「――はい、お姉さま」  
呟いてみて実感する。これが正しい道だったのだと。  
サツキを抱きしめるお姉さまは大きく、美しく、温かく、滑らかで柔らかかった。その腕の中に入られ  
る幸せに今更ながら打ち震える。  
(私が間違っていた)  
抗うから苦しかったのだ。つらかったのだ。一度心を開いて在りのままを受け入れ、ただ身を任せて  
しまえば、ほら、こんなにも、こんなにも――気持ちがいい。  
妖艶な輝きを放つ瞳に魅入られているうちに、唇を寄せられ深く口付けを交わした。先程の保健室で  
のような凌辱にみちたものではない。挿入された舌が優しくサツキの舌を誘い、絡みつかせる。サツ  
キもそれに応えるべく必死に舌を動かす。流し込まれる唾液は甘く熱い。飲み込んでいくと、腹中か  
ら爛れていきそうだった。  
白雪姫だって、これほどの接吻を王子様にしてもらったことはないだろう。唇越しに体内の全てを吸い  
出され、また別の何かを注ぎ込まれるかのような得も言われぬ感覚。  
太腿を?まれ持ち上げられる。そしてそのまま、お姉さまの臀部に纏わりつかせるような形で固定された。  
(まるで、一昔前の娼婦みたい)  
己のあまりに浅ましい状態に、頬を染めた。否、  
(ひょっとしたら、今の自分にはピッタリの格好なのかもしれない)  
と思い直す。  
(いずれにせよ、お姉さまがそれを望むなら、私はそれに従っていかなければならない)  
腕を水下の首に巻きつけ、舌の動きを、より激しくしていく。その積極的な姿勢が功を奏したのか、掌に  
すっぽりと収まりそうなサツキの乳房が、水下の指によってゆっくりと揉みしだかれていった。膝頭が剥  
きだしになった女陰を絶妙の角度とリズムで突き上げてくる。上と下の口を同時に責められる悦楽に痺  
れた。ひたすらに酔いしれた。  
胸の鼓動が高鳴る。血が沸騰して血管が破裂してしまいそうだ。脳みそが焼けた鉄板の上のバターのよ  
うに溶けていく。太腿をシャワーの熱水ではない別の液体が伝い滴っていく。目の奥で白い閃光がはしり、  
弾け飛んだ。  
(ああ、もうずっとずっとこのまま、時が止まってしまえばいい!)  
途切れ途切れの意識の中で、ひたすらそう願った。  
 
 
たっぷりと時間をかけて身体を洗い清めた後、タオルで丁寧に水気を拭き取られてから、髪を乾かし  
櫛ですいていった。そして仕上げにボディパウダーを塗していく。この間も、サツキは一切何もしてい  
ない。全て水下が手ずから仕上げていってくれた。  
(なんだか子供の頃に返ったみたい)  
ふと遠い幼い日の、母親と入浴した際の情景を思い出し、いささか場違いな郷愁の念に駆られる。そ  
れほど、水下の作業は決め細やかで鮮やかなものだった。  
子供の頃との唯一の相違――それは、両手足に枷と首輪を付けられることだろう。あらためて自分が、  
ペットであり奴隷であり玩具であるという事実を突きつけられた瞬間。先程までのキスの昂ぶりも、淡い  
ノスタルジーの感慨も吹き飛んでしまった。  
冷たい革と金属がもたらす圧迫感、重み、痛み、哀しみ、絶望……。  
(果たして、この感触に慣れる日が来るのだろうか?)  
