シャワーの栓を捻ると勢いよく熱湯がほとばしり出る。サツキはしばらく棒立ちになったまま熱湯  
の洗礼に身を委ねていた。たちまち浴室は、湯気で真っ白になる。だけど、どれだけ熱い湯を浴  
び続けようが洗い流せないものがある。  
「お姉さま・・・」  
思わず、口を突いて出た言葉。まるで何か奇跡を期待するように。もちろん、何も変化はない。自  
宅のマンションに、今はただ一人きり。時間は夜中の二十一時。普段なら、保健室へ赴き水下と  
の『個人診療』に励んでいる頃だ。しかし、もう三日間、『個人診療』は行われていない。  
「しばらく『診療』はお休みするから、あなたは学校に来なくていいわ」  
三日前の診療後、突然にそう告げられた。理由は言って貰えなかった。また、サツキは訊けるよう  
な立場ですらない。思えば最近の水下は、どこか様子がおかしかった。サツキへの態度が妙に素  
っ気無くなり、以前のような偏執的な執着が見られなくなっていたように感じる。診療も、どこかおざ  
なりで時間もずっと短くなっていた。  
(お姉さまはいま、何をなさっているんだろう?)  
もしかして・・・もしかして・・・嫌な考えばかりが脳をよぎる。  
私はもう・・・飽きられてしまったのだろうか? 所詮は水下の『玩具』でしかない自分。いずれは、こ  
んな日が来てしまうのではないかと危惧していたが・・・。そして今頃、お姉さまは・・・新しい『玩具』を  
見付けてそちらの方へ関心が向いていて、もう私のことなんか・・・。  
(そんな、嫌・・・殺生過ぎます、お姉さま)  
身体が・・・疼く。精神と肉体の狭間に灯った『淫靡の火』がジリジリとサツキの身を焦がし、それが疼  
きとなって広がっていく。やっかいなことに、一度疼きを感じると、これは自分ではどうしようもない。ど  
んなに指で弄ってみても、ただ悪戯に火を煽るだけ。ただただ堪え続けて待つしかない。お姉さまに触  
れてもらえるまで。この『淫靡の火』を制御できるのは水下だけだった。彼女が触れるだけで、彼女に吐  
息を吹きかけられるだけで、不快な疼きは甘い陶酔に変わっていく。それがもう三日間・・・無い。我慢し  
続けるのは、もう限界に近かった。疼きは二十四時間、関係なく襲ってくるが、今のこの時間、普段お姉  
さまと接しているこの時間が一番激しくなる。  
無意識のうちに指が這う。乳房へと股間へと。右手の指の目指す先、女陰には在るべきはずの陰毛が一  
本も無い。三日前の最後の診療で、水下の手で剃毛処理されてしまっていた。毛が失われただけで、見た  
目の印象が随分違う。剥き出しの恥丘やその上にあるちっぽけな突起まで、ここからでも丸見えだ。見た目  
だけではない。触れた感触も変わった。水下に剃られた後、また新たな陰毛がポツポツと顔を覗かせてきた  
が、剃刀とクリームを使って自分で剃り落とした。水下に命令されたからではない。自分で決めてやったこと  
だ。『お姉さまの痕跡』を、自分なりに少しでも残しておきたかった。短い縦のラインに沿うようにして指を滑ら  
せていく。お姉さまが触れた最後のそこへ。その残り香を探すように。  
『あなた、何てことしてるの! 恥を知りなさいっ!』  
頭の中で、誰かが自分を叱咤している声がする。どこかで聞き覚えのある懐かしい声。これは・・・夏になる前  
の・・・プールでお姉さまに出会う前の・・・まだ、教師としての使命感に燃えていた頃の私の声。ほんの一月半  
前、たったそれだけの間のことなのに、随分昔のことのように感じる。  
『あなたは教師なのよっ! こんなふしだらな行為に耽るなんて・・・目を覚ましなさい。まだ間に合うわ』  
(いいえ、もう手遅れよ)  
しっかりと濡れそぼった花芯の中へ、指を潜らせていく。充分に濡れそぼったそこは、やすやすとそれを受け入  
れた。すっかり敏感になった乳首は硬く尖って、指が軽く触れるだけで痺れるような淡い刺激気を与えてくれる。  
丹念にじっくりと乳房の感触を楽しんだ。  
「はあぁぁ・・・」  
