かおるは油断している。みやこは最近、そう思う。  
 確かにみやこも、かおるが本気で嫌がるような事をしようとは思わない。それは服を脱がしたり、  
脚の間に隠された密やかな部分に触れる事だ。もう一つ、足の匂いを嗅がれる、というのもあるが、  
これは足の匂いそのものより、初めてじっくり嗅がせてもらった時に勢い余って指の間に舌を這わせて  
しまった事が原因らしいが。  
 いずれにせよ、それらの行為はかおるが頑として許容しない一線であり、みやこもそれに従った。  
脱がそうとして拒否、触ろうとして阻止を繰り返した末に設けられた、“禁じ手”という共通認識。  
とは言っても、みやこはそれらの境界線に全く抵触しなくなったわけではない。  
 背中から抱き締めた時に前に回した手で服の裾を掴み、そっと捲り上げてみたり。  
 唇を合わせると妙に無抵抗になるかおるの、その太ももを撫でる手を危うい所まで這わせてみたり。  
 そうやってみやこは越えざる一線を踏み越えようかという意思を意図的に伝え、それを受けたかおるも  
やんわりと抵抗してみせる。時には半ば本気で成し遂げようとしてしまう事もあるが、そういう時に  
返って来る強い抵抗と嘆願とを押し切った事は今まで一度もない。  
 だからきっと、かおるは自分を信じてくれている。みやこはそう確信している。禁じられた領域に足を  
踏み入れる素振りを見せない限り、かおるも全くの無抵抗でいるというのがその根拠だ。  
 例えば、接吻の時。珍しくかおるの両腕が遠慮気に背中に回されたりした時に、ふと思う。  
 今ここで、前置きもなしに指を下着の中にまで差し入れてしまったら――どうなるだろうか?  
 或いは、数十分もの間舌を交え続けた後。完全に脱力して横たわるかおるを見下ろして、考える。  
 今ここで、不意を突いて衣服を下着ごと引き下ろそうとしたら――脱がせてしまえるだろうか?  
 おそらく、簡単な事だ。しかし、みやこはその簡単な行為を成さない。かおるが本気で嫌がるからだ。  
そしてかおるの方でもそれが解かっているのに違いなく、もしみやこがその気になってさえしまえば  
抗う間もない、という状況でも、陶然と目を細めていられるのだ。  
 本当に嫌な事はしない。嫌だと示せば聞き入れてくれる。そう、かおるは信じている。  
 しかし、みやこは思う。それは油断だ、と。  
 信頼だと、言えば言える。そしてそれは何よりも嬉しい事だと思う。  
 それでもやはり、それは油断でしかないのだ。  
 なぜなら。  
「――かおるさん。わたし、もう我慢したくありません」  
 星が瞬き始めた空を背にした研究所を見上げ、みやこは呟いた。丘を登る道を、境界を越える一歩を、  
そっと踏み出した。  
 今だけは。かおるの信頼を裏切る事に、何の躊躇いもない。  
 
    
 研究所の一室。本来なら客室にでもするつもりだったのだろうか、空き部屋のまま放置されていた部屋に  
しては間取りは広い。この部屋にパイプベッドやモニター等、間に合わせの設備を運び込み、取りあえずの  
病室に仕立てている。外壁に面しているため壁一面の大きな窓があり、閉塞感は少ない。窓の外には街を  
見下ろす夜景が広がっている。  
 照明を付けっ放しにしたまま、かおるはすっかり寝入っていた。何かの試合中継が放送されている  
モニターも点けたままだ。やはり疲れていたのだろう。  
「かおるさん……」  
 気付かずに眠るかおるの前髪を、そっと撫でる。悪い夢でも見ているのだろうか、表情が何処となく  
険しいようだ。  
「ねぇ、かおるさん……起きて下さい…?」  
 頬を撫で、その指を顎先に滑らせる。薄めの下唇を指先で摘むと、ようやくうっすらと目が開かれた。  
「んが……ん、ん? みやこ…? え、あ、あれ?」  
 ぼやけた視線のまま起き上がろうとするかおる。やっとの事で己の状況を把握し、そのせいで再度困惑  
し直しているようだ。  
「うふふ、やっと起きて下さいましたわ〜」  
「みやこ、おい、コレ……どういう事だよ!?」  
 かおるが目を覚まさぬ内に、左手と両足をベッドの角の支柱に縛り付けておいたのだ。右手だけは  
元からベッド脇に設置されたスタンドに吊り下げられあり、損傷の酷い右拳をかおる自身の寝相の悪さから  
守るための配慮だろう、しっかりと結び付けてあった。  
 身動きが出来ない程厳重なものではないが、四肢の拘束は既に完了している。最低でも左手の拘束を  
解いてやらない限り、自力でベッドから起き上がる事も出来ないだろう。  
 
