太陽のもと、スポーツに興じる少年少女が駆けまわっている。その顔は明るく、激し
い動作に応じて飛ぶ銀のしずくも清々しい。
「――ヒッヒッヒッヒ」
しかし、人知れず高笑いを浮かべるのは全身を深緑の布で覆った老婆。箒にまたがっ
て、上空から活きいきと汗を飛ばす姿を憎々しげに眺めている。
「フン、くだらないだわさ」
さながら魔女とも呼べる格好と、特徴的な声。林檎でも手にすれば様になる風だが、
彼女が手にしたのは真っ白なページばかりの本。
「世界よ! 最悪の結末“バッドエンド”に染まるだわさ!」
高らかに叫ぶと、魔女は反対側に握った絵の具を飛び散らし、何も描かれていない見
開きいっぱいに塗りたくる。
「白紙の未来を黒く塗りつぶすだわさ!」
チューブからこぼれた黒が空を歪ませ、一帯を奇妙な空間に変えていく。そのうち、
どこかから暗い光がやってきて本に集まりだす。
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」
光の筋が一条、二条と増える様子に、老婆はまた大きく笑い声を上げた。
急に景色が落ち込んできた。
少女は目が疲れているのかと思ったが、眼前に広がる光景はそうでないことを理解さ
せてくれる。
日光を取り入れていたはずの廊下が廃屋と化したようにくすんだ色になり、蜘蛛の巣
があらゆる場所に現れている。
「これって……!」
何より異常なのは、直前まで談笑や移動をしていた学生たちが、とつぜん跪いたこと
だ。表情から活気が無くなり、ぶつぶつと後ろ向きな言葉を呟き始める。
「世界がバッドエンドに染まっちゃうクル!」
鞄から顔だけを出した白いいきものが口にして、星空みゆきはハッと思い至った。こ
の淀んだ空気の正体はバッドエンド――人々を絶望させて、あらゆる気力を無くしてい
るのだ。
みゆきは耳がクルクルしている生き物と目を合わせて頷くと、階段へと急ぐ。
たったった、と暗い顔をしている生徒たちをかわしながら進んで、角に差し掛かった
とき、
「わぁっ!?」
頭から何かとぶつかり、みゆきは衝撃で尻餅をついてしまった。幸いにして鞄は無事
で、咄嗟に隠れて難を逃れたようだ。
「あ、あかねちゃん!」
激突した相手は既に立ち直っていた。差し出された手をとって、みゆきも立ち上がる。
「みゆき、みんなは?」
「それが、分からないのっ」
頭を押さえながらの応答になる。腰に橙色の服を巻きつけた日野あかねに出会えたこ
とはみゆきにとって都合の良い事だったが、二人だけでは足りない。
「と、とにかく下におりてみよか。どっかで会えるかもしれへん」
「うんっ!」
言うなり、角でぶつかった関西弁の少女は踵を返してダッシュ。早くも差をつけられ
たみゆきも慌てて、後頭部で細い尻尾を揺らす姿を追った。
「ヒッヒッヒッヒッ! 人間共の発したバッドエナジーが、悪の皇帝ピエーロ様を蘇ら
せていくだわさ!」
建物の窓というまどから現れる光は、全て魔女の持っている本に吸い込まれていく。
順調にバッドエナジーが集まる様に高笑いをしたが、ふと視界に見覚えのある姿を捉え、
箒から離れて地上へとダイブする。
「んん、お前はプリキュア……」
「ひゃ……っ!」
とつぜん降ってきた存在感たっぷりのローブ姿に、少女は思わず手持ちのスケッチブ
ックを落としそうになった。
暗い緑色が一歩、二歩と近づいてくるのに合わせ、彼女も二歩、三歩と後ずさる。
だが、やがて壁に背中でぶつかり、逃げ場を失ってしまう。随分と小さな背丈の老婆
はヒッヒッヒと笑い声を上げた。
「一人しかいないなら丁度いいだわさ!」
そう言って、魔女は次に赤い球体を空に掲げる。
「出でよ! アカンベェ!」
「きゃあっ!」
叫び声と同時に強い光が放たれ、少女は悲鳴と共に目を覆う。
「……あ、あぁ……!」
次に仕切りを外した時、目の前には凶悪な形相をした化け物の姿があった。赤い鼻に
太い唇、表に出たままの大きな舌と、顔つきは道化を思わせる。だが、何度か見た分か
りやすいイメージとはかけ離れた、赤黒い体としましまの大股がちっとも釣り合わない。
「アカァァアンベェェェェッ!!」
名前と同じ音で咆哮する。その胴体には身の回り品で表現できるものが無いほど大き
な手指の他に、なにやらうねる物も見られた。
少女は脚が竦んでその場を動けない。弱虫だ泣き虫だと罵られたこともあるが、まさ
にその通りの状態だった。
「やよいーっ!」
「ふぇ……っ?」
蛇に睨まれた蛙が、自分の名前を呼ばれて顔を上げた。遠くから走ってくる同級生の
声を聞いて、黄瀬やよいは不思議と安心さえ覚えた。
「あかねちゃん、みゆきちゃんっ!」
「や、やよい、ちゃん……っ」
遅れてみゆき。走力が違うのに無理して追いかけたせいか、脚がガクガク言っている。
友人の名を口にするのも、呼吸が阻んで定まらない。
「……って、これっ!?」
大きな図体を見上げ、あかねは驚いた。壁と共にやよいを挟み込み、彼女に立ちはだ
かるその姿は、やはり恐ろしい。
「カマンベールだっけ?」
「アカンベェクル、あかね!」
と、追いついたみゆきの鞄から顔だけを出した小さな生き物、キャンディに正され、
彼女は「そうそう、それそれ」と言い直した。
「みんな、プリキュアに変身するクル!」
「え、でも……」
促すキャンディに対し、少し離れたところでスケッチブックを手にした少女が不安そ
うな顔を作る。
「わたし達だけで大丈夫かな……?」
「平気やって。それに、何とかできるんはウチらだけやで?」
欠けているメンバーの心配をしているところに、あかねは握り拳で答えた。この怪物
と戦う事ができるのは自分たちだけ、ほったらかしにすれば周囲の人々から発生した諦
めのエネルギーが集まっていくばかりだ。
「やよいちゃん、やろう!」
息を整え、みゆきも加わった。多数決でもやよいの負けだが、彼女には仲間がいる。
それに、一人より三人の方が心強いのは明らかだ。
画材を立てかけた少女はひとつ頷いて、学生服からコンパクトを取り出した。魔女と
アカンベェを挟んで反対側にいるふたりも、それぞれ同じ形の道具を握る。
「プリキュア・スマイルチャージ!」
三人の声が重なる。『ゴー、ゴー! レッツゴー!』の掛け声とともに桃、橙、檸檬
の色が各々の身体を包み、きらきらの光、激しい炎、鋭い稲妻は別々の衣装を与える。
みゆきに与えられた名前は“キュアハッピー”。次いで、あかねの“キュアサニー”、や
よいの“キュアピース”が舞い降りた。
「うう、決め台詞……」
「そこ、気にしてる場合と違うっ」
向こう側から聞こえた呟きに、サニーは裏手を振った。五人で口上を締めくくる決め
台詞が仲間内にはあったが、あいにく二人欠けているので変身するだけにとどまる。
隣で戦闘態勢に入っていたハッピーが転ぶくらいだ、彼女も特に考えていなかったの
がわかる。
「……あ、今回の“ぴかりんじゃんけん”はチョキでした!」
と、ピースは“プリキュア”に変身する最中に繰り出したサインをアカンベェに突き付
けた。
「キャンディもチョキだから、おあいこクル!」
「……チョキ、どこ?」
巨大な方は分からなそうに唸るが、足もとの小さいほうはしっかりと応じている。
しかし、サニーの目には何度見ても、耳が棒付き飴みたいになっている生き物の指が
分かれているようには思えなかった。白い腕の先はチョキを作れるとは考えられない。
「皆を呼んで来るクル!」
「お願い、キャンディ!」
キュアピースとのやり取りを終えたキャンディは、みゆき達が来た道を跳ねて、遡っ
ていく。三人より五人の方が戦えるのは事実だからだ。
ふたりの事を任せた桃色の少女は、バウンドする後姿を見送って向き直る。
「サニー、行くよ!」
「ああ、一丁やったろか!」
突っ込みに忙しかった橙の少女も、ハッピーに促されて構える。そびえる怪物は上に
行くほど細く、色を気にしなければ飲料の容器にも捉えられた。
短く助走をつけ、跳び上がったハッピーとは別に、地上から敵めがけてダッシュし距
離を詰めるサニー。
「アカンベェ、やってしまうだわさ!」
「アッカン、ベェェッ!」
だが、力の源を悪用して生まれた怪物が唸ると同時に上空で短い悲鳴が聞こえ、方向
転換を余儀なくされる。
サニーは受け身を取れずに落下してきた桃色の仲間を抱え、元通りに立たせた。
「なんだかぬるぬるするー!」
表面の感触はぬるぬる、付着した液体はべとべと、と表現するのが似合う。赤黒い体
の色と同じ鞭のようなものが伸びかかって、ハッピーはそれを踏み台にするつもりが、
表面がぬめっていてバランスを崩してしまったのだ。ブーツがぎらりと輝いていた。
後ろを向いたままでも攻撃できるとは、格が違うなと思わせる。
「……ピース!」
今度はハッピーが叫ぶ。
未だ、アカンベェは壁の方を向いている。何本か現れた別の鞭がピースの方まで伸び
ていき、回避できなかった彼女は動きを封じられ振り回されていた。
「んぁ、っくぅ……!」
鈍い声を上げ、否応なしにカウボーイが操るロープの気分を味わうピース。腕を固定
されるのは避けたが、胴体を締め付けられて抜け出すことができない。それに、拘束具
がべとべとの液を纏っていて、引き剥がそうとすると滑る。
「ん……んんっ!」
必死で身体に力を込めるが、プリキュアの超人的なパワーを以ってしても振りほどけ
ず、ピースの額に汗が滲む。
「わ、わっ、やっぱりぬるぬるするーっ!」
そのとき、大きな手での攻撃をかわし、再びジャンプしたハッピーが回転する鞭に飛
びついた!
