この世界のクリスマスという祝祭について教えてくれたのは、ラブだった。
サンタクロースという不思議な老人が、世界中の子供たちに贈り物をするという。
大人たちは大切な人に、互いに贈り物をし合うという。
たくさんの幸せが満ち溢れるこの祝祭前夜は、聖なる夜なのだと。
ラブたちと過ごした間の記憶が私の宝物ならば
今夜の記憶はきっと、私にとって最初で最後の聖夜の贈り物だ。
大切な人たちを守る為、命を投げ出す覚悟をした私に、誰かがくれた贈り物。
ウエスターの寝息を確認したあと、ベッドから脱け出そうとして、絡まっていた指を解くのに
一瞬、躊躇ってしまったのは何故だろう?
満足そうに目を閉じているウエスターの頬に指先で触れた、その拍子に涙が零れた。
望みを叶えたウエスターは今夜、幸せだっただろうか?
数時間後にそれが失望に変わるとわかっていても、そうであってくれればいいと願う。
咎人の『イース』にも、誰かを幸福にすることができたのなら。
その罪が許されるわけではないけれど、きっと私は救われる。
夜明け近く、ノーザが静かに部屋のドアを叩くまでに、
私は私の決意を取り戻すことに成功していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「イース……良かった」
数か月ぶりに訪れたその部屋は相変わらずのむさくるしさで、男の汗臭い匂いに
眩暈を起こしそうになった。
「……ほんとに、良かった」
ベッドの端に腰掛けて、膝の上に座らせた私を背中から抱き締めるウエスターの
腕の力は強すぎて、息が止まりそうになる。
「…っ、く、苦しいわ、ウエスター」
こんな遠慮がちな拒否では、『イース』らしくないかも知れない。
もう少し、冷たい態度で振舞わなければ。
「あ…、済まん」
「…もう、ホントに、アンタって…」
「ああ、サルだな」
一度は緩んだ腕に再び力がこめられて、私は言葉を失った。
項に、ウエスターが額を押しつけている。
「…イース…」
私の髪に、鼻先を埋める。
「……紺色の髪も可愛い、けど」
首筋に、頬を擦りつける。
「銀色に…戻るといいな……」
耳朶に、唇が触れる。
まるで屈託のなさそうな声が微かに纏う淫靡な響きに、私の身体は敏く反応する。
「…悪い、ご無沙汰すぎて我慢できない。……いいか?」
熱い呼気が耳にかかって、ぞくりとした。
「ぁ…」
ウエスターの大きな手が乳房を包み込むように動いて、零れた声が自分でも恥ずかしい。
首筋に啄ばむようなキスが繰り返し落とされる。
「…はぁ…っ…」
吐息を我慢できない、羞恥を感じるのは久しぶりだからだろうか?
シャツの裾からウエスターの掌が服の内側に侵入してくる。
肌を撫でる指の動きが乱暴というよりも、むしろ優しいように感じて、けれどそれは
以前から知っていたウエスターの愛撫と何ら変わりなくて、きっとずっと前から
ウエスターは私に優しかったんだということに、そのときはじめて気がついた。
ブラを押し上げたウエスターの指先が乳首を掠った刺激に肩がびくりと震えて、その拍子に
前のホックがぱちんと外れた。
「イース…、こっち、向け」
耳を舐めながらウエスターが囁いた声に従って首を捻ると、キスで唇を塞がれる。
「ん……」
ウエスターの舌は熱い……
両の乳房を揉みしだくウエスターの手の動きが少し強くなる。
立ち上がった乳首の先端を摘まれ、指の腹で擦られて、視界が潤んだ。
唾液を交わすことに気を取られて、ショートパンツのジップが外されたことには気が付かなかった。
膝を開かされて、太腿を押さえられる。するりと下着の中に入り込んだウエスターの手を、
腕を掴んで抑えようとしたときには、その場所がもう濡れているのを知られていた。
「…っ、あ…!」
声をあげる間もなく指が這入り込んできて、なかを掻き回される。
「ふぁ…っ、あん…!」
「…イース…、なんでこんなに濡れてる…?」
単純に不思議そうなウエスターの声が、却って私の羞恥心を煽る。
「ゃっ…あ…、バカ…ぁ…」
腰に押し付けられたウエスターの昂りが、私に興奮を伝染させる。
「…イース…」
首筋にかかるウエスターの荒い息が、私の震えを増幅させる。
