「先生。私ね、夜科アゲハが好き」  
日曜日。始めて夜科たちがサイレンに行った翌日。雨宮桜子は休むベットの上で  
師である八雲祭になんの躊躇い無く告げた。  
思わず飲んでいたコーヒーでむせかえる。  
「桜子ってそんな大胆だったけ?」  
「ううん。これが始めて。いままで好きな子いなかったし」  
祭だって人のこと言えるほどおしとやかな女ではない。  
むしろ自他共に認める豪放洒脱な気性の持ち主だ。それでも、恋愛となればどこ  
か控えるものがある。  
雨宮の性格は掴みきれない。家庭事情も酷いものだし、サイレンに関わって友人  
も築こうにも上手くいくわけが無い。昔は明るい子だったらしいが、今は頭が良  
い子なだけだけにどこかがねじれている。  
こんな告白ができるのも、その性格の所為だろう。  
「どうしたら良いかな?」  
「夜科って・・・・あの私に絡んできた奴か」  
日も暮れて暗かった上にメット越しで酒が入っていた。顔は曖昧だがどんな奴か  
は分かった。  
「うん。彼」  
「どうして。う〜んどうしてって変だけど・・・どうして?」  
「優しいから。かな?」  
好きになる理由なんて本人もよくわからないものだ。聞いた自分が野暮だったか。  
軽い自嘲を混ぜて祭は頭を掻いた。  
「ははは!まぁ好きな奴がいるのはいいことだからな」  
これを機に幸せとまで行くと大げさだが、明るくなれることを見つけてくれれば  
いい。  
「よし、可愛い一番弟子に協力してやるか」  
つじつまも合う。理由もある。祭は弟子の願いを叶えてやるために、一つ閃いた。  
 
「夜科アゲハと交信しちゃった。テレパシーで」  
お気に入りの私服。散々考えて、選び抜いたのだから大丈夫。そう自分に言い聞  
かせる。次は『女の子らしく』誘うこと。さすがに少し緊張する。  
「デ・エ・ト」  
上手くいっただろうか。赤面したいのはこちらの方だ。  
祭り先生との打ち合わせ通りことは進み、とうとう自分の家に夜科を呼ぶことに  
なった。もう一人、小学校のころの友達−朝河飛龍も一緒だが、カフェでのPSI  
の使い方を見る限り、体よく帰すのは難しくなさそうだった。アゲハとの差を利  
用すればいい。  
わざと飛龍に出来てアゲハには出来ないような課題を出す。  
夕方、雨もやみ飛龍が帰ってもアゲハは桜子の部屋に居る。アゲハと二人だけ。  
電話で、私を守る力なのだといってくれていた時は、そのまま嬉しすぎて倒れる  
ような気がした。  
「やっぱ無理だ・・・・」  
「頑張るの。・・・・じゃあちょっとだけ休憩しちゃう?」  
心が折れそうになる彼。抱きつきたい。出来るかな?  
桜子はそっと背もたれ越しに手を回した。  
 
「!?!?…雨宮…?」  
アゲハは動揺を隠せなかった。  
背中に感じる温かさと、女の子の華奢な柔らかな体。  
信じられず、彼女の方を振り返る。  
表情は冷酷に一片の笑みもない。直後アゲハの頬に平手打ち。  
「…調子に乗らないで!」  
「え!?えェエエエ!!?!」  
あまりに無秩序な応答に頬の痛みも忘れた。桜子は気にするそんなアゲハを気に  
する風もなく、その場から立ち去った。  
「何が…?え?」  
廊下を曲がりきって踵の先まで見えなくなっても、アゲハは入り口を眺め続けた。  
 
