「ふあ……あれ?」  
 目覚めた美希が見たのは、自室の天井――ではなかった。  
ベッドの上で、しばらくぽかんとした顔で固まる。  
 
「んと……。!あ、そっか……うわ」  
 僅かな思索の後、弾き出されたのは、昨夜の色々。  
『彼』に散々翻弄され、くたくたになって、指ひとつ動かせなくなってしまって。  
しかも、あれこれの熱に浮かされた少女は、何故か人肌が恋しくなって仕方がなかった。  
ひとりはいやだのなんだと場の勢いに任せて相手の首筋にしがみ付いて、そのまま。  
そこまで思い出して、少女は顔を覆った。  
 
「……ぜんっぜん完璧じゃない」  
 口をついて出た言葉に、自己嫌悪。  
そうして一人芝居を演じているうちに意識がはっきりしたのか、少女は傍らにいるはずの青年を探した。  
「寝てる……」  
 
 健やかに寝息を立てて眠る彼を見て、少女の熱が薄れた。  
神経質なこの男は、いつも美希より早く起床していた。  
そして、『面白い顔で眠るんだね』とか、『寝言、ひどいこと言うなぁ』とか、好き勝手にほざいてくる。  
 でも、一度ベッドに入り込まれたらそう簡単に彼は少女を手放してくれない。  
つまり必然と言っても良い。少女が疲れきって深い眠りに落ちるのは。  
 が、それが今日は覆された。だから、彼女はまず少なからず驚いて目を瞠り。  
その後嬉しそうに細めた。  
 
「珍しいわね」  
 彼の前髪を掬う。柔らかく、さらさらの髪。  
その流れに沿って、美希はさらに彼の頬に手を伸ばした。  
白い肌は、少女のように肌理が細かい。  
いや、もちろん彼が紛れもない男性だということを一番よく知っているのは彼女なのだが。  
 
「でも、毒気がないと……やっぱり、かわいい」  
 寝顔は安らかで、あどけなかった。  
指を這わせていく。   
今は閉じられている切れ長の瞳。  
筋の通った鼻。それから、唇。  
「むぅ……」  
 夕べの不埒な行いがリフレインした。  
舌から歯から、何もかも攫われて、溶かされてしまうような感覚。  
それなのに、少女は何度も求め、酸素さえ締め出して貪りあった。  
 
「ん」  
 それらを思い返せば、今の行為には然程の意味もない。そう言い聞かせて。  
ただ、くっつけ合っただけの唇を、それでも少女は恥じらいの表情でなぞった。  
「……まさか、起きてないわよね」  
 この状況に、些か浮かれているのを自覚して、美希は眠っているであろう青年に問うた。  
当然、返答はないのだが。  
なんだか寂しくて、少女は彼の胸元に埋まり、甘えるように呟いた。  
「サウラー……瞬?起きないの?ねぇ……」  
「もういっかいキスしてくれたら」  
 
 耳元で囁かれた低い声に、少女はがばっと身体を起こす。  
彼は相変わらず目を閉じていて、寝息を立てていた。  
でも、幻聴ではないと美希は確信している。  
少女はため息を吐いて、仕方ないと言いたげに居眠り男の額を突いて、目を瞑った。  
 
 二度目も、掠めるだけ。彼から仕掛けてくることはなかった。  
やや拍子抜けした顔の美希に、青年がようやく目を開けた。  
「やぁ。おはよう、いい朝だね」  
「……白々しいんですケド」  
「何のことか分からないな」  
 朝らしい爽やかな笑顔を貼り付けた彼に、美希はじっとりとした視線を投げつけた。  
彼がまともに応じるはずはない。  
 
「みーきー」  
 少女の名を呼びながら、腕を回す。  
胸に抱きこんで、少女の感触を味わう。  
背中を撫でられ、ぞくりと美希が身体を震わせた。  
その感触が、ふたりの間にしかない協定めいたやり取りに引っ掛かったからだ。  
「なに、もう。昨日あれだけしといて」  
 呆れた顔で少女が睨む。  
「僕だって朝からとか疲れるんだけど」  
「なら離してよ」  
「あんなあからさまに誘われたら、反応するって」  
 
 彼の口元は少女にとって腹立たしい類の笑みを作っていた。  
「やっぱり起きてたのね!」  
「何のことか分からないな」  
「卑怯者ーっ」  
 美希が声を荒げても、彼の耳には1パーセントくらいにしか届いていない。  
「今更、何言ってるんだか」  
「開き直ってんじゃないの!」  
 
「仕方ないだろ。最初から起きてたわけじゃないし、先手は君だったはずだけど」  
「っ、う。それは」  
「みき」  
 少し甘えを含んだ彼の声に、少女の頑なさが崩されていく。  
「最低、ずるい、変態っ。えっち、でも……」  
「でも?」  
 
