部活を終えた私はみんなと別れ一人教室へと向かっていた。
なんでかというと……理由は単純、体操着を教室に忘れちゃったから。
そんなの忘れるなんて我ながら情けない、なんて悪態をつきながらも放課後の校舎を走る。
時刻は既に五時近く、生徒もいなければ先生もいない。
ただただ静かで、在るのは私の足音と校内を朱色に染める夕日だけ……。
だから教室にいた彼女を見たときは驚いた。
夕日みたいな真っ赤な髪をして、夕日みたいに綺麗な切れ長の目をして、夕日みたいに美しさの中にどこか切なさを持った顔立ちの……そう、まさに夕闇の女王様って感じで教室に居た彼女を見たときは。
「満じゃない、どうしたの? もうこんな時間だよ?」
「待ってたのよ咲……あなたを……」
「?」
こんな時間に教室にいるだけでも驚きなのに、待っていた? 私を??
……何の用事だろ? こんな時間まで待ってる程の用事?
さっぱり解らなくて頭に疑問符を浮かべている私。
満はそんな私を尻目に15センチ四方の綺麗にラッピングされた箱をつきだしてきた。
「これは?」
「バレンタインチョコよ」
「わっ……私にぃ!?」
「ふふ……他に誰がいるって言うのよ」
満は教室を見渡すそぶりだけ見せて、からかうように笑った。
「そっそれもそうだよね、あはは……」
何かばつが悪くなって笑ってごまかす私。
誰もいないんだもん私にくれるって言ってるのは当たり前だよね……何言ってるんだろ。
でも満からチョコレートがもらえるなんて思わなかったなぁ〜
満も薫もこういったイベント興味無さそうだから。
私が思っている以上に二人ともこっちでの生活に慣れているのかもしれない、そう考えるとちょっと嬉しい。
「ありがとう満!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。 ねっ開けてみて」
「あっ、えっ……? うん」
ホントは家に帰ってゆっくり見たかったんだけど……あげた本人にせかされちゃ仕方無いか。
丁寧に包装された用紙を破らないようにはがしていくと、ベーシックな茶色いハート型の板チョコに「さきへ」とホワイトチョコレートで文字が書かれている『典型的バレンタインチョコ』って感じのチョコレートが姿を表した。
料理の本から抜け出たような……そんな型にはまったお約束のチョコレート。
でもそこが満の無愛想だけど純粋に一生懸命な気持ちの表れのように思えてなんだか微笑ましかった。
しっかしこのチョコレート凄くおいしそう…………。
うっ……たっ食べたい……。
ほら、運動した後って凄く甘いものが食べたくなるじゃない?
そしたらこんな美味しそうなチョコが目の前に現れたら我慢できるはずないじゃない!?
……もう包装もあけちゃったしいいよね?
「満? ちょっと食べてもいい?」
「ふふ、そういうと思ったわ。 どうぞ」
あははは……私よっぽど物ほしそうな眼をしてたのかな。
見透かされたように満に言われて少し恥かしかった。
そんな恥かしさをごまかすように、とりあえず端っこのほうを一口大に割って口内に放り込んだ。
「わっ、おいしぃ〜〜〜♪」
口に入れた瞬間何よりも先に感嘆の声が出てしまった。
控えめな甘さにほんのり染みてくる苦味。 そのバランスがほんっとに絶妙!
「これほんっとに美味しいよ!」
「そこまで嬉しそうな顔をして言ってもらえると作ったかいがあったわ」
あまりに美味しかったのでもう一欠け口に放り込む。
とにかく体が甘いものが欲しがっていた今の私にとってこのチョコレートはまさに砂漠のオアシス! 幸せだ〜癒される〜〜♪
二口食べたらもう止まらなくなってしまった。
私の食べっぷりを嬉しそうに満も見てくれるもんだから、調子に乗って私も次から次へとチョコのかけらを放り込む。
このホワイトチョコが乗っかった部分がまた美味しいの!
クリーミーで甘味も強めなんだけどくどくなくって!
