解らない。この少女が解らない。気でも触れているのではないか。今度ばかりは苛立ちも怒りも飛び越え、  
純粋な疑問だけがピーサードを襲った。ここまできて、そんなくだらない子供のような戯言に、何故命と身体を  
賭けられるのか。  
 少女は最後の言葉を発した後は声もなく、恥辱に身を震わせている。  
「――なぜだ」  
 思わず口走る。  
「くだらん……石さえ渡せばそもそも無関係なお前たちのこと――今すぐにでも解放されように、どうしてそうも  
意地を張る」  
「――」  
 はぎさはぽかんとし、初めてピーサードの瞳を真っ直ぐに見た。まるでたった今初めて、ピーサードを認識  
したとでも言うように。それまでの嫌悪さえ忘れてしまったようにただ純粋に疑問の瞳で見つめ返してくる。  
「…あたし、は」  
 少女はしゃくりあげながら、問いに答えようと口を開いた。それもまた、ピーサードには理解できない行為だった。  
「一緒に戦ってるみんなを裏切れない……メップルとミップルと――雪城さん……まだ仲良くなってほんの少しだけど、  
三人と本当の友達になりたい……それに」  
 長い睫を瞬かせる。   
「世界が闇になっちゃうなんて嫌……友達や、家族、みんないてくれないと、多分あたし、さびしくて死んじゃう……  
あんただって、友達や家族が傷つけられたら嫌でしょ……悔しいでしょ……なのに、なんで」  
 少女はふと言葉を止めた。大きな黒い瞳を満月のように丸く見開く。長い睫がわずかに震える様が何かを畏れて  
いるように見えた。やや身じろぎし、瞬きをして――その瞳が理解の光を灯す。  
 その光に射抜かれ、ピーサードは総毛立った。見てはいけないものを見てしまったという表情を、なぎさは驚いた  
様子で見つめている。  
 何かを言おうとしたのだろう。開こうとした唇を半ば反射的に掌で塞ぐ。  
 同時に貫いた。最奥まで一気に突き入る。  
「――――――」  
 篭った絶叫が響く。少女の全身が大きく跳ねた。四肢の全てが一気に硬直し、身体に与えられた衝撃の大きさを  
伝えてくる。一瞬の後、口元を覆われた表情はくしゃくしゃに歪み、目には涙が溢れた。瞳に映り込んだ夕日が  
揺れている。  
 
 膣は身体の驚きを反映して、侵入したそれを限界まで締め上げた。きつい。それでもあらかじめたっぷりと  
濡らしてあったおかげで辛うじて動くことはできた。媚肉に腰を密着させ、貪るように抜き差しする。口に当てて  
いた手を離すと、解放された唇から悲鳴に近い声が上がった。  
「あ、ああぁ、ああああっ!あああぁぁ」   
 どれだけ強がってみても、処女を奪われては耐え切れない。髪を振り乱し泣き続ける。  
「あっ、はっ、あっ、あっあっ」  
 最早抵抗する気も起こせないようだった。せめて少しでも痛みを逃そうとしてか、必死に身体の力を抜き、  
こちらの動きに身を任せているのが健気だった。そうすることで何とか許容できる痛みになったのだろう。  
声がやや落ち着くが押さえ切れておらず、大きな吐息に高い声を乗せたような響きの声を上げ続ける。  
 突き上げ、引くたびにすさまじい快感が襲ってくる。翻弄されそうになるのを堪えて唇を奪った。舌を噛まれない  
ように顎を掴み、深く口付ける。ざらざらとした舌を絡め、舐め上げて啜った。少女は口内を犯され身を震わせるたびに  
強く剛直を締め付けてくる。  
「んっ、ふ、んぅ……」  
 少女の呻きと乱れた呼気が唇の隙間から漏れ出ていた。唾液を流し込み、飲み下させる。何分間もの間  
そうしていると流石に鼻で息をすることを覚えたのか、なぎさはようやく感じているような息遣いになっていた。  
唇を離すと大きく口を開けてひたすらに酸素を求める。口の端を涎が伝っていた。瞼は半開きで忘我の表情をしている。  
艶かしいその顔はとても14歳の少女とは思えなかった。  
 汗を浮かべた額にきらきらと光る髪が幾筋も張り付いている。荒い呼吸を何度も繰り返す薄い唇。それに合わせて  
上下するむき出しの胸と、常に身体を捻るスポーツをしている所為だろう、細くくびれたウエスト。太腿は  
引き締まっているが滑らかでさわり心地が良い。痙攣し、常に彼の腰を挟み込んでくる。  
「――」  
 反応のよさから素質はあると思っていたが、これほどまでとは思わなかった――その時この年端も行かない少女の躯に、  
間違いなく彼は溺れていた。  
 痛みが薄れてきたのか、上げる声音が微妙に変化していた。鼻に掛かったような声を上げ、しきりにいやいやを  
繰り返している。辛そうだが、同時に切なげな表情。未だにまともな言葉を発せない様子の少女の乳首を摘んで  
捏ね繰り回すと、膣内がきゅうっと締まる。同時に動きを早めて攻め立てると、彼女は白いおとがいを夕日に晒して  
ひどく反応した。  
 
