「あッ、桜子!」  
「…どうかした?」  
 
 
天樹の根。  
エルモア・ウッドの子供達に危機を救われたアゲハと雨宮は、  
そのまま彼らの拠点へと招かれていた。  
 
廊下を歩いていた所で、フレデリカに呼び止められる。  
歩み寄ってきたフレデリカは、小脇に何かを抱えてにこにことしている。  
かつては、自分より頭ひとつ分は小さかった少女。  
それがこの世界では、自分とほぼ変わらない背格好まで成長している。  
10年の歳月があったからこそ、当然といえば当然なのだが。  
それでも雨宮は、感嘆を覚えずにはいられなかった。  
 
 
「お風呂、入らない?」  
「…え?」  
 
「あ、居た居た、フーちゃーん…!」  
 
 
雨宮が突然の申し出に呆然としていると、奥から一人の少女が駆けてきた。  
こちらも、小脇に何かを抱えている。  
 
 
「フーちゃん、急に走ってっちゃうんだから…」  
「アンタがトロトロしてるだけよ。それよりほら、桜子居たわよ」  
 
自分より拳ひとつ分は背の高い少女が、雨宮に向き直る。  
穏やかに微笑むその様は、昔と何一つ変わっていなかった。  
 
「桜子さん。良かったら一緒にお風呂、どうですか?」  
「……え?」  
 
そう言って何かを差し出すマリー。  
その手には、淡いピンク色のバスタオルが乗っていた。  
 
 
二人の話を要約するとこうなる。  
根には、二人と歳の近い女性が居ないらしい。  
かつては年の離れていた雨宮が、自分達と変わらない年頃になった。  
 
「もっと色んな話を聞きたい」という思いもあいまって、  
二人は、雨宮の存在に色めき立っていた。  
そして手っ取り早い親睦の深め方として、雨宮を入浴に誘ったのだった。  
 
「…それでなくても、あんな戦闘の後じゃ身体は上手く動かないはずですよ」  
「そうそう。いくらヴァンのキュアで傷が治ってても、筋肉痛まではね」  
「………」  
 
二人の指摘通り、雨宮の身体は軋むような痛みに襲われていた。  
戦闘の緊張感から開放されたせいもあり、全身を変な倦怠感が包んでいる。  
 
「良かったら、背中流してあげるわよ。だから、行こ?」  
 
「………うん。」  
 
差し出されたタオルに、おずおずと手を伸ばす雨宮。  
そんな雨宮に、二人は顔を輝かせた。  
 
「じゃあ、行きましょうか」  
「うちのお風呂は大きいから、ゆっくり出来るわよー」  
「…それは楽しみだわ」  
 
 
きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぎながら、浴室へと向かう乙女達。  
その後姿を見送るかのように、廊下で二つの影が蠢いた。  
 
 
「…聞きましたかな、アゲハ軍曹殿」  
「…聞きましたとも、カイル隊長殿」  
 
廊下の死角に身を隠しながら、乙女達の後姿を見送る馬鹿が二人。  
カイルがアゲハを部屋に案内しようとしていた所で、三人の姿を見つけたのだった。  
一部始終に聞き耳を立て、三人が立ち去った所で二人は顔を見合わせる。  
10年の歳月を超え、二人の男の心がひとつになった瞬間であった。  
 
「…行きますかな?」  
「当然、行きますとも…!」  
 
力強く、互いの手を握り合う二人。  
その背後から、氷水を浴びせるかのような冷たい声が響いた。  
 
「…何をやってるんだ」  
「どぅおわぁあぁああ!!!」  
「馬鹿、声がでけぇよアゲハ!!…って、シャオ!?」  
 
二人の背後には、腕組みをして眉間に皺を寄せたシャオが立っていた。  
鋭い眼光が、二人を圧倒している。  
 
「…もう一度聞く。何をやってたんだ?」  
「い、いいいやいや、何でも無…」  
「この先には女性用の浴室しか無かったはずだけどな」  
「…ぐっ!」  
「お前がついていながら、道を間違えたなんてことも無いだろう?」  
 
