「バニスター篇」開始  
 
「ウギャァァァァッ!!」  
 緑色の鱗の生えた腕が、悲鳴と血飛沫とともに宙を舞い、そして  
水のなかに落ちた。深さはさほどではないが相当に速い水の流れ  
が、それをたちまち下流におしやる。  
 腕を斬り落とされた異形の者は水の流れのなかにひざをついた。  
流れ落ちる鮮血が、まわりの水をたちまち赤く染める。半人半魚の  
異形のそれはフィッシュマン、水郷地帯随一の凶悪さと凶暴さで知  
られる怪物である。  
 フィッシュマンはそれ一匹だけではなかった。うずくまる者を無  
視して、幾匹もの異形の者が前に進み出る。両腕の鋭いツメをとが  
らせ、さらにおそろしげな顎の牙を光らせながら、あるひとつの小  
さな人影を包囲しようとしている。  
 ここは水郷地帯。王都の南に位置し、無数の川と、無数の小島か  
らなる一帯である。初夏の陽が水の流れに映えてまぶしい。こんな  
血腥い光景には、一見ふさわしくない土地に思える。だがここは昔  
からフィッシュマンの生息地であり、そのため王国でも一、二を争  
う危険地帯とされているのだ。  
 
「グギャァァァ!!」  
 また一匹、今度は顔面を正面から真っ二つに斬られて崩れ落ち  
た。水の中に倒れたときには、既に完全に息絶えている。時を置か  
ず、フィッシュマンを倒した小さな人影は位置を変え、体勢を立て  
直している。初夏の日差しがその顔を照らした。  
 それはまだ十×歳の少女であった。娘だ。あの森林地帯の惨劇か  
ら二ヶ月が経過していた。細身の長剣をフィッシュマンたちにつき  
つけ、睨みつけているその姿は、神話の中の少女神を思わせる神々  
しさがあった。が、身に付けているものは、その長剣には少々不釣  
り合いなものだった。  
 深紅の、不思議な光沢をはなつ布が、膨らみつつはあるがまだ幼  
さを残す乳房を覆っている。が、背中と腹部は大きく剥き出しに  
なっている。下半身も、腰周辺は同じ赤い布が覆ってはいるもの  
の、足の付け根から先がむきだしになっている。これではまるで下  
着だ。腰に巻き付いているベルトからは、さらに薄い布が短く垂れ  
下り、申し訳程度に股間と臀部を隠している。  
 首には不思議な文様が描かれた首飾り。喉の中心には青い宝石が  
あしらわれている。額を覆う頑丈そうな鉄の防具と、しっかりした  
作りの籠手とすね当てが、かろうじてこの衣装が武具であることを  
示している。  
 「シルクの鎧」、これは父の故国であるはるか東の国に産する  
「絹」という布で作られた防具である。デザインは、とある国の踊  
り子の衣装を参考にしたとされている。  
 およそ実用的なものだとはみなされていない。魔法効果がかけら  
れており、防御力もあなどり難いものがあるのにもかかわらずであ  
る。実際、娘がこれを購入したとき、武器店の主人は「なんでこん  
なファンッションアーマーなんぞを…」と怪訝そうな顔をしてい  
た。奥にいたアルバイトの少女も苦笑いを浮かべていた。  
 だが、娘はこの身軽さが気に入っていた。筋力に劣る自分がそれ  
を補うにはスピードしかない。それにはこの「シルクの鎧」はうっ  
てつけである。同時に、王からいただいた賞金で、この東方片刃剣  
を買ったのも同じ理由からである。  
 もう二度と戦いでおくれはとらない。森林地帯での屈辱を、娘は  
一時も忘れたことはなかった…。  
 