 泣き声と水音だけが部屋を満たす。茜色に染まった室内に絡み合う影が落ちて蠢いていた。突き上げるたびに  
肉の擦れ合う生々しい感触が強い快楽を伝えてくる。官能的な悲鳴と痴態、締りのいい膣。いい加減限界だった。  
たまりきった欲望を全て、少女の中にぶつける。射精の快感に、ピーサードは低く呻きを漏らした。  
「ひぁぁあ、あ、あ、あ……!」  
 少女もちょうど限界を――最後の限界を超えたようだった。がくがくと震え、膣内はうねるように動いて  
男の欲望を受け止める。  
「あふっ、ぁ、っあんっ、あ……」  
 唇が意味の無い形に動き、目尻から涙が流れ続け、秘肉は動き続けて精を飲み込み続ける。なぎさはまだ  
絶頂の高みに居続けていた。  
 時間が経ち、膣内に放たれたものを全て受け入れ切った頃、彼女はようやく全身の力を抜いてベッドに  
沈み込んだ。くたりと身を投げ出して動かない少女の膣から自身を抜き取る。  
 枕に埋めた少女の横顔には表情が無かった。瞳も光を失って虚ろで、何も見ていない。征服し切った――  
それにも関わらず、屈服させたという実感は欠片も無い。あるはずのものをそこに見出せず、彼は戸惑った。  
 無意識に右手を伸ばす。揃えた指の甲が触れると少女の頬の熱さが伝わってきた。細く柔らかい質感の髪を  
指で梳きかけ、その手を止める。少女の瞼がぴくりと動いたのを認めたからだった。  
 なぎさが、うっすらと開いていた眼を瞬かせた。朦朧とした様子の視線だけが動き、こちらを見る。  
まだ完全に現実には戻ってきていないようだったが、彼女が眼の前の自分を認めたのが解った。  
 少女がこちらをゆっくりと見上げた。涙は乾ききっていないが、もう泣いてはいない。その視線に  
ピーサードはひるんだ。その瞳には恐怖も嫌悪も無かった。  
 その時、少女の名を呼ぶ声が聞こえた。  
 
 
   
 目を覚ましたメップルはぼんやりと辺りを見回した。  
 自分が鞄に付けられたキャリーにしまわれたままだということに気付き不機嫌になる。いつもだったら  
この時間は既になぎさの部屋でくつろいでいるはずなのだが、外を確認するとどうやら台所のようだ。  
周囲に人が居ないことを確かめ、メップルは元の姿に戻った。  
「なぎさ?なーぎさー」  
 返事は無い。自分をほったらかして一体どこに行ったのだろう。  
 
 窓の外には既に宵闇が迫っている。今はまだ誰も居ないが、この時刻ではいつ誰が帰ってきてもおかしくない。  
そんな時間まで台所に自分を放置するなどどういうことだ、と、彼は寝ぼけ眼をこすりながら憤慨した。  
 と、また誰かの声が聞こえ、メップルは慌ててコミューンになろうとし、ぴたりと止まった。誰かが帰って  
来るなどの会話というようなものではない。  
 耳をそばだてる。  
(悲鳴?)  
 幻聴ではない。苦しげな悲鳴のように聞こえる。  
「なぎさ?」  
 ふと不安になり、メップルはそろりそろりと歩き出した。声の聞こえる方、なぎさの自室へ。  
「なぎさー!」  
 声を張り上げ、呼ぶ。台所から廊下に出、なぎさの部屋のドアが見える場所まで来て何歩か歩を進めた時、  
それははっきりと聞こえた。叫び声と呻きを掛け合わせたような声。  
(なぎさの声メポ)  
 今度こそ慌てて、彼は駆け出した。  
「なぎさー!なぎさ!どうかしたメポ?」  
 声を上げながらドアの前まで移動する。かすかに呻く声。メップルはぴょんと飛び上がってドアノブに手を掛け、  
(…鍵掛かってるメポ)  
 仕方なくドンドンとドアをノックする。  
「なぎさ!なーぎーさー!」  
 呼んでいると、いつのまにかドアの向こうの声が止んでいた。そのまま時間だけが流れる。  
「……なぎさー?」  
 おそるおそる読んでみると、やがて響いたのはドアの鍵が外れる音と、続いてドアノブを捻る音。  
はらはらしながら見守っていると、  
 
