「…うーん」  
「マリー、どうした?腹でも壊したか?」  
「あ、カイル君」  
 
自分の腹周りを撫でて、困ったような表情を見せていたマリーに声を掛けるカイル。  
マリーはその様を見られていたことに対して恥ずかしそうにしていたが、やがて小声で呟いた。  
 
「違うの。何か、服がきつい気がして…」  
「え、太ったか?」  
「…かも。やだなぁ、もう…」  
 
「…よ」  
「ん?何か言ったか?」  
「?ううん」  
 
 
「また胸がデカくなっただなんて、いい加減にしなさいよーーッ!!!」  
 
 
穏やかな、とある休日。  
…もとい、穏やかになるはずだった、とある休日の午後。  
それはフレデリカの怒号により、凄惨な現場へと変貌しつつあった。  
 
 
 
「何よ!また胸!?また大きくなったっていうんでしょ!!あーあ!!!」  
「ち、違うよぉ…」  
「そうだぞ、フー。今回は太ったんだぞ。ちゃんと話聞けよ」  
「…カイル君。それフォローになってないから…」  
「太ったようには見えませんけどねぇ。毎日会ってたら分からないものなんでしょうかね?」  
「………」  
「ヴァン君まで…!やだ、シャオ君もいたの!!?」  
「…ああ」  
 
全員揃っていた上に、太ってしまったらしいことまで知られてしまい、慌てふためくマリー。  
フレデリカはそれに構わず怒鳴り続けていた。  
 
「何だって一緒でしょ!太ればどーせ、おっぱいだって大きくなるんじゃない!!」  
「…ち、違うもんっ!まだ、きつくはないんだからっ!」  
「まだぁ?じゃあやっぱり大きくなってんじゃない!!」  
「あ…、あぅぅ…」  
「おい、止めろって」  
「アンタこれで何回目だと思ってんのよ!!」  
「次で5回目になるんじゃないですかねー」  
「今度は直さないもん!ヴァン君のばかぁ!!」  
「…ま、確かに回数は多いよなぁ?」  
「カイル君もばかぁぁ!!」  
 
カイルの指摘通り、マリーの衣服の『お直し』の回数は群を抜いていた。  
予め用意していた服に対して、予想外の成長を見せる者は居ないでもなかったが  
身長の増加による着丈の調整が殆どで、部位の調整を行っていたのはマリーだけであった。  
最初は「少し胸元が窮屈だから」と他と同様に調整をしていたところ  
予想を遥かに上回る素晴らしい成長を遂げた結果。  
お直し→お直し→くり抜き(小)→くり抜き(大)と、  
調整どころか、改造の域にまで達していたのであった。  
最終的には『マリーの胸改造』とまで呼ばれるようになってしまっており、  
当然のことながら、マリーはそのことを非常に気にしていた。  
 
「大体っ、この歳でまだ成長するなんておっかしいわよッ!!」  
「そうでもないだろ。オレもまだ、背は伸びてるみてぇだし」  
「そうなんですか!?いいなぁー」  
「ちょっとだけな。何か男は25まで身長伸びるとかいうらしいぜ?」  
「へぇー!じゃあ、ボクもまだまだ伸びる可能性はありますよね!」  
「そうだな」  
「そもそも、ヴァンはまだ成長期なんじゃないか」  
「まあ、そうなんですけどね。今までがあんまり伸びてないですから」  
「アンタ達の背の話なんてどーでもいいわよッ!!!」  
 
フレデリカの怒号に、半ば呆れたような表情を見せるカイル。  
フレデリカを頭から爪先までじっくり眺めると、これみよがしに盛大な溜息を吐いてみせた。  
 
「…何よ」  
「いやぁ、成長しきれてないまま成長期が終わったんだなぁと思ってな。色 々 と 。」  
「余計なお世話よッ!!」  
「まぁ、ひがむのもいい加減にしとけよ?」  
「違うわよ!大きさで女の価値は決まんないんだから!!」  
「そーかそーか」  
「アタシは小さいわけじゃないの!美乳なの!!」  
「あぁ、微乳な」  
「字が違う!!」  
 