「…あァ、そうだよ」  
「…カ、カイル??」  
「風呂を覗こうとして何が悪いんだァァァ!!!」  
 
掴み掛からんばかりの勢いで、シャオに詰め寄るカイル。  
シャオだけでなく、アゲハすらも呆気に取られていた。  
 
 
「マリー、フレデリカ、そして桜子!この三人が一緒に風呂に入るってんだぞ!」  
「これを見ずして何を見る!この荒廃した世界に唯一無二の桃源郷をッ!!」  
「お前はそれでも男かッ!見たくないのか!?本当に見たくはないのか!!?」  
 
 
「マリーのおっぱいをッッ!!!」  
 
 
カイルの絶叫が、廊下にこだましていた。  
 
 
 
「…?」  
「どうかした?」  
「今、何か聞こえませんでしたか?」  
「……さぁ。気のせいじゃないかしら」  
 
「ちょっと、何してんのよー!」  
「あっ、ごめぇん!すぐ行くから!」  
 
脱衣所で服を脱ぎながら、首を傾げるマリーと雨宮。  
そんな二人に向けて、浴室からフレデリカの声が響いていた。  
 
「…でね、そこで桜子が『地獄へ落ちろ』って言って、ソイツに蹴りを入れてね」  
「フレデリカのお陰よ。…ウフフ」  
 
「へぇ〜…。桜子さんもフーちゃんも凄いなぁ…!」  
「あったり前じゃない!この紅蓮の女王を捕まえて、何言ってんのよ!!」  
 
 
会話の内容はさておき、乙女達は湯舟に浸かって話に花を咲かせていた。  
そんな、正に桃源郷のような浴室。  
少し離れた壁に、とても小さな穴が開いている。  
 
 
「…見えたか?」  
「…ああ、一応。でも遠すぎるなぁ、はっきりとは見えないぜ」  
「……………」  
 
 
浴室の裏手。  
廊下と制御室の間にある僅かな隙間に、三人の男が立っていた。  
制御室に人が立ち入ることはほとんど無く、そこは完全な死角となっている。  
 
かなり昔、カイルが「秘密の特訓」をしていた際にマテリアル・ハイで壁を砕いてしまい、  
ブロック片と化した壁を抜くと、その先にはめくるめく桃源郷が広がっていた。  
が、好機に恵まれなかった為に一度も使ったことがない。というのがカイルの弁である。  
 
 
「ここ、洗い場と逆側の壁みたいだな。浴槽から少し離れてる」  
「…で、アイツらは?」  
「全員風呂ん中入ってるぜ。…マリーの奴、何でバスタオル巻いてんだ?」  
「……………」  
 
 
穴から中の様子を伺うカイル。  
その後ろで状況を確認しているアゲハ。  
そして、少し離れた壁に背を預けるシャオ。  
そんな三人の存在を知らないまま、乙女達は次の話題に移っていた。  
 
「それより、何でバスタオルなんか巻いてんのよマリー」  
「だ…、だって…。恥ずかしい…から」  
「なーにを今更!女同士なのよ!裸の付き合いが出来なくてどーすんのよッ!!」  
「…フーちゃんの場合は、もうちょっと隠した方がいいと思うよ…」  
「…そうね。多少の恥じらいは必要だと思うわ」  
 
 
「…フレデリカの奴、一体どんな格好してんだ!?」  
「…さぁ。見た感じじゃ、フレデリカも桜子も裸にしか見えないけどな…」  
「ちょ、代われ!オレにも見せろ!!」  
 
 
浴室だけあって、多少の距離があっても室内の声は聞こえる。  
穴は小さかったが壁が薄くなっていた為、外の三人にも会話は良く聞こえていた。  
 
 
「…どれどれ」  
 
穴から必死に中の様子を伺うアゲハ。  
しかし浴場は湯けむりに覆われており、三人の姿はぼんやりとしていた。  
 
こちらに背を向けているフレデリカ。  
正面を向き、バスタオルに裸身を包んでいるマリー。  
そして、横を向いている雨宮。  
 
その裸身をはっきりと確認することは出来なかったが、  
それでも脇の下から覗く、小さな膨らみが見て取れた。  
 
(あ、あれは、雨宮の…横乳か…!!?)  
 
湯気に隠れ、肝心な所は見えない。  
それでも僅かながらに覗く柔らかそうな膨らみは、アゲハの想像力を掻き立てるには充分な代物だった。  
 
(あー畜生!!さっきから湯気が邪魔で良く見えやしねぇ…!!)  
 
