「はい」
手渡されたのは、小さな包み。
「なに、これ」
受け取ると、甘い香りがふわりと鼻先を掠めた。
「チョコレートよ。バレンタインの。知ってる?」
「……ああ。雑誌で見たよ。なるほどね、道理で今日は色々貰えるわけだ」
「色々、って他にも誰か貰ってたの?」
「イース……もとい、せつなとか、あと君と同じ制服着てた子が何人か。あとは――」
「も、もういいわ。言わなくて」
頭の中で今日の出来事を振り返ると、慌てたように彼女に遮られた。
「あれ、焼きもち?」
「違うわよ!」
くすくすと笑いながら、僕は美希の膨れた頬を突っついた。
柔らかい感触をもっと楽しみたくて、つい唇を寄せた。
「……っあ」
彼女は一瞬身体を強張らせたけれど、気にも留めないように視線を逸らした。
そんな仕草が、こっちの嗜虐心を煽ってるの、いつ気づくんだろうか。
「ん……」
今度は唇に。初手は、触れるだけの軽いキス。
あとはもう気の向くまま。額に、首筋に。耳たぶを甘く食んで、きゅっと閉じられた瞼にも唇を押し当てる。
開いた瞳を覗くと、潤んで頼りない光を灯していた。
細い指に、自分の指を絡める。
「やっぱり、君の手は温かいね」
「……あたし、カンペキ。だもん」
彼女も同じことを考えていたらしい。照れているのか、仏頂面なのも可愛らしい。
絡め取った指先、一本ずつキスを落とす。彼女を見ると、もう真っ赤だった。熟れたてフレッシュ。
「嫌なら止めてあげるけど」
苛めてしまうのは、自分が幼稚なせい。彼女も律儀に反応するものだから、抑えられない。
「そういう言い方、ずるい」
「そ?」
予想通り、美希はまた頬を膨らまして抗議してくる。それを流してやれば、返ってきたのはまさかのフォークボール。
「あなたは、私にして欲しいこととかないの?」
それはまあ、色々ある。して欲しいっつうかやらせたいというか。
むしろやりた……おっと、いけないいけない。
「……もう充分すぎるほど貰ってるけどなぁ」
「そうかしら」
本心が漏れたのか、彼女は少し訝しげに見つめてくる。
「だって、君がいなけりゃ僕はここにいないしね」
これも僕の本心。他の誰にも晒せない、所謂『あまずっペー』気持ち。
美希は顔を赤らめたけど、多分こっちも似たようなもの。気付かれないうちに、抱きしめる。
「ああ、そうだ。じゃ、一つ聞いてくれる?」
ふと、彼女に教えられそうなお願いを思いついた。
「なに?」
「僕がこの姿の時は、『瞬』って呼んで欲しい」
「え、でもせつな達は……」
「あれは置いといていいよ」
美希はほんの少し、考え込むように顔を伏せる。
僕も黙って答えを待った。やがて彼女は顔を上げて、こちらへ向き直る。
「……分かったわ」
「じゃ、早速呼んでみて」
「今?すぐ?」
困惑の色が、彼女の表情を彩る。疑問をそのまま返した。
「今。すぐ」
「えっと……し、……」
何度か口を開いちゃ閉めてを繰り返し、中々出てこない。
「聞こえないよ」
「ぅ……しゅ、瞬……」
蚊の鳴く様な、小さい声。
ああ、多分今僕はとんでもなく間抜けな顔をしているんだろうな、と思った。
気付かれないように、更に腕に力を込めた。