ノアから逃れて既に2ヶ月が過ぎようとしている。アメリカのノースダコタという田舎。  
ここにバーンとウェンディー、そしてエミリオの3人が住んでいた。いまだに3人は逃亡生活を余儀なくさせられていた。  
世界的なサイキッカー排斥思想、ノアの追及・・・3人にとって、普通に生活するのも難しい状況である。  
少しでもまともな生活をしようとするには別人になりすますか、ダウンタウンなど危険な街に身を潜めるしかない。  
だが、そのどちらも難しい話だ。  
ノアから逃げてしばらくは追っ手を振り切る事に専念していたが、半月も過ぎた頃には何とかノアの目を眩ます事ができたようだ。  
 
更に1週間ほど様子を見て、それを確信した3人は今後の相談をした。(世間知らずのエミリオは意見の言いようもなかったが)  
まずバーンが提案した『3人兄弟という事にして、ダウンタウンで生活する』という方法を選んだが・・・部屋を見つけて3日しないうちに強盗とやりあうハメになり、サイキッカーである事がばれてしまった。  
強盗が酒屋を襲ってる時、店先をバーンが通りかかったのだ。正義感の強いバーンが、その後にとった行動は・・・言うまでもない。  
この顛末を聞いたウェンディー。  
何も言わずバーンの顔面に拳をめり込ませた後「まったくもう・・・仕方ないわよね。バーンってば、そういうの見過ごせないんだもん」と苦笑混じりに言った。  
解ってるなら殴るなよ、と鼻を押さえながら愚痴ってたバーンと謝りながらバーンの顔を覗き込むウェンディーを見て、エミリオは静かに微笑んでいた。  
 
ここまでが1ヶ月前の話である。  
 
この後、今度はウェンディーの提案『都会で働き、田舎町の更に離れた土地に住む』という方法をとった。  
これは今のところ上手くいっている。都会から離れてると言っても、バーン達は飛べるのだから、さほど辛くはない。  
また、格安のキャンピングカーを買って、田舎町からも離れた場所に住んでる為、さほど人目を気にする必要もなかった。  
資金はバーンが以前住んでたアパートに隠していた、親から『キースを探すにも金はいるだろう?』と貰ったものだ。  
バーンは、社会から爪弾きにされても自分を助けてくれた親への感謝の気持ちを再認識した。  
この金のお陰で、ウェンディーとエミリオに少しだけでも辛い思いをさせずに済んだから・・・。  
 
そんなこんなで(きっと短い間なのだろうが)平和な、少しだけ心が落ちつく生活を送っている3人だった。  
 
バーンとウェンディーは朝早くに出て夕方に帰ってくる。エミリオは(できる範囲で)家事をする。そういう生活が続いた。  
しばらくして、たまにバーン達の帰りが遅くなる時があった。  
遅い日は週に1〜2回だが、エミリオが聞くと、仕事が忙しくて遅くなると2人共そう答える。一応エミリオも納得した。  
何故なら遅い日は2人とも、いつもより疲れた様子だったから・・・。  
 
 
ある夜。  
「バーン、ウェンディー、おかえりなさい。今日も遅かったね。今、ご飯をね、僕が―――」  
バーン達の気配を感じたエミリオが外まで迎えに出ていた。以前のエミリオからは想像できないくらい喋る。こんなに喋るようになったのはバーン達と暮らすようになってからだ。  
 
ノアにいた頃は静かに目立たないようにし、まず他人の様子を伺って、自分からは何も言わない何もしない。そんな子供だった。これまでの環境がそうさせた。そうしないと更に辛い思いをするからだ。  
これはノアにいても同じだった。『仲間』ではあるが決して信じあう関係ではない人達・・・迫害されないだけマシではあったが、居心地が良いわけじゃなかった。  
唯一、親身になってくれたウェンディーだけが信用できる相手だったが、ウェンディーの態度は『可哀相な子供』に対してのものであり、遠慮しがちだった。  
ウェンディーの気持ちは嬉しかったが、やはりそういう態度で接せられるとエミリオは自己嫌悪を感じてしまう。自分はダメな子なんだと・・・。  
 
しかし。  
 
バーンが現れてから、エミリオは自分の世界が変わったように・・・いや、確実に変わった。まるで違った世界に来たようだ。  
誰に対しても変わらない態度で接するバーンだが、相手の事情を考えないわけじゃない。  
バーンは相手が誰だろうと絶対に間違ってると思わない限り相手の意見を尊重したし、他のノアの人達と違って心に余裕を持ってるような感じだった。  
そんなバーンだから、当然エミリオに対しても同じように接した。  
特にバーンが初めてエミリオに話しかけた時のエピソードは今でも(今だからこそ)笑い話になっている。  
まあ、ちょっとした勘違いもあったので、ウェンディーは憤慨するのだが・・・。  
 