大きく息を吐き出し、立ったままでいられずに蹲る。  
『止めて・・・お願いだから、もう止めてよぉ・・・』  
頭の中の声が、泣きながら嘆願するが耳を貸すことはしない。声はどんどん小さくなっていき、やがて聞こえなく  
なった。  
 
(ごめんなさい。だけど、もうどうしようもないの)  
教師としての理想に燃えていたあの頃の私は、肝心のことから目を背けていた。それは私が女で  
あると言うこと。私にだって指がある。舌がある。乳房がある、性器がある。尻がある。肛門がある。  
性を堪能する手段は幾らでもあるのに、それを汚らわしいこととして見て見ぬふりをしてきた。教育  
には不要のものであると。だけど、私は知ってしまった。その素晴らしさを。己の本能と欲望に正直  
になって生きることの悦びを。お姉さまが教えてくれた。知ってしまったからには、もう後戻りはでき  
ない。  
(だけど・・・お姉さまにはもう、逢えないかもしれない)  
あらためて、この不安が心に暗い影を落とす。自分で自分を慰めてみても快感は得られる。しかし、  
そんなものはお姉さまから与えられるそれとは比ぶるべくも無い。  
(お姉さまに触れてもらいたい。抱きしめてもらいたい。キスしてもらいたい。罵ってもらいたい。あや  
してもらいたい。噛んでもらいたい。爪を立ててもらいたい。ただ・・・声が聞きたい・・・お姉さまに逢いたい)  
切実に、そう願った。寂しい。いまほど孤独が身に染みたことはなかった。  
「ま〜た、この子ったら、こっちがちょっと目を離した隙に一人遊びなんかしちゃったりしてさ」  
有り得ないことが起きた。てっきり、また幻聴だと思った。先程の過去の自分の声と同じように、禁断  
症状が幻聴を聞かせているのだと。だけど振り向いたその先に、濛々と立ち込める湯気の向こうに、  
ぼんやりとその人の姿が浮かび上がっている。  
(ア・・・ア・・・)  
人間、驚きが大きすぎると声も出なくなる。一体、何故? どうしてここに?  
「本当は、わたくしといるより、一人で遊んでる方が好きなんでしょう?」  
はっきりと激しく首を横にふる。たった今まで、その孤独の苦痛にのたうち回っていたのだ。そんな事、  
断じて無い!  
「本当にぃ?」  
無論、今度は首を縦にふる。信じてもらえるまで、何度でも同じことをするつもりだった。  
「だったら、それを証明して見せなさい」  
その人が、両腕を広げてサツキを迎え入れようとする。  
こんな事があっていいのだろうか? こんな夢みたいなことが? もし、夢だったら? ただの幻だったら?  
だけど・・・それでも!  
思い切って、その人に身を投げ出す。夢ではない。実体を持った人の感触。  
間違いない。その人のことなら触れただけで分かる。その人の温かさ、大きさ、包容力、匂い。全て知っ  
ている。身体が覚えているだから、間違いない。間違えるはずが無い。その人は逢いたくて逢いたくて仕  
方なかった人。サツキの一番大切な人。  
涙が溢れる。  
やっと声が出せるようになった。搾り出すような声で、その人に想いをぶつける。  
「お・・・お姉さまぁっ!」  
 
たった三日。たった三日間、逢わなかっただけなのに、こんなにも懐かしく感じる。こんなにも嬉し  
い。サツキは愛しい人の胸に縋りつき、ただ泣きじゃくった。はしたないと思ったが、それでも涙が  
止まらない。いつまでも溢れ続けた。水下も、そんなサツキを叱ることもなく何も言わず、優しく抱  
きしめていた。  
『嬉しいです・・・今夜は逢えないと思っていたから・・・嬉しい。まさか、家に来てもらえるなんて・・・  
言って下されば、私のほうから出向いていったのに・・・』  
ようやく落ち着いて話が出来るだけの余裕が生まれると、胸に渦巻く感動を何とか言葉にして綴っ  
た。実際、今こうしていられる事が信じられない。  
「今日は、サツキの特別な日だからね。わざと内緒で驚かせてやろうと考えたんだけど、予想以上  