あれこれと聞かれてもいないことをまくし立てるフレデリカと、それを受け流しているカイル。  
まだ恥ずかしさから頬を染めていたマリーだったが、  
怒りの矛先から逃れられたことで安堵していたようだった。  
 
「カイル君、良くあんなこと言えるね…」  
「からかって遊んでるんですよ」  
「フレデリカも頭に血が昇って、能力を使うことも忘れてるようだからな。すぐ終わるさ」  
「まあ、ボクらは高見の見物ってことですよ」  
「…そうなのかなぁ」  
 
しかし予想に反して、二人の論争は一向に収まる気配がなかった。  
 
「…だから、胸なんて飾りよ!偉い人にはそれが分かんないのよ!!」  
「どこの整備兵だよお前は!」  
「所詮、おっぱいなんて脂肪の固まりじゃない!あんなに持て囃すなんて馬鹿げてるわ!」  
「違うだろ!脂肪という名の夢と希望が詰まってんだよ!」  
「そんなの幻想よ!馬鹿じゃないの!?」  
「馬鹿で結構!男はその幻想を信じてんだよ!!」  
 
 
「まずいな」  
「そうですね。カイル君がこの手の話題では絶対に譲歩しないことをすっかり忘れてましたねー」  
「…ああ。迂闊だったな」  
「え?え?どういうこと??」  
「それはですね」  
 
「何よッ、このおっぱい星人!!」  
「あーそうだよ、文句あるか!!」  
 
「…と、いうことです」  
「うん…。良く分かったよ」  
 
マリーは、少しだけ遠い目をして溜息を吐くと。  
自分の胸を隠すように、そっと腕を組んでいた。  
 
「変態!変態!!変態!!!」  
「ちげぇよ!つーか変態連呼するな!業界が違ったらただの褒美だぞ!」  
「変態変態変態ッ!!!」  
「変態じゃねえっつってんだろ!オレはただ純粋におっぱいを愛してるだけだ!!」  
「それを変態って言うのよ!!」  
「言わねぇんだよ!!」  
 
「…二人とも、自分が何言ってるのか分かってるのかなぁ」  
「分かってないでしょうねぇ。後が楽しみですね♪」  
「…俺は、何だか胃が痛くなってきたな」  
「大丈夫?お薬持ってこようか?」  
「いや、いいよ。ありがとう」  
「カイル君完全にスイッチ入っちゃってるみたいだから、これは長引くかもしれませんねー」  
「…参ったな」  
「だ、大丈夫、なの??」  
 
不安気なマリーの嫌な予感は、想像以上に悪い方向へと向かっていた。  
 
「おっぱいが好きなら、大きさなんてどうでもいいでしょー!?」  
「ふざけんな!揉めないおっぱいに用は無いんだよ!それはただの『胸のような何か』だ!」  
「な…ッ!!」  
「大体だな、根のヤツらは『どちらかといえば、おっぱいは大きい方が良い』と  
『大きいおっぱいが良い』って意見が多いんだからな!」  
「何の統計取ってんのよ!!」  
「文句があるなら、B以上になってから出直してこい!!」  
「何でアタシのサイズを知ってんのよ!!」  
「んなもん見りゃ分かんだろ!シャオのフーチでも確認してっから間違いねぇよ!」  
「アンタ達、PSIを何に使ってんのよ!!?」  
 
「…シャオ君、そんなことしてたんだ」  
「いや、その、これは!」  
「ちなみに、根の女性のスリーサイズは全て調査済らしいですよ?」  
「おい、ヴァン!?」  
「……………」  
「違う、違うんだマリー!」  
 
