「おぢさ〜ん……おかわりィ〜」  
「……お姉さん、もうその辺にしといた方が……」  
「お・か・わ・り・いー!!!」  
やれやれと言う風に、コップに一升瓶の酒を注ごうとする親父さんの手から一升瓶をもぎ取り、手酌  
酒と洒落込む。親父さんが何か言いかけて諦め、大仰にため息をつくのを横目に一息で煽る。おつま  
みは炙ったスルメ。古典的だが、これが一番美味い。  
「なあにいがあ、クリスマスだあ? ばっきゃろうめえ……」  
私の名はミズ・シタターレ。世間は今夜クリスマス・イブとかいうお祭りで浮かれ騒ぐ日らしい。色とり  
どりのネオン、賑やかな音楽。夜中だというのに街には人が溢れ、騒々しいったらありゃしない。  
世の中の皆様は、さぞや幸せな一時をお過ごしでしょうが、肝心の私は不幸のどん底。薄汚い居酒  
屋で一人寂しくクダを巻いてる真っ最中ときたもんだ。  
「ばっきゃろう……ばっきゃろうめえ…………キンちゃんの……馬鹿……」  
今朝、キンちゃんと喧嘩した。  
 
プリキュアとの戦いの末、九死に一生を得た私達は途方にくれた。帰るべきダークフォールも従うべ  
きアクダイカーン様もない世界。一体、どうすればいいのか?  
長い協議の結果、取りあえずこの人間世界で一時的に共同生活を送ることにした。共同といっても互  
いの生活には干渉せず、勝手気ままな無味乾燥としたもの。魔族に愛などという不確定要素は存在  
しない。  
だけど時々思うことがある。  
『キンちゃんは、わたしのことどう思っているんだろう?』  
最後の対決の際、死を覚悟した瞬間、私を見つめるあの人を見たとき芽生えた私の中の何か。それは  
一体何だったのか? それが知りたい。キンちゃんもきっと何か感じ取ったはずだけど、何も言ってくれ  
ない。私も敢えて訊こうとしなかった。出来れば自分の力で探り当てたい。そのための共同生活。  
何事も無く、ただ日々が過ぎていった。そして迎えたこの日。あの運命の日からちょうど一年。キンちゃ  
んは覚えているだろうか?  
「ねえ、今日が何の日か覚えてる?」  
彼の常駐している『私の部屋』へ行き、思い切って尋ねてみる。キンちゃんは『1t』と表示されたバーベル  
を持ち上げている最中だった。  
「今日か? 今日のメニューは町内五千週、スクワット一万回、腕立て三万回、腹筋一万五千回……」  
「ちょ……そうじゃなくってさあ……去年色々あったでしょう? それで……」  
「八千八百……ゴチャゴチャ五月蝿い! 数が分からなくなっただろうが! 最初からやり直しだ!」  
(この人にとっては、私はバーベル以下かい!)  
その後はもう、何を言ったのか覚えていない。ヒステリックに喚き散らし、外へ飛び出した。と言っても、行  
く当てがあるわけでもなく、現在に至る。そういうわけだ。  
店の親父に『営業妨害だ』と言われ、ここでも外へ追い出された。客なんて私一人じゃないか。こんな店、  
こっちからお断りだ。悪態をついて、賑やかな喧騒の中に身を投じる。どこにも私の居場所のない世界へ。  
いつの間にか小雨がぱらついていた。  
 
「お姉さ〜ん、綺麗だねえ。ひとりぃ? おじさんたちとあそばな〜い?」  
酔っ払った中年が絡んでくる。酒臭い息を吐き、馴れ馴れしく尻に手をやる。ヘドが出そうだ。カッ  
となって思い切り引っ叩いてやった。  
「気安く触るんじゃないよ、馬鹿!」  
(キンちゃんは、ろくすっぽ声も掛けてくれなかった。身体に触れようともしてこなかった。一年間  
も一緒にいたのに……)  
不意に聞き慣れた声がした。あれは……満と薫だ。かつての同じダークフォールの住人。二人は  
咲と舞、それともう一人小さな女の子の五人でショッピングをしていた。ありふれた何処にでもあり  
そうな仲睦まじい光景。私とキンちゃんとでは、在り得なかった光景。  
私はその場から逃げるように走り去った。惨めだった。同じ魔族でありながら、どうしてこうも違う  
のか? ギラつくネオンが、賑やかな音楽が私を追い立てる。  
(止めて……もう、止めて!)  
 
ダークフォールに帰りたい。切実にそう願った。いい思い出があるわけじゃない。でもこんな惨めな  
思いはしなかった。こんな寂しい思いはしなかった。ここは……ここは……あまりにも……寒い!  
小雨が雪に変わっていた。素敵。最高だ。これ以上、何を望むか?  
散々時間を無駄にして帰ってきたのは、いつものマンション。この時間なら、外でトレーニングをし  
ている頃だ。キンちゃんはまだ帰ってきてないだろう。  
一年前のあの時芽生えた想い。あれは結局私の思い過ごしだったのだろうか? そんな愚にもつ  
かないものを追い求めて無意味な日々を送っていたのだろうか? それじゃぁ……あんまりだ。  
鍵を開けて部屋へ入って……目を瞠った。真っ暗だと思っていた部屋が明るい。たくさんのキャン  
ドルに火が灯り、見慣れた部屋が幻想的にライトアップされ浮かび上がっている。  
「なに……これ?」  
部屋の中を進むと、中央のテーブルの何かある。ケーキとサンドイッチの盛り合わせ。チキンにシ  
ャンパン。紙切れが一枚。達筆の文字で『すまん!』と書かれていた。  
ケーキのクリームを指で掬い、サンドイッチを一口齧る。……こんなの、ちっとも美味しくない。クリ  
ームは甘すぎて胸が詰まって苦しい。サンドイッチはマスタードが効きすぎて涙が溢れてくる。こん  
なことしてもらったって、ちっとも嬉しくない。だから『ありがとう』なんて言ってやらない。  
クルリと私は振り向いて、寝室のドアを開ける。そこにキンちゃんはいた。大きな薔薇の花束を抱えて。  
「まあ……その……なんだな……」  
ブツブツ言い出すキンちゃんの唇を私の唇で塞ぐ。言い訳なんかさせてやるもんか!  
キンちゃんの馬鹿。こんな程度のことで許してもらえるなんて考えてるんなら大間違いよ。女は執  
念深いの。残酷なの。欲張りなの。  
 
 
今夜はとことん私を満足させてくれなきゃ、絶対に許さないんだから!  
 
 
 
 
 
 

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