氏名 篠原サツキ。 年齢 26歳 性別 女性  
職業 海原市立夕凪中学校の教師。担当学科は英語。2年B組の担任及びソフトボール  
部の顧問を兼任している。  
曲がったことが嫌いで自身にも生徒にも厳しく、それでいて優しさと慈愛に満ちた熱血指  
導で、生徒達から絶大な人気を集め、父兄からの信頼も厚い。  
座右の銘は、『ネバー・ギブアップ!』  
正に理想の女性像、教師像を体現しているキャリアウーマン。しかし、そんな彼女にも、決  
して人に言えない秘密があった。  
 
深夜の校舎というのは、昼間の喧騒に満ちた空間しか知らない人間からすれば、まるで別  
世界である。それは海原市立夕凪中学校も例外ではない。  
サツキは一人、暗く静かな廊下を懐中電灯の灯りを頼りに歩いていた。今夜の宿直当番は  
彼女だ。暑い。連日の猛暑続きで夜になっても一向に気温の下がる気配がない。ただ歩い  
ているだけなのに汗ばんで、Tシャツが湿って気持ちが悪い。今夜もさぞかし、寝苦しいこと  
だろう。  
(こんな時には・・・)  
これから自分がやろうとしていることを思い、ゴクリと唾を飲む。  
(落ち着きなさい、サツキ。これが初めてってわけじゃない。今まで大丈夫だったんだし、今夜  
だって、きっと・・・)  
窓の外を見る。今夜は満月。下界の蒸し暑さとは対照的に、涼やかな青白さが綺麗だ。そして、  
その満月を鏡のように映し込んでいるプールがあった。  
バッシャーンッ!  
数分後、白い裸身がプールの水面を跳ねた。サツキだった。  
彼女のちょっとした秘密。それは宿直の晩、プールを貸しきり状態で泳ぐことだった。しかも、全  
裸で。現職の教師が学校の施設を、破廉恥極まりない姿で無断使用する。もし、人に知られれ  
ば言い訳出来ない、とんでもない話だ。  
だけど、この背徳的行為がもたらす解放感。『誰かに見つかるかもしれない』というスリルが堪ら  
ない。  
学生時分、サツキは勉学とソフトボールに青春の全てを捧げてきた。成績は常にトップ、ソフトボ  
ールでも主将でピッチャーを務めてきたせいか、校内でもファンが多くラブレターを貰うことも度々  
あった。ほとんどが女生徒ばかりだったけど。  
反面、『ガリ勉女』、『面白味の無い奴』と陰口を叩かれることもあったが、不思議と腹は立たなか  
った。自分でも、そう思っていたから。  
教師になりたくて都会の大学に進み環境は変わったけれど、勉学とソフトボールへの情熱は、変  
わらなかった。努力を怠らなかった結果、念願の教職に就き、大好きなソフトボール部で嘗ての自  
分のような生徒達を指導している。  
友人たちの大半は結婚して子供もいる。自分は浮いた話一つ無いが、今は仕事が楽しい。時々、寂  
しさを感じることもあるが自分には生徒たちがいる。それに私は・・・。  
曲がった事が嫌い。ガリ勉女。面白味の無い奴。それが篠原サツキ。だけど、それで全部じゃない。  
見て、私、いま裸なのよ。全裸でいるのよ。こんなこと想像できる? 教師が学校のプールでストリッ  
プしてるのよ。これも篠原サツキ。さあ、本当の篠原サツキはどちらでしょう?  
大声で、そう叫びたい衝動に駆られる。どうせ誰にも聞こえないけど・・・  
ハッと我に返る。いま誰かに見られているような気がした。  
 