「イース、もう…挿れるぞ」
「…ぁっ…」
ショートパンツが下着ごと膝まで引き摺り降ろされる、片脚を引き抜くときに靴が引っ掛かって、
焦れて舌打ちをするウエスターがなんだか珍しかった。
自分の服を脱ぐのすら待ちきれなかったらしい、膨張したそれだけをズボンから引っ張り出して
背後から私の真ん中に押し当てた。熱い泉に、ぬぷり…とおおきな楔が打ち込まれる。
「…ぁ―――…」
餓えている自覚は無かったのに、隙間を満たす熱い塊に理性が圧し潰されてゆく。
触れあった粘膜が高い密度でもどかしく擦れ合う、後ろから私の膝を抱え上げたウエスターが
ゆっくりと動くたびに、下腹部からせり上がってくる何かに押し出されるように淫らな声が溢れた。
「あ…ん、あん、あん…」
抑えようと努めているはずなのに、どうしようもなく沸き起こる快感に本能が絡め取られていく。
身体の中心を貫くウエスターの質量を取り込もうと、執拗に内部が蠢くのを感じる。
こうやって飼い慣らされていた頃を、身体が憶えているのだろうか。
求められ、与えられる悦びを、私は懐かしんでいるのだろうか。
「イース…、イース……気持ちいいか?」
じゅぷっ、じゅぷっと淫猥な水音をたてながら、ウエスターが尋ねる。
いつも――行為の度にウエスターが繰り返すその質問を、その理由を、不思議に思っていた。
ただの処理係にすぎない私には、そんなもの必要がないのに。
性交で私が得る快感など、ウエスターには何の役にも立たないのに。
何故そんなことを気にするのだろう?
私が気持ちいいと、ウエスターも気持ちいいの?
どうして?
何故?
どうしてだろう……
ウエスターの硬い先端が私の水底を叩く、溢れ零れた温い水がシーツとウエスターの服を汚す。
「…ぁ…、ゃ、いや、ぁん、あん……」
ベッドの端がギシギシと軋む、ともすれば崩れ落ちてしまいそうな上半身の支えを探して
ウエスターの腕に縋りついた。
「イース……駄目だ、もう…出る」
以前よりもずっと早い、焦りの滲む告白に、避妊薬を飲んでいないことを思い出した。
この館を出てからは必要がなかったし、入手する方法もわからなかった。
「ゃっ、だめ、ぁ…、なか駄目ぇ…」
拒否の言葉さえ、甘ったるく響くのが悔しい。
「無理…、だす」
「嫌…、ダメ、だめ、あん…あん」
ぱんぱんと音を立てて打ちつけられるウエスターの腰は止まらなくて、私の声も止まらない。
「ほら、……俺の子を、孕め」
恐怖にも似た感情がぞくりと脊髄を伝う、目の前が涙で滲んで見えなくなる。
「いやぁ、いや…」
「嫌って言うなよ…」
「ぁ…ばかぁ…、バカぁ…」
逃げ出そうと身を捩る私の背中をウエスターが強く抱きすくめる。
大きく膨らんだウエスターの先端が、深く潜り込んで私の子宮を突き上げた。
「イース……っ、あ…、――っ」
どくん、びゅくっ、びゅくっ……
私のなかでウエスターが何度か震えて、身体が熱くて、涙がこぼれた。
呼吸に震える身体をベッドの中央に転がされる。
服を脱ぎ捨てたウエスターが上から覆い被さってきて、膝を割り広げた脚の間に
再び入り込んでくる。
「…っ、ふ……ぁぁっ…」
何度も受け入れている筈なのに、その大きさと硬さがいつも私に声をあげさせる。
私の身体のあちこちにくちづけを落としながら、身に残る洋服を一枚ずつ脱がせてゆく
ウエスターの手つきが、やはり乱暴には思えなくて、……泣きそうになった。
知らなければ良かった、これがこんな意味を持つ行為だったなんて。
私に触れるウエスターの掌が、こんなにも多くの感情を伝えようとしていたなんて。
気が付かなかった、誰も教えてくれなかった。
身体を求めるのは切ない欲望だと、心を求めても得られない代償だと。
そんなこと、ラビリンスでは誰も教えてくれなかった……
首筋に、鎖骨に、腋の付け根に、二の腕に、乳房に、鳩尾に、脇腹に、露わになる肌に
つぎつぎに赤い花びらが散っていく。
脚の間でウエスターが動くたびに、私の殻がぐちゅぐちゅとすり潰されてゆく音がする。
「イース…」
繋がった部分から漏れた液体を、ウエスターの指が陰核に塗しつける。
敏感な突起への急な刺激に、背中がびくりと跳ねた。
