リーゼは目の前の光景が信じられなかった。  
その者は何十というリーゼの仲間が倒れ伏した中で悠然と立ち、その圧倒的存在感をリーゼに魅せつけていた。  
その者の名は魔王。すべての魔族を統べ、今いるこの魔族の森を統治する存在。  
しかし、リーゼが信じられなかったのは魔王が突然現れたことでも自分を除く仲間達をたった一人で倒したことでもなかった。  
「なんで、お前がそこにいるんだ」  
リーゼが信じられなかったのは魔王を名乗った人物がリーゼの親友だったことだ。  
 
初め、何かの魔術かと思った。  
こんな所にいるはずがない、ましてや魔王を名乗るなどあるはずがないと……  
でも、彼女の戦乙女さながらの容姿、戦いがダンスに変わってしまうほど鮮やかな体捌き、繰り出す魔術、剣の太刀筋、それら全てが親友の姿にズレることなく重なりリーゼの考えを否定する。  
そして、なによりも、手に持った剣とは別に腰に携えられた剣。それは紛れもなくリーゼが親友に贈った物であり、その事実が、あの親友が魔王であるとリーゼに物語っていた。  
 
「なんで、お前がそこにいるんだ」  
手が震えていた。  
魔族は父の仇だ。その長である魔王は当然倒さなければいけない。  
でも、その魔王は親友で……  
いろんな感情がリーゼの中で渦巻き上手くまとめられない。  
自分が何をするべきか分からないまま一歩前に出る。  
リーゼはそのまま一歩一歩前に進み、魔王の眼前にたどり着いた。  
魔王は何も言わず、感情の読めない表情でリーゼを見つめているだけだ。  
「なんで、なんで!なんで!!」  
リーゼは剣を上段に構えた。  
しかし、剣はそこで止まり決して降り下ろされることなく、次第に剣はカタカタと震え、瞳からはいくつもの涙がこぼれ落ちていく。  
「ッ」  
その瞬間、魔王の当て身にリーゼの意識は刈り取られ、リーゼは深い闇に沈んでいった。  
 
 
リーゼが目覚めた時、そこが何処だか分からなかった。  
天蓋の付いたキングサイズのベッドに寝かされ、部屋はそんなベッドがあっても余裕のある広さ、部屋全体に施された内装が、部屋の主が穏やかで慈愛に満ちた人物であることを窺わせる、そんな場所に自分がいたからだ。  
それだけではなく、いつの間に着替えさせられたのかリーゼ自身は淡いブルーのドレスを着せられていた。  
見た目こそ簡素だがシッカリした作りで、素材は上質な物を使われているため着心地が良く、横になっても不快に感じることはない、間違いなく最高級の品だった。  
「捕虜になったとばかり思ったが、これではどこぞのお姫様の扱いじゃないか」  
そんな感想を漏らしていると、ベッドの正面にあるこの部屋唯一のドアが開いた。  
 
「あ、リーゼ、目が覚めたんだ」  
ドアから入ってきたのは、ほかでもないリーゼを気絶させた張本人、魔王にして、リーゼの親友、パトリシア=ハイウェル、その人だった。  
色が白であることを除けば、リーゼとまったく同じドレスに身を包んだ姿は、記憶の中では数分前の出来事が嘘ではないかと思わせるほど綺麗だった。  
 
「なかなか目が覚めないから心配したんだよ」  
彼女はリーゼの姿を確認した時から本当に嬉しそうにしており、それがどう対応すべきかを一瞬迷わせる。  
まあ、警戒するに越したことはないだろうと、リーゼはとりあえず警戒心を強めることにした。  
しかし、パトリシアはまったくそんなことを気にせず、ベッドの傍らに近付いてくると、そのまま当たり前のようにリーゼを抱き締めた。  
一連の流れがあまりに自然だったために、リーゼは抵抗する暇も無く、されるがままになってしまう。  
久しぶりの親友との再会。パトリシアはただそのことを喜んでいるようだった。  
そして、そんな純粋な抱擁は警戒心を解かせるには充分な力があった。  
ただし、普通に再会していたならの話だ。  
一度、彼女のあの姿を見ている以上このまま再会を喜ぶことはできない。  
だから、リーゼは抱擁を振りほどくと彼女を睨み付けた。  
「どういうことか説明しろ!なんで魔王になんかしている!」  
リーゼの恫喝に、パトリシアは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに真面目な顔になった。  
「うん、ちゃんと説明しなくちゃいけないよね」  
そう言って、彼女はこれまでの経緯を話してくれた。  
 