(気のせい・・・よね?)  
本能的に胸元を隠し、周囲を見渡す。誰もいない。月が出ているおかげで、誰かがいれば見過ごすは  
ずが無い。この学校は小高い山の頂上にあり、辺りに人家も無く深夜には、人通りも無い。だからこそ、  
こんな大胆な行為が出来るわけで。  
(野良ネコか、何かかしら?)  
そういえば、ちょっと前にトネリコの森でおかしな生き物が発見されたと町中が大騒ぎになったことがあ  
ったが、あれはどうなったんだろう?  
第一発見者が自分の担任のクラスの生徒だったこともあって、気にはしていたのだが。もし仮に、その  
謎の生物(確か、ミミンガだったかしら?)が実在して、いま私がそのミミンガを見つけたら、一体どう説  
明したものかしら?  
『ええ、ちょっと暑気払いとストレス発散を兼ねて、プールでストリップをしていたら奇妙な生き物を発見  
して・・・ミミンガって言うんですか? とにかく驚いて目を回しているうちにいなくなってしまいました。まだ  
何かお聞きになりたいことがありまして?』  
そんな話、とても言えやしない。堪らなくなって思わず吹き出す。困った。ツボに入ったらしく、なかなか  
止まりそうも無い。  
クスッ・・・  
「誰ッ!」  
心臓が跳ね上がる。いま確かに誰かが笑った。自分以外の人間が。しかもすぐ近くで。周囲は、先程と  
何ら変わりは無い。誰もいない。しかし・・・満月で充分明るいとはいえ、深夜の闇の中、たった一人きり  
でいる自分の状況が、急に心細くなってきた。とても、のんびり水浴びを楽しんでいられる気分ではない。  
(もう、出よう)  
そう決めて、着替えの置いてあるプールサイドに向けて泳ぎだす。学校用の小規模なプールだ。大した  
距離ではない。とにかく明日も授業がある。いい加減、気持ちを切り換えて・・・  
「嫌ッ!」  
顔を引きつらせて、水面を手で叩く。  
「誰・・・誰なのよっ!」  
いま、確かに乳房を触られた。それだけではない、一瞬ではあるがグイッと握られた指の感触が、はっき  
りと分かった。怖い。胸の動悸が激しくなる。あとほんの僅かの距離がもどかしい。水が重い。プールの  
床が泥濘んで足を取られそうになる。  
やっとのことでプールサイドに辿り付いた時は、もうヘトヘトになっていた。だが、休んで入られない。鉛の  
ような重い身体を、やっとのことで引き上げて這い出し・・・  
足首を掴まれた。  
物凄い力で、再びプールの中に引き摺り込まれる。悲鳴を上げる暇も無い。息が・・・出来ない。こめかみ  
がキリキリ痛む。もがいても水を掻くばかりで・・・私、死ぬの?  
突然、水上に引き上げられる。思い切り肺に酸素を送り、激しく咳き込んで水を吐き出す。パニックに陥り  
かけているが、自分のしなければいけない事は分かっている。とにかく誰か呼んで助けを・・・  
「あら、人を呼ぶんですの? 私は別に構いませんけど、それじゃ先生がお困りになりませんこと?」  
今度こそ、心臓が止まるかと思った。自分の真後ろで不意に人の声がした。しかも馴れ馴れしい口調で話  
しかけられた。そしてそれは、サツキのよく知る人物の声で・・・まさかと思うが。  
「あなた・・・」  
サツキの背後で妖しげな笑みを浮かべている人物。  
「・・・水下先生・・・」  
一ヶ月ほど前に、この学校に赴任してきたばかりの保健室のカウンセラー、ターレィ・水下だった。  
 
「水下先生・・・あなた、ここで何を・・・」  
人間、立て続けに異常な事が起きると、どこか感覚が麻痺してしまうらしい。呆けたような眼差しで  
サツキは、その思いがけない闖入者を見つめていた。  
対して、浅黒い肌をした彫りの深いエキゾチックな顔立ちの美女、ターレィ・水下は余裕たっぷりの  
表情でコロコロと笑い、  
「それはこちらの台詞ですわ、篠原先生。あなたこそ、何をしてらしたんですの? こんな、魅惑的  
な格好で」  
改めて自分が全裸であることを思い知らされ、身が竦んだ。まさか本当に人と出くわすなんて、考え  
もしなかった。馬鹿なことをした。もし、これが公になったら、二度と生徒たちの前に顔向けできない。  
「あのその・・・私・・・」  
だが、水下は細くしなやかな人差し指をサツキの唇にあてがい、  
「何も仰らないで。人には色々事情がございますもの。わたくし、篠原先生を問い詰めようとは思いま  
せん。無論、口外するような真似も」  
「ほ、本当ですか?」  
「ええ、篠原先生の困った顔なんて見たくありませんもの。わたくし、いつだって先生の味方ですわ」  
そう言いつつ、徐々にサツキの方へ歩み寄る  
「あ、ありがとうござい・・・」  
「しかし、だからこそ今回のことは個人的見解で見過ごせませんわ」  
「えっ?」  
ただでさえ近い二人の距離が、息が触れ合いそうなほどに近づいていく。気のせいだろうか、サツキ  
は水下の瞳の中へ吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。力が抜けて・・・立って・・・いられない。  
くずおれそうな身体を、水下の腕が支えてサツキは抱きしめられているような格好になった。  
「先生は、とても病んでいらっしゃるんです。自分ではどうしようも出来ないほどに」  
「はい・・・私、病んでます」  
「わたくし、先生をお救いして差し上げます。先生はわたくしを信頼して、全て任せてくださればよろし  
いですわ」  
「信頼して・・・任せて・・・」  
サツキは学生の頃から欠かさず肉体の鍛錬をしてきおかげで、小柄ながらもがっちりとした贅肉のな  
い引き締まった身体と、生まれながらの色白の肌の持ち主である。全体的に躍動感に溢れ、強力なバ  
ネのような印象を受ける。  
水下はサツキとは対照的に、他人の目を惹き付けずには置かない均整の取れたゴージャスなボディの  
持ち主だった。大地を打つ滝のような雄々しさ、燦々と流れる清流のような滑らかさ。それが浅黒い肌と  
相俟って、まるでなめし皮の鞭のようだ。  
その白と黒の肉体が惹きあい絡み合っていく様は、蛇が野うさぎに巻き付き大口開けて呑み込もうとす  
るかのようだった。  
事実、サツキは水下に捕食されつつあった。完全に呑み込まれ篭絡するのも時間の問題であった。  
そんなサツキを救ったのは、水下の手がサツキの形の良い尻に触れ、撫で回したことだった。  
瞬間、脳内を電流が走りぬけ、過去の苦い記憶が蘇った。克服したはずのトラウマ。二度と開く事の無  
い封印がこじ開けられ、溢れ出してサツキに襲い掛かった。  
 
