「…で、勝負パンツってどういうことよ」
「あ、えーと、それ、は…」
不自然に視線を彷徨わせるマリーを前に、全裸のフレデリカの表情は一段と険しくなっていた。
文字通りパンツの到着を全裸で待機している訳なのだが、怒りに燃えている為か
風邪を引くどころか、寒がる素振りすら見せてはいない。
「アンタ、まさかアタシの知らない内に…!?シャオはまずあり得ないとして、相手は一体誰なのよ!?」
「シャオ君じゃないし、他の人でもないのっ!!」
「じゃあ何でそんなパンツ穿いてんのよ!『映像でお伝え出来ないのが残念です』な破壊力なのよ!?」
「人に見せるつもりじゃないもん!その、あの、気合いを入れる為に穿いてるのッ!!」
「気合い…?」
その一言で、フレデリカはとある結論に至る。
先程までの険しい表情は消え、全裸で腕組みをしてはしきりに頷いていた。
「アゲハが居るからってコトだったのね」
「………うん」
何度目のドリフトだったかはさておき、現在この根にはアゲハ達が滞在していた。
誰と闘って何がどうなったかもさておき、なんやかんやで数日後には元の"世界"へと帰還する予定である。
これまでの間に雨宮とマリーによる熾烈な女の闘いも繰り広げられていたことは、勿論言うまでもない。
「それなら、夜這いくらいしてみせなさいよ!それ、ブラも黒レースなんでしょ?」
「うん…。でも、そんなこと恥ずかしくて出来ないよ…」
「そんな下着まで着けて何言ってんのよ!ここは空気を読むところでしょ!?
そのおっぱいは何の為にあると思ってんのよッ!!今こそ一肌脱ぎなさい!!」
「…フーちゃんは脱ぎ過ぎだと思うんだけど」
マリーはそう呟きながら、先程フレデリカが投げ捨てたステテコパンツを拾って折り畳んでいた。
そんなマリーに対し、全裸でも恥ずかしいとは思っていないフレデリカは声を荒げる。
「そんなだから雨宮に先越されるのよッ!雨宮だって夜中にアゲハの部屋行ってるのに!!」
「………そう、なんだ」
−ピシッ
その時、フレデリカは大気に亀裂が入るような音を耳にしていた。
咄嗟に出た一言が巨大な地雷であったことを悟り、全裸で慌てふためく。
心なし室内の気温もぐっと下がったような気がして、僅かに身震いする。
「あッ、でもほら、単なる今後の打ち合わせかもしれないじゃ…ない…?」
「それなら別に夜中じゃなくてもいいよね?二人きりになる必要なんてないよね?
きっと二人で女盗賊の太ももプレイでもしてるんじゃないかなそうだよそうに違いないよ」
「ちょ…、マリー止めなさい!!パンツ引っ張るんじゃないわよッ!!」
マリーは不自然な笑顔を貼り付けたまま、女児用パンツを手にしていた。
折り畳もうとしていた指先はいつの間にか不穏な動きを見せており、
フレデリカが気付いた時には、マリーはパンツの端と端を掴んで引き千切らんばかりの勢いで引っ張り上げていた。
「うふふふふふ」
「止めなさいってば!クマが伸びて変形してるじゃないのッ!!」
「フーちゃんったら、何言ってるの?元からこうだったよ?」
「な訳ないでしょッ!!パンスト被った芸人みたいになってるじゃないのよーッ!!」
目の据わったマリーからパンツを奪い取ると、落ちていたパンツと一緒に紙袋の中へと放り込む。
急激に下がってしまった室温に再び身震いしながら、フレデリカは深い溜息を吐いていた。
「…いつまでも裸ってのも何だし、とりあえず服だけは着ておくわ」
「そうだね、その方がいいと思うよ爆発すればいいのに」
「……アタシ、部屋に戻っておくから。お風呂上がってからでいいから、パンツ持ってきてくれない?」
「いいよ、乾いたらすぐ持っていくね爆発すればいいのに」
「………ねぇ」
「なぁに?爆発すればいいのに」
「…………さっきからその語尾は何なのよ?」
「あのね、萌えキャラを目指そうかなと思って爆発しろ」
「嘘でしょ!絶対嘘でしょ!?そんな物騒で血生臭い萌えキャラなんて聞いたことないわよッ!!