「は、ハッピーっ!?」
「うわわわわわっ!?」
ピースとハッピー、二人の声は驚愕そのもの。
音が重なった次の瞬間、視界が強烈にフラッシュする。そのまま頭から地面に落下す
るまで、キュアハッピーは何が起きたのか理解できなかった。
付近で尻餅をついた黄色の少女が駆け寄ってきて謝罪して初めて、彼女の力が雷に関
連するもので、繰り出した電撃に痺れたのだと解った。ともあれ、無事で何よりだ。
「だ、大丈夫かいや?」
「う、ん。へいきへいき……」
煤のような黒いものを顔に貼りつけて笑顔を作られると却って心配になってしまうが、
サニーはそれ以上触れずにおいた。
「おやおや、三人だけでは相手もできないのかい? ヒッヒッヒッヒ!」
確かマジョリーナと言ったか、怪物と比較するとえらく小さな魔女が笑い声を上げる。
とはいえ、先程から満足に攻撃もままならない。図体の大きさはともかく、自在に動
く鞭が実に厄介で、サニーは歯噛みした。
また、平気と口にしたはずのハッピーがちっとも大丈夫そうではないのだ。プリキュ
ア同士とはいえよほど強烈な電撃を食らわせたのか、背後でピースが肩を貸して、なん
とか立ち上がっている。……ごめんなさいを五回程度では足りなかったのではないだろ
うか。
「さあ、遊びは終わりだわさ! アカンベェ、トドメだわさ!」
「アカァァァァァン……――」
指示に応じて、アカンベェの体から生えていた赤黒い鞭が二本、三本と集まり、次第
にその数は両手では利かなくなる。
三人のプリキュアは変化の過程をじっと眺めていたが、いよいよ危険だと思った時に
はもう遅い。
「――……ベェェッ!」
第三の腕とも呼べそうな代物が、ぶんと唸りを上げて落ちてきた。
しかし――主な原因は味方だが――負傷したハッピーを支えるピースも二人分の体重
を飛び退かせることができず、サニーも咄嗟に彼女たちを突き飛ばすような行動はとれ
なかった。
だんだんと影が濃くなっていき、ピースは桃色の少女と一緒に姿勢を崩す。
直前に二人で合わせた視線が合図。サニーは両足に力を込めて腕を伸ばした。
「――くぅっ……!」
ズン、と衝撃。横目に映った二人の仲間は身を屈め、橙の少女が支える手の分だけ隙
間が生まれる。
「うわ、ホンマにぬるぬるするなぁ……」
二本の腕だけで持ち応えるが、表面がぬめって力のかけ方が分からなくなる。本当に
支えているのか、接触している手の平から飲みこまれそうにも感じられた。
「サニー!」
「ん、うぅ……っ! は、早く、離れてほしいんやけど……!」
ピースに、同じくらい震え気味の声で返す橙の少女。
心配そうな目を向けるくらいなら、僅かにある空間から脱出してほしい。いずれ来る
限界の巻き添えになってもらっては困る。
神経のほとんどを腕に向けていたサニーの言葉が届いたかは不明だが、黄色と桃色は
ゆっくりと攻撃範囲から抜け出した。
「ど、どうしたら……」
狼狽えるピースは、やはり加勢するべきという思考に従えずにいた。逃げろと言われ
て来た手前、戻って行ってはどうしようもない。しかし、ひとりで戦っているキュアサ
ニーを助けなければならないのに、何もできずに涙が浮かんでしまう。
肩を貸してくれた黄色の少女から離れ、電気ショックのダメージから回復したハッピ
ーも、ただ見ているしかできなかった。いつかの様に敵を持ち上げて投げ飛ばすまで。
「間に合ったか?」
「キャンディ! マーチ、ビューティも!」
ふと、どこか遠くで聞き覚えのある声がして、振り向いた桃色の少女の胸にキャンデ
ィが飛び込んできた。それに続いてきた“キュアマーチ”と“キュアビューティ”、二人の
プリキュアが変身を終えた状態で合流する。
「すみません、遅くなりました」
青色のビューティは二人に向けて律儀にも頭を下げるが、事態はそう悠長に構えてい
る場合ではない。
「サニーが……!」
恐ろしいものを見たような声音になるピースと同じ方向を三人で見たとき、未だ巨大
な腕と格闘するキュアサニーが映る。
だが、何かおかしい。ふつう持ち上げようと踏ん張っている時は爪先が地面について
いるものだが、彼女は踵だけ触れて腰を引いているようにも見える。
「く、離しぃや……!」
重さに潰されないのは、さすがプリキュアと言ったところだろうか。しかし、サニー
は自分が押さえていた赤黒い腕の中に両手が埋まってしまった。指を動かしてもそこら
じゅうが生温かい液体と肉の様な感触ばかりで、だんだん気持ちが悪くなる。
「うぉわっ!?」
ついに抜け出せないまま体が持ち上がり、手の自由を奪われたまま高所に浮いてしま
う。ピンク、イエロー、グリーン、ブルーの色とりどりな少女たちが遠目に並んでいた。
「っ、このっ!」
ダッと駆けだしたのはキュアマーチ。緑色の髪を靡かせて空中に捕えられた仲間を取
り戻そうとするが、その進路をアカンベェの鞭が阻む。
「……滑るっ!?」
跳び上がって回避し、それさえ軽い身のこなしで足場にしようとしたものの、表面が
ぬるりとした液体を纏っていたせいで安定しない。
先のハッピーと同様にバランスを崩して落下した彼女に迫る敵の数は増え、二、三方
向から伸びかかってきた。
思わず目を瞑ったマーチの耳に、ガラスでも砕いたような冷たい音が届く。
「大丈夫ですか、マーチ」
「うん、助かった……」
切り揃えられたブルーの髪がいっぱいに映る。キュアビューティが持つ氷の力が鞭を
凍らせ、彼女はそれを叩き割ったのだ。一緒に欠片が落ちて煌めく。
抱きかかえられたまま、すぐにマーチの目は上空へと戻る。サニーは脚をじたばたし
て抵抗を試みている風だが、逆にいいように振り回されてしまっている。激しい回転に
耐えようとする声が三百六十度、あらゆる方角へ飛んでいった。
「ヒッヒッヒッヒ……プリキュアを捕まえる、またと無い事かもしれないだわさ」
深緑のローブをまとった魔女が口を開き、プリキュア達の注意はそちらへ向かう。
「お前達の弱点さえわかれば、悲願も達成できるというものだわさ!」
皇帝ピエーロの復活を阻む戦士、プリキュア。その一人を捕獲した今、調査して対抗
策を練る事だってできる。マジョリーナは再び笑い声を上げた。
「そんなことっ!」
させるものか!と、マーチは自分の腰に取り付けられている“スマイルパクト”に両手
を添え、力を込める。
「プリキュア――」
「マーチ、待って下さい」
アクセサリが輝きを増し、決まれば一撃でアカンベェを浄化できる技を繰り出そうと
いうところで、それをビューティに止められてしまう。
もちろん、意見しようとした緑色の少女だったが、そちらも肩に手を乗せた青のプリ
キュアが先制した。
「わたくし達はアカンベェの方々にしか、いわゆる必殺技は使っていません。……です
から、下手にサニーに当ててしまっては、どうなるか」
「だ、だからってこのまま見過ごすわけには……!」
やり取りを見ていたハッピー、ピースの両人もマーチの意見に賛成しつつ、ビューテ
ィの話に納得する。お互いに技を撃ち合った事がないからこそ、その威力が分からない。
捕らわれたキュアサニーを救出したいが、その不安要素ひとつのせいで実行に移せない
のだ。
緑色の少女は歯を噛み、ぎりりと鳴らした。
あの怪物を浄化するためには、丸くて赤い鼻に見える部分を狙うのが常だ。だが、橙
色の少女を捕獲した太い筒状の物体がその前方に垂れ下がっていて、それがどう動くか
予測できない事も攻撃を躊躇わせる原因となっている。
「さ、今回はこの辺にしておくかねぇ。二兎を追うものは何とやらって言うしねぇ」
箒にまたがり、橙色の少女と同じ高さまで上昇するマジョリーナ。巨大な第三の腕を
顔の前に垂らしたままのアカンベェは、無暗に攻撃を繰り出しては仲間にまで危害が及
んでしまう。
見上げるプリキュアの誰かが言ったように、その様子を見送るしかできなかった。
「に、逃げるのかっ!? ……サニーッ!」
「あかねちゃんっ!」
口々に叫ぶマーチ、そして一瞬だけ首を傾げたハッピー。しかし、それに答える声は
なく、後ろを向いた状態では表情だって窺えない。
続いて、ヒッヒッヒッヒッ!という魔女の高笑いと共に召喚された怪物ごと、キュア
サニーの姿までも消え去った。
空は晴れ、至る所にあった蜘蛛の巣も無くなったというのに、残ったプリキュア四人
の表情は曇っていた。
「……あれ」
一方、アカンベェに手を引きずられたまま一緒になってしまったキュアサニーは、自
分がやたらと熱い空間にいることに気付く。
「この熱気は、やっぱりウチの情熱がそうしてるん? そうに違いない! ……って、
ぜったい違うやろ!」
周囲を見回してみるが、どこもかしこも肉の様な色をしていて、薄暗い。先程まで四
人の仲間といた場所とはまるで違った光景に動揺する。ノリツッコミでも気分は盛り上
がらない。
「え? ……え!? ここ、どこ!?」
きょろきょろしながら、橙色の少女は忙しい。
「それより何? 手がべたべたして気持ち悪いんやけど!」
しかし、自分の声ばかりが響き渡って、何か空しい。誰かが説明をつけてくれるわけ
でもなく、サニーは自分の足で進む他なかった。
一歩ごとに、鈍い粘着音が靴から発される。しかも、足場から壁、天井までが生き物
の様に動いている気さえした。
「……も、もしかして……喰われた?」
ぞく、と背筋に寒気が走る。だが、考えてみるとアカンベェの口は道化の様な太い唇
のほうだ。巨大な赤黒い腕を落として、それを受け止めただけだから確証は無い。一応、
両手は例の液体をたっぷり纏っているが無事で、全ての指がきちんと動かせた。
ただ、いつの間にかこの状態だったせいで出口はどこか分からない。前に歩んでいる
はずが、脱出できるかも不明なのだ。
「……え」
空気の切れる音がして、橙の少女はその場から飛びのいた。次いで足元の液体が跳ね、
ぴちゃりと不気味な雰囲気を作る。
「このっ!」
前後左右、様々な方向から気配を感じ、サニーは手足でそれらを捌く。視界はあまり
よくないが、プリキュアの力なのか不思議と敵がやってくる感覚だけは鮮明だ。
打撃を食らわせる度、また別の方から飛んでくる。ブーツを履いている足はともかく
拳はむき出しで、一発ごとに液体を塗られて湿り気を帯びる。
「もう、キリないやん!」
ぺしょ、と水を含んだスポンジでも叩いているような音だ。いくつも迎え撃ってはま
た現れて、完全に足を止められたサニーは息も荒く毒づいた。
どこか悪い感じの風を浴び、額に滲んだ汗を拭う間もない。絶えず動き回っている事
で消耗し、やがて無数に来る敵を捌ききれなくなってしまう。