「かおるさんが眠っている間に、縛り付けさせていただきました〜」  
「ンな事ぁ解かってるよ! じゃなくって、どういうつもりで――はぁ、ったくぅ…」  
 起き抜けにベッドに結び付けられていれば、その驚きは相当なものであろうが、それでもみやこの仕業  
ならばと安堵した様子だ。みやこは自分を害さない、そう信じきっている。  
「あーもう、ホンット色々やってくれるよなぁ。で、今日のコレは何だよ? 転落防止?」  
 投げやりに言いながら、拘束の具合を確かめるように左手を軽く引いている。拘束に使った梱包用の  
ビニールテープはその左手首に幾重にも巻き付けてあり、引き千切る事はまず無理だろう。ただ、強く  
引っ張ってもきつく締まる事のないように結び付けるのには少々苦労した。  
「転落防止ではなくて、逃亡防止のためですわ〜」  
「はぁ?」  
「かおるさん…」  
 かおるの顔を覗き込むように覆い被さる。ベッドに乗り上げた片膝に体重が掛かり、安物のパイプ  
ベッドがギシリと軋んだ。  
「今夜はこのまま、かおるさんに…いやらしい事をします」  
「……え?」  
 直接的な物言いに、かおるの表情が引き攣る。  
 今まで色々と理由を付けて来た。接吻を繰り返すのは仲良しだから。身体を触るのは、ももこへの  
対抗策のため。率直なこじ付けから回りくどい説明、様々に理屈を捏ねてはかおるの防壁を引き剥がし、  
潜り抜けて来たのだ。  
 それ程難しい事ではなかった。当然、相手が誰でもというわけではないのだろうし、その自覚の有る無しは  
不明だが、何かしらの理由が通りさえすれば、かおるはその身体を許してくれるのだ。  
 女の身体がゆえの、快楽。己の性を忌み嫌うかおるにとって、最も突き放さなければならないもの。  
それを自ら進んで享受するという屈辱を避けるためには、たとえ理不尽なものでも理由が要る。  
 そんなかおるの心理につけ込むみやこのやり口は、しかしかおるへの優しさでもあった。  
 いやらしいのは、わたしだけ。  
 かおるさんは、わたしに騙されて。  
 いやらしい事を、そうとは知らず。  
 たとえそれで感じてしまっても。  
 “そういう事”とは、少し違う。  
 無論、かおるも心底そう考えているわけではないだろう。しかし、真実を曖昧なものに変えるには言い訳が  
必要で、それらは全てみやこが用意してきた。  
 だが、今は。  
「もう言い訳はしません。これからわたしがかおるさんにする事は、いやらしい事です。他の何かのせいでは  
なくって、本当にいやらしい気持ちで、する事です」  
「……あ、え? あの、ちょっと」  
 完全に余裕をなくしたかおるに、出来るだけ優しく微笑みかける。  
「先に謝らせていただきますわ。かおるさん、ごめんなさい――」  
 今までにない程に真紅に染まったかおるの、唇めがけて。  
「あなたを――犯します」  
「ちょっ、ちょっと待て! そんな――」  
 上ずった抗議の声を、唇で塞いだ。  
   
 壁のスイッチを操作して、窓のシャッターを下ろす。家の祖母に帰りが遅くなる旨を告げ、携帯の電源を  
切る。ドアの施錠を確認する。スポーツの中継を流したままのモニターは、何となくそのままにしておいた。  
一連の作業を終えて振り向くと、首を起こしたかおると目が合った。  
「な、なあ、もうすぐ博士が様子見に――」   
 博士達は何やら怪しげな研究に没頭している。多少騒いだところで様子を見に来たりはしないだろう。  
「こ、こうしてる間にも街の平和が――」  
 街の平和どころか、全宇宙の存亡すらどうでもいい。かおるに比べれば些細な事だ。  
「も――」  
 唇を軽く押さえ、その名前を遮る。いつものようにももこが来ても、今夜だけは絶対にやめない。  
「さ、かおるさん。もう観念して下さいね〜?」  
 仰向けのかおるのを跨ぎ、腰の上に尻を下ろした。そのまま身体を曲げて、何か言いたげなその唇に  
舌を這わす。  
「ンッ……」  
 歯はガッチリと閉じられており、口腔内への舌の侵入を許さない。無理もない、とみやこは思う。  
弁解済みのちょっと過激なスキンシップと、身を束縛されての強制接吻とでは状況が違う。  
 まあ、いい。後でどうにでもしてみせる。それより。  
 