「…おーいアゲハ。見えたかぁ?」  
「………………」  
「…聞こえてねぇな」  
 
そう言ってカイルは軽く溜息を吐く。  
そして、壁に背を預けたままのシャオに声をかけた。  
 
「…で、いつまでそうしてるつもりだ?」  
「お前達が引き上げるまでさ」  
「へー!真面目なことで!!」  
「勘違いするなよ。お前達が変な真似をしないように見張ってるんだ」  
 
「じゃ、覗かないのか?」  
「当然だ」  
「マリーの胸、こっち向いてたから良く見えたけどなー」  
「な…ッ!」  
「あれは着痩せするタイプだな。アゲハが窒息しかけてたもんなぁ」  
「………どういう事だ」  
「いや、実はな…」  
 
 
 
「それにしても、マリーってばやっぱりおっぱい大きいわよね!桜子もそう思わない!?」  
「フーちゃん…。恥ずかしいから止めてよぉ…」  
 
そう言って、胸元をバスタオルで隠そうとするマリー。  
しかし寄せた腕が逆に胸元を強調させる結果となってしまい、  
バスタオルからこぼれ落ちそうな程の膨らみが、二人の目に眩しく映っていた。  
 
「…そうね、立派だと思うわ」  
「さ、桜子さんまで…っ」  
 
顔を真っ赤にしているマリーをよそに、二人はマリーの胸元をまじまじと見つめていた。  
 
「…ねぇ、マリー。アンタ…、また大きくなってない?」  
「!?」  
「…やだ、…分かる…の?」  
「!!?」  
「分かるわよ。…ねぇ、今のサイズはいくつ?」  
「え、えーと…。ん…、このくらい…かな…」  
 
口にするのが余程恥ずかしいのか、二人の前で指を折って数えて見せるマリー。  
その数を頭の中でアルファベットに直すと、二人は目を見開いていた。  
 
「な、な、な、何なのよそのサイズは!?アンタ非常識にも程があるわよ!!」  
「そっ、そんなこと言われたって…!」  
「えーいうるさいッ!ちょっと、そのおっぱい揉ませなさいッ!!」  
「えっ、やだっ、フーちゃん!?」  
「…私も、触らせて貰っていいかしら」  
「…桜子さんまで!?…やっ、あっ、きゃあああああっ!!」  
 
 
浴室内に、バスタオルを剥ぎ取られたマリーの悲鳴が響き渡った。  
その光景を覗いていたアゲハは硬直し、  
シャオに「マリーがアゲハに抱き着いた」話をしていたカイルは壁の方を振り返り、  
カイルの話を聞かず、浴室の会話に全神経を集中させていたシャオは赤面していた。  
 
 
「きゃああ!いやーっ!!」  
「大人しくしなさいっ!!」  
「…私も手伝うわ。そっち押さえてればいいかしら」  
「ナイス桜子!さ、堪忍なさいマリー!」  
「いやあああああっ!!!」  
 
 
ばしゃばしゃと、湯を叩くような激しい水音。  
そして、マリーの悲鳴。  
覗き穴の前で固まったままのアゲハの後ろに近寄るカイル。  
シャオもその後ろに立ち、二人して何も見えないはずの壁を凝視していた。  
 
「おい、アゲハ。…どうなってる?」  
「…ああ。…揉んでるよ」  
「!!?」  
 
 
 
「…なっ、何なのよ、これ…!」  
「マツリ先生よりも大きい…」  
「…お願いだから、二人とも止めてぇ…」  
 
マリーの言葉は完全に無視して、無遠慮にマリーの胸を触りまくる二人。  
その大きさは勿論のこと、指先が埋もれそうな程の柔らかさに夢中になっていた。  
むにゅもにゅと、別な生き物のように形を変えるマリーの胸。  
その感触に、二人はすっかり虜になっていた。  
 
 
「…は〜。凄いわコレ」  
「知らなかったわ…。胸ってこんなに柔らかいものなのね」  
「う〜ん…。あの馬鹿オトコ達が夢中になる理由がちょっと分かった気がしたわ」  
「馬鹿オトコ達って?」  
「カイルとシャオに決まってんじゃない。後はアゲハもよ」  
 