「うわっ!?」
足に何かが巻きつき、橙の少女はすっ転ぶ。ぬるついた液体に顔面で触れるのは避け
たが、疲弊しきった身体では起き上がる事すらままならなかった。
「き、気持ち悪っ! ちょっと、これ何なん!? 何なんこれっ!?」
二度口にした所で状況は変わらない。
床から生えてきた何かに腕と足首を締め付けられ、サニーは抜け出そうとしてできな
かった。なま温かくてぬるぬるとして、自分が戦ったアカンベェの体から生えていた鞭
とそっくり。そして、つい先ほども叩き落とした敵そのもの。
「は、離さんかいっ! こんな、格好……!」
両方の膝と肘を床につけ、四つん這いの状態だ。こんな姿勢で固定され、付近には誰
もいないが恥ずかしい事この上ない。
「う、いっ……!?」
首筋を両側から舐め上げられて、思わず肩を竦ませる橙色の少女。べったりと付着し
た液体が垂れていき、こそばゆさよりも気持ち悪さの方が先に現れる。
さらに、呼吸しているかのごとく上下する床から、壁から、天井から、ざわざわとし
た気配を感じる。それは殺気では無いものの、具体的に何かは分かりかねた。
「っ……ちょ、っと……!」
肌を晒している二の腕、太腿と巻きつくものが増え、這いまわる様に動いて粘液を塗
り付けられる。
ゴムとも違った感触と温度、後方をほとんど確認できない姿勢でもあり、捕らわれた
プリキュアはとうぜん抵抗する。
「は、な……せぇ……っ!」
手首までを覆っている白い腕抜きと膝上の丈を誇るブーツの内側にも、それは入り込
む。表面がぬるついているおかげで侵入も容易で、一方サニーは内側を触られることが
嫌悪を煽った。
「く、ぁっ!?」
上半身は腋にも攻撃が及んだ。生温いものを擦りつけられ、しかし笑い声を上げられ
ないキュアサニー。びちゅ、びちゅ、と纏わりつくような音が耳に届いて、放せ、とだ
けは何度も口から出ていく。
「い、や……っ、あかん、て……!」
さらに、腕や脚を這った時と同様、液体を纏った細い触手が服の中へと進んでいく。
体を捻る事すら叶わない少女は、侵入を許した上に胸元を擦られて妙な声になった。
「んぁっ! く……うぅっ」
自分の声さえ屈辱的だった。両方の腋から服を持ち上げて入り込んだ肉蔓が、胸や乳
首を容赦なく擦りあげる。それだけで体が痺れて、握った拳が開いてしまう。
ブーツの中も膝裏、脹脛とゆっくり下降し、やがて足指の間にまで液体を塗るまでに
なる。四肢を封じられては脱ぐことだってできず、されるがまま両足にもべたべたした
ものが付着する。
「やめ……う、あぁっ」
体にフィットした衣装も、少し隙間ができれば触手たちの入り口を作ってしまう。成
長期の胸が不自然に大きくなるが、その実態は肉の鞭が蠢くばかり。それら全てが粘液
を纏っているから、ちょっと動くだけで気味の悪い音をぐちゃぐちゃ響かせる。橙の少
女は聴覚までも攻撃され、せめて声だけは出すまいと口をつぐむ。
「う、ん……! くっ……!」
しかし、いくつもの蔓が這いずり、必然的に挟まれる形になったニップルからは電撃
めいたものが寄越される。この歳になって他人に触られた事などないゆえ、得体の知れ
ないものが絡みついて変な声を上げるなど、認めたくはなかった。
「あぁ……っ、んっ!? んぐ、ぐうぅっ!?」
重みを増して許容を超えたプリキュアの衣装が破ける。胸に飾ったリボンごと、いく
つかの触手が床に叩きつけられたのも聞こえたが、既にサニーの体に巻きついて責めの
手は緩まない。
そればかりか前よりも胸に殺到するようになり、水音は一層強いものへ変わっていく。
「ぐ、ふっ、んくっ、うぅ……っ!」
さらに、無防備になった上半身からの刺激に口を開いた瞬間、少女はそこを塞がれて
しまう。まるで見計らったようなタイミングで数本が口腔へ飛び込み、発声どころか呼
吸まで困難にさせた。
勝手に前後して舌や歯と擦り合う触手。息苦しさに呻いたサニーの目から涙が漏れる。
「うぅんっ、く、ふぅ、っ!」
唾液と粘液が混じり合ったものはだんだんと口に溜まり、吐き出そうにも触手が邪魔
して、飲みこまざるを得なくなる。
「んっ、んっ! ……んぐぅっ!」
橙の少女からは呻くような声ばかりが発される。確かに口を閉じて音を出すまいとし
ていたが、息苦しいのとは話が別だ。
そのうえ、すぐ近くで継続している責め方も変化を見せる。ぬるぬると擦られていた
乳首がいくつかの触手に捕まり、摘ままれてぴりりと刺激を受けた。
「うぐ、うっ……うんっ、んむっ! ……ううぅっ!?」
二本も三本も狭い入口を塞いでいては、特定のひとつに噛み付いたところで意味をな
さない。口そのものが拡張されるのではないか、そんなことを考えるようにもなる少女。
くちゃ、くちゃ、と激しい音を立てて暴れ始め、いよいよ訳が分からなくなる。
「ん……ぐ、うぅ……」
サニーの口腔で束になっていた触手が震え、舌と歯の空間に何かを吐きだした。咥え
たままで処理できるはずもなく、苦しさから解放されるため、否応なしに首を持ち上げ
て飲みこむしかなかった。しかし、どろりとして熱いうえにゼリーのような感触を持っ
ているそれを食道に通すのは時間がかかる。
だが、お構いなしに口の中で唾液とかき混ぜ始める肉蔓の動きに逆らえず、橙の少女
は無理矢理に喉を鳴らす。
「かはっ……あぁ……」
赤黒い触手がもともと纏っていた液体は僅かながらに甘みを持っていたが、今のこれ
は純粋に苦い。しかも飲み口が悪いだけでなく、徹底的に臭い。嚥下した半固形のもの
が体内の細道を下っていくのが感じられて、サニーは口腔に残っていた残滓をぺっぺっ
と吐きだした。
「……うんんっ!」
その間に起きていた周囲の変化は、少女に息つく暇を与えない。
両脚を包んでいるブーツも、両手を飾っている白い筒も、同じような液体にたっぷり
と内部を汚されていたのだ。その粘りっぷりときたら、わずかな隙間を肌が動くだけで、
ぶきゅ、ぶきゅ、と籠った音を聞かせてくれる。体の外側もこんなものに浸されて、立
ち上る臭気がプリキュアを呻かせる。
「んあぁっ!」
それまで、ずっと弄られていたニップルが吸引される。どこかにそういう器官がある
のか、それこそ触手の一つひとつがイキモノであるのか、熱に蒸された頭では思考しよ
うがない。
「あ、あっ……んんっ、んあっ!」
きゅぽ、きゅぽ、と小気味のいい音をさせ、吸って引き伸ばされた乳首がまた喰いつ
かれ、二箇所で違う間隔なので対応に困る。
もう一杯まで蓄えているのに、尚も腕抜きと膝丈の靴に入り込んだ触手は、その一番
奥でどぷりと液体を放出していく。
同じものが直上から雨の様に降ってきては、キュアサニーの背中やスカート、そして
髪までも汚す。
一度でも汚れ物と認識した以上、それが体中に浴びせかけられていい気はしない。し
かし、彼女は胸に吸い付かれて送られる刺激によって抵抗する力を削がれ、あられもな
い声を上げてしまう。
「くぁ、あっ、んっ!」
表面の甘い液体か、それとも吐き出されたゼリー状のものか、あるいはこの臭いか…
…サニーの反応は何かを境にして随分と変わってしまっている。体が熱いのは力が溢れ
てくるからではなく、未知の刺激をどうにもできない羞恥などが大部分を占めていた。
実際、なぜこんな声が出るのかは本人の方が戸惑っている状態で、それでも抑えきれ
ずに飛ばしていた。
「ぅん、く……っ! あっ!」
吸引し続けて乾いてきた乳首を潤すように、べたべたの液体を滲ませた肉の蔓が這い
まわる。少しばかりの痛みはすぐに失せ、多方向から擦りつけられて転がり、少女に電
撃を送った。
「ひ……あ、あぁっ……!」
背中、内腿、体のあらゆる場所を触られ、単純な音ばかりが出ていくサニー。彼女に
言葉を作っている余裕はなく、放せだのやめろだのといった抵抗のフレーズは二、三歩
手前でかき消されてしまう。
「……うあ、ぁ」
衣装越しに伝わる熱と臭いに、少女の思考は曖昧になった。とぼけた様な声になり、
飛び込んできた触手の一つを咥えこむ。
「う、うむっ……ううっ」
とはいえ一方的に口の中をかき回され、ちっとも応じることができない。ぐぷ、ぐぷ、
と音が立つたび、唇の端に小さな泡が出来ては消える。
「うぐっ、ぐっ……ぐうぅっ!」
手足は抗えず、四つん這いのままどうにもなれずにサニーは嗚咽を漏らした。忍び込
んだのは涙で汗で吐き出された液体で、とんでもない味を舌で感じ取る。
顔に粘り気の強い液を浴びせられても、それを拭う手段さえなかった。様々に責めら
れるニップルが寄越す刺激に上半身が震え、付近にぼたぼたとこぼれ落ちる。
「ふ、あ……っ、は……!」
そこは、とも音にならずに消える。次々と生える触手は無防備すぎるスカートの内側、
衣装のメインとも言える橙色とは違う、赤のスパッツに群がり、尻といわず恥部といわ
ず、舐る様に動き回る。
ここでも、プリキュアの少女に胸とは違った刺激を寄越して喘がせた。貼り付いた様
になって激しい動きを邪魔しない着衣が、この場面で裏目に出てしまう。
「ひ……っ! あ、あっ……あぁっ!」
塗られ、かけられた数種類の液が滲みこんだ布は、もはや防具と呼ぶには相応しくな
い。生温かい肉が這いずる様子を目にしなくとも伝えてくれて、下着の内側まで透かし
ているようだ。
「く、あ……! っああ、はぁっ……」
上半身をそうしたように、ぴったりのスパッツに隙間を作った触手が次々と地肌を触
れてくる。外側の抵抗に比べれば中のショーツなど可愛いもので、異なった感触に悲鳴
をあげる。
その赤が内側から裂けるのに時間はかからなかった。左右の分かれ目から五本、六本
と入った触手が逆の方を目指して反り返り、少女の恥部を露わにする。
下着ごと失い、サニーは下腹が冷える感覚に陥った。どこもかしこも熱っぽいのに不
思議な話で、そこが特別あついことを理解させた。
「……やぁっ! あっ、あっ! ひっ、ぃ……っ!」
そこへ、触手が吸い付いた。汁でも啜る様に、ずじゅ、ずじゅ、と決まったテンポで
音を立てては離れ、これまで以上の刺激に橙の少女は高い声で鳴く。
いつまでも同じ音色だったのが気がかりで、しかし肉の蔓が持っていた液体のせいに
しておく。
一緒に乳首も吸引攻撃にさらされ、合わせて三点ほどを好き放題されるキュアサニー。
腰が逃げるように引けて、もともと四つん這いで持ち上がっていた臀部がさらに高くな
る。
「――っ!?」
だが、いくつもある触手が追い付かない筈がない。それは、少女のぼんやりとしてい
た意識を現実に引き戻すのには十分すぎた。
