「主は十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。」  
バンパイアに血を吸われたキタムラを魔法の縄できつく縛め、教会の祭壇前にある魔法陣に封じ、聖なる言葉を唱え、ガラスの小瓶に入った聖水を注ぐ。  
カースの属性を持った私が、このようなホーリー系の儀式を行うのは、本当は生きながら身を削がれるに等しい。  
しかし、弟のアキトに生理的な恐怖を感じた彼女は、彼がついてくることを拒否した。それはすなわち、私に『治療』を依頼したいということに他ならない。  
やらなければ、キタムラはバンパイアと化してしまう。  
教師の私には、生徒を救う義務がある。  
ならば、答えは、ただ一つ。  
 
「家の滅びた羊のところに行きなさい。行って、天の御国が近づいたとのべ伝えなさい。」  
聖なる言葉を唱え、聖水を、魔法陣の中のキタムラに注ぐ。  
「ああっ…、痛いっ!先生っ、やめてぇ…!」  
聖水のかかった体から、白い蒸気が立ち上る。肉の焦げるにおいが辺りに立ち込める。  
私の手は、火傷したかのように赤くなり、ひりつく痛みが絶え間なく伝わってくる。  
「ダメだ。」  
赤い瞳に涙を浮かべて、キタムラは『治療』をやめるよう懇願する。  
しかし、彼女の言葉に耳を傾けてはならない。  
バンパイアに血を吸われ、人であって人でない、不確かな存在。生と死、人の世界と神魔の世界の狭間を漂っている。  
そう、今のキタムラはただの悪魔なのだ。  
 
「病人を癒し、死者を生き返らせ、病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。」  
聖水を注げば注ぐほど、蒸気はさらに立ち上る。  
「あぐうっ!お願い、苦しい…!」  
キタムラが苦痛に耐えかね、魔法陣の中でのたうちまわる。  
「君が暴れれば暴れるほど、体の傷が増えるだけだ。おとなしくしていなさい。」  
私の手も、すでに表皮がひきつれ、米粒大の水ぶくれがいくつもできている。  
しかし、朝の太陽が昇るまでは、これをやめるわけにはいかない。  
そして、私の中の何者かも囁くのだ、『これでは足りない。もっともっと、責めたてろ』と。  
 
「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も持っていってはならない。」  
聖なる言葉と聖水が、彼女をますます痛めつける。  
「せん、せい…。お願い!ア、アキトを呼んで、ください…!」  
魔法の縄にきつく縛られたまま、弱々しい声で涙ながらに哀願する。  
「彼がついてくるのを、断ったのは君だ。」  
私の手の水ぶくれは、豆粒大ほどに広がっている。そのうちの一つが破れ、中から液体が流れ出す。  
彼女をすげなくあしらううちに、私は自分の中の嗜虐心がそそられていることに気がついた。  
キタムラを見ていると思いだす、苦渋に満ちた初恋の思い出。  
めちゃくちゃにしてやりたい、と何度思ったことだろう。彼女が、アカデミーの生徒でさえなければ。  
ある意味、これは『チャンス』なのかもしれない。  
 
「旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持っていってはならない。」  
聖なる言葉と、聖水の『治療』は続く。  
「許してえっ!先生、何でも、しますからぁ!」  
キタムラの顔が、涙でぐしゃぐしゃになっている。それを見た私の奥に、いびつな欲望が湧きあがる。  
「絶対にダメだ。」  
私の手の水ぶくれは消えうせ、その下の肉が焼け焦げはじめている。  
しかし今は痛みより、公然とキタムラを責められる喜びの方が大きい。  
彼女がアキトやユーリ、あるいは殿下やカルロスと楽しそうに話しているのを見つけたとき、私はいつも昏い嫉妬に苛まれていた。  
これは、教師である私にそのような感情を抱かせたことに対する、罰なのだ。  
 