「カイル君と夜科はともかく、シャオ君も?」  
「そーよ。シャオってば良くマリーの胸元チラ見してるもの」  
「…へぇ。意外ね」  
「ま、カイルはガン見してるけどね」  
 
 
「シャオ…、お前…」  
「…それは誤解だ」  
「お前ら…。どっちもどっちだぞ…」  
 
 
「……………」  
「マリー?」  
 
触られまくったことが余程ショックだったのか、マリーは浴槽内で膝を抱えて俯いていた。  
膝で押し潰されて形を変えている膨らみに、二人は小さな嫉妬心を抱く。  
 
「フーちゃんの…ばか…」  
「なっ、言ったわね!?」  
「私だって、好きでこうなった訳じゃないのに…」  
「…どういう事かしら」  
 
「フーちゃんが、いつも私の胸を揉みまくるから…」  
「それがどうしたのよ!大体、あれは単なる処刑よっ!」  
「処刑?」  
「うん…。『おっぱいの刑』なんて言って、良く揉まれたなぁ…」  
「だって、いい歳して水鉄砲で『銃殺刑!』もないじゃない?」  
「そうかもしれないけど、処刑じゃなくて只のセクハラよ、それ」  
「う…」  
 
 
「…何やってんだよ、フレデリカの奴」  
「…………」  
「おーいシャオ?羨ましそうな顔してんじゃねーぞ?」  
「ち、違う!」  
「ここまで来て隠し事はナシにしよーぜ?正直、オレはすげぇ羨ましい…!」  
「……カイル、まさか」  
「あぁ、誤解すんなよ。お前みたいにマリーが好きって訳じゃねぇからさ」  
「…だからそれは」  
「けどさ、一度くらいは揉んでみてぇってのが本音だよ」  
「……………」  
「男に生まれたからには!あんな素晴らしいおっぱいを揉めるものなら揉んでみたい!!」  
 
「…それが、男の浪漫だ。そう思わねぇか?」  
「…ああ、そうだな。その通りだ。」  
 
 
拳を握りこそしなかったが、二人の男の絆が深まった瞬間であった。  
「おっぱい」の力は、かくも偉大で崇高なものである。  
 
「カイル…、交替だ…」  
「あー、いつまで見てんだアゲハ…ってオイ!鼻血出てんぞ!?」  
「へ…?」  
 
振り返ったアゲハの鼻から、一筋の鮮血が流れ落ちる。  
掌に落ちた血液を見て、アゲハは呆然とした表情を浮かべた。  
 
「…脳覚醒…か?」  
「しっかりしろアゲハァ!」  
「興奮し過ぎたんだろう。少し休んでいればいい」  
「あ、ああ…」  
 
荒い息を吐き、どさりとその場に倒れ込むアゲハ。  
PSIの扉でなく、煩悩の扉を開いてしまったらしい。  
再び穴を覗き始めたカイルを尻目に、アゲハは浴室の会話へと耳を傾けた。  
 
 
「…で、マリーはフレデリカが胸を揉み続けたから大きくなったと。そう言いたい訳ね?」  
「……うん。でなきゃ一年であんなにサイズ上がったりしないもの…」  
「………フン!」  
 
落ち込んだままのマリーと、ふて腐れたフレデリカ。  
そんな二人を宥めるかのように、雨宮は仲裁に入っていた。  
 
「…そんなの」  
「何か言った?フレデリカ」  
「そんなの、嘘に決まってるわ…」  
「…フーちゃん?」  
「揉んだくらいで大きくなるなら、アタシだってもっと大きくなってるハズよ!!」  
 
フレデリカの怒声が、浴室に響き渡る。  
雨宮は口にこそ出さなかったが、フレデリカの胸は限りなく平らに近いものだった。  
決して豊かとはいえない自分の膨らみを見て、小さな優越感を抱いていた。  
 
「アタシだって…、頑張ったのに…」  
「フレデリカ…」  
「フーちゃん…」  
 
「アタシだって…、牛乳飲んだり、バストアップ体操したり、揉んでみたり…したのに…」  
「フレデリカ…、もう止めてっ…!」  
「だけど…、サイズどころか1cmたりとも変わらなかったわよっ!!!」  
 
