春まだ浅い週末の夜、風呂から上がったこまちは、ふと、ナッツからもらった鍵を手に取った。  
その鍵は常にペンケースに入れて持ち歩いていて、身に付けたことはない。  
ナッツから貰ったそのままの、少しくたりとした皮紐に結び付けられた、持ち重りのする古風な鍵。  
きゅっと握り締めると、ためらいがちにそっと首に掛けてみた。  
生成りの柔らかいガーゼのパジャマの胸の谷間に添うように垂れ、手で持つのとは違う重みが首にかかった。  
ナッツさんがかけると胸あたりだったけれど、私がかけるとこんなに下にくるわ。  
小町はそっと微笑んで鍵を撫で、小さな声で「ナッツさん……」と呟いた。  
 
元気でいるのかしら。王国の建設は順調かしら。……私のことなんか、もう忘れてしまったかしら。  
 
別れの後も、こまちは泣かなかった。誰かと一緒にいればその辛さを忘れられたし、ひとりの時は  
原稿用紙の桝目を埋めることに没頭した。  
それでも、こんなひとりの夜は、ひっそり泣いても許されるような気がする……。  
そんな風に思ったわけではないが、ナッツの名前を唇に上らせた途端、涙で鍵がかすんだ。  
ぽとりと涙が落ちて、洗い立てのパジャマと鍵を静かに濡らした。  
 
鍵を握り締めていた指の間から突然光が漏れた。  
思わず指を開き、手のひらに乗った光を発する鍵を見つめる。  
驚いている間もなく光が人の形になると、ナッツの姿になり、こまちの膝に乗り上げて、こまちは反動と重さで後ろに押し倒された。  
言葉もなく目を見張っていると、光の残像を残したナッツが、こちらも驚いた様子でこまちを見つめている。  
「こまち……?」  
「な、ナッツさん……」  
ほとんどささやき声に近い声でお互いを確認すると、ナッツは改めて自分の状況に驚いたように身を起こした。  
「す、すまない」  
 
「こ、こまちのこと……その、つまり、豆大福のことを考えていたんだ」  
ナッツが顔を赤らめて怒ったように言う。  
「豆大福のことを考えていたら、身体が不思議な光につつまれて、気が付いたらここにいた」  
「まぁ……」小町が微笑む。  
「ナッツさんは本当に豆大福が好きだったのね。待ってて、今日の残りがあるか見てくるわ」  
立ち上がりかけたこまちの腕をナッツが掴んだ。  
「いい」  
「え? 豆大福が食べたいんでしょう?」  
「違う」  
「でも……」  
ナッツは目をそらしてつぶやく。  
「本当は、……こまちのことを考えていた」  
掴んだ腕をぐっと引き寄せられて、こまちはナッツの胸に倒れ込んだ。  
「あ、あの、ナッツさん……?」  
 
「俺は何の約束も出来なかった。王国の再建が順調に行くかどうかも分からないし、また会える保障もないと思った」  
「ええ、分かるわ」  
「小町が小説家になるために努力を続けているように、俺は黙って俺の努力をすればいいと思っていた」  
「ええ」  
「だけど、」と言葉を続ける。  
「何か新しく作るたびに思い出すのは小町のことだ」  
 
「わたし……、もうナッツさんはわたしたちのことは忘れて、王国の再建に夢中になっていると思っていたの」  
それから慌てたように付け足した。  
「それは淋しいことだけれど、でも、そうでなくちゃいけないんですもの」  
「こまちは俺を軽蔑するか? 何か成し遂げるたびにこまちにそれを見せたいと思う俺の弱さを」  
「いいえ。……嬉しいわ」  
ナッツはその言葉に勇気付けられたように再び言葉を続けた。  
「俺は弱い。楽天的なひたむきさと強さを持つココに、いつも劣等感を抱いている」  
「それは、違うと思うわ。ココさんだって心の内では悩んだり苦しんだりしてると思うの。私だってそうよ。  
「こまちも?」  
「ええ。小説を書いている時はいつもそうよ。ナッツさんだったら何て言うかしら、ナッツさんに見せて恥ずかしくない  
 物を書こうっていつも思ってるわ」  
「俺は自分の心を、支えを求める弱いものだとずっと思っていた。だが、こまちが同じように感じていると知ると、嬉しいものだな……」  
 
こまちが潤んだ瞳のままナッツを見上げて微笑んだ。  
ナッツがそっと顔を近づけるとこまちの唇に唇を重ねる。  
あまりに気負いなく自然な口付けだったので、こまちもやさしくそれに応えた。  
「約束なんていらないわ……。私がナッツさんを思っているように、ナッツさんが私のことを思っていると知って嬉しいわ」  
「こまち……」  
こまちがナッツの胸に顔をうずめて囁く。  
「会いたかった……」  
 