「…あ!? ばか、やめろ!」  
 かおるの服――寝巻き代わりにと博士に借りた、ボタンの付いた丸首のシャツ――に手をかけると、  
上体を捩って抵抗する。おかげで手元が覚束ない。  
「かおるさん、おとなしくして下さい。ボタンが外せませんわ〜」  
「外すなって言ってんだよ!」  
 涙目で睨んでくるかおる。それはそうだろう、胸はかおるの性的羞恥心が強く集中している箇所だ。  
「そんなに恥ずかしいんですか〜?」  
「当たり前だろぉッ!」  
「でも〜」  
 少し前、自分の家で三人一緒に風呂に入った日の事を思い出す。  
「あの時はそんな様子はありませんでしたわ〜?」  
「だ、だってあの時は、こんな……みやこが、その……そうだなんて、思わなかったし……」  
 同性の目に肌を晒しても羞恥が少ないのは、“同性には性的関心を寄せない”という大前提があるからだ。  
もしもそれ以前に今の関係になっていたら、一緒に入浴するなど頑として拒否されただろう。肉欲のこもった  
視線に、そうと知って易々と裸身を晒すかおるではない。  
 しかし、それはみやこの方でも同じ事だ。あの頃かおるに抱いていた好意がどれ程のものであっても、  
それは友愛の一言で片付くものでしかなかった筈だ。だから一応のマナーとして、かおるの裸体に注目する  
ような事をしようとは思わなかった。それが当たり前だったのだ。  
 強い憧憬を抱いていた。ある種の執着心だってあっただろう。しかしももこの言を借りるまでもなく、女の子  
同士でそれは殊更珍しい事でもない。妖しくも不確かな想いを、それでも胸の内に押し込めていられた  
あの頃は、かおるといえども友達の範疇を越えはしなかったのだ。  
 何かがみやこに火を付けた。多分あの時だ、とみやこは思い至る。  
 以前、風邪の高熱に倒れたかおるを看病した日。生々しく息を吐くままのかおるを前にして突如湧き  
上がった、あの抗し難い情動。  
 憧憬とも恋とも判じ得ない淡い想いが転じ、まるで暴風雨のように膨れ上がった性衝動。  
 我慢が出来なかった。前後不覚なままでいるかおるの唇を奪い、舌を擦り合わせ、唾液を啜った。  
 あの日から、かおるに注ぐ己の視線の意味は劇変したのだ。みやこはそれを否定しない。  
 邪な欲望とは無縁な思慕の情を純粋な恋と呼ぶのなら、この想いは邪恋で構わない。  
 かおるが欲しい。  
 無邪気に遊んで楽しく過ごすのもいい。色んな事を話し合い、気持ちが通じればとても幸せだ。  
 だが、それ以上に。かおるが欲しいのだ。  
 あの身体の全てに、指で、唇で、舌で触れたい。あの心の全てを、この胸の中に閉じ込めたい。  
 しかし、沸々と煮え滾るそんな想いをぶつけるには、かおるは余りにも清々しさに過ぎた。  
 女として目覚める事を放棄し、思春期の性すらも寄せ付けず、ドロドロと渦を巻くが如き情念とは  
無縁であり過ぎた。  
 だからみやこは慎重になる必要があった。かおるに性愛をもって接する事と、かおるの信頼と友情を  
勝ち得る事、その相反する二つのものを手にするために。そうしてかおるの許容の限界に達したなら、  
もうそこで満足するしかない。それ以上は、危険だ。  
 そして辿り着いた現状。言い繕いながら身体を重ねる、欺瞞と諦観の交遊関係。  
 しかし、ようやく掴んだその足場を、苦もなく飛び越えた者がいた。  
 そうしたいから、そうする。ただそれだけで、越えて行った者が。  
 だから、もう。  
「……えっ?」  
 ブチッ、と糸が引き千切られる音に、驚いた顔で見上げるかおる。目を逸らさないまま、みやこは二つ目の  
ボタンに手を掛けた。同じように、力任せにもぎ取る。  
「……!」  
 余りにも予想外の行為だったのだろう。次第に胸元の肌が露出していくというのに、かおるは痺れたように  
動かなかった。信じられない、という表情で、ただ呆然と見上げるままだ。が、三つ目のボタンを引っ張った  
辺りで我に帰る。  
「って、おい! これ博士ンだぞ!? どうすんだよッ!」  
「かおるさんの服でないのでしたら構いません〜」  
「俺が怒られちゃうだろッ!?」  
「後の事なんて知りませんわ〜」  
 そうこうしている内に、残りのボタン全てを取り払った。かおるは泣きそうな顔で押し黙っている。  
諦めたのかもしれない。  
 
「かおるさん、わたし考えたんですけど〜」  
「え……ちょっ、何だよ?」  
「動かないで下さいね〜」  
 汗拭き用のタオルを手に取り、かおるの目元を覆うようにして頭に結び付けた。目隠しだ。  
「……な、何? 何で? 何で見えなくするんだよッ!?」  
「見えない方が、恥ずかしさも緩和するかと思いまして〜」  
「そんなわけねぇだろッ!?」  
 露骨に怯えの混じった声を上げるかおるの上から身を退かし、一度ベッドから降りた。事の成果を  
確かめるように、身動きの出来ないかおるをじっくりと見下ろす。  
 ボタンの留めを失い大きくはだけられた服の間から、ブラを着用していない素肌の胸元が露わになって  
いる。引き締まった腹筋と形のいい臍、その下には地味な色合いのスポーツショーツが覗く。下着一枚の  
上に借り物のシャツを着込んだだけだったので、こうも前を開かれればもうそれで全裸に近い。  
 ただでさえ手足にケガを負っているというのにその上ベッドに拘束され、視界を閉ざされたまま微かに  
震え、なす術もなく耐えるだけのその姿。  
 どうして自分はこんな酷い事を。でも。  
 今すぐに飛び掛って、全てを奪ってしまいたい。  
 己が小さな身体に残った罪悪感と、それを遥かに上回る勢いで駆け巡る衝動に耐えるため、みやこは  
己の両肩を掻き抱いた。  
 じっとしていられない。空腹を抱え、それでも、哀れな獲物を弱りきるまでいたぶり抜く猫の気持ちが  
解かるような気がする。  
「かおるさん」  
 指先で頬を突付く。不意を突かれてピクッと反応するかおるの、鼻を軽く摘む。  
「ふがっ……よ、よせよ」  
「かおるさーん?」  
「お、おい、くすぐったいって」  
 両手で包むように頬を撫でる。遊びの雰囲気が漂い始めた事に少し安心したのか、身を捩じらせ  
ながら口元に微かな笑みを浮かべるかおる。目元を覆われたままのその顔に、そっと囁きかける。  
「ねえ、かおるさん…?」  
「え?」  
「そんなに動くから、見えちゃってます」  
「……あっ」  
 かおるの頬が急速に赤く染まる。自らの動きで服をはだけさせ、もはや乳房を隠すものは何もない。  
 両の手のひらで、そっと押し包む。あ、と小さく声を上げるかおるに構わず、なだらかな膨らみを  
優しく撫で回す。  
「かおるさん、恥ずかしいですか…?」  
 つん、と硬くなった乳頭を指先で転がしながら、頬を舐め上げる。それを振り払うように首を振る  
かおる。  
「べ、別に! そこならもう、お前に散々弄られてるからな。今更……」  
「さっきはあんなに嫌がってましたのに〜」  
「だって…あッ?」  
 ベッドの脇に膝立ちになり、かおるの薄い乳房に頬をすり寄せる。唇を滑らせ、ふるふると震える  
小さな乳頭に吸い付くと。  
「ひゃンッ!?」  
 小型犬のような鳴き声を上げて、かおるの胸がビクンと跳ねた。それを押さえ付け、唇の中で張り  
詰めた乳首をねっとりと舐る。  
「あ、あ、みやこ、みやこッ、何やって――あァッ?」  
 微かに膨れ上がった乳輪に沿って舌を這わせながら、みやこは壁掛けの時計に目をやった。  
 時間は充分にある。  
   