に大成功だったみたいだね」  
「私の・・・特別な日・・・ですか?」  
「そうだよ。なんだい、自分のことなのに忘れちゃってたのかい?」  
「・・・?」  
「つくづく、しょうのない子だね。今日はサツキの誕生日だろ?」  
タンジョウビ・・・たんじょうび・・・誕生日。ああ、そうだ。今日は私の誕生日。お姉さまの玩具としての  
生活が始まってから様々なことが有りすぎて、誕生日のことなど忘却の彼方にあった。  
「はい・・・そうでした。今日は私の誕生日です。けれど、お姉さまはどうして?・・・」  
「前にも言ったろ? 私はお前のことは何でも知ってるって。可愛いサツキの誕生日なんだもの。ちゃ  
んとお祝いしてやりたいじゃないか」  
「ああ・・・」  
感激で胸が一杯になる。この悦びを、言葉で言い表すなんて不可能だ。  
(お姉さまが、わたしの誕生日を覚えててくれた。わざわざお祝いに家にまできてくださった)  
が、すぐに慙愧の念で押し潰されそうになる。  
(こんな素敵な人を、こんな素晴らしいお姉さまを、私は一瞬でも疑っていた。詰っていた。恨んでい  
た。何ていうことをしていたんだろう。玩具の分際で。ごめんなさい、お姉さま。私、お祝いしてもらう資  
格なんて・・・)  
「どうしたの? 難しい顔しちゃって。やっぱり、いきなり来て迷惑だったかい?」  
「いいえ、とんでもないです! 嬉しいです、とても。嬉しすぎて、勿体なさ過ぎて。私、どうにかなっちゃ  
いそうです」  
(ごめんなさい、お姉さま。あとで正直に謝ります。そしたら叱ってください。罰をください。でも、今だけ  
はこうして甘えさせてください・・・)  
「とっても、可愛いよ。お誕生日、おめでとう。サツキ」  
「はい、ありがとうござい・・・」  
感謝の言葉は、深く交わされた唇の中に吸い込まれていった。  
 
「さあ、お姫様。次はいかが致しましょう? おっぱいをマッサージして差し上げましょうか? そ  
れとも下のお口に指を挿入した方がよろしくて?」  
サツキの泣きどころである耳朶弄りを堪能すると、水下が芝居がかった口調で恭しく訊ねる。  
「・・・おっぱいを・・・おっぱいを、苛めて・・・お願いします・・・」  
「かしこまりました。仰せのままに・・・フフッ、ほんの少し前まで裸になるのさえ嫌がってたねん  
ねが、変われば変わるものね。あの頃のウブなサツキちゃんは、一体、何処へ行ってしまった  
のかしら?」  
「そんな意地悪・・・言わないで・・・」  
「失礼致しましたわ。ひらにご容赦を」  
お姉さまの言葉で、あの頃の自分を思い返す。お姉さまに勝てる筈など無いのに、虚勢を張っ  
て刃向かっていた自分。なんて馬鹿だったんだろう。だから、あんなにつらかった。だから、あん  
なに苦しかった。運命に逆らったりなんかせず、ただ身を委ねてしまえば・・・ほら、こんなにも気  
持ちがいい。  
「ああ・・・お姉さまぁ・・・」  
掌にすっぽりと収まる乳房を丁寧に揉みしだく。湯上りで、ほんのりピンク色に火照った肌は、ま  
るで獲れたての新鮮な果実を思わせる。  
ベッドの上でも、水下は優しかった。背面座位の体勢で何度も何度も絶頂を味わわせてくれる。  
訊きたい事は山ほどある。だけど今はこのまま悦楽の海に溺れていたかった。自分の誕生日に、  
お姉さまを独占していられる幸福に酔いしれていたかった。  
『今夜はサツキが主役なんだから、あなたのして欲しいこと何でもしてあげる』  
耳元でお姉さまに、こんなことを囁かれた上、これ以上多くを望めばそれこそバチが当たってしま  
いそうだ。  
(素晴らしいわ・・・)  
指先で弾力のある肌の感触を楽しみながら嘆息する。ここしばらくの間、誰よりもつぶさにサツキの  
ことを観察してきた水下だから分かる。変わったのは精神面ばかりではない。肉体にも著しい変化が  
見られた。以前のサツキは少年を思わせる細身でありながら鍛え上げられた肉体の中性的な魅力  
