
 リーフが歩み寄る。歯を食いしばり鬼気迫る表情で。  
「ちょ、ちょっとあんた」  
 焦るアンズの両肩にリーフは手をおいた。  
「と、トイレはどこ……」  
 リーフの絞り出すような声。よく見るとその両目には涙を溜め、体はプルプルと震えている。  
   
「へ?」  
 きょとんとした顔でアンズは聞き返した、リーフは恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。  
「ト……イレ。も、もうだめなの」  
 アンズははっとして。  
「あ、ああトイレね。えっとほらあそこだよ」  
 とアンズは少し遠くを指さした。その指の先にはトイレのマークを掲げたドアがあった。距離としては10メートルほどたいしたことはない。  
 無数のリフレクターがなければ、の話だが。  
「あ……あ」  
 アンズの背中に冷たい汗が流れた。彼女は代理で来ているだけで、リフレクターの迷路の概要はぼんやりとしか知らない。ちらりと彼女はリーフをみた。  
 ふるふると小動物のように震え、涙が今にもこぼれそうな両目がアンズに伝える。連れていって、との言葉を。  
「わかった。こっちだよ。ついてきて」  
 明るく言うアンズの声にリーフは少しだけほっとした表情をした。  
「痛っ」  
 アンズがリフレクターにあたる。  
後ろを振り向くのが怖い。おそるおそる振り返ると、一層悲しそうな表情をしたリーフがいた。  
 
 
 あっちであたりこっちでこけて。普段はリフレクターの迷路に苦戦するトレーナー達を笑いの種にしているはずのアンズは、見事引っ掛かっていた。  
 おぼろげな記憶を頼りにアンズは直進し、そんな彼女をリーフは盲信する。藁にすがりたい、それがリーフの心境である。だが体にはもう余裕がなかった。  
リーフはスカートを手で上から抑え。腿を擦り合わせるように歩く。息は荒い、意味もなく唇を噛んでいる。  
「つ、着いた」  
 アンズが叫んだ。彼女の先にトイレのドアがある。  
「はあ、あ……ありが……」  
 リーフは何かを小声で呟いて、小走りでトイレに向かった。  
「がっ」  
 がんと跳ねかえったリーフが仰向けにひっくり返る。  
「あっ」  
 トイレの前にリフレクターがあった。入るのを邪魔しているのではなく、迷路の中から  
まだでいないだけだった。アンズは罪悪感と焦燥でおろおろとリーフに近づいた。  
「だっ、大丈夫?」  
「……め」  
「え?」  
 リーフはアンズを無視するように声をだす。  
「ダメ、だめだって、ほんとうにだめなの、だめだって」  
 リーフの口からとれとめのない言葉があふれるように出てくる。  
「ダメだっで!」  
 声に涙が交じり。リーフは自分のスカートの中に手を入れ、股間を抑える。  
「あ、あんた」  
 アンズの声も耳に入らない。リーフは腰をわずかにくねらせて、腿を合わせる。  
「だめぇ」  
 最後は弱々しい声だった。リーフの体から力が抜け、パンツがジワリと湿った後、リーフの腰回りにちょろちょろと「水たまり」が広がっていった。  
 彼女は我慢できなかったのだ。  
 一瞬の沈黙。リーフとアンズは目を合わせた。  
 リーフの顔が見る見るうちに赤く染まり、そして。  
「うああああああああああん」  
 大声で泣き始めた。見られたことが恥ずかしい、今の自分を見られることが恥ずかしかった。手で顔を覆ってただ泣き、叫ぶ。  
「こ、こんなジム大っ嫌いー」  
「ご、ごめんよー」  
 アンズは謝ることしかできなかった。  
 

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