「んー……」
カーテンの隙間から差し込む人工の光が眩しくて、東せつなは思わず布団に潜り込んだ。
頭まですっぽりかぶって再び目を閉じかけたが、思いなおして上半身を起こした。もう朝だ。起きなければならない。
隣の恋人は裸のまま大きな体を縮こまらせて、枕を抱きしめながら眠っている。
だらしない寝顔すらもかわいいと思ってしまう自分に呆れながら、せつなは辺りに散らばった衣類の中からYシャツと丸まった下着を探して手繰り寄せた。
下着を履き、素肌にYシャツを羽織ると、やっぱりどこをどうみてもサイズが大きい。
袖はどこまでまくれば終わりが見えるのかというほどだったし、丈だってワンピースと呼ぶのにも長すぎる。
このYシャツはウエスターがわざわざあちらの世界から取り寄せたものだ。自分の服があるからと断ったのに、いいからこれを着ろと手渡された。
ラビリンスには保温性も通気性も完璧に保障された衣類がそろっているというのに、あちらの世界の、それもウエスターのサイズに合わせた服を着せようとする意図がせつなにはわからなかった。
尋ねてみたところ「男のロマンってやつだ」と、得意げに返された。どうせまたどこかでろくでもない知識を仕入れてきたに違いない。
呆れながらも言われるままに従ってしまうのは、あちらの言葉で言う「惚れた弱み」という奴なのだろうとせつなは実感していた。
けれど、あちらの世界の不便な文化も、時には悪くないと思えるのだ。たとえばこの布団だってそうだ。
単なる二枚の布なのに、保温カプセルよりずっと暖かいような気がするし、昨日の夜みたいに人に言えないようなことをするのにも実はとても都合がいい。
小さな布団の中で、二人じゃれあいながら暖をとるのはとてもくすぐったくて楽しい行為だった。
昨夜のことを事細かに思い返して、せつなは頬が熱くなった。やはりいまだに恥ずかしいものは恥ずかしい。
互いに素肌をさらすような関係になって、もう年単位が過ぎていたが、それでもそういう意味では慣れることがなかった。
ボタンをすべてはめ終えると、せつなは布団から這い出した。少しだけ覗いている金色の髪の毛を触りながら、甘えるように囁いてみる。
「起きて」
反応はない。苦笑して今度は軽く髪を引っ張ってみたが、やはり反応はなかった。
朝の光に透けてさらさらと流れる金髪は美しかったが、ラビリンス人としては若干色が濃い。
彼の本来の髪の毛は、もっと淡いミントグリーンで、肌の色も瞳の色も今よりずっと色素が薄かった。
この姿…西隼人の姿は、かつて彼らが他のパラレルワールドを侵略する任を負っていた頃、カモフラージュの為利用していた姿だった。
色々あってラビリンスに戻ってきた今、仮の姿である西隼人になる必要はもはやなくなったのだが、ウエスターは今でも極力この姿を保っている。
それが自分のためだと知っているから、せつなは「西隼人」の彼をとても愛おしく思うのだ。
一度は捨てた故郷ラビリンスに戻っても、せつなは「東せつな」のままだった。一応、スイッチオーバーを試してはみたのだが、
イースとしての命を終えてしまっていたせつなは、やはりイースに戻ることはできなかった。
ウエスターは「どんな姿でもおまえだ」と言ってくれたのだが、ほんの少しだけ落胆した様子を見せたのをせつなは見逃さなかった。
過去の自分すら妬ましく思うなんて、よくよく恋は人を魔物にするものだと実感した。
ともあれ、それからのウエスターは公的な業務の時以外、西隼人の姿でいることが多くなった。
東せつなの紺色の髪と健康的な肌は、ラビリンスにあっては浮いてしまう。彼がせつなに気を使っているのは明らかだ。
そのことを話題にすると、気分転換だと言ってはぐらかすウエスターに、せつなはいつも泣いてしまいそうになるのだった。
髪を手で梳くのにも少し飽きてきて、せつなはもう一度口を開いた。
「起きてったら、ほら!遅れるわよ?」
今度は少し強めに言ってみる。布団をわずかにはいでみたが、口を半開きにして幸せそのものという顔で眠りこける姿が確認できただけだった。
「起きないわねえ……」
無防備な寝顔をさらすウエスターを見下ろすうちに、せつなの頭にムクムクといたずら心がもたげた。
