窓からは乱暴なまでの眩い光が射し込んでいた。朝だ、知っていた。
それでも東せつなは繭のなかのかいこのように布団にくるまったまま指先ひとつ出すつもりはなかったし、
西隼人も手持ちぶさたにパンダのぬいぐるみを撫で回すばかりで彼女を引きずり出すつもりはなかった。
ふたりとも、同じことを考えていた。
「こんなはずじゃなかった、どうしよう」と。
ほんの数時間前までは、まあ、容易いことではないだろうけれどそこまでおおごとでもないだろうと思っていたのだ。
事前にきちんと知識を仕入れて、シミュレーションを行えば、それなりにつつがなく終えるものだと思っていたのだ。
だって子供をもつ夫婦は例外なくしていることだし、恋人たちだってしていることだし、
個人レベルでは些事ではないが、社会単位でみればごくごくありふれたことだから。
セックスなんて、大事件にはなりようがないはずだったのに。
それなのに、どうしてこんなことに。
なぜ、いつもいつも思い通りにならないのだろう。
西隼人と呼ばれる青年と、東せつなと呼ばれる少女は、
紆余曲折を経て恋人どうしのような婚約者のような関係になっていた。
かつての故郷、「管理国家ラビリンス」には存在しなかった概念である。
「新しい国民」の生産は、データバンクによる精子と卵子のシャッフルと培養槽で行われていた。
妊娠期間や出産など非合理の極みだったし、生身での生殖行為もそうであると総統は判断していたのだった。
それでも生物である以上は発生する性欲のたぐいはホルモン投与と脳内ドラッグの一種で置き換えられていたし、
永きにわたる「自力での繁殖を必要としない状況」、「自由意志が剥奪された状態」は、
ラビリンス人という種族からあらゆる自発的な欲求そのものを少しずつ奪い取っていた。
緩やかに、種族そのものが死へとむかっていた。
「出張先」で、彼と彼女は生身の生殖を娯楽とする文化に触れたが、それはひどく野蛮で原始的に思えたし、
他の選択肢が無いからそうしているのだろう程度にとらえたものだった。
メールが普及しているのにわざわざ手書きの文字で手紙を書くような、無駄で意味のないことだろうと。
だがそれからいろいろあって、彼と彼女はそうした無駄なものを積極的に楽しむようになった。
あたらしい概念の関係もそのひとつで、これを二人はとても気に入っていたし、楽しんでいた。
で、まあ、なんというか、そろそろあれも試してみていいんじゃないか、
つまり野蛮で原始的で無駄で意味のないものに思えたあれを。
という議題が提示されたのが先月。
ふたりは故郷に、いわゆる「出張先」で見つけた素敵なものをたくさん持ち込みたいと考えていた。
目に見えるものや見えないもの、さわれるものさわれないもの。
生きるよろこびとうつくしさのもとになるもの。
我々は先人としてその行為を試すべきではないか、というような、
やたらに真面目ぶった、堅苦しい彼の主張に、彼女も堅苦しい顔で同意した。
その後たがいに、なぜ自分たちはそうすべきかという、政治的だったり、倫理面だったり、
社会面だったりの観点からじつに筋の通った自論の展開を行った。
「同僚」だった頃ですらここまでの緊迫感をはらんだ応酬はなかった。
どこぞに論文として提出できそうな整然とした論調。合理性国家出身者らしいやりとり。
が、つまり、二人の真意は一致していた。
ひとことでいうと、「待てない」だった。
だって好きな人が近くにいて、さわったりさわられたりしてもいいような許可が与えられてるのに、
そのうえまったくもって奇跡としか思えないが相手もそれを望んでいるっぽいのに、
なんで我慢しなければならないのか。
