水無月かれんは、いつものようにじいやに送られて登校してきた。サンクル
ミエール学園の風景はなんら変わるところがない。けれど、漂う空気は微妙な
緊張感を孕んでいた。
「くすくす…ほら、きたわよ」
「ホントだ。あいつ、まだ知らないんだね……」
校門をくぐったかれんは生徒たちが囁き合う声を聞いた。「おはよう」と声
を掛けても、誰もあいさつを返さず、みんな、ただニヤニヤと笑って、サッと
かれんの周りから立ち去った。
(嫌な感じ……)
かれんは最初、不快感を覚えた。だが、それが10人、20人と続くにつれ
次第に強い孤独感に変わっていく。みんなと自分の間に見えない壁がある。な
にが原因か分からず、かれんの心は動揺し、焦り始めていた。
「ねぇ、一体なんなの?」
いつも「水無月先輩、水無月先輩」と慕ってくる下級生の一人をつかまえ、
かれんは問いただしてみた。
「さぁ…?」。下級生は視線すら合わせない。この子にとっての「憧れの的」
だったはずのかれんは今、明らかに拒絶されていた。
「もう、いいわ!」
苛立った声を上げ、かれんは教室へ急いだ。すると、掲示板に人垣ができて
いる。かれんが近づくと、みんな、かれんを避け、さっと道をあけた。
「こ、これは……」
掲示板に張られていたのは、おびただしい量のかれんの写真だった。写真の
中のかれんは、ひざまずいてペニスをくわえていたり、おしりを突きだし、性
器を全開にしてみせたり、ひどいものでは四つん這いになって、後ろから犯さ
れ、ギャグボールから涎を垂れ流しているものや、三角木馬にまたがり、鞭を
打ち込まれ、恍惚の表情を浮かべているものなどもあった。
「ち、違う! これは私じゃない!!」
かれんは震えた声を上げ、慌てて掲示板から写真を引き剥がす。その動揺す
る様に生徒たちは冷たい視線を送る。
「違うったってねぇ……モロ、生徒会長でしょうに……」
「容姿端麗、頭脳明晰なんて偉そうにしてたけど……」
「その正体はドMの変態さん……」
「ひょっとしてメス豚志願?………」
生徒たちが互いに囁き合う。
「あは、そうだそうだ。メス豚だ!」
「ち、違うっていってるでしょ!」
写真の山を抱え、かれんは必死に否定した。
「なにが違うのよ、メス豚さん」
誰かが背後からかれんを突き飛ばした。写真がばさばさと地面に落ちる。拾
い上げようとしゃがみこんだかれんの背をまた別の誰かが蹴った。
「いたッ!」
卑猥な写真の上にかれんは転ばされた。生徒たちはそれを取り囲み、大声で
はやし立てる。
「ぶーた!ぶーた!」
「ぶーた!ぶーた!」
「ぶーた!ぶーた!」
かれんはあまりのショックに立ち上がることもできず、思わず顔を両手で覆
った。
「……なに、まさか、泣いてんの?」
「ほら、ちょっと顔、見せなさいよ」
両側から腕を強引に引かれ、かれんは顔をさらされた。悔しさと怒りにかれ
んは唇を噛みしめ、大きな瞳にはじわりと涙がにじんでいた。
「ぎゃははは! あの水無月かれんが泣いてるよ!」
「おもしろーい。写真撮っちゃお」
生徒たちは携帯電話で、かれんの惨めな姿を撮影していく。
「や、やめて!! やめてったら!!」
羽交い締めにされたかれんは必死に叫んだ。
「ねぇ……せっかくだからさ………」
「……そうだね。やっちゃお……」
生徒たちはひそひそと小声で相談し合うと、いきなりかれんの足首を押さえ
つけ、スルッと制服のスカートをずり下ろした。濃紺地に白のレースが丁寧に
ほどこされたショーツが丸見えになる。蝶をモチーフにした凝ったデザインが
高級感を演出していた。
「……うわわ、さすが金持ち」
パシャパシャ。涙するかれんの顔、白い太腿、濃紺ショーツ……すべてがき
っちりフレームに納まっていた。
「や、やめてっ!」
「じゃ、次、きったないメス豚のあそこ、いっちゃおー」
かれんの言葉はまるで無視される。生徒の一人がショーツに手を掛ける。か
れんはハッと息を呑む。
「いやッ! いやいやッ! いやよッ! いやぁ!」
ショーツの両サイドに指が掛かり、スッスッと下げられていく。生徒たちの
喉もごくりと鳴る。サンクルミエール学園に女王のごとく君臨してきた気高き
