いつのまにやら桜も散り、目にまぶしい新緑の季節を迎えた東京シティ。朝の中学校は  
連休明けの眠い目をこすりながら登校する生徒たちで久々のにぎわいをみせていた。  
 そんな中、丸いメガネを光らせ鋭い視線で獲物を狙うひとりの男が。  
 彼の名はジェシー・木戸。覚えている方は少ないかもしれないが学校きっての報道屋、  
日夜スクープを求めてシャッターを切る気鋭の新聞部員だ。  
 ジェシーが校門で今か今かと待っているのは、豪徳寺みやこその人である。  
 彼女に会って確かめねばならぬことがある。ICレコーダーを持つ右手に汗がにじんだ。  
「豪徳寺さん!」  
 おおよそ予想通りの時刻にみやこは登校してきた。ごくりと唾をのんで駆け寄ると、  
ジェシーに気づいた彼女がいつもどおりの巻き毛を揺らしてほほ笑んだ。  
 フローラルフルーティのおだやかな香りが鼻をくすぐった。  
「おはようございます」  
「あっ、おはようございます。豪徳寺さん、新聞部のインタビューちょっといいですか」  
 突然の申し出にみやこはすこし驚いて、  
「えっ、はい、なんですか」  
 もともと丸い目を丸くして立ち止まった。  
 ジェシーは大きく息を吸うと、意を決して一気に質問をぶつけた。  
「豪徳寺さんの一部分がけっこう臭いというのは本当でしょうか」  
「えっ」  
「豪徳寺さんの一部分がけっこう臭いというのは本当でしょうか」  
「な……なんの話ですか」  
「ネットで噂になっているんですよ、豪徳寺さんの一部分が」  
「ええと……臭くないと思います」  
「一部分というのは具体的にどこなんでしょうか」  
「わかりません」  
「豪徳寺さんの臭い一部分というのは具体的にどこなんでしょうか」  
「臭くないと……思いますけど」  
「そうですよね、こんなにいい香りがしているのに」  
「ありがとうございます」  
「でも一部分は臭いんですよね」  
「臭くないです」  
「どこも臭くないんですか」  
「どこも臭くない……と思います」  
「全部確かめたわけではないんですか」  
「全部は……確かめて……」  
「ないんですか」  
「ないです……」  
「なら一部分がけっこう臭い可能性はなきにしもあらずですか」  
「かもしれません……」  
「その豪徳寺さんの臭い一部分というのは具体的にどこなんでしょうか」  
「わかりません……」  
「ではちょっと確かめてもらえませんか」  
「確かめる」  
「けっこう臭い可能性のある一部分を確かめてもらえませんか」  
「どうやって……」  
「手でさわって、その手のにおいをかいでみるといいと思います」  
「でも……みんな見てます」  
「なんなら僕が直接確かめましょうか」  
「そ、それは」  
「なんなら僕が直接確かめましょうね」  
「あっ、ちょっと……あっ」  
 
 始業前の校門に、無惨にもジェシーの肢体が投げ出されたように転がっていた。  
「なにが無惨だっ、朝から女子のスカートに頭つっこんで何やってんだ!」  
 危機一髪、松原かおる渾身のかかと落としが炸裂したのである。  
「かぁ、かおるさぁんん」  
「大丈夫かみやこ」  
 みやこが泣きそうになりながらかおるの右腕にしがみついた。  
 ジェシーは自分の頭ほどもあるタンコブをつくって、ジャーナリズムがどうとか  
号外がどうとかうわ言をいっている。おそらく再起不能だろう。  
「ったく、セクハラ野郎め」  
「かおるさんが来てくれなかったらどうなってたか……」  
「無事でよかったよ。もう行こうぜ」  
 くっついたままで歩き出すふたり。  
 教室への道すがら、かおるがぽつりと切り出した。  
「ところでさあ」  
「はい」  
「みやこ、まんこ臭いってほんとか?」  
「えっ」  
「いやなんか噂になってんだよネットで」  
「ひっ……ひどいですわ……」  
「あっいやいやゴメン、そんなわけねえよな」  
「……かおるさんはその方が好みですか?」  
「えーっと……」  
「確かめて……みます?」  
 みやこのうるんだ瞳から目をそらして、かおるはアハハハと笑った。  
 一方遅刻寸前のももこはヒイヒイ言いながら走っていた。  
 
(おわり)  
 

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