 
「お・・・よう!俺バーンってんだ。つい最近、ここに来てさ。ちっと散歩のつもりだったんだが、どーも道に迷ったらしいや。  
 いや広いなー、ここは。よくもまあこんな建物や設備を用意できたもんだ。まったく想像以上だぜ。あ、オマエさんは?」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(目を丸くしてジッと見てる)」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ニコニコしながら見返してる)」  
「あ・・・あの・・・あの・・・ぼ、ぼく・・・。」  
「うん?」  
「・・・・・・・・・誰、ですか?」  
「バーン。バーン・グリフィスってんだ」  
「えっと・・・えっと・・・何、してるんですか?」  
「散歩してたんだが、道に迷っちまってさ」  
「・・・えっと・・・・・・サイキッカー?」  
「俺?もちろんさ。じゃなきゃあ、ここに入った途端ここにはいないさ(アメリカン笑)」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え〜〜っと・・・お嬢ちゃん、お名前は?」  
「・・・っ!あの、ぼく・・・エミリオ・ミハイロフです。あの・・・」  
「そうか、エミリオちゃんか。なんか男っぽ・・・ああ、いや、良い名前だな。ロシア系かい?」  
「あ、あの・・・ぼく・・・」  
「あ!そうだな。悪い悪い!余計な詮索しちまって・・・無理して答えなくていいぜ?」  
「・・・え?あ、あの・・・」  
「とりあえず、そうだな。他の連中がいるレストルームまで案内してくれねぇかな?」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」  
 
それじゃ行くか、と何でもない風に手を差し出すバーン。何の他意もない手・・・自分を連れ去る為ではなく、自分を哀れんでるわけでもなく、ただただ、手を繋ぐ為だけの。  
だからこそ、エミリオも自然に手を伸ばした。  
 
ニコニコしながら手を繋いで歩くバーンと、顔を真っ赤にしながら手を引かれて歩くエミリオ。  
バーンにしてみれば、道に迷った恥ずかしがり屋の少女を保護したつもりかもしれない。(実際と違う点が幾つもあるのだが)  
エミリオは今、自分の手をシッカリ握っている、力強く大きな手を見つめながら歩いてる。まるで、何があっても離さないでいてくれる。そんな手だと思う。  
まったく嫌な感じはない。それどころか、気持ちが和らぐ。もしかしたらエミリオは初めて知ったのかもしれない。ただ手を握ってもらうだけの事が、こんなに落ち着く事だなんて・・・。  
 
嬉しくて。感動して。安心して。  
そんな気持ちが混ざって、なぜか解らないが思わず泣きそうになるのを必死になって堪えて、顔が真っ赤になっていた。  
今にも泣きそうな顔を見られたくないから、バーンの顔を見上げる事もできない。途中、何回もバーンが嫌なら・・・と言ったが、その都度エミリオは首を振って嫌じゃない事を示した。  
ずっと、このまま手を繋いでいられたら。冗談ではなく、そう思っていたのだから。  
この喜び・・・幸せ?これに比べたら、自分が女に間違われた事なんて気にならな・・・・・・やっぱり、それは別。  
 
ウェンディーも変わった。いや・・・変わったと言うより、本来の自分に戻ったのだ。  
他人への優しさや気配り、相手がキースだろうとウォンだろうと言いたい事は言う。そういった点は変わってない。しかし。バーンが現れてから、以前と明らかに違う点があった。  
それは喜びや怒りや悲しみなど、そういった感情をハッキリ表すようになった点だ。  
やはりノアでの生活はウェンディーにとっても決して楽なものではなかったのだろう。無意識のうちに自分を抑えていたのかもしれない。  
 
今だからこそ、それまでのウェンディーの表情はいつも曇っていたという事が解る。  
もはやウェンディーの顔は曇っていない。気持ちの良い風が吹く晴れやかな空のような・・・広く大きく高い青空のような・・・。  
これもまた、バーンがきっかけだったのだ。  
出会ってしばらくした頃にはもう、バーンは唯一本当の自分を出せる相手になった。遠慮のなくなったウェンディーにバーンは辟易したかもしれないが。  
元々ウェンディーは暗い雰囲気が苦手だ。気持ちの切り替えは早いし、明るく騒ぐのも好きだ。  
ウェンディーにとってバーンは姉のクリスと同じような"精神的位置"だった。だからこそバーンは相性の良いパートナーだった。  
この頃は恋愛感情など皆無でエミリオと同じように頼れる兄のように思っていたが、やはりバーンを異性と意識するのに時間はかからなかった。  
ノアを出る頃にはもう、はっきりと自分の気持ちを意識していた。バーンとエミリオと一緒にノアを離脱したのも、ノアの方針に反対だったからではなくバーンと一緒にいたかったからだ。  
 
