「――い。おい、起きろよ。キュアベリー」
「ん……え?」
低い声に、まどろんでいた少女の意識が覚醒する。
自分の名を呼ぶ、相手を求めて辺りを見回した。
「やっとお目覚めかい。随分と大物だね」
酷薄な笑みを浮かべた青年と、目が合った。
「サウラー……?ここ、どこ」
「さぁ。デリートホールの中身なんて、興味ないね」
「……あぁ、そっか。あの時、私」
そこで漸く、自分が置かれている状況を悟る。
彼の離そうとした手を、再び取って。そして、二人共落ちてしまったのだ。
「お前は、馬鹿なのか?」
「えっ」
既に、先程の笑みはなく。
不機嫌に睨みつけてくる青年に、ベリーはつい身を縮こまらせてしまう。
「何でお前までここに落ちてるんだよ。そもそも、敵である僕を助けようとするなんて、お人好しにも程があるね」
「わ、悪かったわね。仕方ないでしょ、放っておけなかったんだから」
少しだけ物怖じしながらも、少女は自分の意思を正直に話す。
「だから、僕はお前の敵だろうに」
「でも。『イース』と私達は分かり合えたわ」
少女にとって大切な友人の名に、サウラーは益々眉間の皺を濃くした。
「……イースと僕を一緒にしないでくれ。虫唾が走る……ッ」
「そうかしら。あなたとあの子、似てると思うけど」
主への絶対的な忠誠心。
そして、それ故に自己を省みない危うさ。
だから。放っておけなくなってしまう。
「お前なんかに、僕の何が分かる」
「分からないわよ。……あぁ、そうね。きっとそのせいだわ」
「ハァ?何がだよ」
「何も知らないから。あなたのこと、知りたい。だから、私はここにいるのよ」
多分ね、と付け加えると、少女は穏やかに微笑む。
その温い表情を見ていると、何故か怒りが消えていった。
代わりに沸いてきたのは、言いようのない愉快な気持ち。
「そんな、くだらないことのために」
「くだらなくなんてないわ。さっきも言ったじゃない。あなたとも笑いあいたいって」
温もりと共に与えられた言葉。ああ、もう限界だ。
「はは、ははははっ。あー、馬鹿だ。お前達はどうしようもない馬鹿だ!っく、あっはははは!」
笑い出せば、止まらなかった。
「な、何がそんなにおかしいのよ」
「ああ、本当に。どうしようもない娘だからだよ。君が」
「悪かったわね……ふんだ」
涙さえ浮かべて馬鹿笑いする青年に、キュアベリーは最初、腹を立てた。
けれど、その笑顔がとんでもなく晴れやかで、憑き物が落ちたようだったから。
仕方ないなぁ、と胸の中で呟くのだった。
けれど、穏やかな時は長くは続かない。
「ああ、始まってしまったようだね」
「きゃあっ?やだ、何これ」
周囲に散らばっていた廃棄物が、さらさらと音もなく消えていく。
ホール内の磁場による、分解。そして消去。
二人も例外ではなく、手始めに消えたのはリンクルン。
変身が解除され、身に着けた服も消滅。
異性の前で自分の意思を無視したあられもない姿にされ、美希は悲鳴を上げてしまうのだった。
「……っくしゅ」
その叫びも、物理的状況により留められた。
「ああ、寒い……のか?」
その通り、廃棄物処理場に温度調整機能なんてない。おまけにそろって素っ裸。
それは寒いだろう。けれどもこちらにも服はなく、暖められるものと言えば、一つだけ。
「え」
「これで、少しは寒くないかい?」
硬い感触と、温もり。
「え、や、寒いって、ええ?」
「何?まだ足りないって?これ以上くっつくのは無理じゃないかと思うけどね」
美希の体は、サウラーの腕に納められていた。
「そうじゃなくって、ああ。もうっ、何なのこの状況ッ」
「裸で抱き合ってる」
「言わなくていいわよぉ!」
真顔で告げられた事実に頭に血が昇っていくのを美希は感じた。
そして、ある違和感に気付く。
「……あの、っていうかさっきから何か当ってるんだけど」
下半身に感じる違和感。
美希は保健体育の授業を思い出した。
「?……あぁ。君、男の裸見たことないんだねぇ」
あからさまに馬鹿にした口ぶりに、つい彼女は言い返した。
「あ、あるわよっ。そんなの!」
「家族以外で?」
「ぅ……う、五月蝿いわねぇ!悪い!?こ、こんなの見たことも触ったこともないわよ!」
父や弟と風呂に入ったことはあった。が、幼い頃の話だ。録に覚えていない。
それ以外となれば。現在絶賛進行形の案件一件のみである。
「ふうん、なら触ってみる?」
「ええええ!?あ、あなたさっきから言ってることおかしくない!?」
大いに動揺する少女と対照的に、青年は涼しい顔でひどい提案をしてきた。
「かもね。ま、もうお先がない訳だし?経験なら今のうちにしといてもいいんじゃないかい」
どうでもよさげな口振りに。少女は興味と生来の負けず嫌いが頭を擡げた。
おずおずと、つついてみた。
「う……ぁ、なんか、びくびくしてる……」
「まぁ、器官の一種だからね」
「ふわぁ……」
一本ずつ指が増えて、小さな手のひらが男性器に絡みつく。
