「よう、ラブ!」
学校帰り、せつなと肩を並べて歩くラブは不意に後ろから声をかけられた。
「大輔!?なに?またケンカ売りに来たの?」
声の主は知念大輔−−期待通りのラブの反応に苦々しげな表情を浮かべている。
「なんだよ、いきなりそれかよ」
「じゃあ何よ、あたしダンスの自主練で忙しいんだからね!」
彼女達にダンスを教えているミユキ率いるトリニティは現在アジアツアーに出ており、
レッスンはしばらく休みである。
「あのさ、お前、トリニティの台湾ライブのビデオ見たいか?」
思いもよらない提案にラブはのけぞってしまう。
「え?トリニティの台湾?・・・見たい!見たい!絶対見たーい!」
四つ葉町でのライブならバックステージパスを渡してもらえるラブ達であったが、
ミユキは彼女達の母親との約束で町外はダメだと言う。まして海外である。
仕方なくラブはテレビの芸能ニュースで追いかけることとなるが、
ちょっとしか流してくれないので不満だった。
「じゃあ、次の日曜、うちに来てくれよ」
「わかった。でも、大輔の家ってどこなの?」
「四つ葉公園の北口からまっすぐ5分。東も来いよな」
「わかったわ」
「ちょっと大輔、せつなに馴れ馴れしすぎるぞ!美希タンとブッキーも一緒でいいよね?」
「もちろんいいぜ!じゃあまたな!」
逆立てた前髪を揺らしながら大輔は走り去った。
「トリニティのライブ楽しみだな・・・大輔もたまにはいいとこあるじゃん」
ラブはおやつを前にした子供のように顔が崩れ、小躍りしながら歩く。
しかし、せつなの胸中には灰色の雲が低くたれこめていた。
(あの大輔って子、何か隠してる)
日曜日、いつになく早起きしたラブはキッチンに立っていた。
「トリニティ〜トリニティ〜みんなでおうちでトリニティ〜♪」
楽しげな鼻歌とともに手早く朝食を準備していく。
テーブルには白い皿が並び、陽光を穏やかに反射している。
白く丸いキャンバス達は、サラダやたくさんの料理で色鮮やかに塗られていく。
しばらくして圭太郎にあゆみ、そしてせつながダイニングに集う。
「どうしたラブ、今朝はずいぶん豪華な朝食じゃないか?」
「あはは、なんか楽しみで眠れなくて、たくさん作っちゃったよ」
「もうこんなに作っちゃって、全部食べれるの?」
「ほらせつな、出番だよ」
「精一杯がんばります・・・って、ちょっとラブ!」
あははは・・・
−幸せな時間−
せつなは自分の守りたいものをあらためて感じる。
−いつまでも、いつまでもこの幸せが続きますように
私の生命はこの幸せを守るために再び与えられたのだから−
約束の時間が近づき、ラブとせつなが家を出ると男の子が立っている。
「せつなお姉ちゃん・・・」
男の子は今にも泣きそうな顔でせつなを見つめている。
せつなは目線を合わせるように屈み、優しい笑みを浮かべて語りかける。
「どうしたの、タケシ君」
「ラッキーがパッションキャッチできなくなっちゃったの」
男の子の傍らには大きな犬−ラッキー−がいる。
ラッキーはせつなに会えた喜びを抑えきれないように尻尾を振っている。
「今日はドッグコンテストだったわね」
「そう、だからお姉ちゃんに来てほしいの」
そこまで言うとタケシは大泣きし、せつなの胸に顔をうずめる。
「でも私、これから用事があるから」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん・・・」
感情が爆発してしまったようで、必死になだめても泣き止まない。
しまいにはラッキーまでせつなの背中に前足をかけ、腰を振り始めた。
見かねたラブが思わず口を出す。
「ねえせつな、タケシ君と一緒にコンテスト行ってあげなよ」
「でもラブ・・・」
せつなの胸にこの前感じた灰色の感情−疑念−がよみがえる。
「大丈夫だよ、せつな。行ってあげなよ」
「う、うん。わかったわ」
せつなはラブの笑顔に弱い。
ラブに笑顔で大丈夫と言われると、ほんとうに大丈夫だと思ってしまう。
自分はこんなに弱かったのかと呆れてしまうくらい、弱い。
「お姉ちゃん、ありがとう」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、
タケシは満面の笑みを浮かべ、せつなの右手をぎゅっと握りしめている。
今にも指を絡めてきそうな勢いだ。
タケシとせつな、そしてラッキーはコンテストの行われる隣町に行くため、
駅に向かって歩いていった。
そしてラブは美希、祈里との待ち合わせの場所に向かった。
天使の像に着くやいなや、携帯がけたたましく鳴り響いた。美希からだ。
「ごめん、ラブ。今日、行けなくなっちゃった
さっき和希が階段から落ちて怪我したって連絡があって、これから病院に行くのよ」
「えええーっ!大丈夫?あたしも病院行くよ!」
「いいの、いいの。ただの捻挫だから心配しないで。あたしだけで大丈夫よ」
「でも・・・」
「大丈夫だって。あたしのことは気にしないで完璧に楽しんできて!」
「・・・わかった」
ラブは祈里を待つこととしたが、約束の時間を過ぎても現れない。
祈里が遅刻することは滅多にない−あるとすれば、家の手伝い−
「ラブちゃん、待たせちゃってごめんね」
ラブがリンクルンを手にした瞬間、祈里が現れた。なぜか祈里の両親まで一緒にいる。
「ラブちゃんごめんね。今日、行けなくなっちゃったの」
祈里は目を潤ませて許しを乞う。
「動物園の動物達が急にお腹をこわしたみたいなんだ。たくさんなんで、祈里にも手伝ってもらわなきゃならないんだ」
「約束していたのに、ごめんなさいね」
「本当にごめんね、ラブちゃん・・・」
両親は祈里を引きずるように車に押し込むと、ラブの返事を聞く間もなく走り去ってしまった。
ラブは、ひとり取り残された。
「あたしひとりで大輔の家か・・・緊張するなあ」
男の子の家に遊びに行くというのは、小学校3年生のとき以来だ。ひとりで、となると記憶にない。
(断ろうかな・・・でもトリニティの台湾ライブ見たいし)
この前、野球の応援に行く約束をすっぽかして大ケンカしたことを思い出す。
(さすがに今からじゃ大輔に悪いか・・・)
結局、ラブは大輔の家を目指して歩き始めた。
(・・・大輔のお父さん、お母さんってどんな人なんだろう)
大輔の両親、ということはミユキの両親でもある。
(きっとカッコいいお父さん、綺麗なお母さんなんだろうな)
あれこれ考えている間に、大輔の説明通り、公園の北口から5分で「知念」と書かれた表札が目に入った。
「たはー、すごい家」
<続く>