普段なら意気揚々と歩く通勤路。しかし、今夜の学校へ向かう足取りは重かった。
プールでの恥宴はサツキがぶたれた後、水下の『興がそがれちゃったわ』の一言でお開きとなった。
しかし、続けて言った『今夜九時。学校の保健室にいらっしゃい』によって、まだ悪夢が終わってはい
ないことを思い知った。
プールに一人残され、服を着て家路に就くまでの記憶が無い。気が付いたら自宅マンションのベッド
に腰掛け、うなだれていた。学校には急病で欠勤することを伝えた。疲れきっていたし、腫れ上がった
顔を生徒の前に晒すわけには行かない。それに何より、あの女のいる学校へ行くのが恐ろしい。きっと
彼女は、何事も無かったかのような顔をして保健室に陣取り、獲物がわざわざ苛められにノコノコやっ
て来るのを悠然と待っているに違いない。
嫌だ。行きたくないっ!
しかし・・・。サツキは鏡を見た。ひどい有様だった。学生時分、ボールが顔を直撃した時も腫れ上がっ
たが、ここまでひどい事にはならなかった。湿布と包帯を取り出し、処置を施す。湿布を貼り、包帯を巻
いていくうちに、胸の奥底からどうしようもなくこみ上げて来るものがあった。
きっとこれからこんな悪夢が、毎日続くことになるのだろう。そんなの耐えられるわけない。このままじゃ
、いずれ気が狂うか、あの女にいたぶり殺されるかのどちらかだろう。そうなる前に、いっそ自分の手で・・・
机の引き出しを開けて目的の物を探す。日頃から整理整頓を心掛けているおかげで苦労も無く見付けら
れた。サツキの手に握られているもの。大型の工作用カッター。これで・・・ひとおもいに・・・楽になろう。銀
色の刃を、白い手首に近付けていく。
その時、机の棚から本が一冊落ちた。それはアルバム。そこにあるのは二年B組の生徒たちの写真。私の
大切な子供たち。みんな、みんな良い子たちばかり。未熟な新米教師の私を信頼し慕って付いて来てくれる。
命の大切さを訴え、『ネバー・ギブアップ』の精神を説いて来た。そんな私が自殺してしまったら、彼らはどう
思うだろうか?
駄目だ。死ねない!進むことも退くことも出来ないジレンマにサツキは打ちのめされた。
結局、何の答えも見出せないまま、校門の前まで来てしまった。いつもの見慣れた校舎が、今夜は地獄の伏
魔殿のようだ。いや、現実にいまこの学校の支配者は、あの魔女だ。
足が竦む。だけど行かねば。校舎の中で唯一明かりの灯っている部屋、保健室へ。きっとあの魔女は、どこか
で私を監視しているに違いない。
『保健室』のプレートを見上げる。
逃げ出してしまいたい、という誘惑に抗いきれない。この扉一枚隔てた向こう側のことを考えると、改めてその重
いは強くなる。
「何やってるんだいっ! 早く入っておいでっ!」
怒気を含んだ声。心臓が氷の手で鷲掴みにされる。もう、逃げられない。覚悟を決めなくては。
胸ポケットにしまって置いた私のお守り。私を中心にしてクラス全員で撮った集合写真。みんな笑っている。『先
生、がんばれ!』と励ましてくれる。
(みんな、先生に力を貸してちょうだい!)
サツキは意を決して、扉を開けた。
「遅いっ!」
一歩部屋へ踏み入れた刹那、髪を掴み上げ、グイッ!と前屈みにされた。あっという間に腰を抱えあ
げられ穿いていたズボンを引き下ろされる。尻が外気に触れ、谷間を冷気が撫でていく。が、恥ずか
しさを感じている暇は無い。水下が、その白い尻肉に平手を左右一発ずつ打ち下ろした。
パァーンッ! パァーンッ! と乾いた音がした。
それは焼けた針を突き刺されたような衝撃。声にならない悲鳴を上げて、目の前が真っ白になった。
その場に、まるで読み飽きた雑誌のように床へ放り出される。尻をぶたれた、という単純な事実を理解
するのに随分かかった。激しい痛みと共に怒りがこみ上げてくる。涙が零れ落ちそうになるのを、歯を
喰いしばって耐える。泣くわけにはいかない。
(負けるもんかっ! まだ、始まってもいないんだからっ!)
自らを叱咤し、奮い立たせる。だが、水下の怒声がその懸命の努力に冷水を浴びせつけた。
「十五分! 十五分も遅刻だよっ! 教師のくせに時間も守れないのかいっ!」
『くれぐれも癇癪を起こさせないでくださいまし』
昨夜の忠告がありありと蘇る。
「す・・・すいません」
いまは、そう言っておくしかなかった。
襟元を掴まれ、そのまま無理矢理引き起こし立たされた。剥き出しのままの尻に鈍痛がはしる。熱も帯
びてきたようだ。彼女の手は次に顔に巻いた包帯にのびた。湿布も剥がされ、晴れた頬が晒される。
「こりゃまた、ひどい面になったもんだねねえ」
嘲笑を含んだその非情な言葉に、悔しさのあまり息が止まりそうになる。このまま殴りつけて同じ痣をつ
くってやりたい。しかし、そんな無謀な考えはすぐに捨てた。きっと自分の顔に痣が一つ増えるだけの話
になるだろうから。
水下が手を顔の痣に近付けてきたので、『また、殴られる!』という恐怖心で身が竦んだ。
「じっとおし! 動くんじゃないよ!」
憎悪の対象でしかないのに、躾の行き届いた犬のように忠実に従ってしまう。彼女への畏怖の念は、予
想以上に自分の精神に染み付いてしまったらしいことに気付いて愕然とした。
腫れた頬に宛がわれた彼女の手は冷たくて気持ちよかった。心なしか痛みもひいて、顔も軽くなった気
がした。
鏡の前に立たされて驚いた。痣が無い。青黒く醜く腫れ上がっていたのに影も形も無くなっている。頬に
触れてみる。痛みも無い。本当になくなっていた。
「あんな化け物みたいな顔じゃ、こっちのテンションまで下がっちまうからねぇ」
「・・・あ、ありがとうございます」
「よしよし、良い子だ」
サツキの謝辞を聞いてニヤッとした笑みを浮かべ、さっきまで鷲掴みにして引っ張っていた髪を撫でていく。
苦い思いがこみ上げて来る。ケガをさせた張本人に、強制されたわけでなく自分の意思で礼を述べてしまっ
た己の愚かさ、卑屈。
壁に掛かった時計を見上げて驚く。この部屋に入ってからまだ三十分も経過していない。それなのに、
サツキの胸の内はすでに敗北感で一杯だ。
堪えていたはずの涙が一つ、頬を伝って流れ落ちた。
「さぁ、先生。服をお脱ぎになってください」
回転椅子に座り、カルテを眺めながら水下が事務的な口調で言った。
「なにしろ昨夜は治療を途中で打ち切ったものですから、今夜はやらなきゃいけない事が目白押しで
すの。一秒も時間を無駄に出来ませんわ。脱いだ服は、その籠の中へ。そしたらベッドでお休みにな
ってお待ちいただけます?」
こうなることはわかっていた。プールでの恥辱の宴。あれがまた繰り返されることになる。もしかすると、
もっとひどい事が。だからこそ、いまが踏ん張り時だ。この忌まわしい流れをなんとか断ち切らねばな
らない。このまま思い通りにはさせないという意思表示をしなければ。深呼吸を一つして、サツキは言
った。
「・・・その前に、ぜひ伺って置きたいことがあります」
「よろしいですわ。患者さんとのコミュニケーションは、治療を進める上でも重要なことですもの。でも、
お話しながらでも服は脱げますよね? ・・・なんなら、わたくしが直接ひん剥いて差し上げましょうか?