ざばぁん、と大きな水音を立てて浴槽内で立ち上がるフレデリカ。  
カイル達に背を向けたままの裸身は、白く華奢だった。  
マリーのようにメリハリのある身体つきではなかったが、  
折れそうな程に細いその身体は、違う意味で情欲をそそられるものだった。  
浴槽内で、何故か仁王立ちをしていることを除けばの話ではあったが。  
 
 
「…うん。ああいう体型も悪くねぇな」  
「…フレデリカか?」  
「ああ。まぁオレはどっちかっつーと大きい方が好みなんだけどな」  
「へぇ…」  
「アゲハは?」  
「うーん…。オレは大きいのはあんまり…だなぁ」  
「そうかぁ?あの時マリーに抱き着かれて、デレデレしてなかったか?」  
「……してねぇよ」  
「もー、このエロ♪」  
「だあッ!うるせぇよッ!!」  
 
「……………」  
「そりゃ確かに柔らかかったけどな、あんなにデケェと息苦しいっつーか…」  
「そういうモンかなぁ。オレは普通に羨ましいと思ったけどな」  
「分かってないな、カイル。例え小さくても、おっぱいは柔らかいモンなんだぜ?」  
「あ!まさかお前、桜子に…」  
「しかもオレの窮地を救う為に、だからな。…あれは最高だったぜ」  
 
 
「………そうか。」  
「……ん?」  
「それを聞いたら、マリーが悲しむだろうな…」  
「…シャオ?」  
「あー、アゲハ。今は大人しくしといた方がいいと思うぜ」  
「…別に、オレは怒ってる訳じゃない」  
「嘘こけ。さっきからピリピリしてんじゃねーか」  
「気のせいだ」  
「……………へ?」  
 
 
カイルの指摘通り、シャオは仰向けに倒れたままのアゲハを射抜くような瞳で見据えている。  
マリーの胸に顔を埋めた揚句、あまつさえそれを不服としているらしいアゲハ。  
羨ましさと怒りが混ざった、複雑かつ突き刺さるような視線をアゲハへと送っていた。  
 
 
「アタシだって…、アタシだってぇ…」  
 
浴槽内で立ち尽くしたまま、両手をぷるぷると震わせるフレデリカ。  
その顔は赤く、目にはうっすらと涙さえ浮かべている。  
 
「フーちゃん…」  
「アタシだって…、マリーみたいに大きくなりたかったのに…」  
「フレデリカ…」  
「頑張ったけど…、無理だったのよっ…!」  
 
ぱしゃん、と小さな水音が響き、立ち上がった雨宮がフレデリカを抱きしめていた。  
 
「桜…子?」  
「…良く、頑張ったわね」  
「え…?」  
 
 
雨宮はあくまで、フレデリカを慰める為に抱きしめていた。  
が、周囲はそうは思っていなかった。  
 
「さ、桜子さん…!?」  
 
裸で抱き合う二人の少女。  
不遜な考えを抱くなというのは、どう考えても無理な話である。  
 
 
「お…、あ…!?何だ…、一体…!?」  
「…カイルどーしたぁ?フレデリカが暴れ出したのか?」  
「…いや。桜子と抱き合ってんだけど」  
「なァッ!!?」  
 
がばり、と勢い良く起き上がり、アゲハはカイルを押し退けるようにして覗き穴に飛び付いた。  
 
「……………」  
 
そんなアゲハの目に飛び込んできたのは、フレデリカの後姿と、それを抱きしめる雨宮の姿だった。  
フレデリカの身体と立ち上る湯気のせいで、肝心の雨宮の裸身は見えない。  
 
「……フレデリカの尻しか見えねぇ」  
「細すぎてくびれが無く見えるけど、ああいう小尻もいいよなぁ」  
「ああ、そうだな…って違う!オレは雨宮の裸が見たいんだ!!」  
「オレさっき見たぜ。胸は小さかったけど、尻や太股はいい感じだったな」  
「畜生…!こっち向け雨宮!それかフレデリカがどけ…ッ!!」  
 
見えない上に、フレデリカと裸で抱き合っているせいで、  
アゲハの想像力は、過剰に掻き立てられていた。  
僅かに覗く、柔らかそうな肌。  
滅多なことではお目にかかれない、脇腹や腰周りのまばゆいほどの白さ。  
それだけで満足するには、アゲハはあまりにも若過ぎた。  
 