ナッツがこまちの顎に指をかけて、今度はいくらか性急に薄く開いた唇をふさいだ。  
涙の味がするやわらかい唇をやさしく攻める。  
最初はおずおずと応えていたがじきにお互いが深くからみあい、こまちを抱くナッツの腕に力がこもった。  
長い口付けのあと、こまちは半ば放心したように身をもたれさせた。  
つとナッツがこまちの肩を抱いたまま中腰になる。一瞬驚くスキもなく、こまちは横抱きにされ持ち上げられた。  
「ナッツさん!?」  
軽々と、という風ではなかったがベッドまで運ぶとふわりとこまちをベッド下ろした。  
自分はその横に腰掛け、こまちの身体に両腕をかけると、また唇をおとした。  
まぶたも頬も鼻も唇も、暗い室内にやさしい口付けの音がひそやかに響く。  
 
こまちはされるがままになっていたが、唇がうなじへ下りて、ナッツの指がパジャマのボタンにかかると大きく息を飲んだ。  
ナッツは気配を感じて手を止める。  
「俺は、こまちと、人の姿で抱き合いたい」  
「……分かるわ。だけど、少し怖いの」  
ナッツは手を止めたまま黙ってこまちを見つめた。  
 
こまちは目を閉じて深呼吸をいくつかすると、目を開いてナッツを見つめ返した。  
「今ナッツさんに会えたのはきっと神様がくれた偶然のご褒美ね。今度会う時は、わたしお婆ちゃんになっているかもしれないわ。  
 ……そうなったらきっと後悔すると思うの」  
「こまち……」  
「後悔したくないわ……」  
おずおずとナッツの首に両腕を巻きつけて囁いた。  
 
うなじに口付けを落としつつボタンを外していくと、その性急さにボタンがひとつ、ピンとはじけ飛んだ。  
生成のパジャマの下は薄いミントグリーンのキャミソールで、風呂上りで下着をつけていない胸がやわらかく震えて揺れる。  
キャミの上からそっとさすり上げると、ふっくらと乳首が布地を押し返し、喉の奥で小さな声が漏れた。  
キャミを捲り上げ白い乳房を揉みしだく。  
ナッツの手に強く掴まれるとやわらかく形を変え、ほんのり紅く染まった乳首がつんと上を向いた。  
うなじから鎖骨をなぞり下りてきた唇が小さな突起を捕らえる。  
「あっ……」  
小町が可愛らしい声を上げ、震える息を吐いた。  
舌が執拗に突起を攻めると、小町の胸が大きく上下し喘ぎ、何度も高い声が漏れた。  
恥ずかしいと思うのだろうか、声をこらえるために口に押し当てている手の甲をやさしくシーツに押さえつけて、肌に強く吸い付いた。  
「ぁ……っ!」  
紅く染まった乳首が濡れて光る。もう片方の乳首にやさしく指を這わせながら何度も何度も肌に歯を立てて唇を押し当てる。  
白いの肌に紅いあとがいくつか浮かんだ。  
 
こまちが涙声でナッツの名前を囁く。  
「ナッツ、さ……ん。声が、あっ! 声が出ちゃ、う……」  
「もっと聞きたい……」  
「でも、……ん! だ、誰か、誰か来たら、ぁ……んっ!」  
切れ切れに喘ぎながら呟くと、少し身を起こしてナッツの肩に歯を立てた。  
「っ!」  
驚きでナッツが押し殺した声を漏らした。  
 
愛撫のつもりはなく、押さえられた手の替わりに声をふさぐためだろう。  
しかし、首にしがみついて濡れた歯を当てられると耳元に甘い吐息と喘ぎが迫り、ナッツの、残っていた一片の理性も吹き飛んだ。  
痛々しいほどに紅く尖った乳首をこすり、かろうじて甘く歯を立てる。  
なめらかな背中もわき腹も夢中で撫でまわしているうちに、パジャマは脱げてベッドの下に落ちていた。  
しわくちゃに押し上げられていたキャミソールも脱がせて、自身のTシャツも脱ぎ捨てる。  
なめらかな褐色の素肌でこまちを抱き締めると、相手の肌はしっとりと汗をかいていた。  
 
声を聞きたさに器用なゆび先でそっと肌をなぞる。  
華奢な鎖骨も、すんなりと伸びた腕も、脇の下も、ナッツの手の平に少しあまるほどの豊かな曲線を描いた乳房も。  
「綺麗だ」  
「ナッツさん……」  
カーテンのすき間から差し込む青い月あかりが薄闇を照らして、抱き合う影を映し出す。  
手の平がわき腹を撫で、くちびるが形よいへその脇をとおって下腹へ下りた。  
 
こまちはナッツの柔らかな金茶の髪の毛を撫でて目をつぶった。  
ナッツの手がパジャマにかかりそっと引き下ろす。  
薄いミントグリーンの下着だけになると、さすがに少し足に力が入った。  
熱い手のひらがやさしくふくらはぎから腿を撫でた。  
緊張がゆるんだ膝の間にナッツの片足が割り込み、手のひらが内腿にまわると触れるか触れないかのところを幾度も往復する。  
 