というか誰にも我慢しろなどとは言われてはいなかったが、それはそれ。
彼側の勤務シフトとか、彼女側の体調とか、そういうものを考慮したうえで、二週間後にしようという話になった。
その二週間後が、8時間前のことである。
時間前。
東せつなは、ベッドランプだけが灯された寝室のベッドの上で、
所在なさげにパンダのぬいぐるみをいじりまわしていた。
湯上りの肌に薄いピンクの部屋着、スクエアネックのタンクとショートパンツである。
特にどうとでもない部屋着を選んできたつもりだったが、
いつになくふとももや鎖骨をむきだしにしているような気分になって落ち着かない。
布団のなかに隠れてしまおうかとも思ったが、
それはそれでなんだかすごいやる気みたいでいたたまれない。
やっぱりブラは着けておいたほうがよかったのかしら自分で外したかったかしらとか体洗うの念入りにしすぎたかしらとか
そんなことをぐるぐるぐるぐると考えながらの彼女の目は思考のけなげさと裏腹にひどく凶悪に据わっていて、
メンチきられっぱなしのパンダは今にも彼女の握力でつぶれそうである。
(いえ、大丈夫よ、平常心よ。時間にすれば映画よりずっと短いわ。
裸見られるのだってたいしたことじゃないわ、だってみんなもともと裸なんだもの、そうよぜんぜんたいしたことじゃ)
「悪い、待たせたかせつな」
「いえちっとも… って キャーーーーーーーーーーーー!!!(←夜間につき小声/根が真面目なので)」
「え、え、なんだ、なんかおかしいか俺」
「や うわ え だって」
真っ赤になってうろたえる彼女を、わけがわからないという顔で彼が見ている。
なんでわからないの!と言いたいが言えない。言ってもぜったいわからない。
西隼人は、とりこんだあとに適当にそのへんにほうっておいたせいでしわだらけのシャツと
、いつだかロードワークのために購入し、今は部屋着にしているグレイのスウェットのボトムを履いていた。
乾ききっていない前髪が、いつものサイドでわけているときとまるでちがった印象になっている。
(どれだけ世界を探しても、あのしわだらけのシャツと毛玉ついてるズボン以上に
わたしをどうにかする衣服って無いんじゃないかしら…!)
まったくもってそんなことはなかったが、とりあえずその瞬間の彼女にとっては確かにそうだった。
なんのかざりもないおかげで彼の体躯を否応にも感じさせる、
襟首が微妙に伸びたシャツから見える胸筋、骨ばった足首とグレーの境、
そういったパーツのひとつひとつを視認するほど心臓が暴れたが、探すのをやめることはどうしてもできなかった。
西隼人のほうも、東せつなのことをまったく新しいものを見るような目で見ていた。
いままでだってそれなりに露出した姿は見たことがあったし、夏場の私服だってあんなものだった。
が、あのときと今とでは状況が違う。食品サンプルと本物の料理のように違う。
いま自分の寝床の上にいる彼女は、ただそこにいるだけの彼女ではなく、食べることができる。
脚や胸だけでなく、肩にかかる髪の先、まるいかかとの形にまでも煽られる。
自分はどうして今まで、こんなものと、同じ時間をなにごともなく過ごせていたのだろう。
「…えっと… その、最初になにをすればいいんだ」
やりたいことが多すぎて逆にどれから始めるべきかわからなくなった西隼人が、彼女の隣に座りながら尋ねた。
「そ、…そんなの、わたしにきかないでよ」
そのシャツをひんむいてやりたいという衝動でいっぱいの東せつなが答えた。
「ええと…じゃあ脱ぐか」
「もう!?」
「す、すまん!あとか!それはあとがいいのか!」
「どっちだっていいわよ勝手におかしな納得しないでよ!
