「勝負はあずけたわ!」
黒衣に身を包んだ少女は、捨て台詞を吐き、男二人と共に洋館へと逃げ戻った。
「悔しい…っ!!」
洋館のエントランスの壁を叩きながら、イースは歯を食いしばる。
「まあいいさ。我々の本来の任務はあくまでもFUKO集めだ。四人目を潰すことじゃない」
「おい、お前、血が出てるぞ」
ウエスターがイースの左頬に触れた。かすかに傷がついている。
「あんまり顔に傷はつけるなよ。お前は女なんだから」
イースはウエスターをギッと睨みつけ、手を払いのけた。
「こんなときに男も女も関係ないでしょ!私はラビリンスの兵士よ!
かすり傷のひとつやふたつ何でもないわ!」
「なんだよ!痛ってーな!もう心配してやらないぞ!」
(ふうん…?)
サウラーが二人のやりとりを意味深な表情で観察する。
「…部屋に戻るわ」
イースは二人に背中を向け、不機嫌そうに歩いていった。
自室に戻ると、彼女は苛立つ気持ちを抑えながら黒の衣装を脱ぎ捨てる。
手袋、靴下、髪飾り、腕輪、全てを取り外し、寝床へと潜り込む。
──今日はもう休みたい。
ウエスターがあれ以上ちょっかいを出してこなかったのは幸いだった。
今日みたいな日に求めてきたりしたら、思い切り蹴りを食らわせてやる。
最近、あいつと性行為をする回数が増えた。
この貧相な体のどこが良いのか、事あるごとに馴れ馴れしく触ってくる。
正直、鬱陶しい。ひどく疲れる。
──声を押し殺すことに苦労するようになってきたから。
女性器に男性器を挿入し、動かし、精液を出す。
男は定期的に欲望を吐き出したい衝動にかられるから、その受け皿として自分のような存在が必要となる。
彼女は今までそうとしか教わってこなかった。
セックスなんて痛いだけだ、はじめはそう思っていた。
男が勝手に自分の体をまさぐり、勝手に挿れてきて、勝手に動き、果てる──
その下で、イースは目を瞑り、早く終われ、としか思っていなかった。
ところが、ある時期を境に、彼女の体に変化が起きる。
今まで自分に痛みしか与えなかった男の動きが、いつしか彼女に不思議な感覚をもたらすようになる。
喉の奥から自然と甘い声が漏れ出る。男達に弱みを見せたくない。唇を噛み締め、耐える。
今までの営みを思い返し、体が火照り、疼いてきていることに気付き、イースは驚く。
(何故…?思い出しただけなのに)
無意識に手が胸のふくらみへと移動する。
ひんやりとした手のひらで、暖かい乳房を撫でる。軽く揉んでみる。
次第に乳首が硬くなる。指でそっと弾いてみた。
「ふ…っ」 吐息が漏れた。
──あいつは、いつも、こんなふうにいじって、楽しいのだろうか…?
突起をつまみ、力を入れてみた。あいつに噛まれたときのように。
「あぁ…っ」
ダメだ、声を出しては。あいつらと部屋は離れているが、もし聞かれでもしたら──
片方の手が腹を滑り落ち、太腿の間に入り込む。
(私はなにをしているんだ…せっかく今日は『相手』をしなくて済んだのに)
指で触れる。そこは、熱く潤っている。
(何故こんなふうになるのだろう…?)
自分の体が、まるで別の物体であるかのような奇妙な感覚に陥る。
膣口からは、少しづつ愛液がにじみ出ている。
それを指にとり、秘唇に塗りつける。いつもされているように。
(ふ…うぅ……っ)濡れた指がふいに核へと滑る。
(んんんっ!!) 体中にびりびりと電気がはしる。イースは慌てて唇を噛んだ。
やめようと思っているのに、指は勝手に蜜をすくい取り、陰核になすり付ける。
(は……はぁ…はぁ…はぁっ……)
呼吸が苦しくなる。顔が、熱い。頬のすり傷がかすかに痛む。
中指を自分の中にゆっくりと挿し込んだ。秘肉は、わずかな抵抗を残しながらも、細い指を受け入れる。
(いつも、ここに、アレが、入ってくる…)
男はこの中がそんなに気持ちいいのだろうか。考えながら、指を動かしはじめる。
くちゅ、くちゅ、くちゅ。動かすたびに、膣の奥から淫らな液体が分泌され、音が鳴る。
音を聞くことによって、また新たな興奮が生まれる。親指で突起をなぞった。
「は……うっ!」 ぶるぶると体が震える。
──だめ、こえをだしては…でも、もう、なにもかんがえられなく……
目をきつく閉じ、快楽に没頭しようとしたそのとき──
ブ──────ンンン………
耳に入ってきた鈍い振動音で我に返った。
指を引き抜く。呼吸を整え、彼女は落ち着きを取り戻そうとした。
(ふん、馬鹿馬鹿しい…今日は気が昂ぶっていたからこんなことをしてしまっただけだ)
音のした方に目をやる。ベッドの脇の小机に、小さな四角い機械が置いてある。
キュアピーチ、桃園ラブとコンタクトをとるために、こちらの世界で入手した携帯電話。
ゆるゆると手を伸ばし、電話を開いた。メールの着信がある。
『ひさしぶり!元気だった?占い師のお仕事はうまくいってる?こっちはダンスとかいろいろ大変だよぉ!
