世間には歪んだ性癖を持つ人間がいることも、それらが絡んだ事件が時折新聞やTVを賑わせている  
ことも知っているつもりだった。だが、まさかこの町でこの校舎で自分がその渦中に巻き込まれるとは  
想像もしなかった。しかも同じ同性の相手から。  
「やっぱり、毎日鍛えてらっしゃる方の肉体は違いますわねえ。ムダなお肉がちっとも付いてらっしゃら  
ない。羨ましいですわ。スポーツ焼けの痕も艶かしくてチャーミング。お手入れも欠かしてらっしゃらない  
のね、お肌スベスベ。女性でありながら、どこか少年っぽい中性的な魅力があるところもそそりますわ」  
下唇を噛み締め、挫けて泣き喚きたくなるのを必死に堪えた。水下も、きっとそんなサツキの醜態を待っ  
ているに違いない。そしてそれを観賞して、また嘲笑うのだ。そうはさせない。これ以上、思い通りにはさ  
せない。  
「いい加減にして。こんなの――何が楽しいの?」  
感情を押し殺し、搾り出すように問う。それでも少し声が裏返ってしまった。  
「楽しいですわ、とっても。私はね篠原先生、物凄く独占欲が強いんですの。気に入ったものは何であれ  
独り占めせずにいられない。篠原先生のこと初めてお逢いした時から、教員室で赴任の挨拶に行った時  
から気に入ってましたの。そしてすぐに決心しました。『この人を私のモノにする』って。先生のことずっと観  
察して、色々調べて……。『どうすれば先生を手に入れられるか?』。その結果が……ウフフッ、やってみた  
ら意外に簡単でしたわ」  
「く、狂ってる。あなた、狂ってるわ。こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」  
「さあ? 私、先のことはあまり考えないようにしていますの。『いまが楽しければ、それで良し』がモットーで  
して。刹那的って言うのかしら」  
サツキは自分の甘さを痛感し暗澹たる気持ちになった。何とか相手の良心に訴えてこの馬鹿げた行為を止  
めさせたかったのだが、これっぽっちも罪悪感は感じていないらしい。徹底した享楽主義者なのか、どこか  
大事な部分のネジが緩んでいるのか。  
きっと両方だろうと思った。  
「まっ、何はともあれ、こうして先生を手中に収めることに成功しました。あとは――そう、先生の心だけ」  
そう言うと、水下はベッドに仰向けに拘束されているサツキの上に馬乗りになった。ベッドが軽く撓み、下腹  
部に重みが圧し掛かる。  
「?」  
「先程も申し上げたように、私は独占欲が尋常でないほど強いんですの。気に入ったものは、その全てを。  
先生の身も心も手に入れたい。先生の口から『水下の所有物になります』と宣言してもらいたい。篠原先生、  
一つお願いできますかしら?」  
心底呆れた。人をどこまで愚弄すれば気が済むのか。  
「誰がそんなこと。絶対に嫌です」  
サツキには目算があった。この状況下での唯一の光明は、ここが学校の保健室であること。朝になれば必  
然的に教員や生徒がやって来る。助けを呼ぶチャンスがある。カーテンで仕切られているせいで時間が分  
からないが、今夜一晩なんとしてでも持ちこたえてみせなければ。  
仮に無事助けが来たとしても、もうこの学校にはいられないかも知れないが……水下だけは野放しにしてお  
けない。学校を去るときは、この女もきっと道連れにしてやる。  
サツキはその胸に固く決意した。  
「あらまあ、それは困りましたわね。篠原先生が同意していただけないとすれば代用品で我慢するしかありま  
せんわ」  
「代用品?」  
「先生以外にも、好みの娘をニ・三人ピックアップしてありますの。もちろん篠原先生に比べれば、大分見劣り  
しますが……この際、仕方ありませんわ」  
服の下から写真を取り出す。隠し撮りしたものらしくピントが甘く不鮮明であるが、紛れも無くこの学校の制服  
を着た生徒の写真だった。  
「あなた、まさか! 生徒にまで! 卑怯者! 人でなし! 」  
「私だってお稚児さんなんかに興味ありませんわ。この娘たちが何事も無く学校生活をエンジョイ出来るかどう  
かは先生次第――この意味、分かりますわよね?」  
こみあげる怒りで唇が震えた。ギリリッと音を立てて歯噛みする。この女は、事も有ろうに生徒を人質にしてサツ  
キを脅迫しているのだ。  
「……」  
何も言い返せないまま、顔を背けた。  
「ウフフッ、返事は慌てないで結構ですわ。今はまだ。その時を楽しみにしておりますから」  
水下の顔がゆっくりと近付いてくる。冷たい吐息が頬を撫でる。背けた顔が、下顎を指で掴まれ、強引に引き起こ  
された。  
 
