〜 『 希望の花言葉 』 〜  
 
 
「んー、まーだっかなぁ、まーだっかなぁーっと」  
 夜も更けた頃。パジャマ姿ののぞみがベッドに腰掛け、手持ち無沙汰に足をぶらぶらさ  
せている。  
「遅いなぁー、早く来ないかなぁ……」  
「……来たぜ」  
 うーんと伸びをして、のぞみがベッドに寝転がろうと体勢を崩しかけたその時に、声。  
「って、うぉぁーーっ! ち、ちょっと! シロップ! 乙女の部屋にノックも無しに入っ  
てくるなんて非常識でしょ!」  
 わたわたーと手足をばたつかせ、コケかかる身体をなんとか保ち、のぞみは怒声を上げる。  
「お前が頼みがある、って呼んだんだだろうが!」  
「ドアか窓から一声かけて入ってくるのが常識でしょうが、いきなり部屋の中って何よ!」  
 窓からが常識かどうかという問題はさておき、まくしたてるのぞみにただでさえ仏頂面  
のシロップの顔が段々と怒りに代わる。  
「だー! うるさーい! 呼ばれたから来たんだぞこっちは! 怒鳴るだけで用が無いな  
ら帰るっ! さっきもミルクからの手紙を大量に届けたばっかりで疲れてるんだよ俺はっ!」  
「うわぁぁぁっ! だめだめだめっ! 待って待ってっ!」  
 踵を返し、窓を開けようかとするシロップの服を、のぞみは慌てて引っ掴む。  
 
「あー、もう、離せよ。だから頼みって何だよ!」  
 のぞみの手を振り解くと、シロップは頭を掻きながらどかっと床にあぐらをかく。  
「うふふーん、それなんだけどね」  
 シロップの前に爪先立ちの正座をすると、のぞみはずぃぃーっとシロップに顔を近づけ  
る。20cmもないだろう距離に詰め寄られ、シロップは思わずうっと呻く。その視線と、  
それから薄手のパジャマの隙間から覗く胸元の地肌の肌色に。  
 
 と、やおらのぞみはパン、と両手を合わせ、シロップに深々と頭を下げる。  
 
「お願いっ! パルミエ王国に行く方法を教えてっ!」  
「はぁっ!? パルミエ王国ぅ?」  
 
 眉をひそめ、思わず聞き返すシロップに、のぞみは笑顔で顔を上げる。  
「うんっ! どうやったらパルミエ王国に行けるか教えて、ね、お願〜い、シロップぅ〜」  
 しなを作るのぞみ(と、身体を揺らすたびに見える範囲が広がる胸元の肌)に思わず顔  
を赤くしながらシロップは必死に視線を外し、上半身だけで逃げようとする。  
「なっ、なんでそんなこと聞くんだよ」  
「だぁーって、シロップがココに手紙届けるのイヤだって言うから、仕方なく別の方法を  
考えたんじゃない」  
「別の、方法?……」  
「シロップ、手紙を手を届けられるってことは、勿論パルミエ王国に行けるし、行く方法  
を知ってる、ってことだよね? 実際この前みんなをパルミエに連れてってくれたし」  
「そりゃ、まぁ……行けないと届けることなんか出来ないからな」  
「だーかーら。私が自分でパルミエ王国に行ければシロップに頼まなくてもココに手紙を  
届けられるじゃない! それにぃ、届けるだけじゃなくってぇ、ココに会うこともできる  
しぃー。えへへー、わったしってばあったまいい〜♪」  
 と、天高くVサインを作るのぞみをシロップは鼻で笑う。  
 
「くっだらねぇ、大体届けるもなにも今あいつはこの世界にいるじゃないか、歩いていっ  
て直接手渡せばいいだけだろうが」  
 
 満面笑顔ののぞみの顔から、シロップの一言で一瞬にして笑みが消える。  
「……今は……いいよ……」  
(えっ!?)  
 ハイテンションの局地から一転してぺたんと女の子座りで床にへたり込んでしまうのぞみ  
に、内心シロップは焦る。そしてシロップが何か言う前にのぞみから小さな声。  
 
「ココが居なくなってから……すっごく寂しかったんだよ……りんちゃんとか、皆と一緒に  
居るときは、それでもまだ、がんばって我慢してたんだ……でも、ね……1人の時とか……  
ベッドに入った後とか……すっごくすっごく寂しかった……何度も何度も泣いちゃったんだ  
……そして……また……逢えた……」  
「のぞみ……」  
「今は……いいんだよ、会いたくなったら会えるんだから……  
 でも、いつかまた、ココはパルミエ王国に帰っちゃう。私を置いて、帰っちゃうんだ……  
そしたら、またあんな寂しい夜が来るんだよ? 泣いても泣いても、どんなに泣いたって、  
どんなに会いたいって思ったってココには会えないんだよ?  
 私……イヤだよ、せっかく会えたのに、なんでまたあんな思いをしなきゃいけないの?  
どうして私ココとずっと一緒に居られないの?  
 ……私がココを好きになることって、そんなに……いけないことなのかな?」  
 
 うつむくのぞみの顔は、シロップからは見えない。  
 それでも、今にも泣き出しそうな顔をしているのは間違いないだろう。  
 だがシロップにできることは、立ち上がり、のぞみを慰めることではなく。ただ固く両  
の手を握り締め、歯噛みすることだけ。  
 ぎりぎりのところで泣くのだけは堪えるのぞみも、それ以上のことをすることができず、  
シロップと同じくただ両手を固く握り締めていた。  
 
 時計の秒針の音だけがしばらくの間部屋の中を支配し、ようやくの後、シロップが口を  
開く。  
 
「……それで自分でパルミエ王国に行ける方法、か……」  
 小さな頷きだけで肯定を示すのぞみの頭をシロップは見つめ、思いを馳せる。  
 
 次元を抜けるのは自分の特異な能力であり、ただの人間であるのぞみにそれができると  
は到底思えない。  
 よしんばプリキュアの聖なる力でそれが可能であったとしても、私利私欲のためにそれ  
を行うほど、目の前の少女は愚かではないだろう。そんな人間であればそもそもプリキュ  
アとして選ばれることなどないはずだ。  
 さらにこれまでの彼らとの会話で、おそらくココやナッツがパルミエに帰ると同時に、  
プリキュアの力も彼女達から離れるのであろう。初めてエターナルのスコルプと遭遇した際  
の会話で、のぞみ達が「新しい力」や「またプリキュアに……」と言っていたのはそうい  
う意味なのであろうとシロップは解釈する。  
 