「…働く者が食べ物を受けるのは当然である。」  
キタムラから立ち上る蒸気は、ますます激しさを増している。  
「あううう、助けて…。」  
恥も外聞もなく転げまわるキタムラを見ながら、私はいい気味だ、と感じている。  
「もちろんそうしているとも。生徒を助けるのは、教師の役目だ。」  
自分でも白々しいと思いながら、私は自らの行いを正当化する。  
とうとう私の手は炭化し、指先の一部に骨が露出し始めた。神経が焼き切れたのだろう、もう痛みは感じない。  
かつて私が愛した、汚れなき天使を思い出させる。それゆえキタムラが憎い。が、苦しむ姿がいっそ愛おしいとさえ思いながら儀式を続ける。  
奈落の底へ堕としてやりたい。むごたらしく穢してやりたい。  
本当の悪魔は彼女ではない。この世に生を受けた時から悪魔に愛された証、イービルアイを持つ私の方なのだ。  
だから、私を愛するな。嫌え。遠ざけろ。こんな鬼畜の所業しかできない私ではなく、君を優しく受け入れて愛する男を選べ。  
明るい天の高みから暗い井戸の底へ引きずり込むことでしか、私は君を愛するすべを知らないのだから。  
 
「町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つ時まで、その人の元にとどまりなさい。」  
自らを苛む痛みに精も根も尽き果てたのか、キタムラは地に伏して微動だにしない。  
「…ゲルハルト。」  
聖水を注いだ手が止まる。彼女はなぜ、私の名を呼ぶ?しかも、キタムラによく似ながら異なる、懐かしいその声音。  
「マーガレットよ。ゲルハルトったらつれないわね、私のことなんて、もう忘れちゃったのかしら?」  
「…っ!」  
キタムラの髪の毛は腰まで伸び、やや小ぶりだった胸ははちきれんばかりに豊かになっている。魔法の縄の縛めからも、既に解放されている。本当に、私の愛したあの人なのだろうか。  
いいや、騙されてはいけない。だって、マーガレットは私が殺したのだから。  
 
「…その家に入ったら、平和があるように、と挨拶しなさい。」  
気を取り直して聖なる言葉を唱え、聖水をふりかける。  
「ゲルハルト、私ね、あなたに会いたくて戻ってきたの。」  
体中から白い蒸気を上げながら、彼女は私に手を伸ばして天使のように微笑む。痛くないはずはないだろうに。  
「…あなたのパートナーは、クロガネだ。私ではない。」  
自分にそう言い聞かせるように告げた私に、赤い瞳のマーガレットは憐れみを含んだ笑みを浮かべる。  
「だって、今の彼は帽子なんですもの、愛し合えないじゃない?それに、今の私が愛してるのはあなたよ、ゲルハルト。」  
隠しておいた古傷をほしいままにもてあそぶ、悪魔の嘲弄に私は思わず動揺する。  
嘘だとわかっていても、つい耳を傾けてしまいそうになる甘美な誘惑。  
私がいるのは、井戸の底ではなかったのか。もっとさらに、底があるというのだろうか。  
 
「い…、家の人々が、それを願うに…、ふ、ふさわしければ、あ…、あなたがたの、願う平和は、か、彼らに…、与えられる。」  
聖書のページをめくる手が震える。聖なる言葉を唱える口調がうわずる。聖水があらぬ方向へ注がれる。  
「つれないわね、一緒に黄金龍召喚をした仲じゃない。忘れたの?私は、あなたと愛し合いたい、本当のパートナーになりたい、と言ってるのよ。」  
忘れてなどいない、忘れられるはずがない。  
マーガレットの誘いに乗り、彼女と交われば、教師として、人間として、全てを失う。人ではなくなり、冥府魔道をさまよう、ただの悪魔となる。  
だが、私は時を巻き戻し、マーガレットを取り戻したい。そして、彼女を己のものにしたい。  
「もちろん、私だって今でもあなたを愛している。しかし…。」  
我知らず、本音が口からまろびでる。それを聞いたマーガレットは、場末の小屋の踊り子のように、見せつけるようにして服を脱ぎだした。私の欲望の火を煽るように。  
見たいと願っていた、目の前で露わにされていく白い裸体。思わず、生唾を飲み込んだ。  
 