下の苦味が強いチョコレートといい具合に合わさってとっても美味しい♪
満って将来凄いパティシエに成れるんじゃないかなって思った。
…………と、ここで大事なことに気付いて手が止まった。
「ごめんね私ばっかり食べてて」
「かまわないわ」
「ううん! 私がかまうの。
ちょっと待っててよ満、私からもバレンタインチョコあるんだ〜一緒に食べよ?」
とチョコを出そうと目を鞄に向けたときだった。
「あら別に出さなくていいわよ」
「!?」
突然の満の拒絶。 虚をつかれた私は思わず満を見返した。
だって満の声は冗談にはとても聞こえない、鋭いとがった声だったから……。
でも、満は驚いた私の顔を満足そうに見つめ……
心底美しい顔で、心底嬉しそうに、心底妖しげに笑いながらこういった……。
「だって……チョコレートならここにあるじゃない」
それは一瞬の出来事だった。
不意に顔を近づけた満が私の唇に自分のソレをつけてきたのだ。
私の瞳に満が映る……。
目をつむる間もなかったから、満の顔を見つめ合うことに……。
満は切れ長の瞳でいつものような無表情な瞳で瞬きすることなく私の目を見つめてくる。
どくりっ……
心臓が鳴った。
ちょっと待って、私今凄いことしちゃってない?
どくりっ……!
意識しちゃったらもうダメ……。
あっというまに顔が熱くなってきた、体中の血が全部頭に来ちゃった感じ。
だって……だって今、自分が置かれている状況がはっきり解っちゃったから……。
私……キスしてる……満と……。
こんなに見つめ合って……初めてなのに……女の子同士なのに……
しかも……やだ……どうしよ私……
喜んじゃってる……満とのキス……悦んじゃってる。
胸がとっくんとっくん煩いくらいに鳴っている、離れようと思えばいつでも離れられるのに、体が満の唇から離れることを拒んでる。
口が塞がれているので鼻から息を吸いこむと甘い香りがした。
私のとは違うシャンプーの香り……これが満の香り……。
満のにおいだって意識したら、切なくてたまらなくなってしまった。
口づけたまま満に体重を預け、背中に手を回して体を強く抱きしめた。
もっと唇は強く付き合う形になってになって、唇だけじゃない、ほっぺも鼻先も満にふっついちゃって……満の存在をもっと感じられるようになった。
でも、こんなに間近に満を感じているのに私の切なさは止まらない。
原因不明の切なさに、ちょっとでも気を抜いたら変になっちゃいそうだ……。
この切なさをどうにかしてもらいたくて満を見つめる、目で訴える
そんな私の顔をみて満はうっすらと目を細め……私の口内にナニカを滑り込ませてきた。
「んっ……!?」
突然の異物感。
口内に入り込んできた生暖かいぬめぬめしたナニカに気が動転する。
えっ…………何……これ……!?
それはゆったりと蛇みたいに私の口内を動き回っていて…………
これってもしかして……
舌?
どくりっ……
意識した瞬間また私の頬が熱くなる。
もうこれ以上熱くなることはないって思っていた頬が触れたら火傷しそうなくらい熱くなってる……。
頭の中破裂しちゃいそう、血が回りすぎて目の前がチカチカしてきた。
だって舌だよ! 体の中にある、普段は見えない場所だよ!?
体の奥と奥で今私たち繋がっちゃってるんだよ!?