先端から少しずつ擦り、根元へじわじわと這い上がる細い指。
「っ……」
「さ、サウラー?」
僅かに身動ぎしたら、彼女にも伝わったらしい。制止を考えたが、すぐに放棄。
彼女の手に委ねた。
「あの、平気?」
「……あぁ」
「そ。び、敏感なのね」
まだ伸びた手はそのままだった。
「君のだってそうだろう?」
「は」
一瞬の沈黙の後、少女は手を離すと自分の身体を覆い隠そうと身を縮こまらせた。
その身体はどう見ても全身真っ赤だった。
「……ああ、そっちも未体験か。それは失敬」
「う……」
「僕でよければ相手しようか?」
冗談が八割占めた発言だった。
「えっ?」
「冗談だよ」
少女は、黙り込む。
「……」
「何?怒ったの?」
青年が焦れたように美希の顔を覗くと、彼女も真っ直ぐに彼を見た。
「……いいわよ」
「は?」
「だから、それ、しても……いいって言ったの」
サウラーは一瞬理解が遅れ、ぽかんと少女を見る。
「自棄になったのか」
「違う、……寒いの」
「寒い?」
「ん、だから……暖めて?」
潤んだ瞳が、青年を捉えた。
「…………」
考えるより、言葉にするより早く、身体が動いた。
「んんっ」
唇が、重なる。サウラーは美希の唇の中を貪った。
「はぁ、はっ……んぅうっ」
舌で弄び、空いている手で身体に触れた。
「!!んんんーっ」
驚き、身を引こうとする美希。だが、拘束された顎のせいで、ままならない。
「……ふぁ……ぁ、んっ……んあ」
膨らみをなぞり、その頂を押し潰して捻る。
未経験の刺激に、少女の身体は痙攣した。
塞いだ唇から漏れる声がもっと聞きたくて、顔を離す。
代わりに、弄っていない方の乳首に噛み付いた。
「ひゃぁっ!あ、やぁあんっ」
「もう感じてるんだ。淫乱だね、処女の割りに」
「何よぉっ、そうさせたのは、あなたでしょっ……ふゃぁ!」
くびれた腰を撫でて、口付ける。そのまま手を回して、引き寄せた。
それから、秘部に手を伸ばす。さすがに殆ど濡れていないそこを、少しずつ解していく。
「はーっ、はっ、ぁ……ああっ」
荒い息に混じる、甘い声。
湿りが足りないので、自分の唾液を指に垂らして更に広げていく。
「ひあ……ぅ、あ……」
触れられるのが恥ずかしいのか、少女は顔を真っ赤に染め、必死にそこから目を逸らしていた。
「んんっ、くぅあ……っ、っあ」
執拗に指の出し入れを繰り返し、柔らかく濡れた指を舐めた。
「な、何してっ」
「舐めたんだけど?何?」
「何でそんなことするのよぅ……っ」
美味しそうだったから、とは言いにくかった。
「知らないね」
「ふ、くぅ、んっ……」
もう一度手を伸ばし、今度は掠めるように撫でた。
敏感になった身体にとても足りない刺激に、少女は切なく啼いた。
「ぁあっ。ンっ、うぁ……あッ」
けれど、指で足りなくなったのはこちらも同じ。
それに、時間だって有限だ。
「そろそろ、……行くよ」
「んぁ……っ。う……」
少女に浮かんだ恐れや怯え。かつて見たときと、胸に広がる思いは随分変わった。
「……んっ」
そっと、唇に触れた。髪を撫でて、そこにもキスを落とす。
彼女の瞳に写る自分が、ひどく情けない顔をしていた。
「サウラー」
「いい?」
「…………うん」
短く、小さな返事だったが、彼にとっては充分だった。
「……っ、く。かは……ぅ」
「痛い?」
「あ……さ、うら……サウラぁ……っ」
はらはら涙を流しながら、少女は青年の首筋に腕を絡ませた。
少し腰を引くと、繋がった部分から愛液と混ざった赤いものが見えた。
「もうちょっと、だから」
涙を拭い、奥まで貫いた。美希はあまりの衝撃に声も出ない。
あまりに痛々しいので、動く気にもなれなかった。
腕の中の彼女の震えが収まるのを見極めて、囁いた。
「キュアベリー」
「ふあっ……はぁ。な、何……?」
口元には、気付かないうちに笑みが浮かんでいた。
「お前なんて、大嫌いだよ」
「……わ、たしだって、あなたみたいな陰険、んんっ、全然タイプじゃないんだから」
そう言いながら、少女も少しだけ微笑んだ。
「でも、今……」
「……っ、あぅ……」
自分らしくない、言葉が零れだす。
その流れに身を委ねようとした、その時だった。
――きゅあきゅあきゅあ〜ぷりっぷ〜
「ハァ?」
「し、しふぉ……くあぁっ!」
眩い光が、彼らをデリートホールから掬い上げた。
……それから彼らがどうなったか、って?
ラビリンス国内に設置された監視カメラに、こんな記録が残っている。
「なんだよその羽。邪魔臭い、っていうか刺さってるんだけど!」
「知らないわよ!っぁあん、そんなに掻き回したらだめぇ!!」
「走ってんだから仕方ないだ、ろッ」
「何よぉ、そっちこそ何でそんなに白くなってるのよ!王子気取りなわけ?」
「ハッ、そうだねぇ。なら、君がお姫様とでも言う気かい!」
「っや、馬鹿なこと言ってんじゃないわよーッ」
駅弁スタイルで駆け抜ける二人。後に残ったのは賑やかな痴話げんかだったとさ。