 だから彼はこう告げるしかなかった。  
 
「……無理だ……」  
「えっ!?」  
 
 顔を上げたのぞみとまともに視線がぶつかる。ぎりぎりまで潤んだその瞳に、シロップ  
は耐え切れず視線を外す。  
「お前じゃパルミエには行けない。次元の壁を超える力はそうそう誰にでも扱える力じゃ  
ないんだ……」  
「そん、な……」  
 
 ぽつん、とカーペットに小さな音と黒い染み。  
 その音にびくりとのぞみを振り向いたシロップに、ついにのぞみの瞳から決壊した涙の  
雫の第2陣が床に落ち、小さな染みをさらに広げる。  
「なっ! 泣くなよっ! 無理なものは無理なんだから!」  
「だっ、て……うぐっ……ココと……ひぐっ、だって……」  
 
 シロップはココが嫌いであった。  
 
 元々の理由に加え、今、目の前の少女を、のぞみを泣かせている原因がココであること  
に、歯噛みするほどの憎しみが生まれる。  
 
 ちりちりと胸の奥に不愉快な痛みを感じながら……そして……  
 
 
「……でも、無いわけじゃないぜ」  
 
 
「えっ?!」  
 顔を上げたのぞみと目を合わせながら、シロップは自分の内に黒いものが湧き上がっ  
てくるのを感じる。  
 次に吐く言葉を「止めようとする自分」は、とうの昔に自分の中から消えうせていた。  
 
 彼女を騙し、自分のものとする選択を、シロップは自ら選ぶ。  
 
「パルミエには行けないけど、他の方法なら、あるぜ」  
「ほんとに?! ほんとにほんとにほんとに?! ココに手紙送れる? 姿を見れる?  
それとも会える?」  
「ま、そういうんじゃないけどな、そういう心配をしなくて済む方法、ってとこだな」  
「うんうんうんっ! それでもいいよ! それでもいいから教えてっ! 教えて教えて教  
えて教えてお願いシロップ! 教えてくれるなら私何でもするからっ!」  
(……かかった)  
 待ち望んだ一言に、シロップは胸の内で黒い笑みを作る。  
「……ほんとに何でもするか?」  
「うんうんうんっ! 私でできることならなーんでも言って!」  
 忙しいほど激しく首を振るのぞみ、が、次のシロップの言葉に一瞬で硬直する。  
 
 
 
「じゃぁ、服、脱げよ」  
 
 
 
「……………………………………へっ?!」  
 
 聞き間違い。  
 のぞみの脳は、まずそう判断した。  
 いくらなんでもあのシロップが自分にそんなことを言うはずがない  
 いくら目の前の少年が……  
 ……今まで見たことも無い歪んだ笑みで自分を見つめているとしても……  
 
「あ、あははー、や、やだなぁ、き、聞き間違えちゃったぁ、ふ、服脱げとか聞こえちゃっ  
たよ、ごめんごめん、も、もう1回言って、シロップ」  
「……そう言ったんだよ」  
 シロップの暗い声がのぞみの耳の奥に響く。  
 
「……そういう冗談は止めて」  
 
 瞬時に真顔に戻り、怒りさえ込めた目と声でシロップを睨みつけるのぞみ。  
 だがシロップは怯んだ様子すらない。それどころか、そうか、と呟いて立ち上がる。  
「じゃぁこの話は無しだな。おやすみ、のぞみ」  
「えっ!? ま、待ってよ!」  
 まさか出て行くとは思っておらず、慌ててのぞみは腕を掴んでシロップを引き止めるが、  
シロップはのぞみの手を迷惑そうに振り解く。  
「なんだよ、イヤなんだろ? 脱ぐの。じゃぁ俺の知ってることは教えてやれない、それ  
だけだ」  
 シロップの言葉に、のぞみは胸で胸元を隠すようにしてうつむく。  
 見えないのをいいことに口元を歪め、わざとおどけた口調でシロップは言葉を続ける。  
「今会えるんだからいいじゃないか、今のうちにココと精一杯思い出を作っておけよ。そ  
のうち会いたくても会えなくなるんだからな」  
 その言葉にびくりと肩を震わせ、のぞみは身を縮こまらせる。  
 
「じゃぁな」  
 
 言って、1歩、2歩、ゆっくりと窓に向け歩を進めるシロップ。  
 窓に手をかけ、のぞみの方を見ないまま、  
 
「……おやすみ、のぞ「待って!」  
 
 ニッと唇の端を吊り上げると、シロップはのぞみを振り返る。  
「……その気になったか?」  
「……脱いだら……その方法、教えてくるんだよね?……」  
「ま、のぞみ次第、ってとこだな」  
「……」  
「……どうする?」  
 
(……ココ…………ごめんなさい、ココ……)  
 
 ゆっくりと頷いたのぞみの前に、満足そうな笑みを浮かべたシロップが再び腰を下ろした。  
 
− 〜 − 〜 − 〜 −  
 
 床にあぐらをかき、にやにやと薄笑いを浮かべながら、シロップはのぞみを急かす。  
「ほら、早く脱いでくれよ。俺女の子の裸って見たこと無いから早く見たいんだよ」  
「……」  
 
 うつむいてシロップの前に立ち、振るえる手で、のぞみはゆっくりと、パジャマの一番  
上のボタンに手をかける。それでもそう易々と外せるものではない。  
「なんだよ、自分でできないのか? 俺がやってやろうか?」  
「来ないで! ……自分で……やるわよ……」  
 手を伸ばして立ち上がりかけるシロップをのぞみは一喝する。  
「まぁいいさ。じゃぁ手早く頼むぜ、の・ぞ・み」  
 のぞみはキッとシロップを睨みつけるも、シロップのにやにや笑いは止まらない。  
 唇をかみ締め、視線をシロップから外すと、のぞみは、一つ、また一つと、パジャマの  
ボタンを外し始めた。  
 