気分転換に今度遊びに行こうよ!また街の案内してあげるよ!じゃあね!』
絵文字をふんだんに使用した、目がチカチカしてくるような文面に、イースは嫌悪を覚えた。
『お久しぶり。こっちは順調よ。お言葉に甘えてデートさせてもらっちゃおうかしら。
楽しみね。それじゃまた連絡するわね』
鼻で笑いながらメールを送信する。
次の作戦を練らなければ。あの愚かな娘は、東せつなの正体を微塵も疑っていない。
取り入って、油断させて、反撃の機会を見つけなければ……
彼女は再び寝転がり、夜具を掛けた。頬の傷を手で押さえる。
──メビウス様、待っていてください、必ずやプリキュアを倒してみせます。
だから、私を認めてください、もっと私を見てください……!
イースは胎児のように丸まり、泥のような眠りについた。
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暗闇の中、せつなはそっと目を開けた。
(また、あの夢を見てしまった…)
森の中での出来事。火花のような、激しく、短い逢瀬。
(逢瀬、ではないわよね…わたし達は戦ってたんだし)
クスリ、とせつなは笑う。
胸元に手をやる。痣はもう、消えている。
それから、パジャマの中に手を入れ、乳房を強く掴む。
彼にされたときのように、爪を食い込ませる。
揉みしだいているうちに、手のひらに触れる蕾が硬くなっていく。
それを親指と人差し指でつねりあげた。
(は…あっ)
ちぎれてしまうのではないかと思うほど激しく吸われた。
ろくな愛撫もなしに貫かれた。ひどい格好で犯された。
なのにそれは甘美な記憶となって彼女の体に刻みつけられている。
(ふ…う…うぅ……)
隣の部屋で寝ているラブに気付かれないように、声を押し殺す。
そうしていると、頑なに嬌声をあげることを拒否していた昔の自分を思い出す。
(あの頃のわたしは…本当に愚かだったわ。何度も求められて、嬉しかったくせに…意地を張って)
下着を汚さないようにと、急いでパジャマのズボンとショーツを脱ぐ。
寒くないように、万一声を上げてしまったときのために、布団を頭までかぶる。
揃えた右の指で、秘唇をそっと撫でる。さっき見た夢のせいで、そこはもうあのときのように花開いていた。
とろりとした液体が指を濡らす。その指で秘所全てを摩擦する。
生まれ変わって、今度こそただの少女として、子供としてやり直せると思っていた。
でも、無理だった。あの出来事によって、わたしは身も心も「女」にされてしまった。
──悲しい、悲しい、悲しい。
けれどもう、起きてしまったことは受け入れるしかない。
(それに、ほんの束の間でも必要とされて、わたしは確かに幸せだったもの)
──わたしのことなんか、愛してもいないくせに!──
いかにもわたしらしいセリフだわ、と彼女は苦笑する。
わかっている、わたしは、誰かに愛されたい、認められたい、見ていて欲しいという想いに異常なほどに執着している。
体だけの関係しかないと思っていた彼がその願いを叶えてくれた。
あいつがあまり物事を深く考えずに言葉を発する男だということは重々承知している。
それでもわたしは嬉しくて、嬉しくて───
必要以上に体を開いてしまった。失神するほど感じてしまった。
(ああ…っ)
横を向いて体を丸める。あのときのことを思い出すと、何も手につかなくなってしまう。
皆と一緒にいる日中は何とか忘れていられる。
けれど、一人でいる夜、夢の中で、彼女は何度も男にしがみつかれ、耳元で愛を叫ばれ、体の最奥を責められる。
中指を、蜜の出てくる場所へと潜り込ませる。
ぷちゅっ、と音を立てて秘肉は侵入を許す。
少し指を曲げて、指の腹でざらざらした所をこする。どこが感じるかは、もう、自分で分かっている。
(あ…あ、んっ……どうしよう…きもち…いい……)
人知れずこのようなことをしていることに罪悪感を覚える。
でも、あの夢を見た夜だけは、どうしても体の疼きを抑えることができない。
(ごめんなさい…) 心の中で呟いてから、一体誰の許しを乞うているのかと妙な気分になる。
胸を弄んでいた左手を下へと滑らせ、陰核を押さえた。
(ん…!はあぁ……!)