「あー、くそ…!触りてぇ触りてぇ今すぐ触りてぇぇ…!!」  
「…落ち着くんだアゲハ。触る前に殺されるぞ」  
「それでもいいから触りてぇ…ッ!!畜生、生殺しだろこんなの…!!」  
「…オレは、やっぱ命は惜しいけどなぁ」  
「…オレだってそうさ」  
「うおおぉぉ…!!」  
 
アゲハの悲痛な叫びが、廊下にこだましていた。  
 
 
「…私も、胸を大きくしたくて色々試したりしたわ」  
「桜子…も?」  
「ええ。結果は見ての通りだけどね」  
「そう…なんだ」  
「牛乳も、体操も、…揉むのも、都市伝説に過ぎないのよ…」  
「桜子…、それって…」  
「私も試したことがある。…それだけよ」  
 
「…………」  
「…………」  
 
フレデリカもマリーも、それ以上雨宮に尋ねることが出来なかった。  
それでも何とかこの場の空気を変えようと、マリーは手を合わせて声を上げた。  
 
「あ、あのッ!このままじゃのぼせちゃいますよ?」  
「ええ、そうね。そろそろ上がりましょうか」  
「…う、うん」  
 
雨宮から身体を離し、ぎこちない動きを見せるフレデリカ。  
その頬は、ほんのりとした赤さを残していた。  
 
「なぁーんか、のぼせちゃったかなぁ…」  
「そうね、ちょっと長湯し過ぎたわね」  
「上がったら、何か冷たいものでも用意しましょうか?」  
「ねぇマリー、それならこの間作ってくれたアイスがいいわ。あれ出してよ」  
「うん、分かった。桜子さんは、バニラアイスはお好きですか?」  
「ええ、好きよ。もしかしてマリーが作ったの?」  
「はい、大したものじゃないですけど…」  
 
浴槽から上がり、マリーが用意していたバスタオルに身を包んで話に花を咲かせる乙女達。  
先程までの騒ぎが嘘のように、風呂上がりのデザートの話に夢中になっていた。  
 
「期待してなさいよ桜子!マリーのアイスも絶品なんだから!」  
「そうなの?それは楽しみね」  
「もう、フーちゃんたら…!」  
 
「あーあっ、そのおっぱいと料理の腕があれば、男なんてイチコロよねぇー」  
「もっ、もう…っ!」  
「今日のアゲハみたく、そのおっぱいに顔でも埋めさせちゃえば一発よねぇ」  
「もうやだっ!フーちゃんの馬鹿ぁ!!」  
「あっ、ちょっとっ!!!」  
 
マリーがフレデリカを突き飛ばす直前。  
フレデリカは、持っていたままの洗面器を置き場に戻そうとしていた。  
横着して、投げて戻そうとしていた矢先。  
突き飛ばされた拍子に洗面器は全く違う方向へと飛び、壁へと激突した。  
ぼこん、と鈍い音がして、壁に四角の穴が開いた。  
 
「…え?」  
 
壁の穴より、その先にあったものを見て、乙女達は呆然とした。  
 
「よ…よォ」  
 
ぎこちない笑みを浮かべ、穴から顔を覗かせるアゲハ。  
その鼻から一筋の鮮血がつう、と流れ落ちた。  
 
 
「…夜科ぁ…ッ!!」  
「「きゃあああああああッ!!!」」  
 
絹を裂くような悲鳴と同時に、キレた目をした雨宮が穴の前へと飛び出してきた。  
恐ろしい速さで穴へと伸びた手は、迷うことなくアゲハの顔面を掴み上げていた。  
 
「…で?」  
「…………」  
「この落とし前、どうやって付けてくれるのかしら??」  
 
 
−ぴしり。  
 
 
軽やかな音を立てて、フレデリカの持つ鞭が床を打った。  
鞭を片手に、優美な笑みを浮かべるフレデリカ。  
しかしその瞳は一切笑っておらず、その姿はさながら「女王様」のようであった。  
当然の如く、仁王立ちである。  
 