その場合、先生は素っ裸でお家に帰っていただくことになりますけど?」
下唇を噛む。結局、屈辱に胸をつまらせながらも、黙って服を脱いでいく。何も考えないよう、服を脱ぐ
ための機械になったつもりでテキパキと身体を動かしていく。少しでも躊躇したり気持ちが乱れたりす
れば、それ以上、先へ進めそうも無い。そうなったら、一体なにをされるか・・・
蒸し暑い夜であったが、冷房がほどよく効いているせいか素肌を晒したサツキには、この部屋は少し
寒い。冷たい床の感触に、素足がなかなか馴染まない。全裸になって水下の方へ向き直ると、彼女
は机に向かって書き物をしたまま動こうとしない。
奇妙な沈黙の間があった。聞こえるのは、カリカリとペンの走る音のみ。私から声をかけなければい
けないのか、迷っていると
「それで、お話とは?」
水下がペンを走らせたまま、問いかける。その口調と背中は、『忙しいので手短にお願いします』と告
げていた。
あれだけ全裸になることを強要しておきながら、こちらを振り返ろうともしない。彼女にとっては確認せ
ずともわかっているという事なのか? 水下にとって重要なのはサツキが全裸になることではなく、サ
ツキが彼女の命令に唯々諾々と従い、全裸になったということ。
欲望に満ちた眼差しで凝視され続けるのはもちろん嫌だ。しかし、あからさまに放ったらかしにされる
のは、飽きて棄てられたヌイグルミのようで、ひどく惨めな思いがした。
だが、落ち込んでなんかいられない。せっかく与えられた発言の機会なのだ。また一つ深呼吸をして
感情を押し殺した声で言った。
「何故、こんな理不尽なひどい事が出来るんですか? 私があなたに何をしたって言うんです?」
「面白いからです」
サツキの必死の問いに対する水下の返答は、あまりにも簡潔だった。
「面白い・・・面白いって・・・あなたにこんな格好をさせられて、弄ばれて、私がボロボロになっていくの
が面白いって! あなた、そんなこと本気で! 本気で言ってるんですかっ!」
憤るな、泣くな。理性が呼びかけるが、どうしようもなかった。声は上擦り震え、涙が溢れる。
「先生は誤解しておられます。わたくしは先生にもっと美しく可愛くなっていただきたいのです。先生は
本来、明るく活発で陽気な方です。だけど何かが足りない。欠けている。それが先生の侵されている病、
セックス恐怖症による女としての魅力です。先生には何としてでも、わたくしの治療術によって、雌として
の生き方に目覚めていただきます」
「・・・そんな出鱈目な理屈に、私が従うわけ・・・」
「従っていただきますわ。だってわたくし、先生のこと大好きなんですもの。それになにより、先生はわたく
しの玩具。そうでしたわよ、ねえ、先生?」
そう言って、水下は椅子を回転させて初めてこちらを振り返った。その彼女の目!
きっと蛇に見つめられた獲物は、あれと同じ目を見ているのだろう。そして哀れな獲物は、いまのサツキと
同じ心境に違いない。全身に明らかに冷房とは関係ない寒気がはしり、金縛りにあったように身体が動か
ない。
水下は立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
「いまの先生はダイヤモンドの原石なんです。つまらないただの石っころ。でもわたくしが丹念に丹念に磨
き上げることによって美しい人の心を狂わす宝石になるんです。わたくしにここまで言わせておいて、まだ
拒絶なさいますの?」
「なぜ・・・なぜ、私なんですか? ・・・なぜ、私なんか・・・」
「仕方ありませんわ。誰も自分のリビドーには逆らえませんもの。先生はとっても可愛い。わたくし、可愛い
ものを見付けると、構いたくてどうしようもなくなるんですの。道端に綺麗なお花が咲いていたら、摘んでしま
いたくなるように。海岸で砂のお城を見付けたら、踏み潰してしまいたくなるように。これって、とっても自然な
感情だと思いませんこと?」
そう言って、サツキの耳の穴に舌を差し入れる。これまで得たこともない感触に背筋が凍った。
無茶苦茶。理不尽。不条理。何か言わなければ。だが、もう言葉が出て来ない。何を言っても無駄。そんな諦
念感すら漂う。
その代わりにサツキの口から出てきたのは、
クシュッ!
くしゃみだった。それも一回では終わらず、
クシュッ! クシュッ!
耳元で、水下の甲高い嘲笑が心に突き刺さる。身をよじり、お腹を押さえて笑い続ける。こんなおかしなことは
ないという風に。
「もう、本当に! 本当に先生ったら、もう・・・くしゃみまで可愛らしいんですから、わたくし感激しましたわ! こ
んな所に突っ立って無駄話なんかしてるからです。さぁ、二人で温かいベッドへ参りましょう」
「それじゃ、先生。早速ですが脚を、こうグーッと開いてください。はい、もうちょっと。これで限
界ですか? まぁ、流石は篠原先生、身体が柔らかくていらっしゃる。おかげで恥ずかしい所
が丸見えですわ。ほらっ、動かさないっ! よろしいですこと、わたくしが『良い』と合図するま
で、絶対に動かさないように。少しでも脚を動かしたら、お仕置きですからね! お分かりにな
りまして?」
水下の毒のある叱責と警告に、サツキは頷いて返事をする。喉がカラカラに干上がって声が
出ない。いよいよ、始まってしまう。こうなってしまった以上、自分に出来る最後の抵抗は、何
をされても感じないこと。その素振りをみせないこと。やり通せるだろうか? 不安は募る。服
を収めた籠を見る。その胸ポケットの中の写真を思う。私の大切なお守り。
(私にはみんながいる。だから、きっと大丈夫。先生、諦めないから!)