自身の出生の秘密。魔王になることで、人間魔族間での和平を進めていること。彼女が語ったのはそんな話だった。  
薄々気付いていた。彼女が普通の人間では無いことに……  
だから、そのこと自体には驚かなかった。  
ただ、一つ気になることがあった。  
「それは人間を敵に回さければ出来ない事なのか?」  
理由はどうあれ、人間と敵対する事になってしまう。その事が不安だった。  
「人間の世界で育った私が魔族側からする事に意味があると思うから……」  
静かな声だったが、そこには強い意思が込められていた。  
「そうか……」  
だから、リーゼはそれだけしか言えなかった。  
 
暫く沈黙が部屋を支配した頃、パトリシアは口を開いた。  
「あのさ、お腹すいているでしょ?厨房に言って、すぐに作らせるけど……」  
「いや、いい。それに親友だからって特別扱いは止めてくれないか?他の捕虜と同じように扱ってくれて構わないから……」  
「捕虜?何言ってるの?リーゼは私のお嫁さんにするために連れて来たんだよ」  
部屋を別の沈黙が支配した。  
 
「な、な、な何を言ってる!?」  
「あれ、嫌だった?じゃあ私がリーゼのお嫁さんになろうか?」  
慌てるリーゼに、トンチンカンな返答をするパトリシア。  
気のせいか、先程までのシリアスな雰囲気が一気に変わった気がする。  
「いや、そうじゃなくて、『お嫁さんにするために連れて来た』ていうのは……」  
「え?そのままの意味だよ。さっきのだって、ただ撃退するだけなら私が出たりしないよ」  
つまり、あの強襲は自分をさらうためだけに行われた。そんなことをさらりと言ってのけるパトリシアからリーゼは思わず後退った。  
「我慢するの大変だったんだよ。リーゼを見つけた時、すぐに抱き締めたかったんだから。」  
だが、パトリシアは逃がさないとばかりに追い縋る。  
「リーゼ、私、リーゼのこと大好きだよ」  
パトリシアの顔は紅潮し、さながら恋する乙女のようで、不覚にもリーゼの胸は高鳴った。  
「リーゼは私のこと好き?」  
が、瞳の中にわずかに狂気が宿っており、それがリーゼを後退らせる。  
「あ、あぁ!私もパトリシアのことは好きだ。で!でも!それは友達としての好きであって……」  
 
下手な答え方をすれば何が起こるか分からないと判断して無難な答えを返すリーゼ。  
しかし、その台詞を言った瞬間、何故か胸がズキリと痛んだのだった。  
「本当に?本当に私のことを友達としてしか見てないの?」  
パトリシアは尚も追い縋り、リーゼの首に腕を回し身体を預けることで一気にリーゼを押し倒す。  
「あぁ、その通りだ。それに女同士でこんなことするのは……間違ってる」  
ベッドに押し倒され、パトリシアの顔がすぐ近く迫ったことにパニックになりながらも、何とか対応するリーゼ。  
しかし、その言葉はパトリシアに否定されてしまう。  
「ウソつき」  
小悪魔の表情で、まるで心の中を見透かされているようだった。  
「私、知ってるんだよ。リーゼったら時々私のこと、すごくヤラしい目で見てたよね」  
リーゼの背中に多量の冷や汗が流れた。身に覚えのあることだったのだ。  
彼女の容姿やスタイル、仕草や立ち振舞い、全て同性の目から見ても魅力的で、その姿につい見惚れてしまうことが何度かあったのだ。  
しかし、それはあくまで憧れからくるもので決して不埒な気持ちで見たわけでは無い……はずだ。  
 