「…ねぇ?」  
 
「……はい」  
「……すみませんでした」  
「……………」  
 
女王様の前には、三人の男が正座して床に座らされていた。  
ご丁寧に、三人とも両手を後ろ手に縛られている。  
その上、頬に赤い手形がくっきりと残っていた。  
 
「イテテテ…」  
 
思わず声を漏らすアゲハ。  
アゲハのみご丁寧に、両頬に見事な手形が残っていた。  
 
「痛い?アゲハ、ねぇ痛い?」  
 
アゲハの前へと歩み寄り、何故か嬉しそうなフレデリカ。  
爪先をアゲハの膝の上へと乗せ、ぱしぱしと自分の手で鞭を受けていた。  
 
「イテェに決まってんだろ!大体何なんだ、その鞭はよォ!!」  
「ただの私物よ」  
「…は?」  
「そんなことは、ど・う・で・も・い・い・の」  
 
明らかに口調の変わったフレデリカに、反射的に顔を上げるアゲハ。  
アゲハを見下ろすその瞳は、激しい怒りに燃えていた。  
同時にパチパチと、空気が爆ぜるような音がしていた。  
 
 
「フレデリカさーん。駄目ですよ暴走しちゃ」  
「そうだよフーちゃん…。サラマンドラ、出そうだよ…。」  
 
緊迫した空気を打ち砕くかのように、ヴァンがのんびりとした口調で声を掛ける。  
フレデリカの背後には、ヴァン、マリー、そして雨宮の三人が控えていた。  
マリーは泣き腫らしたのか、真っ赤な目をして正座する三人を見つめている。  
そして雨宮は、フレデリカ以上に怒りに満ちた目線をアゲハへと向けている。  
腕一本どころか首まで貰われかねないほどの鋭い眼光に、アゲハは身震いしていた。  
 
「…大体、何でヴァンがここに居るんだよッ!関係ねぇだろうが!!」  
 
カイルの怒声が部屋に響く。  
しかし、フレデリカはそれに動じる様子もなかった。  
 
「…医療班は、必要でしょ?だから先に呼んどいたのよ?」  
「な…ッ!?」  
「そういうことです。どんな怪我でもしっかり治しますから安心して下さい」  
「ちょ、待てコラ!!単に買収されてるだけだろお前!」  
「買収だなんて人聞きが悪いなぁー。ボクはいつだって、女性の味方なんですよ?」  
「アイス食いながら言う台詞がそれか!全力で買収されてんじゃねーか!!」  
 
 
「…お黙りなさい」  
「うわっ!?」  
 
ぴしゃん、と空気を裂くような音と共に、フレデリカの鞭がカイルの身体を打った。  
足はアゲハの膝を踏み付けたまま、鋭い眼光をカイルへと向ける。  
 
「アンタ、自分の立場が分かってんの?そんなこと言える身だったかしら?」  
「ぐ……」  
「ねぇ、カイル?自分が何したか、分かってるのよねぇ…?」  
「……………」  
「もう一度、口に出して言ってくれないかしら?」  
 
暗に「言わないならこの鞭でシバき倒す」と言外に含みつつ。  
フレデリカはカイルに微笑みかけていた。  
 
「…いたよ」  
「なぁに?良く聞こえないわ」  
 
「だからッ、お前らが風呂入ってんのを覗いたっつってんだよッ!!!」  
 
 
−ぴしゃっ!!  
 
