重みのある扉がゆっくりと閉じていくのを背中で感じる。  
自室に戻ったマリーは、未だに昂る心音を鷲掴もうとするかのように胸に手をあて立ち尽くしていた。  
見慣れた、変わり栄えのしない部屋。  
当然だが窓もなく無機質な壁に囲まれて、今が昨日なのか明日なのかよく分からなくなる。  
(私、ちゃんと起きてるよね?……夢じゃないよね?今日のこと)  
シャツを掴む右手に力が籠もる。  
首にかけたタオルが落ちるのも気にせず、マリーは部屋を飛び出した。  
 
“根”の中にも夜はくる。  
人工的なものだとしても、皆で時間を合わせ生活を営んでいく。  
今の時刻は夜半すぎ。  
大半のものが床に就き、寝てはいなくても各自自室に引っ込んでいる時間だ。  
まっすぐまっすぐ続く誰もいない長廊下に、一人の息遣いだけが響いていた。  
「はっ、はっ、はぁ…」  
足元の常夜灯がヒールを照らし、高い位置でまとめた髪からは雫が滴っていた。  
走りながらマリーは今日の記憶を反芻していた。  
抱き締めた、確かに自分の腕のなかにいたあの人のことを。  
(……アゲハさん)  
エルモアやシュウたち、そしてアゲハたちとの話が終わったのはつい数十分前のことだった。  
朧や飛龍の救出については翌朝、また話し合うことにしておのおの体を休めるようにエルモアから言い渡されたのだ。  
カイルに連れられて、用意された部屋へ向かうアゲハの後姿をマリーはじっと盗み見ていた。  
アゲハも先の戦闘で疲弊しきっていることはマリーも重々承知している。  
でも、頭よりも早く体が動いたのだ。  
(ほんの少しでいいから、会いたい……!)  
 
靴音が止んだ。  
いざドアを目の前にするとマリーは尻込んでしまう。  
寝ていたら…迷惑だったら…もし待ち望んでいてくれていたら…、と一人悶々と百面相をして遊んでいると、不意に開くはずのない扉が開いた。  
突き飛ばす勢いで開かれた金属板が、丁度マリーの尻にぶつかった。  
「きゃ!!」  
「えあ!?…マリー?」  
扉と同じ勢いで飛び出してきたアゲハが声に気付く。  
何とかすんでで足を出し転ばずにはすんだが、痛む尻を後ろ手で摩りながらマリーは向き直った。  
「どうした?寝たんじゃ」  
「………」  
恥ずかしさと、面と向かって伝えられる明確な答えもなくマリーは俯いてしまう。  
「…ま、立ち話もなんだし、入るか?」  
「!はいっ」  
マリーの顔がぱっと綻ぶ。  
 