「違う!あれはそんなんじゃない!」  
「そんなに真っ赤になって否定しなくてもいいのに。でも、その恥ずかしがり屋なところがリーゼのカワイイとこだよね」  
こちらの話など聞いていないのか、パトリシアは『リーゼが自分をヤラしい目でみた』という前提で話を進めていく。  
「本当にカワイイんだから……」  
ベッドに横たわるリーゼの頬を撫でながら、愛しそうに見つめるパトリシア。  
そして、そのままゆっくりと顔を近付け始める。それは明らかにキスをしようとしている行動だった。  
 
ゆっくり、ゆっくり唇が近付いてくる。  
頬に手が添えられているが、顔が固定されているわけではないから、避けようと思えば避けられる。  
しかし、リーゼはピクリとも動かない。  
 
互いの吐息が感じられる位、パトリシアの顔が近付く。  
首を捻るだけでキスは避けられる距離。  
それでも、リーゼはパトリシアを見つめているだけ。  
 
鼻が触れる所まで近付いた。  
顔を少しだけ横に向ければ、まだ避けられる距離。  
ここまで来ても、リーゼはまったく動かなかった。  
 
もう唇は視界に入らない。  
わずかでも顎を上げれば唇が触れてしまう距離。  
もう、キスを避けられない。  
 
「ん…」  
唇に伝わる柔らかい感触。  
避けれたはずなのに、避けることなくキスを受け入れてしまった事に、リーゼ自身が一番驚いていた。  
その上、あれほど否定していたのに、女同士なのに、まったく嫌悪感を感じなかった。  
それどころか、顔が熱いし、胸がドキドキする。おまけに体は歓喜に震えていた。  
もしかしたら、自分でも望んでいたのかもしれない。  
その考えを、リーゼは否定することが出来なかった。  
 
やがて、そんな風に葛藤しているリーゼをよそに、唇が離される。  
「ねぇ、リーゼは誰かとキスしたことあった?」  
「あ……いや」  
自分自身の反応に戸惑い、まともな返事が出来なかったにも関わらず、パトリシアの質問にリーゼは間違うこと無く答えた。  
「そっかぁ、私がリーゼのファーストキスの相手なんだ。嬉しいな。じゃあ……」  
パトリシアは恍惚の笑みを浮かべると、前触れも無くリーゼの唇を再び奪った。  
先程と違い今度は唇を吸い上げて刺激する激しいキス。それだけではなく唇を舐め上げて唾液を擦り付ける官能のキスでもあった。  
不意討ちの快感に思わずリーゼは喘いだ。  
その隙にパトリシアは弛んだ口内に舌を滑り込ませる。  
 
口内の侵入に成功した舌は、まず口蓋を味わい始める。  
そのまま奥へ進み柔らかい部分を味わい、次は頬の裏へと、口内の唾液を舐め取り、代わりだとばかりに自分の唾液を送り込む。  
「んちゅ……あ…っは…ん…ん…」  
リーゼは強引な攻めに悶えながらも、抵抗しようとしなかった。  
歯を一本一本丹念に舐め上げられても、パトリシアの舌を噛むことなく、ただただ与えられる快感を享受するだけ。  
攻めが最後に残された舌に及ぶころには、消極的ながら自ら舌を絡ませるようになっていた。  
「…んはッ、……ふふふ、リーゼのセカンドキスと初めてのディープキスも私が貰っちゃったね」  
二人分の唾液が付いた口元を拭いもせず、パトリシアは自分が攻め落としたリーゼを見下ろすと満足そうに微笑んだ。  
一方、リーゼは息も絶え絶えで、焦点の定まらない目でパトリシアを見つめていた。  
「もう、駄目だよ。そんな目で見つめられちゃあ、最後までしたくなっちゃうよ」  
パトリシアはリーゼの視線により、さらに燃え上がり、リーゼの服を脱がせに掛かった。  
 
 
 
 
 
 

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