   
 時計の長針が動く音を聞いた気がした。顔を上げて時刻を確認すると、かおるの胸を唇で弄び始めて  
から十数分が経過している。  
 改めて、かおるの肢体を見下ろした。鋭敏な乳頭へ粘液質の愛撫を受け続け、その感覚に竦み上がる  
内に滲み出た汗で、全身が濡れている。  
「かおるさん、大丈夫ですか…?」  
 荒い息遣いの治まらないかおるに、そっと囁きかける。息を呑んだかおるは、返事の代わりに顔を  
背けた。順当な反応だろう。みやことて、かおるの身を案じて訊いたというわけでもない。  
 
 汗と唾液に塗れたかおるの胸に頭を預け、ぴったりと耳を付けた。早鐘のような心音が直接耳に届く。  
そのまま片手で、細かく波打つ腹部を撫で回した。  
「…ももこさんも言ってましたけど、かおるさんのお腹ってカッコいいですわ〜」  
 腹筋がしっかり割れているのが解かる。殆ど鍛えられていない自分や、うっすら脂肪の付いたももこの  
腹部では得られない感触だ。  
 うっとりと優しく撫で回すその手を、少しずつ下腹部に伸ばす。意図を察したかおるが反射的に脚を  
閉じようとするが、それを封じた拘束が空しく軋むだけだ。下着の縁に指を潜らせ、更に先へと進む。  
「み、みやこ、やめろよぉ…!」  
 かおるの涙声が耳に心地いい。  
 硬く締まった下腹部を過ぎ、指先は独特な弾力を持つ微妙な膨らみに達した。俗に言う、恥丘。  
「かおるさん、ここ…とっても柔らかいです…」  
「……くぅぅッ」  
 悔しそうな呻きを噛み殺すかおる。指先の侵攻を止め、何とも形容し難い感触を暫し愉しみながら、  
みやこはかおるの顔へと頭の向きを変えて囁いた。  
「ご存知ですか、かおるさん? ここ、恥丘って言うんですよ。恥ずかしい丘、で恥丘ですわ〜」  
「うううるせェな、知ってるよそれくらい!」  
「でしたら、この先に何があるかもご存知ですよね…?」  
 ほんの少し、指先を滑らせる。  
「ばか、ばか、やめろ!」  
 ゆっくり、ゆっくり、先へと。指先に微かな窪みを感じた。  
「マジでやめろってぇ! あ、そうだ、ソコすっげぇ汚ぇぞ!? さ、最近全然洗ってねぇし!」  
 焦ったかおるの物言いに、思わずほくそ笑む。以前、同じところを触れようとした時は、汚いから  
触らないで欲しいという哀願が余りにも可愛かったので断念してあげたのだが。  
「ダメですわ、かおるさん。同じ言い訳は二度は通じませんわ〜」  
 中指の先端は、既に柔らかい肉に挟まれている。しかし、ここはまだ表皮だ。この空割れの部分を  
通り越し、陰核包皮を越えたその先に、滑らかな粘膜がある。ももこが触れていたところだ。  
「ほ、本当にやめろッ! こんなの最低だぞッ!? 俺ケガしてんのに、こんな、縛り付けてまで無理矢理  
やらなきゃいけない事かよぉッ!?」  
 声の感じが変わった。  
「かおるさ――」  
「うるせぇ! 早く解けッ! 俺は本気で怒ってんだッ!」  
「……」   
 本気で怒らせてしまったようだ。心の何処かで悲鳴を上げる自分を感じる。  
 かおるさんが、怒ってる。  
 今すぐ止めて、すぐに謝らないと。  
 嫌われる。  
 でも。  
「……でも、かおるさん」  
 一瞬だけ、指に強く力を入れた。かおるの腰がビクン、と跳ねる。  
「わたしは……とっくに本気ですわ……」  
「やッ――」  
 指先に、素肌とはまるで異なる感触。キュッと腰を反らして少しでも逃れようとするのを、更に、追う。  
「ぁ…や、だぁ……」  
 妙に押し殺した声で、かおるが呻いた。   
 濡れている。  
   