 
(また、今日も・・・)  
隣町の高校へ通うため、電車を利用していたサツキは背筋をはしる悪寒と、そのおぞましい感覚に必  
死になって耐えていた。電車内は、通勤通学のラッシュ時ということもあって大変な混みようだ。サツキ  
も、座席に腰掛けることなど当の昔に諦めて、立つ場所を確保するのが、やっとという有様だった。  
そんな日々が続く中、サツキは一週間ほど前から痴漢の被害に遭いはじめた。最初は、気のせいだと  
思っていた。やがて徐々にそれがエスカレートしていき、恐ろしさの余り何も言えず身を震わせる事しか  
出来なくなった。比較的穏やかな環境で生活してきたサツキにとって、こういう類の悪意が自分の身に向  
けられることなど、考えたことも無かった。  
立つ場所や乗る車両を変えたりしてみたが、それでも痴漢の手からは逃れられなかった。ソフトボール部  
の朝練に間に合うためには、この電車を外すわけにはいかない。  
こんなに人が大勢いるのに、何故誰も気付いてくれないの? 何故誰も助けてくれないの?  
声をあげて助けを求めたかったが、『痴漢の被害者』という好奇の目に晒されるのは嫌だった。ただ恥ずか  
しくて、誰にも相談出来ずにいた。  
(だけど、今日こそは・・・)  
呼吸を整える。とにかく、いまは落ち着かなくては。大丈夫、私なら出来る。やらなくちゃ、いつまでたっても  
終わることは無いだろう。何度も何度も、頭の中でシュミレーションしてきた。今日はそれを実行に移す日だ。  
相手は油断してる。私が何も出来ないと思っている。その証拠に、痴漢行為は次第に大胆になってきていた。  
太腿をじっくり念入りに撫で回し・・・  
電車の速度が落ちてきた。次の駅が近いのだ。  
・・・手は、やがて尻へ・・・  
電車が駅に到着した。  
・・・指で品定めするように撫で回していき・・・  
アナウンスと共に扉が開く。  
・・・谷間へ指を滑り込ませ・・・  
(今だっ!)  
サツキの手が、相手の腕を掴む。逃げ出そうとするが、そうはさせない。そのまま駅のホームへ引き摺り出し  
駅員室へ向かった。  
『ちょ、ちょっと待ってくれよ。これは誤解だ。私は何もやってない。なぁ、君。話を聞いてくれないか?』  
目を合わせるのは恐ろしかったが、サツキは初めて相手の男の顔を見た。どこにでもいそうな感じの中年男  
性だ。正直、もっと怪物のような姿を連想していた。  
『・・・家にも会社にも居場所が無くて鬱憤が溜まって、満員電車の中で君みたいな娘を見ていると、つい魔が  
指して・・・』  
手前勝手な言い分を続ける男に、サツキは自分がこの数日、どれだけ迷惑し怖い思いをし続けてきたかを訴  
えた。  
『君の気持ちも分かるよ。だけど君たちの年頃だと、こういったことは日常茶飯事なんだろ? どうだろう、ここ  
は一つこれで穏便に済ませてくれないか?』  
そう言って、一万円札をニ・三枚札入れからつまみ出した。  
訊きたかった。どうして、こんなことが出来るのか? どうして、分別もあるはずの大人が自分の娘ほどの少女  
に、こんな行為が出来るのか?   
謝って欲しかった。誠心誠意、謝罪してくれれば、このまま忘れようと思っていた。だけど、私の受けた心の傷を、  
お金で埋め合わせようなんて・・・汚すぎる。  
「馬鹿にしないでっ!」  
サツキは生まれて初めて人を殴った。  
鼻血を出して、男が引っくり返る。周囲の通勤客が驚いて足を止める。  
・・・それ以来、痴漢には遭っていないが、あの男の尻に触れた手の感触は長く残った。一人きりでいると背語に  
あの男の気配を感じて、悲鳴を上げそうになる。  
好きな異性が現れても、ついあの男と重ね合わせてしまい、抱かれていても身体の震えが止まらなくなり、吐き  
気がこみ上げてくる。  
サツキの人生は大きく変わった。ソフトボール部も途中で退部届を出した。  
ひたすら勉強に励み、教職に就いて子供たちと触れ合っていくうちに、やっと遠い過去の悪夢として清算できた  
はずだった。  
それなのに・・・  
 