…そうね… とりあえずキスとかしたらいいんじゃないかしら…」
「そうか…そうだな、キスなら知ってるしやったことあるもんな、うん」
キスならば確かに何度かしていた。
じゃれあいの延長のようなそれは、手と手をふれあわせたり躰を寄せ合ったりする行為の、
唇どうしがくっつく行為、くらいの認識だった。
くちびると舌はほかの部位よりも情報の伝達量が多いとは感じていたけれど、
それほど性的なものではないだろうという捉え方をしていた。
甘かった。
ドーナツに生クリームとメイプルシロップとジャムを乗せて
紅茶風味の角砂糖(ティーカップに入った例のアレ)を添えたように、甘い考えだった。
ベッドの上でするキスは、まるで意味がちがった。
じゃれあいのキスが散歩なら、ベッドの上のそれは登山口のそれだった。
これから途方もないなにかがはじまる、その入口のできごとなのだと思い知らされた。
薄い布のむこうの体温を感じながら、すきまをなくすようにいつもよりぎゅうぎゅうと、
ぴったりとくっつき合ったり、抱きしめたりしながら、
鼻や頬をかたときも離さずにいろんな角度で唇どうしをくっつけあった。
もっと、という気持ちから歯や舌の裏側を探りはじめたのは当然のなりゆきだった。
相手のからだの一部が自分のなかにあり、体液がまじりあう、けれどそれは口だけの話で、
躰はどれほど抱きしめても隔てられたまま、それがせつなくてよりいっそう押し付けた。
そのうち、どんな顔をしているのか見たくなって、少しだけ離れてみた。
舌を噛みあったまま、顔をながめることができればいいのに。
ひとつずつ順番にしなければならないなんて、不便なことだ。
「は…っ、ん」
「…くるしかったか?」
「ん…くるしいけど、いやじゃないわ」
頬骨に触れて、まじまじと、いままで口のなかをさぐったりさぐらせたりしていた男の顔を見た。
上気した顔は呼吸がいくらか荒れていて、青い目が少しうるんでいた。
人の多いところではやたらに注目を集める、男らしい、尖ったパーツの貌は、熱に溶けかかっていて、
ああ、このかおも好きだ、と胸の奥がきゅうっとなった。
「お前って、やわらかいな」
「…?」
「なんか…すげーやわらかいな、うん…骨も細そうで…」
なんだかやたらに感動したふうの彼は、彼女のまるい肩を撫で、二の腕をそっとさすった。
それだけで、背骨がぞくぞくした。
「…あなたはかたいわね。ぎゅってかためたみたいな硬さだわ」
その硬いからだに、自分のやわらかい肉がかたちをかえながらくっつくのは気持ちがいいとも思った。
彼もそうだといいのだけれど。
「あー… 先にあやまっといたほうがいいかも。俺、なんか、やばいかも」
「…うん、平気よ。平気」
東せつなの性行為への知識は、中学の保健の教科書にはじまり、
少女向け漫画や小説、青年むけ雑誌、書籍、その他を大量に読破したことで得たものだった。
まず知識面での理解から、というのは彼女の習性である。
知っていることならこわくない。
女子中学生が摂取する量としては膨大なそれらの情報を統合しての認識は、下記のようなものだった。
・女性向け媒体では転がってるだけで「あ…すごい…こんなの、はじめて…!」みたいなことにしてもらえるらしい
・男性向け媒体では男がちょっとなでたりさすったりするだけで濡れまくるらしい
・しかし現実はまったくもってそういうものではなく、特にはじめてどうしの場合は9割方うまくはいかないし、
長期プロジェクトとしてフェーズを分割するほうが無難である
・うまくいかせるには生物学的な知識と男女的な心理学とマナーは必須、転がってるだけなんてもってのほか
・処女は濡れにくいし感じにくいしイったりするのはものすごく稀である、ていうか無いと思ってもいい
・ゴムだけでなくジェルとかやらしい形をしたなにかとか、そういうものを使ったほうが合理的である
などなど、その他その他。
いまや東せつなは貯めこんだ知識でちょっとした見識者レベルになっていたが、
それは未知への恐怖と、やっぱり、期待が動機だった。
そして、夢は見すぎないで、とにかく真摯に、誠実にことに及ぶべきであるという結論。
だいじょうぶ、相手は彼なんだから。
そのような見識を前提に、東先生がどうなっていたかというと。
「あ…あぁぁあん、あっ、あっ、だめ、あぁん、はぁ、ん…っ、
はやと、はやと、や、そこ、もっと、うん…っ、き、もちい… あ、はぁ、あ…っ!」
転がってるだけで、ちょっとなでたりさすられたりしただけで濡れまくって感じまくっていた。
(な、なにこれ!?話が違うんじゃないの!?)
「やだ、あ、はやと、しらない、こんなの、こんなのはじ… ……」
「…せつな?」
「いえ…」
(危ない…言うところだった…! それだけは言えない…!)