アゲハに割り当てられた部屋は簡素なものだった。  
マリーたちが使っている部屋と基本の造りは同じだが、まだ用意されたパイプベッドと小さな机だけしかない。  
二人ともなんとなしにベッドに腰掛けると、小さな沈黙が耳に大きく響く。  
先に耐え切れなくなったのは、マリーだった。  
「ア、アゲハさん、どこかに行こうとしてたんですか?私……お邪魔じゃ、なかったですか……」  
「ん?あー、特に“どこに”ってわけじゃなかったんだ」  
一呼吸おいて、躊躇いがちに言葉が続く。  
「朧と飛龍のこと…考えてると、じっとしてらんなくてさ。いや、今どうこうできる状態じゃないのは頭じゃ分かってるんだけどな」   
「……アゲハさん………っ、…ごめんなさい」  
一体、なんに対しての謝罪だろうか?  
マリーは自分へ問いかける。  
朧さんと飛龍さんを助けられなかったことへ?  
違う。  
こんな状態でも、アゲハが苦しんでいるこの状況でも、マリーは喜びの絶頂にいる。  
(アゲハさんが私の、目の前にいるなんて)  
「マリーが謝ることないだろ!俺が弱いから……誰も助けられなかったんだ」  
「………」  
「悪い、弱音ばっかはいちまって。でも、マリーたちが来てくれて本当に助かった。ありがとな!」  
屈託のない顔で微笑まれると、それだけでマリーは泣きそうになる。  
つい、感極まってアゲハに抱きついてしまった。  
「ま、マリー!!?」  
「あの!私ッ頑張ります、もっともっと!朧さんも飛龍さんも助けられるように……もちろんアゲハさんの力にだってなれます」  
マリーの震える言葉を頭の近くに聞きながら、アゲハはただ優しく目を細めていた。  
「うん、ありがとう」  
マリーは恋人がするように背に手を回して、掌で体温を抱きしめていた。  
密着する胸や頬から、一欠片だって逃すまいとアゲハの命を感じる。  
(アゲハさんにもう一度会えるなんて、夢みたいだ。すごく会いたかった…触れたかった…本当はもっと…)  
いつもは表に出すことのない静かな欲望が、マリーの内を麻痺させていった。  
ぽふん、とシーツが波打ってアゲハの視界が電灯の明かりで白くなる。  
押された肩にマリーの両手があった。  
圧し掛かったマリーがアゲハの腹を跨いで真上から覗き込んだ。  
「……マリー?」  
訳が分からないといった風に、10年前と変わらないトーンで名前を呼ばれた。  
マリーの心、体でさえも、いつもいつもアゲハを求めているのに。  
慈しむ手つきでアゲハの頬を包むと、マリーは目を閉じ、唇をそっと合わせた。  
「ん」  
「っ!!」  
今度はアゲハが思い切りマリーの肩を押し上げる番だった。  
見つめあう二人。  
マリーは悲しさを孕んで嫣然としてみせる。  
「私のこと、嫌いですか…?」  
「そ!んなわけ、ない、けど」  
アゲハは狼狽していた。  
だからか美しく成長した少女に意識を奪われて、忍び寄る気配には気付かなかった。  
マリーの心の中はすでに決まっていたのだ。  
心像がテレキネシスによって現実になる。  
瞠ったときにはもう遅い。  
シーツの端が捲れ上がり、器用にくるくるとアゲハの両手首を拘束する。  
「な!?」  
「アゲハさんは優しいですね。でも……本当に嫌になったら蹴飛ばしてでも逃げてくださいね…私から」  
 
パチッ。  
部屋の電灯が消されると、ドアの下から漏れる廊下の常夜灯を頼るのみとなる。  
それでも慣れるまでは真っ暗闇だ。  
アゲハの上でマリーの動く気配がしたかと思えば、もう舌を奪われた後だった。  
マリーの想いの分だけ口づけは深くなる。  
「んっ…はむ、ン、むぅ…」  
「…ま、りい……ッ」  
潜水のように交わされる唇は、涎だらけ。  
銀糸がよく伸びた。  
「はぁ…はぁ…はぁっ…はぁ」  
広がる暗澹とした世界にはどちらともつかない荒い呼吸しかなく、マリーはずるずると下降していく。  
足の合間までくると動きを止めた。  
マリーの手がアゲハの下着にかかる。  
「やめろ……、マリー!」  
アゲハは必死でもがいてみるが、堅くなったシーツが解ける筈もなく、ベッドを支える骨組みがギリギリと鳴るだけだった。  
優しく取り出さした逸物は、マリーの十本の指に包まれてゆるゆると起ち上がりかけていた。  
「わっ、あったかい……」  
「くっ」  
鼻がつくほどの至近距離で凝視しているせいで、マリーの呟きが吐息となってアゲハにふりかかる。  
熱い掌で陰茎を包み、はみ出た先端に舌を添えて咥えた。  
アゲハの足指が耐えるために丸まったのに、マリーからは気付かない。  
「…うッ……、は…」  
ちゅっちゅと口腔で吸っては、もったいつける速さで手を上下させていった。  
浮き立つ血管をそろりと撫でたり、握って硬さを確かめたり。  
二人の唾液でぬめる唇を窄めてみても、涎が筋をつくって流れ出る。  
その滑りも借りながら、不規則なリズムが暫く続いた。  
(さっきよりは硬くなったみたい。でも……あんまり気持ちよくなさそう…?)  
マリーの手つきはお世辞にも上手いとは言えなかった。  
でも拙いながらに精一杯さが伝わってくる動きをしている。  
「ぷはっ」  
顎に痺れがきてマリーは一度、口も手も離した。  
恥ずかしさを闇で隠して、衣類も靴も全てベッド下へと放り捨てた。  
次は手でやわやわと双袋を揉み、上から先端のみを舐めていく。  
焦らされるような行為につい腰が浮くアゲハ。  
「はぁ…っ……」  
目がだんだん慣れてきたのか、薄暗い部屋の輪郭がはっきりとしてきた。  
見えることで感覚の集中が薄まったことに油断したアゲハは、おもむろにマリーを見てしまった。  
見るんじゃなかったと、アゲハは思った。  
「う!あ…ぅぐ…うう」  
チロチロと妖しく蠢く舌、一心不乱に見つめる瞳、紅く染められた柔肌。  
たわわに揺れる胸間に、アゲハ自身の濡れた逸物がひたひたとあたって光を放っていた。  
変化を感じ取ったマリーが、口はそのままに顔をあげた。  
(気持ちいい、の…かな…)  
耐える表情に嬉しくなったマリーは、次々に溢れだす先走りを殊更丁寧に吸い取っていく。  
「ああ!!」  
「っ、ン!」  
一際大きく腰が跳ねたとき、アゲハの屹立がぐぬんとマリーの胸の谷間に飲み込まれた。  
ボッと顔が熱くなる。  
妙な空気が流れ、アゲハも似たように赤くなった顔を背けていた。  
 