 
「離してっ!」  
 
もう後一歩、いや半歩だった。完全にこちらの術中に嵌まって夢想状態のサツキを、ようやくモノに  
出来ると高を括っていた水下は、急に彼女が意識を取り戻し、自分を突き飛ばして拒んだことで大  
いに驚愕した。  
(何だい? 一体、どうしちまったって言うのさ?)  
サツキがこちらに弱みを握られたことでの心の隙に乗じて、邪悪の気を放ち理性を麻痺させて、こ  
ちらの思うが侭にする。術は一度決まったら最後、相手は蜘蛛の糸に絡め取られた蝶のように逃  
れられないし、これまで失敗したことなどない。  
だからこそ、水下は本気で驚いていた。  
(これは、きっちり調べておかないとねえ)  
水の中にいる以上、水下に出来ない事は無い。プールの水を媒介し、サツキの心の内側を探るこ  
となど、いとも容易い。・・・とはいえノイズがひどい。自分の身に何が起きたのか分からず、当惑と  
羞恥と水下への疑惑と憤りが綯い交ぜになっている。余計なモノは脇へ置いて、必要な情報だけ  
を・・・あった!  
(痴漢・・・異性と性行為への嫌悪・・・はぁ。なんだ、そんなことかい?)  
水下は、拍子抜けした。自分がサツキに触れたことで、彼女のトラウマのスイッチがオンになって、  
それが一種のショック療法のような作用で水下の術を無効にしてしまったらしい。  
(それにしても、つくづくウブでおこちゃまなんだねえ。篠原先生)  
水下が、この学校に潜入して、まず真っ先に目を付けたのが篠原サツキだった。一見、人当たりの  
良い頼りがいのある、今時珍しい熱血女教師。だが、他人と接する時サツキが本人も知らぬ間に壁  
を築いて、それ以上踏み込ませないようにしていることを水下は見抜いていた。  
(いつか、その壁を破壊して、中に引き篭もっている真の『篠原サツキ』を思う存分弄び、ズタズタに引  
き裂いてやりたい)  
その機会を窺っているうちに、なんという幸運か、彼女の方からわざわざ水下のテリトリーへやってき  
てくれた。世間知らずの丸々太った愚かな子羊が、自分で狼の巣の中へ首を突っ込んだのだ。骨ま  
でしゃぶり尽くしてくれよう。  
が、ここへきて事態は急変。彼女は正気を取り戻した。もう、易々と術には掛かってくれないだろう。  
とは言え、慌てる必要はどこにも無い。水下は現在フリーの身。時間は、たっぷりとある。  
『プライドの高いセックスを嫌悪している二十代後半の女教師』  
こんな素敵な愚かな子羊を、あっさり噛み殺してしまう狼もまた愚かだ。こちらの手練手管を駆使して、  
じわじわと弄り、堕落していく様を楽しまなくては。  
改めて自分を気丈に睨め付けているサツキを見やる。飢えた狼の巣の中に落ちたことに気付いて、必  
死に毛を逆立て威嚇する哀れな子羊。  
(その生意気な態度が、どれくらい持つのか見物だねえ)  
こみ上げてくる笑い隠し切れない。  
(さあて、どう料理してやろうかしら? ねえ、篠原先生?)  
水下は、舌舐めずりした。  
 