それからは三人一緒のところをよく見かけられるようになった。と言うより、ウェンディーとエミリオがバーンについて回っていた。  
それだけバーンが二人にとって大きな存在になっていたのだ。  
ウェンディーやエミリオが一人で歩いていると、たいていの人が「バーンなら―――」と聞かなくても教えてもらう程だった。  
「おや。エミリオではありませんか。」  
「あ、こんにちわ。」  
「あの男なら、確かあちらのロビーで寝てました。まったく、キース様も物好きな方だ。反対の意思がないとはいえ、  
 ノアの為に働く事もせず、日がな一日ノホホンと過ごしてる。余計な経費の最大原因ですね。」  
「・・・。」  
「エミリオ。君も立派なサイキッカーになりたいなら、あんな男は反面教師と思いなさい。キース様や、僭越ながら  
 この僕みたいなサイキッカーを目指すと良いでしょう。」  
「はぁ・・・あ、はい。」  
「うんうん。」  
「・・・に・・・さーん。」  
「ん・・・レジーナ?―――では失礼するよ。くれぐれも!あんな男の真似だけはいけませんよ?」  
「・・・あ、はい。」  
 
バーンはノアにいた頃、最初こそは懐かしさ・会えた喜びもあってキースと歓談できたが、どうしてもキースの意見に納得できずノアを離脱する事になった。  
軍事利用を主な目的とした人体実験。社会的な迫害。それらへの復讐も含めて、サイキッカーが自由になる為の方法が独立国家(人類との戦争)だって?そんな方法しかないのか?戦うしか道はないのか?  
権利や平和を勝ち取る為の闘争・・・それは確かにあるだろう。だが戦争やテロは違う。どんなに思想が正しくても、無関係な人々を巻き込むような真似をした者を誰が認めると言うのだ?  
しかも終わりは「相手の殲滅」以外にない。滅ぼすか滅びるか。そんな馬鹿な真似を考えるなんて、キースはどうかしてる!・・・そう決意せざるを得ない経験があるんだろうか?  
そうだとしても一部の悪だけを見て全部を悪と判断するのはキースらしくない。バーンの知るキースなら独善的な判断など絶対にしない。もっと憎たらしいくらい、冷静に第三者的な考えができたはずだ。  
会えなかった2年間で、そこまでキースは変わってしまったんだろうか?  
 
キースの目指すものは間違ってる。これは確かなはずだ。キースの説明(説得)をいくら聞いても納得できないでいる自分がいる。それが証拠だ。  
昔は自分が正しいと思っていても、キースに諭されて間違いに気付いた事が数回・・・何十回もあった。しかし、今のキースの話はまったく納得できないのだ。  
迫害された事については(想像するしかないが)辛く大変だっただろうと思う。復讐したい気持ちも解る。でも、だからって無関係な人達も含めた全人類を相手に戦争なんて、絶対に間違ってる!  
確信を持って「間違ってる」と断言できるが、それをキースに納得させるだけの説明ができない。口ベタな自分がもどかしい。昔のキースのように理路整然ってやつができれば・・・と悔しく思う。  
 
「キース、キース!頭の良いおまえなら解るだろう?そのやり方じゃ皆の未来はない。ただ殺し合うだけで終わっちまう!」  
「君こそ解ってくれ。サイキッカーは人類とは違う。それも人類がサイキッカーを区別したんだ。このままでは我々は―――」  
 
これで何度目だろうか。キースとの会話も、もはや堂々巡りだ。  
バーンは、自分には結局キースを理解しきれないのかもしれないと思い始めていた。どんなに上手く説明できてもキースは納得しないかもしれない、と。何故ならキースと同じ経験がないから。  
バーンの言葉はキースにとって「知らないから言える甘い意見」であり、その段階で考慮するに値しないのだ。  
これがまったくの他人ならキースは既に敵意を持っていたかもしれない。バーンだったからこそ、まだキースも説得しようと応じ続けたのだ。  
 
結局、バーンはキースの説得を一旦諦める事にした。とにかく、できる事からやろうと思ったのだ。  
まずノアで知り合い、自分を慕ってくれるウェンディーとエミリオを守る。二人とも迫害された経験はあるらしいが、キースの言うような人類への復讐とは無縁に見える。  
ウェンディーは性格的にもそういった考えは無さそうに見えるし、エミリオはまだまだやり直しができるだろう。あとは二人を説得できるかどうかだ。  
この二人に、ノアとは違う未来への道もあるのだと・・・広い視野で見れば可能性は幾らでもあるのだと・・・示したい。それができれば、キースも考え直してくれるかもしれない。  
そうと決まればバーンの行動は早い。  
まずウェンディーに話をし、それからウェンディーと二人でエミリオに話をした。  
 