 一番下のボタンを外すと、はらり、とパジャマの合わせが支えを失い垂れ下がる。  
 のぞみは振るえる手を握り締め、腕を下ろした。  
「何してんだよ、ボタン外しただけか? 早く脱げよ」  
 シロップの言葉にのぞみは身体中を震わせながら、パジャマの合わせに両手をかけ、数  
秒の迷いの後、パジャマの上着を肩から外す。  
 横を向き、せめてこの瞬間だけでもシロップの視線から逃れるように、のぞみはパジャ  
マの袖から腕を抜く。  
 そして手を離すと、当たり前のようにパジャマは重力に引かれ、床に落ちる。  
 それを見てはっと両手で胸を隠し、シロップを盗み見るのぞみ。  
「何してるんだ、手どけろよ、見えないだろ」  
 無慈悲な言葉に、頬を伝う涙の感触を感じながら、のぞみは手を下ろし、シロップに向  
き直った。  
 
 白くきめ細やかな肌にふわりとほどよい大きさの乳房がシロップの視界に飛び込んでく  
る。何物にも変えがたい美しさでそれはシロップの目を焼く。  
 震えるのぞみに合わせ、まだ大っぴらにふくらみとは呼べない大きさの乳房のその先の  
小さな乳首がかすかに身体の動きとは別のタイミングでふるふると揺れる。  
「流石のぞみ、綺麗なもんだ。もうちょっと胸がでかけりゃもっと見ごたえあったけどな。  
まぁいいや、次は下だ。こんどはもっと早く脱げよ」  
 
「やっ! もうイヤっ! 許してっ! 許してよぉっ!」  
 手で顔を覆い、しゃがみ込むのぞみ。イヤイヤと首をふり、許してと言い続ける。  
「いいよ」  
「えっ?!」  
 思いがけない言葉にのぞみは顔を上げる。だがしかし悪魔のような笑みと言葉がのぞみ  
を奈落へと突き落とす  
「これだけじゃ全然足りないな。残念だけど俺の知ってることを教えるわけにはいかない。  
ホント、残念だよ。の・ぞ・み」  
「待ってお願い! 脱ぐ! 脱ぐからぁっ!!!!!!」  
 絶叫。  
 言ってしまってから家族に聞かれては、と、慌ててのぞみは口を押さえる。  
「ああ、叫びたいなら叫んでいいぜ、商売柄色々な魔法のアイテムを手に入れる機会があっ  
てね。さっき部屋の音を外に漏れなくする妖精を放っておいたから、どんだけでっかい声  
出しても朝まで外には聞こえないぜ」  
 親切なのかありがた迷惑なのか今ののぞみには判断がつかず、やはり視線を逸らすだけ  
に留まる。  
 そしてパジャマのズボンに手をかけ、ゆっくりとそれを足下に落とす。  
 
 真っ白い、前面の裾の中央に小さなピンク色の蝶がプリントされた下着が、白日の下に  
晒される。  
 
 が、下着には興味などないと言いたげに、シロップは一言、  
「それも脱げ」  
 と、あぐらに頬杖を付いてそう言い放つに留まった。  
 のぞみは以外にも素直にショーツに手をかける。だがさすがにそこまでで、一向に手は  
下へと動かない。  
「早くしろよ、教えてほしくないのか?」  
「今……脱ぐ、わよっ……」  
 搾り出した言葉と共に、のぞみの両腕がゆっくりと下がる。が、じわり、じわり、とし  
たその動きにシロップが苛立ちの声を上げようとしたとき、のぞみの口から声が漏れる。  
 
「ごめん、なさい……ココ……ごめん、ね……」  
 
 固く目を閉じ、のぞみは一気に下着を膝までずり下ろす。  
 上着同様、やはりシロップに見られまいと、のぞみは横を向いて右足から下着を抜き取  
り、左足の足首に下着を纏わり付かせた。  
 そしてゆっくりとのぞみは正面を向く。  
 無駄と知りつつも、両手で股間を隠しながら。  
 
「ふざけるな、手どけろ」  
 想像していたものと一言一句違わない言葉に、のぞみは新たな涙を流し、両手をどける。  
 
 まだまだ発育途中とはいえ、無駄のない均整の取れたプロポーション。  
 一糸纏わぬ姿に悲しみにくれるその表情。  
 そして発毛のかげりすら見られない秘めたる部分。  
 
 どれ一つとして今のシロップを猛らせるに十分だった。  
 自分の股間にはちきれんばかりのみなぎりを感じ、のぞみに飛び掛らんと腰を上げかけ  
たその瞬間。  
 シロップが動くより早く、のぞみはベッドのシーツを引き剥がし、その身に纏わり付か  
せ、身を守る。  
 
「脱いだわ! これでいいんでしょ! 約束よ! 教えて! シロップの知ってることを!」  
 涙を残しつつも、親の敵でも見る目でのぞみはシロップを睨みつける。  
 
 まだはっきりと思い出せるのぞみの肢体と、出鼻をくじかれた腹立たしさに、張り倒し  
てでものぞみに襲い掛からんとする自分を必死に抑えながら、シロップはうつむく。  
 はぁはぁと荒い息づかいで顔をあわせようとしないシロップに、言いようの無い恐怖を  
感じ、のぞみは少しでもシロップから身を隠そうと、さらにシーツをかき寄せる。  
 
「……駄目だね、脱ぐのが遅すぎる。こんなんじゃとても満足できない」  
 以外にも、落ち着いたシロップの声。とはいえ、言っていることは到底納得できるもの  
ではない。  
「っ!? な、何言ってるの、ちゃんと脱いだでしょ! 見たじゃない、私の裸! 今更  
何言ってるのよ!」  
「お前が脱ぐのが遅すぎたのが悪いんだ。残念だったな」  
「っ! ひ、非道いっ!」  
「じゃぁもっと俺を楽しませろよ」  
 いまだに顔を上げようともしないシロップに訝しげな視線を送るのぞみ。  
「楽しま、せる……?」  
「……ああ……」  
 
