「……さっさと寝ろっ」
違う。俺はそんな気でこいつを連れてきたんじゃない。そうじゃないのに。
寂しさなんて感じたこともなかった。温かさなんて必要なかった。俺は独りで生きてきて、これからも生きていくはずだったんだ。
頃合いになったらこんなやつ、八つ裂きにして喰ってやるんだ。そうだ、そうなんだ。
なんなんだ、なんなんだよちくしょう。あいつの笑顔を見ていたら、あいつの声を聞いていたら、俺の方がおかしくなっちまう。
餌だ。餌なんだ。餌に感情なんて感じない。そうだ、この爪を一振りすれば、こんなやつ一撃で殺せるんだ。
ようやく寝息を立て始めた目の前のフライゴンに、大きく振りかぶった右の爪を振り下ろす。空を切る音、そして。
「俺は……俺は」
どうしてもそこから下に爪が下ろせない。震える右の爪を一度引っ込めて、俺はもう一度こいつの体を眺める。
もう食べてもいい頃合いだ。太っている訳ではないが、あのときみたいにやせ細っているわけでもない。
躊躇する理由なんてないはずだ。ないはずなのに、どうしても頭の中にこいつの笑った顔が浮かんできて。
愛だとか恋だとか、そんなことにうつつを抜かす甘ちゃんどもとは違うんだ。俺はそうやって勝ってきた。勝ってきたんだ。
群れる奴らは弱くて、独りでいるやつが強いんだ。だから俺は、こいつとは一緒になんかいたくない。そうさ、こんな奴、いない方が。
いない方が、なぜか少し心細くて。なぜか少し寂しくて。なぜか少し辛くて。なぜか少し、寂しくて。
俺がおかしくなったのはこいつのせいだ。こいつが俺を狂わせてるんだ。くそ、何だよこの気持ち。
「違う、絶対に、絶対に違う! 俺は、こんな奴のこと、こんな、こんな奴のこと……」
目をつぶる。首を振る。じっとしていられない。どうしても心がざわついてくる。こいつを見ていると、本当におかしくなっていく。
認めたくなかった。よもや俺が、さんざん馬鹿にしてきた奴らのように、誰かを欲することがあるなんて。
隣に誰かがいることが、こんなにも温かくて、心地よくて、嬉しくて、楽しくて、心強いなんて。
「私は、ガブリアスさんのこと、まだちょっと、怖いですけど。でも、ちゃんと、好き、ですよ」
声が聞こえて、目を開ける。そこにはぎこちない手つきで俺の鰭を掴み、これでもかというほど俺に近づいて、いや、触れている顔があって。
俺の口には、俺とは違う肌ざわりと、俺とは違うぬくもりと、俺とは違う香りがくっついている。
赤いレンズ越しに目を閉じて、じっと止まったままのそいつを目の当たりにして、俺はただただ、黙っていることしかできなかった。