べつに言っても問題は無かったはずだが東先生は何かを守りぬいた。
すでに二人とも衣服ははぎとったあとで、なににもさえぎられることなくさぐりあっていた。
東せつなは西隼人と呼ばれることもある青年のあらゆる面にずぶずぶに惚れてしまっていた。
凛々しい顔立ち、美しいカラーリング、均整のとれた体躯、それをだいなしにするような崩れた笑顔、
あるいは研ぎ澄まされた戦士の姿、おそろしく勘が鋭いかと思えば殴りたいほど頭が悪いところ、
彼のつくりだすもののすべて、彼と存在するすべて。
その彼が、なにもまとわず、ただのひとりとして、呼吸を荒げて、獰猛ななにかを自分のために押し隠しながら、
やはりなにもまとわない自分を欲しがって、まさぐっている。
どうにかならないわけがなかった。
ふれられたところから花が咲くような、あるいは穴があいてしまうような感覚。
どんどん自分にあいていくそれを埋めることができるのは、彼だけだと知っていた。
それでも、だから、もっと、さわってほしい。
うすく汗ばんだ肌と肌が触れ合う感覚はどこもかしこも気持ちよくて、
彼女は無意識にふくらはぎとか腕とかをすりよせるようにしていて、それが西隼人の意識をより煽った。
彼女が痛かったり怖かったりしないように、からだのあちこちを、
胸とかふとももとかそういうわかりやすいところからひざのうらとかまで、
いじりまわしながらも、その顔を、観察眼と、いくらかの支配感をもって見ていた。
ずっと知っていたはずの彼女の、はじめてみる表情、声、躰、感触、それらがあまりにも鮮やかで、
自分はいままでなにも知らなかったのだと言うことを知った。もっと知りたい。
のけぞる首のその白さ、くびのラインにつながる、耳、そうだ、みみだってこんなにやらしいパーツだなんて考えたこともなかった。
まるくて、なんだか複雑な形をしていて、かたいところとやわらかいところがあって、
体内へつながる器官、おまえこんなえろいもんさらして歩いてたのか、けしからん、喰ってやる。
「ひあ、ぁ!? は、はや、はやと、あ、あー…っ…だめぇ、それ、あぁ…っ」
舌とくちびるで、ひだりみみをねぶられて、東せつなは喘いだ。
自分の耳のうちがわの形を、軟骨の硬さを、みみたぶのやわらかさを、べたべたした彼の舌に這われて知った。
熱い吐息がゼロ距離で吹き込まれ、それは脳を揺らした。
東せつなは彼の声もすきで、吐息も好きなのは今日知ったけれど、
それらが交代で聴覚の器官におしつけられたくちびるから流れ込むのは、
なんというか、もうこれ以上すごいことなんてあるはずがないと思った。
けれどもちろんそれは思い違いで、それをするために、東せつなの肋骨と腰骨のあいまを撫でていた西隼人の手が、
肌をなぞりながら、脚のつけねにおそるおそるといったかんじで近づいていった。
うすい下生えを指先で撫でられて、それまでくたくたになっていたからだが、やはり緊張に固くなってしまう。
ぎゅ、とシーツを握りしめた。
「…せつな」
「ん…」
「……好きだ。その… こういうときに、言うものか、わからんが…あいしてる、ってやつだとおもう……きっと」
「…うん」
胸を大きな手で、やさしくつつむようにこねられて、からだとこころの両方からの穏やかな快楽でまつげを震わせた。
彼がこの器官を気に入ったのは先刻知った。
自分としてもそこをさわられるのは気持ちいいし、年齢のわりには発育がいいし色だってわるくないと自負しているところだから、
ひじやへそを撫でられるほどには「そんなとこいじっても楽しくないんじゃ」という罪悪感を持たずにすむ、よいパーツだと思った。
戦士だったころは邪魔でしかなかったから、手術での除去を真剣に検討していた場所。
「お前といると、いろんな気持ちがおおきくなる…
楽しいとか、うれしいとか、うまいとか、きれいだとか…まあ、それで、追い詰めたこともあったけど」
「ふふ… 思い返してみれば、あの頃も、悪くなかったわ」