笑いを噛み殺しながらそっと手をつき、馬乗りのような態勢になる。
「イタズラしちゃうわよ」
最後の警告とばかりに顔を寄せ小声でつぶやいてみたが、やはり反応はない。
せつなは楽しそうにウエスターの鼻に手を持っていく。つまんでしばらく様子を見ると、息苦しそうに身をよじりはじめた。
さすがにこれなら起きるだろうと踏んでいたせつなだったが、突然大きな体が寝返りを打った。
はずみで指先が外れてしまう。まんまと逃げおおせたウエスターはまた規則正しい寝息を立て始めた。
――器用な奴。
呆れながらもせつなは次の手を考える。やがてあわらになった耳朶に目を止めた。
いっそ噛みついてやろうかしら、とも思ったが妙な気分になってしまいそうで自重した。
代わりに耳元に目いっぱい顔を近づけて、思い切り息を吹きかけてみる。
「うっひゃう」
せつなが身をかわすと同時に、ウエスターが奇声をあげて体を起こした。
何が起きたかまでは把握できていないらしく、半分降りた瞼でキョロキョロと視線を彷徨わせている。
「ふふっ起きたわね」
「……イース」
やがて視界の中にせつなの姿をみとめると、片腕で腰を抱いて引き寄せてきた。
開ききった胸元に顔を埋めるようにして押し付ける。
「あら、起きがけなのに元気ねー」
「やっぱいいなこの格好。ドーナツといい、あっちの世界の連中は偉大だ」
大真面目にそんなことを言いながら、決して離そうとしないウエスターはまるで大きな子供のようだとせつなは思う。
彼が喋るたび、肌をくすぐる呼気の温かさを持て余しながら努めて冷静に振る舞った。
「ほら、もうちゃんとして。今日はドーナツカフェ開ける日でしょ?」
「あー……そうだっけ」
片手で目をこすりながらウエスターが生返事をよこす。新メニューを出すのだと張り切っていたの誰だったのだとせつなは少し呆れた。
幹部としての仕事の合間にウエスターが不定期でやっているドーナツ屋はラビリンスではなかなかの評判だ。
もっと味を極めていずれは他のパラレルワールドでチェーン店化するのが彼のもう一つの夢らしい。
どこまで本気なのかはわからないが、それが彼にとっての夢ならば自分にとってもやはりそうなのだとせつなは思っている。
「……あれ、なんか鼻が痛いぞ」
わずかに赤くなった鼻を押さえながらウエスターが言う。
「最初は普通に起こしてたのよ?でも何しても駄目なんだもの」
苦笑するせつなに、記憶にないというようにウエスターは首をひねって見せた。
「ねえ、そろそろ離して。朝ごはんつくるから」
せつなはウエスターの腕にそっと手を置いて、やんわりと押しのける。
だが太い腕はびくともしなかったし、それどころかますます力を込めて抱きしめられた。
「ちょっといい加減に……んっ…」
言いかけた言葉は最後まで音にはならなかった。突然呼吸をせき止められ、せつなは苦しさにあえぐ。
手首を握られているので抵抗もできない。もっとも、本人が認めるかどうかは別として、もとより抵抗する気はあまりなかったのだが。
あっという間に体が反転し、布団の上に押し倒される格好になる。一瞬、塞がっていた唇が離れたかと思うと、角度を変えてより深く重なった。
乱暴なキスと、視界の隅に揺れる金色を見て、まるでライオンみたいだなとせつなは思う。
切れ長な青い瞳に見つめられるといつも、捕食される小動物みたいに動けなくなってしまうのだ。
こんな風にぐずぐずとなし崩し的に怠惰な朝を過ごしてしまうことはこれまでにも何度かあって、そのたびにこれじゃいけないと思うのだが、
一度としてとどまれた試しがなかった。今日もきっとそうなるんだろうという予感を胸に、形だけでも訊いてみる。
「ドーナツカフェは……いいの?」
「昼からにする。元々不定期だしな」
唇が首筋を伝い、徐々に胸元へと近づいていく。音を立てて吸い上げるたび、あちこちに紅い花が咲いていった。
ドーナツを買いに並んでくれるお客さんには悪いが、もう少し待ってもらうことになりそうだ。
ドーナツ屋店主のウエスターや新生ラビリンス幹部のウエスターはみんなのものだが、
