小春日和の昼下がり、ナッツハウスが定休日の為、ナッツとこまちは本屋に向かって街を歩いていた。
注文していた本が届いたとの連絡を受け、ナッツが取りに行く途中こまちが通りかかったのだが、行く先が本屋と聞き、こまちも同行する事になったのだ。
最近オープンしたビル前でイベントをしているせいか、街は普段よりかなり人が多く、ただ歩くにしても肩をずらさないと通れないほど道が混んでいる。
「ひどい混み様だな」
「今日は特別ね……ナッツさん大丈夫?」
自然豊かなパルミエ王国では体験した事がないだろう人込みに、苦労して前を歩いているナッツを心配したこまちが声を掛ける。
あまり表情を出さないナッツだが、うんざりした顔でこまちに手を差し出した。
「ああ、何とかな。それより早くここを抜けよう」
「え?」
「はぐれるぞ」
伸ばした手はこまちの手を掴むと、自分の元へ引き寄せる。
しっかり握られた手の力強さは普段の獣姿からは想像がつかないもので、ナッツの思わぬ行動にこまちは戸惑いつつ、そっと手を握り返した。
イベントも終盤に入ったのか、賑やかな音楽が鳴り響き人の波が大きく動いた時、うねりに巻き込まれたナッツ達の所にイベントの物らしき風船が一つ何処からか飛んで来た。
丁度二人の目の前に来た時、それは大きな音を立て破裂し、同時にこまちはナッツの手の感覚が無くなった事に気づいた。
「ナッツさん!!」
破裂音に混じって小さな煙が上がるのをこまちは見逃さなかった。
その煙は本来の姿に戻った証拠であり、この状況で戻るのは二重の危険性がある。
「ナッツさん、どこ?!」
身を屈め足元を探すこまちの耳に聞き慣れた声が聞こえた。
「こ……ここナツ」
見ればすっかり獣姿に戻ってしまったナッツが、人の足に踏まれないよう必死に身をかわしている。
だがこれだけの雑踏、このままではいずれ誰かに踏まれるか発見されてしまうだろう。
こまちは急いでナッツに近寄ろうとするが、人を掻き分けて進むのは容易い事ではなかった。
そして一番危惧していた言葉が上がる。
「あー!あのぬいぐるみ動いてる」
近くにいた子どもがナッツを見つけてしまったらしく、指を差し真っ直ぐこっちを見ている。
「お母さん!あのぬいぐるみ生きてるよ!」
「そう、可愛いわね」
普段よくある会話なのか隣りの母親はイベントから視線を外そうとせず、返事だけを娘に返した。
生返事に納得がいかなかった子どもは、ナッツから目を逸らし母親の気を向かせようと両手で母の腕を引っ張りだした。
この隙をこまちは見逃さなかった。
一気にナッツに近寄り捕まえると、素早く自らのスカートの中に放り投げた。
「こっ、こまち?!」
一瞬の出来事にナッツが状況を把握できないでいると、恥ずかしそうにこまちが囁いた。
「私の足に……しっかり捕まってて」
どうやらナッツをスカートに隠したまま、この場をやり過ごそうとしているらしい。
先程の子どもだろうか、すぐ側で「あれ?どこいったのかなぁ?」と騒ぐ声が聞こえ、ナッツは見つからない様こまちの膝に抱きつき息を潜めた。
やや長めのスカートが功を奏したのか、子どもがナッツを見つける事は無く「子犬だったんじゃないの」「違うよぉ」だの会話が小さく遠ざかっていく。
なんとか一波越えたらしく、こまちとナッツは安堵したが、まだこれで全てが解決した訳ではなかった。
改めて思うと必死だったとはいえ、かなり大胆な事をしている自分に気付き、こまちは全身が熱くなった。
が、ここでナッツを出す訳にもいかず、意を決するとやはり小声でナッツに告げた。
「このまま人気が無い所を探すから、もう少し……が、頑張って」
「わ、分かったナツ」
ナッツが落ちまいと強く自分の膝を掴んだのを感じ、こまちの熱が一段跳ね上がる。
「あ!……うっ、上は見ないでね」
上と言われ、ついナッツが反射的に向くと、暗がりの中、自分が掴む柱の頂上に薄いグリーンのパンティが見えた。
「ーー!!」
「……ナッツさん?」
「あ。あーーうん」
何が「あーーうん」なんだ。と内心自分に毒づいたが、ナッツ自身冷静に考える余裕もなく、こまちもそれを肯定と取ってのか、ナッツを膝に抱えたままゆっくりと歩き出した。
挙動不審
今のこまちの状態を表現するなら正にこの一言だろう。