「…………あ――……うるっさいなあ、もー……」  
 ぼやく声がした。ドアが開き、なぎさが顔を出す。ぽかんとして彼女を見上げるメップルを見、  
「メップル…あんたどうしてそんなとこに……」  
 言いかけ、はたと気付いた顔をして言う。  
「あ、そーいやあたし、台所に鞄忘れてたんだ……」  
 しわくちゃの制服。乱れた髪をばさばさとかき回しながらつぶやく。  
「……」  
 メップルは思わず白い目で彼女を見た。なぎさの表情は逆光になっていて見えなかったが、緊張感の無さだけは  
よくよく伝わってくる。  
「ん。何よ、その目は?」  
 片手でメップルの首根っこを吊り上げる。メップルはぷいとそっぽを向いた。  
「なぎさが食べすぎでお腹壊してうーうー言ってるような声がしたから慌てて来てみればこれメポ!心配して  
損したメポ」  
「なんですってぇ!?」  
 と怒鳴ったまでは良かったものの、直後に「うー…」と腹部を押さえる。  
「ほーらやっぱりそうメポ」  
「違う!そもそもあたしここんとこ暴食なんて…なんでお腹痛いんだろ、ってゆーかこの痛みはお腹壊した  
時のじゃないし…カラダも、なんか痛いし……疲れてるし……どうしたんだろ、あたし……」  
 ポンとメップルを投げ捨て、鞄を取りに戻る。ふらふらと戻ってくるなぎさに、メップルはふと心配になった。  
「ほんとにどうしたメポ、なぎさ。さっき、なぎさの苦しそうな声が聞こえたメポ」  
「んー……わっかんない。帰ってきてからどーも寝ちゃってたみたいでさ……気がついたらベッドの上にいた……」  
「夢でも見たメポ?寝言で苦しそうに叫ぶような?」  
「……」  
 なぎさは少し沈黙し、  
「全っ然覚えてないけど、そーかもしんない……」  
 それだけ答えて部屋に入る。部屋の中は今朝なぎさが寝坊しかけて慌てて飛び出した時のままだった。本当に、  
帰ってきてそのまま眠っていたようだ。呆れてメップルは言った。  
「たまには掃除くらいするメポ」  
「うるさいよー……もう」  
 
 なぎさは鞄を椅子に掛ける。デスクの上にはケーキと紅茶があった。なぎさはそれをぼーっとした目で見つめ、  
「……折角のチョコレートケーキ、乾いちゃった……紅茶も冷めちゃったし……」  
 そしてぱったりとベッドに倒れこんでしまった。  
「また寝るメポ!?」  
「疲れてるって言ったでしょ……?寝てた、筈なのに……なんかもー、動けない……」  
 あっという間に眠りに落ちていくのが、傍で見ていても手に取るようにわかる。メップルは溜息をついてベッドの  
隅に腰掛けた。こっちだってお腹は空いているし何だったりでお世話のひとつもして欲しいものだが、まあ後で  
我慢してあげるメポ、と、メップルは彼にしては珍しくそれ以上言わなかった。  
「どうせ部活が休みなら、ほのかのところに行ってミップルと会わせて欲しかったメポ」  
 ぼやいて、コミューンの姿に戻ろうかと思案していると、こちらを向いて眠っているなぎさの顔が目に入って、  
メップルはぎょっとした。  
 なぎさは泣いていた。閉じた瞼の縁から、透明な雫が頬を伝っている。  
「……」  
 メップルは黙ってそれを見つめた。  
「悲しい夢を見たメポ?なぎさ……」  
 呟く。当然だが、答えは無い。メップルはそれきり黙ると、小さな身体でたっぷり十分は掛かって  
やっとのことでなぎさに掛け布団を掛けてやってから、ポンと音を立ててコミューンに姿を変えた。   
 