 
「ぎゃあッ!!」  
「お前ら、ですって…?そんな口をきいていいって誰が言ったの!?」  
 
フレデリカの振るった鞭が再び空気を裂き、カイルの身体をしたたかに打ちつけた。  
 
「フレデリカ様。そうお呼びなさい」  
「…分かったよ。フレデリカ様」  
「結構よ。後は…シャオ?貴方も何か言うことはない?」  
「オレは…」  
 
そう言って顔を上げたところで、マリーと視線がぶつかる。  
マリーは、再び瞳に涙を滲ませていた。  
 
「シャオ君まで…こんなことするなんて…」  
「…泣かなくていいのよマリー。男なんて皆こんなものなんだから」  
「…桜子さぁん…!」  
「むきゅっ!?」  
 
マリーをフォローしようと声をかけた雨宮は、再び泣き始めたマリーに抱きつかれていた。  
その拍子にマリーの胸が顔にのしかかり、雨宮は変な声を上げていた。  
 
 
「…いや、何でもない」  
「よろしい。…だけど、マリーを泣かせた罪は万死に値するわ」  
 
アゲハから足を離すと、フレデリカはそのまま背後を向いた。  
そしてそのまま、雨宮に抱きついて泣くマリーの元へと歩み寄る。  
 
「マリー」  
「…っく、何…?フー…ちゃん」  
「アンタは、先に部屋に戻ってなさい」  
「え…?」  
「アンタには、これ以上見せたくないの。…分かる?」  
「フーちゃん…」  
「大丈夫よ。後はアタシ達に任せなさい」  
 
 
「ヴァン!ちょっとマリーを部屋まで連れて行って!」  
「それは構いませんけど…。いいんですか?」  
「大丈夫よ。アンタの出番はまだ先なんだから」  
「分かりました。じゃあマリーさん、行きましょうか」  
「…うん」  
 
ヴァンに連れられて、部屋を後にするマリー。  
フレデリカは手を振りながらそれを見送っていた。  
扉が閉まると同時に、正座する三人へと向き直る。  
その表情は、般若のような形相となっていた。  
 
 
「さぁて、アンタ達…。覚悟は出来てるんでしょうね…?」  
 
「安心しなさい。死なない程度に手加減はしてあげるから…」  
 
「最後に、辞世の句くらいなら聞いてあげるわよ?」  
 
 
つかつかと歩み寄りながら、物騒な言葉を続けるフレデリカ。  
鞭を構え、正座して俯く三人を見渡していた。  
 
 
「…なら、一言いいか?」  
「…いいわよ。なぁに?アゲハ」  
 
「雨宮ァ!」  
「!!?」  
 
突然名前を呼ばれ、驚く雨宮。  
真摯な瞳を向けるアゲハを見て、思わず胸がどきりとしていた。  
 
 
「…胸が小さいことなんか、気にしなくていいんだぞ!!」  
「………はァ?」  
「貧乳にだって需要はある!いやむしろ貧乳こそがステータスなんだッ!」  
「………………」  
「巨乳がなんだってんだ!正直オレは、雨宮くらいの控えめな胸の方が好きなんだッ!!」  
 
 
「…借りるわよ」  
「え?桜子?」  
 
 
「胸が何だってんだ!オレは胸より太股のほ…」  
 
 
 
−バシィィィン!!!  
 
 
 
「ギィヤァアァアア!!!」  
 
勢い良く飛び出した雨宮。  
その手には、先程までフレデリカが握っていた鞭が握られていた。  
渾身の力と、ライズの力を込めて振るわれた雨宮の一撃。  
それはアゲハの頬と、着ていたシャツとを斜めに引き裂いていた。  
 
「え、えーと…?雨宮…さん?」  
 
薄く裂けた頬から、じわりと血が滲む。  
すぐに傷口から溢れた血液は、アゲハの頬を伝っていた。  
 
「アンタって…、本当に馬鹿ね」  
「お、おい…」  
 
「…覚悟なんていらないわ。そんなもの、あっても無くても同じなんだから」  
「馬鹿アゲハ!お前何つー地雷踏んじまってんだよ!」  
「大丈夫よ、恐がらなくていいわ。…痛みを感じるのは最初だけだもの」  
「諦めろカイル。…もう終わりだ」  
「ねぇ、夜科?…地獄も決して悪いものじゃないのよ…?」  
 
 
−ピシィィッ!  
 
 
雨宮が鞭を振るうと同時に、鞭を受けた床が砕ける。  
アゲハを見据えて薄く笑うその瞳は、さながら夜叉のようだった。  
 
「…見たこともない世界を、教えてあげるわ」  
「…ちょっ、桜子…?」  
 
雨宮の豹変ぶりに毒気を抜かれたらしいフレデリカの言葉は、既に届いてはいなかった。  
正座するアゲハの目の前に立つと、雨宮は微笑みを浮かべていた。  
 
 
「それじゃ、遊びましょうか?…ウフフ」  
 
 
「ギャアァァアァアアァァア!!!!!」  
 
 
アゲハの悲鳴と鞭の音だけが、一晩中部屋から響き渡っていた…。  
 

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