────ウエスター、私、死にたくない……たすけて……  
 
 
心のうちをさらけ出してしまったほうが、楽になれたのだろうか。  
ウエスターの渇いた唇を啄ばみ潤しながら、私はぼんやりと考える。  
 
私が今日死ぬ、ということ。  
それが、我らが唯一無二の存在として信奉している総統の御意志だということ。  
覚悟していたはずなのに、その意志をまだ受け入れられていないこと。  
頭の中が恐慌状態に陥っていること。  
 
いや……さらけ出したところで、どうなるというのだ?  
そうすることで死から免れられるとでも思っているのか、私は?  
馬鹿らしい。もしそんなことを口にしてしまったら、  
今、私に両腕を巻きつかれて身動きが取れなくなっている、この融通のきかない男がどんな行動に出るか。  
きっと私の制止を振り切り大袈裟に騒ぎたて……  
下手したら、メビウス様に直談判などという愚行に走る恐れもある。  
 
この期に及んで、みっともない真似をしでかすことは、なるべく避けたい。  
立つ鳥跡を濁さず、という自分なりの美学が、混乱している頭の中にもいまだ内在していた。  
 
それに、そんなくだらないことで  
貴重な時間を潰してまうことが惜しかった。  
命が尽きるまでの僅かなあいだに──ただ、ただ、誰かに傍にいて欲しいと思った──  
そのためならば、自分のからだがどんなふうに扱われてもいい、とも──  
 
ウエスターは、始めのほうこそ私の要求を拒否していたものの、  
結局は欲望に打ち勝つことはできなかったようだった。  
「お前がこんなふうに弱ってるときに、あまり荒っぽいことはしたくないんだが……」  
ぼそぼそと  
口の中で言い訳じみた言葉を紡ぎながら、私をそっと寝台の上に横たわらせた。  
 
私は黒の戦闘服にゆっくりと手をかけ、止め具を外す。  
露になった肌を目の当たりにしたウエスターの碧い瞳が、再び激しく揺れたのが見て取れた。  
 
「……なるべく、痛くないようにはするから……」  
言いながらも、ふくらみを掴んでくる手の動きは、やはり屈強な男のそれであり、  
私は、彼と自分との歴然とした力の差を、今更ながらひしひしと思い知るのであった。  
 
「……っ」  
「!……すまん、強すぎたか」  
かすかな痛みによる表情の変化を、ウエスターは見逃さなかった。  
「……いいから、続けて」  
今度は、うって変わって丁寧に掌で私の上半身を撫で回していく。  
「ん……」  
脇腹を指が滑り通るこそばゆさに、私は無意識に身を捩じらす。  
「……ふ、やめてよ……くすぐったい……」  
冗談めかす風に言いかけて、ふと彼の瞳と目が合う。  
私はその碧い瞳に釘付けになり、視線を逸らすことができなくなった。  
 
彼の瞳の奥にちらついている炎を垣間見てしまったから。  
それは、目の前にいる雌を手に入れたい、抱きたいという純粋な欲望の炎──  
 
 
この男は、今、私を求めている。  
そして、私は今からこの男に抱かれるのだ。  
 
今までさんざん見下し蔑んできた男の、おそらく初めて見る表情に、  
私はほんの僅かだけ恐怖におののき、同時にこれから起きることへの覚悟を決めた。  
 
 
「ふ……っあ、あ!……っ!……んっ……は……」  
 
薄緑色の髪のけものに喰らいつかれる。  
唇に、首筋に、肩に、乳房に勢いよく噛みつかれ、乳首に歯を立てられ強く吸われ、  
このままこのからだが彼に食い尽くされてしまうのではないだろうか、という不安が私の頭をよぎる。  
 
胸の下のあたりに残っていた赤いみみず腫れに濡れた舌が這う感触に、びくりと上半身が波打った。  
「……う……くっ」  
「染みるのか?」  
「……少しだけ」  
「そうか、いや、舐めたら治るかな、なんて思ってさ」  
「……ばか」  
「お前の肌、気持ちいいな」  
「え?」  
私の胸部に頬をぴたりとあてながら、ウエスターは暢気な声を出す。  
「やわらかくて、すべすべしてて、ああ、心臓の音も聴こえる。  
 俺もお前も、こうやって生きてるんだな」  
「ウエスター……」  
「俺も脱いでいいか?ちょっと待ってろ」  
だが、私を押し倒した状態で、その重々しい戦闘服を脱ぐのは、至難の業のように思われた。  
「別に……下だけ脱げばいいんじゃないの?それが目的なんだし」  
何気なく持ちかけた私の提案に、  
「いやだ。お前に直に触れたいんだ」  
ウエスターは真剣な顔で反論する。  
その言葉を聞いた私は、眉をひそめ、唇を軽く噛み締めてから、  
「……好きにすれば」  
目を伏せ、短く呟くことしかできなかった。  
 