ただの男としてのウエスターは自分だけのものだと、せつなは甘ったるい独占欲に酔った。
そっと腕を回し、引き寄せるように首を抱く。一瞬驚いたような顔を見せたウエスターにせつなは素早くキスをした。
「あんまりかわいいことするなよ」
「あんっ……」
いつのまにか大きな手が、Yシャツ越しに胸の先端に触れている。
親指で軽く摺ると、簡単に立ち上がって存在を主張し始めた。
ほんの少し触れられただけで、痛いほどに張りつめているのがせつな自身にもよくわかる。
ウエスターは片手で器用にボタンを外しながら、隙間から肌に手を滑り込ませた。
年齢にしてはよく育った胸も、ウエスターの手にはすっぽりと収まってしまう。
こんなに大きな手がどうしてこうも繊細な動きをするのかとせつなはいまだに不思議でならなかった。
片方の指先でやわやわと弄びながら、もう片方の胸元に唇を落とす。ちゅっと音を立て、ウエスターは桜色の蕾を口内に含んだ。
厚ぼったい舌のぬらぬらとした動きを感じて、せつなは思わず身じろぐ。奥歯を噛んで、声を押し殺した。
「っ…………」
そんな様子を見て、ウエスターが軽く眉根を寄せる。せつなのその癖は彼にしてみれば面白くないのだが、せつなにもせつなのこだわりがあった。
結局、最終的には口も体も開かされてしまうのだとしても。ウエスターの右手が、せつなの太股のラインを撫であげる。
指の這いまわる感触がくすぐったくて、せつなは小さく息をのんだ。ボタンはとうに全部外れてシャツは肩からかかっているだけのような状態になっていた。
やがてウエスターの手が、あっさりと脚の間まで辿りつく。閉じた脚に自らの脚を割りいれて開かせた。
盛り上がった土手に無骨な指先がそっと触れ、親指の腹が軽くクリトリスを摺りあげる。人差し指が割れ目をなぞる様に動いたかと思うと、つぷと布地越しに挿しこまれた。
「ふぁっ」
せつなは慌てて口元を押さえたが、漏れた声はしっかりと聞かれてしまっていた。
気を良くしたウエスターは下着の隙間から直接指を挿しいれてきた。
淡い茂みの中を探る指が、すでに湿り気を帯びた部分を何度もなぞる。やがて緩慢な動作で秘唇に指先が侵入した。
「あっ……いやっ……」
体の方はもっともっとと求めているのに、否定の言葉が口をついて出てきてしまう。
本気で嫌がってはいないことを悟られているから、ウエスターの太い指はさらに深いところまでせつなを貫いた。
その間もキスはやむことなく続き、独立した生き物のように動く舌が、逃げようとするせつなのそれを器用に絡め取っては引きもどす。
じわじわと押し進められていた指が、とうとうすべてせつなの中に飲みこまれた。
「ほら、全部入った」
「……んっ……いちいち報告しないで」
下腹部に感じる圧迫感にせつなは息を吐く。今度はゆっくりと指が前後し始めた。
ぬちゃぬちゃと艶めいた水音が響き、いたたまれなくなる。乱れる呼吸を懸命に制御しようとするせつなの目を、ウエスターが覗きこんだ。
目が合うと、いたずらが見つかった子供のような目で笑う。それを見て、せつなの中のどこかでスイッチが入った。背中に回した手に力を込める。
「ウエスター……きて」
「イース……」
膣内から指が引き抜かれ、ただの敷物と化していたYシャツと下着が乱暴に取り払われた。
足首で丸まって引っかかっている下着を邪魔だとばかりに蹴飛ばすと、ウエスターは焦れた様子で昂ぶった己のものを取り出した。
そしてせつなの潤った部分にあてがうと、一息に腰を沈めた。
「ああっ……」
ひときわ高い声があがり、挿入された塊はやすやすとせつなの中に入っていく。逃さないとでも言うように収縮する膣内の狭さにウエスターは我を忘れた。
奥まで打ちつけては引きもどし、腰をぶつけるようにしてピストンを繰り返す。
一番敏感なところを探る様に何度も突き上げられて、せつなは背中を弓なりにのけぞらせた。
うっすらと汗の浮かんだせつなの首筋に、ウエスターが鼻先を押しつける。
頭の芯を痺れさせるようなその香りになけなしの理性がはじけ飛んだ。
せつなの片方の脚を持ち上げ、より深く挿入する。あらわになった結合部からは肉のぶつかりあう音と、ぐちゅぐちゅという卑猥な水音が漏れていた。
