目が覚めて、辺りがすっかり暗くなっていることに驚いた。ほんの少し前に目が覚めた時には、まだ
明るかったはずなのに。いつの間にか随分と眠っていたらしい。
(と、言うより今は何月何日の何時なんだ?)
時間の感覚がすっかり来るってしまい、戸惑う。
点けっぱなしのTVは、歌番組を垂れ流していた。男女が紅白の二組に分かれて歌を歌いあう特別
番組らしい。
チラリと隣の様子を窺う。
(大丈夫。眠っている。すぐに目を覚ますような心配はなさそうだ。逃げるなら、今のうちに……)
起こさないように慎重に慎重を重ねてベッドを這い進み、いよいよ立ち上がろうとした瞬間、背後から
肩越しに腕が巻きつき、
「どこ行くの?」
と、声を掛けられたとき、さすがのキントレスキーも心臓が飛び上がり、『ワァッ!』と悲鳴を上げそう
になった。
逞しい背中にしな垂れかかり乳房を押し付け、しなやかに伸びる腕を絡みつかせ、盛り上がった肩に
下顎をチョコンとのせて潤んだ瞳でこちらを見つめるミズ・シタターレを見たとき、不覚にも『あ、可愛い』
と思ってしまった。否、いまはそれ処じゃない。
「……いや、ちょっとジョギングでもしてこようかと……」
言い訳にもならない言い訳をかまし、その間に破裂しそうな心臓を何とか落ち着かせる。こめかみを冷
や汗が伝う。
すると、ミズ・シタターレはクスクスとさも可笑しそうに笑い、
「もう、キンちゃんてば本当に筋トレのことしか頭にないんだからぁ。そんなに運動したいんだったらさぁ、
私とここで一緒にすればいいじゃない?」
と、のたもうた。
(この女は……)
キントレスキーは、頭が痛くなってきた。あの日以来、ほとんど飲まず喰わずで、それこそプロテイン一滴、
チョココロネ一切れ口にすることなく、ベッドの上で色々とやり合って来たのだった。そう、色々と。寝室から
一歩も、というかベッドの外から出た記憶が無いほどに。さすがの彼をしても疲労の色は濃かった。プリキュ
アと戦っていた頃でさえ、ここまで疲れたことはない。それなのに……
(何故この女は、こんなにも元気なんだ?)
過ごした条件は同じ筈なのに、ミズ・シタターレはケロッとした顔をしている。この細身の身体のどこに、それ
だけの力を秘めているのか? 軽い畏怖の念さえ抱いた。
「ミズ・シタターレ。大概にしたまえ。何度やり合えば気が済むんだ? 私はいい加減、腰が……」
すると途端に目付きが険しくなり、頬をプッと膨らませて
「あら、そっ。もうダウンしちゃったってわけね。日頃、鍛えてらっしゃるから、どれだけ体力が御ありなのかと
思えば。ハッ、とんだ見掛け倒しじゃないの!」
と、ふて腐れて向こうをむいて寝てしまった。そんな姿を見て、またしても
『あ、可愛い』
と、感じてしまい、慌てて頭を振る。
(いかんいかん、いつの間にやら、相当この女に毒されとるぞ)
子供じみた、実に分かりやすい安っぽい挑発である。しかし、それを右から左へ受け流せるほど、キ
ントレスキーは人間が(?)出来ていなかった。
「ミズ・シタターレ、下手に出れば付け上がりおって! 仮にも私はダークフォール最強の男と呼ばれ
たキントレスキーだ。この程度のことで音を上げるほどヤワではないわ!」
「フンッ、口先だけじゃ何とでも言えるわ。だったら、それを証明して見せなさいよ」
と、相変わらず向こうをむいたまま言い放つ。その態度に、さすがのキントレスキーもキレた。
(おのれ、この女……こうなったら……)
アレを使うしかないか? しかし、こんな事でアレを使用していいものか?
仕方あるまい。これはミズ・シタターレから私への挑戦なのだ。挑戦状を叩きつけられたからには受け
なければならない。そして勝たなければならない。この際、手段は選んでいられない。
「拘束制御術式、第零号開放!」
キントレスキーが叫ぶと、彼の身体に劇的な変化が訪れた。眩い光に包まれ、モヒカンの髪が大きく逆
立ち、全身の筋肉がはちきれんばかりに膨張し、血管が浮き上がる。力が、気が漲ってくる。
普段、キントレスキーは三割程度のパワーしか使用していない。それ以上、力を開放すれば彼自身に
も制御は難しく、最悪の場合、全宇宙を消滅させかねない恐るべきものであった。アクダイカーン様から
も、厳しく禁じられていた。正に禁断の力だった。
そして今、その禁を破りキントレスキーは力を開放してしまった。
(人類の皆さん、申し訳ない。2008年は訪れない。北京オリンピックは開催されない。新しいプリキュアの
アニメも放映されることはない。何故なら、この私が全てを消滅させてしまうからです)
「ミズ・シタターレ、覚悟しておけ。私がこの姿になった以上、お前に一切の勝機は無い。私の永遠無限無
尽蔵のパワーがお前を引き裂き燃え尽きさせ、埃一つ残らぬほどにしてくれるわ!」
すると、初めて彼女がこちらを振り向いた。その表情!
口元の端がキュイイイーッと吊り上り、目がランランと青白い炎を吹き上げて光り輝いている。
その姿に不覚にも、
『美しい』
と、称賛を贈りたい気持ちに駆られる。
きっと、アナコンダとホオジロザメのハイブリッドが獲物を前にして満面の笑みを浮かべたとき、同じ表情を
するに違いない。生憎、まだ見たことはないが。
分厚い胸板に指を這わせ、耳元で彼女が囁く。
「ウフフフフフッ、望むところよ。キンちゃん」
何処かで、除夜の鐘が一つ、ゴォーンと鳴った。