   
 奥に隠された小さな合わさり目を優しく掻き分けると、粘液に塗れた窪みに触れた。  
 入り口だ。ヒクヒクと蠢いている。  
 またもや時間の感覚が飛んでしまったような気がして、時計を見上げた。案の定、自覚のないまま  
数分が経っている。  
「かおるさんのここ、もうクチャクチャです。指がふやけてしまいそうですわ〜」  
 囁いてみたが、反応はない。顔を上げて見ると、かおるは固く歯を喰いしばっていた。ベッドの軋み、  
指先で奏でるかおるの愛液の音、ぴったりと耳を付けたかおるの胸からは激しい鼓動が聞こえていたが、  
最も聞きたい切なげな喘ぎ声だけは、ああして噛み殺していたらしい。  
 身動きも出来ず、目も見えず。もはや邪悪な指先に翻弄されるだけの身に残された、唯一の矜持。  
 悦楽にも苦悶にも声を上げない、最後の抵抗。  
 
「かおるさん……!」  
 可愛い。  
 そのいじらしい抵抗が、堪らなく可愛い。  
 可愛いくて、可愛いくて、可愛い過ぎて。  
 踏み躙りたくなる。  
 止まる事なく蠢かしていた指を、かおるの秘部から離した。粘液の跡を引きながら、股間から鳩尾あたり  
まで撫で上げる。ぬるぬるに濡れた五指で、拳を握って。  
「がはッ――!?」  
 大して力は入れなかった。仮に本気で力んだとしても、かおるの腹筋には通じなかっただろう。だが、  
最も敏感な部分に受け続けていた陵辱が止み、かおるは僅かに身体の力を抜いた。その瞬間の緩んだ  
腹部に拳を突き込み、飲み込んでいた息の塊を吐き出させたのだ。  
 その瞬間を逃さず、大きく開かれた口に指を突き込む。  
「ダメですよぉ、かおるさん? ちゃんとお口を開いて、声を聞かせて下さいね〜?」  
 左手をかおるの口元に絡ませたまま、右手は再び柔肉を狙う。  
「あ、あがぁ……!」   
 やだ、と言ったのだろうか。かおるの歯が、みやこの指に食い込む。軽く顔を顰めて、みやこは両手の  
指の動きを止めた。そのまま少し、待つ。  
 或いは。みやこはかおるに、最後の機会を与えたのかもしれない。  
 己の口の中に侵入した、二本の指。噛み千切る程に歯を立て、陵辱者を制する唯一のチャンス。  
 かおるの白い歯が、みやこの人差し指と中指を軽く噛んだ。その力が強まり、一度抜け、思い直した  
ように再度、強く噛んで――顎の力が抜けた。  
 そして、そのまま暫らく待っても。その歯が指に食い込む事はなかった。  
 ――噛み千切ってくれたらよかったのに。  
 そう呟いて、みやこは右手に集中した。襞の中の膣口を探り出し、指先でくすぐる。  
「ん、んやぁ、んぅ……」  
 口を閉ざす自由すら奪われたかおるが、くぐもった喘ぎ声を上げる。そのまま、小さな入り口を揉み  
解すと、乾き始めていた指先が再び粘液塗れになる。  
「かおるさん……中、触ってもいいですよね…?」  
「ん、んあ…」  
 許可を求めての事ではない。指を突き入れるという宣言だ。  
 ももこだってこの中の奥深くに触れた。なら、自分だって。  
「じゃあ、挿れますね……」  
「ん、んんッ…!」  
 ぬるり。  
 強い締め付けはあるものの、無理に突き進むような抵抗はない。ももこの言っていた通り、かおるの  
内部へと続くこの道は、自分のものに比べて幾分か広いようだ。  
「あ、んッ、ん…」  
 中指の半ばまで、苦もなく飲み込まれた。まだ、入る。  
「ふッ……んゥ…んうううぅぅ…!」  
 根元まで埋まった。かおるの鼻にかかった切なげな声に浮かされて、くらりと眩暈がする。  
「かおるさん…」  
 入った。ただ締まるだけではなく、膣内壁が細かな収縮を間断なく繰り返している。内部で指先を折り  
曲げると、それだけで指全体を包む柔肉が複雑に蠢く。  
「あっ……か、かおるさぁん……指、すごく、キモチいいですぅ……」  
 神経の集中した鋭敏な指に、かおるの温もりとうねりが染み入って来る。まるで全身が飲み込まれて  
しまうかのような錯覚に涙を滲ませながら、みやこは煮え滾るような溜息を震わした。  
 中。かおるの中。とてもきつくて、でも何よりも柔らかくて。  
 指を締め付ける。押し出そうというのではなく、抱いてくれている。だって、こんなに暖かい。  
 だから、かおるだって求めてる筈なのだ。そのために、こんなにも濡れている。  
「かおるさん…わたしの指……どんな感じですかぁ……?」  
 指先を軽く曲げたまま、ゆっくりと引き抜く。かおるがびくびくと小さく跳ねる。  
 指を真っ直ぐにし、優しく根元まで突き入れる。かおるのか細い鳴き声。  
 抜いて。挿して。  
 抜いて。挿して。  
 指先の形を細やかに変えながら、幾度も、幾度も繰り返す。  
 かおるの口腔に差し入れていた左指をそっと抜いてみたが、もう口を閉じようとはしない。  
 興奮の余り震えの止まらない指で、それでも、淡く柔らかな膣内を傷つける事のないように、慎重に  
掻き回す。甘い響きの混じり始めた泣き声で、かおるもそれに応える。その内に。  
 
