サイキックフォース  

過去のことだ。  
記憶が霞で隔たれてしまって、何も思い出さない。  
思い出したいとも思わない。  
思い出したくもない―――ただの、空白。  
それでも、意識の境界が薄れるとき、彼の脳裏に映し出される記憶。  

くるくるとよく笑う少女。  
泣いている自分を抱き締めてくれた、若草色のジャケットの袖には、陽光の匂いが染み込んでいた。  
自らが纏う鮮緑の風に、柔らかな赤毛の三つ編みが踊らせていて。  
まだ幼さの残る面影と、背伸びした挙動。  
あの声が問いかける。  
「ねえエミリオ、―――」  

× × × × × × × ×  

 

『して、みない?』  

あの、声。  
ぎし、とベッドが鳴った。  
「ちょ―――冗談止めてよウェンディ」  
返事は無い。  
ただ、くすくすと笑う気配があった。いつも通りに、邪気なく。  
半身が猛っている実感だけはある。背から震えと熱がせりあがってきて、首筋の辺りで留まるのを自覚した。  
しなやかな指先が探るように筋に触れて、上へとなぞりあげた。  
「っ」  
空色の瞳が上目遣いに彼を見上げている。  

ふっくりした唇の片方の端を持ち上げて。  
「どうして?だってこーゆーのって男の子の方がリードしてくれるのが普通じゃない?」  
唇が開いて、  
「なのにエミリオ、嫌がるどころか逃げようとするんだもの」  
「あ、当たり前だよ!」  
「どうして?」  
暗がりの中とはいえ、果たして彼女に見えてないなんて事はないだろう。赤黒くたちあがった「それ」。しかも  
今、その先端からはあの透明な汁が漏れはじめているのだろう。自分ではっきり判る。  
混乱。何かが間違っている。また、足元から声がきこえた。  
「続けて欲しい?欲しくない?」  
窓の外から挿し込む薄明かりの元、大きな目が、弓なりにしなった。  

 
 

指先が、更に根元へと伸びる。然る後にくい、と、と玉を軽く握られた。  
「ぃ」  
違う種類の快感がぞくりと伝わってきた。それを契機に、既にボタンを外されていたトラウザが肌蹴て、ほんの  
少しその位置が下がる。  
「ね、どう?」  
「どうって」  
根元に親指が触れ、軽く動かされる。皮膚一枚を隔てて、擦られる感触が今度はダイレクトに上ってきた。  
「ウェン、ディっ」  
耐えかねて呻いたところに、  
「うわ、ぬるぬるになってる」  
間髪いれずに彼女の言葉が返ってくる。それも、相変わらずの笑みを含んだ調子で。その間にも、彼女は両手で  
エミリオの半身を梳き続けている。指先の気配は、滑りがよくなったせいか一層なめらかな動きとして伝わった。  
「大丈夫よー、痛くはしないから。多分」  
多分って。  
しかしもう、反論の言葉もでない。  
やるせなさげに鎌首をもたげたそれを再び、彼女が摘み上げた。  

 

それを見た直後、指先より更に柔らかな、湿ったものに先端が包まれる。  
……亀頭の辺り。  
強烈な刺激が脳天を貫いた。  
「っあ……ちょ、歯、た」  
む?と、声にならない声が応じた。  
今度はゆるゆると、裏側を濡れたものが短く往復。一本に伸びた感じる部分を、時折外して焦らすように  
しながらなぞりあげる。それから、段差の部分に指先が触れ、ゆっくりとねぶった。  
じゅる、と唾液と汁が混じって下世話な音立てた。込み上げてきた息を、必死で押し詰める。  
さらに深く、彼女が咥えてきた。今度は触れてこない硬い歯の感触を、自身が己の弾力ではじきかえしているのが  
わかる。柔らかくて暖かい。その癖、容赦ない。  
その辺りから、エミリオの思考は混濁しはじめた。  
しつこく、裏側をなぞられている。時折、思い出したように先端の口に舌先が触れ、その度に自分の何処かがびくり  
と震える。背筋が、意識が、半身が。濡れた音が冷えた部屋で響き渡っていた。ここが壁の薄い通常のホテルだと  
いう事実すら思考の彼方。  

 

「っ…………」  

 

そして、頭の奥が真っ白に塗りつぶされた。  
波が引くように快感は去り、強烈な罪悪感が湧き上がってくる。  
僕はいったい何をしてる?  
「ご、ごめん、ウェンディー」  
いつもの癖で、まず、謝ってしまった。しかし、彼女の、いつもの、咎めの言葉はない。  
彼女は黙って手の甲で目元を拭った。手のひらと言わず顔面といわず、Tシャツの胸元にまで精液は零れていた。  
肌の表面同士を擦り合わせたところで綺麗になるはずもなく、ただ、白い液体が、少女の頬から糸を引く。  
「平気」  

 

少しの間、窓の外からネオンが投げかける安っぽい光と、蠅の遊ぶような低音だけが狭い部屋を支配した。  
単純に彼女を汚してしまったという、罪の意識。でも汚したって何を?と、思考が哲学的な袋小路に向けて  
迷走しかけたのを、強いて引き戻す。  
自分は、ベッドの上に中途半端な形で腰掛けていた。  
彼女は、エミリオの足元で床に膝をついていた。  
数拍遅れて今の状況を思い出す。  
どうして、この部屋がこんな静かなのか。  
どうしていま、ここに二人しかいないのか。  