「ま、って……! それ、っ……!」
ニップルをどうされようが関係なかった。珍しく意思のある言葉を口にしたサニーは、
自身の女子たる部分に何かが侵入しようとしているのを感じたのだ。
とはいえ、嫌だやめてというのを理解し聞き入れてくれるはずもなく、二本、三本の
蔓が合わさったものが少女の恥部をつつく。
「……うぐっ、うぅ……っ……!」
プリキュアも、元を正せば何の変哲もない女の子だ。怪物と戦える力を持っていたっ
て、得体の知れないものと対峙するのは恐ろしいし、何よりこの状況では伝説の戦士が
どうだという場合ではない。姿こそキュアサニーのものでも中身は日野あかねで、純粋
に女子としての恐怖に体が冷え切っている。
「うあ、あぁ、あっ、ぐぅ……っ!」
他の部分からの刺激を一切拒んで、感覚の全てが肉の洞を探ろうとする一カ所にだけ
集まる。
体を内側から押し広げられ、嫌な音が耳に響いては橙色の少女を呻かせる。尻を揺ら
して抵抗したが、その方が却って痛みが強く、高かった声は低く鈍くなり、ひゅうひゅ
うと呼吸しても気は紛れない。
焦らす風なのか、いやに遅い動きの触手が奏でる音は軋むような裂けるようなで、し
かし一思いにやってほしいとは言えない。一度は脱力した手足の指先が、粘液を掴んで
堪えるように丸まっていく。
「――――っ!!」
また衣服が破けたのか、その方がいいような破裂音が体内でして、少女の体に衝撃が
襲い掛かる。本当に痛いと思った時は声が出ないもので、全身に鞭打たれた様なダメー
ジを逃がした口から、大きく息を吸い込んで酸素を補う。
肉蔓が道を開いた瞬間に正面を向いたサニーの視界は、この空間そのものを薄暗いと
認識していたのにやたら明るかった。
「ぐっ、うっ! ……う、ごっ……くな……ぁっ!」
触手が尚も奥へと進む感触があり、直前の痛みに震える声で何度も呟く。胸元で音を
立てるものなど構わず、そちらの情報ばかりが割り込んでくる。
「かっ……! う、あっ! く……っ」
拒絶の意思に従う訳もない。少女の言葉は肉の蔓が洞穴を引き返し始めた事で、鋭い
ものが走って中断された。
これもまた動きは遅く、いつになったら終わるのかと、サニーはそれしか考えられず
にいた。じわじわと頭を締め付けられるような感覚がたまらなく苦しい。
「いっ――!?」
いっそ気絶できればどんなに楽だったろう。ガンと殴られたような衝撃が下腹から直
線状に抜け、内臓が持ち上げられた風にも感じた。
一度は抜け出た赤黒いものが、勢いをつけて戻ってきたのだ。開けられたばかりの穴
はすぐに縮んでしまって、いきなり広げられたせいで激痛がやってくる。
整えていた息もいっしゅん詰まった。吸うのか吐くのか不明になる程、その威力は強
烈で。
「い、たっ……いたいっ……! っ、い……っ!」
歪んだ視界は相変わらず白一色で、サニーは涙まじりにショックを表現するほかなか
った。体に何かが入っては抜かれ、その繰り返しはあまりにも辛いものだった。
「ふぅぅ、っ! う、ん……ぐぅっ……!」
抵抗も空しくなると、そっちのけにしていた感覚が現れてきた。胸に纏わりついて乳
首を擦るもの、背筋を這いまわるもの、太腿をなぞるもの。脚が浸されている液体の存
在も明らかになり、強烈なフラッシュに見舞われた視界も元通り、暗くなっていく。
「や、あっ! いっ、たいっ……! あかんてっ、うごいたら……っ」
寒気と一緒に来る弱電流の方が優しかった。次第に声も戻って、口から意思を吐ける
ようになる。
「あ、んぁっ、っ……!」
それでも幾分かは和らいだ気がして、しかし触手達の責めは容赦がない。二つある胸
の突起を粘液と一緒に擦り付け、束になって恥部に出入りする傍で太腿をくすぐる。冷
めきったサニーの身体も熱を覚え、吐息がだんだん短くなっていく。
「うぁっ、あっ、は……っ、はぁっ!」
ぐじゅ、ぐじゅ、と体中から聞こえる鈍い音とは対照的に、少女の口からは甘い響き
が生まれる。おぞましい肉の蔓に肌というはだを触られ、痛みでしかなかった抽送さえ
高い声で彼女を喘がせる要因に変わる。
「んく、は、ぁ……っ!」
下腹部を内側から責め立てるものは、もともと数本の蔓からできているものだ。地な
らしを終えた後は各々が異なるタイミングで動き合い、橙色の少女は絶え間なく最奥を
突かれて悶える。
その付近、破れたスパッツを残している腿にも粘液を塗ったくる触手がいて、半固形
の物体が詰め込まれたブーツにも入り込んでいる。
「あっ、あ、あはっ……んん、うぅっ……!」
首筋や胸にも生温かいものが這いずっている。破けた衣装は成長期のふくらみをさら
して、そこだけ床が盛り上がったように隙間なく埋め尽くされ、乳首が転がっていく。
「あうっ、うっ! は、んっ、あぁっ!」
それら全ての動きが速くなっては堪らない。初めて性感を味わったプリキュアの少女
は抗う術など知らず、四肢を封じられて一方的に攻撃される。
サニーの顔は痛みに歪むことなく、熱のこもった息を吐くばかり。浴びせられた粘り
の強い液は汗が薄めて頬を伝い、口元で涎と一緒になって落ちる。
「うああぁっ――!?」
解れていた触手がひとまとめになって体の最奥を叩き、またも強い衝撃がサニーを襲
った。そのついで、さらに奥へと何かが流れるような感覚になり、同時に肉の道から遠
ざかっていく時の刺激に身を震わせた。
髪や背中にも熱い液体が飛ぶ。忘れかけていた臭いが鼻を突き、顔を背けようにも額
から垂れてくる。
「……あ、っ」
ずるる、と少女を犯していた赤黒い肉が抜け落ち、縮もうとする穴から濁った白の液
が引きずられる。あわせてゼリー状のものも吐き出され、真下に溜まった。
しかし、いくらか穏やかになったとはいえ胸元で蠢く感触はそのままだ。息を整えさ
せてはくれないうえ、サニーはがら空きの恥部に迫るものの気配が判った。
「……んぁ、ま、また……ああぁっ!」
挿入感。ずぷ、ずぷ、と細っこいものがサニーの肉壺に差し込まれ、深く進んでいく。
さらに、言葉を発するのも許さないのか、とつぜん飛びかかってきた触手に口まで塞
がれてしまう。
「ぐっ、うぅ……っ!」
こうなってしまうと、一体どこに集中すればいいのか判別がつかない。広げようがな
い入口から侵入して、唾液と一緒に無造作にかき回される。
「ん、ぅ、っ! うぐっ……」
首筋をくすぐられ、訪れる寒気が息苦しさと噛みあわない。二、三本くらいが口腔で
暴れて、サニーは大粒の涙を流しながら、舌の受け皿に溜まり始めた液体を飲みこむ。
そこで発生している音と同様の大きさで、胸に纏わりついている肉の床が粘着音を奏
でる。ゆっくり複雑に動き、ふくらみの全体を押すように、中央の突起ごと刺激してい
た。
「んんっ! んむっ、くうぅ……!」
息苦しさのあまり、橙色の少女は呻くような声しか出せずにいた。つい先ほど穿たれ
た下腹部の穴に出入りする触手と共に、どちらも絶え間なく動くせいだ。鼻しか使えず
呼吸が整えられないのに、向こうは容赦がない。
ぐちゅ、ぐちゅ、と音をさせて前後から犯される少女は、まるで肉の蔓に体を貫かれ
ている風にも感じられた。
「ぐむっ、むぅっ、ううっ!」
口に突っ込まれた方が激しさを増したと思うと、とつぜん振動して喉奥に崩れかけの
ゼリーを流し込む。
断続的に顔にかけられる方が幾分マシだった。同時に複数、狭い場所で放たれては逃
げ場もなく、熱流が食道を駆け下りていく。
「……がっ、ふっ……くぁ……っ」
持ち上げたままの首がいい加減に疲労を訴えている。しかし、サニーは下を向くにむ
けなかった。無理な姿勢になろうが正面を見ていないと、触手がぶちまけた液体が引っ
かかって呼吸もままならないのだ。
「んっ! あ、あぅっ!」
ひとつ収まると、もう一つの刺激が現れる。とろとろした液を垂らす洞穴を探る蔓が
一番奥に到達するたび、痺れるような感覚がキュアサニーを鳴かせた。
「あ、んぁっ、あっ! は……っ!」
まるで、いちど放った半固形状のものを掻き出す様な動き方だった。往復ごとに入口
から白っぽいものがあらわれ、次の挿入で泡立つ。
サニーの体は内側から広がる様な感じがして、しかし途中で縮むような気分になる。
前の穴と同様、入り込んだ触手のそれぞれが独立した動きだから捕まえる事も叶わなか
った。
「ひぁ、あっ……! くぁ――!!」
不意にフラッシュを焚かれ、視界が白く染まる。尻から腿にかけての感覚を失い、体
が言う事を聞かずに震えあがった。
また、だ。サニーは恥部を吸い付かれた時に一度、この現象を経験していた。握った
はずの手から力が抜けて、頭もぼんやりとしてしまう。
だが、浮かんだような思いが生まれるのも束の間、現実がいかに残酷かを少女に思い
知らせる。
「はっ、あぁ、んっ! うぁ、あ、あうぅ……っ」
遅れて、体内をかき回す相手の動きも活発になる。発生源からは遠くにある耳にも、
その激しさが音となって伝わり、橙色の少女を喘がせた。
「あぁ、あ……っ!」
ひときわ強く、それこそ衝突するような勢いで下腹部を叩いた触手。次いで、その先
端からとびきり熱いものを注ぎ込まれる。
「んあ、ぁ……」
これが続けて三発ぶつけられるまで、サニーは侵入者が一つ増えていたことに気が付
かなかった。
肉の洞を隙間なく埋め尽くされているのが、ひとりでに縮こまる道のおかげで理解で
きた。その状態で中身がずるずると抜けていくものだから、彼女はそこでも身を震わせ
て悶える。
「……はぁっ」
粘液にまみれた頬を鞭がなぞり、重ね塗りしていく。背筋を撫でるものもあり、そち
らは衣装との窮屈な隙間を気に入っているのか破ろうとはしなかった。天井を向いてい
る側は何度となく液体をかけられ、もうこびり付いている風にさえ感じる。
「あ、まだ……!」
恥部に生温いものが触れ、橙色の少女が呟いたのは、まだ心が屈していないという意
志より、終わらない責めに対する恐ろしさの方が強かった。
自分の体と侵入を試みる触手、どちらが合わせているのか不明だったが、洞を隙間な
く埋め尽くされる感覚に、サニーは練っていた言葉を失ってしまう。
「ひ、あ、ああ……!」
襞をひっかかれ、奥を目指す動きによって全身に痺れがまわる。
しかし、その間も太腿や胸に絡みつく赤黒い蔓が、プリキュアの意識を遠のかせない。
「くぅあっ! んぅ……!」
ひとりでに持ち上がった下半身に対応した末、それは終点にたどり着く。ゆっくり近
づいてきた筈だが、サニーの口から抜けた刺激は、その認識とは異なった。
「んっ! あ、あっ! んあぁっ!」