 あの森林地帯での一件以来、娘はますます武術にのめりこむよう  
になった。父はそれに反対し、「礼儀作法」や「舞踊教室」への出  
席を強要するのだが、娘は父やキューブの目を盗んで、各種武芸の  
教室へ通った。  
 その一方で、娘はしばしば悪夢をみるようになった。暗闇のなか  
で、無数の男に体をもてあそばれる夢だ。体中をくまなくまさぐら  
れ、なめまわされる。乳房をこねくりまわされ、両乳首を痛いほど  
に吸われる。強引に娘の両足をおしひろげると男達は、娘の秘部を  
むさぼり、クリトリスを愛撫する。時には、膣孔や肛門に指を差し  
入れられることさえあった。口淫すら強要される。だが不思議なこ  
とに、男たちがペニスを娘のあそこに押し込んだことはない。これ  
は、あの一件でかろうじて純潔だけは守られたせいであろうか。  
 だが、暗闇のなかの顔のない男たちは、邪悪なよろこびをもって  
娘をおもちゃにした。興奮した男たちが股間から放つ精によって娘  
の体は白く染められていく。  
 おぞましい。まさにおぞましい悪夢だ。しかし、それにもかかわ  
らず娘自身も興奮し、昇りつめていく。そして娘の快感が頂点に達  
した瞬間に、この淫夢から目覚めるのである。  
 残されたものは、荒い息と自己嫌悪、そして股間からの蜜によっ  
てぐっしょり濡れた下着であった。  
 
 娘は自分自身の淫らさを恐れ始めていた。そしてその恐れが、娘  
をさらに武芸へのめりこませていったのだ。根負けした父が、水郷  
地帯での武者修行の許可を娘に与えるまでには、さほど時間はかか  
らなかった…。  
 
 
 フェチフィッシュや人さらいといったモンスターを打ち倒しつ  
つ、娘は順調に水郷地帯を突き進んでいった。しかし、四日目にと  
ある場所で、とんでもない数のフィッシュマンの群と遭遇してし  
まったのである。  
 フィッシュマンの危険性を娘は十分知ってはいた。しかし、  
フィッシュマンは春の発情期以外は、単独行動を好み、群を作るこ  
とはしない、という通説を信じきっていたのは愚かだった。どうや  
ら通説よりも遅く発情期を迎えるフィッシュマンもいたらしい。娘  
の姿に気づいたフィッユンマンたちは、一斉に襲いかかってきた。  
覚悟を決めた娘は、持っていた荷物を手近な岩のうえに置き捨て、  
剣を抜いた…。  
 
 フィッシュマンの群との死闘はすでに数時間に及ぼうとしてい  
る。すでに両手両足の指では数えきれないほどのフィッシュマン  
を、娘は斬り捨てていた。  
 娘を包囲し、川の深みに追い込もうとするフィッシュマンたちの  
裏を巧みにかき、一匹、また一匹と斬り捨てている。さすがに呼吸  
は乱れて、紅の布におおわれた胸は荒々しく上下している。だが、  
その一方で娘の心は、驚くほど冷静だった。  
 心を乱してはならない。一端心を乱せば、たちまちこのおぞまし  
いフィッシュマンの群に押し倒される…。そうなれば、やつらの餌  
になるよりも惨い運命が待っているのだ。  
 フィッシュマンは通常オスしか存在しない。そんな奴らの生殖方  
法は特殊だった。春の発情期に、一斉に海に下り、そこにすむ美し  
い人魚たちを犯して無理やり、受精させ、自分たちの卵を産ませる  
のである。犯された人魚たちはその体色や容姿が醜く変化してしま  
う。そうなってしまえば、地上世界一優しいとされる人魚の心も  
すっかり凶暴化し、文字通り怪物となってしまうのだ。  
 発情期のフィッシュマンは見境がない。人であろうとモンスター  
であろうと、「メス」と見ればたちまち襲いかかってくるのだ。敗  
北すれば、奴らはその股間の刺のような生殖器を、娘の陰部に思う  
存分突き入れるであろう。  
 
 一対一、一対一なら絶対負けない、そう自分に言い聞かせ、娘は  
剣を振るった。戦いの興奮で乳首は痛いほどとがり、紅の布ごしに  
形が浮かび上がっている。一匹、また一匹と斬り殺していくたび  
に、冷静に剣を振るう自分とは別に、不思議な恍惚感を覚えている  
自分がいることを娘は発見した。そうして数時間がたった…。  
 
 この水郷地帯には、水がたまって広い湖のようになっているとこ  
ろがあり、そこにはいくつかの小島が浮かんでいる。そのような小  
島のひとつに動く影があった。娘だ。  
 目立った外傷こそないものの、疲労困ぱいの態である。全身は  
ぐっしょりと水に濡れている。「シルクの鎧」に防寒効果がなけれ  
ば、体温を奪われてとうに動けなくなっていただろう。その身は夕  
日に赤く染まっている。  
 激しい戦いの末、ようやくフィッシュマンの包囲を脱したのだ。  
岩の上に置き捨てた荷物もなんとか回収することができた。フィッ  
シュマンは水の中では好戦的だが、この小島のようなある程度の広  
さの陸地を極端におそれる。ここまでくれば安全だ。娘は全身を地  
面に投げ出すかのように、仰向けに寝転がった。  
 そのとき、なにか巨大なものが、視線の端に触れた。驚いた娘は  
すぐに起き上がり、視線をむけなおす。  
 
