「たっだいまー!たはー、疲れたー!」
「ただいま」
戦いを終えたあたしとせつなは、急いで家へと帰った。
「おそいわよぉ二人とも!もう夕飯できちゃったわよ!」
おかあさんが、ちょっと不機嫌そうに迎えた。
「ごめんなさい…」
「ごっめーん!お皿出すの手伝うからさぁ!」
あたしは急いでキッチンに入ろうとして、ふと後ろを振り返る。
せつながその場を動こうとせず、もじもじしながら言う。
「あの…ごめんなさい、先にお風呂入ってきてもいいかしら?寒くて体が冷えちゃったから」
「うん?いいよ。あたしが手伝いはするからさ。入ってきなよ」
あたしがそう言うと、せつなはうなずいて、お風呂のほうへ行った。
あたしはお皿を出したりおかずを盛り付けたりしながらおかあさんとお喋りをする。
「あ、ちょっとトイレ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
トイレを済ませてキッチンへ戻ろうとしたとき、お風呂の脱衣所のほうからドタッという大きな音がした。
それがまぎれもなく人の倒れる音だったから、あたしはビックリして脱衣所のドアをノックした。
「大丈夫!?せつな?どうしたの!?」
返事が聞こえない。
「せつな、開けるよ?いい!?」
あたしは思い切ってドアを開けた。
お風呂から上がってはだかんぼのせつなが、洗面台の前でへたり込んでいる。
「大丈夫!?」
あたしは急いでバスタオルを取り、せつなの背中にかけた。
せつなは胸の間を手で押さえつけながら、肩を震わせている。
目から大粒の涙がこぼれている。
「どうしたの!?せっちゃん?」
音を聞きつけて、おかあさんもやってきた。
せつなはおかあさんに涙を見せないように深くうつむいた。
「のぼせて立ちくらみしちゃったんじゃないかな?」
あたしはおかあさんにそう言いつくろった。
「ちよっとせつなを部屋につれていくね」
まだおとうさんが帰って来ていないからいいだろうと思い、せつなに、バスタオルを巻いてそのまま行こう、と言った。
せつなはずっと胸を押さえたままだ。
「せつな、胸、苦しいの?息できる?」
「え…?あ、ああ、うん、平気よ」
せつなは少しあわてたように言った。
部屋に着くと、あたしはタンスから下着と赤いパジャマを取り出し、せつなに着るように言った。
せつなは、あたしに背中を向けて急いでパジャマを着込むと、また胸元の布をくしゃりと掴んでいる。
(寒いのかな…?)
あたしは、せつなの濡れた髪を乾かそうと、バスタオルでわしわしと拭きはじめた。
「だっ、大丈夫よ、ラブ…自分で拭けるわ」
「いいから。じっとしてて」
せつなは、ベッドのはじに座って、大人しく髪を拭かれている。
それからまた肩を上下させて嗚咽を上げはじめた。
(立ちくらみ…じゃ、ないよね…)
今日、ラビリンスと戦ったあとのせつなは、あきらかに様子がおかしかった。
浮かない表情で、ほとんど言葉を発さず、黙々と家路につく。
(きっとあいつにまた何かひどいこと言われたんだ…美希たんもいってたけど)
以前、美希たんがこっそりあたしに教えてくれた。
あの、ラビリンスのウエスターという大男が、パッションを裏切り者と罵り、彼女はショックを受けていた、ということを。
(一体何を言われたんだろう…でも聞いちゃいけないよね、せつながよけい傷つく)
せつなはラビリンスにいた時のことを話したがらない。
昔の悪行を思い出してしまうからだろう。
あたしが知ってるのは、サウラー、ウエスターという男二人と、共にFUKOを集めていた、ということだけ。
三人の仲が良かったのか、悪かったのか、どんな会話をしていたか、なんてことはあたしには全然分からなかった。
おかあさんが飲み物を持って来てくれた。せつなを心配そうに見て、またキッチンに戻る。
せつなに少しづつ飲ませる。涙が少しひいてきた。せつながあたしに謝ってくる。
「お手伝いできなくてごめんね」
「いいよ、それよりごはん食べられそう?今日はコロッケだよ」
「うん…もう少したったらね」
それからせつなはぽつりぽつりと話しはじめる。
「ねえラブ」
「うん?」
「おかあさんの作ったコロッケは絶品よね」
「うん、美味しいよね」
「ラブの作るハンバーグも、おとうさんの作る肉じゃがも、カオルちゃんのドーナツもすごく美味しい」
「えへへ、せつなは食いしん坊だねぇ」
「わたし、ラブや美希やブッキーと一緒にいるのがすごく楽しい。学校生活も、ダンスの練習も楽しい」
「うん、よかった、せつなに楽しいことがたくさん見つかって」
「ラブの家の子になれてよかった」
「たはー、なんかテレるな」
「……このままずっと、子供のままでいられたらいいのに」
「えー?そう?あたしは早く大人になりたいな。そのほうがいろんなことが出来るじゃん」
「ふふ…ラブらしいわね」
よかった、せつながやっと笑った。
「ねえラブ、お願いがあるの」
「うん?なあに?」
「明日からはちゃんと笑えるように精一杯がんばるから…今だけもう少し泣いてもいい?」
「せつな…うん、いいよ」
そう言うと、あたしはせつなの肩を抱き寄せた。
せつなは顔をくしゃくしゃにゆがめ、また涙を流し、しゃくりあげた。
ねえ、せつな、あたし知ってるよ。
いつもせつなが鏡の前で笑顔の練習をしているの。
あたしが見ているって言ったら恥ずかしがるだろうから言わないけどね。
昔のことを思い出して落ち込むときもあるだろうに、みんなに心配をかけまいと一生懸命笑顔でいてくれる。
でもね、せつな。
泣いてもいいんだよ。
今日みたいに何かつらいことがあったり、悲しいことがあったら、思いっきり泣けばいい。
せつなは今までずっと泣くのを我慢してきたんだから。
あたしはもう一度せつなの体をきゅっと抱きしめ、背中をやさしく撫ではじめた。
せつなの手が胸から離れ、あたしの手を握る。
胸の間に、ちらっと赤紫色のものが見えたんだけど、あたしはぶつけてアザでもできたのかな、くらいにしか思わなかった。