「やだもう、そんな風に聞かなくたって行くわよ、一緒に。・・・あ、バーンだけじゃ、その、心配だし、ね?で、でもね?  
 私もカワイイ女の子なんだから、そ、その・・・二人っきりでも・・・その、変なこ―――」  
「そうか、サンキューな。ウェンディーが一緒ならエミリオも安心して一緒に来るだろうし、俺も色々と助かるぜ。」  
「・・・あ、そうよね。エミリオも一緒につれて行かないとね。ノアに一人で残してなんて行けないわよね?」  
「ああ、まったくだ・・・風邪か?顔が赤いぞ?」  
「・・・・・・なんでもない。」  
 
ウェンディーは迷う素振りすら見せず快諾し、エミリオもバーンとウェンディーの二人が一緒ならばと応じてくれた。  
こうして、バーン達3人はノアから離脱したのだ。  
 
 
「ただいま。それじゃーサッサとシャワー浴びて、エミリオが作った美味しい夕飯を頂くとするか?」  
「そうね。汗かいちゃったし、ちょっとヌルヌ・・・あ、ケーキ買ってきたのよ。ご飯の後デザートしようね?」  
 
ケーキと聞いた途端、エミリオは目を輝かせてウェンディーの持っている箱を覗きこもうとした。  
 
「わぁ、ケーキ?ねえ、ウェンディー。苺が載ってるのある?」  
「もっちろんよ!エミリオ好きだもんね。他にもイロイロ買ってきたから、後のお楽しみにしてね。」  
「うん!じゃあ早くシャワー浴びてきてね。ぼく、ご飯の用意しておくからね。」  
「それじゃお先に・・・」  
「ちょっと何言ってんの。同じバス使うんだから、当然レディーファーストでしょ?」  
「はん?ウェンディーワースト?」  
「・・・・・・・・・右と左、どっちがいい?」  
「いや、なんだその、ホラ!アメリカとオーストラリアじゃ、発音がちょっとな!微妙な違いっていうか!」  
「右と左。」  
「・・・レディ。ぜひ、お先にどうぞ。」  
「あらー、そうですの?それではご免遊ばせ〜。」  
 
いつも通りというか日常的なバーンとウェンディーのやり取りを聞いて、エミリオは両手で口を押さえて笑いを堪えている。  
 
エミリオを横目で見ながらバーンは、迎えに外に出てきて自分達に気付く前の表情を思い出し、エミリオに寂しい思いをさせてる事を済まなく思った。  
研究機関での閉鎖的で孤独な生活を経験し、今のバーン達との生活にも慣れたとはいえ、やはり一人で留守番なのは寂しいだろう。  
だが、これについては帰宅途中にウェンディーと相談済みだ。二人とも別々の日に休みを取って、エミリオの相手をする事で合意した。  
今まで週2日だけ一緒だったが、その他に別々にエミリオと一緒の1日ができ、計4日エミリオを一人にせずに済む。  
その代わり、それ以外の3日は必ずウェンディーの"相手をする"事になったが・・・。ま、いいか。ウェンディーが先に車内に入っていくのを見ながら、バーンはそう思った。  
バーンとエミリオも車内に入った。バーンは居間兼客間であるメインルームでウェンディーが出るまで待とうとソファに寝転んだ。エミリオがキッチンに向かっていき、チョコマカ動いてるのをぼんやり眺める。  
そして、帰宅途中に"休憩"した廃屋(倒壊しかけた4階建てビル)での事を思い出す。最近、よく利用してる所だ。  
 
「そういや・・・最近はアイツから誘うようになってきたな。以前は恥ずかしがってばかりだったのに、自分から触ってきたりするし、やっと慣れて余裕が出てきたってとこか?恥ずかしいけど嫌がらないってのも可愛くて良かったが、それはそれ、これはこれって感じで、今のアイツも良いよな。ヘヘ、今度はどうしよっかな〜。」  
 
今日の可愛かったウェンディーを思い出しながらニヤニヤするバーン。それを不思議そうに見てるエミリオの視線に気付いて、バーンは慌てて笑って誤魔化す。  
 
そういや、エミリオもそれなりの歳なんだから興味あるはずなんだが・・・とバーンは思ったが、どうもエミリオはそういった事に関心がないらしい。  
以前、バーンが買ってきた雑誌のグラビアをエミリオが見てたが、興奮するといった感じではなく、ただ物珍しそうに眺めてただけだった。  
もしかしたら・・・異性に対しての恋愛感情が希薄なのかもしれない。エミリオの今までの生活環境を考えれば、そういった情操教育ができてない可能性は十分にある。  
という事はエミリオは恋愛ができないかもしれない。これからもずっと?  
 
