「カイルのっ、ばーか!変態!ばーか!」  
 
そう言ってから、べえっと舌を出してみせるフレデリカ。  
罵られたカイルは、いつものことだと言わんばかりに投げやりな態度を見せていた。  
 
「だからな?フーの残念なおっぱいじゃパイズリなんて無謀もいいとこなんだぞ?  
つまりは足コキに活路を見出だすしかないってことなんだ。分かるよな?」  
「何をどうしたらそんな結論になるってのよおおお!!!」  
 
穏やかな、とある休日。  
…もとい、既に騒がしくはあった、とある休日の午後。  
それはフレデリカの絶叫により、再び凄惨な現場へと変貌しつつあった。  
 
 
少し前に、フレデリカとカイルがちょっとした言い争いをしたことがあった。  
その際カイルがフレデリカに「女性の胸部に対するこだわり」や  
「性的な意味での胸部の取扱について」を議題に本気を出して語ってしまい、  
性的な意味で非常にうぶなフレデリカの胸を、別の意味でえぐる程のトラウマを与えていた。  
それ以来カイルは時折性的な意味でフレデリカをからかっており、  
怒ったりべそをかいたりしているフレデリカに罵られる光景は、日常茶飯事となっていた。  
 
「変態!変態!!変態!!!」  
「だからそれは業界が違ったら褒美になるっていつも言ってんだろ?」  
「そんなの知らない!変態変態変態ッ!!」  
 
これみよがしに溜息を吐くカイルと、顔を真っ赤にして怒鳴るフレデリカ。  
そんな光景を、ヴァンはとても楽しそうに眺めていた。  
 
「確かにフレデリカさんだと、胸を使うのは困難でしょうねぇ」  
「…ヴァン君、今は私の方を見ないで欲しいかな」  
「だそうですよ、シャオ君」  
「何で俺に振るんだ…」  
 
この手の話題になるとマリーはいつもよりちょっと表情が険しくなり、  
ついでにシャオへの態度がいつもよりちょっと冷たくなっていた。  
そんなマリーの視線に動じることもなく、ヴァンは再びカイル達の方を眺めていた。  
 
 
「とにかく、おっぱいを武器にすることだけは諦めろ。代わりに手や口や足があるんだからな」  
「いい加減にその話題から離れなさいよ!」  
「後は…そうだな。太ももを使う方法もあるらしいぞ。それを更に発展させると、素股にな」  
「アンタ人の話ちゃんと聞いてる!?」  
「フーこそオレの話をちゃんと聞いてるか?物凄く大事なところなんだぞ?試験に出すからな?」  
「何の試験をする気なのよアンタはあぁああぁあッ!!!」  
 
 
じわり。  
フレデリカの双眸からは、涙が滲み始めていた。  
しかしカイルはそれを気にするどころか、にやにやと笑いまで浮かべている。  
普段はキレると所構わず炎を起こすフレデリカであったが、  
何故か性的な話題を振られると、能力を使うことを忘れてしまうようだった。  
そして最終的にはカイルに泣かされた揚句にマリーに泣きつき、  
フレデリカを慰めるマリーが、何故かちょっとシャオに冷たくなるのが常となっていた。  
 
「…まぁ、そもそもオレはパイズリはあんまり好きじゃないんだけどな」  
「……なんで?」  
「だって見た目はいいけど、あんま気持ち良くねぇもん」  
「あ、それにはボクも同意見です」  
「あの挟ませてる時の征服感は良いんだけどなぁ」  
「そうですか?ボクはあんまり好きじゃないですねぇ」  
「そりゃ口でさせるのが一番いいけどな。そういう意味ならさ」  
「カイル君好きそうですよね」  
「…んー。好きか嫌いかって言われたら好きだけど、なんつーか苦手だな」  
「へえ、どうしてですか?」  
「ほら、出した時がさぁ。嫌な顔する女って多いだろ。飲ませる訳じゃなくても」  
「確かに、本来口にするものではないですしね」  
「だからって顔にっつーのも、何だかなぁ」  
「後始末が大変ですよねぇ」  
「じゃあ途中までさせて…ってのもさ、その後やってる最中にキスするのが何か抵抗あってさ」  
「あぁー、それは分かります。だからといって口で終わりというのも微妙ですよね」  
「だろ?それは何か負けた感じがするんだよ。やっぱり挿れて出した上で終わらせた」  
「アンタ達さっきから何の話をしてんのよッ!!」  
 