(ふーん、綺麗なもんだねえ)
脚を、ほぼ水平真一文字に開脚させたおかげで、『見てください!』と言わんばかりに目の前に
曝け出されたサツキの秘部。真正面の特等席を陣取り水下は色素の淀んでいない淡いピンク
色のそれを、しげしげと鑑賞する。これも、セックス恐怖症の賜物か、ほとんど手付かずの状態
に見える。ひょっとしたら、碌に自慰行為すら施されていないのかもしれないと思った。さて、眺め
てばかりいても仕方ない。まずは繊毛を掻き分けて、しっかりと包皮に覆われたクリトリスを指の
腹でゆっくりと撫で摩ってみる。やがて充血してきた肉芽が包皮からぷっくりと顔を覗かせ、更に
愛撫を繰り返し、完全に露出させた。
取り敢えず指の先で軽く押しつぶしてみる。サツキの口から「うっ・・・うっ・・・」という呻き声が漏れ、
太腿がプルプルと震えている。少し力を込めてみる。呻き声が大きくなり、膝が揺れだしたが、脚
を閉じるようなことはしない。必死になって堪えているようだ。余程、昨夜頬を張られたことと今日
の尻たたきが応えたようだ。この先生は口で諭すよりも身体に言って聞かせたほうが早いのかも
しれない。
最後にとどめとばかりに、クリトリスを指で力一杯でピンッ弾いてみる。流石にこれは堪え切れな
かったとみえて、「はああぁっ!」という絶叫とともに脚が狩猟用の罠のような勢いで閉じた。
「先生ったら! いま申しあげたこと、もうお忘れになったんですか? これじゃ、おちおち診察も
出来ませんわっ!」
そう言って、サツキの方へ歩み寄る。水下を見上げるサツキの表情には、ありありと怯えの色が
浮かんでいた。先程までの挑みかかるような眼差しとは、ひどく対照的だ。この先生は、一々わた
くしを楽しませてくれる。
「すいません、すいません。今度は気を付けます。だから・・・」
(どうか、痛いことはしないでください)と、その目は訴えていた。それと同時に彼女が水下の後方へ、
視線を送っていることに気が付いた。最初は気のせいかと思ったが、二度三度と同じ仕種を無意識
のうちに続けている。そこにあるのは脱いだ服を入れた籠。
(まさか、何か隠し持っている?) たとえサツキが、どんな小細工をしようが無駄なことは分かってい
るが、用心に越したことはない。あとで『持ち物検査』をしてみよう。
そんな事を考えているとはおくびにも出さず、
「まったく仕様がない先生ですわね。本当にそう願いたいものですわ」
そう言って、安心させるように髪を撫でる。
「退屈でしょうけど、もうしばらくこのままで我慢なさっててくださいまし」
(あとで、たっぷりと遊んであげますから・・・)
そう、胸のうちで付け加えた。
「あらっ?」
水下は目を瞠った。ほんのしばらく目を離した間にサツキの秘部に、小さな変化が訪れていた。
女陰がしっとりと湿って光っている。濡れている。無論、散々クリトリスを弄繰り回していたのだから、
それによる刺激で性的興奮を覚え、蜜液が滲み出て来たとしてもおかしなことはない。
しかし、もしこれがそれにプラスして、嫌悪すべき相手の前に己の恥部を晒し、暴力と嘲笑を浴びせ
られたことによって女体が高ぶった結果だとしたら・・・
(ひょっとしたらこの先生、マゾ体質に目覚めかけているのかも知れない)
少々強引な考えだが面白い。これは今後じっくりと調査、研究していく価値がありそうだ。
秘部を覆った陰毛は、どこか幼くて初々しい女陰とは対照的に密度が濃くて範囲も広く、全体にアン
バランスな印象を受けた。
(これは今度、綺麗さっぱり剃り落としてみよう)
一番長い陰毛を摘んで引き抜いてみる。短い呻き声が上がり、太腿が痙攣したが流石に脚を閉じる
ような失態はなかった。
陰毛を弄んだ指をそのまま滑らせ肛門の方へ運ぶ。尻肉に手を掛けると「痛っ!」とサツキが悲鳴を
上げる。そういえば尻を思い切り叩いてやったんだった。彼女の尻は今、トマトのように腫れ上がっ
ている。ここは可哀想だが我慢してもらうしかない。聞こえなかったふりをして尻たぶを広げる。
アナルもやはり色素の沈殿は薄く、小さく恥ずかしげにすぼまっていた。可愛らしい女性は、こういう部
分まで愛らしく出来ている。
(この小さくて可愛らしい穴に、大量のグリセリン液を注入してやりたい)
全身にねっとりと汗を浮かべ、尻を小刻みに震わせながら必死になって襲い来る排泄衝動に耐えている
サツキ。何故なら事前に水下が「自分が『良い』と合図するまで我慢するように」と告げているからだ。縋
るような眼差しで合図を懇願するサツキの哀れな表情。それを舌舐めずりしながら眺める愉悦。
ゾクリッと武者震いがした。素晴らしい。ぜひ、やろう。今夜、その準備を怠った自分の不甲斐なさに地団
駄踏む思いがしたが、慌てることはない。時間はたっぷりある。
おっと、肝心なことを忘れるところだった。本来、ここを真っ先に調べておきたかったのだが、つい寄り道し
すぎたようだ。再び指を恥肉に戻し花芯を広げる。サツキの性癖。生真面目で潔癖で堅い性格を考慮す
れば・・・ほら、予想通り。
水下は大いにほくそ笑んだ。
水下の指が、自分の股間を弄っているのが分かる。彼女の指は冷たかった。微かに感じる彼女の息遣い。
吹きかかる息も冷たい。こんな人間として最低の行為を平然とやってのける女だ。まさに水下は、血も涙も
ない冷血人間なのだろう。
だがその内、サツキは自分の肉体に起こる小さな異変に気が付いた。不快以外の何物でもない陵辱。それ
が不意に身体が宙にフワリと浮き上がるような高揚感を覚えた。口から発せられるのは苦痛の呻き声では
なく甘さを含んだ喘ぎ声になりつつある。それに先程から股間が湿っぽく濡れている。汗であって欲しいと思
う。しかし・・・
(まさか私、感じてるの? こんな辱めを受けて感じているというの?)