 そこにあったのは巨大な真っ赤な色の花だった。一枚一枚の花び  
らの大きさは、娘のベッドよりも大きい。それほど巨大な花であ  
る。それと普通の花とは違い、花弁が直接地面から生えているよう  
に見える。娘は自然科学教室で習った知識を必死で思い返した。そ  
うだ、ラフレシアだ。地上世界最大の花。絵以外のものを見るの  
は、さすがにはじめてである。  
 娘はラフレシアの巨大さと美しさに見入った。それと、大きさだ  
けではなく、匂いもすごい。むせるような、それでいて人を虜にす  
るような香気である。  
 娘ははっと我にかえった。どうやらラフレシアの香りに心を奪わ  
れていたようである。こうしてはいられない。もうすぐ夜が来る。  
寝場所を確保しなければ。  
 
 手っ取り早くそのラフレシアの側で寝てしまおうかと思った。  
が、娘はなにか心にざわめくものを感じた。ここはいけない、ここ  
はいけない…。なにか嫌なことが起る…。そんなささやきが胸の奥  
から聞こえてきたのだ…。できればこの島からも離れてしまいたい  
…。娘は全身に鳥肌が立つのを感じた。だが、日没間際ということ  
を考えれば、いまから河の中を移動するのは危険である。  
 
 幸い、もう少し奥にいったところに灌木の茂みがあり、娘はそこ  
を寝場所にすることにした。ずぶぬれになったシルクの鎧を手早  
く、脱いで体から水気をぬぐう。娘の裸身が夕日のなかに輝いた。  
できれば体を暖めるために火を起こしたかったのだが、それは用心  
してやめた。この陽気ならば、ショーツ一枚で寝袋で眠っても平気  
だろう。  
 
 干し肉とチーズ、そして固いパンのみの簡素な夕食を手早くすま  
せると、娘はさっそく寝袋にもぐりこんだ。この島でラフレシアを  
みて以来感じる不安感、あれはたんなる気のせいだと自分にいい聞  
かせながら…。  
 
 
 夜中に突然目が覚めてしまったことに、娘は自分で驚いてしまっ  
た。あれだけの疲労感ならば、少なくとも夜明けまでは目が覚めな  
いだろうと思っていたからだ。身を起こしつつ、娘は戦士の習性と  
して、身の回りを見やった。むき出しの乳房が月光に照らされる。  
まだまだ小振りだが、ハリと艶のある乳房は、サクランボ色の可憐  
な乳首をその上にのせている。それに小降りとはいっても、それは  
大人の女性とくらべてのことで、娘のバストの大きさはすでに年頃  
の少女たちをひとまわり凌駕しており、密かな羨望のマトとなって  
いた。  
 星と月の位置から察するに、まだ夜中の一時ごろだろう。今夜は  
満月で、その光は眩しさを感じるぐらいだった。平穏な、まことに  
平穏な夜である。しかし娘の戦士としての勘は、そのなかに漂う微  
妙な違和感を逃さなかった。  
 娘は耳をすませた。聞こえてくるのは河の流れと、虫の声のみで  
ある。いや違う、娘は思わず身を固くした。  
 
 声だ、人の声がわずかながら聞こえてくる。さきほどのラフレシ  
アの方角からだ。それも二人、どちらもどうやら女性のものらし  
い。いったい誰だろう? 娘はいぶかしんだ。さらに耳をすます。  
言葉らしきものを発しているのは一人だけで、もう一人の方はどう  
もうめき声のようである。そしてかすかな物音もする。娘の疑念は  
ますます高まった。  
 様子を見に行こう。意を決した娘は、物音をたてないよう注意し  
ながら立ち上がった。灌木の枝に干しておいたシルクの鎧を手早く  
装着する。娘は顔をしかめた。まだ生乾きだったのだ。しかし、い  
まはそんなことは言っていられない。娘は剣を手にすると、ラフレ  
シアの方角へ向かった。  
 
 声はやはりラフレシアの影から聞こえてくる。花びらのしたでな  
にかが蠢いている。娘は身をかがめて声のする場所をそっとのぞき  
こんだ。  
 
!?  
 
