「それじゃ、アタシ達はこの辺で」
「ああ、はい…」
「ほらっ、いぬまるくん!そんなところに座り込んでたらダメでしょ?
ちゃんと夜科さんと雨宮さんに挨拶しようね」
「うんーっ!」
(返事はいいのに、何で微動だにしないの…?)
「あっ、コラ!さっきから園児ならではの低身長を活かして雨宮のナマ足ジロジロ見てんだろ!ずるいぞ!」
「違うもん、ぼくは人生という名の果てしないドリフトに疲れ果てているだけなんだ」
「4歳児が何言ってるの!立ちなさい!」
「やだーっ!女子高生のナマ足ー!!」
「…じゃあ、今日は本当にありがとうございました」
「…ああ、いえ。こちらこそ…」
「いぬまるくん、夜科さんと雨宮さんにさようならは?」
「またナマ足見せてねーっ!」
「誰が見せるかッ!!」
いぬまるくんとたまこ先生と別れた後、アゲハと雨宮は目的地へと向かう。
必然的にその間の話題は「まるだしの園児」に終始していた。
「…結局何だったんだろうな?」
「さあ?パンツを穿かない園児以上でも以下でもないと思うけど」
「今時の園児って、皆ああなのか?」
「それはないでしょ。もしそんな世の中だったら、宣戦の儀を待たずに世界は崩壊してるわよ」
「…だよなぁ」
「下らないこと考えてないで、急ぎましょ」
「あ、ああ」
前を歩く雨宮の後姿を目で追いながら、アゲハは先程のことを思い返していた。
(いいよなぁ園児は…。ナマ足ジロジロ見ててもブッ殺されないんだからなァ)
視線は、どうしても無防備なナマ足へと向かってしまう。
そのことを気取られないよう、アゲハはナマ足に視線を固定しつつも別の話題を振っていた。
「それにしても、幼稚園の先生っていいよなー」
「どうして?」
「やっぱり優しそうだしさ。エプロン姿ってのも何かいいなと思ってさ」
「…そうなの」
「ああ、俺もガキの時は担任の先生のことがすげー好きでさぁ」
「…へぇ」
「大きくなったら絶対に先生と結婚する!とか言ってたんだぜ。馬鹿だよなー」
「……………」
「どうかしたのか?」
「…別に。無駄口叩いてる暇があったら先を急ぐわよ」
「お、おう」
脳内の大半を「雨宮のナマ足」が占めている状態で話題を振ってしまったせいで、
アゲハは、自ら地雷を設置してしまったことに気付けないでいた。
明らかに機嫌を損ねている雨宮と、そのナマ足に再び視線を落とす。
怒気を放ちつつもやっぱり無防備なナマ足を前にして、アゲハは再び不埒な妄想に意識を集中させていた。
(…それにしても、4歳児っていいよなぁ。ナマ足ジロジロ見ても、怒られるだけで済むんだよな)
ローアングルからのナマ足鑑賞。
パンツが見えそうで見えない、そのじれったさも魅力的ではあるが、
何よりその絶妙なアングルでナマ足を堪能出来ることが一番重要である。
もしもアゲハが同じように、ローアングルからナマ足を鑑賞しようとしたら。
血祭りに上げられてしまうことは、考えるまでもないことだった。
(神よ!この俺に今すぐ4歳児になって、ナマ足を眺める力を!!)
(いやいや、それは無謀もいいトコだぞ。…PSIでナマ足見る方法とか、無いのかなァ)
(やっぱバーストになるのか?どういう修業をすればいいんだろうな…)
違う意味でネメシスQに制裁を受けかねない、とりとめのないアゲハの思考。
目の前の雨宮を追いつつも、時折翻るスカートの裾から覗くナマ足から視線は外さない。
飛龍のように具現化した何かでスカートをめくるという手段も浮かんだが、それは本来の目的に反する。
あくまで「普段なら絶対にお目にかかれない貴重なアングルからナマ足を堪能する」
ということが重要なのであり、めくってしまっては意味がない。
ローアングルからナマ足を見上げる。そのことが何よりも重要なのである。
(パンモロよりもパンチラの方がそそられるって、誰かが言ってたよなぁ)
(パンツは見えた方が確かに嬉しいよな…、けど俺が今見たいのは雨宮のナマ足なんだ!)