「ねえ、エミリオ、しよう」  
彼女が言う。  
エミリオを、矢張り上目遣いに眺めて。  
「大丈夫、わたし初めてだけどエミリオとだったらきっと平気だから。ねえ、いいでしょ?」  
彼女が言う。  

どうして、いま、ここに、二人しかいないのかということ。  
……ここに居ないのが、誰なのかということ。  

卑怯だ、と、思った。現に、彼女の表情はどこか卑屈だった。白い粘液に塗れたその貌は、決して潔くはなかった。  
けれど、彼の半身は再び、彼女の言葉に応じようとしている。さっきと同じ、或いはそれ以上の快感を求めて。  
「……駄目、だよ」  
「どうして?!」  
そこで、画面が切り替わった。  

 

はじめからTシャツ一枚という恰好だったのに、床の上で彼女は矢張り恥ずかしそうだった。紅潮しているであろう、  
頬に乗せられた手首が闇に青白く浮かび上がって瞼に焼きついた。それでも、脱がせる手間が無いことにエミリオ  
は多少ながら安堵していた。コミックのキャラクターがプリントされたシャツを下から捲り上げて胸板に乗った微か  
な膨らみに手を伸ばす。その先端が硬く、揉みかけた手のひらに当たった。  

 

二人とも息は存分に熱くなっていた。  
息遣いと心拍とが浮かび上がった肋骨越しに伝わる。  
「は」  
エミリオの腕の下で、膨らみが形を変えた。閉じた瞼が震えた。  
「ね、エミリオ、もういい」  
「え」  
言いながらも、彼の指先は既にショーツの隙間からウェンディの陰部へと侵入を果たしていた。ひっそりとした茂み  
が中指に擦れる。目的の場所を探して、彼の指は無我夢中で進んだ。触れた、湿った襞を抓み、押し開く。ルート  
から外れた薬指が外側の小さな突起に触れたところで、エミリオの耳元で彼女が切羽詰った吐息を漏らした。  
「あ、っふぁ――――――」  
「ここ?」  
そして、指先が、細い割れ目に潜り込んだ。  
「そ、……ふふ」  
つ、とぬるぬるしたものが触れる。  
「そう」  
待ちきれないようにたくましく熱を持ったそれを、入り口に当てた。腰の後ろに力を込めて、一息に打込む。  
「う、っ、いた…………」  
切なげな声と共に、彼女が眉を寄せて顔を歪めた。  
「っ、あ、ふく、ぁ、っう、あ、あっ―――!」  
殆ど悲鳴に近い。  
それでも構わずに推し進めると、強い抵抗に遭った自身まで痺れるように痛んだ。それでも力を込めて、思い切り  
打込む。早刻の、罪悪感はどこかに消えていた。自棄にも似ていた。歯止めがきかない。  
上体の下で、彼女の四肢が酷く引き攣る。唇からは絶え間なく、快楽というよりは苦痛による喘ぎが漏れている。  
しかし、彼女に抵抗の素振りはなかった。ただ、がくがくと彼の腰の動きに併せて揺さぶられるのみ。  
自業自得だ、と頭の隅で誰かが言う。  
そうだね。  

 

一度射精したというのに、半身の熱は収まることを知らない。あたたかいものにきつく締め付けられて、一層加速  
させていく。思い出したように腰に当てていた片手を滑らせて、先ほどの突起を抓む。  
「ひんっ」  
ひときわ、締め付けがきつくなった。うっとりするような刺激が下半身に走る。  
「ふ、っ、ああああ、あぅ、あ、あん」  
彼女が自分の律動と一緒に声をあげた。  
ああ、これもまた。  
そう、箍の外れかけた意識が呟いたとき。  

ずん、と何かが迫り来る感覚とともに、二つの声が重なった。  

「あ、ああああああ、っ、ん、ぅ、ゃ、ぁっ」  
「く―――――――――」  

 

×  ×  ×  ×  ×  ×  

あのときは、ほんとうは、僕はどうしたのだったっけ?  

×  ×  ×  ×  ×  ×  

 
 
 

目が醒めた。  
下着が汚れていた。  

「……………………」  

 
 

軍サイキッカー部隊においての功績がしばしば「必要以上」ではあるにせよ充分ではあることから、エミリオ=ミハイロフの軍での扱いはそれなりに厚遇されている。例えば、今いるのは一人部屋だ。  
夢精だった。  
が、逐一気にする程の神経を、そもそも彼は持ちあわせていない。なので、無言でタオルケットを蹴り上げて起き上がると、散らばった衣服やばらばらに切り刻まれた雑誌、食器などの残骸を踏み分けてクロゼットへ向かう。  
そしてそのまま着替えを始めた。汚れた下着は屑籠に丸めて捨てる。  
そして普段通りに洗面所へ向かう―――その足が一瞬、止まった。  
目線の先には、ベッドのサイドテーブルに置かれた一枚の書類。  
司令官であるリチャード・ウォンについ先日渡された、つぎの任務の通達だった。  
そこに、一つの女性の名がある。  

彼の脳裏にあの少女の面影が過ることはない。そこからは早足で洗面所へ歩みを進め、水を流す音が流れるこ  
数十秒。そして彼はそのまま、現在、任務という名の殺戮と破壊を消費する日常へと戻るべく、電動ドアのスイッ  
チを押した。  

そこに至って尚、あの、かつて壊れた幸せの残骸からは逃れられないとは知りもせずに。  

 

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