「そ、そうか… それで、その今はな、そう…熱が」
「ねつが」
「そう…なんかもう、体んなかぜんぶ、どろどろのごうごうに燃えてて、これは全部、おまえのせいだ」
「わたしのせい」
「なんでか、これは、俺がひとりで抱えちゃいけない気がする…お前にも伝えなきゃいけない、思い知らせたい、…ここから」
ふいに、指先がそこに触れた。
触られてもいなかったのにそこはすでにシーツにしみをつくるほどとろとろで、ぬるぬるで、くち、と水音がした。
かあ、と、その音に今更ながら真っ赤になった。
いままでなんのためになにをしていたのかを、突きつけられた。
けれど見あげれば視界には彼しかいなくて、ここという場所がどこであってももう関係なくて、
つまり、言うなれば、彼の腕のなか、それ以外のどこでもなかった。
だいじょうぶ、相手は彼なんだから。
たった今咲いた薔薇のように彼女は微笑んで、彼の首に腕を回した。
「うん… おしえて。あなたの熱。 すきよ。 あいしてる、きっとね」
指は、案外たやすく入ってしまった。
なんの痛みもないことに拍子抜けしたけれど、そういうこともあるのだろう。
もう怖さはない、ただ、ひらいて、受け入れるのを待つばかり。
行儀のわるい食事のような音を、自分の秘密の場所をかき混ぜる彼の指がたてている。
恥ずかしい、それはもう恥ずかしい。
だけどいくらか誇らしくもあった、わたしのからだは、こんなに彼を待ちわびていて、そのために変化しているのだと。
肩や髪を撫でられ、いろんなところにキスされながら彼にあたえられるものにただ酔って、甘えた。
指は三本に増えていたのだけれど、まったく気づいていなかった。
いろんなものをつくりだしたり、きもちよくしたりする指が、いまはじぶんのなかにあって、
探っている、ひろげている、器官で感じる純粋な快感とおなじくらい、そのことに感じた。
「ひゃぅ…!? や、な、なにっ」
突然、かさぶたをむいたあとの傷口にじかに触れたような鮮烈な刺激を受けて、東せつなは高い声をあげた。
「んー? ここ、女の体でいちばんきもちいいとこなんだろ?ほら」
「はぁ、あ、や、やぁん、だめ、はやと、それ…っ」
親指が、彼女の熱く尖った蕾に、自身の蜜を塗りこむように円を描く。
急激に高いところへ連れて行かれるような感覚に、すっかり狼狽して、せつなは軽くあばれた。
「や、やだ、ほんとに、ほんとに待って…っ」
本当に怖がってる、と感じられた声音に、彼は親指の動きをやめた。
なかに入れた指はそのままだったけれど、彼女は、ほっと息をはいた。
「…痛かった、わけじゃ、ない…よな?」
「う、うん…あの、その… な、なんか、気持ちよすぎて…
だって、あなたにさわられるの…膝とか、そんなところでもきもちいいのに、
あ、あんなとこ、されたら… わたし、…おかしくなっちゃう…」
西隼人は、状況にそぐわないほど真剣な顔でなにかを思案した。
東せつなは、うっかりみとれた。
基本的に強引だけどやっぱりわたしのことを大事にしてくれる、ほんとにいやっていったら止めてくれる、隼人、好き…
「よし、続けよう」
「貴様!人の話をきいていたのか!?この馬鹿、ウエスター、やめろ、あ、あぁん、あ、はぁぁん、あ、や、だめ、」
純粋な肉体の快楽、とはいえそれも精神的なものがなければ得られないものだったのだが、とにかく、彼女はあられもなく喘いだ。
「なんか、くるっ、やー、はやと、はやとっ…!」
そうして彼女は大きく一度痙攣して、うちがわも手足もきゅうっと緊張させて、それから、くたりと弛緩した。
西隼人は少なからずおどろいた。
はぁはぁと浅い呼吸をくりかえす彼女に、指をぬいて、反対側の手で頭をなでてやりながらおそるおそる問いかける。
「……いったのか?」
「……し、しらない……っ…… いったことなんてないもん…」
「いや、だから、今の」
「わかんない、ってば…!」
甘い雲が脳をつつみこんでいるような感覚と、下肢の痺れに浸されたまま、