違う。絶対に違う。私は、そんなふしだらで破廉恥な女なんかじゃない。学生時代、図書館で読んだ分厚い医
学書の知識を脳内から引っ張り出す。
レイプ時に、秘部から蜜液が滲み出してくるのは膣内に余計な傷を負わせないようにするための防衛本能の
働きによるものであり、断じて性的な興奮による正常な反応ではない。私の場合も、きっとそうだ。
だが、原因がどうであれ、水下がサツキの肉体の反応を見逃すとは思えない。また新たな嘲笑の材料を提供
したことになる。それが口惜しい。
「それじゃ、もう脚を楽にしていただいて結構ですわ」
そう言って、水下の指が股間から離れていく。取り敢えず、ホッとしていい筈だった。しかし、サツキの胸を去来
したのは一抹の物寂しさ。高まっていた情感の熱が急速に冷えていく。陶酔の波が引いて行く。ただ中途半端
に体内に宿った淫欲の疼きだけがジリジリと身を焦がす。
この恥辱的な行為をやめてほしいのか続けてほしいのか。サツキは自分の本心が分からなくなりつつあった。
サツキは、しっかりと瞳を閉じたままで、昨夜、水下が言った嘲りを思い出した。
『蚊に刺された程度のこと』
いま自分が置かれている状況が、まさにそれだと思う。だから、きっと大丈夫。何があっても耐え抜
いてみせる。何をされようと、『蚊に刺された程度のこと』として流してみせる。
水下の身体がゆっくりと、サツキの上に覆い被さり伸し掛かってきた。彼女の肌は、やはり冷たく滑ら
かで、まるで大蛇が纏い付いてくるような錯覚を覚えた。
息遣いがすぐ傍で聞こえる。両手でサツキの顔を挟み込むような形で撫で回す。長い指が髪を掻き
回していく。もし、いま目を開ければ水下の顔が自分の真正面にあるはずだ。彼女の目が、こちらを
凝視しているのが感じられる。だから、目を開けることが出来ない。一度合わせてしまえば、逸らす
ことも出来ず吸い込まれてしまいそうになる。自我を失い、あらゆることがどうでもよくなってしまう魔
性の瞳だった。
濡れた舌が、サツキの唇をなぞるように舐め上げていく。それは一端引き戻され、やにわに激しく唇と
唇が擦り合わされた。舌が差し込まれる。歯でガードしようとしたが、喉を指で押さえつけられ息苦しさ
のあまり挿入を許してしまった。その動きはまさに傍若無人そのもの。舌同士を絡ませたかと思うと、歯
の裏側から歯茎までを舐め、粘膜を押し、喉の奥まで突き上げてきた。舌を伝わって唾液が流し込まれ
る。吐き出したかったが、唇を塞がれていてはどうしようもならず、飲み込んでしまう。
それは、とても接吻とは呼べない行為。唇と口腔への陵辱。
しかし、そんな状況下にありながら、サツキは再び悦楽の海に呑み込まれていた。脳天に稲妻がかけぬ
け、体内の芯にほのかな熱が生まれる。肌の表面をパチパチと火花が爆ぜる。それは、どこかこそばゆ
くむず痒く、とても奇妙な感覚。いつしか拒絶していた水下の唇と舌をサツキの方から追いかけ求めるよう
になっていた。唾液は、やがて妙なる甘露なものへと変貌し、必死に舌を啜り貪った。
水下の右手がサツキの乳房に伸びる。親指の腹で乳首を弄びながら全体を揉み上げ揉みしだいていく。
「・・・ん・・・くぅ・・・・んっ・・・む・・・」
口を塞がれていなければ、絶叫していたに違いない。体内の熱はたちまち炎となって、彼女自身の身を焼
いていく。
もう一方の手が爪の先を立てて、サツキのわき腹から背中、そして尻へと軽やかに滑っていく。汗ばんだ白
い肌の内側を爽やかな疾風が吹いていく。
目頭が熱い。堪えきれずに涙がこぼれる。この涙の意味は何? 苦痛? それとも歓喜?
水下の唇がすかさず、頬を伝う涙を掬い取る。唇は頬から目の周辺をなぞり、瞼のなかまで入り込み目玉ま
で舐めていく。鼻の頭に軽くキスした後は再び頬から下顎のラインに沿って、細くて華奢な首筋へ移動した。
眩しいほどの白い肌に青い静脈が浮いているのが見える。次いで鎖骨を啄ばみ、手のひらにすっぽりと収ま
ってしまいそうな乳房へと這い進んでいった。
耳をそっとサツキの胸に押し当ててみる。規則正しい鼓動が響く。血液が循環し命の流れを刻む神秘のリズム。
その眠気を誘うような心地よい心音に、水下は聞き惚れた。いつまでも、こうしていたいと思う。が、そういうわけ
にもいくまい。たっぷりと時間をかけて捏ね繰り廻された乳房は充血し、乳首は硬く勃起していた。それを軽く湿
らし、含みこみ、舌先で転がし、また含んだ。耳の奥に残る心音をリフレインさせながら含んでいると、まるでサ
ツキの生命そのものを吸い取っているように感じる。
この若く美しい容貌肢体に非の打ち所もなくプライドの高い女教師が、いまこうして自分の腕の中で
淫靡の魔酒に酔い、これからも更に堕ち続けて行く様を思うと、興奮が抑えきれない。得がたい宝物を掘り当て
たのだと実感する。
(まだだ・・・まだまだ、これからですわよ。篠原先生)
昂ぶりがピークに達し、水下はサツキの乳房に噛み付いた.
『!!』
突然の激痛。驚愕の余り、閉じていた目を見開いた。一体、何が起きたのか?
痛みの発信源、乳房に目をやると、そこにはくっきりと刻み付けられた歯型。噛み付かれたことを知って、血の気が引いて
いくのを感じた。改めてこの行為が愛情のこもった睦み合いではなく、単なる陵辱。暴力と脅迫によるレイプと同様のもの
だと思い知った。また、それを知りつつ何も出来ない自分が、ただ悲しかった。
水下と目が合ってしまう。こちらとは対照的に喜悦と恍惚に満ちて爛々と輝いていた。背筋が凍りそうで、堪らずに目を逸
らしてしまう。が、下顎を掴まれ無理矢理、目を合わされる。恐怖におののくサツキの顔を楽しんだ後、キスをした。唇を湿
らす程度の軽いキス。そして再び乳房の方へ。向かったのは乳首ではなく、うっすらと血の滲んだ歯型。傷跡に沿ってゆっ
くりと舌を這わせる。
サツキの体内に弱い電流がはしる。血液が炭酸のように弾ける。
「あっ・・・あ・・・んう・・・はぁ」
傷みにすら快感を刺激され、反応していることに気付き戸惑う。
(ああ、私の身体・・・どうなっちゃたの?)