 のぞみが身震いするような笑みと共に、シロップはようやく顔を上げる。  
 
「そうだな、そこでオナニーしてみせてくれよ」  
 
「なっ!?」  
 途端、のぞみの顔に一気に朱が差す。  
「なっ! 何言ってるのっ! そんなことできるわ……」  
 シロップの目がのぞみを射抜く。イヤならいい、そこまでだ、と。  
 自分が拒否すれば目の前の少年は立ち上がりそう言うだろう、そして自分は追いすがり、  
待ってと言うしかない。  
 あえて何も言わないシロップの表情が明確にそう、のぞみに伝えてる。  
 だからのぞみは口ごもるしかなかった。  
 
 屈辱に包まれながら、ゆっくりとのぞみは身にまとったシーツを取り去り、ベッドに腰  
掛る。  
 羞恥に顔を真っ赤にして、左手を包み込むようにして右胸にあて、右手を閉じた両足の  
間に潜り込ませた。  
 ……目をきつく閉じていてなお感じるシロップの視線に悔しみの涙を流しながら……  
 
「そうそう、そうやって素直になればいいんだよ。さ、早くやれよ」  
 シロップの言葉に、ぎりっ、と奥歯をかみ締めながら、のぞみはゆっくりと右胸に添  
えられた左手を動かし始めた。  
 
 実のところ、のぞみにそれほど自慰経験があるわけではなかった。  
 今までの行為の回数としても両手両足の指を使えば数え切れる程度であろう。  
 自分の行為が自慰であると知ったのもほんの最近である。  
 
 それらの全てが例外なくココとの逢瀬を夢見て行った行為であった。  
 
 誰にも、皆にも、りんにもココにすら話したことのない自分だけの秘密の時間。  
 それが今目の前の少年の前で披露されようとしている。  
 
 のぞみにとっては夢見たココとの初体験を衆人観衆に見られているも同義であった。  
 
 そして、悲しいかな、  
 
 そんなのぞみの心中とは裏腹に、  
 
 ゆっくりと、いつもの数倍の時間をかけ、刺激される左胸は、その乳首は、焦らされる  
のを嫌うかのように普段よりも硬く、つんと乳房から突き出していた。  
「……んくっ……」  
 触れるたび、普段よりはるかに感じる胸に泣きそうになりながら、のぞみは左手を右胸  
から左胸に移す。  
 いきり立った乳首がシロップの前にさらされ、シロップは思わずへぇ、と感心した声を  
出す。  
「すげぇ、乳首がびんびんになってるぜ、気持ちいいんだ、のぞみ。……俺に見られなが  
らオナニーするのが」  
「……」  
 
 シロップに答えず、せめても、と、のぞみは頭の中でココの姿を思い浮かべる。  
 
(そう、ここには誰も居ない。私しかいない。いつもみたいに、そっとお布団に入って、  
ココがしてくれる、って思いながらするだけ、そうよ、いつもと変わらない……  
 ……変わらないんだから……)  
 のぞみは閉じた両足の間の右手をもぞもぞと動かす。  
 
 いつも行為に至る時、のぞみは秘部をいきなりは触らない。  
 まず今のように左手で胸を −膨らみかけた乳房は強く揉んだりすると痛みを覚えるた  
め、もっぱら4本の指で乳首をはじくように− 刺激し、右手は大陰唇全体を包むように  
やわやわと刺激する。胸と秘唇をココに触られている、という感覚に、内から愛液が滲み  
出てくるのを感じてから初めて、人差し指と薬指で小陰唇を割り広げ、中指で膣口に触れ、  
溢れ出た愛液を指に馴染ませ、包皮の上からクリトリスを円を描くように撫でる。  
 この時まで両足は閉じたままで、クリトリスが刺激により包皮から顔を出し始めると、  
そこでようやく両足を開き、左手を胸から外して膣口を弄り始め、クリトリスの皮を剥い  
たり被せたりすることで一気に絶頂へと昇り詰めるのだ。  
 
 いつもの通り、いつもの通りと、空想のココの指使いで行為を続けるのぞみ。  
 しかし、いつも通りと思いつつも、ココの姿を想いつつも、それでも自分の胸や股間に  
注がれる目前の少年の視線を、のぞみは目を閉じていてもはっきりと感じてしまう。  
 
(やだ、やだ、お願い見ないで、見ないでよぉ……ココ……やだよぉ……)  
 
 女性の快感。特に自慰による快感は性行為によるそれよりも精神的な歩合に頼ることが  
多いとされる。  
 意中の相手との逢瀬を思うことで快感を得ることもあれば、例えば、人が誰しも潜在的  
に持つ被虐性を主として……簡単に言うなら相思相愛であるはずの恋人にレイプされるこ  
とを思うことで快感を得ることも、決して異端な方法とは言えない。  
 
 普段よりもあきらかに多く分泌される愛液がそれを物語っていた。  
 
「んはっ、やめっ、てっ、んあっ、やだっ! こんなの、だめっ、なのにっ!」  
 
 あまりの非現実な状況に、のぞみの脳は論理的な判断を下せず、現実と妄想の区別を捕  
らえられなくなる。  
 
 自慰を強制している相手がシロップなのか、それともはたしてココなのか、もしかした  
らココが自分を抑えきれず自分に襲い掛かってきているのでは。そう思うほどに、のぞみ  
は混乱し始めていた。  
 
 混乱を排除するべく、のぞみの脳は手っ取り早く事態を好転、いや、転換できる事柄を  
画策し、結果、一番強い刺激を最優先させることで他の理解不能な事象を頭から追いやる  
ことを選択する。  
 
 こぼれ落ちるほどに膣壁より愛液を湧き出させ、  
 乳首を、陰核を突出させ、より強い刺激を得ようとする。  
 
 結果。のぞみの快楽の度合いは普段と比べるくもないほど高まる。  
 ぎゅっと抓りあげられた乳首は、それでも痛みより快感を伝え、  
 クリトリスを弄る右手は、知らず、どんどんとその速度を増し、  
 両足はそんな右手の邪魔になるまいと、わずかに開いてすらいる。  
 