「あ、あァ……あんんぅッ……あ…? んッ、んッ、んンッ…!?」  
 かおるの声が昂ぶって来た。絶頂が近いようだ。  
「かおるさん、もうすぐですよ……? あと少し、あと少しですから……」  
「や、やだぁ、やぁだあぁぁッ……!」    
 端から唾液の筋を垂らしたままの、その口から。  
「も――」  
「――!」  
 その口から出た声が言葉になる前に、みやこは反射的に指を引き抜く。  
「んあァッ…!」  
 指の届く最深部から一気に引き抜いた刺激に、かおるの背中がギュウゥッ、と反り返る。すぐに身体を  
伸ばして脱力するかおるから、みやこは一歩退いた。  
 今。かおるは何を言おうとしたのか。  
 もっと? いや、未知なる快感の極みに嫌悪や恐怖を抱いているかおるに、それはあり得ない。  
 もう嫌だ? もうやめて? それが順当なところだろう。  
 或いはただの喘ぎ声で、そもそもが言葉ではなかったのかもしれない。  
 だが。もしも。  
 ももこ――だったとしたら?  
「………ふ」  
 脳裏を分厚く覆っていた淫蕩の靄が、急速に掻き消えて行く。笑いが込み上げるのは何も可笑しい  
からだとは限らない事を、みやこは初めて自覚した。  
 果てさせられる寸前で放置され、かおるは胸を大きく上下させて息を吐いている。その姿を見下ろし  
ながら、暫し立ち尽くす。  
「……そんなにわたしが嫌なんですかぁ? かおるさぁん……」  
 躊躇う気持ちが消えていく。  
 かおるはもう、自分のものだ。抗う力も奪われて、半裸を晒して。下着だってもうグチャグチャだ。こうも  
蹂躙を加えたものが、自分のものでない筈がない。  
 ならば、何をしたっていい。自分のものをどう扱おうが勝手だ。  
 そして、奪うべきものはまだまだ残されている。  
 このまま強制的に絶頂に引っ張り上げられるのは、苦痛だろう。主義も誇りも踏み躙られたその瞬間、  
どんなふうに身体を捩り、どんな声で鳴くのだろうか。その恥辱の様を愉しませてもらうのもいい。  
 それとも。  
 ――指を三本、揃えてみる。  
 かおるの愛液で、てらてらと光る指先。  
 まるで刃のようだ。  
 揃えたままの指を、再び下着の中に潜り込ませる。膜とは名ばかりの、柔肉の狭間に指先が届いた。  
しっかりと破ってしまえば、その先、自然に再生する事はないと言う。  
 こんなものでも、世間では純潔の証として通用する。  
 ――ならば、これも奪ってしまえ。  
 指先はそのまま、上体を伸ばしてかおるの顔に近付く。“その瞬間”に上げるであろう叫びを、最も間近で  
身に浴びたい。  
「かおるさん……」  
 自分でも聞いた事のないような、低い声が出た。震える指先に、力を込める。  
   
 これで。  
 この指で。  
 一生消えない、疵跡を。  
   
「みやこ……」  
「――!」  
 不意に呼ばれ、ギクリと身が竦む。いつの間にか閉じてしまっていた目を開くと、かおると目が合った。  
 タオルで手早く覆っただけの目隠しが、自然に解けてしまったようだ。涙に濡れた瞳が、片方だけ  
覗いている。  
「か――」  
 呼びかけようとして、声が止まる。恐怖や恥辱と同時に襲い来る途方もない未知の快悦に、かおるは  
一時的な意識崩壊を起こしているようだ。視線は重なっていても、ものが見えているようには思えない。  
 だが、そんな極致にありながら、かおるは。  
「みやこぉ……」  
「え……?」   
 微かに。  
 笑った。  
 
急速に、視界が滲む。瞬く間もなく涙が溢れ、かおるの顔が見えなくなる。  
 名前を呼んでくれたのは、ただのうわ言なのかもしれない。  
 笑ってくれたのは、ただそう見えただけかもしれない。  
 だけど、もし。もしも。  
「……かおる…さん…」  
 だからみやこは、一番優しい方法をとる事にした。  
「……大丈夫…大丈夫ですよ……かおるさん」  
 かおるの首筋に顔を埋める。その重みと温もりに安堵したように、かおるが浅い溜息を吐いた。  
「怖い事なんてないです……わたしも、ももこさんも、している事なんですから……」  
 鉄片のように凝り固まっていた指を解し、一本だけ、そっと潜り込ませた。かおるの内部を、優しく、  
優しく、ゆっくりと撫でる。  
 不安げな響きの消えたかおるの声が、再び昂ぶっていく。それに合わせるように、更に優しい愛撫。  
「かおるさん……かおるさん……」  
 もう聞こえてはいないだろう。それでも、少しでもかおるが安心できるようにと、耳元で呼び続ける。  
涙が止まらなくなった目の中に、先程のかおるの笑みが浮かんだ。  
 辱められ、苛まれ、混濁した意識の中で。  
 それでも、自分を見て。笑いかけてくれたのなら。  
 もう、それで。それだけで、いい。  
 ただ――少しだけ、意地悪を。  
「かおるさん……かおるさんは……ももこさんが、好きなんですよね…?」  
 指の動きを止めずに、囁きかける。  
 初めて、好きになったのも。  
 初めて、キスをしたのも。  
 初めて、裸を見せたのも。  
 初めて、奥深くに触れたのも。  
 初めて、感じたのも。  
 全部、全部ももこさんで。  
 でも。  
「――でも、これだけは、わたしです」  
 生まれて初めて、かおるを絶頂に導くのは。  
「わたしです。わたしが初めて……かおるさんを……」  
 無意味な意地だ。かおるの耳に届きもしない、無為なだけの独り言。そう思った。  
 だが。  
「…………うん……」  
 締まりのない喘ぎ声とは異なる、かおるの呟き。  
「……うん…は、はじめ…て……」  
 かおるの背が次第に反り返る。指が痛い程に締め付けられる。  
「みやこが…ぁ、はじめ…てッ……」  
 びくびくと、痙攣が始まる。  
「んみッ、みやこがァ…あ、あ、はじめて……お、おれ…おれのッ、はじめてぇぇぇぇぇッ!!」  
 明確な意思を込められた言葉の最後が、細長い絶叫になった。跳ねる身体を押さえつけ、みやこは  
精一杯の力でかおるを抱き締める。  
 この恐るべき瞬間にも一緒にいる、と安心させるためではなく。  
 ただ、離されたくなかった。  
   