「そりゃマズイよな〜。幾らなんでも健康な男子の人生じゃないぜ。とはいえ、今は教えるのも難しいか。せめてジュニアハイに通わせれればなぁ。この俺が直々にガールフレンドの作り方を教えてやるんだが・・・。」  
 
本来ならエミリオはまだ義務教育の年齢だ。学校生活こそ、社会生活の基礎を学ぶ場でもある。そういった経験がないのは、これから先の人生にも大きく影響するだろう。  
仕方ないとは言え、こういった生活しかさせられない自分の非力さを悔しく思う。  
バーンやウェンディーは、今はもうエミリオの兄姉のつもりでいる。特にバーンは父親代わり(のつもり)だから、何かとエミリオに"教育"しようとする。男同士だからこそできる教育を・・・。  
例えば魚釣りやキャンプ等のアウトドアな遊びだ。これは簡単なサバイバル訓練にもなるし体を鍛える事にもなる。いざという時、一人だけになっても生きていける経験と自信を持って欲しいという気持ちもあった。  
銃やナイフの扱い方についても教えた。サイキッカーには不要と思われそうだが、どちらも単なる凶器ではなく、サバイバルツールとして必須の道具なのだ。  
 
そして(バーンにしてみれば)当然、性教育も行った・・・が、ウェンディーの猛烈な反対にあって成果は芳しくない。また、本人が興味を示さないのも問題だ。  
普通は自然と女に興味を持ったりして、そういった知識を身に付けていく。だからいざ教えるとなると、どう教えれば良いのか判らない。  
雑誌のグラビア程度では効果ないようだし、だからといってポルノ雑誌を見せてトラウマにしたくない。だが、それなりに知っていないと、むしろ恥ずかしい年齢だと思う。  
どうやってエミリオに女への興味を持たせるか・・・最近の最重要事項の1つだ。  
 
バーンとの漫才を止めて車内に入ったウェンディーは、さっそくバスルームへ向かった。  
つくづく、このキャンピングカーの大きさに感心してしまう。普通は車内にあってもシャワールームくらいで、しかも外に置く組立式が多いはずだ。  
バーンはアメリカでもまあ大きい方だと言っていたが、それにしても・・・。高級な作りではないが、これなら十分に豪華だと言える。  
こんな車を買った上に『まあ大きい』程度だなんて・・・もしかしてバーンってば、お金持ち?そんな考えも浮かんだが、ウェンディーはすぐに否定した。  
 
「放蕩息子って表現はバッチリ合いそうけど、富豪の御子息には見えないわよね〜。まだキースの方がそう見えるわ〜。」  
 
ただ単に金銭感覚がズレてるだけかもしれない。そんな事を考えながらバスルームに入って服を脱ぎ始めた。  
ジャケットを脱ぎ、パンツを膝まで降ろしたところでウェンディーの動きが止まった。  
 
「あ・・・ショーツに沁みてるどころか、パンツまで濡れちゃってる。う〜、バーンってば出しすぎ!こんなに、いっぱい・・・  
 ん、まだちょっと溢れて・・・あ・・・やだ、エミリオ、気付いてないよね?恥ずかしいなぁ、もう・・・。」  
 
恥ずかしさと嬉しさが混ざったような表情で、ウェンディーは濡れた下着とそこに糸を引いて滴る白濁液をジッと見つめていたが、ふと鏡に映った自分が視界に入り、今の自分の表情に気付いて我に返った。  
あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になる。ブツブツとバーンのせいよと言い訳のように呟きながら服を脱ぎ、シャワーを浴び始めた。バーンが次に入るし、エミリオが夕飯の仕度をしてる。  
だからウェンディーは急いで髪を洗い、体を洗った。  
首筋や胸に赤いアザのようなものが幾つもあった。背中にもある。ウェンディーはそれに気付くたびに、顔がほころぶのを止められなかった。バーンに、さっきまで優しく激しく、求められ、愛されていた証なのだ。  
バーンに何処をどうされたか思い出し、ついつい体を洗うのが疎かになる・・・どころか、気付くと自分の胸と下腹部に手が伸びていた。  
そんなつもりは毛頭なかったのに、今では敏感な部分を触らずにいられない。  
 
