普通の少女であったなら、あまりに非現実めいた内容にそれが夢であると容易く気付いたかもしれない。
しかし、かつて彼女が身を置いていた現実こそ、まさに悪夢であった。
「ラブ……」
密やかな声に深く眠りの中に落ちていた意識を揺さぶられ、ラブはうにゃ、と小さく呻いた。
「ラブ」
もう一度、声に呼ばれ、桃園ラブは薄く瞼を開く。
電気を消した深夜の自室は暗かった。しかし、カーテンの開かれた掃出し窓から差し込む月光が
淡く室内を照らし、見慣れた天井を少女の大きな瞳に映し出した。
その天井を天井を影が遮る。
黒髪の少女。そう、大事な親友だ。
「……せつな?」
思い詰めたような親友の顔を目にし、ラブの意識が急速に覚醒する。
「せつな、どうしたの?」
数度の瞬きの後、ラブはベッドの上に上半身を起こした。
ベッド脇に膝をついて彼女を覗き込んでいた東せつなと、正面から視線を合わせる。
「ごめんね、こんな夜中に……」
自身に宛がわれた部屋からベランダを通りラブの部屋を訪ねて来たせつなは顔を伏せた。
清楚な少女の表情が、月光の作る影によってその儚げな印象を強める。
「ううん、あたしはいいの。せつなこそ、どうかしたの?」
心配そうに尋ねてくるラブに、せつなが胸の前で握っていた両手にきゅっと力を込める。
「夢……」
「え?」
小さな声にラブが訊き返し、せつなは意を決したように顔を上げた。
「夢を、見たの。その……怖い……夢を。」
それだけで親友の言おうとしていることを察し、ラブは両手をせつなの肩に置いた。
「大丈夫! ……大丈夫だよ、せつな。ここにはあたしがいる。
せつなの側には、あたしがいるから。」
だからもう大丈夫、ね?
そう言ってにっこりと笑うラブの顔は変わらず太陽のように明るい。
全てが機械のように管理され、人々を不幸で塗り潰す黒い世界が全てと思い、
その中で重ねてきた罪と、それとは気付かず自らを縛って来た冷酷な呪縛に
苛まれる過去の悪夢に魘されていたせつなは、その笑顔に救いの光を見る。
「せつなが怖くないように、今日は一緒に寝よ!」
ラブはそう言ってベッドの奥に身体をずらし、親友が横たわれるだけの場所を作った。
「でも……」
「ちょーっと寝相は悪いけれど、けっ飛ばしたりはしないと思うから、えへへ。」
躊躇う親友の腕を引いて促す。
戦いにおいては卓越した強さを見せるせつなの身体は、それでも華奢で、自らと
大して体格の変わらぬ少女の腕に引かれるまま、ベッドの上に膝をかけた。
「そ、それじゃ……お邪魔、するわ。」
おずおずとラブの隣に身を横たえたせつなの上にまで掛け布団を引っ張り、至近距離で
顔を見合わせ再びえへっとラブが笑う。
小さい頃のお泊まり会みたい、とラブは思ったが言葉には出さなかった。
過去に苛まれる眼前の親友にとって、『小さい頃』は禁句であろうと思い至ったから。
「あたしは、いつまでもどこにいても、ずーっとせつなの味方だよ。」
だから安心してね。
お休みの挨拶の代わりにそう言ってラブは母親めいた仕草でせつなの肩をぽんぽんと叩き、
幸せに満ちた表情で目を閉じた。
間近に親友の温もりを感じ、かつてのイースはその怜悧に整った顔立ちに柔らかい笑みを浮かべ、
親友に倣って瞼を閉じる。
どうか、いつまでもこの温もりが、幸せが続くようにと、願いを込めて。