なんとか服を脱ぎ捨てたウエスターが、まず私のからだをぐいと引き寄せる。  
少し汗ばんだ彼の熱い肌と、火照りはじめた私の肌が、隙間なく吸いつき密着する。  
「ほら、こっちのほうがいいだろう?」  
「……ん」  
曖昧な返答をした私の唇が、彼の唇で覆われ、口腔を舌でやさしく愛撫された。  
 
意外、だった。  
 
心臓が、ぎゅっと締めつけられ、苦しくなっていく。  
どんなに乱暴に扱われてもかまわない、と覚悟していたはずなのに、  
意外すぎるほどに彼の肌の熱と、しっとりとした岩石を思わせる感触が、とろけるように甘美で……  
 
「あ……!!」  
私の内部に、遠慮がちに指が入り込んでくる。  
「……よかった、少し濡れてる」  
安心したようなウエスターの言葉に、私はなぜか羞恥を覚え、目を開けていられなくなり顔をそむけた。  
「痛いのか?」  
「……いいえ」  
「じゃあ……気持ちいいか?」  
「……わからない……ん、はぅっ……」  
今まで誰にも触れさせたことのない場所をゆるゆると掻き回されて、  
異物感と……それとは違う感覚が交互に全身を駆け抜けていく。  
「イース、大丈夫か、力抜け」  
「……抜いてるわよ」  
この状況下でも悪態をつくことを忘れない私に、ウエスターは呆れながらも、にやりと笑みを返してくる。  
 
「あ、うっ……はっ、ああっ……ん」  
ちゅくちゅくっ、と秘部から漏れる音を聴いているうちに、  
私の耳にかかる男の吐息が、徐々に荒くなっていった。  
 
「悪いな……俺もう我慢できねえ、入れていいか」  
「あ……」  
私の太腿にさっきから当たっていたものが、すでに限界を迎えようとしていたことは薄々感づいていた。  
(本当に?これが、私の中に入る……?)  
素朴な疑問が胸裏をかすめたのも束の間、私の背中が再び寝台に押さえつけられ、そして──  
 
「は……!ああっ!!い……つっ……!!!」  
腰の下から、めりめりと音がし、裂かれていくような錯覚を覚える。  
 
「あ……っ、すまん!イース!やっぱり痛えだろ……」  
こちらを気づかうようなウエスターの声も、まともに耳に入ってはこない。  
「あぅ……は、は、はっ、は……っ……!」  
落ち着きを取り戻そうと、痛みから逃れようと、私は小刻みに息を吐いた。  
「ああ、今は動かさねえから……力抜けよ、イース」  
「……ぬいてる、わ、よ……っ」  
弱々しく罵声を浴びせる私の唇に、耳朶に、乳房に、彼はなだめるように唇を落とし続ける。  
 
「……っく、きついな、やっぱり」  
ウエスターが漏らしたセリフに、ふと思うところがあり、私はかすれ声で訊ねた。  
「あんた、は……痛くはないの?気持ち、いいの……?」  
「……?当たり前だろ……?すげえ、気持ちいい……」  
 
──ならば何故、そんなに苦しそうな顔をするの──  
 
問いかけようと試みても、内部のひりつく痛みに、私の口からは渇いた呻き声が上がるばかりだった。  
 
「う、だめだ、そろそろ動くぞ」  
「……っ!!」  
私の中でじっと動かずにいた異物が、入り口近くまで引き抜かれ、その次に──  
「あああっ!!」  
からだの奥まで突きあげられて、私は反射的に叫ぶ。  
前後運動を繰り返すたびに、ウエスターの太く筋肉質な二の腕に  
私の爪が食い込んでいき、深い痕を残していった。  
 