東せつなは、意地と根性で、腕をつかって起き上がり、ラリアットの要領で彼を寝具にしずめた。
その上に半分のっかるようにして寄り添う。
「…しかえししてやるわ」
微笑んだその艶美さは、イースでもキュアパッションでも、東せつなでもなかった。
あるいは三人分だったのかもしれない。
また知らない顔だ、と、西隼人はただその表情にうたれた。
あと、しかえしの内容に期待した。
東せつなは、彼の下腹部に手をすべらせて、そのまま、なんだかすごく熱いものをゆびさきで捉えた。
まだ怖くて見ることはできなかったから、指と、てのひらで、そのかたちを確かめてみた。
熱くて、湿度があって、固い。指でたどれば、彼の手の甲のように浮いた血管と、脈打つそれを感じた。
それにしても、自分のなかに入るものとしては、大きすぎる気がする。
先端の感触が人体として面白かったので、指の腹ですりすりしてみた。
「ぐあ、う…」
「…いたかった?はやと」
虎のうめき声のような唸りに、あわてて手を引いた。加減がわからない。
「あー…いや、痛くは、ない… 続けてくれないか」
やたらかしこまった口調と、片腕で強く肩口に額を押し付けられたことに不服を感じた。
これじゃなにも見えない。
それでも、触れた手をゆるゆると動かし始めた。
形を確かめるのではなくて、できれば、気持ちよくなってほしいと思いながら。
「ふ… せつな…っ」
ぎゅう、と抱きしめられた。
やっぱり、大きすぎる気がする…こんなの入れられたら内蔵の場所が変わる。
「ねえ、はやと…きもちいい?」
「く、ああ、いい……」
でも、変わってもいいかもしれない。
そうして、じぶんの内側が、彼にとってぴったりの場所になってしまえばいい。
だから、いくらかは乱暴に、強引にされてもいい。
いつも、気乗りしない自分を知らない場所へ連れ出すときのように、手をひいてくれるのなら、それで。
「っ… せつな、もういい」
さすっていた手を、ぐいとつかんで引き離された。
せっかく楽しくなってきたところだったのに、という気持ちと、なにかよくないさわりかただったのかしら、という不安を込めて彼を見上げた。
はたして、西隼人は、不満どころか真っ赤になっていた。この、少し怒ったような顔も、見たことがある。
これは、めちゃくちゃに恥ずかしがって、照れているのだ。
(な、なにそれ… わたしのこと、あんなふうにひっくりかえしたり、いじったり、舐めたり、噛んだりしてたくせに…!)
なんてかわいい人!と思った。
でも、今かわいいって言ったらいけないような気がした。
東先生がはじめて役に立った瞬間だった。
「も…もう、いいの?いいのに、出しても… わたしも、さっき、いったし」
「やっぱいってたのか…」
「黙れウエスター。…ほんとにいいの?」
「ああ。もういれたい」
簡潔な要望に、東せつなは赤くなった。
そして、心臓と、下腹部の奥がきゅうっとした。
いれる、いれるって、あれのことよね、あれが、入るんだ、どうしよう、ほんとにはいるの?
それでも彼はすっかりそのつもりになっているようだったし、彼女だって、もうずっとそうだった。
「あ…と、ちょっと待て、えーっと」
躰を起こした彼が、枕元、ランプの横に置いてあった箱を手探りで取ろうとした。
なにを探っているのか気付いたせつなが、その腕にそっと手を添える。
「だ…だいじょうぶ、それ、使わなくても」
それ。待機中にまじまじと商品名、ラベル、原料名などを読み込んでしまった(賞味期限という表記が気になった)、
避妊具、コンドームである。
「や、でも使わないわけにはいかねーだろ」
「ううん、ほんとに、だいじょうぶなの…その… 避妊薬、飲んできたから…」
「…………へ?」
言うタイミングがとうとうはかれなくて、告白がこんな直前になってしまったことを悔やみつつ、どうにか、言った。
「って…どこでそんなもん… 四ツ葉町じゃ買えない…よな…?