いきなり割って入ってきたヴァンに怒鳴り散らすフレデリカ。  
しかしヴァンも動じる様子はなく、にこにこと微笑んでいる。  
それどころか、突き刺さるようなマリーの視線を受けても尚平然としていた。  
 
「シャオ君は何が一番好きでしたっけ?手でした?胸でした?それとも胸でした?」  
「何で二択なんだ…。それと、頼むから俺に振るのは本当に止めてくれ」  
「じゃあ胸でした?それとも胸でした?」  
「どうしてそこで選択肢が減るんだ!」  
「…シャオ君って、そういう趣味なんだ」  
「いや、違うんだマリー!これは!!」  
「そうですよマリーさん。見れば分かるじゃないですか」  
「うわああああやめろオオオオオ」  
「…そうだね」  
 
マリーの冷たい視線が、再びシャオへと突き刺さる。  
そしてマリーはさりげなく、そしてしっかりと胸元を隠すように腕で覆っていた。  
 
 
「…男の人って、そんなに胸が好きなのかな」  
「一般論としてはそうだと思いますよ」  
「…私、胸を見て話す男の人と、胸のことなんてどうでもいいっていう人は大っ嫌いかな」  
「見る人はともかくとして、もう一つはどうしてです?」  
「そういうこと言う人って、絶対にどうでもよくないと思うの」  
「あ、成程。本当にどうでもいいなら、そもそも口には出さないですもんね」  
「…うん」  
 
そう呟き、少しだけ表情を曇らせるマリー。  
実際に、そういうことを言われて嫌な思いをしたことがあるのだろう。  
伏せた瞳は、どこか悲しそうだった。  
 
「気をつけて下さいね、シャオ君」  
「だから何でそこで俺に振るんだ!!」  
 
「もうっ、何なのよアンタ達は!!!」  
 
フレデリカの怒りの矛先は、カイルからヴァンとシャオに向かっていた。  
ビシッと指を突き付け、声高に叫ぶ。  
 
「ドS、ムッツリ、変態だなんて!どれだけ最強の布陣を敷けば気が済むのよ!!」  
「ドSだなんて心外ですねぇー」  
 
正に心外だと言わんばかりの表情で、呆れたように溜息を吐くヴァン。  
 
「ボクは、ただ単に人の苦痛に歪んだ顔を見るのが大好きなだけですよ?」  
「それをドSって言わなかったら、何をドSって言うのよおぉおおッ!!」  
 
「…いくら何でも失礼だな」  
「シャオは黙ってなさいよ、このムッツリ!ヘタレ!!」  
「……………」  
 
「そうだぜ、オレが変態ってどういうことだよ?」  
「アンタの性癖は絶対に普通じゃないわ!!アタシにだって、それくらいは分かるわよッ!!」  
「うわ、ひっでぇ。オレは普通におっぱいと、色々なプレイが好きなだけだぜ?」  
「後半が明らかにおかしいからッ!!!」  
 
再び顔を真っ赤にして、フレデリカは絶叫していた。  
 
「カイルの変態ッ!変態、変態、ド変態ッ!!!」  
「………」  
 
フレデリカの罵倒を前に、何故か神妙な顔をして目を閉じているカイル。  
腕組みをして、何かを真剣に考えているようだった。  
突然のことに、フレデリカはうろたえた様子を見せる。  
 
「なぁ、フー」  
「な、何よッ」  
「も一回、変態って罵ってみてくれねぇか?」  
「…はい?」  
「聞こえなかったか?オレを、変態って罵れって言っ」  
「変態変態変態変態変態ーーッ!!!」  
 
カイルの言葉を封じ込めるかのように、力の限り声を張り上げるフレデリカ。  
ひとしきり叫んだ後、息を切らせながら瞳に涙を浮かべていた。  
 
「…うん。悪くねぇな」  
「な…に…?」  
「いやぁ、変態って罵られるのもなかなか」  
「アンタ…」  
「な、も一回罵ってくれ」  
 
「へ・ん・た・いーーッッ!!!」  
 
フレデリカの絶叫が、室内にこだまする。  
しかしカイルはそれに動じる風でもなく、どこか満足気な顔をしていた。  
 
「…うん。確かにご褒美ってヤツかもな」  
「あ、カイル君もやっぱりそう思ってたんですか」  
「ヴァン!?アンタ、いつの間に!!?」  
 
見れば、いつの間にかヴァンがカイルの横に立っていた。  
二人分の意味深な視線を受け、フレデリカは思わずたじろぐ。  
 
「いやぁ、こういうのも悪くねぇな」  
「そうでしょう?敢えて罵られるというのもたまにはいいですよね」  
 
(これが…カイルがいつも言ってた…!!)  
 