「私に・・・私に何をしたのっ!」  
麻酔から醒めたばかりのように、身体が重い。しかし、いまは堪えなければ。サツキは懸命に自分に  
言い聞かせた。生温い夢うつつを漂流していたように思う。が、急速に現実に引き戻され、気が付いた  
ときは水下先生の腕の中で抱きすくめられていた。背筋をはしる悪寒。この感覚は忘れようが無い。と  
っくに記憶から消去したはずなのに、再び鮮明に蘇ってきた。何故?  
一体、何が起きたのか。それは分からなかったが、元凶が水下であるという確信があった。  
「何って・・・治療ですわ」  
「治療?」  
「そっ、重度のセックス恐怖症で、プールでストリップすることでしか性欲をコントロール出来ない気の  
毒な篠原先生の治療」  
「なっ、なんて・・・」  
「お忘れですか、先生。わたくし、保険医ですのよ。生徒だけでなく教職員の心身のケアを計るのも大  
切な職務。それに・・・たかが一度や二度、痴漢に遭ったくらいでさぁ。そんなもの、蚊に刺された程度っ  
て考えられないのかしらねぇ」  
「・・・あ、あなた、それ・・・」  
「『何故、知ってるのか』って? わたくし、篠原先生のことは何でも知ってましてよ。本人さえ気付いてな  
いようなこと、例えば・・・」  
文字通り、流れるような俊敏さでサツキの背後に廻り、  
「先生の耳が、とっても感じやすいこととか」  
と言って、フゥっと息を吹きかけた。たった、それだけのことで、  
「はあんッ!」  
思わず、はしたない声を上げてしまう。慌てて口を塞ぐが、もう遅い。  
「うふふ、先生の耳って赤ちゃんみたいで可愛い」  
肉厚の唇で耳を咥え、歯で軽く刺激を与えながら、ヤワヤワと甘噛みをしていく。  
「ひいッ!・・・はぁ・・・ふぅん・・・」  
ジュンッ、とサツキの脳髄に流れる言葉にしようのない快感。膝が震え、空気の抜けた風船のようにその  
場にへたり込みそうになる。  
「いかがです? わたくしの触診の腕前は?」  
 
耳への悪戯が済むと、水下の手は肩から脇、そして乳房の方へと滑っていく。手のひらにすっぽりと収ま  
ってしまうそれを、下から掬い上げるように丁寧に優しく揉みしだいていく。  
「ああ・・・ああん、気持ち・・・」  
「いいの?」  
水下がサツキの顔を覗き込む。恥ずかしくて、俯き顔を背ける。水下もそれ以上、追及しようとせず、  
「あらあら、せっかくの可愛らしいおっぱいなのに、乳首が陥没しちゃって台無しじゃないの」  
そう言ってサツキの身体を自分のほうへ向き直させて、乳房に口を寄せてくる。含みこんで吸い上げ、舌  
先で刺激を繰り返す。  
その様子を熱に浮かされたような眼差しで見つめていたサツキだったが、一瞬、水下の姿があの痴漢に  
ダブって見えた。  
声にならない悲鳴を上げ、水下を押し退ける。全身を虫が這い回っているかのような不快感。吐き気をも  
よおし、脂汗が噴き出す。  
「やれやれ、これは相当に重症だねぇ」  
「・・・もう、止めて。もう、触らないで。もう、何もしないで・・・」  
「なに言ってんのさ。治療はまだ始めたばかりなんだよ」  
「そんなの私、頼んだ覚えありません! 大体、こんな事になったのも全部あなたのせいです」  
「今度は逆ギレの責任転嫁かい。あんたみたいなのが教師やってちゃ、真面目に授業受けてるガキども  
が気の毒になるよ」  
自分だけでなく、生徒たちまで愚弄されたことに頭に血がのぼった。ペッ、と顔に唾を吐きかける。  
「人でなしっ! 私はあなたの・・・」  
最後まで言えなかった。パシーンッという音とともに、サツキの身体が吹き飛ぶ。水下の手が物凄い力で、  
サツキの頬を叩いたのだ。軽い脳震盪を起こしたようになり頭がクラクラして、物がぼやけて見える。顔が  
みるみる腫れ上がっていくのがわかる。  
だが、聴覚は無事だった。そのおかげで、はっきりと聞き取ることが出来た。水下の口が告げる  
「玩具、ですわ。先生」  
という残酷な宣言が。  
「先生は、わたくしの大切な大切な可愛い玩具。だけど、わたくし、子供の頃から取扱説明書なんて面倒臭  
がって読んだ事もありませんでしたから、ちょっとでも調子が悪くなった玩具を、癇癪を起こして床に叩きつ  
けて壊してしまって、よく両親に怒られたものですわ。その癖が、いまでも治らなくて・・・だから、ねえ、先生」  
水下は、サツキの耳元へ口を近付けて、こう言った。  
「先生は、くれぐれもわたくしに癇癪を起こさせないでくださいまし」  
 
 
 

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