 目の前のシロップの存在は、とうにのぞみの中から消えた。  
 混乱を招く事態は回避された。  
 では後は何か? 脳はその答えを導き出す。  
 自身の平穏、つまり正常な思考を取り戻そう。  
 それにはどうしたらいいか。  
 簡単である。今の行為を終わらせるための手段は一つ。  
 
 絶頂である。  
   
 普段に数倍する量のエンドルフィンを一気に放出するよう、のぞみの脳は命令する。  
 視床下部はその命を素直に実行する。  
 神経から得られる快楽を高めんと、両手の動きを早めるよう指示する。  
 腕はその通りに動く。  
 
 のぞみの意思の外で行われたこれらの行為に、  
 
「あっ! あっ! ああぁっ! やっ! だめっ! 来るっ! 来ちゃうっ! やあぁっ!」  
 
 今まで得たことも無い快楽をまともに受けたのぞみは、  
 
「うああああああああああああああぁぁっっ!!」  
 
 びくんと大きく腰を跳ね上げ、絶叫と共にあっという間に絶頂に達した。  
 
「……かっ……はっ、ぁ、ぁぁ……っ……」  
 
 横まきにベッドに倒れるのぞみ。  
 シロップのことも、ココのことすら頭に無く、ただただ快楽の余韻に腰をひくつかせ、  
荒い息を吐くだけ。  
 そんなのぞみに声。  
 
「足……開けよ……のぞみ……」  
 
 声の相手は勿論……であるが、今ののぞみにはそんなことすら理解することができない。  
 
(……誰……ココ?……いますごく気持ちよかったの……もうちょっと……このまま……  
いさせてよ……)   
 
 のぞみの意思は思考を放棄し、胸の内に熱く熱く残る自慰の熱を冷ますことを選択する。  
 自分に答えず、ただ横たわるだけののぞみに、声の相手はのぞみを仰向けにし、その両  
足をがば、と割り開く。  
 
「すげぇ、びっしょびしょだ、女が濡れるってこういうことだったんだな」  
(やめて……もう……動けない……の……お願い……後で……)  
 自分の股間が露にされてものぞみは抗わず、否、抗えず、ただ荒い息の中、頭の中だけ  
で平穏を望む。  
 
 だが得ようとして平穏が得られることはそうそうない。  
 
 のぞみの股間に顔を寄せたシロップは、そのまま舌を伸ばし、のぞみの膣口をなぞり始  
めた。  
 
「ひぃっ!!!!!」  
 
 ぴちゃり、と水音が響いたと思う間もなく、絶頂に達したばかりで未だひくひくと震え  
る膣口に受けた刺激に、のぞみの腰が跳ね上がる。  
「やっ! あっ! だめっ! あっ、あはぁっ! いやぁっ! やめっ、てぇっ!」  
 絶頂後の敏感になっている部分は、わずかな刺激にも過敏に反応してしまう。その上に、  
初めての他人からの愛撫である。  
 シロップの舌の動きに合わせ、のぞみの足ががくがくと震え、びくんびくんと腰が痙攣  
する。  
 絶頂後の脱力した体では満足に抵抗することができず、ただただはてしない快感を脳に  
叩きつけられ、のぞみは絶叫し、痙攣するしかできない。  
「やあああぁっ! あんっ! やめっ、てっ! いやぁっ! こんなのいやぁぁっ!!」  
 
 自分の舌でのたうちまわるのぞみに、さらにシロップは舌を深く膣内に差し入れ、陵辱  
を続ける。  
 
「あがはぁっ! やふっ、ふかっ! ひぐっ! うああああああああっっ!」  
 
 思う様、気の済むまでのぞみの股間に舌を這わせ続け、狂うかと思うほどののぞみの絶  
叫を聞いた後、ようやくとシロップはのぞみを開放する。  
 あごにまで伝わった、のぞみの愛液と自分の唾液が混じったものを手の甲で拭うと、シ  
ロップは眼下の獲物に視線を送る。  
 
「……か、はっ……あぐっ……うっ……」  
 
 自分の与えた刺激に、目をむいて声にならない呻きを漏らし、ひくひくと震えるのぞみ  
を見やり、シロップは口の端を吊り上げる。  
 
(……だめ……お願い……もう……許し、て……)  
 初めての自分の手以外から与えられた刺激、そのあまりの快楽。  
 自慰とはまるで違うその波に呑まれることを恐れ、のぞみは必死に下腹の熱さに抵抗し  
ようとするも、ぼやけた思考の中ではもはや指1本動かすことができない。  
 
 そんなのぞみの意思の外で、ひくひくと収縮する膣と子宮が、時折びくと跳ね上がる腰  
がさらなる快感を求め蠢く。  
 
 そして、  
 
 てらてらとぬめり光り、さらなる愛液が滲み出る膣口に、またしても何かが触れる感触  
に、また一つのぞみの腰がひくんと震える。  
 
(……何?……またなの?……もう許し…………え?……)  
 
 先ほどの、わずかにざらついた舌の感触と異なり、なにかすべすべした物が膣口に押し  
当てられる感覚に、のぞみの脳裏に疑問符が浮かぶ。  
 
 何が、とのぞみが必死に頭をめぐらせようとすると、股間に視線が行く前に、自分に覆  
いかぶさろうとしているシロップの顔。  
 
「……いくぜ、のぞみ」  
「……ふぇ?……」  
 
 シロップの言葉の意味がわからず、のぞみはそのまま改めて自分の股間に顔を向ける。  
 
 目に入ってくるのは、  
 
 ズボンのチャックから自分のモノを取り出し、「それ」をのぞみの股間にあてがってい  
るシロップの姿。  
 と、同時に、  
 自分の膣内(なか)に、何かがつぷり、と押し入れられる感覚。  
 
「ひぃっ!!」  
「俺の物にしてやるよ、のぞみ」  
「いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」  
 
 のぞみの絶叫が終わらぬうちに、シロップを押しのけようとする前に、  
 シロップの怒張はのぞみの中に、  
 その途中の遮蔽物のわずかわずかな抵抗を無視する勢いで、  
 思い切り突き入れられた。  
 