「あ、んっ・・・ぁ、ああ・・・くふっぅぅ、んん・・・はぁ・・・こ、こんな事・・・して、ちゃ・・・ダメな、のにぃ。」  
 
男を、バーンを知る前の自分に、今の自分は想像できなかっただろう。こんな"ハシタナイ女"になるなんて・・・ウェンディーはそう思う。思うのだが止められない。抑えられない。  
今ではバーンの事を想う=バーンとの情事を想像するという状態になってしまった。自分が、淫乱で変態の女になってしまったのかと、こんな自分を知られたら嫌われてしまうんじゃないかと、不安になってくる。  
だからと言ってバーンに相談するなんて絶対できない。こんな時にお姉ちゃんがいてくれたら・・・と思うのは変だろうか?不謹慎かもしれないが、ウェンディーは切にそう思った。 
 
膣内から溢れてくるバーンの白濁を、硬くなった肉豆に塗りながら優しく擦る。しばらく繰り返してるとバーンの臭いがしてきた。ヌルヌルになった手を口元に持ってきて、その臭いを嗅ぐ。嗅ぎながらも、もう片方の手は休まず肉豆を弄んでいる。その手がどんどん激しくなってくる。今はもう、まるで股間全体を  
揉みしだくように動かし、グチャグチャと淫らな音がバスルームに響く。臭いを嗅いでいた手も、頬や鼻に白濁を塗りたくりながら声が出ないように口元を押さえている。しばらくの間、んふーーーっふぅぅぅっと鼻声を出していたが、物足りなくなったらしく、股間に両手をやった。片手はそのまま肉豆を弄り、もう片方の手は後ろから回して中指を膣口に出し入れさせる。指を入れるようになったのはバーンを知ってからだ。あんなに大きいバーンのものが入るのだから指の1本や2本は簡単に入ると思うのだが、やはり怖くて1本だけ、それも浅くしか入れられないが、それで十分だ。バーンに貫かれながら肉豆を弄られてるのを  
想像しながら、両手を動かしている。実際は腰も動いているのだがウェンディー自身は気付いてない。もう達しそうなのか無我の状態らしく、声を抑えるのも忘れている。  
 
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・。」  
「ねえ、ウェンディー。」  
「ひぃぁあっ?あっはぁぁ・・・。」  
「ウェンディー?」  
 
外から声がした途端、達してしまった。腰がガクガクと震えて立っていられず、その場にしゃがみ込んでしまった。もしシャワーがなかったら、膝下まで愛液でベトベトになっているのが解っただろう。しばらくボーッとしてたが、また名前を呼ばれて我に返った。荒い息を整えようと大きく呼吸する。  
 
「な、何?」  
「あのね、ご飯を早く食べたいからバーンが急いでくれって。」  
「うん。わ・・・解った、から。もうちょっと・・・で出る、ね。」  
「のぼせないようにね。」  
 
今の自分が鏡に映っている。それを見たウェンディーは、自分自身の事ながらとても信じられなかった。もう恥ずかしさを通り越して自分に呆れてしまう。  
顔も股間もベトベトのドロドロだ。こんな自分、他人はもちろんエミリオやお姉ちゃん、バーンにだって絶対に見られたくない。こんな変態な・・・でも相手がバーンだから・・・こんなに乱れちゃうのよ。そう。バーンだから、なんだから・・・。自分自身に言い訳しながら急いでシャワーを浴び、バスタオルで体を拭いた。タオルで拭いてる間に、体に残っていた熱も冷めていく。それにつれて冷静になり、こもっている臭いに気付いた。急いで換気ファンを最大にしてバスルーム内に残っていた臭いが完全に消えるまで待ってから外に出た。  
 
「お待たせ〜。」  
「遅い!俺だって汗だくなんだぜ?気持ち悪いの我慢してんだからさ〜。」  
「・・・ご、ごめん。」  
「のぼせてるんじゃないか、顔が真っ赤だぜ?さーてササッとシャワー浴びるか。エミリオ、もうテーブルに出してていいぜ?」  
「うん、もう盛り付けちゃうから、早くシャワー浴びてきてね。ウェンディー、手伝ってくれる?」  
「もちろん私も手伝うわ。あー、お腹すいた。わー、美味しそうねー。」  
「どうかした?」  
「な、何でもないわよ?」  
 
ウェンディーがエミリオと一緒に、皿に料理を盛り付けているとバーンの呼ぶ声がした。  
 
「おーい、ウェンディー。ウェンディー?ウェ〜ンディ〜。」  
「何よも〜。今ね、手が離せないのよ?」  
「いや、あのさ〜。ここにある、お前の下着なんだけどな?」  
「・・・・・・・・・ぅぇあっ!?」  
「なんだ、その〜。汚れ物は洗濯室に、だな・・・。」  
「み、見ちゃダメーーーーっ!!!!」  
 