ラビリンスにだって無いはずだし…」
「…魔法が発展してる世界のほうで、そういうのがあって…
わ、わたしが使うのはもちろんはじめてだけど、信頼できる薬みたい」
「わざわざ、探してきたのか」
「いえ、サウ… さ … さが、 探して… きた、の、うん」
さすがに、今この場で他の男の名前を出すのは賢明ではない、くらいの考えはできた。
二人には、もう一人の同僚がいる。
彼にもいろいろあって、いっときはまっさらなこどものようであったが、時間が経過して現在は元通り、
というか以前よりも厚みのある悪役っぷりを備えた青年になっている。
中ボスから黒幕へのレベルアップである。
その彼は、いつもの邪悪げな、信用できない気配をまといながら、
彼女と二人でデータ整理をしているときに何気なく小さなビンをデスクに置いた。
ピンクの星の形をした、かわいらしいちいさな飴がたくさんつまっており、
見覚えのあるような文字でラベリングされている。
「…? なにそれ?砂糖?」
「いや、先日交易がまとまった国で購入してきた、魔法薬の一種だ」
「へえ。どんな効果があるの?空を飛べるとか動物と話ができるとか?」
「避妊薬だよ、美希に飲んでもらおうとおもって」
「ひに…!? う、うわ、ええ!? な、なんかなまなましいこときいちゃった…! ごめん美希…!」
「一応、僕のほうでも成分分析はしてみた。
とはいえ魔法のものだからコンピューターでの完全な解析はできないけど、
魔道理論の演算プログラムはできるからね…
問題ないようだよ、複数の次元にわたって使用されている信頼できる製品らしい」
「へ、へー…… そうなの、ふーん… へー…」
雑貨のような愛らしいビンに目が釘付けになってしまう。
効能を知る前とあとでは、なんというか、放つオーラが違って見えた。
なぜか頼もしいアイテムに見える。
「…イース、それ、ほしいのかい」
「え!? ぜ、ぜんぜん!?ちっとも!?」
「そうかい。じゃあ僕、ここに置き忘れていくから。
無くなってても気にしないから。
あの国の翻訳フォルダの場所はわかるよね? じゃあ、休憩してくる」
にやにやと席を立つその背中を蹴飛ばしてやりたい。
やりたかったが、あたりを見回し、誰もいないことを確認して、サッ、とその小瓶をポケットにしまった。
書店の万引き犯そのものの姿であった。
彼はひどい愉快犯で、シンプルな出来事を複雑にしては悦に浸る、根っからの策略と謀略好き。
実際その策略にまんまとおどらされたこともある。
だが、彼が恋人のことを大事にしているのは知っていたし、自分たちのことも大切に思っているのも知っていた。
ほんとにおかしなものは入っていないのだろうと思えた。
で、ラベルを熟読したうえで服用してきたのだった。
「探して、きたのよ… ええ…(サウラーが)」
「俺のために…? イース…!」
「ち、違うわ、あんたのためじゃないわよ、わたしのためよ!
あ、そうじゃなくて、赤ちゃんできるのがいやなんじゃなくて… その、だって、やっぱり、」
「やっぱり?」
「……わかってるんでしょ、ばか」
「いや俺ばかだから。わかんねーから、マジで」
にやけきったその顔をみればわかる、あきらかに嘘である。
だけどまあ言ってあげてもいいか、たまには、そう、たまには。そう思った。ほだされた。
その「たまには」は結構な頻度で発生していて、はたからみればこの二人はとんでもないバカップルだったのだが、
彼女としては充分に抑制しているつもりだった。
「…便利なものがあるのに、使わない理由なんてないでしょ… それに、わたし、あなたとするなら」
「うん」
「……なかで、出してほしいから……」
潤んだ瞳で、熱にかすれた声でそう言った彼女を見て、
なんというか肉体的な意味での暴発をまぬがれたのはデリートホールからの生還以上の奇跡だ、ありがとうシフォン様!と、
西隼人は謎の感謝をした。
脳内にシフォン様をたたえる鐘の音が響き、花吹雪が舞った。
そのくらい関係ないことを考えないと、あのプリプー言う生物に意識を集中させないと、
一瞬たりとも気を抜いたら俺たいへんなことになる。死ぬ。
脳内でシフォンの群れが大行進している。
なかでって、え、なにそれ、俺せいぜいナマでとかそのくらいのあれだと思ってたんだけど、
マジで?いいの?なか?なかってなかだよな?
水中の虎のようなものすごい形相で奥歯をかみしめた、彼に、東せつなは焦った。
どうしよう、はしたないことを言って引かれたんだわ!