ただ、穴を塞いで終わりという訳にはいかない。入った触手はとうぜん抜け出ていく
が、またも引きずり出されるような感覚に喘ぐサニー。喉や体内に注がれたものと同じ
液体が満たされているブーツの中で、足指をまるくした。
それぞれ細い蔓をいくつか纏めたものが、少女の体を犯す。それ自体が持っていた表
面の粘液と、各部から攻撃を受け続ける橙色の少女が滲ませた液体が混ざり、入口付近
で泡立った。
「あ、ひっ、あはっ……! く、あぅっ!」
実際はいくつかのそれも、同時に動けばひとつだと思えてしまう。みっちりと詰まっ
ている中身が出入りを繰り返すようになると、最奥を叩かれた時の衝撃も強い。
サニーからひときわ高い声が出ていくのも、そこを突く触手がうねるような動きを見
せるからだった。直進するくらいにしか道のない場所を、不意に左右へ強く押され、予
想外の刺激が橙色の少女から力を奪う。
「あっ、ん……っ! ん、くぅっ」
ぐぷ、ぐぷ、と抽送の度に立つ音と一緒に、サニーの体は勝手に前後した。それが、
床と触れていた胸と乳首から余計に弱電流を発生させてしまう。
「ん、あっ……! あ、ふあぁっ!」
どうするつもりだったろうか、一瞬だけ橙色の少女は不明になった。動きを止めるの
か、それとも続けるのか、拒絶するように閉じた瞼から熱いしずくが流れ落ち、惰性で
揺すられる。
まとわりついている蔓の間に落ちたニップルは、すぐに次の触手とぶつかり転げる。
下腹部は叩かれているような衝撃を生むが、どこか甘い感じのするこちらで紛らわそう
と、サニーはその意思に従って身を任せた。
「はぁっ、あっ、あぁ……!」
どうしても漏れてしまう声。少女が自身でも聞いた事のない様な高さのそれは、肉の
蔓が塞ぎにでも来ない限り抑えられない。口を覆うべき両手は締め付けも強く床に固定
され、プリキュアの衣装である白い腕抜きに吐き出された、臭いの強い液体が流れてべ
とべとになっていた。
「ひぅ……っ、うあ、んっ!」
プリキュアの力がどう、というものでも無く、サニーは今いちど触手が自分の洞穴に
何かを注ぎこもうとする気配を悟った。それ自体はふと感じただけで、直後か同時か、
彼女の体は激しいピストンに見舞われて四つん這いのまま揺さぶられてしまう。
「あっ……!? あ、あ、あっ! あぁ――っ!!」
最中、胸からも強烈に刺激された。くちゃ、くちゃ、と粘っこい音を立て、絡んで纏
わりついていただけだった床の肉が、いきなり吸引を始めたのだ。あんまり動くものだ
から捕まえに来たのかもしれず、しかし橙色の少女はそんな事を思考している場合では
無かった。
乳首を摘ままれるように引かれ、さらに下腹部に鞭の束を叩きつけられていたサニー
の視界が白く発光する。口を開けたまま息だけが出ていき、硬直した身体は体内を犯す
触手の様子を鮮明に捉えた。
「……あっ、ん……っ!」
いっしゅん脈動した後、少女の内側を熱が浸した。それまで出入りしていた全てから
一度に注ぎ込まれ、隙間なく埋め尽くしていても逆流は起き、洞穴から垂れ落ちてその
量を知らしめた。既に床面に溜まっていた所へ新たに飛び込み、泡が立っては消える。
仕事を終えた肉蔓が、縮み上がるサニーの体から引き返した。だが、焦らすように一
本ずつ、ゆっくりと動かれては堪らなかった。
「んぁ……あっ」
乱れたままの呼吸で、床に向かって喘ぐサニー。接したままの胸は吸引攻撃から解放
されたが、ぐにぐにと乳首を転がされる刺激は途絶えない。
太腿を触っていた蔓から、ブーツを犯していた鞭から、背筋を這っていた肉から、そ
して天井からも熱と粘り気を持った液体を放たれ、注がれる。
顔に、頭に、脚に、衣装に、これ以上ないくらいの汚れにまみれて、キュアサニーは
ふと気付く。
「っ……ここ、アカンベェの、っ、中やん……」
未だ続く、ねっとりした動きは言葉を紡ぐ口に横槍を入れるが、直前の出来事に比べ
れば大したことない。
「ん……っ、もう、会えへんのかな……」
床を掴むと、べたべたした汁が手のひらに付着し、その感触は学校での戦いを思い出
させた。記憶の隅に追いやられていた黄色、緑色、青色、そして桃色、四人のプリキュ
アがぼんやりと浮かぶ。
「みゆき…………みんな……」
触手に体をどうこうされたショックではなく、悲しみで涙の筋ができる。
肉の牢は誰が作ったか、薄暗いここはどこなのか、判っていても伝える術がプリキュ
アにはなかった。それが、尚のこと橙色の少女を落胆させる。
「も、もう……いややっ……! ……かんにんして……っ」
消え入るような声で懇願したが、ゴムのような弾力を持つ肉蔓をぐっと押しつけられ、
それは打ち砕かれる。
ほどなくして、赤黒い肉が周囲を埋め尽くすそこは、自らが分泌する粘液と、少女の
喘ぎが奏でる音で満たされた。
体内をかき混ぜる蔓の動きに合わせ、ぐちゅ、ぐちゅ、と水音も立ち始める。もう、
痛みに震える悲鳴の色はどこにもなかった。
いくつもの触手に翻弄され、キュアサニーは自身から漆黒の光が上り始めていたこと
に気付く様子はなかった。
「『二兎を追うものは一兎をも得ず』……簡単に説明すると、二匹のウサギを二匹とも
捕まえようとすると、結局どちらにも逃げられてしまうという事です」
テーブルを挟んで二人ずつ、あわせて四人が腰かけている。
アカンベェとの戦いから早数時間、プリキュアに変身できる少女たちは秘密基地に集
まり、本来なら空席を埋めるべき五人目について考えていた。
星空みゆきは敵の魔女が去り際に残した言葉について、同級生の青木れいかから説明
を受けていた所だった。
「ウサギさん?」
「……なんでそっちを強調するの」
連れ去られた日野あかねに代わり、この場では緑川なおが突っ込みを担当する。裏手
は振らないが首と一緒にポニーテールが揺れた。
「分かりやすく言いますと、二つのものを一緒に手に入れようとしては損をする、とい
う訳ですね」
「な、なるほど」
頷いて、みゆきは先の戦いを思い浮かべる。
あれだけ自由に動くものがあるなら、あかねに限らず自分や他の仲間も捕えられたの
ではないか?
なぜ一人だけ?
と、考えてみるほど疑問が生まれた。
「でも、妥当な判断だったとわたくしは思います」
「あかね一人だけを捕まえたことが?」
応じたなおに頷くれいか。味のしないスポーツドリンクを一口、手にしたカップを再
び置く。
「どこに連れて行ったかはわかりませんが、複数ではいけない事情があったのかもしれ
ません」
そういうもの?と首を傾げた黄瀬やよいに対し、切り揃えられた長髪の少女はあくま
で憶測です、とだけ返した。
そして、彼女は続ける。
「あの方は弱点を調べるとも言いました。あかねさんが一体どんな手段で弱点探しをさ
れているか……」
「あかねちゃん……!」
呟くみゆき。乗りの良い友人は何度も助けてくれた。プリキュアとしても――奇しく
も今回と似たような状況で――上空から勢いよく落下してきたアカンベェの巨体を受け
止め、窮地を乗り越えてきたのだ。この場にいないからこそ、彼女の存在は却って大き
く感じられる。
「……でもさ」今度は容器の飲料を喉に通したなお。「あたし達、プリキュアの弱点な
んて分からないよ?」
三人の女子がそれぞれ頷く。
弱点というじゃくてんを挙げるなら、『アカンベェを浄化するために繰り出す技は一
度の変身につき一回まで、しかも体力を著しく消費してしまう』というものだ。だが、
それは技を出さなければいいだけの話で、他に目立った短所などあっただろうか。
「それです」再び、理解したれいかに番が回る。「わたくし達自身が知らないからこそ、
あちらが言う『弱点』を信用してしまうかもしれません」
連れ去られたあかねが証拠になり得る。次に出てくるのが魔女の姿をした敵でなくと
も、関係者の口から出ればそうだと認識する要素になってしまう。嘘か真かはさておき、
戦闘の支障になることは間違いない。
みゆきとやよいはそれぞれ話をする人物の方に視線を向けていたものの、交互に二往
復ほどしたところで頭を抱えた。
「とっ、とにかく助けに行かなきゃ!」
バン!と机を叩いて立ち上がるみゆきだったが、
「どこにいるか分からないんじゃ、行きようがないよ」
なおの言葉に勢いを失って座り直してしまう。
やよいも含めて落ち込んだ表情になるが、全員が完全に諦めた風でないのはそれまで
の会話で分かった。
「……そうだ!」
それでも友人を助けたい一心でいる少女は、ふと鞄から箱を取り出し、置いた。
ケースの左側、上から三列目。ウサギの形をした“キュアデコル”の下に収められてい
る、携帯電話を模したものを、中央のギミックに嵌め込む。
「お兄ちゃんクル!」
中央に映し出された像に、キャンディが反応する。実体は無いように見えるが、映像
が妹の頭を撫でるように手を動かした。
『これは皆の衆……おや?』
耳がクルクルした生き物の兄であるポップも、“デコルデコール”越しに違和感を覚え
たようだ。さっそく一人足りない事を訊かれ、みゆきはあかね――キュアサニーが敵に
連れ去られてしまった事を簡潔に説明した。
『なるほど、なるほど……』
前代未聞でござるな、と、狐にも獅子にも見える生き物は些か時代を逆行した口調で
応じた。
『すまぬが、プリキュアの弱点というのも、こちらでは伝説の戦士として語られるばか
りで詳しい事は分からないのでござる』
「そうですか……」
いつでも話せる、とはいえ嬉しそうな顔をしているキャンディとは対照的に、れいか
は静かに溜息を吐いた。伝説の中に弱点なんかが残っていても仕方ないと思う一方、そ
れこそが重要な情報だったのだから。
『ただ、プリキュアは五人揃ってこそ。もしもの事があって一人欠けた物語になるとい
うのは避けたいでござる』
「もちろんだよ! あかねちゃんは私たちの友達だし、それじゃあハッピーエンドにな
れない。だから……」
みゆきが思いを口にしている途中で、ポップの丸い瞳が何かを感じたように細くなっ
た。不穏な気配を捉え、何やらよくない表情をしている。
『世界が、バッドエンドに』
ハッとする一同を手の動きだけで制すると、妹より少ない巻耳の生き物は口を開く。
『必ずや連れ去られたプリキュアを取り戻すでござる。そのためには同じプリキュアで
ある皆だけが頼り』
真剣なまなざしを送り合い、決意を抱いて頷く少女たち。
ポップに促され、れいかを先頭になお、やよいと続いていく。
デコルデコールのギミックを閉じる寸前、キャンディの心配をした兄を微笑ましく思
いながら、みゆきは三人が向かった本棚へと急いだ。