(そうか、これがチラリズムってヤツなんだな)
「……科」
「………」
「…夜科?」
「ああ、何だナマ宮」
「………」
「あっ、いや違う!雨宮!!!」
「……………」
振り返りながら、無言のアゲハを訝しんで声を掛けてきた雨宮。
ぴたりと、そんな雨宮のナマ足が止まる。
アゲハの方へ向き直り、憤然としている雨宮の瞳は明らかに怒っていた。
慌てて訂正しても、時は既に遅く。
アゲハは、先程設置してしまった地雷を見事に自分で踏み付けてしまっていた。
「…アンタ、今何を考えてたの?」
「いや、べ、別に…」
「言いなさい」
「な、何も…」
「今すぐ言いなさい。さもないと酷い目に遭わせるわよ」
「雨宮さんのナマ足について…考えてました…」
「…そう」
言いながら、冷汗がだらだらと全身から噴き出す。
自らを死刑台に追いやる罪状を、自ら告白する。
言おうが言うまいが死刑に変わりはないとはいえ、それでも恐怖を抱かずにはいられなかった。
目の前の雨宮は、無表情なままアゲハを見据えている。
しかしその瞳だけは怒りに燃え盛っており、それが殊更アゲハの恐怖を煽っていた。
「ねぇ、夜科」
「…何ですか雨宮さん」
「私の足について、何を考えてたの?」
「それだけは言えません勘弁して下さいごめんなさい」
「……そう」
だらだらと噴き出す冷汗は、一向に収まる気配がない。
考えていたことを口にしようがしまいが、酷い目に遭わされることに変わりはないとはいえど。
少しでも苦痛を軽減したいと思うのは、人として当然のことだった。
雨宮も、その辺りを深く追求する気はないらしい。
瞳に怒りの炎を湛えたまま、唐突にアゲハの側へと歩み寄っていた。
そしてアゲハの顎を引っ掴み、にっこりと微笑む。
「…私だって、そこまで意地悪じゃないのよ。だから、選ばせてあげる」
「…ハイ?」
「痛いけど最終的には気持ち良くなるのと、恥ずかしいけど最終的には気持ち良くなるの。どっちがいい?」
「えーと…、悪りぃ、意味が分かんねぇんだけど」
「じゃあ、もう少し具体的に説明してあげる」
「ああ…」
「顔の形が変わるまで私に殴られ続けるのと、さっきのあの子みたいに今すぐこの場で下半身丸出しにされるのと
どっちか好きな方を選ばせてあげるわ。どっちがいい?」
「いやいやちょっと待て。園児ならともかく俺がパンツ穿いてなかったら出版的にタブーだろ!?」
「エロパロ板でそんなことを心配するだけ無駄よ。だから安心して『みせるひと』におなりなさい」
「いやいやいやいやちょっと待て!そもそも何でそれが最終的に気持ち良くなるんだよ!」
「だって、夜科は絶対にドMだもの。私が言うんだから間違いないわ」
「大間違いだっての!勝手に決めつけんなよ!!」
雨宮が、不意に目を細める。
その鋭い眼光に、アゲハは反射的に身を強張らせていた。
「御託はもういいわ。とにかくさっさと選びなさいよ」
「う…」
「選べないって言うのなら、顔の形が変わるまで殴った挙句に下半身丸出しにするわよ?」
不遜な雰囲気を漂わせながら、アゲハを見据える雨宮。
顎を掴む手にも、力が籠っている。
このままではまず顎を砕かれてしまうのではないか。
そんな恐ろしい考えが、アゲハの脳裏を掠めていた。
「ど…」
「なぁに?」
「どっちも…嫌です…」
顎を掴まれたまま、冷汗をだらだらと流しながらも雨宮から目を逸らして呟くアゲハ。
流石にこんな選択肢からどちらかを選ぶなどということは不可能だった。