 
 
 ピーサードは自分が何故そうしたのか、未だに解らなかった。ひとつ理解したのは、理解してはならないと  
いうことだった。防衛本能に近いものが彼を突き動かした。解ってしまったら、自分は終わりだという  
確信があった。そしてそれはおそらく、あのプリキュアの少女も同じだった。  
 だから自分が何故、とっさに少女の記憶を奪ったのか、彼は未だに解らなかった。狙っていた光の園の住人が  
向こうから近付いてきたというのに、その時の自分は捕えようとも思わなかった。闇の力で少女の記憶を奪い、  
彼女の身と部屋を元の通りに整えることで、全てを無かったことにしようとした。  
 自分の行動が理解できなかった。そしておそらく、それで良い。  
 
「――俺は」  
 プリキュアを倒す。そうしなければ、どの道自分に生き延びる術はない。卑怯だろうがなんだろうが、  
自分は自分のやり方でやるだけだ。ただの小娘に、それも倒すべき敵に、指図される謂れは無い。  
 無い筈だった。  
「――――くそっ」  
 いらついて仕方が無かった。あんな娘を抱くべきではなかった。あんな娘を――その思いは燻り続ける  
火種のように、ピーサードの中にいつまでも残り続けた。  
   
 
   
 自分が自分でないようだった。なぎさは激しく突き込まれるたびに上がる自分の声から逃げ出したかった。  
しかし両手は拘束されていて耳を塞ぐことすら出来ない。メップルに気付かれてしまうとわかっていても、  
声は止まらなかった。  
 言葉にならないくらいの短い思考さえ長くは続かない。身体の中心から痛み――そしてそれ以上の熱さと、  
自分でもどうしていいかわからない感覚が後から後から湧き上がって来てどうにもならない。脚を開かされ、  
肌を密着させられ最奥まで貫かれて、嫌でも相手の肌の感触、汗の匂い、えぐられているものの硬さ、  
ぬめり、相手の存在の大きさと陵辱されている事実を否応にも突き付けられる。  
(あたし、っ、あたしっ、犯されてっ……こんな……)  
 ひどい。こんなことするなんてひどい――なぎさは心の中で叫び続けた。こんなのおかしい。こんな  
事は認められない。泣いて喘ぎながら、それでもなぎさは目の前の男を憎むことが出来なくなっていた。  
 理解してしまった。  
(こいつ、独りなんだ……)  
 多分生まれてから、今までずっと。だから他人を踏みにじって平気でいられる。自分以外の誰がどうなろうと  
知った事じゃない。こいつには――あたしが当たり前のように持っているものが無いんだ。  
 なぎさが闘う理由は常に日常にあった。それが脅かされることさえなければ、なぎさはプリキュアなどという  
厄介事は引き受けなかったかも知れない。  
 
 家族、学校の友達、身の周りにいるそれ以外の人たち。  
 現在の日常。それらは全て周囲に自分以外の人が居るからこそ形成される。お喋りして笑いあったり、  
勉強を教えてもらったり、ラクロスだってそうだ。喧嘩すること、そして人を好きになること。全て独りでは  
できないことだ。  
(独りって、どんな気持ちなんだろう)   
 考えたことがある。生まれた時から独りなら、きっと寂しいとは思わない。でもそれは傍から見たら、  
自分が寂しいという自覚のある人より、もっと寂しい。  
 相手を理解してしまえば、戦うなんて出来なくなる。それを今知ってしまった。なぎさはまた涙を流した。  
あたしは多分、もう戦えない。  
 顎を掴まれ、乱暴にキスをされる。ただでさえ押し入られて息苦しいところに唇まで奪われ、なぎさは  
意識を保つので精一杯になっていた。舌を舌で絡め取られ、全身に鳥肌が立つのがわかった。そして同時に、  
(…なんなの、これっ……)  
 朦朧とした脳ではいぶかしむことすら満足に出来ず、その感覚を受け入れるしかできない。背筋に怖気が  
走るのに近く、それでいて全く違う感覚。舌を舐め上げられながら挿送されて身悶えする。  
口だけでは息が出来なくなり、鼻で必死に呼吸しようとする。それがさらに口内を蹂躙される結果になった。  
 何もかもぐちゃぐちゃで、与えられる感覚だけが全てになっていた。身体の奥が熱い。燃えて溶けて  
しまいそうだ。熱さから逃れたくて腰を引いては、また引き寄せられて貫かれる。  
(死んじゃう……あたし、死んじゃうよっ……)  
 そう思った刹那唇が離れていった。解放された唇が喘ぎ、自分でも信じられないような嬌声を発する。  
肺が酸素を得ようと急激に活動を始めて、その声を更に溶けた声音にする。  
 ぼうっとしてまるで頭が働かない。身体の中心から突き上げられ、彼女は泣き声を上げ続けた。  
自分がどれだけあられもない姿を晒しているかも、どれだけ呆けた顔をしているかも、容易に想像できた。  
でももうどうしようもない。耐える術もない。あたし本当に、こいつの玩具なんだ。そう思っても  
悔しさすら湧いてこない。  
 
