「お、オナニー!?」  
 うっかり声を上げてしまった己の口を慌てて押さえる。  
「いやですわ、そんな大声で〜」  
「かおる、やーらしい」  
「う、うっせぇな! お前らも言ってただろッ!?」  
 二人して何を話しているのかと思い訊いてみれば、よりによってそんな話だったとは。  
「ったく、ヘンタイかお前ら」  
「なによぉ。人のナイショ話に頭突っ込んどいてそんないい方しないでよね」  
「そうですわ〜! ヘンタイだなんて、ショックです〜」  
 いつもの研究所の一室。他に誰もいないのをいい事に、ももことみやこはかなり秘めやかな話題に  
興じていたらしい。そんな事なら関わったりするんじゃなかった、とかおるはため息を吐いた。  
「わざわざ訊いた俺が馬鹿だったぜ」  
「でも〜…」  
 意味深な、そしてある種の熱を込めた視線でみやこが言いすがる。  
「誰でもしている事ですのに〜」  
「そうそう、そうやって気取ってるけど、かおるも実はけっこう…」  
「やってねぇよ、んな事」  
 みやこの言葉に無責任に同調するももこから顔を背ける。ももこのいやらしい笑い顔はかおるにとって  
見るに耐えないものの一つだ。  
「したことないの? ほんとにぃ〜?」  
「ねぇっつってんだろが」  
「あ、ひょっとしてやり方しらないとか? なんならあたしが教えてあげよっかなぁ?」  
「余計なお世話だ」  
「いーじゃない、手取り足取りやさしく教えてあげ――」  
「触んな! 最近何だかヤラしいんだよお前は!」  
 わきわきと手を両手を伸ばして来たももこを蹴りで撃退し、じっと見つめて来るみやこを睨み返す。  
「何だよ、みやこまで。俺はお前らと違ってそんな暇は無いんだよ。ただでさえ体力使ってんのに」  
「いえ〜、わたしはただ、今夜のためにイメージを固めてるだけですわ〜」  
「…はぁ?」  
 そう言って更にこちらの顔を凝視してくるみやこの事は良く解からないが、これ以上ここに留まると  
ももこが非常に鬱陶しい。今日のところは一足先に帰宅する事にした。  
「してる時に意外な人が思い浮かんだりするとなんだか焦るのよねー」  
「でもキモチ良過ぎるのも考えものですわ〜」   
 尚も続く恥らいつつも楽しげな会話を背で聞き流しながら、かおるは部屋を後にした。  
 
自室のベッドの中。なかなか寝付けず、かおるはただいたずらに寝返りを繰り返していた。  
(…ったく、ももこのバカは…)  
 日中のももこ達の話を思い出す度、身体の何処かがモヤモヤしてしまう。腹立たしいような、  
それでいて恥ずかしいような奇妙な感覚。  
(何がやさしく教えてあげる、だよ)  
 下着の中に手を差し入れ、手のひらでそっと押さえてみる。誰でもしている事だと言われた通り、確かに  
自分にその経験がまったく無いというわけでもなかった。  
(そりゃあ…キモチよくないわけじゃないけどさ…)  
 自分の身体を自分で弄くって、それで気持ち良かったからといって、それが一体何だというのだろうか。  
こんな事で人の気持ちを掻き乱さないで欲しいものだ。  
 胸中で愚痴りながら、触れている手を太ももで挟み込んだ。その圧力で指先が少しだけ中に潜り込み、  
身体全体がビクン、と反応する。  
(……ももこは…)  
 さんざん人をからかってくれたももこ本人は、今頃どうしているだろう。まだ起きているだろうか。  
(…ももこの髪って…)  
 以前。偶然ながら、あの長くて綺麗な髪に顔を撫でられた事があった。何かとてもいい香りがしたのを  
今もはっきりと覚えている。  
(…ももこの手…何で、あんなに…)  
 ももこに手を握られる度に思う。どうしてこの手はこんなに暖かいのだろうか。  
(…もも…こ…)  
 今日、“教えてあげる”と言いつつ伸ばして来た手。一体、何処に触れるつもりだったのだろう。  
 荒く聞こえる息遣いが自分のものである事に気付いた。手を伸ばした先、入浴やトイレ以外では滅多に  
触れないそこから、クチュ、と粘り気のある水音が微かに聞こえて来る。  
 もし、この指が。当たり前の、己のものでは無かったら。  
(…も…ももこの……ももこの…ゆび…)  
 勝手に出そうになる声を抑えるために今きつく抱きしめているものが、枕などでは無かったとしたら。  
(ももこ…!)  
 ももこの声。ももこの息。ももこの匂い。ももこの、ももこの、ももこの――  
「…もッ、もも…こ……ぁあッ…!」  
 実際に口に出してももこの名を呟いた途端、自分でも思いもよらない大声が出そうになった。瞬間、  
最大限の忍耐を振り絞り、己の意思を無視して蠢き続けた指を太ももの間から引き抜く。  
「あ…くぅッ……ぅ…………はぁッ……は…ぁ…」  
 何か、とてつもない何かが込み上げる寸前だった。それは何故かおぞましいものだったように感じる。  
深呼吸をし、身体が静まるのを待つのにしばらくの間が必要だった。  
「…あ〜あっと。シャワーでも浴び直すとすっかなぁ…」  
 ベッドから起き上がり、独り言を言ってみた。大丈夫、いつもの調子の自分の声だ。  
 部屋の照明を点け、手を見た。指がぬるぬると濡れている。  
「…ももこ、もう寝ちゃったかな…」  
 薄い粘液を弄びながら、何となく呟く。  
 気持ち良かった。噂に聞くような“イく”という事は良く解からないが、それでも、信じられない程の  
悦楽の残滓が、今もなお身体の奥底を突き回っているようだ。  
 それ故に。激しい羞恥と自己嫌悪、己の、女の身体に対する呪いのような思いで一杯になる。  
 頭の中も。胸の中も。  
 
「おっはよー! かおるー!」  
 通学路の途中、背後からの声にギクリと身が竦む。声の主は解かっている。だからこそ振り向けない。  
「……」  
「…かおる?」  
 どう反応して良いやら解からずに固まっていると、不意に背後から抱きつかれた。身体の前に回された  
腕の温もりと首筋に当たる息遣いに、かおるは己の体温が急上昇するのを感じた。  
「…ひょっとして、昨日のこと…まだ怒ってる?」  
「いや、別に怒ってねぇけど?」  
「じゃあなんでコッチむいてくんないのよぅ」  
「別に理由はねぇって。放せよ!」  
 拗ねたような声を出すももこの腕を振り払い、かおるは猛然と走り出した。  
「あー! やっぱ怒ってるんでしょー!? あやまるから! あやまるから待ってよぉー!」  
 後を追ってくるももこの声が次第に遠くなる。振り切るまで走るなら、後で謝らなければならないのは  
自分の方だろう。だが、今は。  
「かおるー! かおるってばーッ! かーおーるーッ!」  
 お願いだから呼ばないで欲しい。その声で。そんな必死に、求める声で。  
 思い出してしまう。昨日の夜の、あの感じを。  
 だから。今の自分の顔だけは。  
 絶対に、見せられない。  
                                                終わり  
 

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