熱いし恥かしいし切ないし苦しいし……立っているのも、黙っているだけでも辛くてたまらない。
なのに……何この感じ……こんなに苦しくて辛いのに……嬉しくて……すっごい気持ちいい…………。
もう頭はグチャグチャ、ワケワカンナイ。
でも、そんな私のことなんてなんにも気にしてないように、満の舌が私の口内を動き続ける。
満の舌が優しく奥歯の裏側から私の口内を端から端まで丹念にをなぞっていく……。
まるでマーキングするみたいに、舌で『ここは私のものよ』って印をつけるみたいに私の口内にゆっくりと満が跡をつける。
満の舌が気持ちいい……舐められるのが気持ちいい……。
満に口内を弄ばれるのがたまらなく気持ちいい……。
私被虐趣味があるのかも……。
『私が満のモノになる』っていうのが嬉しくてたまらない……満にもっと蹂躙してほしい。
もっともっと満に弄んでもらいたくて、虚ろな瞳で私は満に訴えかける。
肩に回した手に力をこめて訴える。
『もっと刺激をください』って……。
私の気持ちが通じたのかな、満は笑うと、舌を私の舌に絡み付けてきた。
『甘っ……』
第一印象はそれだった。
満がさっき舐め取った口に残ったチョコレートが舌についてたのかな……
でもこのチョコはさっきのよりずっと甘くて、官能的だった。
苦味もあったさっきのチョコとは違う、ただ甘いだけの舌……。
満の舌はさっきまでのゆっくりとした動きから一転した激しい動きで私の口内をかき回してくる。
『もう印つけちゃったからここは自由にやらせてもらうわね』って感じ。
遠慮なく満は私の口で暴れ回る。
ぬるりとした感触が艶かしい、ざらざらした質感がいやらしい……。
口の端から溢れた涎が情けなく滴れ落ちている。
頬は上気して、目もうつろ、きっと機から見たらとんでもない顔してる私……。
でもそんなものはどうでもよかった、とにかく夢中で満の舌に吸い付く。
……本能の赴くまま……満とずっとキスしていたいって本能のまま…………。
「っぱぁ……」
突然満が私から唇を離した。
離れた唇からねとっとした粘着質な糸が伸びている。
「へ……みちる……」
なんでキスやめちゃうの満……もっともっと満が欲しいのに……。
もう切なくてどうしようも無くて……涙目で満を見つめる。
「そんな目しないの咲……」
そういって微笑むと、満は右手で私のあごを掴み上を向かせた。
「あーんして、咲」
言われるがままに私は口を開く。
「よくできました♪」
「!!!」
突然ソレが流れ込んできた。
満が半開きになった私の口へ唾液を流し込んできたのだ。
そうしてそのままもう片方の手で鼻をつまむ。
いきなりの出来事にむせ返りそうになりなる。
でも鼻はつままれてて息が出来ないから、必死になってそれを飲むしかなくなる。
満の唾を飲む。
喉が鳴る。
ソレは喉を通り体の奥へと侵入していく……。
『満の唾飲んじゃった……』
ぞくっときた。
言葉にならないくらい強い興奮が私の内側から沸き上がって来た。
今までのとは桁違いの感覚。
満のモノを体に取り込んでしまったっていう快感と、唾を飲むって背徳感が興奮を助長させる。
この興奮は私から理性という名の枷を取り払うのに十分すぎた。
満の口に自ら舌を差し入れ、そのまま頭を抑え奥の奥まで舌を突き入れる。
舌を使って満の口から唾を欠き出す。
満の唾を全て飲み干してしまいたかった、満の全てがほしかった。
完全に理性を失った私の舌は満の口内でケモノみたいに暴れ回る。
唾を欠き出す……飲む……欠き出す……飲む……
満の唾が取った喉が熱い……満の唾がはいった体の中が熱い……。
体が火照ってたまらない、血液がミンナ沸騰しちゃいそう……。
これ以上続けたら私変になる……それでも止まらない……。
満とのキスを止めたくなかった。
満の舌が気持ちいい、満の唾が美味しい、満のにおいがたまらない、
こんな感覚二度と味わえない、もう絶対離したくない、満とキスし続けていたい!
「ひゃぅ」
突然私の体に電気が走った。
さっきまでされるがままだった満が私の口中の上部……鼻と境目辺りを舐めてきたのだ。
そこへの刺激は強烈だった、今までのじわじわくる気持ちよさじゃなくて、刺すようにやってくる刺激。
そこを舌で舐められるたび、体が自然に跳ねてしまう。
絶え間なく与えられる電気ショックに意識が朦朧としてくる。
痺れるような快感にどうにかなってしまいそう。
気持ちい……そこ舐められるの気持ちいい……。
舐められるたびおなかの下からぐっとナニカがこみ上げてくる。
それは私のおなかへ、胸へ、そして頭へと上がっていき体全体を満たしていく。
息も絶え絶えになってくる……苦しい……こみ上げてくるものを堪えるのが苦しい……。
もう我慢できない!