既に整列しているメンバーは、それぞれ同じ場所をイメージしている。
みゆきはその前に立ち、手の届く列の本を右へ、動かした下の列にある本を左へと、
順に動かす。
そして、最後に元の列に並ぶ本を左右に広げた。
「……行こうっ!」
眩しい光が棚の全てから発生し、前方にいた五つの影を吸い込んでいった。
「ヒッヒッヒッヒ……順調じゅんちょう、だわさ」
青空を失わせ、往来だった場所の中央に立ち尽くす魔女。その手には本が開かれ、周
囲の人々から発生した黒い光、バッドエナジーを吸収していた。
「お待ちなさい!」
電線にまで張った蜘蛛の巣。賑わいを失った商店街に、れいかの声はよく通った。遠
目に映っているローブ姿の老婆を振り向かせ、一定の距離を保って四人の少女とキャン
ディが対峙する。
「みんな、変身クル!」
耳が巻かれている生き物の声に応じ、頷く少女たち。全員が手にしたコンパクトに向
かって合言葉を叫ぶ。
「プリキュア・スマイルチャージ!」
カチ、と、キュアデコルをギミックにはめ込む音も重なる。桃色、黄色、緑色、青色
の光が、みゆき、やよい、なお、れいかの力に変わっていく。
丸型のパフを使って衣装を作り上げ、ブーツの軽快な足音が四人分、アスファルトを
鳴らした。
「プリキュアめ……。出でよ、アカンベェ!」
「アカンベェェェッ!!」
あとから煙をのぼらせ、空から道化の面をした怪物が降ってくる。現れたのは付近の
何かを変化させたのではなく、学校で逃がしたものだった。二度見ても、やはり太めの
赤黒い体に、黄色と青の細いボーダーを巻いた手足が不格好だ。
だが、その姿は先程の戦いで自在に振り回していた鞭を髪の毛みたいに垂らし、だい
ぶ変わった印象を受ける。
「サニーは!?」
視点を上に移したキュアハッピーだったが、伸びかかってきた鞭をかわすのに気を取
られてしまう。相手の方が巨大なので、ただ見上げただけでは憎たらしい表情しか入ら
ない。
「はっ! たぁっ!」
向かってくる太い髪の毛を叩き落とし、一歩ずつ進んでいくプリキュア達。しかし、
両手だけでは対応できず、足まで使うようになると動きも止まってしまった。
「こ、これじゃ、キリがない……!」
地面に叩きつけたところで、後からあとから湧いてくる。商店街の道は広いと言って
も、左右を建物で仕切られている都合があった。キュアマーチは速力を活かした戦いが
できず、襲い掛かる敵を捌きながら前方を睨みつけた。
「うあっ!」
ある時、ハッピーが足をすくわれ、バランスを崩した拍子に弾き飛ばされる。隣で応
戦していたキュアピースも一瞬ひるみ、また同じように打撃をもらってアスファルトに
転がった。
「大丈夫ですか、ふたりとも!」
仲間の心配をして戻っていったキュアビューティに従い、マーチも敵と距離を置く。
顔や腕に傷を負いながらも、桃色と黄色のプリキュアは再び立ち上がった。
「うん、平気、だけど……」
この怪物に捕まったキュアサニーの方が気がかりだった。だが、道を塞ぐように浮か
んでいる鞭をどうにもできず、ハッピーは唇を噛んだ。
「ヒッヒッヒッ! 四人でもアカンベェの相手ができないのかい、プリキュア!」
巨体の咆哮とは違った音が、これまた静寂に包まれた街にはよく響く。魔女の姿は高
い声で笑うと、アカンベェに指示を下した。
「アカァァァン――ベェェ……!」
低い唸り声と共に、道に展開していた赤黒い鞭が一つに集まっていく。前髪以外から
も加勢して、その太さはエンピツを何本という単位では計れない。
あんまり長いものは腕と呼ぶにも相応しくなく、丸太にも捉えられた。
「今回はあの怪力もいないからねぇ、この戦い、アタシの勝ちだわさ!」
「サニー……!」
鐘をつく撞木を連想させるそれは、前方に突き出しても振り下ろしても大層な威力に
なるはずだ。この場にいない仲間の事を話題にされ、ピースは最後に見た光景を思い出
して涙ぐむ。
「サニーはどこなのっ!?」
「ふむ、冥土のみやげに見せてやるとしようかね!」
いよいよ焦りを覚えるマーチに余裕ぶった笑いを返し、深緑の老婆は再び手を振り上
げる。
すると、道化の顔が身を屈めたことで下降し、頭頂部を見せるように姿勢を変えた。
そこには、いま構えている丸太と似たような筒状のものが作ってあり、付近には同じ
色しか無いのに目立った。
「……っ!?」
次の瞬間、一同は息を呑むしかできなかった。
アカンベェの眼前に移動したそれが本の様に開かれると、中には見知った少女の姿が
あったからだ。
「なに、あれ……」
手足を赤色に喰われ、胸をさらして、プリキュアの少女は決して守られていた訳では
ない。
「さ、サニー……」
ピースは、耳に纏わりつくような音を立て、全身からどんよりと暗い光を放つあれを、
この名で呼んでいいのか迷った。
「ウソでしょ……そうだと言って!」
体を上下に揺らし、ぐぐもった声を上げる橙色の少女。衣装は所々がボロボロで、そ
の姿は目を逸らすべきだというのに、マーチの瞳は言う事をきかない。
「なんて、ことを……!」
スカートで隠れている部分から垂れ下っている、もしくはそこに入り込んでいる不気
味な蔓。さらに、それが口を塞いで、ビューティにはおぞましい肉塊が仲間の身体を貫
いている様にさえ感じられた。
筒はすぐに閉じられ元通りの位置へと移動したが、いま見たものはプリキュア達の目
に焼き付いて離れない。
あれは自分たちの仲間なのか?
よく似た誰かを捕まえて見せているだけではないか?
各自の頭に色々と浮かんでは、一発で黙らせる要素がそこにはあった。
「……本物、ですね」
四肢を取り込まれたようになっていたが、その腰には自分たちと同じアクセサリが取
り付けられていた。特に根拠にはならない筈も、ひとつずつ身に付けている仲間だから
こそ確信が持てた。
青色の少女と同意見の三人は、信じがたいという思いを押しやる。そして、連れ去っ
ていった怪物とそれを従える老婆を道路の先に見据えた。
「……みなさん、諦めてはいけません」
「サニーがいるって分かったんだ、取り返すよ!」
ビューティ、マーチに同調し、ハッピー、ピースも落ち込んだ気持ちを振り払う。
四人で再び頷き合ったのをサインに、プリキュアは一斉に駆けだした。
「っ! アカンベェ!」
反応が遅れた魔女は、慌ててアカンベェに指示する。
怪物は巨体で地面を鳴らすと、作り上げたばかりの棒を振り回して襲い掛かった。
「く……!」
間一髪のところで攻撃を避ければ、今度は肉の鞭が飛びかかってくる。だが、先程の
様に動きが止まってしまっても、ハッピーと三人のプリキュアは抵抗をやめなかった。
「サニー、聞こえていたら返事をしてください!」
拳で何度も叩き落とす。その度にぬるついた液体をもらおうが構わず、ビューティは
怪物に、奴に捕えられた仲間に叫ぶ。
「あたし達は五人の絆が武器なんだからっ、早くそこから出ておいでよっ!」
サッカーボールとは勝手の違う相手も、足技で軽やかに退けるマーチ。自分がプリキ
ュアに覚醒する切っ掛けとなった『絆』という単語を、橙色の少女に送る。
「今度は、わたし達が助ける番っ……きゃっ!」
攻撃のほとんどを回避していただけのピースだったが、あるとき一帯に放電して鞭を
脱落させた。
「あかねちゃんっ!」
ハッピーが呼ぶ友人としての本名も、彼女が忘れているであろう事柄を思い出させる
手段としては妥当だ。相手の激しい攻撃に近づくことが出来なくたって、四人は仲間に
声を届けようという一心で後退はしない。
「うわあぁっ!」
「きゃあっ!」
しかし、唸りをあげた丸太の直撃を受け、プリキュア達は次々と吹っ飛ばされた。舗
装された道路に衝撃を吸収する力はなく、強く擦った肩の部分に付けられた飾りが所々
で破けていた。
「ぷ、プリキュアっ!」
「うぅ……っ!」
電柱に隠れていたキャンディが不安げな表情を見せた。
僅かに縮んだ距離も、それ以上に遠ざかってしまう。腕に力を込めて立ち直るまでに
は時間を要し、超人的な能力を秘める身体もダメージの受けすぎでふらつく。
「プリキュア、しぶとい奴だわさ!」
またしても起き上がった四人を憎々しげに睨みつけると、魔女は手を掲げて次の攻撃
をさせる。
「ここで五人まとめて倒してやるだわさ、アカンベェ!」
「アカァァン――」
べた、べた、と周辺に展開していた敵が大きな筒をさらに巨大にしていく。一体いく
つあるのだろうか、頭から伸びる鞭の数は底知れず、それこそ髪の毛に匹敵する本数な
のではないか。
表面に纏った液体をギラリと光らせ、赤黒い棒は怪物と同様に凶悪な印象を抱かせる。
「……っ」
対して、プリキュアの少女たちは身構えるだけ。建物の上に飛び移れば回避できなく
もないだろうが、それでは周辺の被害が拡大してしまう。
「諦めないよ――」
しかし、化け物の正面に立つキュアハッピーは、ひどく落ち着いた声で呟いた。
「サニーから、私たちの友達からスマイルを取り戻すまで――」
「ハッピー!?」
後ろから呼び止められようと、彼女の歩みは止まらなかった。
ひとり、一歩、二歩と進んでいく桃色の少女。それを目撃した他の三人は彼女に向け
て繰り出されるであろう丸太での攻撃に耐えようと防御していて、突然の事についてい
けない。
「――ベェェェッ!!」
ひとまとまりの赤が勢いをつけて放たれ、襲い掛かる。このままでは真っ先に直撃を
もらい、ただでは済まない。
「絶対に負けない! あきらめないっ!」
だが、突き飛ばすにも中途半端な距離は、さしものキュアマーチにも行動を躊躇わせ
た。顔の前で構えた腕の間に、桃色の後ろ髪が覗くだけ。
まさに特徴的な髪と衣装を吹き飛ばそうという時、そこで異変が起こる。
激突までもう数メートルというところで、爆発音と共にアカンベェが呻いた。衝撃で
一直線に動いた筈の丸太は軌道を逸らし、ハッピーの斜め前方にあった建物を粉砕して
止まった。どちらも轟音を響かせるも、身構えていた少女たちは耳を塞ぐことが叶わな
い。
「なんだい? 自爆でもしたのかい?」
黒煙がアカンベェの頭から上がっている。魔女は捕えたプリキュアが最後の力で攻撃
したのだと思うと、ひとつ笑い声になった。
「……!」
しかし、瓦礫が生み出した煙ごしに、四人の少女たちは上空に何かがいるのを捉える。
だんだん視界が晴れてくると、それが人の形をしている様まで掴めた。
「――今っ!」
予想外の出来事に驚いていたマーチだが、束の間の静寂を破って駆け出す。彼女の後
頭部から伸びる緑の大きなポニーテールは、その速度を示すように浮かび上がった。
彼女の進路を、ひとまとめになっていた肉の塊から分離した鞭が阻む。