   
 抱き締めていた身体の痙攣が治まり、呼吸が穏やかなものになって、みやこはようやく顔を上げた。  
 嵐のような絶頂が身体を突き抜けた後、かおるはそのまま気を失うように寝入っていた。みやこは  
暫し立ち尽くし、呆然とその姿を眺める。  
 右手と左脚のギブスが痛ましい。なのに、その手足は縛り付けられている。  
 ボタンのないシャツ。如何にもかおるらしい厚手のスポーツショーツ。それから、かおる自身も。  
 汗と涙と、唾液と愛液とに塗れている。  
 ――これが、かおる。  
 女の子であるがために自身を悩み、その場所から少しでも離れていたかった少女の、成れの果て。  
 何と無残な姿だろう。  
 身体が震えた。再び涙が止まらなくなる。掻き毟るように、みやこは己が目を覆った。  
   
 今更嘆いても、もう遅い。  
 全て自分で――やった事。  
   
 
今日、かおるが登校を再開する。そう聞いた。  
 足取りが重い。学校を休んでしまいたかったが、そうもいかない。それは多分、あらゆる選択の中で  
最も無意味なものに思えた。だから、歩く。  
 あの日以来、かおると顔を合わせてはいなかった。どう謝っても許されはしないだろうし、如何なる  
理由があっても許されるべきではない事をしたのだ。合わせる顔などあるものか。  
 だからと言って、それで実際に会って弁解もしないというのは最悪の選択なのだが、どう身を振り  
絞っても勇気の欠片も湧いて来ず、結局、ズルズルと機会を失い、今日という日が来てしまった。  
 俯いていた顔を上げると、少し離れたところに、同じように学校に向かうかおるが見えた。その姿が  
振り向きそうになり、みやこは咄嗟に道を外れた。何かの工事予定のまま放置されている、背の高い  
雑草の茂った空き地に身を隠す。  
 ――どうしよう。  
 どうしようもない。こうして雑草の中に身を潜め、かおるに会うのを引き伸ばしてどうする。  
結局はこのまま学校に行くしかないのだ。  
 解かっている。解かっているが、身体が動かない。すると。  
「――みやこ?」  
「ひっ!?」  
 背後から声をかけられ、凝固する。声の主が誰か、などと考える余地もない。  
「…ああ、よかった。いやー、振り向いたらみやこが隠れたから、戻って来たんだけど……こんな草むらで  
しゃがんでるから、ひょっとして声かけちゃいけないタイミングなんじゃないかと思っちまったぞ」  
「……わたし、お外でおトイレなんてしませんわ」  
 ももこさんじゃあるまいし、と膨れた。そうではない、そんな事より、と気ばかりが逸り、立ち上がる事も  
振り向く事も出来ない。  
「……元気か?」  
 探るような、かおるの声。  
「ほら、お前……あの後一度も来なかったからさ。何かあったのかな、って……」  
 とんでもない事があった。かおるはその被害者だ。  
「あー、そういやさ、あの後結構大変だったんだぞ? お前、紐解いただけで帰っちゃうから。俺もう目が  
覚めてから後始末したり誤魔化したりで苦労したぜ。シャツとかさ。あれなら素っ裸にされてた方がまだ  
マシだったかもなー」  
「…………ごめんなさい」  
 やっと、それだけ呟いた。  
 どうしてあんなを事したのか、自分でも解からない。いや、理由も動機もハッキリしているが、今まで  
我慢出来ていた事が、何故あの日に限って耐えられなかったのかが解からない。キレてしまった、では  
言い訳にもならないだろう。  
「なあ、行こうぜ?」  
「……でも〜」  
「デモもストもあるかよ。ほら、行くぞ?」  
「……お先に行って下さい…」  
「俺はお前と一緒に行きたいんだよ。立てよ、ほら」  
 口調は雑だが、声に親しげな笑みが含まれている。それが、かえってみやこの胸に重い。  
 許さないで欲しい。許されない事をしたのだから、許されてはいけない。  
 少しの間、そのままでいた。重々しい溜息が聞こえ、くしゃくしゃと髪を掻き毟るような音がした。  
そのまま立ち去る、みやこはそう思ったが。  
 