生徒会長水無月かれんの最も恥ずかしい部分が晒されようとしているのだ。
「ちょっと! ストォォォップ!!!」
誰もが固唾を呑んで携帯電話を構え、さぁまさに、いよいよという時、大き
な声が生徒の手を止めた。声の主はのぞみだった。一緒にりん、うらら、こま
ちの姿もある。
「みんなっ!」
かれんは安堵の声を上げ、羽交い締めにしていた生徒の手をふりほどき、仲
間の元へ駆け寄った。
「さあ、みんな、解散解散。もう授業始まっちゃうよ」
のぞみやりんがブーイングを連呼する生徒を強引に散らした。生徒たちはい
やいやながら、5人を残し各教室へと向かっていく。
「ありがとう。本当に助かったわ」
かれんはあらためて4人に礼を言った。だが、少し様子がおかしい。
「……あのね。今朝みんなで話し合ったんだけど……」
切り出したのはこまちだった。
「かれんにはプリキュアを辞めてもらおうと思って……」
「え……どうして?」
乱れた制服を直していたかれんはぽかんと口を開けた。
「見損ないましたッ!」。きっぱりと言い放ったのはうららだった。
「かなりショックだったよ〜」。のぞみが溜息を突く。
「まぁ、あたしらなりに色々その写真調べてみたんだけどさ」
りんが事情を説明した。
「どうみても、本物、としか思えないんだよね。パソコンに詳しい友達に見て
もらっても、コラージュとかの類じゃないみたいだし」
「そ、そんな。これはあたしじゃないわ!」
かれんは一生懸命に釈明した。
「……私だって、かれんを信じたい。でも、じゃ、この写真はなに? どう説
明する? これは、かれんじゃないって、どうやって証明してくれるの?」
みんなを納得させられるだけの言葉が見つけられないかれんに、こまちは俯
いたまま、続けた。
「お別れね。かれん、さようなら………きちんとそれだけ言いたかったの」
4人は、呆然とするかれんだけを残し去っていった。
「うそよ……こんなことって」
瞳に涙が込み上げてくる。かれんはその場で、声を押し殺しながらしばらく
泣いた。
もう授業を受ける気力などなかった。写真を拾い集め、鞄にぎゅうぎゅうと
押し込むと、そのまま、校門を出た。プライドは打ち砕かれ、心もズタズタだ
った。かれんはあてもなく街をさまよう。
「君、かわいいねぇ♪ どこいくの?」
軽薄そうな3人組の男がかれんに声を掛けてきた。
「……………別に決まってない」
かれんの言葉に男たちはにやりと顔を見合わせる。
「なんか、寂しそうだね。なぐさめてあげよっかぁぁ?」
「放っておいてよッ!」
馴れ馴れしく肩に回された手をかれんは鞄でふりほどいた。その瞬間、鞄の
中から、かれんの卑猥な写真がばらばらとこぼれ落ちる。拾い上げた男たちは
興奮に目を見開き、口笛を吹き鳴らした。
「君、こういうの好きなんだぁ?」
否定しようとしたかれんの口が後ろから塞がれた。男たちは暴れるかれんの
手足を抑え付けると、サッとビルの谷間にかれんを連れ込んだ。
「へへへ、変態女が…気取ってんじゃねぇ」
「は、放しなさいッ!!!」
二度、三度を頬を殴られ、地面に押し倒される。制服が引き裂かれ、暗がり
にかれんの白い肌が露わになった。
「足拡げろ!」
男が叫ぶ。剥き出しの下半身では、かれんの腕ほどの太さもあるペニスが血
管を浮かび上がらせ、びくびくと脈打っていた。
「………ひ」
「………写真のように串刺しにしてやるよ」
まがまがしい物体を突き付けられ、青ざめた表情で力無く首を振るかれんの
頭上に、ふっと別な人影が現れた。
「いやぁ、これはこれは」
ギリンマだった。
「なんだ、てめぇ?」。男たちがいぶかしむ。
「おおっと。邪魔はしませんから、ちょっとひと言だけ」
ギリンマはかれんを見下しながら言った。
「ナイトメア特製の写真気に入っていただけたようで」
「!!!!」
かれんの目が怒りに燃え上がった。
「こんなに上手くとはね。自分に拍手拍手」
ギリンマは高らかに笑うと、抑え付けられたままのかれんの手首から造作な
く蒼いリストバントを奪い取った。
「はい。それじゃ。続きをどーぞー」
歩き出したギリンマの背中で、鋭く悲痛な叫び声が上がった。