乳房を散々嬲りぬいて満足したのか、水下がクルリと身体の向きを反転させた。矛先は上半身から下半身へ。サツキの性
器へ。彼女の気持ちはどうあれ、肉体の反応は正直だった。責めを待つまでもなく、すでに濡れているのが、自分でもはっ
きりとわかった。その羞恥の泉にザラリとした物が這う。ピチャピチャと舐める音が響く。
(ああんっ・・・そんな!)
排泄のための器官という認識しかなかった秘所に、指ばかりでなく唇や下を付けるという行為に、サツキは震えた。だが、そ
れは嫌悪感によるものなのか・・・否、サツキは確かに感じていた。口腔や乳房への辱めなどとは比べようもないほどに。
長い爪先でクリトリスを弄ばれ、陰裂に沿って舌が這い、きゅっと窄まった肛門を絶妙の強弱のリズムでつつかれる。痺れる
ような悦楽の洪水に、気が狂いそうだ。頭が破裂してしまう。血液が沸騰して沸き立つ。身体が海老反りにしなる。
うっすらと目を開けると、そこには水下の下半身があった。太腿がサツキの頭を挟み込むような形になっている。彼女の腰に
手を廻す。何かにしがみ付いていないと、身体がバラバラになってしまいそうだ。不意に水下の股間がサツキの顔に押し付け
られる。呼吸が苦しい。噎せ返るような甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。
まったく無意識のうちに舌を伸ばす。そこはサツキのそれと同じくらいに濡れて湿っていた。熱く柔らかく熟していた。ほろ苦い
風味が口一杯に広がる。いつの間にか夢中になって舐めていた。どんどん溢れてくる。
脳内で大量の花火が爆ぜる。目も眩むほどの衝撃。
「ああぁぁぁぁぁっ!」
恥肉に口を埋めたままのくぐもった声で絶叫した。喜悦の雄叫びは水下の性器に吸い込まれていった。
全身から力が抜けていく。急速に意識が遠のいていく。どれほどの間、気を失っていたのか? サツキは白濁の闇を漂ってい
た。自分が堕ちているのか浮上しているのか、それすら判然としない。生温いドロリとした異空間。
誰かに名を呼ばれている。だがとても応えられそうもない。彼女は疲弊しきっていた。
頬に鈍い痛みがはしる。首を振ったり手で払いのけようとするが、それは治まらない。ますます痛みはひどくなった。
苦労して、どうにか瞼をこじ開ける。視界はぼんやりと霞み、色彩はなく灰色一色でよく見えない。が、それでも徐々にはっきりと
しだした。場所は同じ保健室のベッドの上。時間はさほど経過していないようだ。水下が冷たい笑みを張り付かせて、サツキの頬
を捻り上げて馬乗りになっていた。
「先生ったら、一人だけ勝手に先にイッちゃっうなんて。中々目を覚ましてくださらないから、死んでるのかと思いましたわ」
冷たい笑みが更に鋭く鋭利なモノになり、
「そんなことより、篠原先生。これ、なーんだ?」
と言って、右手をヒラヒラさせる。その手に握られているもの。あれは・・・あれは・・・まさかっ!?
一気に夢想状態から醒めた。信じたくないという思いで瞳をこらす。だが、間違いなかった。血の気が引いていく。
残忍な微笑を浮かべた水下の手に在るもの。それは紛れもなく服のポケットにしまっておいた筈の大切なお守り。
自分と生徒たちが微笑む集合写真だった。
「か、返してっ!」
跳ね起きて手を伸ばす。何としても取り戻さなくては。しかし、一瞬の差で交わされ、サツキの手は
むなしく空を切った。逆に額に人差し指を押し当てられ、ベッドに押さえつけられる。たったそれだけ
のことで金縛りにあったように、身体は硬直してしまった。
(ほんの目と鼻の先にあるのに、見ていることしか出来ないなんて・・・)
歯痒さが募るが、相手が悪すぎる。どうしようもなかった。
「校則にもしっかり明記されてますでしょ。『校内に不要な物の持ち込みを禁ずる』。残念ですわ、篠
原先生ほどの方が、こんな簡単なルールも守られないなんて。わたくしと先生との個人診療とはい
え、校内で行っている活動ですから当然この校則は適用の範囲内ですわ。よってこの写真は、わた
くしが責任を持って没収いたします」
(・・・そんなっ!)
絶望で暗澹たる想いに囚われた。悪魔の巣窟に、のこのこと大事な写真を持ち込んだ自分の愚かさ
を激しく呪う。こうなることは、予想出来たはずなのに。
ベッドを降りて立ち去る水下に、ようやく身体の自由を取り戻したサツキが問う。
「それを・・・どうするつもりですか?」
「それは篠原先生の関知するところではありませんわ。それにわたくし、とても憤ってますのよ。わた
くし、先生の治療のために努力を惜しまない覚悟ですのに、先生ったらちっとも真剣に受け止めて下
さらないんですもの。昨夜も言いましたでしょ。わたくし、憤ったら何をするか自分でも分からないん
ですのよ」
そう言うと右手に摘まれた写真が炎に包まれ消滅した。
ショックで悲鳴も上げられない。が、次の瞬間、手の中に再び写真が出現した。もとのまま、焦げ跡
ひとつない。
「いまのは軽い冗談。でも、今度は本気ですわよ」
頭の中が真っ白になった。ベッドを飛び出す。立ち上がろうとするが、パニックのあまり膝に力が入ら
ない。しかし蹲ってなどいられない。動物のように這い進んで、水下の脚に縋りついた。
写真はネガも一緒に預かっている。焼き増しさえすれば同じ写真はいくらでも作れる。だが、これは
そういう問題ではなかった。わずか二晩の間にサツキは全てのものを失った、人としての尊厳、自尊
心、誇り、教師としての未来。自分の抵抗など、この魔女の前には何の意味もなかった。そして今、
写真までもが彼女の手の内にある。たかが写真一枚と思われようが、彼女の手には触れていてほし
くなかった。絶対に取り返さなくては。そうでなかったら、私は・・・私が惨め過ぎる。
「・・・お願いです。謝ります。謝りますから、どうか写真を返してください。何でもします。何でもいうこ
とを聞きますから、どうか・・・どうか、それだけは・・・お願いします・・・」
(こりゃ、驚いたね)
自分の行為の、ものすごい効果絶大ぶりに水下自身、内心仰天していた。もちろん表情には出さな
かったが。サツキを屈服させるための『人質』という軽い気持ちだったが、写真一枚でこれほどの反