(何してんの!?馬鹿!!ホント馬鹿!)  
桜子は冷蔵庫にもたれかかって、座り込んだ。両膝を抱えると、涙が溢れた。  
初めて好きになった異性。何かが消えてしまいそうで、焦った。焦ってしまって  
気がついたときには抱きしめていた。  
百歩でも一万歩でも譲ってそこまでは良かったかも知れない。  
ビンタをした。  
気色の悪い虫でもはたくかのように思いきり叩いた。  
あんなことをされて、嫌いにならないわけがない。  
「…ぅう。ぇぐ!もうやだよ…」  
いま泣いても、あの部屋に戻ったらまたアゲハに酷い意地悪をしてしまいそうで、  
怖かった。それでも会いたいと望む自分を、発情期の犬のようだとまで思った。  
立ち上がり、背もたれにしていた冷蔵庫から適当な食材を集める。  
料理は落ち着いた。  
一瞬だけ忌まわしい失敗を忘れられて良かった。  
「な〜んで二人分作ってんだろ…」  
綺麗に二人分盛り付けたとき、再びアゲハの顔が思い浮かんで、胸の辺りが苦し  
くなってまた泣いた。  
 
「…これ。PSIの訓練してて食べなかったら死んじゃうから」  
目もあわせず、机に皿を置く。  
「取れねぇよ!!」  
椅子に縛り付けられたままのアゲハはがたがたと揺らした。  
「解けば良いでしょ?あなたがそのくらい出来るの知ってるから」  
やはり目はあわせず、冷たくあたってしまった。自分の気持ちが分からない。  
「冷てーなー」  
気だるそうにアゲハが体だけを揺らすと、縄が緩んで落ちる。  
手錠も、器用に指先を動かしたかと思うと既に片手首だけにくっつきぷらぷらと  
揺れた。アゲハはしたり顔。  
「さすが天才アゲハ様だろ。いよし!じゃあ、いただきまぁ…」  
「冷たいって…何それ?」  
「へ?」  
「何様?」  
何の気無しに言った言葉だっただけに、アゲハは戸惑った。  
「いや…そんな」  
「訓練手伝ってわざわざ夕食まで作ったのに!!冷たいって何なの!!??  
何をすれば良いっていうのよ!?」  
桜子が息を荒げて机を叩いたせいで、炒め物が飛び散った。  
しかしアゲハが驚いたのはそれでなく、桜子が目にうっすらと涙が浮かんでいる  
ことにだった。  
「いや、悪かったよ。こんなにしてくれたのにワガママ言ってさ…けどそんな…」  
「好きなの!大好きなのよ!!どうしたらいいか分からなくなっちゃうくらいに  
大好きなの!!!」  
一際大きく振り上げられた腕が落とされ、盛られたサラダがガラスボールごとひ  
っくり返った。  
 
―大好きなの―  
アゲハの頭の中では桜子が叫んだ告白が何度も反響していた。  
とうの桜子は机に手をついてうつむいてしまっている。  
夜科アゲハ、十六年で一番永い沈黙。ある種『禁断種(タヴー)』など比にならな  
い程に緊張した。  
「ごめんなさい。取り乱しちゃって…作り直すね」  
―女はね、どんなに強がったって男より傷付きやすいんだよ。だから、男は強く  
なくちゃいけないの―  
散らかった野菜炒めを片付けようとする桜子の姿を見て、姉のフブキが言ってい  
たことが蘇った。  
「…雨宮、片付けなくていい」  
「えっ?」  
「食うから!」  
抱きしめるなんてことは出来ない。  
代わりに飛んだおかずを手当たり次第食べてみせること誠意を示そうとした。  
「ちょっと馬鹿!ホントにお腹壊すわよ!!」  
「壊さねぇ!雨宮がつくったので腹壊すわけがねぇ!」  
瞬間表情が固まったかと思うと、桜子は堰が切れたように泣き出した。  
止めようもなく、幼児の様に天を仰いで口を開いて大声で泣いた。涙でマフラー  
が濡れた。目どころか顔を真っ赤にしてさんざん泣いた。  
「雨宮」  
それがどうしようもなく可憐でいとおしく思えて、アゲハは近付いた。桜子の方  
からしがみつくように、アゲハの胸に顔をうずめる。  
ここまで来たら、と意志を固め桜子の背に手を回した。初めて抱きしめる女の体  
はいまにも砕けて消えてしまいそうな程か細い。  
「夜科は私のこと好き?」  
「もちろんでっす。嘘じゃないぜ」  
「じゃあ…抱いてくれる?」  
「?いましてるじゃん…?」  
馬鹿。と小さな声が聞こえた。  
「抱くってのは、……セックスのことでしょ…!」  
ぎりぎりと肋骨が軋む程に頭をうずめた。  
アゲハはぱくぱくと口を動かして、ゆで上がったように赤くなった。  
 