「なあ、みやこ」  
 肩に手が置かれた。声がずっと近い。どうやらかおるも背後にしゃがみ込んだらしい。  
「…なァ〜んか意外だなぁ。俺てっきり、“あら、かおるさん、今日も大変良いお日柄ですわ〜”とか  
平気な顔して言って来ると思ってたのに」  
 自分はそんなに非道な女だろうか。かおるが言うなら、そうなのかもしれないが。  
「そんな事、出来ません。出来ないだけの事を、しました」  
 そうだ。  
 汚した。  
 辱めた。  
 裏切った。  
 幾らかおる自身が許しても、それで済ませるわけには行かない。  
 再び、暫しの無言。すぐ側の通学路から、生徒達の無邪気な会話が聞こえて来る。  
「……あの日の、事だけどさ…」  
 かおるが口火を切った。  
「そのぉ……ええぃ、言っちまえ!」  
 もう一方の肩にも、手が置かれた。  
「あのな、言うぞ? その――」  
 来た。ついに。みやこはむしろ、静かな気持ちで言葉の続き待った。どれだけの痛罵をかおるから  
浴びせられようとも、それらを全て身に受ける責務がある。  
「――そのな、俺……キモチよかった」  
「…………えっ?」  
 一瞬、聞き間違いかと思った。が、その逡巡が治まらない内に、なおもかおるは続ける。  
「ほら、あの、なあ? イク…ってのか? アレ凄かったなー。頭ン中真っ白。気絶するよな、そりゃ」  
「……え、あの――」  
「それにさ、アレから毎日、俺……ほら、なんだっけ? あの、自分で自分の触ったりするヤツ」  
「…自慰、ですか?」  
「オナ――え? そう、それ。うん。何回もした。って言うか、今までもたま〜にヤッてたし……」  
 堰が壊れたように、上ずった声で捲くし立てるかおる。何事が起こっているのか、みやこには判断  
つかない。かおるの口から出るような台詞ではない筈だ。  
「でも、やっぱ違うな。全然違う」  
 背後からそっと、両腕が回される。耳元で、かおるの囁き声。  
「みやこにされた時の方が、ずっと――キモチいいよ」  
「……か、かおるさん…」  
 かおるの顔が離れた。が、手は未だ両肩の上に置かれている。  
「だ、だからさ。みやこがもし――もしも、だぞ? この前の事で俺を傷つけたとか、汚したとか、  
そういう事を気にしてるンだったら、俺全然平気だし――」  
 ――ああ。  
 瞬間、泣き出しそうになり、みやこはギュッと目を瞑る。  
 
 傷つけられ、汚されて。  
 怒って。泣いて。  
 そうして得た結論は、“受け入れる”という事。  
 その上で更に恥を負い、己を曲げる発言をも厭わず、自分の暴挙を肯定して見せてくれる。  
 傷付いてないし、汚されたとも思わない。俺は大丈夫だから、気にするな。  
 そう、言ってくれている。  
 ――もう、ダメだ。この包容力に、逆らえる筈がない。  
「かおるさん……」  
 くるり、と身体の向きを返した。真っ赤な顔をしたかおるを見つめる。  
「俺だってその、そういう事するのも別に――」  
「かおるさぁん!」  
「――って、うあッ!?」  
 肉食獣のように飛び掛り、勢いを受け止めきれずに転倒したかおるを組み敷いた。草むらに押し倒され  
一瞬だけ驚きの表情を見せた後、その顔を緩ませてかおるは苦笑う。  
「…た、立ち直り早ぁ〜」  
「かおるさん、いいんですか? 本当にいいんですか!?」  
 この想いは、異常だ。そして今回の事は、かおるを諦める唯一の機会だったのかもしれない。  
 今ここで、受け入れられたなら。もう二度と、想いを断ち切れない。  
 かおるが自分の事を嫌いになっても。かおるが他の誰かを愛しても。  
 いつまでも、付き纏う。  
 絶対に、絶対に離れない。  
「みやここそ、いいのかよ…?」  
 笑顔を僅かに曇らせて、かおるは目を伏せた。  
「俺、多分、諦められないと思う。ももこの――」  
「いいんです」  
 かおるの唇をそっと押さえて、その言葉を遮る。  
 いつか、今よりもっと。誰かが悲しい思いをするだろう。  
 三人の内の誰かが。或いは、誰もが。  
 でも、それはもう関係ない。  
 かおると一緒にいる。かおるの側で生きる。  
 その他の事は、どうでもいい。  
 どうでも、いい。  
 気が付けば、通学路を歩く人々の声が消えていた。遠く、学校の予鈴らしきチャイムが響く。だが、  
かおるは起き上がろうとしない。だからみやこも、そのままでかおるを見つめた。両手でかおるの腕を  
なぞり、手指を絡ませ、顔をゆっくりと近づけて――。  
「――あ」  
 不意にある事に気付き、寸前まで迫った接吻を止める。目を薄め、控えめに開いた唇から小さく舌を  
覗かせていたかおるが、慌てて取り繕うように口を閉じた。  
「かおるさん。わたし、大切な事を言い忘れていました〜」  
 そうだ。最初に言っておかなければならない事だったのだが。  
「聞いて下さい。かおるさん――」  
 笑顔で告げたかったのだが、上手く笑えない。ドキドキと、息が苦しくなる。  
「好きです」  
 やっと、そう告げた瞬間。悲しくもないのに涙が滲んだ。  
「……そっか。そういやぁ、まだ言われてなかったっけ…」  
 かおるの、呆気にとられたような顔。  
「何か……順番メチャクチャだな、俺達」  
 表情を徐々に改めながら真っ直ぐ見上げるかおるの瞳にも、じわりと涙が浮かぶ。  
「うん……俺も」  
 頬を赤く染めながら目を細め、少しだけ首を傾げるようにして。  
「俺もだよ、みやこ」  
 かおるが。  
 笑った。  
                                                 終わり  
 

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