 少女の言葉尻を捕らえ、青年が首を傾げると、彼女はその顔に枕を押し当てた。  
「馬鹿っ……もう、ああ、もーっ。そんなろくでなしだけど、その。すきなのよ、悪い!?」  
 自棄っぷりが良く分かる荒い語気だった。  
彼は押し付けられた枕を脇に置き、静かに声を掛けた。  
 
「うん。知ってる。ありがとう。そういう素直じゃないところも好きだよ」  
 少女が散々躊躇い、恥じらいながら吐き出した言葉を、あっさりさっくりカウンターされた。  
美希はますます顔が赤くなるのを自覚しつつ、それでも恋人としての矜持を保とうと彼と向き合った。  
 
「ね」  
「ん?」  
「今度は、あなたから、……ね?」  
「あぁ」  
 
 画して、今一度触れ合う唇。  
「……んぁ……」  
 漏れ出る吐息を感じながら、少女が薄っすら目を開ける。  
零距離で目が合う。青年は僅かに目元を和らげ、目蓋を下ろした。  
「ん……ふぅ」  
 
 くちゅ、と唾液の交じり合う音がする。  
舌が絡む。口内で暴虐の限りが尽くされる。  
毎度のこととはいえ、彼はこんなに涼しい顔で、内での行いを覆い隠している。  
「はぁ……ァ、ん……っ」  
 少女は、自身にも火が灯されていくのを感じた。  
彼にしがみ付き、唾液を嚥下する。  
どろりとしたそれは、唇を離しても痕となって橋を引いた。  
 
「ふ、は……」  
 夢中で忘れていた呼吸が、追いついて酸素を求める。  
少女が息を吐く。うっとりした表情で、先程の行為に陶酔していた。  
 
「んぁッ」  
 ある種の感覚が、少女を現実に引き戻す。  
「ちょ、っと、何してんのよ」  
「しろって言ったの、君」  
 青年が、少女の首筋を啄む。  
また、甘い悲鳴が上がった。  
 
「んっ、もう……すぐ、良いように解釈するんだから」  
「君にも良いようにしたつもりだけど?」  
 
「……ばーか」  
 少女は苦笑を滲ませて、青年の頬にキスを落とした。  
彼の頭が下へ向かう。  
「は、う……ん」  
 
 生温かい感触は、舌。少女の膨らみを舐め上げる。  
少女は彼を求めるように頭を抱き寄せた。  
「んっ……ぅ、あっ、ひぁあ……」  
 一番敏感な先端を、齧られる。  
すでに充血して立ち上がっていたそこから、しっかりと少女の中枢まで刺激を持って帰ってくれた。  
 
「ふぁ、んう。んっ……あ」  
 さらに押し潰すように揉む。  
荒い呼吸を耳に届かせながら、青年は少女の身体を辿った。  
 
「は……ぅ、ん……そこ、くすぐった……ひゃっ」  
 わき腹を指の腹で撫でると、少女が笑いをかみ殺しながら身を捩った。  
結果として無防備に曝け出された耳に、彼は食いつく。  
 
「んやっ、あっ、……んぁあっ」  
 舌を無遠慮に突っ込む。耳朶を食む。  
「ひぅっ、あ、ん、音、うあ……ぁっ」  
 耳元でいやらしい水音を大音量で聞かされ、彼女の頬が羞恥で赤らんだ。  
そこに恥じらいだけではなく、期待が含まれていることは、彼にも分かっていた。  
 
 青年が視線を落とした。  
 昨日あれだけ注ぎ込んだというのに、もうそこに彼の痕跡を見て取ることは難しかった。  
「はぁ……あ、はっ……」  
 そこから漂うのは、ただただ女の匂い。  
ひくつく肉が、男を誘うように蠢いた。効果は抜群だ。  
こぷり、少女の内から零れ落ちた愛液を舌で絡め取る。  
 
「ふぁっ!あん、ぁ……あ」  
 舌と指で、少女を甚振る。  
「ひゃあっ、くぅん、ぁあっ。あ、あぅ……はっ」  
 口内で唾液と混ぜ込んだ粘っこい体液を纏わせ、あえて緩慢な動きで出し入れを繰り返す。  
「ん……く、……ぅう、くふぅん……」  
 すぐに焦らしに耐えられなくなった少女が、切なげに鼻を鳴らした。  
「どうかしたのかい」  
 
 ぐちゃっとかき混ぜる手は休まず、声は至ってクールに。  
「どうもこうも……ッ、ふっ、ぃ……ぁあ」  
 青年が下の唇にキスをする。粘膜が震える。  
「はぁ……ぁ、ふう……はっ」  
 もはや、呼吸すら彼女の切なさを揺さぶっていた。  
「美希……」  
「んん……も、だめぇ……早く、……嫌いに、なっちゃうわよぉ……はぁん」  
 
 悩ましげな脅迫だった。  
青年が顔を上げると、火照った顔の美希が潤んだ瞳でこちらを見つめていた。  
だから、言葉なんてもう野暮だと彼は思った。  
 
「ひ……ぁっ」  
 充分に濡れたそこに宛がうと、あっと言う間に飲み込まれた。  
「ぁあ……ん……っ」  
 美希の顔が満足気に綻ぶ。  
けれど、そんな平穏にことが運ばれるはずもない。  
それなりに丸くなったとはいえ、彼の嗜虐的な性格全てが変わったわけではないのだから。  
 