「や、だめ、だめ…っ、おかしく、なる…!」
聞き入れてはもらえないと知りながらも制止を訴えるが、やはり腰を止めないウエスターの
唇が宥めるように瞼におりる、ぬるついた指先が小刻みな愛撫を繰り返す。
「いやっ、ぃゃ…ぁ、ぃや……!」
腰の辺りから足先まで、普段は使わない筋肉が緊張してゆくのを止められない。
「イース…、……可愛い…」
髪を乱しながら首を振る私を見つめるウエスターの眼が、柔らかく緩むのが見えた。
「ひぁ…、ぁ…っく、…ィク…っ…!!」
腰骨を襲った小さな痙攣が止まらないうちに、シーツを掴んでいたはずの指が
ウエスターの肩に爪の痕を残したのに気がついて、自分が軽く意識を飛ばしたことを知った。
労りさえ感じられるほどに控え目な触れ方のキスを受けながら、
ウエスターの我儘を聞き入れたことを、酷く後悔していた。
シフォンの解放と引き換えに、『イース』として館に戻ると告げた私に、
いちばん素直な喜びを見せたのはウエスターだった。
ウエスターがどれほどそれを望んでいたのか知らないわけではなかったから、
2人きりの祝宴で酔ったウエスターが私に囁いた誘いに頷いたのは、
その喜びを失望と落胆に変えてしまうことに多少の後ろめたさを感じていたのだろう。
冷たく断ることもできたはずだったのに、私への執着の理由をそこに見出して
軽く興醒めながらもそうはしなかったのは、たぶん……それがもう最後だと思ったから。
聖夜と呼ばれる今宵、男に泡沫の夢を見せてやるのも悪くはないと思ったからだ。
そんな皮肉のような、自棄のような、悪戯のような気持ちだった。
……それだけのはずだった。
「イース…イース」
私が捨てた忌まわしい過去の名を、何度も呼ぶ男の声に籠る熱の意味に
どうして今更、気付いてしまったのだろう。
「あん…、あん、いや…っ、うえすた…ぁ」
敵だと認識しているはずの男の名を、呼んでしまう自分の声が含む媚の理由に
どうして今更、気付かなければならないのだろう。
痙攣する私の身体の奥深くに、何かの証を刻みつけようと何度も何度も突き入ってくる
男のそれが痛いくらい熱くて、飛び散るような快感に全身が指先まで痺れていく。
「あ…ん、あん、もう嫌…、ぃゃぁ…っ」
止まらない喘ぎに閉じられない私の唇を、唇で塞いで何かを閉じ込めようと執拗に吸いつく
男の舌が苦しいくらい熱くて、溶けるような甘さに脳内の思考まで痺れていく。
「…っ、ぁ…、イース…、イース…」
その名で、呼ばないで。
私が捨てた私を、そんなふうに呼ばないで。
繋ぎ止めようとしないで……
その腕に『イース』を取り戻そうとする意志の強いウエスターの声に、
頭も要領も悪いと侮っていたはずの男が国家幹部として功を成しているその理由を、
垣間見たような気がした。
「イース…ここ、好き…だろ?」
両脚を大きく開かされ、最奥を何度も強く突かれて、目の前に光が散る。
「嫌…、そこ、ぃやぁ――…」
仰け反る背中をウエスターの大きな掌に支えられて、思わず腕に縋りつく。
痛いほど尖った乳首に誘われたウエスターの唇が降りてくる、熱い舌先がぬるりと触れた
先端から微弱な電流が走って、絡み合った場所が切なく疼くのがわかる。
「…ふぁ…、あぁ…ん、ゃ、あぁん…」
身体の中心に埋められたウエスターのものが、ひとまわり大きくなったような気がする、
その圧力が内側からくるものなのか外側からくるものなのか、もう判別ができない。
「ぁ――、おっきぃ…の、イク…イクぅ…」
「…っく…ぅ…、イース、キツ…」
余りに強い快感は苦痛に近いと、教えてくれたのはサウラーだっただろうか……
鋭敏さを増した私の内部を張り詰めたウエスターの塊が深く抉る、限りなく溶け合う快感に
視界が涙で滲んでぼやけていく、上り詰める直前の感覚が怖くなって伸ばした腕の先で、
指に触れた耳朶には小さなリングがふたつ。
「う…ぇすた…ぁ…、イっちゃ…」
「…っ、俺…も」
零れた私の涙を舌で拭ったあとのウエスターのキスは少し塩気を含んでいた。
首に回した腕がほどけないように、薄緑色の髪を掴んだ。
――イース、よく帰ってきたな! 待ってたぞ
――イース、俺は嬉しいぞイースぅ!