マリーは、さりげなくシャオから距離を取ると。  
自分の胸をシャオの視線から庇うように、しっかりと腕で胸を隠していた。  
 
「おっぱいなんか揉んで何が楽しいってのよ!下らないわ!!」  
「お前こそ何言ってんだ!揉む以外にも色々楽しみ方はあるだろうが!!」  
「何よ!言ってみなさいよ!!」  
「ああ、言ってやるぜ!例えば舐」  
 
「はーいカイル君、ちょっとストップして下さーい」  
「何だ!」  
「何よ!」  
 
いきなり割って入ったヴァンの言葉に、猛然と振り返るカイルとフレデリカ。  
そんな二人に動じることもなく、ヴァンは平然とした様子で言葉を続けた。  
 
「…まさかとは思いますけど、この間皆で話した『あの話』をするつもりじゃないですよね?」  
「するに決まってんだろ!」  
「それは流石に止めた方がいいと思いますよー。いくらなんでも女性に話していい話じゃないですよ」  
「……あ。うん、そーだな」  
「…何よ!」  
 
ヴァンの指摘に、急に我に返って冷静さを取り戻したらしいカイル。  
その様子を見て、フレデリカは不満気に頬を膨らませていた。  
 
「聞かない方がいい話ですよ。ね、シャオ君?」  
「!!…あ、ああ。ヴァンの言う通り、だな」  
「…どういうこと?」  
「いや、マリー、その」  
「私達には言えないような話、してるの?」  
「あの、つまり」  
「ねぇ?」  
 
マリーは、未だ胸を隠したまま笑顔でシャオを見つめている。  
しかしその瞳は、一切笑っていなかった。  
 
「マリーさーん。あまりシャオ君をいじめないであげて下さいね?」  
「嫌だなぁ。そんなつもりじゃないよ?」  
「分かりやすく言うとですね、ボク達とハルヒコさんとでちょっとした話をしたんですよ」  
「……ふぅん。分かったよ、ヴァン君」  
「分かって貰えたみたいで何よりです」  
「シャオ君も、ありがとう。ね?」  
「………」  
「…知らなかったなぁ。『そんな話』してたなんて」  
 
その面子で話される内容に、おおよその見当がついたらしいマリー。  
相変わらず瞳だけは笑っていない笑顔のまま、カイルとフレデリカを眺めていた。  
 
「アタシにも教えなさいよね!!」  
「止めとけ止めとけ。フーみてえなお子様にはまだ早いんだよ」  
「何ですってぇ!!?」  
「オレ達とハルヒコって時点で分かんねぇのか?」  
「………」  
 
黙ったまま、首を横に振るフレデリカ。  
カイルはいい仕返しを思い付いたとでも言わんばかりに、ニヤリと笑う。  
 
「そっか。じゃあちょっと耳貸せよ」  
「…う、うん」  
 
 
そして十数分後、カイルから『女には絶対に聞かせられない男だけの下ネタ談義』を  
たっぷりと聞かされ、涙目になったフレデリカの絶叫が室内に響き渡っていた。  
 
「うわぁあぁああん!マリー!!!」  
「よしよし、大変だったねー、フーちゃん」  
「カイルが…、あんな、酷い…ことばっか…、うえぇ…!」  
「うんうん、そうだね、酷いねー」  
「あぁああん!!」  
「…男の人なんて皆酷いよね。フーちゃん、今日は私と一緒に寝ようか?」  
「いい、の…?」  
「うん。胸触っても、顔埋めて寝ちゃっても怒ったりしないから」  
「ふえぇえ…!!」  
 
余程酷いトラウマを植え付けられてしまったらしく、マリーの胸に顔を埋めて号泣するフレデリカ。  
マリーはそんなフレデリカの頭を、慰めるように優しく撫でてやっていた。  
 
「………」  
 
シャオはそんな二人を眺めつつ、フレデリカを羨ましく思っていた。  
背後でカイルの呻き声とヴァンの呆れたような声が聞こえてはいたが、何も耳には入ってこなかった。  
 

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