応を引き出せるとは。
サツキの口から発せられた『何でもします。何でもいうことを聞きます』という言葉を胸の内で反芻する。
こういうのは、何度聞かされても耳障りがよく、気持ちがいい。もともと、こうするつもりだったが、サツキ
自身が勝手にコマを進めてしまった。今回はそれを最大限、利用させてもらおう。
そう決意すると、早速行動に移ることとする。水下はおもむろに椅子を引いてどっかと腰をおろし、優雅
に脚を組んで大きく振り上げる。そして眼前で跪きうな垂れているサツキの肩に打ちつけた。
ドンッ! と肩にかかる重い衝撃。弾みでサツキの額が床面に触れる。だが、いまの彼女はそれさえ
認識できないほど悲哀で押し潰されていた。先ほどの光景が脳裏をよぎる。燃えて消滅した写真。も
し、本当にああなってしまったら、私は・・・私は・・・。
「篠原先生」
とろけるような声で呼びかけ、サツキの顎の下に足の甲をかけて軽く持ち上げる。のけぞって見上げ
る先には、教職者の皮を被ったサディストの典雅な顔があった。
「わたくしも鬼ではありませんから、先生がそこまで懇願されるようでしたら、このお写真お返ししても
よろしいですわ」
「そ、それじゃ・・・」
「その代わり」
と、爪先で喉をくすぐりながら話を続ける。
「わたくしも、先生の持っていらっしゃる物で、どうしても欲しい物がございますの。それと交換というこ
とでいかがかしら? もちろん、このお写真に比べたら大したものではありませんけど、昨夜から欲し
くて欲しくて仕方ありませんの。どうでしょう、悪い話じゃございませんでしょ?」
小さな希望の火が灯った。今更、自分が失う物など何もない。写真さえ戻ってくれれば、何もいらない。
「わかりました。それで結構です」
サツキの返事に、水下がニッと満足気な笑みを浮かべ、
「契約成立ですわね」
耳元に唇を近付ける。そして、たった一言、彼女にささやく。魔女が哀れな生贄に望む対価を。最初は、
何を言われたのか分からなかった。しかし、渇いたスポンジに水が染み込む様に理解していく。その残
酷な言葉を。今度こそ、奈落の底へ突き落とされた気がした。
サツキに選択の余地は無い。約束してしまった以上、その言葉を聞いてしまった以上、要求を受け入れ
るしか道はなかった。その無慈悲で理不尽な要求を。
水下が告げる。
「それでは、篠原先生のヴァージンをいただきます」
そのまま、床の上に押し倒された。
腹を括らなければならない、と思った。いつか、こうなることは予想していたはずだ。
拒絶すれば、写真は永遠に戻ってこない。例え拒絶出来たとしても、この魔女の虜囚となってしまったか
らには、いずれ同じ運命が待ち受けていただろう。もしかすると、もっとひどい形で。今回は、それが早ま
っただけの話なのだ。
好きで守り通してきたわけじゃない。これまで、その機会がなかっただけ。喪ってしまったからといって嘆
き悲しむほど子供じゃない。だけど、まさかこんな形で喪失してしまうことになるなんて。残虐な魔女の遊
び道具としての証が刻み込まれてしまうのだ。永遠に。それを一生涯、引き摺っていかなければならない。
それが哀しい。
一方、水下はご機嫌だった。
「篠原先生、そんな怖い顔なさらないで。これも治療の一環なんですのよ。先生の心に巣作っているトラウ
マの病根は根深くて一朝一夕では処置出来ません。そこで、わたくし考えましたの。いま現在抱えているト
ラウマが子供だましに思えるくらい、より深いトラウマの傷を負わせればいいって。いわば、ショック療法で
すわね。それに、せっかく先生の記念すべきロスト・ヴァージンですもの。指や道具を使うなんて無粋なマ
ネは論外ですわ。だ・か・ら・・・今回は特別に先生にだけ、わたくしの秘密をお見せしますわ」
そう言うと、サツキの顔の上に馬乗りになった。目の前に彼女の性器が突きつけられる。ついさっきまで、自
分がそこに舌を這わせていたことを思い出し顔を背けるが、やはり下顎を掴まれ無理矢理、目を合わせられた。
徐々に水下の呼吸が荒くなり、声が震え、昂ぶっていった。二つの瞳が妖しく輝く。
「さあ、先生。ようく御覧ください。そして目に焼き付けておいて下さい。命が潰える最後の瞬間まで忘れ得ぬ
永劫の悪夢として」
その宣言通り、サツキはこれから見る光景を忘れることは無いだろう。
眼前に曝け出された性器。ぬらぬらと淫猥に光る女陰が不意に・・・動き出した。最初はゆっくりと、
やがて喘ぐように忙しなくなっていった。まるで何かを伝えようと、言葉を紡ぎだそうとするかのように。
「んんああああああああぁっ!」
上半身を大きくのけ反らせ、水下が苦しげに呻いた。両手でサツキの頭を鷲掴みにし、指を食い込
ませんばかりに押し付ける。じわじわと蜜液が染み出し、顔の上に滴り落ちてくる。女陰の動きが激
しさを増していく。
一体、何が始まろうとしているのか?
(それが何にせよ、きっと良くないことに違いないわ・・・)
身じろぎもせずに、ただ自分の顔の上に跨り悶える水下の狂態を凝視することしか出来ないまま、サ
ツキの胸中は不吉に震えた。
どれほどの時が経ったろうか?
「はああああっ!」
水下の絶叫と彼女の膣が潮を吹き上げたのとが、ほとんど同時だった。そして女陰が大きく盛り上が
り、膣口から何かが飛び出してきた。それはドス黒く節くれだち、醜悪な触手の化け物だった。それに
は目も鼻も口もない。しかし、明らかに己の意思を持っていた。外界に出られたことが嬉しくてたまらな
いように鎌首をもたげ、身を揺らす。
(なに・・・何なのよ、これは!?)
まるでB級怪物映画の一コマのようだ。こんな非常識なことがまかり通っていいのだろうか。
水下が、ゼエゼエと大きく息をつきながら
「ふぅ、久しぶりだから随分、時間がかかってしまいましたわ。先生、可愛いでしょ? この子の名前は『ゴ
リアテ』と申しますの。どうぞ、お見知りおきを」
化け物―『ゴリアテ』の動きが止まった。
(私を・・・見ている)
直感で、そう思った。それは、ひどく緩慢な動作で近づいてくる。全体が粘液にまみれ、湯気があがってい
る。すえたような臭気が鼻を突いた。
(ああ、こっ来ないでっ!)