違う、私は……私はもう……
「ゃ…あ、イク、イクぅ…ぁあん…!」
「イース……イース、イース…」
耳元で熱っぽく囁かれる低い声と、強く速く身体の奥底に穿たれる快楽に、
引き寄せられた過去と現在が混ざり合う。
――イース、お前はラビリンス一可愛い
――イース…、気持ち…いいか…?
違…う、違う、違う……ちがう……!
「あ…ん、いやっ、イク…、イクの、嫌ぁ…!」
「イース…!」
背中に回された太い腕が、跳ねる私の身体をつよく抱き締める。
深く浅く繰り返される摩擦に生まれた熱が記憶の境界すら焼き切ってしまう。
――イース、またひとりで行くつもりか
――イース、目を覚ませイース!!
……イース、だった…私……わたし、イースだった……
忘れられる、わけが…ない……
「や、ぁ――…、もぉダメ、イクのいくのいくのぉ、うえすた…ぁ、ウエスタぁ…!」
「…イース……っぁ…」
ウエスターの激しい動きに、ずちゅっ、ずちゅっと音を立てて愛液が飛び散る。
いつの間にかウエスターの腰に絡まっていた両脚の指先がきゅっと引き攣った。
――……もう泣くなよ、イース
――イース……お前の銀髪は、凄く綺麗だ……
捨て去りたかったその名が…そんなふうに響くなんて、……知らなかった……
「…っひぁ、あ――――!!」
「…っ、く……イース…っ…!」
私自身ですら知らなかった私の欲望の奥深くでウエスターが爆ぜた。
眼裏で白く光っていたのはもしかしたら、誰かの望んだ未来、だったのかも知れない。
ウエスターの飢えが満たされるまでに、私はあと2度の絶頂を迎え、
ウエスターはもう1度精を吐いた。熱い体液を私のなかに散々注ぎ込んだあと、
薄っすらと汗の浮かぶ私の額にウエスターは何度も唇を押し付けた。
私の身体を離そうとしないウエスターの腕の中が心地好いなんて感じたのは初めてで、
危うく私もそのまま眠ってしまいそうになった。
私を胸に抱え込んだウエスターが眠りに落ちる寸前に呟いた言葉が耳から離れない。
「イース、もう…どこにも行くなよ……」
私は確かにイースだった、けれどもうイースじゃない……イースには戻れない。
ここにきたのは、イースだった私の罪を清算するためだ。
この髪が銀色に戻ることは、彼の手が銀髪を撫でることは、もう2度とない……
もしも、私がイースのままでいたならば、きっとこんな思いは知らずに済んだのだろう。
ラビリンスに生まれて、幸福の意味も知らず、メビウスの言葉だけが世界の全てだった。
ラブに出会って、一度死んで、プリキュアに生まれ変わって――――
それから知った多くのことが、多くの人たちが、私の扉を開け放った。
新しい世界はあまりにも鮮やかで、眩しくて、暖かくて……守りたいと、思った。
だからこそ……だからこそ、過去の自分とその罪を悔いて、
背を向けた君主と閉ざされた故郷を捨てて、盲信に囚われ同じ罪を重ねる同胞を憎んで、
彼らと戦うことが私のとるべき唯一の道だと信じていた。
それがキュアパッションたる私の使命だと。イースであった私の贖罪だと。
その為ならば、何を犠牲にすることも厭わないと。
……なのにどうして、こんなにも心の痛みを感じるのだろう?
こんなにも、涙が溢れてくるのだろう?
今更……いまさら、こんな想いに気がついてしまうなんて。
涙と共に零れた震える声が男の名を呼んだ。その声はとても小さかったのに、
目を覚ました男が寝惚けながら私の唇を塞いだから、続きは言葉にならなかった。
たったひとこと、それだけを……言葉にするには、私はまだ、その感情を知らなすぎた。
ただ、もう少しだけ、あと少しだけ、2度と戻れないその腕の中を
記憶に刻みつけておきたかった。
この聖なる夜が明けるまで、涙を拭う掌を頬に感じていたかった。
end