「こっちにおいで、サツキ」  
全身を映す姿見の前に立たされた。反射的に顔を伏せ目を閉じてしまう。半ば諦めたこととは言え、この  
姿を直視するのは、つらすぎた。しかし、気力を振り絞りしっかりと前を見据える。自分自身にはっきりと言  
い聞かせなければならない。  
(これが現実。これがいまの私。これから逃げては駄目。逃げたら先に進めなくなる。だから……)  
心の中をさざ波がたつ。ひりひりと肌の表面に痛みがはしる。けれど、それだけだ。不思議と涙はこぼれな  
かった。もう、泣く資格さえ無いのかもしれない。  
サツキが胸中に悲壮な決意を固めていることを知ってか知らずか、水下は感に堪えないという風に耳元で囁く。  
「サツキ、綺麗だよ。本当に綺麗。まるで夢のようだよ。こんな、いいものが私の手中にあるなんてね。お前は、  
私が目をかけた中でも最高の掘り出し物さ」  
ほんの数時間で作り上げられた嗜好品。それがいまの篠原サツキ。  
水下は自らの言葉に酔ったかのように、サツキを背後から抱きすくめ指を這わせていく。髪を掻き分け耳を嬲り、  
乳房を臍を尻肉を太腿を撫で擦り、最後にクリトリスの包皮を剥いて敏感な肉芽を指先で押し潰した。  
「んんふぅ!」  
痛みに顔をしかめ呻き声をあげるが、声には甘さが混じり息も荒くなっていた。もたらされる痛みよりはるかに大  
きい喜悦に背筋を電流が駆け抜けていく。鳥肌が立つ。  
なお執拗にクリトリスへの責めは続き、脚に力が入らなくなる。身体を水下に預けるようにして情欲の泥沼に嵌  
まり込んでいく。  
(もう少し……もう少しで……)  
だが、その淫らな指戯は唐突に――あともう一押しというところで打ち切られた。  
「ああん、そんなぁ!」  
思わず、はしたない声を上げてしまう。熱が急速に引いていく。サツキにそれを止める術はない。  
どれだけ身を捩っても、腰を揺すっても、新たな快楽の糧は与えられなかった。  
「お姉さま、お願い。やめないでぇ」  
「駄〜目ッ」  
サツキの恥態に、ニヤリとほくそ笑んで、  
「あっさりとイッてもらっちゃ、こっちがつまらないでしょ? お楽しみは後々まで取っておくものよ。それよりさっさ  
とベッドに戻らないと。意外に時間を食っちゃったしね。まだまだ今夜中に、仕込んでおきたいことが一杯あるんだ  
から♪」  
手枷で後手に拘束され、首輪の鎖を引っ張られ、よろめきながらも後ろに付き従う。  
まるで市場に売られていく家畜のようで、意気揚々と歩く水下とは対照的にサツキの足取りは重かった。  
 
 
「ん……んんんんっ、……はあああああああんんっ!」  
新調したばかりのシーツに顔を押し付け、その下ろし立ての匂いを鼻孔一杯に受け止めつつ、サツキ  
はエクスタシーの階段を一足飛びに駆け上がっていた。  
シャワーを浴びたばかりだというのに、すでに全身ジットリと汗ばんでいた。下腹部が火が点いたよう  
に熱い。クチャクチャという粘度の高い卑猥な音も耳に心地よく響く。勃起した乳首がシーツに擦れて  
痛かった。  
(今度こそ……今度こそ……)  
望んでいたものを、待ちに待ち焦がれたものを得られるはず、だった。しかし  
「はい、まだ駄目よ。おあずけ」  
非情な宣告とともに、指の淫戯が中断された。脳天にまで突き上がってきていた絶頂の波は、たちま  
ち失速し方向を見失い雲散していく。どう足掻いても、自身ではどうすることも出来ない歯痒さに、涙  
混じりの声で呻いた。  
「ああああんっ、またあ、ひどおおおいっ!」  
場所は再び保健室。ベッドの上に腰を下ろしている水下の前に、脚を開き膝を立て、頭をシーツに押し  
付け背をそらし、己の恥部を曝け出したあられもない姿勢で、サツキは性器を嬲られ続けていた。  
もう、どれほどの間こうしているのだろう?   