「うぉあぁっ、のっ、のぞみぃぃっ!!」  
「痛ぁぁあぁぁぁっ!!!!!!!!!」  
 
 シロップに与えられたのは、肉棒をぎゅうと包み込む果てしない快感。  
 のぞみに与えられたのは、身を引き裂かれるような激しい痛み。  
 
 不条理とも思える与えられるものの違いに、のぞみは絶叫し、シロップは呻く。  
 
「いたいぃっ! いっ、いたぁぁっ! やめっ! 痛いいぃぃぃぃぃっ!!!!!!」  
「うあああぁ、な、なんだこれ、すげぇ、す、すげぇよのぞみ、気持ちいいよ。こんなの  
初めてだ。滅茶苦茶気持ちいいよ、のぞみ」  
 
 のぞみに快楽はない。ただ与えられる激しい痛みに、喉が枯れるほど絶叫するだけ。  
 シロップに痛みはない。ただ与えられる破格の快楽に、自然と腰は激しく前後に動き、  
のぞみの中を蹂躙し続けるだけ。  
 
 シロップがのぞみに腰を突き入れるたび、破瓜の血が一つ、また一つと2人の結合部か  
ら飛び、シーツに赤い小さな染みを作っていく。  
 絶叫と呻きが部屋の中にこだまし、そしてその中にもう一つの音、シロップの腰がのぞ  
みの身体に当たるぱんぱんという音が響き始め、それらが混ざり合い、不条理なハーモニー  
を奏でる。  
 
「すげぇ、なんだよこれ、こんな気持ちいいのかよ。最高だよ、のぞみの身体。すげぇ、  
こんなの止められねぇよ、やっぱりのぞみは最高だよ!」  
「やだぁっ! やめぇっ! もうやめてぇっ! 痛いっ、痛いのぉっ!!!!!!」  
 
「無理言うなよ、止められるわけないって、こんな気持ちいいんだぜ、無理に決まってる  
じゃないか」  
 言いながらシロップは、のぞみの両足首をそれぞれ両手で掴み、ぐいと大きく広げさせ  
ると、繋がっている部分を白日の下にさらけ出す。  
 お互いに性器に毛も生えていない状態のため、一切合財、何一つ隠すものはない。  
 飛び散る愛液も破瓜の血も、小さく顔を覗かせているクリトリスも、全て丸見えである。  
「すげぇ、丸見えだ。のぞみのが全部見えるぜ、信じられねぇ、すげぇよのぞみ、すげぇ   
いやらしいぜ」  
 片方は歓喜に震えながら、片方は痛みに絶叫しながら、行為は続く。  
 
「あいつのことなんか忘れろよ、のぞみ、俺ならのぞみが泣いてたらすぐに飛んできてや  
るよ。俺の物になれよ、のぞみ」  
 己の絶叫にいくらか遮られながらも、そのシロップの声はのぞみにも届く。  
 はっと目を見開き、それでもすぐに痛みに顔をしかめながらも、のぞみはシロップを振  
り返る。  
「ま、まさ、あぐっ! さっき、ああぁっ! 言ってた、他の、うわあぁっ、ほう、ほう、  
って、あがあああぁぁっ!」  
 動きは止めず、シロップは声を荒げる。  
「そ、そうだよ、あんな奴の事なんか忘れろよ! 俺なら、俺ならお前に寂しい思いなん  
かさせねぇよ!」  
「ふ、ふざけっ! うああぁっ! やめっ! い、いたぁっ! ああぁっ! 痛ぁぁぃっ!」  
「俺がっ! 俺の方がお前のこと好きなんだっ! あんな奴より俺の方がお前のこと、ずっ  
と好きなんだよ! 好きなんだよ! のぞみぃっ!! うわぁぁっ! のぞみぃぃっ!」  
 叫んだシロップのモノがのぞみの中でぶわっと膨らむ。  
 それの意味を知るはずもないのぞみだったが、本能で危機を察知し、叫ぶ。  
「ひっ! いっ! いやぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!!」  
 
 のぞみの絶叫と共に、シロップは欲望のたけをのぞみの奥底で解き放った。  
 
− 〜 − 〜 − 〜 −  
 
 身なりを整え、ベッドの前に立ち、シロップはのぞみを見下ろす。  
 ベッドの上では、のぞみが時折しゃくりあげながら、股間からあふれる精液を拭うこと  
もせず、ただ横たわっている。  
 うつろに開いた目はどこか遠くをさ迷い、光は見受けられない。  
 言いようのない絶望に包まれながら、  
「……ごめん、ね……ココ……ごめん、ね……」  
 呪文のように、ただそれだけを、繰り返し繰り返し呟いている。  
 
 シロップは奥歯を噛み、そんな言葉は聞きたくないといった風にはき捨てる。  
「忘れろって、あんな奴のことなんか」  
 
 瞬間。  
 のぞみの瞳に光が戻る。  
 
 目にも止まらぬ動きで跳ね起き、ベッドサイドの目覚まし時計を鷲掴むと、一切の手加  
減なく、それをシロップに投げつける。  
 
「がっ!!!!」  
 
 避ける事もできず、シロップはまともにそれを額で受け、うずくまる。  
「なっ! 何しやがっ「出てって!!!!!!!!!!!!」  
 切れた額を右手で押さえながら、のぞみを振り返ろうとしたシロップは、文字通りの怒  
声にたじろぐ。  
「の、のぞみ……」  
「聞こえなかったの?! 出てってって言ったの! 出てってよ!! あんたの顔なんか  
見たくもないわよっ!!!」  
 
 裸身を隠そうともせず、股間を伝う精液もそのままに、のぞみはシロップに掴みかかる  
と、両手でシロップの胸を撥ね付ける。  
 
「出てけって言ってるでしょ!  出てけっ!! 出てけぇっ! 出てけぇぇっっ!!!」  
「うわっ! ちょっ、のぞみっ! やっ、やめろって!」  
「私が止めて、って言ってあなた止めてくれた?! 止めてくれなかったよね?! あな  
たにそんなこと言う資格ないわよっ!」  
「っ!」  
 