夜科アゲハと一緒に寝そべる。  
それだけ。それだけのはずが、桜子の全身を縛った。  
アゲハも林檎のように紅くなりながら桜子を見つめて―と言うより硬直していた。  
「早くしてよ…女の子に恥かかせるの?」  
「えっ!?あ、あぁ…じゃあ」  
アゲハは安っぽいクレーンのように手を動かし、桜子の肩に置いた。  
「ぬぬ、脱がすよ…?」  
曰くトラブルシューター兼メーカー、いわゆる不良で遊び人。  
のはずがこんなにも初心だとは、桜子には嬉しい誤算だった。  
「キ、キスくらいしてからにしよ?」  
「キス!?…あ…あぁそうだな」  
これからもっと『スゴいこと』をするのだ。とアゲハは心を決めたらしい。  
桜子は目を瞑って、静かに来るのを待った。ゆっくりと互いの唇が触れる。  
 
初めてのキス。  
桜子の唇は柔らかく、触れているだけで痺れそうだった。  
鳥がついばむように付けるのが精一杯で、すぐに離れた。  
「…」  
桜子のキスに対する評価を待ってアゲハは沈黙する。  
「…終わり?まさかね?」  
(マジかぁぁ!!!??)  
「じゃ!?じゃあどうすりゃだよ!!?」  
「はぁ!?信じられない!女の子にそんなこと聞くの!?…ッフフハハハ!」  
突如幼児のように笑いだし、桜子はベットから転げ落ちる。  
「えっ?…とりあえずゴメンナサイ」  
「違う、違う。なんかね〜フフフ、二人で何してんだろってハァーおかしい〜」  
差し出されたアゲハの手を取って桜子はポフッと再びベットに横になる。  
「じゃあ私がやってみるから…下手でも、怒らないでね?」  
アゲハの後頭部を掴み桜子が一気に唇を寄せる。アゲハの唇に弾力に満ちた物。  
舌だと理解すると、何故かゾクリと緊張感が走った。アゲハは口を開けて、桜子  
の舌を迎え入れる。  
舌同士が触れた瞬間、お互い反射的に舌を退いた。それでも、桜子はすぐに侵入  
を再開する。  
「…んん、ふ…、っ」  
―男のメンツ―  
アゲハの思うそれは、言葉に表すほど確かでないが、騎士道的な優しさと任侠の  
様な不良の美学から出来ている。  
その面子が桜子にばかり努力させるのを許さなかった。  
「あ!っ…」  
なかば力ずくでキスを終えさせると、桜子の肩を掴む。転がして、仰向けになっ  
た桜子に乗った。  
「服…汚れちゃマズイよな」  
「うん。夜科が脱がせてよ…」  
震えた。それでもアゲハの手は可愛らしいシャツをめくり、控え目なブラジャー  
が目に飛込んできた。  
 