の持ち主だった。しかし水下がいま抱きしめているサツキは、全体に脂肪が乗ってソフトな丸みを帯  
びてきている。乳房も尻も大きくなったようだ。恋に焦がれる少女のような色気と大人の女性の淫猥  
さを併せ持ったアンバランスな雰囲気がリビドーをいやが上にも掻き立てる。サツキは明らかに変わ  
った。綺麗になったのだ。伊東 仁美が『篠原先生に恋人あらわる』の噂を真に受けてしまったのも、  
むべなるかな。  
(自分が、ここまでに仕立て上げたんだ)  
そう確信すると、愛撫する指先にも自然に熱がこもる。堅物の女教師の中にダイアモンドの原石の資  
質を見出し、調教を繰り返し追い詰めることで丹念に磨き上げて、見事眩いばかりの輝きを放つ存在  
になった。これぞ究極の芸術品。湧き上がる欲情を抑えきれない。  
(なんて愛しい・・・)  
慌てて首を振る。悪しき思考を振り払うように。  
(・・・危なかった。もう少しで・・・)  
深入りは危険だ。それは充分、分かっているつもりなのに。  
抱きかかえていたサツキをベッドに押し倒し、乳房を握る。右手をそのままに、右の乳房に舌を這わせた。  
乳輪を舌先でゆっくりとなぞり、次いで乳首を突付く。軽く刺激を与えた後、唇に含んでチロチロと転がす。  
舐めしゃぶっている間も空いた左手は尻肉を掴み、乳房と同様に揉みあげる。そのまま豊かに肉のつい  
た太腿へと指を滑らせていき、持ち上げながら爪の先を膝の裏側までさわさわと走らせていく。左の乳首  
へ唇を移し、左脚の太腿にも同じ指戯を繰り返す。  
「ん・・・はあぁ!」  
 
サツキの口から吐息が漏れる。腕が水下の背中へ廻されしがみ付いてくる。重なり合っている二人の  
身体が更に密着度を増す。耳に届く微かな音色。規則正しく響くサツキの鼓動。血と肉で奏でられる力  
強い旋律。長い長い時の中で、たくさんの女を狂わせてきた。たくさんの女を抱いてきた。たくさんの女  
を犯してきた。たくさんの女の鼓動を聞いてきた。それは人によって微妙に異なる独自のメロディーを持  
つ。もちろん、サツキのも。どれも素晴らしいものだったけれど。  
(サツキのが一番好き)  
その心地よいメロディーに、思わず聞き入って……駄目だ、駄目だ!  
サツキは私の所有物。玩具。玩弄物。モノに過ぎない。常に私の制御下。掌で踊る存在で無ければなら  
ない。私が惑わされていてはならない。そうでなければ……いや、そうに決まっている。それが証拠に、  
私はこんなことだって出来る。なんの躊躇もなく。  
舌と唇を這わせた乳房。そこへ唐突に歯をたてた。強く、強く。以前から感極まったときなど噛み付くこと  
があったが、意識してここまで強烈なものは初めてだ。どれくらい、そうしていたのか。サツキの呻き声で  
我に返った。見ると左の乳房に噛み跡がくっきりと付いており、うっすらと血が滲んでいる。後々まで痣に  
なって残りそうだ。顔を見ると目に涙を浮かべている。  
途端に激しい後悔の波に襲われた。こんなことがしたいわけじゃなかった。自分の心の弱さをサツキにぶ  
つけて八つ当たりするような真似をしてなんになる? なんて愚かなことを。たまらなく自分が嫌になってくる。  
「ごめんよ。痛かったろう?」  
そう呟くと、サツキを自分の胸に引き寄せ抱きしめた。  
 
(やっぱり、今夜のお姉さまはおかしい……)  
物凄く優しい表情をしていたかと思えば、急に乱暴に扱われ強い力で噛み付かれた。抱き締められる温も  
りを感じながらも、サツキの心は切ない。愛しい人に誰よりも身近な場所にいながら相手の心の内が分か  
らない。それは、とても哀しいことだ。ヒリヒリと痛む乳房の傷よりも、お姉さまのことがずっと気懸かりだった。  
自惚れだけれども、原因は自分にあるような気がする。だから、思い切って訊いてみる。これ以上、わけも  
分からず悶々として過ごすのは御免だ。  
「あの……何か悩んでらっしゃるんですか? もし私でよければ話してもらえませんか? もちろん、私なん  