「ふあ!っく、ひぅうあっ」  
 性急な動きに、接合部から彼女の体液がぼたぼた零れた。  
「ああん、ぁっ、はや、いッ、……っぅう!」  
 それを潤滑油代わりに、どんどん動きを早く、深くする。  
少女の悲鳴には困惑と、僅かな怯えと。隠し切れない快楽への愉悦がはっきりと含まれていた。  
「っ、い、あっ、そこ、もっと……ぁあ!ん、瞬、ひぃんっ」  
 肉棒で擦られ、少女が高く啼いた。  
 
「こっち?」  
「ん、あっ……ぁ。さ、うら……うぁ……あ」  
 美希が咽び泣く。まるで強姦してるみたいだ、などと青年はぼんやり考える。  
「はぅ……んっ、あ……うくっ、ひッ」  
 組み敷かれた少女が、腰を打ち付けるたびにびくんびくんと動く。  
まさしく一心同体だった。  
 
「ぁ……はぅっ、あっ、だめ、ぇっまだ、……っ」  
 先程より切羽詰った声だった。  
その声に、彼もつい理性が切れそうになったが、何とか押し留めた。  
「もうイキそ?」  
 真意を隠し、嘲笑う彼に、負けず嫌いな彼女が言い返そうと眉尻を上げた。  
その瞬間、彼はより一層深く彼女の肉を貫いた。  
「ひッ。……!ッあ……ぁ――」  
 
 彼女の身体から、力が抜けていく。  
彼がその呆然とした顔を撫でて、もう一度腰を落とすと、すぐに意識を引き戻された。  
「っく、ひ……は」  
「はぁっ、良い顔だねぇ」  
 青年が乱れた息を整えながら、少女に笑いかける。  
あからさまに何か含んだ物言いに、毎度の事ながら美希は律儀に嫌そうな顔をした。  
「は、んっ。……っふ」  
 
 けれど、今度は快楽の方が勝ったのか、彼女は青年の首に腕を回して縋り付いてきた。  
「……あなたのせいなんだから」  
 
 頬を膨らましてはいるけれど、その眼差しは隠しもせず誘っていた。  
少女の髪に指を滑らせる。そのまま落ちた手は、肩へ。  
彼が抱きすくめると、彼女も首に回した手に力を込めた。  
 
「ぁあ……」  
 一度、引き抜く。そして先端だけで煽るように割れ目を擦る。  
美希の乱れた息が、耳をくすぐった。  
「はぁ……っ、んぁ、う……」  
 どろどろになったそこを、かき回して抉る。  
   
 熱くて溶けてしまいそうだといつも少女は思う。  
そうしてある欲求に辿りつく。  
溶けて、ひとつになってしまいたい、と。  
 でも、ふたりだから。  
別々の、あなたと私だから、温もりを分かち合える。  
だから、だから。  
 
 伝えたかった。  
 
「ぅ、す……き。好きよ、大好きっ……ぁくっ、んんっ」  
 うわ言のような声が、青年の理性を容易く切り捨てていく。  
「っ、ふ。困ったお姫様だね」  
 勢い良く、少女の身体を突き上げる。  
 
「はぅっ、ひゃ……っくうぅ」  
 少女の瞳から零れた涙を拭うと、その目が物欲しげに青年を伺っていた。  
「ん、んんぁ、ふっ……んーっ、あふぅ――!」  
 唇が重なる。唾液が溢れて、首筋まで垂れていた。  
彼は勿体無いな、と呟いてそれを舐め取った。  
「はぅうっ、あん、さうらぁ……っ」  
 
 今度は下から、零れ落ちる液体。  
「っ、うあ……」  
 少女が呻く。  
涙やもろもろでべたべたになった顔が、耐えるようにきゅうとしかめられた。  
「眉間に皺、寄ってるよ」  
「だ、だ……ぁ、って、んっ」  
 
 いやいやをするように首を力なく振る少女の頬を彼は捕まえて、視線を合わせる。  
「本当、困った娘だ。僕のお姫様はさ」  
「変なこと言わないで……んぃっ」  
 白い肌は熱に浮かされ桜色。花びらが揺れて、振りまく香りが心地よかった。  
 
「はふ……んぁ。っあ、瞬、っ」  
 また、彼女の身体が小刻みに震えだす。  
青年は肩を抱き直し、小さな手のひらを握って少女の耳元へ唇を寄せた。  
 
「は、……っ」  
 唇を重ねたまま。  
「ん。う、あ……?ぁ、ひ……んんっ――あぁあっ!」  
 どくどくと彼女に送り込む。出し切って萎れた陰茎は、勝手に抜け落ちた。  
 
 その後は、目を閉じて、二度寝を決め込んだ。  
温もりが、柔らかく眠りを誘った。  
 

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