「は…、はっきり、言おう。さ…、裁きの、日には…、この町、よりも、ソ…、ソドムと、ゴ…、ゴモラの、地の方が…、か、軽い罰で、すむで、あ…、あろうと…、いうことを。」  
聖なる言葉を唱えながら、激しく息が切れる。脂汗が額ににじみ出る。聖水に触れるのを指が拒否する。  
「ゲルハルト、あなたは私を抱くしかないのよ。」  
死ぬほど恋焦がれた女からそう宣告され、抗える者がどれだけいるだろう。  
私は、聖書と聖水の入った小瓶を投げ捨てる。イービルアイを封じていた眼鏡が粉々に砕け散り、私は力を解放する。  
慌ただしく服を脱ぎ、彼女のいる魔法陣に入りこむ。聖なる光にさらされ、体から煙が立ち上るが、そんなことに構いはしない。  
「マーガレット、愛している…。」  
私は彼女をかき抱く。だが、前戯など必要ないと言わんばかりに、私の手をとって、彼女の秘部に導く。  
すでにそこは、熱い体液で潤い、私の来訪を今か今かと待ちかまえている。  
 
「ゲルハルト。もう、ちょうだい?」  
マーガレットが、赤い瞳を潤ませて、張り詰めて固くなった私の分身をねだる。  
無論、私にも否やはない。  
「…わかった。」  
その時ふと、ベリンダ先生の言葉が脳裏に蘇る。  
『イービルアイは悪魔に愛された証。それを持つものは、悲劇的な死を遂げることが定められている。でも、あなたならきっと、悪魔つきの運命から逃れられた、世界で最初の人間になれるわ。』  
ベリンダ先生、ごめんなさい。私は、私を救うことができず、あなたとの約束を守れませんでした。しかも私は、悲劇的な死を遂げるより恐ろしい、おぞましい悪魔と化すでしょう。  
しかし、決して後悔しません。マーガレットとなら、たとえ冥府魔道に落ちたとしても本望です。  
きっと、私はそのために生まれてきたのだから。  
 
「ねえ、早くぅ…。」  
マーガレットは横たわり、誘う様に足を開く。  
性急な動作で、彼女の秘所に己の杖を突きたてる。それは温かい底なしの沼。私を逃さぬよう、じんわりと喰いしめる。無論、逃げるはずなどないのであるが。  
「これよ、これが欲しかったの…。」  
キタムラにはパートナーがいない。だから、その体も当然無垢で、体を慣らしたとしても交わりには痛みが伴うはずだが、マーガレットは全身で快美を訴えている。  
しかし、そんなことはどうでもいい。  
「…っ、最高だ。君の、中は。」  
今は、この快楽に浸りきることに集中するべきだ。  
私は欲しかったもの手に入れ、したかったことをしているのだから。  
 
マーガレットとつながってから、一体どれほどの時間が流れたのだろう。  
聖なる空間である教会の祭壇前で、激しく淫らに交わる、二体の赤い瞳をした魔物。神をも恐れぬ冒涜行為。  
彼女は私の胴体に両足を絡め、快楽の泉をくみ取ろうと、必死で腰を振り立てている。が、私だとて同じ。水音がたつことなどお構いなしで、激烈に彼女を穿ち続ける。  
それこそが、私の望み。  
ああ、そろそろ交わりの終焉が近い。それと同時に、『ゲルハルト』としての私は闇に呑まれる。  
救いなどいらない。君さえいれば。  
マーガレットが、歓喜の声を上げる。間もなく、信じられないほど甘美な感覚に襲われる。私の精が大量に、マーガレットの奥に注がれる。  
「…くうっ!」  
「よかったわ、ゲルハルト。これで契約完了ね。」  
満足そうなマーガレットの言葉が、私の耳朶を打つ。これからは君と一緒だ。永遠に。  
 
 
後世、『邪視王ゲルハルト』『妖華マーガレット』として、人々に恐れられることになる、二体の悪魔の誕生の瞬間であった。  
 

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