だが、それは程無くして涼しい音を立てて砕け散り、逆に足場として使われることに
なった。
「……つかまえたっ!」
氷の力を持った仲間に助けられ、次々と邪魔者を踏んでは砕いて上昇したマーチは、
空中にて投げ出された少女を抱きかかえる。だが、全身くまなく液体にまみれて、女の
子に相応しくない臭いが彼女の鼻をつついた。
「なっ!?」
救出に成功して安堵の息を吐いたが、注意が疎かになった背後から迫った触手が腹に
巻きつき、怪物の方へ思い切り引き寄せられる。
「しまった……! ハッピーッ!」
せっかく救出した橙の少女を巻き添えにしないよう、彼女は大声で叫び、抱きかかえ
ていたものを遠くへ放った。
「マーチ!」
走者を支えたビューティも、気付いたところで地上から空中へ咄嗟には動けない。近
くに来る鞭を相手取るのに一杯で、またも捕まった仲間への援護ができずにいた。
「う、わあぁっ!?」
だが、とつぜん落ちてきた雷はマーチに纏わりついた拘束具の表面に滲む液体を伝っ
て、彼女とアカンベェのそれぞれに攻撃する。
直撃こそ免れたものの全身がビリビリと痺れる感覚に悲鳴を上げ、遅れて、落下と共
に解放されたことを実感した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「いいって、助かったよ」
体勢を立て直し、なんとか着地すると、謝罪の為に駆けてきたピースを宥める。現に
しっかりと動けるし、助けてくれた事の方が重要だ。
合わせて七回くらいは同じ言葉を聞いた気がして、それよりマーチは自分が捕まった
時に手放した少女の方が気になっていた。
「あかねちゃん! あかねちゃんっ!」
さすがはプリキュアだ、緑色の少女が投げ飛ばした女の子はアカンベェからだいぶ離
れ、ハッピーは直線の道路をかなり走って追いつき、アスファルトへの激突を避けて受
け止めた。
顔、髪、服、体……どれをとっても自分たちを助けてくれた仲間のものだ。しかし、
その目は閉じてしまって、べたべたの頬を叩いても応じてはくれない。
「あかねちゃん、お願い、目を開けてっ!」
半ばから折れ曲がった羽飾り、胸の辺りが裂けた衣装、全身を汚す白だか黄だかわか
らない色の粘ついた液体、立ち上る臭気、どれも溌溂としたキュアサニーには相応しく
ない、なんとも無残な姿になっている。
外傷らしきものは見当たらないが、まさか本当に、魔女の言う通り自爆してしまった
のではないか……そんな考えが一瞬よぎって、ハッピーは自分を否定する。
「また……また会えたのにっ、こんなのってないよ……!」
プリキュアは五人揃ってこそだ。ポップが秘密基地で述べたことを果たせないまま終
わるだなんて、それでは仮に悪者を倒して世界を救ったとしても、本当のハッピーエン
ドとは言えない。
ついに悲しみが形になって現れたハッピーの頬を、弱々しい力で何かが触れた。
「あ、かね……ちゃん……っ」
いま内容物を調べれば大半は汚らしい液だと断言できそうな体でも、これだけのこと
はできるものなんだと少女は思った。ハッと我に返った時、内側を犯す触手が奏でる音
よりも鮮明に、四人のプリキュアが自分の名前を呼んでいるのが聞こえ、戒めを破るに
至る。
この声はキュアハッピー。記憶も定かで、視界も不自然な緑ではあるが、それまでの
薄暗さよりはだいぶ明るい。
「………………や」
「え……?」
動かした口は言葉を出しておらず、ハッピーは訊き返す。
「キュアサニーやで……みゆき」
「うん……うんっ! 私もキュアハッピーだよ、あかねちゃんっ!」
泣いて笑って、忙しい少女だった。様々な液体をかけられた身でなんだが、涙でいっ
ぱい、ぐちゃぐちゃな顔を向けられると反応に困る。ほっぺたに当てた手を握られ、体
温を感じると、ようやくキュアサニーにも安心感が芽生えだした。
「――あかねちゃんっ!?」
ふっと力が抜ける感覚に、ハッピーは満点の嬉しさが驚愕にすり替わる。握っていた
サニーの手はだらりと落ちて戻らない。
「気を失ってしまったようですね……」
見上げればキュアビューティ。彼女は同じ目線まで体を屈めると、衣装が破れて露わ
になっていたサニーの胸を隠す。
「サニー!」
続いてピースとマーチ。ここに五人のプリキュアが揃ったものの、助けた仲間がこの
状態では話が進まない。
しかし、地響きもうるさく迫ってくる奇怪な表情は、あらためて髪の毛をひとまとめ
にしていた。
「サニー、わたくし達はここで止まる訳にはいきません」
と、ビューティは横たわった少女の腰に付けられたアクセサリに手を乗せた。
「……そうだよ、アカンベェを倒さなきゃ」
彼女から視線をもらったマーチも、続いて手を置く。
「力になるよ、わたし達」
おっかなびっくり、同性の手にてを重ねるピース。
「だから帰ってきて、あかねちゃん……!」
最後にハッピー。四人の手が繋がり、それぞれのスマイルパクトが眩しい光を蓄え始
める。
「アカンベェ! 今だわさ!!」
しゃがみ込んで動かなくなった四人と一人に迫る攻撃は、今度こそ逃げ場がない。そ
れでも、プリキュア達は仲間に力を送ることを決して中断せず、ただひたすらに念じて
いた。
「…………!」
耳に爆音が入ってきて、同時に視界は白く曇る。ハッピーは何が起きたのか分からず
にキョロキョロするが、それは他の三人も同様だった。
「な、なんだわさっ!?」
アカンベェの放った攻撃は確かに命中したような気がして、深緑の魔女を動揺させた。
だが、大きな爆発と狼狽える怪物の様子が、きちんと標的を仕留めていないことなど
を明らかにしてくれる。
そして、煙の中に立ち尽くす人のかたちがあって。
「わぁ……っ!」
結果的に無傷となったプリキュア達が、眼前にそびえる後姿を見て笑顔になる。たっ
たいま炎を纏ってやって来たかの如く、その体は湯気のようなものを発していた。
「あかねちゃんっ!」
背後から飛びつかれ、橙色の少女はよろけた。そして続々と集う黄色、緑色、青色は
それぞれ特徴的な髪形と衣装で以って、仲間だと認識できる。特に桃色の少女は笑顔に
キズだらけなのが痛々しかった。
「キュアサニーや、って」
遅れて腰に体当たりしてきた白い生き物の感触さえ懐かしい。サニーはあらためて、
自分が元の居場所に戻れたことを実感した。アカンベェの触手にボロボロにされた衣装
もすっかり元通り、胸にはハートの模様が輝いている。
「そや、五人揃ったし、アレやろか」
「アレ?」
サニーは首を傾げるハッピーに耳打ちする。すぐさま、彼女は両手を叩いて応じてく
れた。
道路の真中に立ち、桃色の少女はどこか清々しい気持ちで体を動かした。
「キラキラ輝く、未来の光! キュアハッピー!」
手の平と甲を交互に見せ、キラキラの光を受け止める。上下に大きく広げた両手で、
明るい未来を散りばめた。
「太陽サンサン、熱血パワー! キュアサニー!」
続いて復活を遂げた橙色の少女。サンサンと眩しい太陽のような笑みを作り、その拳
は情熱に燃える。
「ピカピカぴかりん、じゃんけんポン! キュアピース!」
手を握っては開き、ピカピカ弾ける稲妻を散らす黄色の少女。サニーの握り拳と同じ
くグーを突き出し、対峙した敵を懲らしめる力を蓄える。
「勇気リンリン、直球勝負! キュアマーチ!」
緑色の少女は、凛々と湧きあがる勇気をその動きで表現する。両腕を振りかぶる、て
きぱきとした動作を締めくくる追い風に、特徴的なトリプルテールが揺れた。
「しんしんと降り積もる、清き心! キュアビューティ!」
両手に雪を積もらせるのは青色の少女。氷の鏡に心を映し、吹きつける冷気と共に見
るものを魅了する。
「五つの光が導く未来!」
右にピース、ビューティ。左にマーチ、サニー。中心にいるハッピーは仲間と共に、
高らかに名乗る。
「輝け、スマイルプリキュア!」
桃色、橙色、黄色、緑色、青色。色とりどりの光が舞い落ち、その最後を飾った。
「うん、やっぱ五人いないと始まらんな!」
「私……私達、サニーが戻ってきてくれて嬉しいよ!」
喜びを露わにするハッピーの隣で、ピースもぐすぐすと鼻を鳴らす。全員こうして同
じ舞台に立つことを、どれほど待ちわびていたか。
「嬉しいのは山々ですが、みなさん」
しかし、遠くの地響きを聞きつけ、顔を綻ばせていたビューティは真剣な眼差しを三
人に向ける。まだ再会を祝う時ではない。
「何はともあれ、あいつを倒さないと!」
青色の少女に倣って前方を見、口にしたマーチの目は、二度にわたる爆発のおかげで
自在に使える武器のほとんどを失ったアカンベェを捉えていた。いよいよ巨体そのもの
が戦おうとしている。
「よぉし、私がっ」
と、一歩踏み込んで必殺技を繰り出そうと構えた桃色の少女を、サニーはその肩を掴
んで止める。
「ウチに、やらせてくれへん?」
ズンズンと迫ってくる怪物を前に、ハッピーは首を傾げてしまう。そして、今も咆哮
と共に、爆発によって一度は広がった距離も縮むばかり。
「あの気持ち悪いイソギンチャクの化け物に、一発キツイのをぶつけてやらんと。ウチ
の気が済まへんのよ……!」
その瞳には決意が宿って、燃えている。そっと仲間を振り返ったハッピーに、ピース、
マーチ、ビューティの三人ともが頷いて返した。
「じゃあ、みんなでやろう、サニー!」
前方へハッピーが伸ばした手に、黄色、緑色、青色の少女たちも手を重ねていく。先
程スマイルパクトに力を送ったように、四つが連なる。
最後に、一番上へサニーの手が乗った。仲間たちのパワーを貰い受け、腰のアクセサ
リに急速で充電されていくような気分だ。
「アカンベェ、今度こそ仕留めるだわさ!」
集まったきり動こうとしないプリキュア達へと迫るアカンベェ。触手のほとんどを炎
にやられてしまって、頼れるのは自身の体だけになってしまっている。大股でアスファ
ルトを揺らし、両腕を握った。
「いよっしゃあ――――っ!!」
全身から漲る力がキュアサニーを叫ばせた。空中に火球を召喚したプリキュアは、可
憐な外見に相応しい軽快な音を響かせ、アカンベェに正面からぶつかっていく。
「プリキュア――」
ダッシュの末にしゃがみ、殴りかかってきた拳をかわす。すかさず常人離れした脚力
で跳び上がり、反対側から来た二発目のパンチも空振りさせた。
「サニー・ファイヤー――ッ!!」
そして、浮かんでいただけの赤い球をバレーボールのアタックと同じ要領で打ち付け
る。五人分のエネルギーを合算して放たれたそれは、一瞬で数倍にも膨れ上がった。
さながら太陽を思わせる大きさとなった火球は、忌々しい触手を焦げ付かせた頭頂部
