「…ったく、参ったなァ。」
コツコツと足音を立てながら、カイルは寝室へと戻ろうとしていた。
修業中に疲れて、修行部屋でそのまま眠ってしまっていたのだ。
シャオが先に部屋へと戻り、それからもう少しと考えていたのが仇になったらしい。
「クソ、風邪引いちまうかな」
ぶつぶつと文句を言いながら、廊下を歩く。
ふと、廊下に佇む人影に気づいて足を止めた。
「…フレデリカ?何してるんだ?」
見ると、フレデリカが壁に背を預けて座り込んでいる。
頭を抱えて肩を震わせているところを見ると、眠っているわけではなさそうだ。
只事ではないことを察し、駆け寄ってフレデリカの前に膝をつく。
「おい、フレデリカ…」
「…ぅ、うぅぅ…」
「ちょ、大丈夫か!?」
「マリーが…」
「マリー?」
「あたしの、マリーがぁぁ〜〜〜」
「…はぁ!?」
意味不明な発言に、思わず頭上を仰ぐ。
確かにフレデリカは、マリーの部屋の側に座り込んでいた。
「お前、さっきから何ワケの分からないこと言っ…」
(…あぁっ、シャオ君、シャオくぅ…ん!!)
わずかに漏れ聞こえる嬌声が、マリーのものだと理解するまでには多少の時間を必要とした。
その声の意味に気付き、カイルは思わず顔を赤らめる。
「な…ッ!マジかよ…!!?」
間違いない。相手は、シャオだ。
どうしてそういう状況になったのかは理解出来なかったが、フレデリカの奇行の理由は十分に理解出来た。
「…で、だ」
「…………」
「どうしてお前がここに居るんだ?」
奇声を発し続けるフレデリカを宥め、カイルはフレデリカの隣へと腰掛ける。
フレデリカの性格からいって、下手をすればマリーの部屋へ突撃しかねない。
それを防ぐためにも、どうにかして部屋へと戻す必要があった。
「マリーに、明日の当番を替わってもらったのよ」
「ああ、…成程な」
「でもやっぱり、いつもいつもいつも当番させちゃってるじゃない?」
「まぁ、それは仕方ないっつーか…。それで?」
「今日くらいは手伝ってあげようと思ったのよ…」
(その必要だけは絶対にねぇと思うんだけどなぁ…)
「でも、マリーったら準備もしてないのに食堂に居なくって」
「何時ごろだ?」
「2時前くらいだったと思う…。食堂の中を探したけど居なかったから、部屋に戻ってるんじゃないかと…」
「あぁ…」
「…思った、んだけど。そしたら…」
「あー分かった分かった!それ以上は言わなくていい!」
再び肩を震わせ始めたフレデリカに、カイルは慌てて制する。
憮然とした表情をして、フレデリカは再び頭を抱え始めた。
「うっく…、マリー…」
「とにかく落ち着けよ、な?」
「…シャオのスットコドッコイ…!よくもアタシのマリーを…」
頭を抱えたまま、シャオへの罵詈雑言とマリーへの執着っぷりを延々と吐き出すフレデリカ。
カイルはフレデリカの肩をぽんぽん、と宥めるように叩いてやる。
(ったく…。いつまで経ってもマリー離れ出来てない奴だな…)
普段は「マリーは戦闘に向いてないんだから、アタシの後ろでじっとしてなさい!」だとか
「全く…。やっぱりアタシが居ないと駄目なんじゃない!」だとか言っているフレデリカだが。
実際はフレデリカの方がマリーに依存しているのでは、とカイルは思った。
「…落ち着いたか?」
「…うん」
「じゃ、部屋に戻ろうぜ。朝食の準備なら、明日俺がやってやるから」
「………うん」
フレデリカは頭を抱えていた上に、罵詈雑言に夢中だったので気付いていなかったのだが。
先程、部屋の中から一際大きなマリーの声が響いていた。
この調子じゃ明日マリー達が起きられる訳がないしなと考えつつ、カイルは言葉を続ける。
「よし!じゃ、戻ろうぜ!手貸してやるから立てよ!」
おもむろに立ち上がり、座り込んだままのフレデリカの手を引く。
フレデリカが立ち上がろうとしたその時、マリーの部屋から再び声が聞こえてきた。
(え…、もう一回?シャオ君、出来るの…?)
(……あっ…。…うん、…分かった。出来そう…だね)
(…うん、大丈夫。シャオ君が望むんだったら…、私は、いいよ…?)
(えっ、やだっ…。こんな格好で…??)
「…ゲ。」
「…何よ。どうしたのよ?」
「い、いやいや何でもない!ほら、さっさと戻るぞ!!」
「分かったから!ちょっと、腕引っ張んないで!!」
ここでフレデリカに気付かれては、大参事は免れない。
今度こそ、フルパワーのパイロ・クローンを放ちかねない。
以前、胸のことで大参事を引き起こしかけたカイルは、慌ててフレデリカの手を引っ張り上げた。
(…あーあ。もしかして俺にも原因があんのかなァ)
ぎゃーぎゃーと喚くフレデリカの手を引きながら、カイルは考える。
カイル達も多感な年頃の際には、性的な話題に興じることも少なからずあった。
フレデリカを多大に怒らせて以来、本人たちの前で口にすることはなくとも
彼女らの魅力について、語ることもしばしばあったのだ。
無論、そういった話題にシャオが関心を持たないわけがない。
また、子供の頃にアゲハから教わった「知識」にも多少は影響を受けていた。
『バーストの特訓において、拘束された上で目前の女子に触れる極意』だとか、
『朝からエプロン、ミソ汁(豆腐)』だとか。
当時はそのハレンチな内容に胸をときめかせたものだったが、
後にカイル達は、その嗜好が「どちらかといえば一般的でない」という事実を知る。
部屋のドアを閉める直前まで、何やら喚いていたフレデリカ。
カイルの経験上から言って、マリーのこととなると未だに態度が激変するフレデリカだが、
今回は、これまでにないくらいに酷いものだ。
廊下を歩きながら、カイルは溜息を吐いて手で顔を覆う。
明日がどうなるかは、もう考えたくもなかった。
しかし、自分が止めなければいけないということも分かっていた。
(全くもって羨ましいと思えない辺りが、問題だよなァ…。)
長年の想いを実らせたことは、素直に祝福したいと思えた。
しかしそれ以上に、明日シャオの身に降りかかるであろう大惨事に同情せずにはいられなかった。