悔しいが、水下はやはり技巧者だった。道具もクスリも一切使用せず、指だけでサツキの情欲を思うが  
ままに操ってしまう。どのタイミングで、どこを突いて、擦って、撫で回してやればいいか、完璧に把握し  
ているのだった。経験の乏しいサツキなど、刃向かえる相手ではない。  
「お姉さま、お願い。意地悪しないで……」  
「がっついて悦んでるだけじゃ、ただの色ボケになっちゃうでしょ。ナントカを教え込んだら、死ぬまでヤッ  
ちゃうエテ公みたいになりたいの? 暴走しそうなリビドーを制御することも大事な調教の一つなのよ」  
「でも、でもぉ……」  
もう少しというところで寸止めを何度も食わされ、フラストレーションが溜まる一方だった。手は相変わら  
ず後ろ手に拘束されているので自慰もできない。できるとすれば尻を揺すって催促することくらいだ。  
――ふと、この前TVで観たバラエティー番組を思い出した。飼い犬の前に好物のドッグフードを置いて、  
飼い主が『待て』の命令を下したまま放置した場合、犬はどれくらい我慢し続けられるかという下らない企  
画だった。  
疑うことを知らず健気に主人の命令に従う犬への憐れみと、それを物笑いの種にする番組そのものに嫌気  
が差してTVを消してしまったが、いまの自分はまさにあの時の犬そのものだ。舌を出しペットフードを睨みな  
がら主人の合図を待つ犬と、水下の指の愛撫が与えてくれる絶頂を待ち焦がれている自分とを重ね合わせ、  
切なさが募る。ひどく惨めな気持ちになった。ただ、弄ばれているだけなのだと実感する。  
(いくらペットの身とはいえ、あんまりです……)  
つい恨みがましい目を向けてしまう。  
「あーら、何かしらその目は。私のやり方に不満? なんなら不完全燃焼のまんまでほったらかしにしといて  
あげましょうか?」  
足が延びてきてサツキの頬を踏みつけ押し潰した。  
「ぶっ……も、申し訳ありません。私が間違っていました。お許し……下さい」  
「サツキ、あなたは私にとっての何かしら?」  
「私は水下お姉さまのペットで、奴隷で、お……玩具です」  
「はい、よく言えたわね。そうよ、サツキ。お前はペットとして私を癒し、奴隷として私に尽くし、玩具として私を楽  
しませるためだけに存在しているの。勘違いしないでね。サツキが気持ちよくなっていいのは、その後。いわば  
ご褒美みたいなものなのよ」  
「――はい……」  
あらためて己の立場を思い知らされ、刻み付けられて、サツキの瞳が悲哀に潤んだ。  
 
(あああああっ、楽しいいいいいいっ!!)  
冷酷な表情とは裏腹に、水下は上機嫌だった。これだからこの戯れ遊びはやめられないのだ。  
自分の一挙手一投足に、獲物が悦び、哀しみ、憤り、怯え、媚びて、狂い、壊れて……様々な顔を見  
せてくれる。一人一人が、まるで違う。  
なかでもサツキは久々の逸材だった。これほど手ごたえのある獲物は滅多に無い。  
自我の崩壊に戸惑い抗いながらも、色欲の道に堕ちて行く様は哀れみとともに愛おしささえ感じた。  
(苛めて泣かすばかりが能じゃない。そろそろ飴玉を与えてあやしてやる頃合いかな)  
蜜壷の中へ指を二本挿入させた。何度も凌辱されたそこは熱く濡れそぼってなんの抵抗もなかった。  
肉襞を掻き回し、同時に親指がクリトリスを刺激して、更に残り二本の指が花芯の周囲を器用に撫で擦  
った。  
「あ、あああんんん、はあああああ……」  
すぐにサツキの口から甘い吐息が漏れる。ここまでは今までと同じだ。しかし、今度は違う。新たに工夫  
を施すつもりだった。  
もう一方の手が尻肉に触れた。白く透き通るような肌は滑らかで張りがあり、優美な曲線を描いている。  
まるで生みたての新鮮な卵のようだ。その感触をゆっくりと楽しみながら指を這わせていき、やがて谷間  