 痛いところをつかれ、シロップは黙り込む、その間もシロップを突き飛ばすのぞみの手  
は止まらず、シロップは窓際まで追い込まれる。  
「出てけぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!」  
 シロップを追い抜き、窓を開け放ったのぞみは、一際強くシロップを突き飛ばす。  
「うわっ!」  
 たたらを踏んだシロップはベランダへと追いやられる。  
 のぞみそのまま窓ガラスを割らん勢いでバシンと窓を閉めると、鍵をかけ、カーテンを  
閉ざす。  
 
「の、のぞみっ! お、おい、待てよ! あ、開けろよ! おい、のぞみっ!」  
 ばんばんとシロップは窓を叩くが中からのぞみが動く気配はない。  
 くっと舌打つと、シロップは今一度窓を叩こうとし、だがその手を振り上げた体勢のま  
ま固まる。  
 
 ……よしんば窓が開いたとして、自分はどうするというのだ?  
 謝るのか? それとも開き直るのか?  
 何にせよ、今の自分の声がのぞみに届くことは、ない、だろう。  
 
 上げた手をゆっくりと降ろし、ぎりと歯噛みしてシロップは踵を返すと、いまだ額から  
流れる血をぐいとぬぐうと、ベランダの手すりに足をかけ、夜空にその身を躍らせた。  
 
 
 ばさ、と鳥のはばたきの音を耳にしたのぞみは、部屋の中、ぺたんと腰を落とし、双眸  
から新たな涙を流す。  
 がば、と両手で顔を覆うと、声を張り上げ、号泣し始めた……。  
 シロップの放った妖精の効果で、その声は誰にも届かない。  
 
 届かぬ泣き声は、いつまでもいつまでも、のぞみの部屋の中に響き続けた……  
 
− 〜 − 〜 − 〜 −  
 
「こ、こんにちわ……」  
「あっれ、シロップじゃん、どしたの?」  
 
 その日、家で店番をしていたりんは、見知った人物の来訪に声をあげる。  
 
「え、えと、その……」  
「ん?」  
「あ、あの……その、だ、だから……」  
「だから? 何?」  
 何やらぶつぶつとはっきりしないシロップに、若干りんの語尾が上がる。  
 催促の言葉を投げかけようと、りんがシロップに1歩踏み出したところで、意を決した  
か上ずった声がシロップの口から発せられた。  
「あっ、あのっ! お、俺っ! は、働きたいんだ! ここで!」  
「はぁっ? 働くぅ?」  
 赤ら顔で視線を逸らすシロップにりんはいぶかしげに眉をひそめる。  
「あんた運び屋とかの仕事してるんじゃなかったの?」  
「いやっ、だからっ……そのっ……」  
 しどろもどろのシロップにふむ、と顎に手を当てたりんは、その姿勢のまま、何かある  
な、と唇をニヤリと歪める。  
 
「ちゃーんと、理由を言えば相談にのってあげなくもないわよ〜」  
「うっ……」  
「ほらほら、隠してないで言いなさいってばさ」  
 ぽんぽんと自分の頭をはたくりんの手を、さらに顔を赤くして払いのけると、シロップ  
は意を決し、口を開く。  
「だ、誰にも言わない、って約束してくれるか……?」  
「もっちろん、私は口堅いわよー」  
「……」  
 えへんと胸を張るりんに大丈夫なのか、の視線を送りつつ、それでも他に選択肢のない  
シロップはしぶしぶと口を開く。  
「あの……こ、この世界では、お、お礼、とか、謝る時とか、こここ告白っ! とか、そ  
ういう時に、あ、相手に花を贈る、って聞いたんだ」  
「花ぁ?……ん……ま、まぁ、間違ってはないわね」  
 鼻っ面を掻きながらりんは斜め上に視線を這わせる。  
「だ、だから……俺……花……贈りたいんだ、でも俺この世界のお金とか持ってないし、  
だから、どうしようかって思ってたら、りんの家が花屋だって聞いて、それで……」  
「……花代を稼ぐためにバイトしたい、と、こういうわけだ」  
「……うん」  
 
 シロップの話に、りんはおでこに指を当て、何やら考え込む。  
 
「ふ〜む……なるほど……」  
「あっ、あのっ! 俺、運び屋だから配達とかそういうの慣れてるし、こ、こう見えても  
意外と力はあるんだ! ちょっとくらい重い荷物だって運べるし! い、いざとなれば空  
も飛べるし!」  
 
 採用を迷っているのかと、シロップは必死のアピール。  
「いやー、まぁ、空飛ぶのは遠慮してもらうけどさ。大事になるわよ、人に見られたら。  
この世界の人間はあんたみたいに飛べないんだからね」  
 それ以前にあんな馬鹿でかい黄色いツバメが目撃されようものなら一大事である。  
「あっ、そ、そうか……ごめん……た、頼む! あ、いや、お、お願いします! お、俺  
一生懸命働くから! だからっ!」  
「んー、とりあえず1つ聞いておきたいんだけどさ」  
 45度の角度でお辞儀するシロップを前に、りんはあごに手を当て、思案の視線をシロッ  
プに向ける。  
 その声に誘われ、シロップは恐る恐るといった様子で上体を起こし、りんを覗き見る。  
「な、何?……」  
 
「あんたのぞみに花贈ってどうしようっての?」  
「うえええぇぇぇぇっ!!!!!!!!!」  
 
 ずざざざざざーーーーーっと、一気に店の外まで後ずさったシロップに、ほうやはりか、  
と呟き、いいからこっちに来いと、シロップを店の中に引きずり戻す。  
 
「なななな何でのぞみだってわかって! いや、俺のぞみになんて一言も言ってなっ!!」  
「まず1つ目」  
 慌てふためくシロップの前にりんはびしっと人差し指を突き出す。  
 
「あんたはこの世界のお金を持っていない。つまりこの世界には初めて来たか、ほとんど  
来たことがない、ということになる。そうでしょ?」  
「え……そ、そうだけど……」  
 
「んで2つ目」  
 突き出した指にさらにぴっと中指を加えるりん。  
「この世界に来て間もない。つまりあんたが関わった人間の数はたかが知れてる。という  
かおそらくあたし達以外に居ない」  
「う……」  
 