人込みを避けながら、なるべく膝を曲げない様歩く姿はぎこちなく、緊張で強張った顔には一筋の汗が流れている。
二人にとってこの混み具合は、幸いであり不運でもあった。
怪しさを隠すのには十分幸運だったと言えるだろう、だが。
「うう……」
こまちの膝から小さな呻き声が上がる。
意識して膝が他人に当たらない様に歩くのも限界があり、ぶつかり押される度にナッツはそれを耐えていた。
しかし、歩くこと自体がどうしても膝に振動がくる物、このままでは足を掴むナッツの握力が先に尽きてしまう。
(早く……早く人のいない場所を見つけないと)
こまちは心の中で熱に浮かされるかの如く繰り返し呟いていた。
体から沸き上がる熱さの理由が、無理な姿勢を取り続けているだけでない事は分かっている。
(ナッツさんの触れている全てが熱い)
自覚した思いが熱と共に加速してこまちの全身を駆け巡る。
そしてそれは、こまち同様ナッツも抱えている‘もう一つの限界’だった。
最初こそ隠れることに必死で気付かなかったが、いざ逃れ落ち着いてみると、この『こまちのスカートの中で素足に抱きついている』という現状はかなり普通ではない。
(……マズいナツ)
膝という不安定な土台に加え、腕に走り始めた痺れ、滲み出る汗で手が滑りだした事もそうだが。
何より、直に伝わってくるこまちの体温や羞恥心を押し殺しながら身を挺し自分を守っているこまちの横顔が頭をよぎり、思考がまとまらなくなっている。
とにかくここで落ちては今までの努力が水の泡だと、ナッツは目を閉じ、滑る両手を懸命に動かして、こまちの足をよじ登った。
ナッツはただ落ちない為に手足を動かしているだけだったのだが、こまちにとってはそれだけで済まされなかった。
突然起きた、ふわふわした毛先が撫でる様に太腿を蠢く感覚。
「ひあっ!」
堪らず声を上げてしまい慌てて口に手を充てるが訝しがる人もなく、こまちは胸を撫で下ろした。
手繰り寄せたこまちの記憶が正しければ、この先に人気の少ない大きな公園があるはずだった。
(あと……あと少し我慢すれば……)
そこまで行けば、それまで耐えなくちゃ。そんな思いと裏腹に、こまちが足を踏み出す度柔らかい塊は内股を擦り、小さな指先は不規則な刺激を与えてくる。
意識しないように考えれば考えるほど逆に集中してしまい、こまちの下着は次第に湿り気を帯びていった。
一方、ひたすら登る事に集中していたナッツだったが、指に何か引っ掛かったらしく片手が動かせないので閉じていた目を開くと、そこには自分の指に絡まる淡いグリーンのレース、そしてその周囲に甘酸っぱく上気した同色の薄い布地がナッツの鼻先に広がっていた。
「なっ……!!」
目の前にあるモノが何であるか理解したのと同時に思わず手を離してしまい、ナッツの体は空中に放たれた。
本来なら路上に叩きつけられる所だが、さっき引っ掛かった指が辛うじて落ちるのを防いでいた。
ナッツの体重を支えるには弱々しいレースの穴は、重力に従い徐々に楕円に伸びていき、あしらわれている周りの布も自然と一緒に下がる形になる。
慌てたナッツが元に戻そうと体を左右に振ってみるが、効果は無い。
今まで気丈に振る舞っていたこまちも、これには足を止めずにいられなかった。
街路樹にもたれかかり、荒く息を吐きながらナッツに懇願する。
「ナ、ナッツさんっ……んっ、ダメッ……それ以上動かない…で」
「ご、ごめんナツ!今……何とかするナツ!」
指一本でぶら下がっているナッツに出来る手段などないのは分かっていたが、衝動と焦りがナッツの判断を狂わせていた。
この状態でナッツが動く事は全くの逆効果で、刺激を受け敏感になっている秘所と外気に晒されたその際を、毛糸玉が行き来するようなものだった。
「こんな……もう、だめ……」
込み上げた熱でぼやけるこまちの視界に、見覚えのある場所が飛び込む。
(――あれは!)
ナッツの太腿移動に気を取られて気付かなかったが、いつの間にか裏手側まで来ていたらしい。
こまちは残った気力をふり絞り公園に入ると、なるべく人のいない場所を探し歩いた。
外れまで来ると人の通りも少なく、高く刈り残された茂みもある。
周囲を伺い誰もいないのを確認すると、こまちは倒れこむようにその中に身を隠した。