息遣いがすぐ傍で聞こえる。両手でサツキの顔を挟み込むような形で撫で回す。長い指が髪を掻き回  
していく。もし、いま目を開ければ水下の顔が自分の真正面にあるはずだ。彼女の目が、こちらを凝視  
しているのが感じられる。だから、目を開けることが出来ない。一度合わせてしまえば、逸らすことも出  
来ず吸い込まれてしまいそうになる。自我を失い、あらゆることがどうでもよくなってしまう魔性の瞳だった。  
濡れた舌が、サツキの唇をなぞるように舐め上げていく。それは一端引き戻され、やにわに激しく唇と  
唇が擦り合わされた。舌が差し込まれる。歯で噛み千切ってやろうかと思ったが、子供たちのことが脳  
裏に浮かんだ。教師として人間として、断じて生徒にまで魔の手を伸ばさせてはならない。水下がサツ  
キの反抗心を削ぐために、わざわざ子供たちの話を持ち出したのは明らかだった。  
(ここは私が身を犠牲にするしか……)  
気持ちの緩みに漬け込まれ、結局挿入を許してしまった。その動きはまさに傍若無人そのもの。舌同士  
を絡ませたかと思うと、歯の裏側から歯茎までを舐め、粘膜を押し、喉の奥まで突き上げてきた。舌を伝  
わって唾液が流し込まれる。吐き出したかったが、薬を嗅がされた副作用からか喉の渇きが激しく全て飲  
み込んでしまった。  
それは、とても接吻とは呼べない行為。唇と口腔への陵辱。  
水下の右手がサツキの小ぶりで形の良い乳房に伸びる。無造作に鷲掴まれ、まるで引き千切らんばか  
りに指先に力が込められる。ひどく冷淡で粗暴な仕種だった。その後、おもむろにやわやわと揉みしだか  
れていく。左手が爪先を立てたままサツキのわき腹から背中、そして尻へと軽やかに滑る。汗ばんだ白い  
肌の内側を涼やかな疾風が吹きぬけていった。  
と、右手の親指が充血し硬く勃起した乳首を不意にピンと弾いた。その瞬間、脳内を電流が流れ、身体が  
痙攣する。  
(あっ!)  
心の中で叫んだ。唇を塞がれていなければ、本当に声に出していただろう。サツキはこの時初めて、自身  
の肉体と心が変貌しつつあることに気付いた。身体が宙に舞うような高揚感。胸をキュンとしめつけられる  
ような切なさ。  
(まさか……そんな……)  
これは脅迫と暴力による陵辱。苦痛に満ちた拷問。犯罪行為そのもののはずであった。が、自分はいま確  
かに感じてしまった。肉の反応を引き出されつつあった。自我の防壁が、あっと言う間に破られようとしている。  
水下も、それを見抜いていた。百戦錬磨の技巧を凝らした彼女の前では、サツキのようなウブな素人の抵  
抗を撥ね退けるなど赤子の手を捻る程度のことだった。  
右手の乳房と乳首への愛撫は徐々に激しくなり、唇はもう一方の乳首を口に含んだ。軽く吸い上げ、舌先で  
チロチロと転がす。  
左手が股間へと伸びていく。太腿の付け根から恥肉の周辺を走り、次いで全体を柔らかく揉みさすり淡い悶  
えを誘う刺激を与えてくる。繊毛を掻き分け秘裂をなぞり、親指がクリトリスの周囲を回転し始める。包皮を剥  
かれピンク色した真珠のような肉芽を指の腹で撫で上げられる。  
サツキは性の経験は豊富ではない。大学時代、恋人だった男性と数回あるきりだ。その当時も、好きな人と肌  
を重ね合わせていると言う喜びはあったものの、性的な悦びや感動といったものは無かった。  
『私って、不感症かも?』と漠然と自覚しつつ、恋人とも別れて以来その方面からは、すっかり縁遠くなってしまった。  
だが、いま自身の中で何かが芽生えようとしている。サツキは不安で仕方なかった。  
嫌悪すべき相手から受ける辱めに、苦痛や屈辱以外のものを感じ始めている。こんなことが、あって良いのか?  
 
耳もとで、クスッと笑う声がした。水下だった。水下がサツキを嘲笑っていた。必死の面持ちで抵抗  
してみせながら、やすやすと篭絡されていくサツキを蔑んだ嘲笑だった。  
(ま、負けるもんか!)  
消えかけていた闘志に火がついた。せめて、一矢を報いたい。  
水下の舌が首筋を這い上がり、耳を責めていた。官能的な肉厚の唇と歯で耳朶を嬲り、長い舌が  
耳の穴を舐める。耳を満足するまで弄んだ後、下顎のライン伝いに再び唇を侵そうとした刹那、サ  
ツキは咄嗟に――噛み付いた。  
「ぐぅっ!」  
予想もしなかったサツキの反撃に、流石の水下も驚愕し苦悶の呻き声を上げた。  
(やった!)  
しかし、その代償は大きかった。激昂した水下の拳が、骨が砕けるような勢いで頬を引っ叩き、長い  
指が首を絞め上げて来る。女性とは思えないその力は、そのまま首を握り潰そうとしているかのよう  
だった。  
(わ、わたし……死)  
目を閉じた。不思議と恐怖感はない。短い人生の惨めな結末だが、最後まで戦った。諦めなかった。  
生徒たちに、もう逢えないのは哀しいけれど、教師のままで死ねる。悔いはない。  
不意に――首を絞める力が緩んだ。そしてその同じ指が、喉もとをくすぐる。まるで、子猫をあやすよ  
うに。  
怪訝に思い、目を開けると――水下が笑っていた。  
「フフフフッ、やっぱり篠原先生は素晴らしい。そうよ、そうでなくっちゃぁ。あっさり、陥落されたんじゃ、  
面白くもなんともありませんもの。いまのは効きましたわよ、とっても――でもね、先生。やってしまっ  
たおイタのツケだけは、きっちり支払っていただきますからね♪」  
サツキは悲鳴をあげそうになったが、首を絞められた影響か声が出なかった。恐ろしかった。ほんの  
一瞬前までは、死ぬことすら厭わなかった。だが今、目の前で狂気の笑みを張りつけ自分を見つめる  
女の表情は、ただ恐ろしいものだった。  
(一体これから、何が起きるのか?)  
 
 
 
噛み付いた下唇に血の玉が浮かび、サツキの頬にポトリと滴り落ちてきた。  
 
 

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