「あの、あのね隼人、無理にそうしなくていいのよ、しろって言ってるわけじゃないの、わたしがそうしてほしいだけであって」
そのあとはもう嵐だった。
破瓜の感慨や余韻など一切なしに、一気に突き入れられた。
気づいたら足の甲が顔のすぐそばにあって、なんでこんなところに足がと思えばそれは自分の足で、
彼に足首を握られて、ほとんどからだを二つ折りにするような状態にされているのだった。
もう片方の手は膝裏をすくいあげるようにされていて、とにかく、がくがくと揺すられた。
「あ、ぁあ、あ、はや、はやと、だめ、いい、あぁ…! はげし、すぎ…! おねがい、もっと、ゆっくり…!」
「イース…イース、イース!」
「ああ、あ、はぁ…っ!」
燃えるほのお、熱いねつ、脳裏に真っ赤なルビー。
自分のからだがどうなっているのかわからなくなった、腕も脚も、燃えてしまったように。
ひたすらに自分をかき回す煮えたものと、自我のすべてを、牙を真っ赤な血で汚しながら喰らうけもの、
ただそれだけにあぶられ、焦がされ、死と破壊の恍惚に似たものに翻弄されるばかりだった。
乱暴とか強引とかそういう話じゃなかった、つぶされ、ねじれ、その、圧倒的な、赤。
まぶたのうらがちかちかした、星がまたたき、心臓が燃えている、耳を噛まれた、吹き込まれる、吐息、声のようなもの、
そこからも、からだのなかへ、彼が。
「はぁ…あ、んん…、はやと、はやと…」
金色の髪に指をからめて、呼ぶ、もうそれ以外の言葉がすべて抜け落ちてしまった。
吹き込まれる、注ぎ込まれる、その、いちばんおくで、爆ぜた。
その衝撃は砕けた星となり、燃えながら、いくつものかけらになって、堕ちていった。
そうして、宇宙の終わりのようなブラックアウト。
つまりそれが8時間前に開始されたことだった。
朝というのはリセットされる時間だ。
夜の空気を太陽が洗い流す、あたらしい日のはじまりの時間だ。
だというのに、この寝室のなかには夜の空気が満ちていた。
昨夜からの連続が途絶えていなかった。どれほど太陽が輝いていようとも、だ。
目が覚めればシーツは取り替えられていたし、あれほどべたべただったからだも綺麗に清められていた。
裸の上には彼のものであろう紺色のパジャマが上だけ着せられていて、
その広すぎる襟から自分の体をのぞいてみれば、
たったひとりにつけられたとは信じがたいほどの噛みあとやキスマークが残されていて、絶句した。
それにしても喉が腫れて痛い、と思ったところで、
水差しを持ってのんびりとやってきた西隼人と目が合い、
その目を見たとたんに昨夜の記憶が一気に襲いかかってきて、
肉食獣に遭遇した野兎のように布団のなかへもぐりこんでしまったのが、10分前のことだった。
東せつなは考えていた。
相当な脳内シミュレーションを繰り返したはずだったのに、
どれにも合致しない結果となったことについて。
(サウラーの、あのクスリにおかしな副作用があったんじゃ)
責任の所在を他に求めてみたが、心と躰は知っている。
あれはぜんぶ、ぜんぶ、自分だ。薬の副作用など一切関与しない、自分だ。
夢見るつもりはこれっぽっちもなかったのに、夢のように気持ちよくて、恥ずかしくて、幸せな時間だった。
まったく、思い通りにならないことばかりだ。
馬鹿にしていた同僚は恋人になっているし、
蔑んでいた「幸福」は自分の運命そのものとなり、
よくなるはずがなかった初体験は、このとおりである。
とりあえず、もういっかいしたい。いや、1回と言わず2、3回したい。
自分にだって、ああいう時間にしたいことがいくらか、そこそこ、それなりに、まあけっこう、あったのだ。
昨夜は翻弄されるばかりで思い出すこともできなかったけれど、次はもうちょっとうまくやれるような気がしなくもない。
西隼人も考えていた。
気持ちいいのだろうとは思っていた、思っていたが、あれほどとは思わなかった。
なるほどエロがらみのメディアがあふれまくるわけだ、と納得もした。
したが、本当に誰も彼もがあんなふうになるのだろうか?
正直、もっと、生理的なものだと捉えていた。
なのに、からだをつなげたとか生殖だとか、それだけでない、こころをまぜあわせてふくらませたような、
確かに混ざり合ったと信じた感覚もあったのだ。
すごかった、が、すごかったという感想しか出てこない。
もう少し具体的にわかるように、分析してみたい。
というかぜんぜん足りない。もう1回くらい、いや、2、3回くらいはしないと。
だが常識的に考えて、初体験の翌朝にそのまままた、というのは、非道だ。
彼女にひどいことはしたくない。したくないけど、したい。困った。
ふたりは、その要望をどう伝えるべきか、あるいは伝えないべきか悩みながら、
ただ無言で、まばゆい青空と陽の光が差し込み、スズメの鳴き声が響いてくる寝室にいた。