「すごく、綺麗だと思う・・・」  
正直な気持ちがこぼれた。  
「やめてよ・・・恥ずかしい」  
「ほ、ホントだって。すごく・・・」  
恥ずかしくなって、アゲハは桜子に抱きついた。  
もっと凄い事を、ずっと凄い事をふたりはする。互いに高まる鼓動を聞きながら、  
アゲハは抱きしめる力を強めた。  
「夜科・・・ちょっと苦しい、かも?」  
「?あ!あぁ!ゴメン!!」  
「ねぇ、もう一回キスしよ?」  
返事はそのままキスで返した。二人とも少しは慣れたのか、ずっとスムーズに舌  
を絡められた。  
アゲハの手が、勝手に桜子の下着をおろす。桜子は驚いたようだったが、抵抗は  
見せない。そのままスルスルと下着を取り払うと生まれたままの姿の桜子が、ア  
ゲハの目の前に現れた。  
「夜科も・・・私だけはズルいよ・・」  
寂しそうな瞳が、アゲハの心臓を射抜いた。  
熱にうなされるようにタンクトップを脱ぎ捨てると、ズボンのベルトに慌しく手  
を伸ばした。その手に桜子の手が触れた。ひんやりしているとアゲハは感じた。  
「私がするの・・・」  
カチャカチャと金具をいじり、腰周りが急に緩くなったかと思うと、桜子は一気  
にズボンをズリ下ろす。  
下着はすでに張り詰めたアゲハのでテント状態。  
静かな部屋で一度つばを飲むと、桜子はパンツ越しにそれをさすった。  
「雨・・・宮・・・それ、ヤバい」  
「嬉しい。夜科が気持ちよくなってくれてる」  
身悶えしそうな感覚は段段と大きくなる一方で、アゲハは奥歯を軋むほど噛み締  
めた。  
「良いんだよ?私は出してくれた方が嬉しいんだよ?」  
時に素早く、時にゆっくりとさする桜子は雌としての本能で喜んでいるように妖  
しく笑った。  
「出・・・」  
「そう夜科・・・」  
「ダメだ!」  
ギリギリのところでアゲハは桜子を突き放し、射精を止める。  
「なんで!?・・・やっぱり私じゃダメ?」  
「違うっっ!」  
どういえば良い分からないから、アゲハはキスで誠意を示して、パンツを下ろし  
きった。  
 
「んぁむ・・・・よ、よし。ん!ぷぁ!」  
「雨宮・・ゴメン。痛いって言っても、止められそうに無い!!」  
桜子の性器に始めて異性の性器が入った。  
気持ちよくは無い、痛みで涙が出そうになったが、アゲハと繋がったことで頭は  
幸福感に支配された。  
「夜科!気持ち良い!?・・・っく!ねぇ!?」  
「ヤバいぞ・・・これ!」  
自分と繋がる事で、アゲハが快感を得ている。今の桜子にはこの上ないことだっ  
た。息を荒くするアゲハ。初めての狭い膣を必死で貪ろうとするアゲハ。  
その全てが雨宮に甘い快感を送る。  
「よ、夜科ぁ・・・」  
熱い。性的な快感が少しずつ、だが確実に桜子の中で大きくなる。  
それはアゲハが動くのにあわせて増し、思考を鈍らせた。  
「ぁ!ぁあ!!ひぁむ!」  
「雨宮!!」  
水音はさらに二人を狂わせる。  
「桜子ってぇ!名前で呼んでよアゲハぁ!!あああ!」  
「桜子!」  
互いに壊れたように名を呼び合った。  
 
初めてだった。こんな快感は知らなかった。  
昇るボルテージはとどまる所を知らず、夜科は愛を貪る事に完全に狂っていた。  
「アゲハ!!ま!ぁああ!!真っ白だよぉお!!」  
あらげもない声を挙げ、アゲハにしがみついて、桜子が大きく爆ぜた。  
−絶頂−  
名残惜しそうに痙攣する桜子には悪いが、耐えかねていた射精感がはちきれそ  
うになり、急いで引き抜いてアゲハは桜子の腹に精液を放った。  
 
「〜♪」  
「ご機嫌だな」  
水曜日、相変わらず縛られたままPSIの訓練は発展しない。  
飛龍は勝手に上達しているのだと、桜子は興味なさそうに携帯メールを削除し  
ていた。  
「ふふふ、今日はビーフシチュー作ったからね」  
「おお!」  
まぁ、大体期限は二週間ならこのままも悪くなさそうだ。少しだけ離れて二人  
は笑いあった。  
『送信先:姉貴  
 件名 :拝啓姉上様  
 今日は遅くなりそうです。  
 夕飯は彼女の家で頂いてきます』  
 
「はぁあ!!?あのガキ!!・・・もう慰めて朧くぅーん!!」  
ひとり、ビール片手にテレビ画面にすがりつく姉の姿だけはいまだにPSIが未熟  
なアゲハでも、鮮明に想像がついた。  
 
 

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