をなぞり肛門に辿りついた。そこは浣腸による強制排泄のせいで、腫れが赤く無残な跡を残している。  
「ひいっ!」  
サツキが悲鳴をあげた。背筋を冷気が走り抜けていく。彼女にとっても浣腸の恐怖はまだ生々しい。当分  
の間、それはトラウマになっていくだろう。たとえ水下であっても肛門にだけは触れて欲しくなかった。  
「――あの、お姉さま……そこは……」  
「ウフフ。なにも指をぶち込む穴は一箇所だけじゃないってことに気が付いたのさ。私としたことが迂闊だっ  
たわ」  
「ああ……嫌です。お尻だけは……お尻だけは嫌。どうか、どうか堪忍してください」  
「あらあら、困ったわね。いくら可愛いサツキちゃんのお願いでも、こればっかりは承服できないわ。それに  
私、嫌って言われると尚更やってみたくなる性分なのよね」  
「ああああああああああああっ……」  
絶望の呻きがほとばしった。咄嗟に括約筋を引き締めて侵入を阻止しようとしたが、腫れの影響か上手く力  
が入らない。おまけに指にまみれた淫液が潤滑剤となりズブズブとめり込んでいき、あっという間に第二関  
節あたりまで飲み込んでしまった。  
「いっ、いったあああああああああっ、痛い……痛い……ぬい、抜いてぇ」  
まるで稲妻の直撃を受けたかのような衝撃、身体を真っ二つに引き裂かれたような激痛。  
「さすが肛門はヴァージンなだけあって、締まりがいいわね。キツキツで食いちぎられちゃいそう♪」  
突き刺さった指が直腸をグリグリと抉る。蜜壷を掻き回す指の動きも、より激しいものになっていく。薄い肉壁  
を通して指同士、蠢きあっているのが伝わってくる。その、何ともいえないおぞましさにサツキはおののいた。  
「っ……がっ……はあっ……ああああっ……」  
もはや息も絶え絶えとなり、声を出すのもやっとの状態だ。目は大きく見開かれ顔面は蒼白であったーー死を  
連想した。意識が徐々に遠のいていく。何も感じられなくなった……その時、  
(――えっ?)  
何が起きたのか分からなかった。しかし、何かが変わった。舞台劇のドンデン返しのように全てが突然に激変  
した。  
ほんの一瞬前まで、確かに自分は激痛にのたうち回っていたはずだった。だが、いまはどうか? フワフワと雲  
の上に身を寄せるような浮遊感。皮膚の下を駆け巡る疼痛。身体の奥底から沸き起こる妖しい陶酔。  
(ああ……まさか、そんなっ! わたし、お尻で感じているの? そんな、そんなことって!)  
愕然とした。サツキにとってそれは想像を絶する肉体の反応だった。  
下腹部で芽生えた熱が嵐のように吹き荒れた。血がたぎる。脳を焼き焦がしていく。  
(このままじゃ、おかしくなる……く、狂ってしまう!)  
自我を制御しきれない恐れ、快楽を貪りつくしたい飢餓感が綯い交ぜとなり、サツキの心を引き裂いていった。  
 
水下も、この変化に気付いていた。獣のような呻き声が甘さを含んだ喘ぎ声となり、クンクンと子犬  
のように鼻を鳴らしている。腰が引けて固く縮こまっていた尻も、指をさらに銜え込もうと前へせり出  
しユラユラと気持ちよさ気に揺れていた。  
(この女の好きモノっぷりも、いよいよ堂に入ってきたね。それじゃ、そろそろ……)  
「サツキ、イキたいかい? お尻でイカせてほしいのかい?」  
「いい……イキたい……イカせてくださいいいいいいっ!」  
ニヤリ、と唇の端が耳まで裂けそうな笑みを漏らした。  
「よおし、それじゃイキなっ! 思う存分、好きなだけイッちゃいなさい!」  
「はああああああああああああああああああああっ!」  
目の奥で火花が散った。大量の花火が一斉に爆発し、ありとあらゆる色彩が世界を覆い溶けていく。  
やがて白い残光となり――ゆっくりと闇の中に堕ちていった。  
 
 

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