かに話したところで、どうにもならないともいますけど……お姉さまのお気持ちを少しでも楽にしてあげたくて、  
それで……」  
「私はね、どうしようもなく我侭なくせに臆病者なのさ」   
と、水下がサツキを遮って話し出す。思えば、お姉さまが自身のことについて語るのを聞くのは初めてのことだ。  
「一度こうして手に入れた物は、二度と手放したくない。でもいつか相手の方から離れていってしまうかもしれ  
ない。それが怖くてたまらない。そんな想いをするくらいなら、いっそのこと自分の方から相手を遠ざけようとし  
てしまう。馬鹿みたいな話でしょ? 逆効果にしかならないのにね。そのくせ、逢いたくて自分のそばにいて欲し  
くて仕方ない。破滅志向っていうのかねぇ。この性格が災いして、これまで何人もの玩具を手離す羽目になっち  
まった。いくら慎重に行動しても最終的に同じバッドエンドを迎えることになる。ねえ、サツキ……お前までいなく  
なったら、私は……」  
「嫌、もう何も言わないで」  
自分から話を誘っておきながら、ひどい言い草だ。だけど……聞かなければ良かった。お姉さまの口から発せ  
られる弱音なんて。見たくなかった。お姉さまのあんな心細げな表情なんて。私からお姉さまの許から離れてい  
くなんて、そんなことある筈も無い。だから、もっともっと罵って苛めて欲しいのに……。  
(最低だ、私……自分のことしか考えてない)  
お姉さまだって神様じゃない。苦しんだり悲しんだり悩んだり……そんなこと、あって当たり前なのに。本当に我  
侭なのは、お姉さまじゃなくて私の方だ。  
「お姉さま、私……」  
 
申し訳ない気持ちで一杯になり、何か言わなければと思う。だけど、そんなサツキの唇を水下の指が塞いで遮る。  
「つまらない話を聞かせちゃったね。おかげで、せっかくの誕生日の雰囲気が台無しだ。気分転換にお菓子でも  
食べようか?」  
そう言うと、ベッドの傍らのテーブルに手を伸ばす。そこにはワインとおつまみのクラッカーを盛り付けた皿があっ  
た。お姉さまがわざわざ持ってきてくれた物だ。クラッカーにはチーズ、ベーコン、ジャム、生野菜など様々なトッ  
ピングが施されていて、なかなか豪勢なものだった。  
水下はクラッカーを一枚摘むと自分の口に入れて軽く咀嚼する。飲み込まずにそのままサツキと接吻し、そのド  
ロドロの流動食と化したクラッカーを流し込む。  
「美味しい?」  
「……はい、もっと欲しいです。どうかください、お慈悲を」  
その行為を二度、三度と繰り返していく。親鳥が雛に餌付けする様に似ている。だが、流石に喉に痞えてきた。透  
かさず今度はワインに手を伸ばし、適度の量を口に含み同じ様に口移しで飲ませてもらう。ワインのほろ苦さとお  
姉さまの唾液の甘さが合わさったそれは、これまで経験したことのない芳醇なる味わいをもたらした。アルコール  
は、さほど強いほうではない。だからたちまち顔が赤くなる。全身がカッカッと熱くなる。しかし楽しい遊びのコツを  
掴んだばかりの子供のように、この恥戯を止める事が出来ない。繰り返すほどに、頭の中に靄がかかり、取り留  
めの無い思考が浮かんでは消え、やがて淀んだ混沌の沼となっていく。  
(……お姉さまが好き。お姉さまを励ましたい。助けてあげたい。気持ちよくしてもらいたい。好きです。おねえさま  
が。はげましてきもちよくしてたすけておねえさまを……)  
だからこそお姉さまの前で、こんな大それたことが言えたんだと思う。大胆なことが出来たんだと思う。素面のサ  
ツキでは、とても考え付かない神をも恐れぬ振る舞い。  
「……おねえさまぁ……」  
サツキは言った。  
「んっ?」  
「……こんどわぁ……こんどわぁ、さつきがおねえさまを……気持ちよくしてさしあげあげましゅぅ……」  
瞳の色が、これまでにない妖艶な輝きを帯びて潤んでいた。  
 
 

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