満とキスしたままこのナニカを爆発させてしまいたい!!
舌をもっと激しく動かす、口全体で満の全てを感じる!!
『満っ!』
形容のできないナニカをまさに今破裂させようとした瞬間、
突然満がキスを止めた。
「まだダメよ」
耳元で満が囁く。
満の言葉に思考が止まる。
『満……何言ってるの?』
言葉を出すのも辛い私は無言で満に抗議する。
『お願い満、早く私とキスの続きして……!』って。
私どんな顔してたんだろ……私の顔をみて満が噴きだした。
「ほんといい顔ね咲……もっといじめたくなっちゃうじゃない」
「っ……!?」
「冗談よ冗談。 でもね? お願いにはそれなりの方法があると思わない?」
「へっ……」
方法? 何ソレ?
「ほら、もっと必死にどうしてもらいたいか言ってくれないと、私解らないわ」
満が笑う。
その顔は今まで見てきたどんな満よりも輝いて生き生きしていた。
「ほらほら〜」
満が私の耳元に息を吹きかける……。
その暖かさとくすぐったさに意識が飛びかかる。
でも破裂してしまいそうな想いを堪えて必死に嘆願する。
「おねがい満……もうわたし限界なの……」
涙声の懇願、でも満は首を縦には振ってくれない。
「私もうこれ以上我慢したら変になっちゃうからぁ!
お願いだからぁ満ぅ!!」
満は嘲笑すると「まだまだね」と首を横に振る。
焦らされ続けて私の我慢は限界だった。
爆発させたい!
このどうしようもない想いをなんとかしたい!!
ただそれだけ、他の事なんて何も考えられない、他の何にもいらない、だから!
満に気持ちよくしてもらいたい!!!
恥も外聞もかなぐり捨ててただ叫ぶ、
「私を滅茶苦茶にしていいから! 好きにしていいから!!
お願い! お願い!!」
もう自分でもナニ言ってんのかわかんない! でももうそんなのどうでもいい、
ただ、とにかく思いのたけを……!!
「満にしてほしいのぉおおお!!!」
絶叫。
暫しの静寂……。
そして……満の極上の笑み……。
「はい、よくいえました」
満は今日一番の笑顔で私の舌思いっきりをかんだ。
やってくる今日一番の強い刺激。
これが決定打だった。
「ひゃはぁああぁぁぁぁあぁああああああああ…………」
まるで雷が落ちたみたいに、快楽の奔流がつま先から頭のてっぺんまで駆け抜けた。
直後に湧いてくる浮遊感。
「あぁあぁぁあぁあああ…………」
膝に、腕に、腰に、全く力が入らなくなった私は糸が切れた操り人形みたいにへなへなと床に座り込んでしまった。
虚ろな瞳で満を見つめる。
口を閉める気力すら湧かない……半開きの口からは涎が垂れている。
そんな私の情けない姿を見て満は満足そうに微笑んでいた。
「本当に甘くて美味しいチョコレートだったわ」
「はぁ……はぁ……」
全然頭が回らない……なんか生きていないみたい……夢見心地なままだ……。
このまましばらく立てる気がしない、膝がバカみたいに笑ってる。
教室を真っ赤に染め上げていた夕日はもうすっかり陰り、電灯をつけてない教室は灰色に染まっていた。
ただ……満の髪と瞳だけが紅い…………。
「それじゃ……また明日、ね」
「あし……た……」
セリフと一緒にされた満の意味深なウインクにどくっと私の心臓が鳴った。
また……明日……。
満と……また明日こんなことできる……の?
反射的に私は壊れたおもちゃみたいに首をガクガク振っていた。
私の反応に満足したのか、蠱惑的な笑みを浮かべて満は去っていった。
後に残ったのは静寂と、灰色の教室と、未だ熱に浮かされたままの私だけ……。
「みちるぅ…………」
切なく洩らした私の声は誰に届くでもなく、灰色の教室へと消えた。