 また別の部分に責めが始まる。乳首を弄られると自分の中が締まるのがわかった。まるで欲しがって  
いるかのように挿れられたそれを締め付けている。すごくいやらしい身体。  
(もう……嫌だ)  
 あたしってこんな子だったんだ。知りたくも無い事ばっかり知らされる。激しく揺さぶられ、なぎさは  
身も世も無く泣いた。あまりに昇り詰め過ぎてその時身体の中で何が起こっているのかさえわからなかった。  
 身体ががくがくと震えて止まらない。耳元で低く短い呻き。突き入れたままの状態で相手の動きが止まっていた。  
それに気付いてやっと、なぎさは何があったかを悟った。頭の中が真っ白になり、全身から力が抜けた。  
気が遠くなる。  
 一瞬気を失っていたようだった――彼女より遥かに大きい、彼女に密着していた筋肉質の身体が離れて  
いったのを感じ、僅かに覚醒する。しかし指一本動かせない。指など動かせたところで縛られたままでは  
何をすることもできないだろうが。  
 頬に何かが触れた。  
 冷たく、節くれ立っている。まるでこちらの感触を確かめるように触れてきたそれが男の指だと  
彼女は気付いた。その手がわずかに移動し顔の横に掛かる乱れた髪を掬い上げた時、なぎさはようやく  
緩慢にでも視線を動かすことができた。  
 靄掛かった視界の端に男の顔が映る。  
「――」  
 なぎさはぼうっと男を見上げた。殆ど脳の働かない状態で、なぎさはその時、頬に触れた指の意味に  
気をとられていた。見上げたのはただ、男の顔を見ればその理由が解るかもしれないと漠然と考えたからに  
過ぎない。しかし男の方は、その視線をそう単純なものとは捉えなかったようだった。その表情に  
畏れにも似たものを感じ、なぎさはふと、今の状況を忘れた。  
 だから遠くから自分を呼ぶメップルの声が聞こえた時、なぎさの行動は一瞬遅れた。メップルに警告を  
発しようと口を開いた瞬間掌で塞がれる。   
「……!」  
 耳元に唇を寄せられ、なぎさは硬直した。耳朶に吐息が掛かる。   
 
「忘れろ」  
 何を。言っている意味を理解できず、口を塞がれたままそう叫ぶ。くぐもった呻きにしかならなかったが、  
その疑問は相手にはっきりと伝わったようだった。男は答えた。  
「忘れろ――今日ここで俺がお前にしたこと、すべてだ」  
 同時に、男の身体から見覚えのある黒いオーラが立ち上った。そのまま、なぎさに襲い掛かってくる。  
 眼を見開き、なぎさは声を上げようとした。解らなかった。この男がそんな事をする必要は無い筈だ。  
混乱し、彼女は自分でも何故かわからないまま、それを拒否しようとした。こんな悪夢のような出来事は  
忘れたほうがいいとわかっているのに、受け入れることができなかった。  
 闇に引きずり込まれる感覚が彼女を襲った。意識が急激に遠のく。目の前にいる男に、なぎさは  
心の中で叫んだ。お願い、あたしの話を聞いて。  
(あたしは――あなたに)  
 あなたに解って欲しい。  
 もう枯れたと思っていた涙がまた溢れた。  
 
 
 
 
以上で終了  
 
 

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