願いも空しく、頬に触れた。それは熱く、肌越しにドクドクと脈打っているのが分かった。下顎のラインをなぞ
るように動き、やがて唇へ。こじ開けて・・・中へ入ろうとしている!
(ひいいっ!)
あまりのおぞましさに、わなないた。必死になって、顔を背ける。尚、執拗に侵入を試みる『ゴリアテ』を意外
にも水下が制した。
「あらあら、この子ったら逢って早々、先生のことがお気に召したみたいで。これなら話がスピーディで助か
りますわ」
水下の哄笑も、サツキの耳には届かない。
(何故、気を失わないのだろう? 何故、気が狂わないんだろう? いっそ、その方が楽かもしれないのに・・・)
驚愕も度を越すと、心のどこかが麻痺して何も感じなくなってしまうらしい。サツキはひどく冷静だった。
私が何をしたというの? 何故、こんな思いをしなくちゃいけないの? 私は、ここで何をしているの? これは
夢ではないの? ハッと自宅のベッドで飛び起きて、『ああ、なんだ。夢でよかった』ということにはならないの?
だがしかし、どう考えを巡らせても、B級映画まがいのエログロ現象が発生している保健室が、サツキの現実だ
った。そして冷静なサツキは、次に待ち受ける自分の運命を悟った。それはかつての電車内での痴漢行為での
屈辱や、昨夜からの水下の淫虐きわまりない責めによる恥辱の比ではない。最悪の現実だった。
そのサツキの予想を裏付けるように、水下が瞳を煌かせて
「さて、それじゃぁ篠原先生。楽しい触診の後は」
と、わざわざ言葉を切って
「いよいよ、お注射の時間ですわ」
言うや否や、サツキの両脚を持ち上げ、自分の肩に掛ける。そのまま身体をくの字に曲げさせ体重
を預けた。屈曲位は水下の好きな体位の一つだ。相手の表情を間近でじっくり観察しながら楽しむ
ことが出来る。しかし、さあいよいよという段になって、肝心のサツキが抗いだした。
(本当にあんなモノを挿入されるの?・・・無理だわ。壊れちゃう)
それまでは諦めの境地からか比較的従順にされるがままだったのが、『ゴリアテ』を直視したために
気持ちが竦んでしまったようだ。なにしろ、長さにして1.5メートル、ビール瓶ほどの太さのある化け物
だ。精神に恐慌をきたしたとしても仕方が無いだろう。
「ああ・・・やっぱり嫌です。出来ません・・・許してください」
「あらあら、困りましたわね。教師ともあろう方が、約束をお破りになられるんですの?」
写真を突きつけられた。それを出されれば、なにも言えなくなる。しかし、それでも・・・
「わ、分かってます・・・だけど、やっぱり怖い。耐えられそうにありません。助けてください」
そう言って唇を震わせ、鼻を啜り涙ぐむ。
まったくこの先生はなんにも分かっちゃいない。そんな表情をされれば、ますますこちらの加虐意欲
を沸き立たせるだけだというのに。事実、水下は燃えていた。
「もちろん、助けて差し上げますわ。先生はわたくしの大切な患者ですもの。だから、駄々をこねない
でくださいまし。これも治療の一環。そう申し上げたはずですわ」
「でも・・・でも・・・こんなの入れたりしたら、死んじゃい・・・痛ッ!」
乳首を抓りあげられた。
「つくづく往生際が悪いったら、ありゃしない。どうせ、家の中で『死にたい、死にたい』ってメソメソして
たくせに・・・図星でしょ。だったら、わたくしが直々に死なせてあげますわ。ほらっ、身体の力を抜いて!
これじゃ、挿入出来るものも出来なくなるでしょ!」
「・・・すいません」
しかし、恐怖と緊張に凝り固まった肉体は、なかなか思うようにならない。それが更に水下の加虐心を煽る。
「本当に愚図なんだから、一から十まで教えこまなきゃ何も出来ないの? 深呼吸しなさい。深く息を吸っ
て、吐いて・・・それを繰り返す」
「・・・はい」
『ゴリアテ』も怖いが、やはり水下の怒気に満ちた叱責が何より恐ろしい。要求に応えようと、必死になって
深呼吸をする。最初は空気の漏れるような情けない音しかしなかったが、少しずつ肺に酸素を出し入れし
ているという実感を得られるようになった。
「あんっ」
不意に乳首に、こそばゆい刺激を感じた。見ると水下が先ほど抓りあげた乳首を口に含み、舐めしゃぶっ
ているところだった。ヒリヒリとした痛みにザラザラとした舌の愛撫が加わり、なんともいえない快楽がうま
れた。もう一方の乳房も指で優しく揉みあげられている。甘い陶酔に身を委ねていると頬を突付かれた。
『ボサッとしないで、続けなさい』という意味だと気付き、再び深呼吸を繰り返す。
その甲斐あってか、身体から硬さが抜けていくのがわかる。冷え切っていた肉体の内側から熱が発生し
ていた。股間も反応してきた。しっとりと秘唇が濡れてきている。
(ああん、こんな状況で感じてきちゃうなんて・・・)
(こんな状況だからこそ、かしらね)
水下も、当然それを見ていた。
(この先生、確実にマゾに目覚めかけてる)
満足な結果を得られて、ひとり、ほくそ笑む。
「先生、いい加減に観念しましょうね。痛い思いをするのも気持ちよくなるのも、先生の心がけ次第なんで
すから」
コクンと頷く。
「いい子ね」
『ゴリアテ』が、ゆっくりと狙いを定めていく。飛び出したものの外界にも飽きが来て、再び温かい寝床に戻ろう
とするかのように、ただし、そこはこれまで一度も汚されていない無垢で神聖な領域だ。あたらおろそかな扱い
は出来ない。
サツキの呼吸のタイミングを見計らい、大きく息を吐き出し力を抜き切った瞬間、一気に奥まで突き入れた。
「ぐはぁっ!」
その衝撃を、一体、何に例えれば良いのか。
煮えたぎる熱く禍々しい怒張が秘唇を割り裂き、押し広げつつ蹂躙していく。途中、何物かに進路
を阻まれ往生したが、二度三度と渾身の力をこめて突きを見舞わせ、侵入を試みた。そして遂に、
『ブツンッ!』という鈍い音と共に障害物を突き破り、膣内の奥深くまで存分に征服することに成功した。
(はああああああああっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっっっっっ!)