(…かわいい…)  
「どうか私を、見てください……アゲハさん」  
「……やめてくれ、頼むから」  
アゲハは恐る恐る視線を合わせた。  
「私が勝手にやってるんです。私が…、アゲハさんに触れたいんです」  
だから、と言いながらマリーは脇から胸を持ち上げて屹立を挟む。  
「マリー…!!」  
「アゲハさんはただ気持ちよくなってください。……んんっ…ふ」  
ふにふにと揉み込まれる感覚と、白い胸間から出入りする浅黒い逸物の光景がアゲハを犯していく。  
でも、その行為たちはどこまでも優しくなだらかで緩やかだった。  
アゲハにとってその優しさは苦行にみせかけた拷問だった。  
快感を押さえ込むには強すぎる、なにもかもぶちまけてしまうには弱すぎる。  
「ほんと、やめ…てくッれ、あああ……」  
マリーの動きに合わせて、アゲハの腰も強制的にぴくぴくと動かされる。  
心底感じはじめたアゲハに、マリーも下腹部が疼くのを感じていた。  
アゲハを責める胸から、自分をも責められる。  
両手が塞がっているので、無意識に腰だけが揺れ動いていた。  
「はぁ、あ……ふぅ……ぁっ、私…もう…もう」  
うなされた寝言のように呟いて、再びマリーはアゲハの腹に乗り上げた。  
浮かせた腰から、産み落とされた愛液がとろりと臍に溜まって流れた。  
息も絶え絶えに淫虐な光景はアゲハの思考を奪う。  
「はっ…は…」  
「ちょっとだけ……待ってて、ん…ください」  
マリーは自分で愛液を絡ませた指で入り口をなぞり、そのまま差し込み慣らしていく。  
「あっ…く、ぅん…あ、あ」  
堅く瞼を閉じて身悶えるマリーは快感だけを追っていた。  
その間もアゲハの怒張はどくどくと脈打ち続け、それは痛みを伴うほどで。  
「もうッ、大丈夫だから………アゲハさん…ごめんなさい」  
手を添え、逸物をそっと宛がった。  
ぬぶぶっ、と空気をかき混ぜながら、僅かな抵抗感も突き破り貫かれていく。  
「ふぁ…んん!ああぅあ!!!」  
「ぐう゛」  
頭が吹き飛びそうになる感覚に、アゲハは歯を噛みしめ仰け反った。  
ぴったりと隙間なく埋まった場所が痺れるように熱い。  
間を置いてマリーが息を整え終えると、未だにガクガクしている膝で立ち、緩々と尻を振り始めた。  
今までの愛撫に比べて更に酷く遅鈍な動きだったが、マリーの興奮は最高潮を迎えようとしていた。  
(アゲハさんと、私…!私……!!)  
快感は毒のように全身にまわる。  
マリーは知らず知らずのうちに、勃起した胸の突起をアゲハの胸板へと押し付けた。  
腰を振るとき。  
アゲハが息を乱すとき。  
少しの動きでもくにくにと磨り潰され、えも言われぬ刺激が甘く走る。  
「ふあ…ンぅう…あ、アゲハ…さっん、は、はぁ」  
「ぅああ…あ゛……っだめだ…だめだマ、リぃ…」  
埋め込まれ見えない怒張からは先走りばかりが吐き出されていた。  
アゲハの体を使った自慰行為は、長くはもたなかった。  
「ああん……ごめんなっあっ、さい…ごめんなさッい、ひ!ぁ、ああ!!」  
静かに深く腰を沈めるとマリーは手足を突っ張らせ、アゲハの目の前でイききった。  
二人の顔は自然と鼻がつきそうなほどの距離にある。  
マリーは満悦の表情で瞳を潤ませ、肩で息をしていた。  
だらしなく開ききった唇から垂れた涎が、胸板に挟まれた谷間を伝っていた。  
 