エプロンをしたまま大慌てでバスルームに走っていくウェンディーを横目で見ながら、あまり動じた様子もなくエミリオは皿に料理を盛っていく。もう見慣れた光景なのだ。最初こそ共同生活に慣れてないからだと思っていたが、こう何度もあると、ウェンディーって意外とズボラだなぁ・・・と思ってしまう。ただ、最初の頃はごく稀にだったが、最近は10回に1回くらいと頻度が増えてる。特に、遅く帰ってきた日に多い。きっと疲れてるのだと思う。以前は下着を触るバーンを怒鳴ったり(殴ったり)する音が聞こえていたが、  
最近はそれも少ない。きっと二人とも、喧嘩をする元気もないくらい疲れてるんだ・・・二人の苦労を減らしてあげなくちゃ!と心に誓うエミリオだった。  
 
「バーン!エミリオがいるのに、あーゆー事を大声で言うの止めてよね。デリカシーに欠けるわよ。」  
「だって勝手に片付けたら怒るだろ?それに、このまま置きっぱなしにしてエミリオに見られたら、そっちの方が困るだろ?  
 なーんたって、こーんなベトベトなんだからな〜♪」  
「そ、それはバーンのせいじゃない。いっぱい出すから・・・もう、Hなんだから。」  
「あれ〜?おまえ、確かこう言ってただろ?『中にいっぱい出していいよ』ってさ?」  
「あぅ。」  
「ふふーん♪Hなのって俺だけ?」  
「・・・意外とイジメっ子なのね。」  
「おまえも意外とイジメられるの好きだよな。恥ずかしいのとか〜。焦らされるのとか〜。」  
「〜〜〜〜っ・・・馬鹿ぁ。」  
「へへん。ほら、ウェンディー?こっち向いて。ほーら、こっち向いて。」  
「ふん、だ。」  
「はいチュー。ほーら、ん〜〜?」  
「むぅ〜〜・・・・・・んふ・・・ん・・・んぅ・・・。」  
 
ウェンディーは、バーンは炎以外にも「力」があるのだと思う時がある。だって・・・キスだけで、こんなに気持ちいいのだから。  
体中の力が抜けていく。決して嫌じゃない感じ。自分のすべてを相手に委ねるような・・・自分のすべてが満たされるような・・・。  
さっきまでの怒りや不快感なんか既に消えてしまった。  
これはきっと、ウェンディ−だけに効果のあるバーンの・・・ちょっとズルイ「力」。  
 
「ん・・・んはぁ。もう、バーンってば、いつもそうやって、誤魔化すんだから。」  
 
ウェンディーの息が荒い。それだけ長い間キスしていた。いつの間にかバーンの首にしがみ付いていた。その腕はまだ離れない。  
 
「誤魔化してるんじゃなくて、おまえの機嫌を直す為のオマジナイさ。」  
「じゃあ・・・もっかい、してくれなきゃダメよ。」  
「はいはい。」  
 
もう一度。今度は唇をついばむように軽いキス。何度も何度も・・・シャワールームにチュッチュッと軽い音が響く。さっきまでの  
互いを貪り合うようなキスとは違う、このキスもウェンディーは好きだ。唇を弄ばれてるようにも感じられるが、味わうのではなく  
楽しむようなキス。淫らな気持ちにならずに、キスだけを楽しめるから。  
しかし最近は、バーンが手馴れてると感じると必ず疑問というか不安というか・・・頭の片隅で考えてしまう。バーンの、今までの  
"経験"についてだ。いったい何人の女と・・・自分は初めてだったのに、バーンは・・・そう考えると、妙な怒りと悲しみを覚える。  
そしてすぐに、当然バーンには自分と出会う以前の頃があるのだから、と考えるのだが・・・悔しさが湧いてくる。どうしてもっと  
早く出会えなかったのか、と。バーンにとっての女は自分だけでありたい。自分にとっての男はバーンだけでありたい。  
嫉妬である。  
ウェンディーは自分では解ってない。好きで好きで。本当に好きで。好きで堪らなくて。だから理不尽な部分にまで・・・。  
 
しばらくキスを重ねていたが、すっとバーンの顔が離れた。ウェンディーが物足りなさそうにバーンの顔を見つめる。バーンの首に  
腕を巻いたままだったが、夕飯の事を思い出して渋々ながらバーンから離れた。  
 