両手の指で、一番気持ちいい所を責める。
膣の中にある中指に薬指を添え、二本の指でかきまわす。
少しきつく、動かしづらい。核を刺激するたびに、ぬるぬるとした肉襞がきゅうきゅうと締めつけてくる。
憑かれたように擦る、擦る。犯されたときのことを想像しながら。
波が押し寄せる。快楽に飲み込まれていく。なにもかんがえられなくなる……!
(ん……!んんっ…!!んんん───うぅっ!!)
辛うじて声は出さずにいられた。腰が大きく跳ね、心臓がどくんどくんと脈打つ。
頭に血がのぼり、かぶっていた布団の暑さに耐え切れなくなる。
「は…はあ…はあっ、はあっ、はあっ……」
布団から顔を出し、大きく息をつく。
冬の夜の冷気が、せつなに冷静さを取り戻させてくれる。
汚れた部分を拭き取りながら、彼女は悪戯っ子のように微笑んだ。
(こんなことしてるって知ったら、あいつ、どんな顔するかしら…)
あれだけ戻らないとつっぱねていたわたしが、一度だけ、単身でラビリンスに乗り込んだことがある。
そのときは、彼に話しかけることができなかった。何を言っていいのかわからなかった。
(よく帰ってきたなあ、って…あれは嫌味?それとも本当に喜んでたのかしら。
どっちにしろ、今頃すごく怒ってるわよね…今度こそ間違いなく殺されるかも)
それでもかまわない、と思ってしまうのは、いけないことなのだろうか。
(わたしは、彼を、愛しているの…?)
わからない。
誰かに愛されたいという気持ちは誰よりも強いけれど、自分から誰かを愛する、という経験に乏しい
彼女には、すぐに答えが出ない。
(それに、愛したからどうなるというの…あいつは、今、敵なのよ…どうしたって、相容れることはできない)
今までは、シフォン、インフィニティを守るための防戦一方だった。
しかし、シフォンを奪われた今、本格的にこちらから攻撃を仕掛けることになるであろう。
場合によっては、かつての同僚をこの手にかけることも覚悟しなければならない。
(わたしが、彼を、倒す…?殺す?そんなこと、本当にできるの…?)
せつなには、わからないことばかりだった。瞳が虚ろになり、潤んでくる。
現実から逃避するように目を閉じたとき、闇の中に一筋の光が射す。
──せつな!あたしたちはいつでも繋がっているよ!──
ひとりの少女の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
(ラブ…)
隣室で安らかな寝息を立てているであろう少女に思いを馳せる。
全てをかけて、わたしを悪の道から救い出してくれた少女。
かつて彼女に抱いていた歪んだ感情は、時の流れと共に徐々に薄れていき、今では消え失せている。
ラブは、わたしにとって、特別な存在。かけがえのない親友、大事な家族。
その無邪気な笑顔が、わたしの心を明るく照らしてくれる。
そして、わたしの大切な仲間たち。せつなは美希と祈里の顔を思い浮かべる。
ラブの、愛あふれる太陽のような笑顔。
美希の、希望と自信に満ちた笑顔。
祈里の、見ているだけで癒されていくような笑顔。
彼女達の笑顔が、きっとわたしを支えてくれる。
わたしも、精一杯の笑顔で彼女達を支えたい。
目尻に溜まった涙を手の甲でぬぐう。
──泣いてばかりいてはダメだ。
せつなは毛布をかぶり、窓際へ向かう。
カーテンを開けると、冬の寒空に剣のような三日月がくっきりと浮かんでいる。
答えは出ないかもしれない。でも、もう逃げない。戦うんだ。
そして、できることなら、もう一度、もう一度だけ彼と話をしたい。
お互い目をそらさずに、思いのたけをぶつけ合いたい。いや、きっとやり遂げてみせる。
せつなの瞳に強い光が灯る。
カーテンを閉め、寝床に入る。
固い決意を胸に、せつなは再び眠りについた。
───そして、最終決戦へ───