……からだが、あつい。。  
 
ぎゅっと目を閉じて、腰がゆらぎそうになるのをなんとかこらえた。  
呼吸はすでに浅く、頬が熱い。  
こまちはナッツの唇が内腿に触れたのに気付き、ダメ、と力ない声を上げた。  
「な、ナッツさん……、からだが、あつい……の」  
ナッツが無言で顔をあげてこまちの視線を捉える。  
「どこか分からないの、からだの、奥が……あついわ……」  
ナッツのくちびるが強く内腿に吸い付くと、指先が下着にかかった。  
 
両手で顔を覆い隠す。  
恥ずかしい、だけど、恥ずかしいだけじゃない、何か……。  
ナッツの指がそっと触れる。くちゅり……と水音がして、指先に温かい潤みが絡んだ。  
「ぁ……!」  
熱を持った指先がやさしくゆるゆると往復しだすと、こまちの身体から緊張が解けて、つめていた息を震えながら吐き出した。  
しかし、ナッツの唇が足の付け根をたどり、薄い茂みに吐息がかかると再び身を硬くした。  
「ナッツさん、だ、ダメ……。やめて……」  
喘ぎとともに吐き出す言葉は震えて響いたが、ナッツは無言でそこへ舌をおとした。  
 
震えていたそこは温かいナッツの舌に優しく圧されるとふっくりと立ち上がり、そこへ舌が触れるたびにこまちが声を上げた。  
「ナ、ッツさ……! あっ……、やめっ、……ん! ん!」  
潤みはいっそう濃密に入り口をかきまぜる指先に絡み、こまちの呼吸が切迫して切なげに消える。  
やがて内腿に震えが走り、喉をのけぞらせて悲鳴に近い声を漏らす。  
構わず舌の愛撫を続けると、身体がびくんと大きく跳ねてがくがくと内股に痙攣が走った。  
 
はぁはぁと喘ぐこまちの目尻から涙が一筋流れ落ちる。  
ナッツはジーンズを脱ぎ捨てると、もう一度こまちの肩を抱き締めた。  
「ナ、ツさん……」  
力の抜けた片膝を持ち上げ、ずっとこらえていた昂ぶった自身をあてがう。  
シーツが濡れる程ほとびた入り口の、肉のやわらかさにあてただけで絶頂を迎えられるような気がした。  
歯を食いしばってこらえながら狭い入り口にゆっくりと沈めようとする。が、何度か潤みに滑った。  
「こまち、すまない」  
言うなり返事の隙も与えずに、ぐっと腰を沈めた。  
その締め付けの強さに思わず腰を引き、再び潤みを求めて自身を沈める。  
幾度か繰り返して、こまちの顔が苦痛にゆがんでいるのに気付き、動きを止めた。  
 
こまちの汗ばんだ額に手をやり、頬を撫で、伸ばした手を握ってシーツに絡み付ける。  
「ナッツさんが、奥まで来てるわ……」  
「……あぁ」  
ちょっとためらって、「痛むか?」 と聞くまでもないことを聞く。  
「少し……。でも大丈夫よ」  
それが強がりなことは震える語尾で感付いて、ナッツはこまちにやさしく口付けを落とした。  
 
ゆっくりと絡み合う口付けに呼応するようにナッツの腰はまた自然に動き、唇は苦痛が混じった喘ぎを封じ込める。  
ナッツの顎から汗がぽたりと落ちて、こまちの喉元に流れた。  
動きが性急になってこまちの中を行き来する塊が、焼け付くように熱かった。  
「こまち……!」  
「ナッツさん」  
身体中を揺さぶるようにナッツに突き上げられ、いつしか苦痛も熱さも何もかもが一緒にはじけたように白くなった。  
 
ふと気がつくとこまちはベッドの中で、鍵を握り締めたまま眠っていたようだった。  
慌ててベッドから起き上がると手のひらの鍵を見つめ、パジャマの襟元に手をやる。  
……ちゃんと着てる。あれは、夢だったのかしら……?  
こまちは顔を赤らめて両手で頬を押さえた。夢にしてはあまりにリアルで、今も身体の奥に痛みを感じるような気がする。  
 
着替えようとベッドから下りてパジャマのボタンに指をかける。  
ひとつ取れてる、夢と一緒だわ……。  
ハッとしてパジャマのボタンを外し、キャミソールを脱いだ。  
はだに残る紅いあと、身体中が鈍く痛み、何よりも歩くたび身体の奥に痛みが走る。  
「……夢じゃないわ。本当に……」  
こまちはパジャマを羽織ると、鍵を握り締めてうずくまった。  
「ナッツさん……」  
涙が後から後から出てきて、こまちは嗚咽が漏れないように唇を噛み締めた。  
 
鍵はしんとして、古い皮紐に下がったまま揺れている。  
 

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