「イース、イース、すまん……」  
「ひ……ぅあ、あ、あ……つっ、ううっ!」  
 
こんな痛みなど──私は耐えてみせる──!  
ぎりぎりと歯を噛み締め、きつく目を閉じ、疼痛を押さえ込もうとしたその瞬間。  
 
まぶたの奥に、ひとりの少女が思いつめた表情で現れ、無垢な、真摯な瞳で私を刺した。  
 
 
──泣いているじゃない!!!──  
 
 
その声に、私は驚愕し、閉じていた瞼を大きく見開く。  
まなじりから、一気に涙が零れ落ちた。  
 
「イー、ス、いいか……だすぞ」  
「あ────は、ああぁぁぁ……!!!」  
私の内部を蹂躙していた異物が暴発し、どくどくっ、と脈を打つ。  
「あ……あ……んっ……う……」  
喉の奥から無意識に発する音は、これで痛みから逃れられる、という安堵の声なのか、それとも……  
 
ぼやけた視界の向こうでは、ウエスターが変わらず苦しげな顔をしていた──  
 
 
「悪ぃな、勝手に動いちまって……辛かっただろ」  
こめかみを伝っていた涙を親指で拭いながら話しかけてくるウエスターを、私はわざとらしく睨みつける。  
「そうね、自分勝手に動かれて、迷惑だったわ……へたくそ」  
「……こんなときにまで減らず口を叩くんだな、お前は」  
ち、と舌打ちの音が聴こえたかと思えば、今度は、どすっ、と巨体が私の横に仰向けに転がる音がした。  
 
「あーあ、お前なんかに気ぃ使ったりするんじゃなかった」  
「……なんですって」  
「おかげで変に緊張して疲れちまった。ここで休んでいってもいいか?」  
「好きにしたら」  
「なんだその態度。お前が『一緒に居てくれ』って言ってたんだろうが。覚えてるぞ俺」  
「……!!」  
言葉に詰まった私に構わず、ウエスターはこちらにからだを向け、私のからだをひしと抱き締めてきた。  
「なにかあったんだろ?なあ、教えてくれよ」  
「……」  
「……ったく、俺には教えてくれねぇつもりか、信用されてねえな」  
ふん、と鼻を鳴らして不機嫌な声を出しつつも、彼は私のからだを離そうとはしない。  
「ちょっとだけ寝る。お前も、ちゃんと、休んで、体力戻しておけよ……」  
それだけ言うと、ウエスターはまどろみに落ちていった。  
 
 
ウエスターが完全に眠ったのを確認すると、私は彼に気づかれないようにそっと太い両腕から抜け出す。  
寝台から立ち上がろうとしたときに訪れた下半身の痛みに、思わず呻きそうになった。  
 
(う……っく、まだ痛むか……でも……)  
 
確かに性交自体は、異物感、違和感と痛み、それしかなかった。  
けれど、それ以外の……  
他人の唇が触れ、互いの肌が合わさる感覚、抱き締められたときに感じた胸の苦しさ……  
 
悪くない、と、思った。  
 
死ぬ直前に、今まで知らなかったことを経験できたことは、ある意味幸運だったのかもしれない。  
(……幸運、ね……)  
情事のあとのシーツの一部が薄赤く染まっているのを、虚ろな眼差しで見つめる。  
(これが、私の生きた証となるのだろうか……?)  
 
くだらない。  
我々はメビウス様の意志により生まれ、メビウス様の意志のままに動き、  
メビウス様の意志により寿命を終える、ただそれだけの存在だ。  
証など、何の意味ももたらさない。何の意味も……  
それなのに、何故こんなことを考えてしまうのだろう?  
 
私が……生きていた、この世に確かに存在していた、という事実を、証を残したい。  
せめて、私が初めてからだを重ねたこの男と……  
私の心をここまで乱したあの娘だけには……私を覚えていて欲しい───と。  
 
ウエスターの頭に手を置き、指に薄緑色の髪を軽く絡める。  
(これが『欲』というものなのだろうか……?  
 ふふ、この男を馬鹿にはできないな。私も随分この街に毒されていたようだ)  
自嘲気味に笑みを浮かべた後、私は息を押し殺しながらゆっくりと立ち上がった。  
 
(まだ、生きてる……)  
 
両脚を踏みしめ、両の掌をじっと見る。  
命が尽きるまでに、なにができるだろう。  
……わたしはなにがしたいのだろう。  
 
 
──ねえ!せつなは幸せ?せつなの幸せはなあに?──  
 
 
(……逢いたい……)  
 
不可思議な情動が、疲れきったからだを操り突き動かす。  
 
何かに導かれるかのように、わたしは、そのまま、重い扉を開け、外を目指して歩き出した。  
 
 
 
 
 
 
 
 

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