まるで落雷の直撃を受けたかの様だ。陸に打ち上げられた魚のように目を見開き、口をパクパクさ
せて声にならない悲鳴を上げる。止めども無く涙が溢れた。
それをすかさず、水下が舐め取る。
「先生、何を泣いていらっしゃいますの? せっかく処女なんてつまらない物から卒業できたのに」
「痛い・・・痛いです。もう抜いてください。お願いします」
「嫌ですわ」
と、にべもない。
「先生のここ、すっごく締まりが良いんですの。きっつきつで。抜くなんて勿体無いこと、とても出来
ませんわ」
「非道い・・・非道過ぎます」
「篠原先生は、まだまだねんねですのね。これくらい、先生のクラスの子供たちはとっくに経験済み
ですわ。現代っ子って、とっても、おマセですもの」
「子供たちのことを貶めないで! あの子たちは関係ありません!」
「・・・可哀想にね、『教職』っていう重責に縛られて素直に欲望に身を委ねられないなんて。でも、
そろそろ効果が出てくる頃じゃないかしら?」
「えっ・・・ああ、なにこれ・・・嘘、身体が熱い・・・どうなってるの?」
汗が噴き出す。呼吸も荒くなる。夢殿を彷徨うような浮揚感。頭の中に霞がかかって意識が朦朧とし
てきた。
「なにを・・・わたしに何をしたの?」
「さあて、何でしょうねえ」
サツキ知る由も無いが、『ゴリアテ』から分泌される粘液は膣内の蜜液と混ざり合うことにより、強烈
な催淫剤となる。血管を通して脳を侵し、五感を狂わせ全身を性感帯の塊にしてしまうのだ。これでは、
どんな強靭な精神の持ち主でも一たまりもない。
「ところで先生、本当に抜いてしまってもよろしいのかしら」
ズルリッと、サツキの身体を串刺しにせんばかりだった『ゴリアテ』が後退した。それと共に快感も遠
のいていく。
「ああん、嫌っ!」
思わず、はしたない声を出してしまう。しかしそれが今の偽らざる本心だった。
「それじゃぁ、『わたしを死ぬほど気持ちよくさせてください』って仰ってください。うんと、サービスして差
し上げますわ」
「そんな・・・」
最後の理性が、それを拒む。だが身体の奥底からせり上がってくる快楽への飢餓感は凄まじいものだ
った。一滴の水を求めて彷徨う砂漠の放浪者も、きっとこんな心境なのだろう。
「あれも嫌、これも嫌。そんな我侭がいつまでも通用すると思ってるの! 甘ったれるんじゃないの!」
痛いほどに勃った乳首を指先で摘み捩じ上げられる。
「ああっ! 言います。言いますから・・・わたしを・・・どうか死ぬほど、気持ちよくしてくださいませ・・・ど
うか、お願いします。ううっ・・・」
心の中で、何かがポキリと音を立ててへし折れた。絶望が教師としての誇りを、人間としての尊厳を腐
らせていく。
(みんな・・・ごめんね。先生、もう・・・駄目)
(素晴らしいわ。先生、その表情! 最高に素敵!)
サツキの屈服を悟り、水下は内心狂喜した。『諦めないで頑張れば、きっと夢は叶う』非力な人間が好
んでいう台詞。そして、いかにもこの熱血女教師が言いそうな台詞。しかし所詮は詭弁。根拠のない戯
言。巨大な象の群れを前にしては、蟻の行進が為すすべも無く踏み潰されるように、どんなに努力しよ
うが絶望し、諦める以外選択肢がないことを思い知ったときの人間の表情ほど、エクスタシーを掻き立
てられるものはない。そして今、サツキの顔に浮かぶものがまさにそれだった。
水下の昂ぶりが、『ゴリアテ』に伝播したのか、これまでにないほど勢いを増し猛りあげた。
「フフフッ、そうまでお願いされては聞かないわけにはいきませんわね。それではお望みどおり、たっぷ
りとよがり狂わせて差し上げますわ!」
窓の外が白々と明るい。狂宴が、ようやく終わりを告げた。
至福の笑みを浮かべた水下が散々に嬲りつくした女陰から『ゴリアテ』を解放し、サツキの唇に近付け
ていく。破瓜の血と淫液、粘液、その他なにやら得体の知れない物で、凄いことになっている。
「先生、自分で汚した物は自分で綺麗にしましょうね」
「・・・はい」
反抗する気力の欠片もなくして、唯々諾々とそれに舌を這わせる。奉仕が終わると、水下がサツキの身
体を濡れたタオルで清めていく。そして新調したシーツをしつらえたベッドに横たえさせた。その間、サツ
キは一言も話さず、瞳には何も映してはいない。ただの人形のようだった。しばらくして着替えを済ませ
た水下が戻ってきた。
「はいこれ、大事な物なんでしょう?」
そう言って、サツキの手に何かを握らせる。写真だった。クラスの子供たちと自分が笑顔を浮かべている
集合写真。しかし、それを見つめるサツキの視界はぼやけて涙が溢れ、頬を伝う。激しく嗚咽した。何故、
涙が止まらないのか分からない。ただ、どうしようもなく哀しくてせつない気持ちで一杯になった。
そんなサツキを水下が患者を労わる主治医の眼差しを向けて、優しく接していった。ハンカチで涙を拭い、
頭を撫でて、写真を掴み震える手をそっと包み込む。
「それでは診断の結果なんですがねえ、先生。もうしばらく個人診療を続けた方が良いという結論に達しま
したの。もちろん、従って戴けますわよねえ」
無言で頷く。断ることなど、最早思いもよらない。
「フフッ、良かった。それじゃ今後わたくしのことは診察中に限って、『ミズ・シタターレ様』と呼びなさい。わた
くしも先生のことは『サツキ』と呼び捨てにします。よろしいですわね。さぁ、言って御覧なさい『サツキ』」
「・・・ハナミズ・・・」
主治医から一転、鬼の形相になった。言ってはいけないことを口走ってしまったらしい。頬を捩じ上げられる。
「『ミズ・シタターレ様!』まったく、生徒が生徒なら教師も教師だねっ!」
「・・・す、すいません」
「まぁ、よろしいですわ。エッチなことで頭が一杯のサツキでも、すぐに覚えられる呼び方に変更してあげる。
感謝なさい。そうね・・・『お姉さま』。これで、いいわ。これなら言えるでしょ、サツキ」
「・・・お姉さま」
「結構。ちゃんと覚えておきなさい」
「はい・・・あの、お姉さま」
おずおずと、手を伸ばす。
「一人にしないで。そばにいてください」
ニヤリと笑う。
「ええ、もちろん良いわよ。サツキ」
ベッドに潜り込み、添い寝するような形になった。そしてゆっくりと覆い被さっていく。サツキの手から、ハラリ
と写真が舞い落ちた。それと共に意識が急速に底知れぬ闇の奥へと沈みこんでいった。