「…う゛っ、あー…マリー…俺…おれ」  
アゲハの苦しみは未だ続いていた。  
盛大に絶頂を迎えたマリーとは反対に、あと一歩、アゲハの逸物はイけずにいた。  
蛇にからまれる蛙のような不様な格好で、じわじわと死なない程度に嬲られ絞められ続けている。  
でも今、アゲハの意識は殺され死んだのだろう。  
残ったのは本能のみ。  
「……おれっ!!!」  
イったことで弱まったシーツのテレキネシスをアゲハは打ち砕く。  
縮こまり、胸の上でぜえぜえと余韻に浸るマリーをそっくりひっくり返した。  
「ぁっえッ!?」  
仰向けにさせたマリーにアゲハは覆いかぶさる。  
か細い手首を掴み、純粋な力だけで押さえ込んだ。  
「アゲハさんっ………ダ…メ……まだ…まだ」  
手首も腕もびくともしなかった。  
愛液まみれの怒張は、薄闇のなかでも獰猛に天を仰ぐ。  
アゲハは一気に突き刺した。  
「あ゛あー!!あっ、い、いったばっかり!だ、からぁ、ひィン!」  
もうマリーの言葉はアゲハには届かず、脳に伝わるのは嬌声と膨大な快楽だった。  
マリーの綺麗な爪が手の平に食い込んでいく。  
アゲハの腰がガツガツとマリーの尻を打った。  
硬直し、えくぼを作った双臀に玉の汗が滲む。  
「ふあ、ア!あぁ、んんう、あ゛っ」  
何度も何度も、何度も。  
思いのまま欲望のまま、アゲハは犬のように腰を振った。  
色のない空間が悲鳴じみた喘ぎと淫猥な音で満たされる。  
容赦のないスラストに蹂躙され、アゲハを飲み込む内部は蕩けそうなほどだった。  
「は、…っ、マリー、…く…」  
とどめとばかりに切ない声で呼ばれて、心の奥が震えた。  
胸が締めつけられる想いにマリーの快感はまた上りつめ、同時に内壁がぎゅうっと絞まった。  
(目のまえ、真っ白……アゲハさん…アゲハさん…)  
「ぁ、ひぃ、ゃ、やあッ!!あああ!!」  
「ぐう…ううぁッ!」  
アゲハは最後の理性で、絡みつく秘部から逸物をなんとか引き抜く。  
恥毛が擦れ合うほどにマリーの柔肌に裏筋を擦りつけて射精した。  
溜まりに溜まっていた飛沫は、マリーの顔や胸、腹から繁みにまで目一杯かかった。  
その間中もずっと、マリーは肥大し痛いほどに過敏になった陰核をこすられ絶頂し続けていた。  
「あー……ァ…あ……ああ…」  
びくびくと痙攣するマリーの横に、倒れこみ突っ伏すアゲハがいる。  
マリーはこの上無く、満ち足りた気分だった。  
 

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