 思わず声をあげてしまうところだった。ショックのあまり身が震  
え始めているのを娘は感じた。目の前にあるものがあまりにも信じ  
がたかったのだ。  
 
 ラフレシアの花びらの下にあったもの、それは全裸の女性ふたり  
だった。正確にいえばいくつかのアクセサリーは身につけてはいる  
が、それ以外は二人は下着すら身につけていない。仰向けになった  
ひとりの上におおいかぶさり、まるで男女の営みのように腰を激し  
く振っている。  
 ごく稀に、女性同士で愛の営みにおよぶ人間がいることを娘は知  
識(あの耳年増のマルシア経由だが)として知ってはいた。だが信  
じがたかったのは、上で腰を振っている女性の股間に、有り得べか  
らざるものを発見してしまったからだ。  
 
 それは男性の象徴のはずのペニスであった。本来ならば女性には  
ないはずのものである。それなのに上にいる女性の股間には黒々と  
した「それ」がそそりたち、下にいる女性の女性器に侵入を繰り返  
している。  
 
 娘は混乱しつつも、目の前の情景から目を離せなかった。ペニス  
を生やした女性の口からは歓喜が、そしてそれを受け入れさせられ  
ている女性の口からは苦痛のうめき声が絶え間なく漏れている。こ  
の妖しい行為をしばらく眺めているうちに、自分の腹の奥底から熱  
いものがこみ上げてくるのを娘は感じていた。  
 
 ペニスを生やした女性の動きがいっそう激しくなる。どうやら絶  
頂が近づいているらしい。ちょうどその時、月の位置が変わり、光  
が花びらのしたに差し込んだ。いままではぼんやりとしか見えな  
かった二人の姿がはっきりと見えた。  
 
 上、つまりペニスを生やした女性は年齢は二十代後半ぐらい、女  
性としてはかなりの長身である。肩までの髪は、上半分が金髪、下  
半分が赤毛という変わった色をしていた。おそらく下半分は染めて  
いるのだろう。それが三つの房にまとめられ、そのうち二つの房  
は、まるである種の犬の耳みたいに、頭の左右に垂れ下がってい  
る。残りの一つは額の右側に位置し、これだけはすぱっと短めに切  
りそろえられていた。  
 胸と尻はかなりのボリュームを有してはいるが、からだに弛んだ  
ところは少しも感じられない。かなり鍛えられているらしく、引き  
締まった体つきだった。体のあちこちには大小さまざまな傷跡があ  
り、もし戦士だとしたらかなりの歴戦の強者である。  
 
 下の女性は、上の女性と比べると体はひとまわり小さい。しかし  
背は娘よりも一回り高かった。その代わりと言ってはなんだが、胸  
は娘よりも遥かに小さい。こちらもかなり引き締まった体をしてい  
る。髪は縮れた赤毛で、腰までの長さをほこっている。二人の裸身  
には汗がびっしりとにじんでおり、その股間にはぬめぬめとした愛  
液のてかりが認められた。  
 
 下の女性の顔をみたとき、娘はショックを受けた。見覚えのある  
顔だったからだ。ま、まさか…なんでこんな…。  
 彼女の名前はアニータ・カサンドラ、武器屋で働いている子だ。  
娘とは最近親しくなった。娘のシルクの鎧を「こんなので戦うやつ  
の気が知れない」とからかいつつも、よく似合うと褒めてくれた。  
 彼女と娘はさまざまな話をした。そんななかでアニータは自分の  
身の上を包み隠さず話してくれた。戦災孤児だった自分を武器屋の  
主人であるゼノ・カサンドラが養女として迎えいれてくれたこと。  
義父からは「成人までに一人前になれなければ、剣の修行はきっぱ  
りとやめて店を継ぐ」と約束していること。義父に剣のことを認め  
させるには、武闘大会優勝かお尋ね者討伐くらいの手柄が必要だと  
いうこと…。  
 国一番の剣士になるという夢を語っているときの彼女の顔は、希  
望に満ちて輝いていた。それなのに…。  
 いま、その希望は無惨にも踏みにじられ、苦痛と恥辱にまみれ  
て、月光のしたで無惨に歪んでいる。信じたくなかった。アニータ  
は正体不明の女性に犯されているのだ。  
 
 

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