「さて、と。シャワーを浴びてメシにするか。」  
「うん・・・早くね。」  
 
少し上気した顔を冷ましながらフロアに戻ると、料理はすっかり盛り付けられてテーブルの上を飾っていた。・・・最近、エミリオの  
料理を見ると少し辛いというか焦りを覚える。最初の頃はせいぜいでトーストとハムを焼く程度しか出来なかったのに、今ではまるで  
プロとは言わないまでも、そこらの主婦顔負けの美味しそうな料理を作るからだ。エミリオはバーン達のように働きに出てないので、  
炊事洗濯など家事全般が役目になっている。バーンもウェンディーも別にしなくても良いからと言ったが、役に立ちたいと真っ直ぐ  
見つめるエミリオの気持ちを汲んだのだ。エミリオにとっても暇潰しになるので悪い事ではなかった。  
最初こそ、バーンも(お世辞にも美味いとは言えない)エミリオの料理に苦手意識を持っていたが、半月もするとむしろエミリオの  
料理を喜んで食べていた。この頃から、ウェンディーは料理に関して、危機感を持ち始めた。だいたい1週間のうちB1:W2:E4の割合で  
交代しながら夕飯を作っていたので、自然と3人の料理の出来を比べる事が多くなったのだ。バーンのワイルド(いい加減)な料理は  
見てくれはともかく味は決して悪くなかった。得意料理がBBQというのがバーンらしい。そしてウェンディーの料理は・・・不味くは  
ない。しかし、美味いと絶賛する程でもない。エミリオの料理が美味しくなってきた頃、久々にウェンディーが料理を作った時の、  
バーンの反応は忘れられない。  
 
「美味しい?」  
「・・・あ?・・・ああ、美味しいぜ。」  
「・・・・・・・・・そう?」  
「あ、ああ!」  
「うんうん。美味しいよ、ウェンディー。ねぇ、バーン?」  
「そうだよな!美味しいよな〜!」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふうぅーーーーん?」  
 
気まずい空気の中での食事だった。バーンは冷や汗をかきながら目前の料理だけを見て食べ、それをジィーッと横目で見ながら食べる  
ウェンディー。エミリオは雰囲気に気付かず、1つ1つの料理をゆっくり吟味し、楽しみながら食べていた。さすがのバーンも、この  
時の状況を繰り返したくなかったのだろう。これ以後はこんな事はなかった。しかし、ウェンディーにとって状況は悪化の一途だった。  
エミリオの料理の腕は上達し続け、ウェンディーは・・・。  
 
 
できる事ならいつも一緒にいて欲しい。優しく手を繋いだり、ギュッと抱きしめたりして欲しいと思っている。  
 
ウェンディーは自分よりずっと年下だと思っているらしく、気軽に抱きしめてくる。それはそれで嬉しいがエミリオにとって恥ずかしくもある。  
エミリオは閉鎖的な環境で数年を過ごした為か、実年齢より外見も言動も幼い。しかしもう14歳。エミリオ自身は気付いてないが、ウェンディーに  
「女」を感じるようになってきたのだ。だから抱きしめられると恥ずかしくて仕方ない。でも嫌じゃないので黙って抱きしめられている。元気で明るくて  
楽しくて優しくて・・・そんなウェンディーがエミリオは好きだ。  
 
逆にバーンなら、平然とエミリオ自身から抱きつく事もできる。救いの手を差し出してくれたバーンに無条件に近い信頼を寄せている。父や兄への  
家族愛のようなものを感じているのだ。サッパリした性格でポジティブに物事を考えるバーン。自分にはない物をたくさん持っているバーン。そんな  
バーンだからこそ、人見知りの激しいエミリオもすぐに打ち解けた。それ以前からエミリオと仲良しだったウェンディーが驚いたくらいだ。最近、エミリオは  
バーンの胸に飛び込んでギューッと抱きつき、大きな暖かい手で頭を撫でられるのが好きだ。そんな時、バーンは少し困ったような嬉しいような顔を  
しながらエミリオをあやす。  
 
エミリオは飛ぶ時に光の翼が出てしまうので目立つ。だから滅多な事がない限り飛ばないようウェンディーに言いつけられている。誰かに見られたら・・・  
エミリオは骨身に沁みて理解してる。だから素直に従う。でもそうなると乗り物もないので何処にも行けない。もっとも、乗り物があってもエミリオは  
運転できないのだが・・・。  
 
以前、ウォンが  
 
「君は、辛い現実から逃れる為に、自由に空を羽ばたく翼が欲しい・・・きっと、そんな風な事を思っていたんじゃないですかねぇ?  
 だからそういう形で顕現してしまったんでしょう。まあ、子供らしいというか、エミリオ君らしくて、宜しいんじゃありませんか?」  
 
と言っていた。  
なんだか小馬鹿にされたようだったが、本当にそうなのかもしれないと今では思う。  
 
二人(特にウェンディー)は「天使みたいで綺麗だ」と言ってくれる。  
でも今はこの翼が恨めしい。どうして普通に飛べないんだろう?翼を出さずに飛べれば、少し離れた所も  
一人で行けるし、外出の時にバーンの首にしがみ付いて運んでもらう必要もないのに・・・。  
(バーンに背負ってもらうのは好きだけど)  
 
 

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