からアカンベェの体を包んでいく。
「アカァァァンベェェェ……――!」
炎の中で人よりも大きな怪物が咆哮した。やがて、その声は小さく消えていき、後に
は呪いを解かれたキュアデコルがひとつだけ。
「プリキュアめ……! 覚えているだわさ!」
アカンベェを失い、バッドエナジーを吸収していた老婆は言い捨て、消え去った。そ
れに合わせて奇妙な色の空が、雲を浮かべた元の青空に戻る。
「……や、やった…………!」
浄化するための技を放つと、力を使い果たした様な感覚に陥る。直前までしっかりと
応対ができていたサニーも、今は息を荒げて碌に言葉が出せない。
「――あかねちゃんっ!」
戦いを終え、戻ってきた友人にあらためて駆け寄ろうとしたハッピーだったが、橙色
の少女は目の前で崩れ、その返事を聞くことができなかった。
ところ変わって星空宅。
長時間プリキュアに変身していたせいか、最後に使った大技でパワー切れになったか、
ほとんどは連れ去られた間の出来事が原因だろうが、アカンベェを倒した直後に気を失
って動かなくなったあかねを搬送した先となった。
まずはなおとれいかが彼女を浴室に連れて行き、その間にみゆきとやよいで安静にさ
せる準備を整えた。今は体を洗った上で学生服を着直し、ベッドの上で規則正しい息を
している。
同じ部屋に集まった四人は、座り方も様々に友人が呼吸するのを眺めていた。
「……ダメだ、なんだかじっとしていられない」
「なおちゃん?」
なおはふと立ち上がった。
れいかと一緒になってぬるま湯で全身を綺麗にしていた時は感じなかったが、こう黙
っていると十分、いや五分でさえ長い。
「みゆきちゃん、キッチン借りてもいいかな」
もう何時間とものを口にしていないはずだ。飲みこみやすい食べ物でも作って、目が
覚めたときに食べさせようと思案する。
「うん、いいよ」
許可を得て、彼女はみゆきの可愛らしい世界の出口を開いた。
「なお、手伝います」
「やよいちゃんも、お願い」
そして、立候補したれいかと、呼びかけに応じたやよいも扉の外に消えていった。全
員が振り向きざまにあかねの顔を確認して。
「……あかねちゃん」
ドアが閉じられ、ひとり。みゆきは二番目に覚醒したプリキュアの少女を見守る。
それだけでは足りず、掛布団の中からあかねの手を探し出し、キャンディを抱えてい
た手の片方をそちらと握った。
「私、助けられてばっかりだね」
床を踏む足音も去り、部屋はやたらと静かだった。ついに無言でいられなくなったみ
ゆきは、未だに応答の無い友人に語りかける。
「最初の時も、プリキュアになった後も。あかねちゃんに助けられてばっかり」
耳の巻いた白い生き物が不思議そうに首を傾げた。
「私――」
なにか役に立ったことがあったかな?そう言おうとした時、繋いでいた少女の手がぴ
くりと動いた。
「……問題。目の前に気を失って動けない人がおったら、助けるにはどうしたらええと
思う?」
「あかね、起きたクル?」
キャンディに曖昧な表情で答えたみゆきは、とつぜんの出題に戸惑う。そんな状況、
滅多な事では遭遇できないせいもあるが、せっかく意識を取り戻したのにこの展開では、
喜んでいいのかどうか不明だ。
「じ、じんこうこきゅう?」
「あぁ……おしいわ……」
あながち間違ってはいなかった。あかねはすぐにでも友人の顔が見たくて仕方がな
かったが、瞼を閉じたまま話す。
「みゆき、白雪姫ってどんなお話?」
「し、白雪姫? ……ええと、美しいお姫様と、悪いお妃様と、七人の小人と、王子様
と……」
指折り数えるみゆき。だが、これがヒントになるものかと、以前の読書会で経験した
物語の流れを思い出す。
「……っ!?」
――王子様のキスで、白雪姫は目を覚ましたのです。
「え、えっ……?」
それが、物語のハッピーエンドにつながる事柄だ。しかし、それを今、この場で示さ
れてしまって、どうしていいのか分からなくなってしまう。
再び眠ったように口を噤んだあかね。だが、みゆきの手は彼女から力を込められて簡
単には外せそうになく、こんな時に限ってやよい、なお、れいかの三人は部屋にいない。
「……うぅ……っ」
クル?と不思議そうにしている妖精は分からなそうで、それが却って彼女の心拍数を
上げていく。
そもそも自分は王子様なんて柄じゃない。失礼な話だが、身近でそういうのはあかね
自身やなおのような人物の事を指すのでは……と、心の中では騒がしかった。
周囲に他の人はいない。耳を澄ませど足音はしない。
なにもキスをせがまれている訳ではないと考える一方、部屋を出て行った三人とあら
かじめ打ち合わせたうえでの状況とはとても思えず、意識はあるが起きる気配のない友
人を前に、みゆきは、すう、はあ、と深呼吸した。
両手が塞がっているので脚だけで移動し、静かに顔を近づけて目的地をめざす。
「……んっ」
色付いた唇。体を洗ったばかりでいい匂いも漂ってきて、みゆきは接触したまま鼻を
鳴らした。
「んっ……?」
唇にふんわりとした何かが乗り、その感触にあかねは目を開けた。
すぐ近くには絵本が大好きな友人の顔。
ぱち、ぱち、と瞬きし合うこと、数秒。
口が塞がっていて言葉を出せないが、空いていた方の手で彼女を退かすことくらいは
出来た。
「く、口ぃっ!? みゆき、いま口にした!?」
「えっ? えっ?」
飛び起きたと思えば、騒がしい音と一緒にガクガク肩を揺さぶられて訳がわからなく
なるみゆき。斜め上下、あらぬ方向に声が出ていく。
「だ、だって、王子様のキスって、そうだよっ!?」
「せ、せやけど、ほっぺでも良かったやん、ほっぺ!」
童話を例に挙げられたせいもあるが、口付けと言えば唇にするものだ。結局どうすれ
ばよかったのか、やはりみゆきには分りかねた。それより、首が前後して目がまわって
くる。
「でも、これで白雪姫は目を覚ましてハッピーエンドだよ。今のであかねちゃんも起き
たから、私、ウルトラハッピー!」
「……あかね、もっと前から起きてたクル」
とにかく全身で喜びを表現するみゆきと、それまでのやり取りに疑問符を浮かべるキ
ャンディ。二つの表情は一致しなかった。
「あぁ、まぁ。……恥ずかしついでや。みゆき、顔貸し」
後悔……ではないものの、何か違う気がして頭を抱えるあかね。
一度は揺すられたが、みゆきは呼ばれて半身だけ起こした少女に再び近づく。
「アカンベェに閉じ込められたとき、みんながウチの名前を呼ぶのが聞こえてきてな」
息の音がとても近い。囁くように話すあかねの声が、みゆきは少しくすぐったかった。
それでも、何度か頷く。
「その中で一番、みゆきの言葉がガツンと来たんや」
「え……?」
二度目の戦いで口にした台詞が、みゆきの脳裏に浮かぶ。
「友達。スマイル。……ええもんやね、ほんま」
「え、あ、あの……っ!」
――私たちの友達からスマイルを取り戻すまで、絶対に負けない! あきらめない!
助かって嬉しいのに、なんだか恥ずかしくなってしまう。ほんの少し前にしたキスよ
り、こちらの方がみゆきの頭を熱くさせた。
さらに、あかねは眼前に迫ってくる。
「…………みゆき、ありがとな」
口がそう言った風に動いた、気がした。
みゆきは言葉で返す間もなく、またも唇を塞ぐことになっていた。部屋と周りの様子
を確認した時とは違い、あんまり突然すぎて彼女は固まってしまった。
「あっ、あ、あかねちゃん……っ!」
「……へへ、これで、おあいこや」
してやった、という顔と笑みを見せてくれるも、みゆきは恥ずかしさを上乗せされて
口が利けない。単にぱくぱくさせるだけ、水面に顔を出す魚のようだった。
「あかねっ!」
そこに、背後でドアの開く音。続いてなおの声が耳に入る。だが、未だに動けないで
いるみゆきは振り向くことができずにいた。
代わりに、扉の方を見ている友人が一瞬にして驚愕の表情に変わる。
「これ食べて元気出し、て……」
どんどんミュートに近くなる、快活な少女の声。
なおは料理を盛り付けたお椀を、お盆ごと落としそうになってしまう。それだけ、彼
女には理解しがたい光景だった。絵本が大好きな女の子らしい、可愛らしい部屋の中で
あっても、当然の様に疑問符が湧く。
「……はわっ、わわわっ!」
慌てた様子で離れたあかねが弁明しようとするより先に、今度はなおの後に続いてい
たやよいが不思議な声を上げた。
どう言えばいいのか分からなくなってしまうような、そんな世界が広がっていた。何
か口にしようにも、戸惑いがそのまま音に変わっていく。
「あら、お邪魔だったでしょうか」
「ち、違うって、これはっ、そのっ!」
きわめて穏やかなれいかの声が、却ってあかねを動揺させた。状況を説明するにもし
どろもどろになり、まともに話せない。
料理の途中でふたりの様子を見に戻ってきたれいかは、部屋から元気そうな声が聞こ
えて、しかし内側を確認せずに引き返していた。てっきり色々と話しているのかと思っ
ていたのだが、この慌てようは何か違うらしい。
「えと、なんて言ったらっ、ええかっ」
「あ、あのねっ! あかねちゃんが起きたから、嬉しいなって思って……!」
いいタイミングで全員が集合したものだ。腕をふりふり慌てているあかねと比較して、
いくらか落ち着いているみゆきがそうやって説明をつけると、直前までキッチンにいた
三人の少女は息をついて納得してくれた様子だった。
「そうでしたか」
「び、びっくりした……」
やはり冷静な生徒会副会長と、安堵の息をつくカチューシャの少女。それぞれ、ポニ
ーテールの女の子を先頭にして、みゆきの周りに集まった。
「……ま、みんな、それは同感だよ」
隣で頷いたやよいから匙を受け取ると、なおは食器に入れて混ぜ込んだ。ほかほかと
湯気の立つお粥をあかねに差し出し、彼女は話す。
「あたしも、あかねが無事で嬉しい。……そうだ、熱いから食べさせてあげるよ?」
「い、いや、それは、ええって……」
思いついた様に言ってくれる。しかし、目撃された恥ずかしさが露わになり、押され
るあかね。今日ばかりは凛としたなおの顔を直視できなかった。
「はい、口あけるっ」
「だ、大丈夫やって、ほんまに……」
他の三人も見ている中で、これもまた恥ずかしい。
結局、一杯を掬った匙を突き付けられた。だが、まっすぐな性格の女の子は口角を持
ち上げて、言葉通りに喜んでいるようだった。
「……はむっ」
観念して一口目を入れた後、誰が最初だったか笑い声になって、それがすぐに部屋中
に伝染した。
めっちゃうまい、という言葉を出すより先に、あかねも周りにつられて笑顔を作った。