肉体的な意味で死ぬか、人としての尊厳を失って死ぬか。
そんな究極の選択肢を突き付けられても、アゲハにはそのどちらかを選び取ることは出来なかった。
「…そう、なら仕方ないわね」
不意に、顎を掴んでいた手が離される。
そして雨宮は、恐怖に恐れおののくアゲハの胸へと飛び込んでいた。
両腕をアゲハの背中へと回し、しっかりとアゲハに抱きついて来る。
余りにも突拍子もない雨宮の行動に、アゲハはただ呆然とすることしか出来なかった。
「あ、雨宮…?」
「…もう少し、じっとしてて」
「あ、ああ」
いきなり密着してくる雨宮の身体。
長い髪から漂うシャンプーの香りに、アゲハは動揺させられる。
しっかりと抱きついて来た身体から伝わる、雨宮の匂いや体温。
何より、小ぶりながらも柔らかい胸の感触や、先程まで視線を奪われていたナマ足の感触。
それらを前にして、アゲハは少なからず混乱していた。
こんなことをしている場合ではない。
今すぐこの場から逃げるべきだ。
理性は全力で警鐘を鳴らす。
しかし「いい匂いのする雨宮とそのナマ足と胸」を前にして、本能はこの場から逃げることを拒んでいた。
こんなことをしている場合ではない。
今すぐこの場から逃げるべきだ。
理性は全力で警鐘を鳴らす。
しかし「いい匂いのする雨宮とそのナマ足と胸」を前にして、本能はこの場から逃げることを拒んでいた。
もう少し。あと数秒だけ。この桃源郷を堪能していたい。
悪魔の囁きに耳を傾ければ傾けるだけ、寿命は縮まってしまうと分かっていながらも。
それでもアゲハは、密着する雨宮の身体を振り解くことが出来なかった。
不意に、頭上からギギギ…とおぞましい音が響く。
アゲハが顔を上げると、棘だらけの大鎌がアゲハを見下ろしていた。
「え、えーと。雨宮さん…?」
「なぁに?」
「アレで、俺をどうするつもりですか…?」
「…うふふ。大したことじゃないわよ」
「いや、充分大したこととしか思えないんですが」
「そんなことないわ。あの凶気の鎌で、ちょっと夜科の心を弄くっちゃうだけだから」
「…えーと、具体的にどういうことですか」
「簡単なことよ。二度と私の足を眺めたくなくなるように、心を完全に破壊してあげるだけだから」
「!!!」
反射的に、全力で雨宮の身体を振り解こうとするアゲハ。
しかしその意思に反して、雨宮の身体はびくともしない。
恐らくはライズを使っているのだろう。
いくら抵抗しようとしても、がっちりと固定されて身動きが取れなくなっていた。
「逃がさないわよ…?」
アゲハの耳元で囁く、どこか楽しげな雨宮の声。
より一層密着した身体とその匂いに、アゲハは一瞬だけ天国を垣間見る。
それは、これからの地獄を前にした本能的な防衛反応なのかもしれなかった。
「大丈夫よ。痛いことも苦しいことも、きっと気持ちいいことに変わるわ」
「…いや、待てッ、頼むから!!」
「恨むなら、人の足をジロジロ眺めた自分を恨むのね」
「ちょ、おい、…ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ねーねー、たまこ先生」
「どうしたの?いぬまるくん」
「ぼくねー、ツンデレは好きだけどヤンデレは苦手なんだー」
「…先生には良く意味が分からないけど。とにかく知らないお姉さんのナマ足をジロジロ見ちゃダメよ?」
「うんーっ!」
4歳児と16歳の少年。
その命運は、年齢が違うというだけで明暗がはっきりと分かれてしまっていた。