アタシが悪かったわ!悪かったわよ!!」
「やだなあ、気にしなくていいのにあははははははははは」
フレデリカの叫びと、マリーの乾いた笑い声が浴室に響く。
そしてフレデリカは半ば涙目になりながら、マリーが用意していたパンツ以外の衣類を身に纏っていた。
「…やっぱりスースーして、落ち着かないわね…」
「でも見た目には分からないから大丈夫だと思うよ?」
「…なら、いいんだけど」
鏡の前に立ち、フレデリカはネグリジェ姿の自分を改めて確認する。
違和感と羞恥から頬が赤く染まってはいたが、湯上がりだと言えば特に不自然なこともない。
裾を摘んではしきりにめくれないかを気にしているフレデリカの背後から、下着姿のマリーが声をかける。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。ほら、ノーパン健康法だと思えばいいんじゃないかな」
「…あれは確かノーパンで寝るんじゃなかった?」
「え、そうなの?私はてっきりノーパンでしゃぶしゃぶを食べるんだと思ってたけど…」
「…アンタ一体どこでそんなこと覚えたのよ…。しかもそれ、微妙に間違ってるわよ…」
「えーと、確か晴彦さんが教えてくれたと思うんだけど」
「あのバカ彦、マリーになんてこと教えてんのよ…ッ!」
「あっ、でもでも!ノーパン健康法が駄目なら、羞恥プレイの一環だと思えばいいんじゃないかな??」
「いいワケないでしょおおおお!?何でそんな知識ばっかり身につけてんのよ!!
ていうかアンタ意味分かって言ってるの!!?」
「確か、恥ずかしいことを気持ち良く感じるようになる高度な精神の鍛練法だよね?」
「やっぱり合ってるけど微妙に間違ってるわよッ!!!」
にこにこと微笑みながら、悪気なく性的な意味でマニアックな発言を連発するマリーにフレデリカの怒りは募る。
これがまたよりによって、黒レースの下着姿であるという点がマニアックさに拍車を掛けていた。
無邪気な笑顔とはアンバランスな黒レースの下着に包まれた、豊満なマリーの肢体。
それを前にして、フレデリカの怒りは更に募り暴発寸前にまで達していた。
「いい加減にしなさいよーッ!?何もかも反則過ぎるのよアンタはああああッ!!」
「え?どういうこと??」
「うるさーい!罰としてそのおっぱい揉ませなさいッ!そんなものがあるからいけないのよーッ!!」
「やだぁ、止めてえええっ!あっあっ、直に揉んじゃやだああああっ!!」
−ぶはっ
「うわッ!?」
「す、済まない…」
「…お前、まだ思念読み取ってるな?そうなんだな??」
「いや、その、これは、ノーパンが黒レースで」
「…なァ。今すぐトドメ刺してもいいか?」
「………………」
透視は出来なくとも、読み取った思念からその光景を妄想で補完するという芸当は
勿論シャオにとっては造作もないことである。
例えその代償としてカイルの殺意に満ち溢れた思念を向けられようとも
シャオは能力の発動と噴き出す鼻血を止めることは出来なかった。
「あーあもう…!やっぱり落ち着かないわ…」
ひとしきりマリーのおっぱいを揉みしだいた後、フレデリカはぶちぶちと文句を零しながらも廊下を歩いていた。
パンツ一枚穿いていないだけで、こうも落ち着かないとはそれこそ予想外の事態である。
「葉っぱ一枚あればいい」というのはあながち間違ってはいないのだろうか。
そんなことを考えながら、どこかぎこちなさを残した足取りで部屋へと向かっていた。
「あ」
「お?」
不意に、足がぴたりと止まる。
向かおうとしていたその先には、アゲハの仲間である霧崎カブトの姿があった。