「奥が深いよなぁ。ちょっと感心しちまったぜ」  
「正に、我々の業界ではご褒美ということですよ」  
「そっか。なぁフー、もう一回」  
「いやあああああっ!!助けてえぇ、マリーッ!!!」  
 
何故かハイタッチをしているカイルとヴァンを前に、とうとうフレデリカは泣き叫んでいた。  
フレデリカは、まだ気付いていなかった。  
カイル達の言う「ご褒美」とは『変態と罵られることに喜びを見出だす業界』ではなく  
『恥じらって涙目になっている女に敢えて変態と罵らせることで、  
女に精神的屈辱を与えることに喜びを見出だす業界』であることに。  
 
 
「うわああああ!!マリー!マリー!!」  
「よしよし、今日も大変だったねー」  
 
マリーの胸に顔を埋めて、わんわんと泣きじゃくるフレデリカ。  
そしてその光景を、少し羨ましそうな顔をしながら眺めているシャオ。  
そんなシャオに、時折冷ややかな視線を送っているマリー。  
そこまでを含めて、いつもの光景であった。  
 
「流石にやり過ぎたんじゃないですか?」  
「…かもなぁ。まさかあそこまで本気で泣くとは思わなかったなぁ」  
「まだまだカイル君も甘いですねぇ。本気で泣かせちゃ駄目ですよ?」  
「そうだな、ちょっと調子に乗り過ぎたかなぁ」  
「いきなり何言ってるんですか。程良く啼かせて、程良く快感を与えて、  
屈服することの喜びを理解させる。これが基本ですよ」  
「うーん…。オレは、やっぱそういうのはいいかなァ」  
「そうですか?」  
「ああ。たまーに縛ってみたりとか、そんな程度でいいかなって気がしてきた」  
「…ま、個人の自由ですけどね」  
 
 
「カイル君って、その程度だったんだ」  
 
「「へ?」」  
「…ぇ?」  
「………。」  
 
予想外のところから飛んできた声に、驚きの声が上がる。  
カイルとヴァンが、そして涙に濡れた顔を上げたフレデリカが、それぞれマリーの方を向いていた。  
 
「どういうことですか?」  
「えへへ。そんなに大したことじゃないよ?」  
 
ヴァンの問い掛けを前に、はにかむような笑顔を見せるマリー。  
しかし、その場にいる誰もが、そんなマリーへの違和感を拭えずにいた。  
 
「私はやっぱり、縛るならより美しく縛りたいなぁって思っただけだから」  
「………。」  
「ね、シャオ君?」  
 
「あ、アンタ達…。一体、何…を…?」  
 
マリーから身体を離し、青ざめた顔でよろよろと後ずさるフレデリカ。  
そんなフレデリカに柔らかな笑顔を向けて、マリーはこう答えた。  
 
「あ、もしかして勘違いしてないかな?」  
「え…?」  
「私、縛られるよりは縛る派だよ?」  
 
 
「あぁああぁあああ!!!ババ様ぁーーッ!!!」  
「おい、フー!?」  
 
号泣しながらあちこちに身体をぶつけ、それでも走り去っていくフレデリカ。  
あまりにも危険な状態のフレデリカを慌てて追うカイル。  
そして後には、ヴァンとマリーとシャオの三人が残っていた。  
 
「そういうことなら、いつでもボクに相談してくれれば良かったのに」  
「えへへ。でも私、まだヴァン君の足元にも及ばないと思うから、恥ずかしくって…」  
「そんなことないですよ。いやあ、嬉しいですねぇ」  
「…あのね。私最近、団鬼六先生の素晴らしさが理解出来たような気がするんだ」  
「流石はマリーさん、いい趣味をしていますね!」  
「そうかな?何だか照れちゃうな…」  
「目の付け所が違いますよ」  
 
「………。」  
 
ヴァンに褒められて、嬉しそうに頬を染めるマリー。  
会話の端々に飛び交う物騒な単語さえ耳に入らなければ、それはとても微笑ましい光景だった。  
 
「あ、そうだ」  
 
不意に響く声。  
声の主は、ゆっくりと振り返る。  
 
「シャオ君、今日もいつもの『お仕置き』ね?」  
 
ヴァンには聞こえないような小声で、背後のシャオに言葉をかける。  
まるで花がほころぶような、愛らしいマリーの微笑み。  
しかしその瞳は、一切笑っていなかった。  
 

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