「でもって3つ目」  
 さらに薬指を加え、りんは3本指をシロップに突き出す。  
「あたし達の中であんたが花を贈るほど深く関わった相手といえば、のぞみ以外に居ない」  
「うぅっ……」  
 
「どう? これが可憐なるりんちゃんの三段活用よ、間違ってないでしょ?」  
 ぐうの音も出ないシロップにりんは指を突き出した姿勢のままふふんと鼻を鳴らした。  
「う……いや……それは……」  
「相手がのぞみだ、って言うなら、親友としてなおさら理由は聞いておきたいわね」  
 ぐぐぐと唸りを上げるシロップもやがて観念し、重い口を開き始める。  
 
「……のぞみに……ひどいことしたから……ごめん、どんなことしたかは……言えないけ  
ど……それで、謝りたくて……でも、普通に行っても会ってもらえないかもしれないと思っ  
て、それで花を贈る方法があるって聞いて……」  
「……あの娘ならちゃんと謝れば会ってもくれない、ってことはないだろうけどなぁ」  
「のぞみ……ものすごく怒ってるだろうから……それに……ちゃんと謝りたい、から……」  
 拳を握り締めるシロップのさまを見て、りんはやれやれと肩をすくめる。  
「割と強情な方なんだね、シロップって」  
「ご、強情とかじゃなくて!」  
 
 がうと噛み付きかねない勢いに、りんは、はい、どうどうとシロップをなだめる。  
 
「ん、わかったわ。じゃぁバイトさせてあげる」  
「ほ、本当に?! あ、ありがとう! 俺、ちゃんと働くから! 言うこと聞くから!」  
 ころころ代わるシロップの表情に、りんはふふっと笑うと、りんは脇のバケツに生けて  
あった花を数本、手に取り、シロップの前にかざす。  
「じゃぁさっそくだけどいいかな? 配達が1つあるんだ」  
「うん! 何でも言って!」  
「えーと、そしたら、これと、これ、それ……から、ん、これも入れよっかな」  
 慣れた手つきで気持ち小さめの花束を作り上げるりん。  
「今住所書くわ、って、しまった、あんたよく考えたらこの辺の住所とか知らないわよね」  
「あ、大丈夫。ここに来る前に本屋ってとこで地図を立ち読みした。この町の地図は頭に  
入れたから。」  
 と、自分の頭を突付くシロップに、おぉ、とりんから感嘆の声。  
「すごいわね、そんな簡単に覚えられるもん?」  
「運び屋だからね、そういうのは得意なんだ。家の名前まではわからないけど、住所を言  
われれば場所は大体わかるよ」  
「あんた本気で宅配屋でやっていけるわね……っと、じゃぁこれを届けて」  
 メモにペンを走らせる傍ら、りんは花束をシロップに手渡す。  
「わかった。って……薔薇の花か……」  
 俺もこういうのをのぞみに贈ろうか、などとシロップは受け取った花束の中で一際目立  
つ配置の赤い花を見つめる。  
 
「そ、赤い薔薇の花言葉は「真実の愛」。今のあんたにぴったりでしょ」  
「真実の、愛……って? は? 俺に?」  
 聞き返すシロップにりんはその眼前にメモを突き出す  
「はいこれ住所。夢原さん家よ、間違えないようにね」  
「ゆ、夢原ぁ?!」  
 慌ててりんの手から奪い取ったメモにしっかりと書かれている「夢原のぞみ様」の文字。  
「のぞみの家っ、っていうか相手はのぞみじゃないか!」  
「そうよー、当たり前じゃない。ちなみに薔薇の横にあるのはスミレ。花言葉は希望。ま、  
つまりのぞみの花ってことね」  
 薔薇の隣に控え目に色を付けているピンク色の花にりんはそっと手を触れる。  
「や、やだよ! のぞみと会っちゃうじゃないか!」  
「ばっか、会わないと謝れないでしょうが」  
「はっ?」  
 おかしなことを、とでも言いたげに、りんは両手を腰に当て、小首をかしげて苦笑い。  
 
「貸しひとつ、よ。出世払いでもなんでもいいから、それ、のぞみに持っていきなさい。  
んで、ちゃんとのぞみに「好きだ」、って告白してきなさいよ」  
 
 熱湯に付けた温度計のごとく、シロップの顔が下から赤に染まっていく。  
 目を見開き、あうあうと口をわななかせるシロップにニヤリと笑うりん。  
 そのシロップの前にさきほどの続きとばかりに指を4本突き出す。  
 
「4つ目!  
 あんたさっき「お礼とか謝る時とか告白の時に花を贈る」、って言った時に明らかに  
告白って言った時だけ声が裏返った。つまり謝るってのはフェイクで本命は告白。  
 以上、りんちゃんの四段活用、終わり!  
 ほれ、わかったらさっさと行く! 花がしおれちゃうでしょ」  
 
「あ、あの……」  
「がんばれ、応援してるぞ!」  
 右手で作ったガッツポーズをシロップに贈り、くるりと背を向かせると、りんはシロッ  
プの肩を押して店の外に押し出す。  
「ちょ、ちょっと! りんってば!」  
「そーれ、行ってこーいっ!」  
「いてぇぇっ!」  
 景気付けとばかりに、りんはばしんとシロップの背中を叩きつける。  
 叫んでたたらを踏むシロップだが、数歩で踏みとどまり、くるりとりんに向き直る。  
「……あのっ!……あ、ありがとう……りん、さん……は、花のお金、きっと返すからっ!」  
「似合わないこと行ってないで、さっさと行く行く!」  
「う、うんっ! 俺っ、行って来るよ!!」  
 踵を返し、だっと走り出すシロップを、やはり腰に手を当て見送るりん。  
 
 そのまま見送っていたりんだが、シロップの姿が見えなくなると、やれやれと肩で大き  
なため息一つ。  
「がんばれよぉー。2人ともー」  
 そういって満足そうに微笑むと、踵を返して店に向き直り、腕まくりをして店の中へと……  
入ろうとして、ぴた、とその足を止める。  
   
「……あ、あれ? わ、私もしかして三角関係に発展させるようなこと……しちゃった?」  
 
 
 
〜 『 希望の花言葉 』 〜  Fin  
 
 
 

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