「んっ……はぁっ……うえすたぁっ…もっと……」
甘えるような舌ったらずな声と焦点の合わない潤んだ瞳が無自覚のうちにウエスターを煽った。下腹部にある、熱い塊が質量を増すのをせつなは確かに感じていた。
「もっと……なんだ?」
「もっと……きもちよくして……」
「……やばい、今のでKOFUKUゲージ振り切れた」
その瞬間、ウエスターの目に凶暴な光が宿った。せつなの膝の裏に手を添えて持ち上げ、自分の肩にかけると、そのまま深く腰を落とした。
「あんっ……あっ……」
子宮の入口まで届くほどの深い挿入にせつなは体を震わせる。即座に反応して締め付けが強まるのを実感した。
リズムなんてお構いなしに無茶苦茶に突かれ、何かが背筋を貫いた。やがて排尿感に近いものがせつなを襲う。
思わず身構えたが、体は持ち主の意思を無視して多量の愛液を吐きだした。
次いでくたりと力が抜ける。ずり落ちそうになったせつなの脚をウエスターの手が支えなおした。
「んぅ……やだぁっ……」
「なんだよ…そんなによかったか?」
達してしまった恥ずかしさに顔を覆うせつなをウエスターは満足気に眺めた。
そしてピッチを上げ、込み上げる射精感に後押しされるように一心不乱に突き上げた。
「イース、…イースッ」
ぼんやりとしかけた意識の中でせつなはウエスターの声が自分の名を呼ぶのを聞いた。
愛される喜びを最初に教えてくれたのがラブたちなら、愛する喜びを最初に教えてくれたのはウエスターだ。
ひどいことばかり言う、ヒステリックでかわいくない女だったのに、それでも必要だと言ってくれた。
あんなに嫌だった「イース」という名前が今はとても大切なもののように思えるのだから、人間どんな心境の変化があるかわからない。
――イースだった自分も愛せるようになったのは、あなたがいたから。
「すきよ、ウエスター」
「……俺もだ、愛してる」
膣内の陰茎が大きく脈打ち、ウエスターはそのまませつなの中で吐精した。
ビクビクと震える先端から多量の白濁が注がれ、溢れだしたそれが布団を汚した。
同時に訪れた疲労感に引きずられるまま、二人は布団の上に身を投げ出した。
「ねえ、今度こそ起きないと。お客さんもう待ってるわ」
少し汗ばんだウエスターの背中に向け、せつなは呟いた。
気付けばもう昼は近くなっていて、まだ朝食もとっていないことに気づいて呆れた。
「んー、もうちょっと」
そう言ってくるりと体を反転すると、ウエスターの両腕が伸びてきてせつなの体を抱きしめる。
小さなため息をつきながらも、せつなの心の内は幸福で満たされていた。
腕の中で顔を上げて、喉仏から鎖骨まで視線を落とす。事が終わった後、上気したウエスターの体を眺めるのもせつなの楽しみのひとつだった。
隆々とした筋肉の描くしなやかなラインだとか、節くれだった大きな手だとか、まるで一体の綺麗な獣のようで、どうしようもなくみとれてしまう。
単なる同僚で、場合によっては邪魔者でしかなかった目の前の男が、恋する女の子としての自分をこうも浮き彫りにするような存在になるとは、数年前は思いもしなかった。
「ねえ、私今日早く帰ってこれそうなんだけど……」
「そうか。俺も今日は夕方まで店やったらまっすぐ帰ってくる」
「それじゃ、お夕飯何か作っておく?」
「ああ、悪いが頼む」
「一緒の夕食なんて久しぶりね。ワインでも用意しとくわ」
「ワインか。いつだったかパーティに潜入した時飲んだことがあるがありゃいいもんだ」
今日の献立は何にしようかとせつなは頭の中で考えを巡らせる。
できればあちらの世界から取り寄せたワインに合うものを用意したい。
冷蔵庫の中には何があっただろうか。欲しい食材はこちらだけでは調達できないかもしれない。だったら早めに用意しなければ。
「……どうしようかしら」
「なんだ、ずいぶん考え込んでるな」
「バカね、恋愛はいつだって真剣勝負よ。当り前でしょ」
顔中にはてなマークを浮かべるウエスターに、せつな小さく笑った。
愛する誰かのために何かをすることのなんと幸せなことか。東せつなは確かに吹き荒れる幸せの嵐のただ中にいるのだった。